死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

234 / 327
一騎打ち2

 長大な石橋を挟んで睨み合う帝国と王国。兵達の熱気は夏の暑さを上回り、人いきれは立ちこめていた夏草の芳香を打ち消した。

 橋の上には両軍の英雄。無数の軍旗が川辺で翻り、兵士達は声を嗄らして檄を飛ばす。

 

 いよいよ、両国の代表者三人ずつ、勝ち抜き形式での一騎打ちが始まろうとしていた。

 そんな光景を見て、名将テムザン将軍は屋形テントで息を吐く。

 

「茶番だの」

 

 勇ましい兵達と裏腹に、老将の口から出たのは気炎ではなく愚痴だった。

 一騎打ちなど、テムザンにとっても全くの予定外。

 そうは言っても、この光景は二国間の戦争では長年お馴染みとなっている。戦争がこうして、ある種のスポーツとなって久しい。言わば、何百年も続く腐れ縁。

 だがテムザンにしてみれば、そんな関係を終わりにするつもりの開戦だっただけに、忸怩たる思いでこの光景を見つめていた。

 気の抜けた老将のひと言に、参謀の一人が眉を顰める。

 

「ならば何故? 一騎打ちなど?」

「だって、埒が明かないんじゃもの」

 

 テムザンの回答はシンプルだった。拗ねた様子で髭を撫でる。

 そもそも、橋を挟んだ地形は銃を揃える帝国に有利。去年は橋に殺到した王国兵を鴨撃ちにしている。

 だからこそ、相手が後退した際もあえて本陣は向こう岸まで移動させなかったのだ。

 しかし、開戦時こそ良かったものの、敵はどこからか大量の銃と、馬も無く走る固い馬車までも調達してきた。強烈な威力を誇る爆薬もだ。

 こうなれば、他の隠し球だってあるやも知れぬ。

 現に大砲と大量の銃で占領した砦は、アッサリと奪還されてしまった。様子見で正解だったとテムザンは思う。

 

 射程兵器と展開速度が合わさり、もはやどこからも渡河が出来なくなった。なにしろ火薬は湿気に弱い、無理な渡河など論外だった。

 それは王国側とて同じ事。帝国が誇る圧倒的な量の鉄砲隊と大砲が、無謀な渡河を許さない。

 

「このままでは、攻めた方ばかりが損をするじゃろ?」

「では、敵を引き込んでから勝負を決すると言うのは?」

「乗ってこんじゃろうな、盛り返した時点で捕虜交換を持ちかける相手じゃぞ? 好戦的とは言えんわな」

「ならば、多少の犠牲を覚悟してでも押し切るべきでは?」

 

 参謀が提案したのは、農奴を死兵として送り込み、使い潰す戦略だ。

 参謀の男がこうも前のめりに献策するのには理由があった。テムザンはここ数日、部屋に籠もりきりで作戦会議にも顔を出さない。帝国中枢から派遣され、最近になって戦場へ到着した彼は、なによりアピールの機会を欲していた。

 その鼻息に、テムザンは鼻白む。

 

「多少で済めば良いがのぉ?」

 

 馬鹿にしたようなテムザンの言葉に、今度は参謀が青筋を浮かべる。

 参謀に言わせれば、農奴など戦場で使い潰すモノ。大っぴらには言わないが、むしろ農奴の口減らしに戦争を仕掛ける事すらあるのだから、この世界ではありふれた考え方である。

 しかし、テムザンは戦争が変わったことの本質を正しく理解していた。

 すなわち、質より量。銃は引き金を引けば真っ直ぐ飛ぶし、弾速が速く偏差射撃も不要なので、弓のような長い訓練を必要としない。なにより、従来の武器より遙かに強力だ。

 

 恐るべき事に、テムザンは銃撃戦における逐次投入の愚かさを、直感的に理解していた。

 地球人にとっては常識でも、精強な騎士団が数倍の農兵を蹴散らすこの世界では、並外れた戦術センスと言うべきだろう。

 だからこそ、攻め手が橋しか無いこの地形は最悪だった。

 

「ですが、一騎打ちに勝ったとして、何か変わる訳では無いでしょう?」

 

 しかし、苛立つ参謀のこの言葉こそ、まさしく居並ぶ参謀や文官達の共通の思いだった。

 これまでは一騎打ちで勝った陣営が、意気揚々と相手の領土へと乗り込んで行くのが通例。

 だが、今回ばかりは勝ったとしても、鉄砲隊が待ち受ける対岸に乗り込んでいけるのか?

 へっぴり腰で撃ったとしても、銃の威力は変わらない。生身の人間を斬りつける罪悪感が消えた戦場は、以前ほどに士気は重要で無いのだ。

 だと言うのに、その疑問をテムザンは投げやりな言葉ではぐらかす。

 

「何も変わらんかもしれんが、何か変わるかもしれんじゃろ? ほれほれ、試合がはじまるぞい。退屈な戦場じゃ、せめて皆で楽しもうではないか」

「なにを!」

 

 命懸けの決闘を試合とは、いよいよ参謀が怒りに顔を紅潮させた。

 

「ッ!」

 

 しかし、すぐさま言葉を失う。向けられたテムザンの眼光が余りにも冷たかったからだ。実際、テムザンはこのまま男が喋り続けるならば、処分するつもりでいた。

 噂と違い好々爺然とした姿を見せるテムザンだが、やはりこの目こそが本性なのだと瞬時に男は理解した。

 冷や汗を垂れ流す参謀が見つめる先、いよいよ一騎打ちが始まろうとしていた。

 黙った参謀の代わりに、侍従の男が尋ねる。

 

「伝統の一騎打ちですが、今回は三人での勝ち抜き戦としたのはどうしてです?」

 

 見つめる先には帝国側が用意した三人の男達。

 まさしく、一騎打ちが試合の様になってしまった理由であった。

 

「はぁー、大人の世界には色々あるんじゃよ」

 

 ため息混じりにテムザンが先方の大男を指差す。

 

「例えばアレは魔女の推薦じゃ、ゴリ押しとも言うの」

 

 身の丈二メートルは達しようかという大男は、魔女に連れて来られたと言うのも納得の異様な雰囲気を纏っていた。

 一方で王国側はどうか?

 

「相手は森に棲む者(ザバ)の小僧か、同盟と言うだけあって、相手にも色々あるようじゃの」

 

 望遠鏡で覗いた先、テムザンには橋の向こうから走ってくるマーロゥが見えていた。

 

「初戦が色物対決とはのぅ」

「色物ですか?」

 

 侍従が不思議がったのは、魔女が推薦した大男は屈強な戦士に見える事。どこにも色物要素は無いからだ。長大なランスを(かち)で扱うのは異色だが、アレだけの体格なら納得もいく。

 

「じゃが、アレは騎士では無い」

「では、どこかの傭兵でしょうか?」

「違うの、恐らくアレはもう、自分がナニかも解っとらん」

「???」

 

 侍従の男は首を傾げるが、テムザンの言葉はそのままの意味だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 橋の上、マーロゥの姿を認めた大男は、それまでのゆったりした動きが嘘の様に、途轍もない速度で突進した。

 

「オ゛ォォォォォ!!」

 

 獣染みた方向が響く。いや、男は正に獣だった。

 男はロクに話す事すら出来ない。筋力増強剤の投与により手に入れた肥大化した筋肉と引き換えに、男は正気を失っていた。

 鎧に見えるのは男の新たな皮膚だ。肥大化した筋肉がそれまでの表皮を突き破り、代わりに金属片を貼り付けている。

 絶え間ない苦痛を麻薬で押さえ込み、失った精神は洗脳で上書きした。

 そうして手に入れた膂力は、常識を遙かに超える暴威を誇る。

 

「グォォォォ!!」

 

 馬よりも尚速く、身の丈が二メートルを超える筋肉の塊がランスを構えて突進する。

 人の身でコレを止める術など存在しない。

 

 ――シュルン。

 

 だから、マーロゥは止めようとしなかった。鋭い突き込みをヒラリと躱すと、そのまま橋の欄干に着地する。

 

 ――カラン。

 

 同時に響いたのは、バラバラに斬り裂かれたランスが橋に落ちる音。

 

 ――ドチャリ!

 

 そして、男の両腕が落ちる湿った音だ。

 

「つまんねーの」

 

 双聖剣ファルファリッサの切れ味は魔剣の中でも群を抜いている。マーロゥには手応えすらもなかった筈だ。

 欄干から橋上に降り立ったマーロゥは、速やかにトドメを刺すべく、大男の前に進み出る。

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォ」

「ぐあっ!」

 

 そこに強烈な蹴りが突き刺さった。大男が蹴ったのだ。

 

 切り落とされたのは両腕。足は無事。だから蹴れる。

 当然に思うなら、あまりに人体を馬鹿にしている。両腕を切断されて、即座に蹴りをくり出せる人間など正気では無い。

 しかし、男はまさしく正気では無かったのだ。失った両腕のバランスすら考慮しない不格好な蹴り。蹴った方も一緒に転がる無様な蹴り。

 

「ガッ、ハァ!」

 

 しかし、それでもマーロゥは肋骨が折れる程の怪我を負った。男の脚力は常識の外にあったからだ。

 そして、男は殺戮の本能だけで生かされている存在だ。

 

「グアァガァァ!!」

 

 声にならない咆哮と共に立ち上がり、真っ直ぐにマーロゥへと突っ込んでいく。

 

 ――シュルン。

 

 そこに再び、ファルファリッサが金属を引き裂く音がした。マーロゥは慮外の攻撃で這いつくばりながらも、剣の冴えにはいささかも曇りが無かった。

 

 ――ベチャ。

 

 今度こそ男の首が飛び、胴体は輪切りになった。しかし、飛び込んで来た肉の質量は減衰なしにマーロゥへとぶつかった。

 

「グベッ! い、痛ぇ!」

 

 再び橋上を転がり、全身を返り血に汚しながら、それでもなんとか立ち上がろうとするマーロゥは、眼前に恐るべきモノを見てしまう。

 

 ソレは何か? 今まさに突き込まれる槍だった。

 

 ――ギィン!

 

 マーロゥの顔面に槍が突き刺さる直前、割り込んだもう一本の槍が弾いた。

 

「邪魔をするな! 神聖な一騎打ちだぞ!」

 

 叫んだのはマーロゥへ突き込んだ老騎士。帝国側の次鋒だった。

 

「名乗りを上げてから戦うのが一騎打ちでしょう」

 

 マーロゥを守ったのは王国側の次鋒。訳も解らずマーロゥはその男を見上げる。

 

「あ、あんたは?」

「ゼクトールだ。一戦目は両者相討ち、それで良いですね?」

 

 マーロゥを救ったのは、ゼクトール。今でこそユマ姫親衛隊などと言う、ふざけた職に就いてしまっているが、彼は元々王族を守る近衛兵として知らぬ者は居ない存在なのだ。

 今回も大将として出る予定だったのだが、ユマ姫と同族であるマーロゥのピンチに、堪らず割って入った格好だ。

 一方でマーロゥは人間の戦士など、モノの数にも無いと名前すら把握していなかった。

 当然の様に一人で三人を片付ける腹づもり。しかし、もはや肋骨の痛みは強く。立ち上がるのも難儀する有様。次鋒のゼクトールに託す他ないと歯噛みする。

 

「す、すいません、お願いします」

「あなたもそれで良いですね? タリオン殿」

「フン、森に棲む者(ザバ)を庇うなど落ちたなゼクトール」

 

 答えたのは、帝国側の次鋒。五十過ぎの老騎士だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「何故、タリオン伯の暴走を止めなかったのです」

 

 恐怖から息を吹き返した参謀が不満を口にしても、テムザンはどこ吹く風だ。

 

「止められんかったのよ。止むなしじゃな、愛娘を殺され、自慢の騎士達を捕虜に取られた状況ではな」

「しかし、タリオン伯は今年で五十二、死にに行かせるようなモノでは?」

「そうとも限らんじゃろ、あやつも若い頃は帝国一の騎士として名を馳せておったのじゃぞ?」

「何年前のお話ですか!?」

 

 参謀は悲鳴をあげるが、テムザンは掛け値無しの本音であった。

 

「あやつは儂と違って地道な訓練を怠っておらん。それどころか長年研ぎ澄まされた技は円熟の域に達しておるぞ」

 

 言葉の通り、指差す先では王国最強とも名高いゼクトールと互角に渡り合う老騎士の姿があった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「フッ、ハッ!」

 

 正確に無駄の無い動きで突き込まれる槍に、ゼクトールは攻め込む機会を見出せずに居た。

 身長が190センチ弱もあるゼクトールは、王国では田中に次ぐ身長を誇る。リーチも当然、老騎士を大きく上回っていた。

 そんな王国随一の体格を誇る近衛兵が、一回りは小さい老兵に苦戦する光景は異様のひと言。それもこれも、タリオンの隙の無い技のキレがもたらすもの。

 

「元気なモノですな」

「フン、余裕腐りおって」

 

 しかし、タリオン伯が言う通り、連撃を受けながらゼクトールにはまだまだ余裕があった。攻め手が無くとも、若さに勝るゼクトールに体力勝負は望む所だ。

 それに、攻めて勝とうとすれば、どうしても攻めに転ずる瞬間に隙を曝す事になる。守って勝てる程度の相手であれば、それこそが最も安全に勝つ方法となる。

 だが油断という言葉は、安全に勝とうとする、その瞬間にこそ忍び込む。

 

「フッ、ハッ!」

 

 無駄は無くとも基本通りの突き込み。ゼクトールにとって捌くに容易い攻撃であったのだが……。

 

「フッ、ハッ、フッ、ハッ!」

 

 同じに見えて、そのリズムは不協和音の様に少しずつズレを作り出していた。

 そしてリズムが生まれれば、そこには決して見切れぬ意識の間隙が発生する。

 

「シャッ!」

 

 異質な掛け声と共に、老兵が作り出した隙間こそがソレだった。

 隠し続けた一突きが、ゼクトールの鉄壁の守りを魔法の様にするりと抜けた。

 ……だが。

 

「良い突きでした」

 

 ゼクトールにダメージは無い。

 言うまでも無く、タネは蜘蛛の糸で編み込んだエルフ製のマント。こちらは正真正銘の魔法と言える。

 銃弾すらも防いでみせるマントの前では、老兵渾身の突き込みでも、穴一つ開けられはしなかった。

 

「ご無礼!」

「グハッ!」

 

 お返しとばかり返した一撃は、老騎士が着る昔ながらの薄い鉄鎧を貫いた。矢なら兎も角、ゼクトールの様な大男が繰り出す突きの前には、鉄鎧など紙も同然。

 

「ぐぅ、殺すが良い。我が一族が地獄で呪い殺してくれる」

「死ぬかどうかはご自分で決めて頂きましょう」

 

 ゼクトールは槍に老騎士を引っ掛けたまま、全力で槍を振り抜いた。

 

「なにを? ぐぉぉぉぉ!」

 

 何という力業。振り回された老騎士は、橋の下へと落とされ水音が響く。

 元々、欄干の近くで戦っていた二人。体格差があればこその離れ業だが、言うまでも無く、ゼクトールの強力(ごうりき)があってこそだ。

 

「生きるか死ぬかはご自分で選んで頂きましょう」

 

 ゼクトールは呟く。

 逃すような真似をしたのはマーロゥを助けに割って入った罪悪感と、ロアンヌの領主であるタリオンを生かしておいた方が今後都合が良いとの計算だ。

 見捨てられた騎士達の扱いを考えれば、血気に逸り決闘に出て来たタリオンもまた、体の良い在庫処分に他ならない。

 

 つまり、何だかんだこの戦い。ゼクトールには先の事を考える程の余裕があった。

 しかし、次はそうは行かない事をゼクトールは直感する。

 

「さて、次の相手は? 失礼ですが、お名前は?」

「ああ、俺はバーリアン・ローグウッド。よろしくな、ゼクトール」

「ほぅ!」

 

 ゼクトールが息を飲んだのは、ローグウッドの名前にソレだけの意味があるからだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「あの若造は誰です?」

 

 帝国陣で、参謀は再びテムザンに詰め寄った。

 

「ウチの騎士団の新入りじゃの」

「何故そんなヤツに大将を任せるのです!」

「そりゃ、強いんだもの」

 

 テムザンの回答は今回もまた、シンプルだった。

 

「自慢の騎士団だったのじゃが、新入りのあやつより強いのは一人もおらん。ソレほどに強いのじゃ、バーリアンは」

 

 悪びれないテムザンの言葉。反応したのは侍従の男だった。

 

「バーリアン! まさか、バーリアン・ローグウッドですか?」

「さよう、知っておったか?」

「知ってるも何も、剣聖で知られるローグウッド家の鬼っ子ですよ。十歳で熊を倒したとか、十四で盗賊団を壊滅させたとか」

「それは違うの」

 

 テムザンに否定され、侍従の男は面食らった。それぐらい広く知られた話だったのだ。

 

「壊滅したのは盗賊団じゃあない、騎士団じゃ」

「まさか!」

「本当じゃよ、正確には元騎士団じゃがな」

 

 帝国領の端にあるスールーン。そこではかつて霧の悪魔(ギュルドス)の健康値取得実験が積極的に行われていた。

 そのため流行り病が流行し、街は荒れ果て、人心は千々に乱れた。魔獣から民を守るべき騎士団は仕事を放棄して、それでも給金を要求して憚らなかった。

 

 そんな土地だからこそ、田中がマンティコアを退治する栄誉に預かれたのだが、一方で、仕事をしない騎士団を誅する役目を負ったのが、実家を勘当され宛ても無い旅を続けていた、当時十四歳のバーリアンであった。

 

「それにの、勘当されたと言うのも、ローグウッド卿でも手に負えない程強かったから、放り出されたと言うのが本当じゃの」

「いや、その……嘘でしょう?」

 

 ローグウッド家と言えば、一代で成り上がった武闘派。殆ど盗賊に毛が生えた様なモノだと貴族に揶揄される存在である。

 

「本当じゃ。殺人卿と恐れられ、一代で成り上がったローグウッド男爵すらも恐れた才能があやつじゃよ」

「おおっ!」

 

 参謀や侍従達が色めき立つ。ソレほどのブランドがローグウッドの名前にはあった。

 だが、そのローグウッド男爵を殺した男が王国には居る。

 

「英雄タナカは出てこんか」

 

 テムザンが望遠鏡で望むのは橋の先。オーズド伯肝いり騎士が大将として、煌びやかな鎧を誇っていた。

 

「残念じゃな、これ以上ない戦いが見られると思ったのじゃが」

 

 コレは本心。騎士団に取り込んだモノの、バーリアンは上官に逆らうばかりで、テムザンにとっても扱いにくい存在だった。

 それでも惜しいと思わせるだけの圧倒的な槍の腕前に、ようやっと使い道が見つかったのだ。

 

「それも、最強の槍が手に入ったタイミングでこの機会がやって来おった。銃などなければ、あやつだけで千の軍隊を相手取れたモノを。惜しい時代に生まれたモノじゃ」

 

 テムザンは望遠鏡を臨む先、魔女から貰った穂先が輝く美しい槍を見て、唸るように息を吐いた。

 

 魔剣、ならぬ魔槍。

 

 一時は誰も使えぬガラクタに思われたが、バーリアンならばと魔女が送ってきた槍だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

『マジィな……』

 

 呟いたのはユマ姫、ココは対岸の王国側、装甲車の中である。

 身を乗り出して、双眼鏡でゼクトールの勇姿を観戦していたユマ姫は顔面を蒼白に染めていた。

 

『マジィって何が?』

 

 日本語で呟くユマ姫に、日本語で返したのは木村。ふたりは隣同士に座ってヤンヤと観戦していたのだ。観戦用の双眼鏡を奪われ、木村は望遠鏡で戦いを見守っていた

 

『あの槍だよ。神槍アイフェル。まず、槍の魔剣ってのは唯一アレだけ。何故か解るか?』

『ん~森で使いにくいから?』

『あ! それもあるかも』

 

 ノリノリで解説しようと思ったのに、出鼻を挫かれユマ姫はションボリしてしまう。

 

『良いから続けてよ』

『うん。でさ、槍みたいな長物だと、槍の穂先まで自分の腕の延長と感じるのは難しいんだ』

『なるほどね、自分の健康値で保護出来ないから、敵の健康値で魔力が消されて機能しないと?』

『そう、そもそも魔剣使いは小さい頃から同じ魔剣で訓練して、腕と錯覚する位に馴染ませるんだよ。そう言う意味で、いきなりファルファリッサが使えたマーロゥだって立派な天才なんだ』

『ふーん』

 

 たった今、激戦を制して見せたエルフのイケメンの名前が出た事が、木村は何となく面白く無かった。

 そんな事に気付かず、ユマ姫は話を続ける。

 

『んでさ、扱い辛い槍の魔剣をアイツは長くとも二年で使いこなしている。ソレだけでヤバいのよ』

 

 実際は、バーリアンはつい最近に魔槍を下賜されたばかり。ヤバいなんて言葉では収まりつかない鬼才であった。

 とはいえ、木村には魔槍の怖さがピンと来ない。

 

『だけどさ、槍の戦いなんてそもそも先に刺さった方が勝ち。魔獣ならともかく、人間は槍の質量で刺されりゃ関係なく――』

『それがさ』

 

 ユマ姫は戦いを見てられないと、目を瞑る。

 

『アイツが着てる鎧も、特別製なんだわ』

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 槍を構えて向かい合っただけで、ゼクトールは相手が格上だと理解してしまった。

 

「ゼイッ! やぁ!」

 

 だからこそ、今度は自分から打って出た。何度も突きを繰り返すが、全てを見切られ躱される。

 相手が攻めてこないのは、さっきの自分と同じ理由。万が一を潰す為だと理解していた。

 

 しかしバーリアンは若かった。実力を見切るや否や、ゼクトールの攻撃を倍の数で返していく。

 

「ハッ! ハッ! ハッ! ハアッ!」

 

 とは言えその攻撃は速度重視、腰の入っていない軽い連撃だ。ましてやゼクトールには魔法のマントがある。これでは受けてもダメージは無いはずだ。だのにゼクトールは嫌な予感が拭えず、大きく飛び退き回避した。

 それがゼクトールの命を救う事となる

 ゼクトールのマントの前面には、しっかり四つの穴が空いていた。

 

「なんだと?」

 

 銃弾をも防ぐ魔法のマントが紙の如く。

 驚愕するゼクトールに、つまらなそうにバーリアンが鼻を鳴らす。

 

「こりゃあな、魔剣、いや魔槍ってヤツだ」

「そんなモノも存在するのか?」

「降参するなら、自分から川に飛び込みな。俺だって弱い者虐めは好きじゃない」

「弱いかどうかは、コレから確かめて貰おうか」

「いいからさ、タナカって剣士を出せよ」

 

 不機嫌にバーリアンが言い放つ。彼も、父ローグウッドを殺した男に大変な興味を抱いていた。もちろん父の仇としてではない。

 彼は槍使いとして完成した暁に、正々堂々と父を倒すつもりだったのだ。

 剣などより、槍の方が何倍も強い。リーチこそが正義。実際、戦争となれば剣よりも槍こそが主役だ。

 それを証明する一心で、槍を振るってきたと言って良い。

 そんな彼の新しい目標が父を殺した剣士、タナカだった。

 しかし、田中は魔獣退治にフラフラしている。それにゼクトールにしてみれば、ユマ姫の思い人と噂される田中に対して思う所があった。

 

「あの人は、忙しいのでね。挑むなら、私の実力を見てからにして貰いましょう」

「ふん、じゃあお前を殺して引き摺り出してやるよ!」

 

 今までの様子見とは異なる、バーリアンの腰の入った鋭い一撃が繰り出される。

 魔槍でなくとも十分に致命傷となる一撃を、ゼクトールはヒラリと躱した。そして空中で槍の口金を弾いて隙を作りつつ、衝撃を利用して欄干の上へと着地する。

 まるでマーロゥが見せた一戦目の再現。ゼクトールは単調な突き込みを繰り返し、このチャンスを作り出したのだ。コレは二戦目でタリオンが見せた技の応用でもある。

 ゼクトールもまた、王国では若い頃から天才の名を欲しいままにする槍の名手。四十を前に、その腕は超常の域に達している。この戦いの中でも成長を続けていた。

 

「ハァッ!」

 

 欄干の上の不安定な姿勢、ソレでも相手は槍を突き出した後。曝け出された半身の胴は、横合いからは絶好の的。

 

 ――ギィン!

 

 しかし、固い金属音で弾かれる。

 

「なっ?」

 

 あり得ない手応え。胴に命中した穂先は僅かな傷もつけられなかった。

 

「わりぃな、先が長いんでよ」

 

 ゼクトールが作ったつもりの隙は、バーリアンが見せかけた罠だった。

 彼が身に付けているのはカーボンの鎧の表面に特殊合金を貼り付けた特別製だ。カーボンは固いが割れる。銃弾や槍が相手では不安が残る防具だ。

 魔獣の突進や斬撃を防ぐには有効だが、魔法の矢を放つテロリストを想定すれば、こうした鎧の必要性もエルフにはあったのだ。勿論、数は多くない。

 

「あばよ」

 

 会心の突きを防がれた後の隙。突き込まれればもはや躱す術は無い。これもまた二戦目と同じ決着の仕方であるが、ひとつだけ大きく違う所があった。

 

 ――バシャン!

 

 水音が響く。欄干に立っていたゼクトールは、自分から川に飛び込んだのだ。

 

「ンだよ、偉そうに実力を見ろって言ってソレか」

 

 つまらなそうに頭を掻いた。そこそこやる奴だと期待したが、結局命が惜しいだけの人間だった。川に飛び込む直後、ゼクトールがホッとした顔を浮かべた事に、バーリアンは内心落胆していた。

 バーリアンは命など惜しいと想っていない。

 なにせ、バーリアンは三人と言わず、このまま敵陣に突っ込み、殺せる限りの敵兵を殺すつもりでここに居る。

 強者を求め、確固たる意志で殺戮を求める狂人。ある意味で、魔女の手下だった意識の無い狂人よりもよほど恐ろしい。強烈な意志に裏打ちされた殺意。

 そう言う意味で、三人だけ相手をする覚悟だった他の者達とは、初めから見ているモノが違っていた。

 敢えてゼクトールの勝ち筋をなぞって、余裕を見せつつ勝ってみせたのもソレが理由だ。

 

「オラ来いよ!」

 

 だから、最後の騎士へ向けても無造作にそう言った。

 

「オッ! おおおおぉぉぉ!」

 

 オーズド自慢の騎士である彼は、内心の怖気を振り払う様に叫び、突撃した。

 そして、叫び声のままに会敵し、そのまますれ違う。

 

「なんだこりゃ?」

 

 気が抜けた様にバーリアンが肩を竦める。

 

「一番最後に出て来たヤツが一番弱いって何の冗談だ?」

 

 頭部を失った胴体が、ベチャリと橋に倒れ伏す。

 

 その瞬間、固唾呑んで戦いを見守っていた両軍は、初めて本当の意味でバーリアンの実力を正しく把握した。

 天才ゼクトールが相手だからこそ、数合は保ったのだ。腕自慢の騎士が相手でも、まるで勝負にならない。時代さえ許せば、彼一人で国が滅びる程の超人なのだ。

 言葉を失ったのは王国陣営だけではない。

 帝国ですらも、大半の兵士は呆然としていた。固唾を飲んで見守ってきた一騎打ちが、帝国側の勝利に決まったというのにだ。

 本来は勝ち鬨をあげ、敵陣へと雪崩れ込む所。しかし、誰も後に続こうとはしない。

 

「オラ、行くぞ!」

 

 だから、バーリアンは単身でそのまま橋を渡る。敵が待つ対岸へ。

 それは異様な光景だった。

 

 数千の敵が待つ場所へ、たった一人で堂々と歩いてくる男がいる。

 

「ヒッ、ヒィッ!」

 

 パニックになったのは王国側だ。特に普段はネルダリアの農夫で、この戦いに徴兵された兵士達の混乱は顕著だった。アレほど頼もしいと思っていた銃が、オモチャのように感じてしまう。

 銃の扱い方を根こそぎ忘れ、腰が抜けたままに後ずさる。

 それだけならまだ良い。恐怖のあまり、バーリアンに向け、訳も解らず銃を構える兵士まで居た。何人も。

 

「あ、ああああぁぁぁ!」

 

 ――パァン!

 

 渇いた音がした。恐怖のあまり、ロクに狙いも定まらぬ銃弾だったのだが、それでも幾つかがバーリアンへと着弾する。

 

「痛ぇなぁ!」

 

 しかし、効かない! ライフル並の威力を誇る魔法の矢ですら数発は耐える特別な鎧だ。有効射程外から撃たれた火縄銃など、豆鉄砲と変わらない。

 

「ヒッ! ば、バケモンだぁ!」

 

 彼らは、銃さえあれば騎士だろうとモノの数では無いと信じ込まされていた。

 そうでなければ、突撃してくる騎士に対して、引きつけて銃を撃つのは、やはり怖い。

 その洗脳を補強するように、鎧を着た罪人を撃たせた事もあったし、この戦いでも率先して大きな戦果をあげさせた。

 

 だからこそ、銃が効かない相手を前に。一瞬でパニックは広がった。

 

「今じゃ!」

 

 そして、その光景に猛ったのはテムザンだった。勿論、帝国の一般兵もだ。

 一騎打ちの勝者たる英雄に、無粋な銃弾をぶつけたのだ。去年は帝国がやった事だが、ここまで盛り上がった決闘を汚した罪はやはり重い。

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

 全軍で、雄叫びがあがった。空気がビリビリと震え、バラバラの軍勢が一匹の魔獣へと変ずる。

 怒りはあらゆる恐怖を打ち消し、同時に相手へ恐怖を植え付ける。

 銃弾が効かないのは、バーリアンだけでは無いかも知れない。

 恐怖を忘れ突撃してくる騎士にそう思ってしまえば、隊列は即座に瓦解するだろう。

 

 長大な橋、こう言う時は速度と突破力がある兵が望ましい。

 

「行くんじゃ! お前達!」

 

 テムザンが檄を飛ばしたのは、彼が持つ虎の子の騎士団の一つ、重装騎士隊だ。

 僅か十騎だが、全員が特殊合金の鎧を着ている。カーボンと金属を組み合わせたバーリアンの鎧ほどでは無いが、マスケット銃が相手なら無類の強さを発揮する。

 こちらの騎士には銃が効かないと言う印象を付ける狙い。

 本来、敵の市街地を制圧するために取っておく予定の騎士達だったが、ここで切るべき最良のカードでもあった。

 

「おおぉぉぉぉ!」

 

 地鳴りの様な雄叫びと、馬たちが奏でる蹄の音が重奏する。

 騎士達が一斉に橋へと殺到し、腹に響く低音は、大きな恐怖を王国の兵に植え付けた。

 

 スッカリ逃げ腰になった兵を拡声器で鼓舞するオーズドだが、誰も銃を構えようとしない。

 敵の騎士が真っ直ぐ駆け込む絶好の好機に、誰も弾丸を発射しないのだ。

 

 このまま辿り付かれれば、散々に蹂躙される。そうなれば、まるで去年の焼き直し。何も無い平原をひたすら追い回されるだろう。

 前回その危機を救ったのはユマ姫であったが、助けを求めようにも彼女はノンビリと観戦に徹していた。

 

『アレ? ヤバくね?』

 

 双眼鏡を構え、変わらず呑気に戦いを見物してる。

 一方で木村は苛立ちを隠せない。

 

『ンだよ、あの鎧はよぉ!』

『エルフすごーい』

『死ねよマジ、あんなのあったら無敵じゃねーか』

『そうでも無いって、魔法の矢なら数発で死ぬよ』

『火縄銃で何発掛かるんだよ!』

 

 木村は頭を抱える、あんな鎧があるとは聞いていなかった。金属とカーボンを組み合わせ、衝撃にも刺突にも無類の強さを誇っている。

 

『いや、でも結構重いよ? 全身を守るなんて出来ない程度に』

『魔法の矢みたいに、誘導出来ねぇから十分なんだよ』

 

 それでもゼクトール達親衛隊は馬体を含め、全身を蜘蛛の糸のマントで防御出来ている。どちらも一長一短があると言う事。

 しかし、急所への銃弾だけでも鎧で防げれば十分に強力だ。それが解っていながら、エルフがそんな鎧を用意出来ないのは理由がある。

 

『ま、金属も勿論、鎧も貴重品だから数は揃わないよ』

『やっぱそうか』

『倉庫にも全く残っていないと思う、奴らは根こそぎ奪っただろうからな』

 

 突然に、ユマ姫はゾッとするような声で囁き、敵陣を見つめた。やはり彼女の殺意は些かも鎮まって居ないのだ。

 

『そろそろ俺の出番かな』

 

 ましてや勢いに任せ、そんな事を言うのだから木村は必死にユマ姫を止めた。

 

『いやいや、まだだから! お前は陣地に戻ってろよ』

『ふぅーん? で、お前はどうするの?』

『俺? 俺は、ちょっとやることがあるからさ』

 

 そう言って木村は愛用のスナイパーライフルを取り出した。ソレを見て、ユマ姫はニヤニヤと笑うのみ。

 

『ま、出番があるかは怪しいけどね』

『え? どう言う意味よ?』

 

 木村が尋ねれば、ユマ姫はそっと窓の外を指差した。そこには高速でこちらへ向かう砂煙が上がっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 バーリアンは重奏する蹄の音をバックに、意気揚々と走り始めた。

 散発的に銃弾は飛んでくるが、少しも怖くない。鎧の前では豆鉄砲の様なモノ。

 それだけでなく、驚異的な動体視力を誇るバーリアンの目には、銃弾すらも見えていた。最低限、鎧に守られていない場所を防ぐ程度には。

 遂に彼は橋を渡りきり、対岸にたどり着く。

 彼の進路を妨害する者は、もう誰も居ない。

 

「よぉ、ゴキゲンじゃねぇか」

 

 いや、たった一人、居た。

 異常な速度で走り込んだ漆黒の機体が、橋の出口に堂々とすべり込んだ。

 

「俺も混ぜろよ」

 

 田中だった。

 

「テメェは?」

 

 バーリアンにはハッキリと予感があった。それでも敢えて名前を聞いた。

 

「田中だ」

「お前が! お前が親父を殺したんだな?」

「親父? お前、名前は?」

「ローグウッド! バーリアン・ローグウッドだ」

 

 勘当同然で追い出された生家だが、この名前には誇りがあった。

 

「ああ、アイツか? 殺ったぜ? 悪いか?」

「悪かねぇよ! じゃあ兄を、テスタ兄をやったのもお前だな?」

「テスタ? 誰だ?」

「スフィールの騎士団の団長だ! 知らねぇとは言わせねぇ!」

 

 バーリアンには唯一尊敬する従兄弟が居た。自分より先に家を飛び出したその従兄弟こそ、テスタ。いや、スフィールの破戒騎士団のローグだった。

 テスタはローグウッドの名前を捨て、ただ『ローグ』と名乗っていた。

 バーリアンが、まだほんの幼い頃の朧気な記憶だが、ローグにだけは自分と同レベルの才能を感じていた。

 スフィールで騎士団に入り、混乱の中で死んだと言うが、あの従兄弟が生半可に死ぬハズが無い。まして、事件に田中が絡んで居ると聞けば、バーリアンが犯人を確信するのは自明であった。

 しかし、実際はローグはユマ姫に、正確にはユマ姫の『偶然』に殺されている。その実力は、マトモに戦えば、刀も持たない当時の田中では勝てなかっただろう。当時、地下室でローグと出会った田中は、相手の実力を正しく見抜き、戦慄している。

 しかし、結局、立ち合って居ないだけに、田中はスッカリ忘れていた。

 

「マジで知らねぇよ」

「嘘つけ! いや、お前を殺せば十分だ」

 

 そんな事は知らないバーリアンは気色(けしき)ばむ。唯一尊敬していた従兄弟が、名も覚えられて居なかった事に激昂したのだ。

 だからこそ、宣言する。

 

「俺の名は、バーリアン・ローグウッド。天国まで覚えておけよ」

「自信ねぇな」

 

 田中は気が抜けたまま、ふらりとした足取りで槍の間合いに踏み込んだ。

 まだ剣を抜いてもいない。

 

「馬鹿かよ!」

 

 その無造作な隙だらけの踏み込みに、苛立ちながらもバーリアンは完璧な突きを合わせる。

 いや、合わせられた。

 

「もう一々覚えてらんねぇんだよ、あんまり頭は良くねーからよ」

 

 声がした。どこからだ?

 後ろからだ。何故だ?

 バーリアンは慌てて振り返った。

 

「あっ」

 

 自分の体が、視界が、世界の全てが、バラバラに崩れるのを自覚した。

 それが彼の最期だった。

 

「百人ぐらいが俺の覚えてられる限界なんだわ」

 

 ――チン。

 

 田中はどこで抜いたのか、静かに刀を納刀する。

 特徴的な歩法で相手の間合いを狂わせ、すれ違いざまに勝負を決める。

 

 彼の剣技は遠い異界の島国で、何百年もの時を経て、ひたすら人間同士の殺し合いを続けた時代の遺物だ。魔獣との戦闘ではなく対人戦だけに研ぎ澄まされた、彼らにとっては異質の剣だ。

 

 突然変異で生まれた剣の天才の家系から、その天才すらも手を焼く、更に突然変異で生まてしまった鬼才であったとしても、狂気の歴史に裏打ちされた異界の剣術を見切る術などあるはずが無かった。

 

「馬鹿はお前だよ、クソッ! 鎧の性能に溺れやがって」

 

 更に言えば、鎧など魔剣同士の戦いではただの重りだ。

 まるで過去の自分を見せつけられた様で、田中は盛大に毒づいた。

 

 今回、田中は甚平みたいな簡素な上着だけを纏った姿。ユマ姫の父、エリプス王との死闘を越えて、速度こそが最も重要と剣士の本質を思い出したのだ。

 

 一方で立派な鎧を着たバーリアンは、無防備な田中の姿にどこか油断をしていたに違いない。

 

「おおおおぉぉぉぉ!」

 

 勿論ソレは、後続に続く騎士達も同じだ。相手はたった一人、圧倒的な質量で踏み潰せば終わりと信じて疑わなかった。

 勢いに任せて、愚直なまでに突進する。

 

 ――??

 

 だが、騎馬の群れは田中を踏み潰す事無く、全てが素通りしてしまう。

 

「躱しおったか! 運が良い」

 

 確実に踏み潰すコースであったが、何の衝撃も無く通り過ぎてしまった。だが、稀にそう言う事もある。

 しかし、後続の馬全てが、か? 天文学的な確率で? 騎士達は顔を見合わせるが、そう言う事もあるかと納得するしかなかった。

 手綱を引いて、毒づきながらも方向転換を試みる。

 

 ――ドチャリ。

 

 そして、その姿勢のまま落馬した。

 

「なっ、え?」

 

 軍馬の足が、ワイヤーカッターに飛び込んだようにスッパリと斬られていた。

 違う、斬られていたのは馬の脚だけでは無い。人間の足も、田中の目線にぶら下がっていたモノは、全て、等しく、切断されていた。

 

「馬鹿、馬鹿なぁぁぁ!」

 

 足を斬られた騎士達が、揃ってパニックを起こし這い回る地獄。ソレを見た田中は焦った様子で踵を返し、そのままの勢いで踏み荒らす。

 

「ヤベェヤベェ、バイクが壊れるトコだった。馬に踏み潰されちゃ堪らねぇよ」

 

 田中は人を殺しすぎて、既に何処か壊れていた。

 ある意味ではユマ姫以上に。

 

「グッ、がああぁぁぁ!」

 

 騎士達の悲鳴が聞こえるが、田中はまるで気にしない。

 血のカーペットを踏み荒らしバイクの元に戻った田中は、そのままバイクに跨がり、帝国に向け、堂々橋を渡っていく。倒れ伏す騎士を轢きながら。

 

 

 そんな悍ましい光景を、呆然と眺めるテムザン将軍。川縁まで乗り出し、勝利の瞬間を待っていたのだ。

 

「これほどの化け物とは……」

 

 正に言葉が無い。虎の子の騎士団を壊滅させられ、ガックリと膝をつく。

 それがテムザンの命を救った。

 

 ――ピシュン

 

 風切り音と共に、テムザンの後ろに控えていた参謀の頭部に弾丸がめり込んだ。

 

「なんだ?」

「銃撃?」

「将軍の御身を守れ!」

 

 テムザンはこれでも人望がある。部下達が身を挺して射線を塞ぐ中、揉みくちゃにされながらもテムザンは対岸を睨んだ。

 信じられない距離。だが、確実にあそこから撃たれたのだ。

 

「貴様かぁぁぁ!!」

 

 対岸では銃を構える木村が居た。

 しかし、テムザンは狂った様な笑顔を見せる。

 

「手が届くのが、自分だけだと思うなよ」

 

 それだけ呟き、揉みくちゃにされながらもテムザンは撤退の指示を出していく。

 息を吹き返した王国軍が、田中を先頭に突撃してくるのが見えたからだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「失敗か」

 

 一方で対岸。スコープを見つめる木村は、あと一歩の所で外したと地団駄を踏んでいた。

 テムザンが前のめりに対岸のギリギリまで寄って来た、絶好の狙撃タイミング。田中に台無しにされてしまったと、内心で八つ当たり。

 木村もまた、田中の剣技に見惚れ、数瞬反応が遅れてしまったのだ。

 

 今回は諦めるしか無い。ライフルを片手に振り返った木村の前に。おかしな雰囲気の兵士がいた。

 装備は徴兵された一般兵と同じモノ。だけどどこか違和感がある。何というか農夫の癖に()()()雰囲気があるのだ。

 無害に見えて、殺し慣れている。こんな奇妙な人間を木村はどこかで知っていた。

 

 一人の女性の顔がチラついた瞬間、躊躇無く拳銃を抜く。

 

 ――ギィン

 

 ナイフが右手の拳銃を弾いた。左手に持つライフルには次弾を装填していない。銃を拾うより、男がナイフを投げる方がきっと速い。外れようのない距離。

 詰み。木村の顔が歪んだ瞬間。

 

「油断し過ぎよね」

 

 思い描いた女性の声がした。

 どこから? 倒れ伏す男の向こうからだ。小型ボウガンを構えるシャルティアが姿を見せた。

 うつ伏せに倒れた男の延髄には、深々とボルトが突き刺さっている。

 

「どうしてここに?」

 

 木村が掠れた声でシャルティアに聞けば、ユマ姫に命じられたと答えがあった。

 

「嫌な予感がするからって、あの子の勘って嫌な予感だけは当たるわね」

 

 肩を竦めるシャルティアだが、木村には更に別の嫌な予感があった。

 何の為の一騎打ちか? 全軍の目を橋に集めて、裏から暗殺者を送り込む為の策ではないのか?

 

「それで? 姫は!」

「さぁ? 本陣へ帰ったみたいだけど?」

「チッ!」

 

 舌打ちをひとつ、木村は装甲車を全開で走らせる。シャフトの歪みで速度が出ないのが恨めしい。

 オーズドには何も言わずに出てしまった。今頃は田中の後に続いて帝国を追っているだろう、進撃する兵の流れに逆らって、木村は自陣へととって返す。

 ユマ姫は親衛隊に護衛されながら、例の白馬に乗って帰還した。

 しかし、どうにも嫌な予感がする。

 

 その予感を裏打ちするように、伝令の騎馬が平原の向こうから大急ぎで駆けてくる。

 

「何があった!」

 

 柄にも無く、精一杯の大声で尋ねれば、最悪の言葉が返る。

 

「捕虜が脱走! ユマ姫が誘拐されました!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。