死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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獅子身中の姫4

 ユマ姫が到着したその日から、帝国陣地は日が暮れた後も興奮とざわめきが途切れる事が無くなった。

 勝ち戦から一転、王国軍に領内まで押し込まれる事態だと言うのに、そわそわと落ち着かない兵達は初デートを控えた少年の様だった。

 

「おい、そろそろ行こうぜ?」

「ああっ」

 

 時刻は夜半前。見張りを終えた兵士達が夕食もそこそこに、連れ立って訪れたのは陣の中心地。すり鉢状の窪地になった場所だった。

 元々は、ため池の水を雨の少ない乾季でもくみ出せるようにと作った二段底。そこを改造し、軍の訓示を行う演説場へと作り替えた。

 しかし、現在その中心に陣取るのは、熱弁を振るうテムザン将軍ではなく、無骨な檻。

 

「間に合ったみたいだな」

「前の方は埋まってるけどな」

「そりゃ、仕方ねぇよ」

 

 彼らのお目当ては、檻に囚われたユマ姫。森に棲む者(ザバ)と言う異種族の姫ながら、人間の目から見ても驚く程に美しい。

 すっかり日も暮れた時刻と言うのに、ユマ姫の姿は大量の篝火(かがりび)に照らし出され、夜闇(やあん)に浮かび上がる様だった。

 人間離れした長い耳と瞳の大きさは、憧れはすれど忌諱(きい)するようなものではない。むしろ非現実的な少女の美しさを強調するものだ。

 見た事もない煌めくような銀髪が、キラキラと周囲の篝火を反射している。手入れの行き届いたストレートヘアは、とても虜囚のモノではない。

 それだけでユマ姫が如何に彼らに大切に扱われているか、察せようと言うモノ。

 

「綺麗だな」

「ああっ」

「しかし、あの肩だけは目に毒だぜ」

「違いねぇ」

 

 ユマ姫は肩を曝け出す衣装を好んで着ている。文化の違いかも知れないが、彼らには余りに刺激的だった。

 女性の肌は白磁や大理石、果ては象牙や真珠に例えられるが、ユマ姫の肩の美しさを例えるには少々硬質に感じる。

 ユマ姫の肩のつるんとした滑らかさは、ゆで卵の様な弾力を感じさせ、華奢な肩幅も相まって抱きしめてみたいと思わせる。

 ユマ姫の肩を抱き寄せる想像で、周囲で眺める兵士達の手指が、わきわきと空を掴む光景がお馴染みとなりつつあった。

 

 そんな姫君が、夕食も終わった時刻に殊更に注目を浴びるのは何故か?

 

「遠い故郷を、月を見て思うの――」

 

 歌だった。

 歌うのはフィーナス川で国境警備する帝国兵にはお馴染みとなった、防人(さきもり)の歌である。

 しかし、その歌声からは防人の歌らしい勇壮さは鳴りを潜め、故郷への郷愁や悲哀が強く表に出ている。

 

「クソッ、涙が」

「みっともねぇなぁ」

「オメェも泣いてるじゃねぇか!」

「だってよぉ、あんな小さな娘が、檻に閉じ込められて、故郷を想って歌ってるんだぜ? 泣かせるじゃねぇか」

「あの檻、どうにかならねぇのかな?」

「檻の中の姫様を見世物にしてる俺達が言える事じゃねぇだろ」

「にしたって、あの扱いはあんまりだろ」

 

 その通りだった。

 テムザン将軍はユマ姫の待遇を改善するどころか、昼夜を置かずに人目につく、すり鉢状の講演場の真ん中で晒し者にしたのだ。

 これには、ユマ姫を捕らえたロアンヌの騎士達が激しく抵抗した。自分達が捕らえた捕虜が粗悪な扱いを受ける事を良しとしない騎士は多いので、それ自体は珍しい事では無い。

 しかし、それを抜きにしても過剰な入れ込み様ではあるのだが、姫の美しさを考えれば無理はないと思われている。

 なので、テムザン将軍の姫への扱いは顰蹙を買い、大きな騒動となった。

 

 それでも姫が檻の中で過ごしている理由は、姫自身がそれで構わないと言い切ったからだ。

 

「見世物で結構。それで魔女が大森林で引き起こした虐殺を知らしめる事が出来るならば、多少の恥は厭いません」

 

 これには名将テムザンも形無しと、失笑される事となったが、それでもテムザンは姫を衆人環視のただ中に置く事を選んだ。

 このあまりに強硬な将軍の姿勢が、笑っていた兵士たちの言葉を飲み込ませた。軽々に口に出来ない空気を感じ取ったのだ。

 そうなれば、自然と愚痴の対象はユマ姫が恨む魔女の話となる。

 

「しかし、魔女はそんなに外道なのかよ?」

「いやさ、俺の知り合いには遠征に参加した奴も多いが、ひでぇモンだって言うぜ?」

森に棲む者(ザバ)とは言え、生きたまま焼くなんて、動物にだってやらねぇぞ」

 

 テムザン将軍の兵達は、元来魔女の事を良く思っていない。ぽっと出の女が帝国の中枢に顔を出す事が、生粋の軍人にとって面白いハズが無いのだ。

 

「テムザン将軍は何を考えてるのやら」

「魔女を掴まえる前準備って噂もあるぜ? それで王国と手打ちに出来ないか探ってるとか」

 

 これは全くのデマ。

 実際にはユマ姫を恐れて全軍に監視させているに過ぎないのだが、軍のど真ん中に据えて、自由に歌や話しをさせる行為が、ユマ姫に魔女の悪評を広めさせている様に見えるわけだ。

 だからこそ、魔女とテムザンの対立が公然と語られる事となる。

 

 一方で、事情通が仕入れた真逆の話は、誰にも相手にされなかった。

 

「いや、むしろテムザン将軍は魔女の元にユマ姫を送るつもりらしいぜ?」

「冗談だろ? 折角捕まえた姫を魔女に譲って、何の得になるんだよ」

 

 信じた兵士は居なかったが、実のところ、コチラこそが真実であった。

 テムザン将軍は明らかにユマ姫を持て余していた。嫌いな魔女の下に送ってしまおうと画策するほどに。

 

 折角の捕虜ではあるが、王国へ身代金を求めても突っぱねられてしまったのだ。

 そもそもが真っ当な戦働きで手にした捕虜ではない。王国の使者はツバを飛ばして帝国の所業を非難した。

 曰く、捕虜にしたロアンヌ騎士への身代金も払わない帝国。あまりに騎士達が哀れと恩情として、敢えて緩い監視にしていたと言うのに、見事に裏切られた上に、姫の身柄まで攫われた。

 これは如何なる仕打ちと、騎士道どころか人の道にもとる所業だと散々に罵って見せた訳だ。

 コレに黙って居られなかったのが、テムザンの横で使者の弁を聞いていたタリオン伯だ。

 

「貴様らが! ユマ姫に鞭打つ外道を働いていたからだろうが!」

 

 この大喝は陣の中に大きく響いた。そして、ユマ姫は自らの背中傷を披露する事に一切躊躇しなかった。

 結果、ユマ姫の背中の傷と王国の非道は、帝国陣内で広く知られる事となる。

 

 これにより、ユマ姫は敵国に味方する姫君ではなく、寄る辺もなく他種族の中で奮闘する姫君といっそうの同情を引いていく。

 

「全く可哀想なお姫様だぜ」

「ああ」

 

 そんな訳で、帝国陣内でユマ姫を見守る兵達が引きも切らない程の人気となっていた。

 こうなれば、身代金どころか、なにか理由を付けて王国軍へ返還すら難しい。テムザンは全軍でユマ姫を監視させ続けるしかなくなってしまったのだ。

 

 そうしてユマ姫は、夜は歌を、昼は国を追われてからの冒険を語ってみせる。

 昼も夜も、暇を見つけてはユマ姫の檻の前に集まる兵の姿が陣内で当たり前になるまで、さして時間は掛からなかった。

 

「それにしても、ユマ姫の歌は勿論だが、吟遊詩人の演奏の方も、負けないぐらいに見事だな」

「確かに。騎士達まで舌を巻く程だ、帝都の奏者に引けを取らない実力らしいぜ」

 

 ユマ姫が歌うときには、一人の吟遊詩人が隣で楽器を奏でるのが、いつしかお決まりとなっていた。

 

「流れの吟遊詩人らしいが、訳ありだろうな」

 

 『訳アリ』

 

 そんな言葉は、この男を評するには控え目に過ぎる。

 

 ユマ姫の歌の後、演奏を終えた吟遊詩人の帽子には惜しげもなくおひねりが投げ込まれるのだが、この男にとってそんなモノは小銭に過ぎない。

 帽子とお揃い、緑のコートを着た不思議な雰囲気の男であった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 檻の中の俺は、正直頭を抱えていた。

 

『ユマ姫の私生活、24時間生配信』

 

 テムザン将軍め、時代を先取りし過ぎじゃないか???

 

 事の始まりは、帝国陣内にやって来た当日。捕虜として無骨な牢に囚われた瞬間、俺はむしろラッキーだなって思ったのよ。

 なんせ、これならテムザンが死のうが、俺は犯人と疑われないだろうって。で、湯浴みを要求して、幕で目隠しされた瞬間。俺は牢屋を飛び出し、テムザンの幕舎に突撃した。

 行きがけの駄賃に、同じく幕舎に入ろうとしていた黒ずくめのオッサンを挽き肉に変え、突入。

 思わせぶりな不思議っ娘ムーブで混乱させつつ、さぁ殺すぞって瞬間、気が付いた。

 ……いや、俺が到着したその日の内に暗殺されたら、流石に怪しいだろ。背中が痒すぎて冷静じゃなかった。

 で、すごすごと帰った俺は、風魔法で切った鉄棒を溶接。コレにはセレナとの思い出の熱線の魔法が役に立った。今の千にも届く俺の魔力なら造作も無い。雑な完全犯罪の完成である。

 

 それでもユマ姫を殺せとテムザンが命じるならば、ロアンヌの騎士は抵抗するだろうし、折角の捕虜を殺そうとするテムザンの奇行に、帝国軍の内部分裂は必至。誰も俺の危険性を信じて貰えないテムザンが、追い詰められ、疎まれる様を、間近で見られると期待していた。

 だがテムザンは、ひたすらに俺を晒しモノにする作戦に出やがった。

 

 なんて言うか、その……、四六時中、野獣の様な帝国兵の視線に晒されるってのは、ちょっとドキドキするな。

 初日から風呂の時間に脱出して、テムザンを脅しに行ったからか知らないが、今では風呂の時までシルエットが浮かび上がるような、薄衣で囲う事しか許されなくなったのは想定外。

 

 なんか俺もノリノリになって、内側から魔法の光でシルエットを強調したり、鼻歌や湯浴みの音を大音量でお届けしたら、皆が食い入る様に見つめているのを肌で感じてニヤニヤしてしまった。

 檻の中に閉じ込めた女の子を24時間監視するって、現代でも通用するコンテンツだよな。

 とは言え、流石に用を足す時はしっかり隠して貰っている。コレに興奮するようになってしまったら人間として終わった感あるよな。

 

 で、そんな生活が数日続いたある日、ふらりと現れた男が居た。

 

『何しに来たのよ?』

『いや、どうしてるかと思って』

 

 木村だった。

 いつも通りの緑のコートととんがり帽子のスナ○キンスタイル。

 あ、いや、最近は貴族としても偉くなってしまって、こんな吟遊詩人みたいな格好は懐かしい。

 意味が解らず、俺は檻の中で首を傾げる。

 

『どうもこうも、見ての通りだけど? 完璧な囚われのお姫様スタイル』

『脱出出来ないわけ?』

『余裕だが?』

『はぁ……』

 

 そういうため息、傷つくんだよなぁ。

 で、俺がロアンヌの騎士団に木村を専属の奏者にして欲しいと依頼したら、あっさり通って、木村までもが俺の生活を監視する側に回ってしまった。

 

 ……なんて言うか、騎士団と木村は一度顔合わせしているのだが、あの時は悪役商人としてブイブイ言わせていた訳で、しがない吟遊詩人として現れた木村の正体にアイツらが気が付く事はついぞなかった。

 そうして帝国兵だけでなく、友達にまで四六時中監視される生活が始まったのだが……なんて言うか、ちょっと恥ずかしいな。

 コイツの事だ、何か狙いがあっての事と数日様子を見たのだが……コイツ、まるで動く素振りを見せない。ただただ俺の様子を観察しているだけに見える。

 

 ってか、どうしてお前が最前列かぶりつきで見てくるワケ? 俺の姿とか見飽きたレベルだろうが!

 

『いや、なんかメチャクチャエロいぞ。一生見てられる』

『もう帰れば?』

 

 コイツ、わざわざ敵陣に来て、暇なのか??

 

『まぁ、もう少しこのまま様子をみようぜ』

『お前、完全に楽しんでない?』

 

 なにせ娯楽のない戦場。俺の歌と木村の演奏は異常な程にウケまくっている。

 

 ……ちなみに投げ銭は殆ど木村の懐に収まっている状態だ。差し詰め俺は鵜飼いの鵜。いや、姫飼いの姫である。

 お姫様は待遇改善を要求します。運営の横暴を許すな!

 

 本来なら絶好のお姫様ポイント。捕らわれて、敵陣の檻の中、晒し者にされている薄幸の姫君。

 ここから何が始まるか?? 英雄譚なら胸が高鳴り、エロゲー感なら下腹部が高まる展開。

 なのにまさか、助けに現れた親友が俺を肴に一杯飲んで、ゴキゲンに演奏を披露してお金を巻き上げ、楽しそうにゲラゲラ笑っているのは流石に???

 

『楽しいのは否定しないけどさぁ、お前だって別に辛くはなさそうじゃん?』

『いや、俺はそろそろ飽きてきたんだよね。運動不足だし』

 

 俺が不満げに訴えれば、木村はニヤリと笑ってみせた。

 

『まぁまぁ、故郷を思うユマ姫様の頑張りで、テムザン将軍もいよいよ追い詰められてるみたいでさ、面白いモノが見られるかも知れないぜ?』

 

 ???? 俺は初日以降、エロ生配信をしてただけなんだけど?

 

『ふぅーん、ナニよ?』

『数日前、テムザン将軍肝いりの騎士団が西に向けて旅立った。その任務は何だと思う?』

 

 唐突にクイズが始まった。コイツ、よっぽど暇らしいな。

 鉄格子越しに話し掛けてきてるワケで、少々目立つから止めて欲しい。解答を急かす。

 

『わかんないかー、正解は、魔女狩りだよ』

『ナニそれ?』

『折角手に入れたユマ姫を、それも騎士団に相当な被害まで出して、それらが捨て石で全てはユマ姫を手に入れる戦略の一環だったと言うならば、魔女に無料で引き渡すってのは騎士団からも反発が大きかったワケだ』

『なるほど、それで?』

『元々、ユマ姫の身柄を欲していたのは魔女側だ。開戦前の要求、覚えてるか? 折角手に入れたんだから、そっちから取りに来いと、堂々宣言しに向かったワケ』

『へぇ、来るかな?』

 

 来たらくびり殺してやる。その想像をするだけで、心から笑顔になれる自分が居た。

 すると、木村はギョッとした様子で後ずさる。

 

『檻の中でも、ゾクゾクするほど怖くて、美しいな。それがまたエロ可愛い』

 

 意味不明な所を褒め……てるのか? コッチとしても、不思議とむず痒いんだけど?

 

「で、魔女は来そうなのです?」

「さぁね、だけど魔女を迎えに行くのに、テムザンは肝いりの騎士団を五十人も送り込んだ、表向きは礼を尽くす為との事だが……」

『力尽くで連れてくるつもりだってか?』

 

 退屈だった監禁生活。俄然、面白くなってきた。

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