死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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絶望の夜

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 息が上がる、それでも止まれない、背中に感じるセレナの体温が高すぎるから。

 

 目が霞む、それでも諦められない。肩越しに感じるセレナの息遣いが苦しそうだから。

 

 ひと眠りした後、俺たちは狩猟小屋を出た。セレナの熱は更に上がって苦しそうだったが無理してチーズは半分だけでも食べて貰った。お湯に溶かした乾パンと共に二人で最後の食料を分け合った。

 

 シルフの記憶を頼りに森を歩くが、何年も前の記憶なのだろう、道などの知識は役に立たないぐらい違っている。それでも地形は大体変わっていないし、なにより山歩きの知識が豊富で、ちょっとした足運び、体の動かし方が変わった様に思う。

 こう言った知識は口でいっくら説明されたってモノにするのは時間が掛かる、それが参照権によるダウンロードなら一瞬で体得出来るのだから凄まじい。

 

 それでも、まだ疲れが残る体でセレナを背負っての移動はキツイ。火事場の馬鹿力とばかりに王宮で暴れ、脱出し、歯を食いしばって狩猟小屋までたどり着いたまでは良かったが、狩猟小屋で休憩した時に、一度気持ちが切れてしまった。

 

 そもそも、命を削る様な無茶が続けられる筈がない。解っていた事だが想像以上に体が重い。もしも兄の形見の双剣を持っていたら小屋から100メートルと移動できなかったに違いない。

 そう、兄様の双剣は小屋に置いてきた。縁の下に隠したが、剣って奴は案外手入れが必要だ、そんな所で朽ちていくぐらいならいっそ堂々と小屋の目立つ所に置こうとも思った。

 

 しかし兄の双剣を帝国の人間共が使う可能性を考えたら隠さざるを得なかった。

 だから今の俺たちは帝国兵に出会っても、魔獣に出会っても、その瞬間にゲームオーバーだ。森を進むのに息を潜め物音を立てない様に移動する、シルフの知識は最大限に生かされていた。

 

 しかし、ずっと山で生計を立てていた当時10歳のシルフの記憶でもパラセル村と狩猟小屋までは半日掛かる。それがセレナを担いで中三日で、二回目の強行軍。

 気持ちが途切れた影響なのか、まだ頭の整理がついていないのか、お風呂に入りたいやら、お腹が空いたやら、綺麗な服に着替えたいとかお姫様気分で本能が訴え掛けてくる。

 いや、文化的な生活を送っていた王都のエルフならみんな同じように音を上げるのは想像に難くない。

 なんせ今の俺は、泥と汗にまみれた惨めな姿に違いないのだから。

 

「フー、フー、フー」

 

 俺は大きな木に齧りついていた。呼吸の度に苔むした匂いが口に広がる。別にカブトムシになった訳じゃない。

 

 木に寄りかかって休んでいるのだ。文字通り喰らい付いていないと体がずり落ちてしまう。本当は両手で抱きつきたいのだが、背中のセレナを支えている。

 

 膝をついて休みたい、しゃがみ込んでしまいたい。でも、そしたらきっと、もう立ち上がれない。

 

 気力だけで動いていたのに、その気力が途切れてしまった影響は深刻だった。

 

 前世の日本人はやる気や気力は無料の様に思っている節があった。『やる気が出ないのは惰弱な証拠、やる気が有るのが当たり前、やる気が無い奴は何をやっても駄目』と言った風潮だ。

 でもエルフに転生して生活を送ってみると、体調や食べ物、生活習慣や、もっと根本的に種族や体質と言った生まれ持った物までも、俯瞰して見れる様になった。

 すると、気持ちだって体調に引っ張られる事が体感として理解出来た。体が不調だと、それだけで何も出来ない日があった。

 だからこそ無謀と言われても肉食に拘って来た。どうしても健康になりたかったのだ。

 

 元来俺の体は丈夫に出来ていない。ハーフエルフの俺に、適切な食事だって摂ってきていない。なのに、王宮から脱出して、ここまで体に無理をさせてしまった。気持ちだって続くハズが無いのだ。

 

 俺の命がゴリゴリと削れていくのが解る。俺は、一体何をしているのか?

 

 そう言えば、日本人は気力を振り絞って、それこそ命を削る様な頑張りを美徳としていた様に思う。俺はそれを心底馬鹿にしていた。生きる為に頑張るならともかく、死ぬ為に頑張ってどうするのかと、優先順位を履き違えた馬鹿の様に思っていた。

 

 でも……俺にも命より大切な物が出来た。

 妹のセレナだ。

 

 俺は隕石で命を奪われた、家族にだってもう会えない。でもそれは悲しくなかった、『ふーん』ぐらいのもんだ、だって俺の責任でも無いし、仕方が無い。それより神様がくれた今後の方が重要に思えたんだ。

 でも、俺の巻き添えで友達の命まで奪われていた。勿論、これだって俺の所為じゃないと思うが、俺なんかと仲が良かった為に死んだと思うとやり切れない思いがあった、俺らしくない感情だと持て余した。

 

 生まれ変わって新しい家族が出来た、みんな美人で美形で、おまけに優しくてたちまち好きになった、でもみんな死んだ。

 

 残ったのはセレナだけ。前世でも兄弟は居らず、妹なんてフィクションの中の生き物だった、実際に妹が居た田中に言わせればウザいだけの存在だと聞いていて、そんな物かと思っていたが、妹のセレナは可愛かった。

 

 いや、セレナは特別だ、初めから賢くて可愛かった。

 

 だからかもしれない。俺の魂が周りを巻き込む凶星だと解っていても、なかなか外へ踏み出せなかった、家族の中で生きているのは楽しくて、居心地が良かった。

 

 結局俺は守ってもらった。家族から、特にセレナからは何回も守られてきた。でも俺はセレナを守れないのか?

 

 これじゃ、俺はとんだ疫病神じゃないか! いいや、疫病神どころか神すら持て余す迷惑そのものなのだ。おれは全てを巻き込む覚悟が有ると神に大見得切って生まれ変わった。それが家族を失う事にすら耐えられそうにない。

 

 それでも、セレナには笑って居て欲しい。お姉ちゃんが俺で、ユマで良かったと、笑って言って欲しかった。

 こんな疫病神でも誰かの為に生きてみたかった。

 

 

 森の中ではこんな思考が同じようにグルグル廻っていた。実際は、こんなに冷静に分析出来ていた訳じゃない。疲れ果てた俺の思考はゾンビの様に単純に成り果てて居た。

 

 セレナ助ける! パラセル村行く! 行かないとセレナ死んじゃう! そしたら、わたし死んでもいい!

 

 こんな言葉がグルグルと脳を駆け巡るだけ。本能の様にずるずると足を前に引き摺って歩いた。

 

 そのお陰だろうか? 日が暮れる直前にパラセル村に辿り着く事が出来た。

 いや、パラセル村だった場所、と言った方が良いだろう。そこには誰も居なかった。

 

「誰か! 誰か居ませんか!」

 

 大声を上げて人を呼ぼうと思った、でも小さな声しか出なかった。疲れもある、でも大声を出しても人が来ないであろう現実が怖かった。

 

 そこはどう見ても何年も前に打ち捨てられた家々しかない、廃村だったのだから。

 俺はこの大森林の村の名前と場所は参照権で見る地図で全部確認できる。パラセル村は確かに有るのだが、場所が異なっていて、俺が見た地図上のパラセル村はずっと南に有った。

 

 だから、廃村と言う可能性は覚悟しているつもりで居た。なのに、シルフの記憶に引きずられ、パラセル村に行けば何とかなると思い込んでいたし、思い込む事で何とかここまで歩いて来た。

 

 いや、ホントは誰も居ないとは思っていなかった。廃村となって村人が移住したとしても誰か残って居るだろうと思い込んでいた。理由も無く、信じたい事だけを信じて歩いた。

 

 そうでなくても近くに他の村は無いのだから、結局はここに来るしかなかった。地図で見たパラセル村はずっと南にあって歩いて行くのは無理だった。大森林が広大だと言うより、俺がセレナを担いで歩ける距離がたかが知れているのだから。

 

 でも村には一応屋根が有る建物がある。それだけで魔獣が跋扈する森で野宿と比べれば大分違う。

 向かったのは恐らく村長の家だったと思われる中央の大きな家。そこだけが立派な作りのお陰で、長年の腐食に耐えて建物の機能を保っていた。

 それでも扉は外れかけ、開ける必要もない程。家の中はどこからか入り込んだ枯れ葉や土埃にまみれていた。床板は所々腐っていて、歩くのに注意が必要だ。

 それでも屋根が落ちたり、剥がれたりして無いのが救いだ。前世の家はどうなのかは知らないが、エルフの家は作りが悪いと真っ先に屋根板が剥がれ落ちて、一気に駄目になる。

 村にあった廃屋の大半はそんな有様で、家としての原型も留めて居なかった。

 

 埃まみれのソファーにセレナを預け、セレナを寝かせる部屋を探して家の中を散策する。

 

 この有様では備蓄された食べ物なんて期待出来ない。一階の台所は無視して二階にあたりを付けると、スグに立派な寝室が見つかった。

 ベッドが二つに暖炉と(たん)()、どれも以前は立派な物だったのだろうが、腐り落ちた窓から吹き込んだ雨風に晒され、既に部屋は荒れ果てていた。

 

 ボロボロのベッドから土埃まみれのシーツを剥がし、まだ使えそうな箪笥の中から引っ張り出したシーツに交換する。ゴワゴワしたシーツだが、他の布が虫食いだらけで、触れば砕ける有様なのを考えると、正に奇跡の様だった。

 

 部屋の中も掃除をしたいが、体が鉛の様に動かない。それでも暖炉の中のゴミをどけて火を使える様にしないと夜は命に係わる。

 幸い、燃やす木屑は捨てる程そこらに散乱している。

 でも火が、単純な点火の魔法が使えない程に俺は消耗していた。外はもう暗い、火を付けないと春先の夜はまだまだ寒いと言うのにだ。

 

 問題は先送りにして、一先ずセレナをベッドに寝かせることにする。

 俺は一階に戻り、ソファーに寝かせたセレナの手を取った。

 

「え?」

 

 握ったその手が熱かった。

 

 思わずおでこに手を当てて、慌てて引っ込める。

 それがセレナの体温なのだと、信じられないぐらいの高熱。

 

「セレナ! セレナァ!」

 

 ショックに叫ぶ。でも、セレナは答えてくれない。

 ヤバい! ヤバい! セレナが死んじゃう!

 

 半場パニックを起こして、セレナを担ぐとドタドタと階段を駆け上がりベッドに運ぶ。

 

「セレナ! セレナ!」

 

 セレナの手を取って呼びかける。やっぱり熱い! 熱すぎる!

 人間の体温はここまで上がるのかと、それこそセレナが魔法を使ってふざけてるのでは無いかと、そう願わずには居られない程の高熱。

 そんなセレナがうわごとの様に呟く。

 

「おね……えちゃん?」

「セ、セレナぁぁぁ」

 

 生きてる! セレナは生きてる!

 そりゃ熱が有るんだから生きては居るって、普通なら解る。逆に言うとそんな普通な事すら解らない位のパニックだった。

 

「どこ?」

「村に着いたの、でも誰も居なくて、廃村みたいなの」

 

 言い訳の様にまくし立ててしまう。

 

「そっか」

 

 セレナは辛そうだった、当たり前だ、こんなに熱が有るのだから。井戸を探して濡れ布巾で頭を冷やさないと。

 

「おねえちゃん……寒いよ」

「えっ?」

 

 思わず、こんなに熱が有るのに寒いなんて。と思ってしまったが病気なら寒気がして当たり前だ。火だ、火を付けないと。

 

「すぐ、すぐに火を付けるから」

「あ、これ使って!」

 

 左手で慌てて暖炉へと走る俺の服の端をギュッと握って。右手で胸のブローチを外して差し出してきた。でも、そのセレナの目の焦点が合っていないのだ。

 

「セレナ、セレナ目が見えないの?」

「良いから、使って」

 

 ちょっとずれた位置に突き出された妹の手の中からブローチを受け取る。汗ばんでいて、セレナの体温の高さを感じるそれは、最近貰ったセレナの秘宝。

 一つだけ魔法を入れて置ける魔道具だが、少しづつ魔力を込めないと壊れてしまう物で、最近は専ら魔力制御の練習に使っていた様だった。

 

「解ったわ、ありがとうセレナ」

「うん、早いけど誕生日プレゼント」

 

 俺の誕生日は二か月程先、セレナは一か月先だ、まだ大分早いし、俺はセレナにプレゼントなんてまだ用意していない。それが何故か妙に胸に刺さった。

 

 勿論、秘宝自身ではなく中に入った魔法がプレゼントなのだろう。状況から見て点火の魔法だ、秘宝に初めて込める魔法としては順当だろう。

 

 だが俺の脳裏にはセレナのレーザーみたいな点火の魔法が()ぎる。暖炉に木屑を集めた俺は、延焼を恐れ、暖炉の中に手を突っ込んで魔法具を起動した。

 

「『開け』」

 

 わずかな魔力を魔道具に流して起動する。薄暗い暖炉の中にヒュと空気が入り込んだ感覚。その後、薄暗い暖炉の中で青い炎がきらめいた。

 

「あっ!」

 

 俺が教えた、酸素を含んだ点火の魔法。青白い炎が灯っていた。

 

 でも、それだけじゃない。その青い炎は複雑な形を描く。少女の横顔、頭には王冠。

 俺だ! チーズにも描かれている俺を表す姫のデザインが、暗い暖炉の中で朧気に揺らめいている。

 いや、朧気にも、揺らめいてるのも俺の涙のせいだ。セレナの魔法はしっかりと形作られている。

 

「あ、うっ」

 

 余りの感動に、いや、これは感動なのだろうか? 押し寄せる感情に胸が苦しくなる。

 ありがとうと口にするどころか、呼吸すら出来ない自分、震える手、なんとかブローチを傾けて木屑に着火する。傾けるブローチに付随して傾く俺の図案。昔は一瞬しか保たなかった火は、まだしっかりと形を保っている。

 

 ただ、それだけの事が胸に刺さった。

 

 あの時セレナは二歳。もう七年も経っているし、複雑な形だって作れるぐらいセレナの魔法制御はもう一流だ。だから着火の魔法がすぐ消えないなんて当たり前で、この魔法の見るべき所は青い炎や複雑な図案。安定して点火し続けるなんて、何てこと無いはずなのに、そんな事が無性に嬉しくて、その炎が消えるまで陶然と見つめ続けた。

 

 いよいよ木屑が本格的に燃え始める直前で、青い炎は消えた。

 もしも炎が消えなかったのなら、手が焼けるまで暖炉に手を突っ込んで、その青い光を眺めていたかもしれない。

 ブローチを抱え、暖炉の前で(うずくま)る。それでも、まだ涙が止まらない。呼吸が出来ない程だった。

 

 しばらくして、やっと自由になった肺に空気を思い切り吸い込むと、木屑を吸い込んでしまって堪らずせき込んだ。

 

「あり、がとぉ、せれなぁありが、とぅ」

 

 何より言葉にしたいのに、ままならない呼吸としゃっくりで、なかなか言葉にならなかった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 静かな夜、聞こえてくるのはパチパチと火が弾ける音と、苦しそうなセレナの微かな呼吸音だけ。

 苦しそうなその音は聞きたく無かった、でもその音すらつっかえる様に止まってしまう度に、血も凍るほど怖かった。

 

「お姉……ちゃん、もう、だめみたい」

 

 うわ言の様にセレナが呟く、「そんな事無い、頑張って!」と声を掛けたい、でもそれが言えないぐらいセレナが辛そうで、掛ける言葉が見つからなくて、悲しくて、悲し過ぎて、俺の口からは嗚咽だけしか漏れて来なかった。

 

「ねぇ、お姉ちゃんの秘宝、貸して」

「う? あ、うん……」

 

 健康値計の王冠。

 

 健康値を測るには、ちょっとだけ健康値を消費する。千回も、万回も測って1減るかどうかの僅かな値。でも、それでも今のセレナには危ない気がして気が引けた。

 

 それでも結局、俺はセレナに王冠を握らせた、何か希望が無いのかと期待して。

 

 

 健康値:2

 魔力値:57

 

「あ、あぁぁぁ」

 

 思わず呻いてしまう、

 

 健康値が2、不健康って言われ続けた俺だって、今まで一回だって見たことが無い数字。

 ホントはどんな数字が出ようと、「大丈夫、治って来てるよ」って言おうと思っていたのに。

 

「ねえ? どうだった?」

「あ、う……ん」

 

 言葉に詰まる、やっぱりセレナは目が見えてない。だからこそ7だとか8だって言って、励ましたいのに、言葉が出ない。

 それにセレナだって数字が悪い事ぐらい解ってる。解ってて健康値を測ったんだから。

 

「わた……しも、お姉ちゃんみたいに、『らじおたいそう』やってれば良かったな……」

 

 初め、セレナが言ってる意味が解らなかった。参照権で思い出す、いつかセレナと一緒にやったラジオ体操。

 俺だって最近はラジオ体操なんてしてない、セレナと一緒にやったのなんてあの日の一度だけ。よく覚えてたなと思う、そう、あの時俺は五歳だから、セレナは二歳。

 

 二歳?

 二歳と言えば、育つのが早いエルフだって、なかなか記憶が安定しない時期だ。よくそんな事を思い出せるな。

 

 いや、いや……違う。思い出しちゃダメだ、そんな昔の事。

 

「セレナ! セレナ! 行っちゃ駄目! 置いて行かないで!」

 

 俺はセレナの手を取って必死に叫ぶ。

 

 ……走馬燈。

 

 そんな物が本当にあるのだろうか? でも点火の魔法もその時期で、俺も急速に思い出す。思い出されてしまう、まだ小さかった時の楽しい思い出。

 小さい頃。お姉ちゃんぶってセレナの手を取って先に先にと歩いた、でもすぐに体調を崩して、逆にセレナに手を引いてもらった。

 

「ごめんね、わたし……お姉ちゃんのこと……守るって約束……守れない」

「良いから! そんなの! もう、いいからぁ!」

 

 セレナにしがみつく様に、必死に叫ぶ。

 思い出してしまう、竜篭の中、涼しいと喜んでくれたこと。湖で遊んだこと。倒れた時には心配して何日も看病してくれたこと。

 セレナにしがみつく様に大森林の空を飛んだこと、恐ろしい魔物も、薄暗い洞窟も何も怖くなかった事。

 

「だから、わたしだと思って、わたしの秘宝、わたしの代わりに……」

 

 セレナの秘宝、魔道具のブローチ、ああ、そうだ、火を付けた後、まだ返していなかった。お願いだから、返させて。

 

 思い出してしまうから、父様から貰ったブローチを大事そうに抱きしめるセレナの笑顔を。

 

「ねえさ……ごめ……ん」

 

 お願いだから謝らないで、謝る必要なんて無いから。セレナにいっぱい、いっぱい色んな物を貰って、何一つ返せていないダメなお姉ちゃんだから。

 

「セレナ! セレナぁぁぁぁぁ」

 

 お願いだから笑ってほしい、お願いだから生きてて欲しい。全てを捨ててでも、聞きたい音がもう聞こえない。

 

 静かな夜だ、

 パチパチと火が弾ける音しか、もう聞こえてこなかった。


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