死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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夏バテが酷い・・・


獅子身中の姫2

 俺はロアンヌの騎士達と帝国領に侵入した。でも川を渡るときに拾ったタリオン伯が重傷で、中々速度が出せなくなった。

 まぁ、でも、いいけどな。どうせいきなり帝国陣地に飛び込む事など出来はしない。王国も帝国も絶賛戦闘中だ。まさかロクに装備も無いままに割って入るワケにも行かない。

 

 で、仕方無く平原の端っこで野営を営む事となった。

 しかし、コイツら全く野営に慣れていない。火を熾すのも苦戦している。多分だが、そう言った細々とした事は従者にでもやらせていたのだろう。

 そして、逃げ出した百人の中に従者は殆ど居なかった。たぶん、身代金にもならない従者はさっさと殺されてしまったのだろう。げに恐ろしき階級社会よ。

 火も熾せず、原始人みたいに木の棒をグリグリやってる連中に、俺は見かねて声を掛けた。

 

「私が火を付けます」

「アナタが?」

 

 驚かれてしまった。いや、その位パパッと……やってしまったら、ありがたみがないな。

 

「貸して下さい」

 

 俺は火が付かないまま積み上がったおがくずを両手に包み、祈るような姿勢で着火の魔法を起動する。

 

 ――シャララララララ

 

 ついでに、ソレっぽい効果音とピカピカ光るエフェクトも追加だ。言うまでもなく、着火よりもこう言った演出の方に、百倍ぐらい魔力を込めた。

 

「あっ、つきま、熱ッ!」

 

 で、んなバカな事をしてるから火傷したのだ。おがくずを手に載せて、そのまま火を付けると火傷する。コレ当然ね。

 マヌケな俺に、慌てて騎士達が飛んでくる。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ、ソレよりも火が」

 

 俺は、地面に落としてしまったおがくずを指差す。

 実は火なんて幾らでも熾せるが、次にエフェクトを省略して火を熾したら、さっきのナニ? って恥ずかしい思いをするに違いない。頼むから火を付けてくれよー。

 

「は、ハイ!」

 

 慌てて種火を回収した騎士は、どうやら火を育てる事に成功したようだ。

 そうなれば後は早い。パチパチと爆ぜるたき火を囲んで、みんなでお喋りだ。

 マークスが俺の隣に座って頭を下げてくる。

 

「ありがとうございます。火打ち石さえあれば、すぐに熾せたのですが……」

「いえ、良いのです」

「我ながら情けない、野営の訓練はみっちり積んだつもりだったのですが、装備が無ければ戦闘はおろか、火すら熾せないとは」

 

 あー、別に不慣れなワケじゃなくて、人間は道具が無いと火も付けられないのか。

 我ながら、そんな事すら忘れていた。

 いやさ、エルフは戦士じゃなくても着火の魔法ぐらいは出来る人が大半なのよ。

 俺は悔しげに歯噛みするマークスの手を取って励ます。

 

「そんな、貴方は確かに溺れそうな私を守って下さいました」

「いえ、ソレこそタリオン伯を助けるための事。貴女が我らが(あるじ)を救ってくれたのだ」

「そう、ですか? ふふっ、じゃあ、その件はおあいこですね」

「おあいこ……」

「はい! だから、こんど私が火が熾せない程度の事で困っていたら、助けて下さいね。約束ですよ?」

「承りました!」

 

 マークスの顔がパァっと晴れる。はぁ……めんどくせ。

 シラけた気持ちを顔に出さない様に、俺はジッと手の平の火傷を見つめる。

 

「火傷、やはりご自分の怪我は治せないのですね」

「ええ、そうなのです(大嘘)」

 

 正直、その設定がマジで邪魔です。ただ、この設定が無いと怪我してもどうせ治るっしょ? みたいな雑な扱いを受けかねない。

 いやさ、最近みんながさ、そんな感じなのよ。

 ヨルミちゃんは鞭打ってくるし、シャリアちゃんなんて「食べちゃいたい(物理)」だし。実際、片目食われてるだけに、怖いわ。

 因みに、完全に欠損すると、今の俺の魔法でも治せない。

 欠損はポーション、もといナノマシン的な薬剤が必要だ。それだって、ある程度は振りかけただけで自動で補ってくれるが、腕ごととかになれば回復に指向性を持たせる為に、カプセルに入らなくてはならない。

 そして、もうカプセルを満たす程の薬剤は無いのだ。だから、胴体だけの状態から復活と言うのは二度と無理だ。

 そうじゃなくても、こんな遠い土地で死んだら、どうやっても間に合わないんだけどな。

 

 考え事で誤魔化そうとしたが、ちょっとした火傷は却ってジクジクと痛んだ。手の平だと物を掴んだ拍子にいちいち自覚させられる。下らないミスだけに、軽く鬱だ。

 俺は力なくうなだれた。

 

「大丈夫です、私が貴女を絶対に守ります」

「ほんとう、ですか?」

 

 頼むよ頼むよー、命懸けで守ってくれよー。自分の怪我が治せないって設定だとこう言うのが良いよな。

 「怪我ひとつ負わせない!」そんな覚悟で守ってくれ。

 で、安心したらもう一つ、なんとかしたい事が有る。俺はモジモジと肩を揺すらせた。

 目聡く気が付いたマークスが、俯く俺の顔を覗き込む。

 

「どうしたのです?」

「あ、あの……か、痒いのです」

 

 俺は目に涙を溜めて、切なげにマークスを見上げた。

 

「か、痒い、とは?」

「鞭を打たれた跡が、ジクジクと痒むのです。お願いします、マークス様、背中を掻いて下さい」

「そ、それは?」

「掻いて下さい、お願いします」

 

 俺はたき火の側に膝をつき、背中のファスナーを開けて痛々しい鞭の傷跡を曝け出す。

 

 騎士達が息を飲む音がハッキリと聞こえた。

 

 ……言うまでも無いけれど、女性の背中だって十分に性的だ。俺なんてバニーガールの一番の見せ場は背中だと思っているよ。

 それが、こんな野っ原のど真ん中、皆が見守る前でご開帳だ。痴女と思われても仕方が無い。

 じゃあ、俺が騎士を籠絡するために色仕掛けに出ているのかって言うと、違う!

 

 マジで痒いんだよ!! 痛いのは我慢出来るの、痒いのはマジで無理。

 しかも背中だから、自分で掻くのも難しい、今すぐ転げ回って背中を擦りたいぐらい。

 そして、痴女と思われないために、一応保険もある。

 

「見苦しいモノを見せてしまって、申し訳ありません」

「いえ、そんな事は……」

 

 鞭の跡だらけの背中など、エロく無いと思い込んでる少女って事でひとつ頼む。

 実際は、エロいよ? 儚げな少女がさ、痒みに苦しみながら痛々しい背中をみせて掻いてくれって言ってるんだもん。そりゃエロいよ?

 エロいのは解るけど、幾らなんでも皆してガン見し過ぎじゃないか? あの? 流石の俺も、ちょっと……恥ずかしい。

 俺は顔を真っ赤に、涙ながらに訴える。

 

「あんまり……見ないで……」

「あ、う……」

 

 マァーークス! お前、地蔵か? うーうー言うのを止めろ!

 女の子に恥を掻かせず、背中を掻け! 周りの奴らもだ! いちいち前屈みになるな! 男の生理現象を知ってるだけに、辛い!

 

 そんな茶番で盛り上がっていた? 時だった。

 

「くっ、邪悪な魔王め、我が娘の恨み」

「タリオン様!」

 

 気絶したまま馬で運ばれていたジジイが目を覚まし、変な空気になった場に乱入してきたのだ。

 腰の剣を杖代わりに、ヨロヨロと近づくや抜き放つ。

 

「成敗してくれる!」

「タリオン様、お止め下さい!」

 

 えと? 俺、このまま座ってて良いよな? アレだけ守りますって言って、俺が首を斬られるまで前屈みで見守ってたら笑うよ?

 

「ユマ姫は王国に利用されているのです」

「それがワシの娘を殺した理由になるか!」

「利用されているのは我々も一緒です、帝国は魔女に操られている。覚えはありませんか」

「そんな事関係あるか!」

 

 なんか、言い争っている。俺は不安げに両者を見守るばかり。早く背中掻いて、どうぞ。

 

「ワシはコイツを叩っ斬らねば……」

 

 と、そこで、ジジイは俺の様子に気が付いたようだ。たき火の側で蹲り、ぶるぶると震える俺の演技にな。

 どうよ? この保護欲を掻き立てる姿は!

 

「こ、コレは、酷い傷だの」

 

 ……まぁ、演技以前にソコだよな。早く背中を掻いて下さい、お願いします。

 

「そうです、タリオン様、ユマ姫はこのように王国で酷い扱いを受けていました。魔女が言うように、魔王として王国を裏から操り、世界の支配を企んでいるとはとても考えられません」

「嬢ちゃん、コレは誰にやられたんじゃ?」

 

 急に優しくなったなジジイめ。聞いて驚けよ。

 

「ヨルミ、女王です。女王は事あるごとに私を鞭で……」

「そんな! まさか、王と言う立場でその様な外道を!?」

「腐っておるの……」

 

 腐ってるのは間違い無いですね。メチャクチャに楽しんでましたよアイツ。

 

「女王は罰を与えると、言いがかりで何度も私に鞭を」

「確かに、酷い傷だ、繰り返し鞭で打たれておる」

 

 ……ホントはね、我慢出来ずに一回軽く治しちゃったの。で、シャリアちゃんが偽装のためと鞭を打ちやがってね。もうね、痒いからいっそOK出したんだけど、結局後から痒いって言うね。当たり前なんだよなぁ……

 そうやって、回復と鞭打ちを繰り返したから、歴戦の傷跡みたいになっちゃった。

 治るかな? コレ?

 

「信じて下さい、私は魔女が世界を壊そうとするのを止めなくてはならないのです、その為ならこんな傷」

「無理をするんじゃあない、こんなに鞭を打たれれば激痛で動けるハズが無いのだ」

「……タリオン様、ソレは本当ですか?」

「マークスには話した事が無かったか。ワシは若い頃、父が大切にしていた駿馬を無理な遠乗りで潰してしまったのよ。激怒した父はワシを鞭で打った。たったの三発、それで一ヶ月も馬に乗る事も出来ん程に痛かった。馬の上で育ったワシがだぞ?」

「タリオン様が? 一ヶ月も?」

「ああ、それまで鞭打たれ悲鳴をあげる罪人を軟弱と思っていたワシだが、実際に鞭を打たれれば考えを改めざるを得なかった。ソレほどの激痛だ」

「そんな! たった三発で? ならユマ姫は」

 

 マークスが絶望的な顔でコッチを見てくるが、俺だって絶望する程にジジイの話が長い。

 そんで騎士達は揃いも揃って止めもせず、固唾を飲んで俺の背中を見てくるだけ。

 早く掻いてくれよ。

 

「見ないで、下さい……」

 

 涙目で訴えれば、ジジイは小さくなって蹲る俺の横で膝を折った。

 

「辛かろう。ぼさっとするなマークス! 毛布を!」

「申し訳ありません、毛布はありません」

「馬鹿モン! マントでも何でも良いから持って来い、お嬢ちゃんに惨めな思いをさせるでない!」

「ハイッ!」

 

 そうして持ってこられたボロボロのマントが俺に掛けられる。

 

「大丈夫か? 痛かろう」

「痛みは、慣れました」

「馬鹿言っちゃいかん、罪人でもコレほど鞭を打たれる事は稀だ、その前にショック死するからの、立って歩けるのが不思議な位の傷、馬に乗って来たと言うのが信じられん」

「この程度、なんの事もありません」

「嘘じゃな、これ以上に痛い事などありはせんよ」

 

 いやいや、全身に灯油をまぶして、炭化するまでこんがり焼かれた時はもっと痛かったよ? ジジイも試してみる?

 

「平気です、ただ、ちょっと痒くて……」

 

 いい加減ブチ切れそうです。ちょっと余裕が無くなって来た。気が付けば額には汗が流れ、背中には珠の汗が浮かんでいるだろう。

 俺はタリオンジジイの目を見て、無言のプレッシャーを掛けた。

 

「お、おお……」

「いいから! 早く! 掻いて下さい」

 

 何故かジジイは腰が引けている。コイツら使えないわ。イライラして美少女の仮面がハゲそう。

 

「早く! 掻け!」

 

 ギリリと食いしばり、睨みつけると。「わかった」とカタコトで呟いた。

 

「んんっ、もうちょっと優しく」

「う、あ……」

 

 コイツまで、うーうー言うのかよ。しかもジジイは不器用。

 

「ん、痛くしないで」

「わ、わかった」

「はぁ、き、気持ちいいです。お願い。その調子で」

「…………」

 

 結局、皆が見つめる中、変な空気になってしまった。

 その後、戦況が落ち着いたのを見計らって、俺達は帝国陣地へと侵入する。


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