死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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馬「やだ、この娘怖い!」

 さて、田中がやって来たなら、全部アイツ任せで良いだろう。

 律儀にアイツの戦いを見守ろうものなら、脳の血管がプチッと弾ける。最近では折角のエルフの鎧すら脱ぎ捨てて「身軽になった」とか言い始めるキ印だ。

 あんな馬鹿な真似をしてりゃあ、いつかポックリ死んでしまうに違いない。

 でも、まぁ、もう良いよな。

 

 アイツも、俺も、人を殺し過ぎた。

 

 『偶然』に巻き込んじまったアイツの仇討ちだって転生した俺だけど、今のアイツに俺が責任を感じるのも変な話だ。

 

 ってか、ずっと見てると心臓がキュンキュンしてくる。強制的な吊り橋効果、狙ってやってるとしたらアイツは俺を惚れさせたいに違いない。

 ピンチの時だけ現れて、アイツが現れる度にドキドキしてるから、パブロフの犬みたいに見てるだけで緊張するようになってしまった。

 

 全く忌々しい。視界に入れるのも照れくさい。

 

 なので、田中が戦い始める前に俺は前線を離脱。今日も元気に捕虜をからかってやろうと本陣への道をとって返した。

 

 護衛にはユマ姫親衛隊のメンバーが二人。親衛隊と言いつつ、俺が敵陣に一人で突っ込まないかの監視役だ。全く洒落(しゃら)臭い。俺は親衛隊を横目に、ミニエールが乗って来た白馬に跨がる。

 この白馬、俺を乗せたまま暴走して、俺を恨むロアンヌの騎士の元までデリバリーしたときはいっそ殺してやろうかと思ったが。

 良く考えれば、この馬だってミニエールと同じロアンヌの生まれ。久しぶりの知った顔に、我を忘れたに違いない。そう考えると、この馬は酷く人見知りで臆病なのだ。

 そんな馬を「気性が荒くて素人が乗るには適さない」とか言うんだから、みんな信用出来ない。

 実際は気性が荒いどころか酷く臆病で、最近では俺を見るだけで震え上がって自分から馬首を下げて迎え入れる始末。

 

 親衛隊の連中め、俺が白馬に跨がって現れたら、途端に手の平を返して凄いとか奇跡とか大げさに褒めそやして来たが、どうせ俺を暴れさせないために初めから嘘をついていたに違いない。

 なんせ、俺は前々から派手な白馬が宣伝用に欲しかったのだ。それを知っていてそんな事を言うのだから、酷く意地悪としか言い様が無いだろう。

 

 今では調子に乗って、白馬に跨がり旗を振ったりもしている。我ながら絵になる戦乙女ではなかろうか?

 

 そんな事を考えていたら、親衛隊への苛立ちが急速に引っ込んだ。

 真夏日だが馬上では涼しい風が吹いて、引っ掛けたショートマントがバサバサとなびく程。賢い白馬は手綱が適当でも思った通りに動いてくれるし、ご機嫌な乗馬日和と言えそうだ。

 良く考えれば、親衛隊だって騎士のはしくれ。一騎討ちは最後まで見たかったに違いない。それが俺のわがままで、いよいよ田中が現れた所で離脱してしまったのだ。こんな殺生な事は無いだろう。

 

「良かったのですか? 最後まで戦いを見たかったのでは?」

 

 そう水を向けると、親衛隊は何のこともないと胸を叩いた。

 

「姫様が見るまでも無いと信じているのです。私も英雄の勝利を疑っていません」

「まぁ!」

 

 ギョッと口から飛び出る悲鳴、なんとか両手で抑えこむ。

 そうくるかぁ……酷い誤解に顔が熱くなり、むず痒さに身悶える。

 こんな仕草も、恋する乙女と勘違いを生むのだろうが、もう知った事じゃない。全てがやぶ蛇になるのだろう。

 親衛隊の二人は、そんな俺の様子を楽しげに見つめていた。

 

 そうやって平原をポクポクと走らせれば、背後から地を揺るがすような勝ち鬨が上がった。どうやら田中が勝ったみたいだ。

 

「良く考えたら、三人やられた時点で、一騎打ちとしては負けですよね?」

「誰も気にして居ないのでは?」

 

 まぁそうか。汗臭い戦いを頭から追い出し平原の風を楽しんでいると、遙か遠く、こちらに駆けてくる騎馬軍団を目撃する。

 ……あの運命光は?

 なるほどな、俺は密かにほくそ笑み、肩に掛けていたショートマントを脱ぎ捨てる。

 マントの下の俺の姿は? 肩丸出しのノースリーブだ!

 

「なっ!」

「姫様、些かそのお姿は刺激が強すぎます!」

「いえ、皆が命を賭けて戦っているのです。私も臨戦態勢でありたいのです。こんなマントを付けていては弓も引けません」

「いや、しかし!」

 

 必死に止めつつも、彼らの視線は剥き出しの俺の肩に釘付けだ。

 この世界では女性の肩にエロスを感じるらしい。ジロジロ見られると、俺も恥ずかしいので勘弁して欲しい。

 

 と、そんな事をしていたら、遅まきながら親衛隊の二人も接近してくる一団の異様に気が付いたようだ。

 

「なんだ? あんな騎士団、聞いてないぞ?」

「姫様! 逃げましょう!」

 

 親衛隊が慌てるが、俺にとっては公然と暴れる絶好のチャンス。

 

「ごめんなさい、急に! 馬が動いてくれないんです!」

 

 嘘だ。俺は動いて欲しいと思っていない。

 

「クソッ!」

「こんな時に!」

 

 俺は慌てた様子で馬体を蹴ったり、鞭を打ったりするが、それでも馬は俺の意を汲んで動こうとしない。

 この馬、余りにも賢過ぎないか? どこが暴れ馬なのか問い詰めたい。

 

「姫様、こちらにお乗り下さい!」

「そんな! む、無理です!」

 

 イヤイヤと首を振る。なにせ馬から馬に飛び乗るなどかなりの軽業だ。か弱い女の子にやれと言うのは無理がある。そして馬に密着してる状態では魔法も使えない。

 ま、リミッターを解除した膂力があればやれなくもないけどな。

 やる必要がないのだから、やらないだけだ。

 

 モタモタしている内にあっという間に謎の騎士団にすっかり取り囲まれてしまう。

 

「ユマ姫を渡せ!」

 

 謎の騎士団の要求はソレだった。いや、謎でも何でも無い。コイツらは捕虜として口説いてたロアンヌの騎士達だ。

 

「マークス様!」

 

 ひたすら興味が無いので、毎回『参照権』で名前を調べてから呼んでるのは秘密だ。

 

「ユマ姫、良かった! 見つからなかったら脱出は叶わなかった」

 

 ロアンヌの騎士団長、マークスはホッと胸をなで下ろす。

 何故か? コイツらは自分達が脱出する事で俺が罰せられると信じているからだ。なにせ俺は周囲の反対を押し切り、コッソリ捕虜の治療をしてしまったと言う事になっているからな。

 

「ユマ姫、我々に付いて来て下さい。今よりもマシな生活をお約束します!」

 

 マークス(25)さんはキザな仕草で俺に手を差し伸べる。

 ソレに異を唱えたのは当然ながら俺の親衛隊だ。

 

「何がマシな生活だ! お前等はロアンヌの騎士、ミニエールの仇としてユマ姫を殺す気だろうが!」

 

 いや、多分殺しに来た訳じゃないと思うよ? コイツら俺にメロメロだし。

 

「どうやって牢を抜けた! 卑怯な真似を!」

 

 うーん、大方、一騎打ちに乗じて放たれた細作に助けられたってトコじゃない?

 口々上がる非難の声をマークスは聞くに及ばずと一喝した。

 

「黙れ、下衆共め! ユマ姫になんてモノを着せているんだ!」

 

 俺の肩を指差さされれば、親衛隊はバツが悪そうに口を噤んだ。「いや、姫様がはっちゃけて自分から脱いだんですよ」とは言い辛いのだろう。

 だったら、好都合である。

 

「良いのです、マークス様。私にはこの様な姿が似合いでしょう」

「そんな事は、ありません!」

 

 そして、突然に始まった三文芝居に、親衛隊の二人はまさかと目を剥いた。

 

「いや、そんな! ご自分で……」

「黙れ! 誰が好き好んでこのような破廉恥な服を着るか!」

 

 マークスが怒る通り、これはこの世界ではどうにもエチエチな姿。

 テカテカと光沢のある白い革製のロンググローブは俺の二の腕までを覆っているし、ハイネックとリボンタイが俺の首筋を隠している。極めつけに、大きく切り取られた肩口は曝け出された肩周りを強調するようなレースまであしらわれているワケだ。

 つまり、肩以外の露出を抑える事で、ドーンと肩の露出を強調している状態。

 

だからだろうか、俺を取り囲む百人の騎士達の視線が俺の肩へと突き刺さる。

 俺はそんな不躾な視線に居心地の悪さを感じながら、一方でゾクゾクするような快感も味わっていた。

 

 正直、露出狂かも知れん。

 

 そうやって、俺が顔を赤くして震えていたのが良くなかったのか。許せんとばかり、槍の石突きで親衛隊の二人が滅多打ちにされている。

 精鋭中の精鋭らしい親衛隊だが、二対百では多勢に無勢。馬から引きずり下ろされた上に、散々に転がされている。

 やべやべ、このままじゃ見殺しにしてしまう。歪んだ愛情で俺の邪魔ばかりする親衛隊だが、こんなんでも俺を好きっぽいのは間違い無いし。

 

「止めて下さい! 酷い事しないで!」

 

 俺は馬を下りて親衛隊の前に飛び出し、両手を広げて割って入った。

 

「何故です? コイツらはアナタに!」

「それでも! それでも、私の為に人を傷つけるのは止めて下さい!」

 

 涙を流して訴える。正統派お姫様ムーブである。

 そうして皆の攻撃が止まると、俺は地面に転がる親衛隊の二人の前に蹲る。

 

「私は彼らと共に行きます」

 

 涙を流して感動の別れ。なのだが、親衛隊は何言ってるんだコイツ、って顔をしてるので全く締まらない。

 

「あの、無茶は、無茶だけは止めて下さい」

「命を軽々しく扱わないで!」

「ふん、この後に及んで、言う事が命乞いとはな!」

 

 親衛隊が心配しているのは俺の命なのだが、マークスの言葉にロアンヌ騎士達の失笑が漏れる。

 緩んだ雰囲気をたしなめる様に、副官の男がマークスへ囁く。

 

「マークス様、そろそろ行きませんと。追っ手に捕まります」

「ふん、こんな奴らモノの数ではないが、鎧もない今は厄介だな。ユマ姫、私の馬にお乗り下さい」

「いいえ、私にはこの子がいます」

 

 そう言って、俺は白馬の背を叩いた。

 

「まさか! これはサファイア!?」

「ミニエール様以外、誰も乗せようとしなかったのに!」

 

 ロアンヌの騎士達がざわめく。

 ……え? やっぱりコイツ、暴れ馬なの? 今更に怖くなってきた。ホントに?

 コイツらの前で乗ってた事なかったっけ? あ、暴走した時だけかも知れん。

 

「あの、マークス様? この子はとっても良い子ですよ?」

「そうか、お前もこの方がミニエール様の遺志を継いでいると言うのだな」

 

 マークスは感慨深げに白馬を撫でるが、白馬のサファイアはブルブルと首を振り、怯えた目で俺を見るばかり。

 何でかマークスは一人で納得しているが、きっとその馬は主人が死んで不安で仕方無いだけだと思うんだ。

 まぁ良いや、お姫様らしく笑っておこう。それよりも親衛隊二人の安全だけは確保しておこう。流石に俺にも罪悪感がある。

 

「あの、彼らは?」

「縄で縛っておきます。命拾いしたなお前達、ユマ姫の優しさに感謝するが良い」

 

 縛り上げられる中、親衛隊は理不尽だと目で訴えてくる。

 こうなってしまうと、親衛隊だって騎士団に「その女、アンタを利用してますぜ!」なんて言えるハズが無い。余計に俺をピンチにするだけだ。

 だから、言える事は非常に限定される。

 

「アナタの命を、アナタだけのモノと思わないで頂きたい」

「チッ、本当に最後まで不愉快な野郎だな。自分の命は自分のモンだ! 誰の指図を受ける謂われはない!」

 

 だから、こんな言い方しか出来ず、トドメとばかりにマークスにボコボコに殴られている。

 俺の方はどうしよう? そうだな、初めて自由とは何かを知ったお姫様みたいにやろうか。

 

「ッ! マークス様! 私は自由に生きて良いのですか?」

「勿論です、この空の下、アナタを縛るモノはもう何も無い!」

「この空に!」

 

 二人で夏の青空を眺める。

 

 自由か……。

 

 俺は戦争が始まって以来、この空をブンブン飛び回って、魔法の矢でテムザンを射殺したくてずーっと我慢してきたんだ。

 

 何故我慢したか? そんな事をしたら世界の全てが俺の敵に回るからだ。

 

 帝国の使者を殺し、王国の女王を良い様に操って、帝国の将軍までも暗殺する。

 誰がどう見ても、俺こそが人間を殺し合わせる悪役だ。まして空を舞い、魔法の矢を撃つ俺を見れば、誰も安全圏には居られないと悟るだろう。

 ついでに言えば、今まで変死した貴族殺しの犯人も俺だとバレる。

 

 だからこそ、俺は表立っては動けなかった。

 

 だけど、ユマ姫が誘拐された悲劇のお姫様だったらどうだ?

 見捨てられたロアンヌの騎士と一緒に、帝国を内部から切り崩したとしたら? 運命に翻弄されたお姫様ってトコに収まらないか?

 ロクに魔法を知らない真面目な騎士様が相手だ。適当に殺し回って神の裁きと嘯いてもどうせバレない。

 

 この空の下、俺を縛るモノはもう、何も無い。


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