死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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★アポカプリンセス

 翌日、まだ戦勝ムード冷めやらぬ陣内で、俺は当然の権利と司令部に入り込んでいた。ちょうど朝食時、勝手に椅子を用意して、何食わぬ顔でお邪魔する。

 俺は本日も肩丸出しのドレス姿。なにせ陣内には潤いが足りてない。これでは勝ち戦に盛り上がるハズが、むさ苦しいばかりではないか。

 だから俺が殺風景な朝食に、一花添えてやろうと考えたワケだ。いただきますもソコソコに、柔らかなトーストに齧り付く。

 おいしい。ログハウスの木の香りが食欲を刺激する。こんな環境で美少女と朝ご飯とは、コイツらはなんて幸せなんだろう。

 

「…………」

「…………」

 

 だと言うのに、食卓に同席した木村とオーズド伯は冷たい目で俺を睨んだ。

 どうした? 二人して黙り込んで。リラックスしたまえ。

 

「…………」

「…………」

 

 何だコイツ? って顔でジロジロ見られるが、気にしない。俺は鼻歌まじりにトーストにジャムを塗りたくる。焼きたてパンが食べられる希有な戦場だが、流石にジャムは出ない。自ら持ち込んだとっておきである。

 ゴキゲンな朝食。なのに、不景気な顔で木村が手を挙げる。

 

「あの?」

「なんです? ジャムなら貸しますよ?」

「ウチの商会のジャムですが!? ああもう、何故ココに?」

「捕虜の交渉結果が出ると聞いて」

「……なるほど」

 

 王国軍はロアンヌの騎士を百人程捕虜にしている。治療がてら話して解ったのだが、皆それなりの身分らしく、捕虜の交換や身代金の支払いには、家族が応じるだろうと楽観している者が多かった。

 

 ソレを知ったオーズド伯も交渉には乗り気で、早速使者を送ったワケだ。まだ砦を一つ奪還したに過ぎないのに、余りにも気が早い。

 それは、何故か?

 

 ……この戦争を手仕舞いにする気満々なのだ。オーズド伯は。

 

 そうで無くとも、捕虜交換が始まると厭戦(えんせん)気分が高まるモノらしい。そうやって戦争を終わらせる切っ掛けとして、長年使われてきたのが捕虜交換だ。

 だが、今回の場合、果たしてどうかな?

 

「オ、オーズド伯!」

 

 息せき切って、一人の文官が走り込んでくる。オーズド伯の腹心だったハズ。

 

「今は司令と呼べ」

「は、ハイ! オーズド司令、実は先ほど帝国兵がこの様なモノを置いていって」

「なんだ?」

「そ、それは……」

 

 文官はチラリとコチラを見て言い淀む。なるほどな、女の子の前で披露したくないプレゼントと言えば、相場が決まっている。目当てのお土産が届いた様だ。

 

「使者の首でしょう?」

 

 俺はそう言って、文官の前に躍り出た。

 顔の筋肉を総動員して無表情を努めるが、自然と笑みが漏れてしまう。

 

「馬鹿な、捕虜交換の使者を殺すなど……」

 

 オーズド伯は一笑に付そうとするが、自信なく語尾がすぼまった。文官の表情を見たからだ。

 

「ユ、ユマ姫様ッ! な、何故、ソレを?」

 

 優しく微笑む俺を見て、文官の男は恐怖に腰を抜かしてしまう。

 失礼な! 我ながら可愛い笑顔だと思うんだけど? しかしまぁ、何故と言うなら答えてやろう。俺は今度こそニヤリと笑って口を開いた。

 

「在庫処分ですから」

「在庫処分だから、ですよね?」

 

 決めゼリフだと言うのに、声を被せる無粋者。苛立ちに睨んでやると、肩を竦めて語り出す。

 

()()は、恐らくコチラが使者を殺してしまった瞬間から、決まっていた流れです」

 

 木村だ。安定の解説好き。まだ飲み込めていないオーズド伯へ、滔々と語り出す。

 

「今回、捕虜になったのはロアンヌの騎士。殺してしまったミニエールさんの故郷の騎士だ。だからこそ、身代金を持ちかけるコチラの使者を殺した所で、やり返しただけだと言えばロアンヌからは文句が言い出せない」

 

 どうです? と確認を求める木村に、俺は苦々しく頷いた。

 時代遅れの騎士を在庫処分しつつ、身代金も払わずに済む妙手。しかも、それを見た他の騎士だって、無茶な飛び出しが出来なくなるって寸法だ。

 母様のカツラと良い、敵のテムザン将軍は陰険ジジイに違いない。

 

 ソコまでは俺も解っていたのだが、木村の話には続きがあった。

 

「このままではコチラは捕虜の扱いにも頭を悩ませる事になるでしょう。みせしめとして殺してしまえば、敵の戦意を煽ってしまい、味方の士気だって下がってしまう」

 

 うわ、面倒臭ぇ! となると益々俺がロアンヌの騎士達を口説いてやらないと、タダ飯を食わせる羽目になるわけだな。

 そう思って一人気合いを入れていると、ふと木桶に入った生首が気になった。

 正直、こうなる気はしていたのだ。なのに、みすみす殺してしまった。それが俺の暴走で向こうの使者を殺した事に端を発すると思えば、尚更である。

 

 俺は腰が引けた文官の手から木桶を奪うと、蓋を開けた。

 

「…………」

 

 夏場だからな、既に見るに堪えない姿になり果てていた。

 そんな生首を取り出し、そっと抱きしめる。

 

「ごめんなさい」

 

 それだけ、言った。

 申し訳無い気持ちが九割だが、こんな時でも『生首を抱えた美少女ってどうよ?』みたいな事をチラリと考えてしまうのだから、我ながら業が深い。

 しかし、コチラを見て興奮気味の木村は変態として、肝心の文官はポカンとドン引きしてるから、この世界には早過ぎた感性かも知れぬ。

 一方でオーズド伯は冷静に俺を見ていた。

 

「あなたにはこの展開が読めていたと?」

「ええ、母のカツラを使者に被らせる相手です。この程度はするでしょう。それに、ロアンヌの騎士たちはテムザン将軍に『作成司令部としては止めたいが、個人の心情的には行って欲しい。ミニエールの仇を討って欲しい』と打ち明けられたと言っていました」

 

 敵だってコッチにも銃ぐらいある事は知っているのだ。なのに騎士を突撃させるんだから、見殺しも同然だろう。可哀想に捨て駒なのだ、アイツらは。

 俺は生首を木桶に戻し、オーズド伯の前にそっと置いた。

 

「丁重に弔ってあげて下さい」

 

 そう言っただけで、オーズド伯が「お任せ下さい」と神妙に頭を下げるではないか。終始迷惑そうに俺を扱うオーズド伯が、だ。

 オーズド伯は俺を人間嫌いだと思い込んでる節が有る。

 そりゃ、祖国を人間に滅ぼされたエルフのお姫様だ。恨んでない、と言えば嘘になる。だけど、死んだ人間まで恨む程に狭量ではない。死んだ人間は良い人間だ。

 なんにせよ、俺には次の仕事があるのだ。ルンルンで外へ向かう俺の背に、木村の掠れた声が掛かった。

 

「どこに……行くのです?」

「勿論、捕虜達の所です。キィムラ子爵、手伝って頂けますか?」

 

 俺の問いに、木村は苦虫を噛み潰した様な顔をしながら、それでも頷いた。

 そんな顔をしても、乗りかかった船だ。手伝って貰うぞ!

 また、俺が変な事をしでかすんじゃ? と心配しているみたいだが……

 その通りだ! 参ったか!

 

 しかし、アレだな。オーズド伯が俺を危険視し、警戒していると聞いていたのだが、木村の方がよっぽど俺を警戒してないか?

 

 解せぬ……。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 司令部を出た俺が最初にやったのは、ミニスカナース服に着替える事だった。

 今度は薄いブルー。木村め、色違いで二着も作って居やがっった!

 銀髪にブルーのナース服もクールな印象で良いですね。我ながら納得の仕上がりだ。

 準備万端整った俺は、満を持して捕虜を収容した陣幕に飛び込んだ。

 

「み、皆さん! 逃げて下さい!」

「に、逃げろと言われましても……鍵が」

 

 捕虜の騎士達が困惑するのも当然、ベッドで寝ていても彼らは捕虜。枷を嵌められベッドに繋がれているから逃げようもない。騎士として、あんまりな扱いと言えた。

 なぜ、こんな扱いのまま彼らが放置されているのか?

 通常ならばスフィールまで移送するのが筋。だけど、食料を運び終わった輜重隊(しちょうたい)の馬車に詰め込む事が今回ばかりは出来なかったのだ。

 魔導車でのピストン輸送が裏目に出た。一応機密扱いなので、魔導車に捕虜を乗せる訳には行かなかったからだ。

 それもあって、オーズド伯は捕虜の解放を急いだのかも知れないな。俺にとっては都合が良かった訳だけど。

 今やすっかり懐いた騎士達、俺は見せつける様に太ももをまさぐると、ストッキングに挟んだ鍵を取り出した。

 

「鍵なら持ってきました」

「な、なんと!? 大丈夫……なのですか?」

「何も聞かずに、今は逃げて!」

 

 俺は慌てた様子で鍵を開けにかかるが、焦りのあまり手つきが定まらず上手く行かない。

 

 ……そういう演技であった。

 

 必死のあまり、鋼みたいに鍛え上げた騎士の胸上に無自覚に乗り上がり、体を密着させてる。

 

 ……そういう演技である。

 

 のし掛かられた騎士は顔を真っ赤に口をパクパクしてるし、周りの騎士達からも無防備にミニスカートから覗く太ももと、見えそうで見えない下半身に突き刺さる視線を感じる。

 

 ……言うまでも無いが、そういう演技である。

 

 解っては居たが、ミニスカナースの破壊力は凄い。ナース服とか概念が無くても普通にエロい。

 ってか、この様子を木村達が外から覗いてるんだよな。

 なんて言うか、そっちの方がよっぽど恥ずかしい。

 NTRが性癖か? 楽しんでないで早く出てこい! いよいよ焦れた所で木村が動いた。

 

「おやおや、勝手な真似は行けませんなぁ-」

「なっ! キィムラ子爵! どうしてココへ?」

 

 安定の悪徳商人ムーブ。俺は顔を蒼白に後ずさる。

 

「なんでとは、面白い事を言いますなぁ? 私の資産になるべき捕虜なのですから私が監視するのは当然では? ユマ姫様こそどうしてこんな所に? 今すぐ治療しなければならない兵士は居ないハズですが?」

「そ、それは……」

「ユマ姫、下がって下さい!」

 

 俺を庇って、鍵を外した捕虜の騎士が木村に立ち塞がる。俺ってばお姫様みたいじゃないか。

 いや、お姫様だわ。だから、俺には親衛隊がいる。その親衛隊が木村の後ろから出て来て、立ち塞がる捕虜をぶん殴った。

 

「邪魔だ!」

「ぐあっ」

 

 全ては手はず通り。だけど流石に思いっきり殴りすぎじゃない? 治すの俺なんだけど? 普段は温厚な皆が、妙にトゲトゲと苛立っている。演技だけでは無いだろう。

 ひょっとして、俺のナース服のエロ看護を覗き見したからか? イライラし過ぎでは? コイツらNTRの才能無限大かよ。

 謎なのは、何故か木村まで本気で苛立って見える事。俺の髪の毛を掴んで醜悪に叫んだ。

 

「こいつめ! 勝手に捕虜を逃がそうとしたな! どういうつもりだ!」

「だ、だって、このままじゃ騎士さん達を殺すって」

 

 俺が涙ながらに訴えると、捕虜達に動揺が走った。思わず不安を口にする。

 

「まさか!」

「嘘だろ? 領主様が俺達を見捨てるハズが」

「どんだけふっかけやがったんだ?」

 

 呑気な騎士達。見捨てられるとはまるで思っていなかった様子。そこで木村の苛立ちが爆発する。

 

「まさかも、クソも、あるかぁ!」

「きゃッ!」

 

 髪の毛を掴まれた俺は振り回され、木村に地面に投げ飛ばされた。折角のナース服が汚れちゃうじゃん……。

 しかし、着崩れた感じも悪くない、か?

 見上げると、苛立った演技の木村が俺を杖で突いた。

 

「コイツが悪いんだ!」

「どういう、事だ?」

 

 事態の急変に、捕虜の騎士達が呆然と呟く。

 

「コイツが、開戦の使者を殺したもんだから、相手もコッチの使者を殺しやがった。身代金がおじゃんだ!」

「そ、そんな! 嘘だろ?」

「嘘なら良かったがなぁ! お陰でコッチは大損だ!」

 

 使者の殺害は、当然ながら捕虜の死を意味する。捕虜は激しく動揺した。

 ソコにすかさず、親衛隊の一人が木桶を持ってくる。例の生首だ。丁重に弔えって言ったのに再登場願ってしまった。

 木村が木桶から生首を取り出し、真っ青に震える俺へと突きつける。

 

「お前のせいだ、お前のせいでコイツは死んだんだぞ! 解ってるのか! お陰で俺も大損だ!」

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」

 

 グロテスクな生首を直視出来ず、俺は小さくなって震えた。生首さんゴメンは掛け値なしの本心だ。

 

「せめてもの腹いせに、コイツらの首を送り返してやろうかと話していた所よ」

 

 木村が周囲に言い放つと、捕虜達は呻いて後ずさる。しかし、ソレを聞いた俺は今までの恐怖から一転、勇気を振り絞って悪徳商人木村に立ち向かう。

 

「やめて! お願い! 私が! 私が悪いんです、責任なら私が、私が死にます!」

「お前が死んだ所で一銭にもならんわ!」

「キャッ!」

 

 俺は木村に蹴っ飛ばされて地面を転がる。あの? 本気で痛いんですが? 木村サン?

 

「オイ、さっさとコイツらを縛り付けておけ」

「ハッ! 了解です!」

「クソッ、勝手な真似を!」

 

 親衛隊にキツく縛られる捕虜達。抵抗する者は容赦なくぶん殴る様は、私怨を感じずには居られない。

 私怨を感じるのは木村もだ。

 

「姫様も二度とこのような真似はしない様に、次はコイツらと一緒に生首になって貰いますよ」

「わかり、ました……」

 

 力なく項垂れる俺に、嫌らしく笑みを浮かべて言い聞かせてくる。

 

 実は、コレが茶番の狙いだった。

 

 捕虜の兵士をずっとベッドに縛り付けておくのは限界。かといって、戦場にちゃんとした牢屋はない。

 ソコで、脱出したら俺が死ぬんだぞって刷り込んでおけば、まさか勝手に逃げたりはしないだろう。

 ……もし、勝手に脱出するなら、俺が直々にぶっ殺してやるからな。木村に蹴られた場所が普通に痛い。蹴られ損は嫌だ。

 ってか、強く蹴り過ぎ! 木村を睨むと、醜悪な瞳と目が合った。

 

「今日の分はしっかりと罰を受けて貰いますからな」

「は、ハイ……」

 

 罰と言われてて、ビクンと体が跳ねる。完全に無意識。我ながら相当にヨルミちゃんの鞭がトラウマになってる。俺は、泣きそうになりながらも頷いた。

 我ながら痛々しいまでの名演。なのに木村はノロノロと立ち上がる俺の襟首を乱暴に掴み、天幕の外まで引きずった。

 

「モタモタするな! 気絶するまで鞭打ってやるからな!」

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイッ!」

 

 襟首を掴まれた事でナース服の上着が捲れ、俺の背中の一部が露わになる。

 

「なっ!」

「嘘だろ!」

 

 ソコには痛々しい鞭の跡がハッキリと……捕虜の騎士達はぶん殴られたみたいな顔でショックを受けていた。これぞ、俺が大事に扱われていない証拠。ダメ押しである。

 捕虜が逃げたらユマ姫は処刑されかねないと、彼らは思い込んだはず。

 しかし、捕虜の怒りは俺の想像を超えていた。痛い目に遭う事も厭わず、木村に罵声を浴びせる。

 

「外道な! このような幼い少女にこのような!」

「ふん! 帝国の使者、あなた達の主の娘を殺した罰として躾けてやったのです。お礼を言って頂きたいぐらいですがなぁ」

「言わせておけば!」

「黙れ!」

 

 無理矢理立ち上がろうとする騎士を、親衛隊が打ちすえる。

 

「グッ!」

「ふん、あなた達が逃げればこの少女が苦しむ事になる。ゆめゆめソレを忘れぬ様にお願いしますよ」

 

 言い放った木村は俺を引きずって外へ出る。親衛隊も一緒にだ。

 

 で、俺達は陣幕の外にへばりつき、中の様子を聞く事にする。

 

「クソッ! なんで! 俺達は!」

「マークス隊長、俺達本当に助からないんですか?」

「何とか、逃げないと!」

「待てっ! 我々が逃げたら、あの少女が苦しむことになる」

 

 しめしめ、狙い通り。俺はマークス隊長の言葉にほくそ笑む。

 

「ですが!」

「お前等も見たよな? あの少女の背中」

「ヒデェ鞭の跡だった。アレは生半可な傷じゃねぇ、水牛の革の鞭の傷だった。大罪人にしか打たない鞭だ。あんなのを少女に打つなんて、許せねぇ」

 

 ……なんでそんな鞭をヨルミちゃんは持っていたのか? 今更に苛立ってきた。

 尚も捕虜達の話は続く。

 

「それに、騎士達がユマ姫を見る目、異様だったぜ」

「酷く冷たい目だったな」

 

 親衛隊もアレだよな、NTRの才能があり過ぎたわ。

 

「チャンスを待つんだ。腐らなければチャンスは来る」

 

 マークス隊長はそう言って団員を諫める。まぁ、コレなら勝手に逃げる事は無いだろ。

 徐々に拘束を解いても良いはずだ。早く『ユマ姫の為に敵にぶっ込み隊』を作らないとな。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ……と言う訳で、当面彼らが強引に逃げ出すことは無いだろう。

 コレからは頑張って捕虜の待遇改善を勝ち取った、と言いながら一層増えた鞭や痣の跡をさりげなく見せつけて、お見舞いを重ねていく。

 自分達の為に、日々少女がボロボロに傷ついていく。ソレに回復魔法での治療も加われば、彼らが俺の言う事をなんでも聞く人形ようになるのも時間の問題だろう。

 ソレを自信満々に説明すると、木村はドン引きしていた。

 あんまりドン引きするものだから、実はまだ親衛隊には説明していなかった。

 

 説明をするのは捕虜の陣幕とは別の、少し大きめな陣幕の中である。先ほどは横柄な態度で演技をしていた親衛隊が、今は俺に跪いている。

 居るのは俺と木村、そして親衛隊の精鋭五十名。後で説明するから、と無理矢理協力して貰ったので、こう言う場が必要だったわけ。

 説明すると、質問が待っていた。

 

「彼らを戦力として取り込もうと考えているのですか?」

 

 流石ゼクトールさん、話が早い。俺はコクリと頷いた。

 

「それもありますが、彼らには帝国のやり方が、エルフが本当に悪だったのかすら疑って欲しいのです。本当の敵は魔女ではないか? そんな疑心暗鬼を帝国に広めてくれればと私は願っています」

 

 しかし、親衛隊からは不満の声があがる。伊達にNTRの才能を爆発させていない。

 

「しかし、彼らは信用出来るのですか? わざわざユマ姫が御身を危険に晒す必要があるとは思えません」

 

 そう言えばコイツら、『危険に飛び込もうとするユマ姫の首根っこを掴む隊』だった。また俺が危ない橋を渡ろうと、体を張ってる様に見えてしまうようだ。

 言い含める様に説得しよう。

 

「私のやり方が気に食いませんか?」

「そ、それは……」

 

 自信満々の俺に、親衛隊が言い淀む。

 確かに相手も忠誠心が厚い帝国騎士のエリート。そう簡単に骨抜きにして取り込む事など出来るのだろうか? と疑問に思うのも当然。

 しかしだよ? 俺も前世の『高橋敬一』の精神で鏡の中の自分を見るけれど。余りにもエグい可愛さと儚さの暴力。コレで迫られて落ちない男とか居ないだろ。

 

 ――疑うと言うのなら、その身で味わってみるか?

 

 俺はしゃなりと近づくと、親衛隊の肩に手をかけ、耳元で囁く。

 

「私を止めたいのですか?」

「違っ……いえ、そうです! 無茶をするあなたを止めたいのです」

 

 理性が勝ったか。しかし、コイツはどうだ?

 

「そう、じゃあ……コレを」

「そ、ソレは?」

 

 俺は隠し持っていた(とう)の鞭を差し出した。

 

「私を止めたければ、ソレで私を打ちすえなさい。女王の様に」

「そんな! で、出来ません」

「では、私は止まりませんよ? 本当に私を思って止めたいと思うのならば、打ちすえなさい!」

 

 鞭を口元に、俺はニッコリと笑いかける。親衛隊は茫然自失に鞭を見ていた。

 引き攣った顔で木村がコチラを見てくるが、アイツは好奇心を止められない。そういうヤツだ。

 

 俺を鞭打ち、泣かせてみたい。

 

 みんな本当はそう思ってるんだろ? 女王に鞭打たれる俺を見て、何だかんだオマエらも楽しんでいただろう???

 

 俺が良いと言っているんだ、欲望を解放して見せろと、俺は迫った。

 

「あ、う……」

 

 堪えきれず、親衛隊が鞭に手を伸ばす。その瞬間に囁いた。

 

「それも、一度や二度では止まりませんよ? 親衛隊五十人で代わる代わる、夜も昼も無く私を打ちすえなさい。そうしなければ諦めませんよ?」

「そ、そんな、出来ません」

 

 親衛隊の男はパッと鞭を落としてしまう。ふざけろよ。

 ちょっとしたSMプレイなんてのは許さない。殺す気で、死ぬ寸前まで、ズタボロのボロ雑巾になるまで追い込んでみせろ。それぐらいの覚悟もなく、俺を止めるのか?

 俺は鞭を拾い、親衛隊の男に握らせて、耳元で囁く。

 

「良いのですか? 私はとても甘い声で鳴きますよ?」

「あ、う」

 

 親衛隊の男は顔を真っ赤に、二の句が継げなくなってしまう。渡された鞭を握り締め、手がプルプル震えている。

 もう一押ししてやろう。

 

「打ちますか?」

 

 俺は跪いて背中を見せつける。ナース服のボタンを外し、はだけさせると、うなじから背中まで丸見えになった。

 鏡で見た俺は知っている。うなじと鞭の傷跡が生々しい背中の破壊力を。

 

 さぁ、鞭を打て、打ってみろ!

 しかし、幾ら待てども衝撃は来ない。

 不思議に思って振り向けば、既に男の脳はオーバーヒートして壊れかけていた。顔は赤く、目はグルグルと焦点が定まらない。とても鞭が打てる精神状態ではないだろう。

 白けた俺はナース服を着直して、男の耳元で囁いた。

 

「いくじなし」

「あっ! うっ」

 

 なじってやれば、男は堪りかねて呻きをあげる。股間はこれ以上なく膨らんでいた。

 才能あり過ぎだろ。正直あきれてしまう。

 俺までドSに目覚めそうだわ。こんな変態の巣窟には居られないと踵を返す。

 

「じゃあ、さよなら」

 

 艶やかに、それだけ言い残してクールに去った。

 ……つもりだったのに、凄い形相で追いかけてきた木村に掴まった。首根っこを掴まれ、オーズド伯が居なくなった司令部に引き摺り込まれる。

 え? 木村サン? まさかレイプか? 俺はイヤンと体をくねらせる。

 

『え? 何? 襲おうっての? このタイミングで?』

『ンだよアレ!? どこで覚えてくんの? 無闇に兵士を刺激するのは止めてくれよ』

 

 しかし、真面目に怒っている。締め上げられた首が苦しい。

 

『いや、誤解だって』

『マジで皆で鞭を打たれたらどうすんだよ? 死ぬでしょ普通に』

『まぁ、打たないでしょ。言いくるめる自信は有ったって』

『なんでよ?』

 

 怪訝な顔をする木村だが、なにせ俺は刺激的なセリフのラインナップには自信がある。

 

『ソレに関しちゃお前の商売と同じ、知識チートってヤツだな』

 

 オマエが料理のラインナップを誇っているのと一緒だ。

 そう言っても、木村は困惑するばかり。

 

『お忘れか? 俺には何十本にも及ぶエロゲーの知識があるんだぜ?』

『思いつきで、陵辱エロゲーのセリフを試すな!!』

 

 なんか、怒られた。解せぬ。


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