死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

246 / 327
魔女の軍勢

 噛み砕いた魔石を口の中で転がしながら、俺は戦いの予感にテンションを上げていた。

 霧の悪魔(ギュルドス)の罠、三千の軍勢。恐らく魔女の本隊だ。コソコソ暗躍するクソ黒峰を、いよいよぶち殺せる。

 

 邪魔なマントを脱ぎ捨ててバニーちゃんになった俺は、霧の中へたり込むマーロゥの襟を掴んだ。

 

「守ると言ったのに、その体たらくはなんです!」

「ハァハァ……」

 

 活を入れても息も絶え絶え。純エルフは魔力が無くなればこんなモンだとは知ってはいたが、それでも情けない。俺は装甲車までマーロゥを引き摺った。

 タダでさえ薄暗い時間。ホワイトアウトした世界では、ドコから銃弾が飛んできても不思議じゃ無い。安全なのは装甲車の中だろう。

 装甲車にマーロゥを押し込むと、代わりに取り出したのは木村が作った爆薬だ。手に取るや否や、思い切り地面へと叩きつける。

 

 ――パァァァン

 

 爆風に燐光が舞い、軽くなった空気に深呼吸。

 

 コレは言うなれば魔石爆弾。タネは単純で、細かく砕いた魔石を爆風で拡散し、魔力を奪う霧と中和させるのだ。

 このアイデアを出したのは、なんと田中。どうも同じ事をしてくる敵が居たらしい。コレで魔道具や魔剣を霧の中で無理矢理使う強敵が居たらしい。

 しかし、コレが霧に苦しむエルフの特攻薬かと言うと、そうでは無い。

 霧に負けず劣らず、魔石の魔力なんて、エルフにとっても毒なのだ。魔石の魔力は言わば他人の魔力だ。吸い込めば健康値が削れ、健康値が削れると生命力も失われる。

 自分と波長が合う魔石なら大丈夫だが、そんなモノが大量にあるなら、分厚い魔導衣でも仕立てた方がマシだ。

 

 ただ、俺は大丈夫。なぜなら凶化しているから。体の免疫が崩れ、あらゆる魔力を吸収可能。だから、この爆弾は完全に俺専用だ。

 

「姫……さま」

 

 マーロゥが装甲車の中から苦しげに手を伸ばす。どうやら意識を取り戻したようだ。

 なるほど、魔力を奪う霧と、健康値を奪う魔石の粒子。エルフにとってどちらが毒かがハッキリしたな。まだ魔石の方がマシらしい。

 

「乗って下さい、私が、守っ……」

「黙っていて下さい、ゾンビ化したら目も当てられません」

 

 俺が恐れていたのはソレだ。

 魔力を奪われた上で、急激な魔力回復。ゾンビ化する条件が揃ってしまった。

 

 ……いや、それにしてはエルフがゾンビ化したなんて聞かないな。

 霧と大森林の濃厚な魔力に度々曝されて来たハズなのだが……

 

 違和感を覚えながらも、俺は叫んだ。

 

「木村ッ!」

「はいよ~」

 

 霧の中から間の抜けた声、そして、次に響いたのは気の抜けた爆発音。

 

 ――シュルルルル、パァァァン!

 

 花火、いや、信号弾だ。

 全軍に招集を掛けたのだ。『姫はココに居るぞ!』、と。

 

「しかし、良いのですか? 敵にも位置が丸わかりですよ」

「構いません。ケリをつけましょう」

 

 確かに、ココまで濃い霧があっては魔法で戦う事など出来ない。

 だが、同時に視界だってきかないのだ。すぐソコに居る木村の顔も見えない程に。ならば、敵が揃えた自慢の射程兵器もロクに活用出来ないハズ。

 そうなれば、数で勝るコチラにも分がある。

 まさか、帝国兵が俺の魅力でソックリ寝返るとは、魔女にしたって夢にも思っていないハズだ。そこに勝機が必ずある。

 

「乱戦になります! 皆で! 私を! 守りなさい!」

「オオッ!」

 

 拡声の魔道具で叫べば、雄々しい雄叫びがそこかしこから返った。この非常時でも士気は高い。

 

「後は爆撃対策ですが……」

「ご安心を、周囲に爆撃陣地はありません」

 

 木村が言うには、迫撃砲もそこまで射程がある訳では無く、設営にも時間が掛かり、精度もイマイチで威力もソコソコ。前回はすり鉢状の地形にビッシリ人が密集してたから効果があったのだと言う。こんな場所で使っても効果は限定的だとか。

 

「まして装甲車は絶対に破壊不可能です、どうぞお乗り下さい」

「…………」

 

 どうやら中で大人しくしてろと言いたいらしい。

 まぁ、霧が出てる間は俺に出来る事は殆ど無い。お姫様らしく、しっかり守って貰おうじゃないか。

 マーロゥと一緒に装甲車に乗り込む。

 しかし、広場のど真ん中と言うのは頂けない。

 

「取り敢えず、脇に寄せます」

「運転出来ます?」

「ある程度なら……」

 

 俺はグロッキーしてるエルフの運転手を蹴飛ばすと、代わりにハンドルを握った。

 先ほど魔石を撒いたお陰で、エンジンが掛かる。アクセルを踏めばノロノロと動き出した。

 

「役場の脇に止めます」

「誘導します!」

 

 木村が振るライトを頼りに、司令部にするつもりだった役場へ横付けする。

 これで、遠距離から大砲の直撃を『偶然』食らう可能性も無くなった。

 だが、こうなると敵の狙いが解らないのが気持ち悪い。装甲車に乗り込んだ木村に尋ねる。

 

「どう思いますか?」

「敵は貴重な霧の悪魔(ギュルドス)を使い潰して爆破しています。ソレほどに姫の魔法を恐れている証拠」

 

 確かに、奴らは建物に霧の悪魔(ギュルドス)と爆弾を隠して一気に拡散。俺を霧に飲ませる事に成功した。

 

「逆に言えば、霧の中に姫を捕らえるには、この街しか無かった。そして、敵は霧が晴れる前にと、勝負を焦るに違いありません」

「敵が攻めてくると言うのですね? 敵の主力兵器は台車に乗ったガトリングガンと聞きましたが?」

「ガトリングと言っても、マスケット銃を束ねた程度のモノです。今度はコッチが建物を利用して、霧が晴れるまで守れるでしょう」

 

 木村は自信満々だ。じゃあ俺の役目は霧が晴れるまで守られる事。

 いや、何も完全に晴れるまで待つまでもない。多少薄くなってくれれば十分。魔石で霧を散らして、後はコイツの出番だ。

 

「グライダーです。霧が薄くなったらコレで飛んで、敵を討ちます」

 

 霧は重く、地上付近にだけ漂う。離陸さえ出来れば、上空から敵を狙い撃ちにしてやる!

 俺が覚悟を決めた声で宣言すれば、木村の舌打ちが返った。

 

「死にますよ?」

「死にません! 帝国を滅ぼすまでは」

「でしたら、精々霧が晴れるまではソコでジッとしていて下さい!」

 

 バタンと音をさせ、木村は力任せに装甲車のドアを閉めて出て行った。

 怒らせちまったな。

 

 狭い装甲車の中。俺は畳んだグライダーを手慰みにギュッと抱きしめて、静寂を噛み締めた。視界が効かないこの状況に少しの混乱も無く、皆が息を潜めて敵を待ち構えている証拠だ。

 声が無くても、目を瞑れば俺を守る兵士の運命光が花畑の様に輝いているのが解る。その事に笑みを深めていると、ふと気になった。

 

「田中はドコに行きました?」

 

 窓を開け霧に問えば、遠くから木村の声。

 

「アイツなら、霧でバイクが心配だって見に行きました」

 

 ……全く、お姫様を放置してバイクとは、一切アイツにその気はねーな。

 オモチャが大事な子供のまんまで、いっそ安心するわ。

 しかし、苦笑する俺と違って、マーロゥは本当に悲しそうな顔をしているのが何とも。

 

「そんな顔をしても、あの方は元々そういう人ですよ」

「……ですが」

 

 しょげるマーロゥ。なんで俺がアイツのフォローしてるんだか。

 肩を竦めると、その田中の切羽詰まった叫び声。

 

「ゾンビだ! ゾンビが紛れてやがる!」

 

 その言葉にハッとする、隣の人間の顔も解らぬこの霧の中、ゾンビが紛れ込んだらどうなるか?

 そんな俺の心配は、いっそ生ぬるいモノだった。

 

「ヤベぇぞ! 奴ら、ゾンビに、爆弾を括りつけてる!」

 

 田中の声と同時!

 

 ドオオォォォン!

 

 爆音! そして衝撃。装甲車が横転する。

 

「くっ!」

 

 衝撃に耐え、ひっくり返った視界の中で盛大に舌打つ。奴ら本当に命をゴミの様に使う!

 しかし、有効だ。無差別に爆弾を投げ込むよりも、ずっと効率的だろう。吐き気がするほどに!

 動かない装甲車に止まるのは危険。爆弾を括りつけたゾンビが相手なら、ドアを開けて中に入って来てもおかしくない。そうなれば一巻の終わりだ。

 そして、俺の嫌な予感は当たりがち。

 横転した装甲車の天井。助手席側のドアが開け放たれる。逆光と霧で、真っ黒いシルエットが俺を覗き込む。

 

「オイ、居るんだろ? 出てこいよ」

 

 いや、ゾンビじゃ無い。田中だった。

 伸ばした俺の手を二回りは大きい手で掴むと、ティッシュみたいに引き抜いた。俺だけで無く、マーロゥや伸びていた運転手も抱え、軽々と隣の役場に運んでしまう。

 その足取りは、ホワイトアウトした視界の中でも一切の迷いが無かった。

 

「ソコでジッとしてろ!」

 

 俺達を役場に押し込むと、ソレだけ言い残して出て行こうとする。

 

「ドコへ、行くのです!?」

「ドコにも行かねぇよ! お前を守んなきゃいけねぇだろうが!」

 

 呆れた様な田中の言葉に、足手まといになっている事を自覚させられる。マーロゥの事を何も言えない。

 歯がゆい思いに悩んでいると、扉の外から一つの影が割り込んだ。

 

「そうだ! 守るのがおたくの仕事。攻めるのは俺の仕事だ」

「アンタは……?」

 

 霧の中から現れた不審な人影。田中は警戒を崩さない。だけど俺にはコイツに見覚えがある。

 

「あなたは、グリダムス……さん?」

 

 コイツは、こう見えて帝国軍の隊長の一人だ。立派な騎士に混じって、しょぼくれたオッサンだったからよく覚えている。

 しかし何故か、今は渋い男の色気さえ漂っている。覚悟を決めた男の目がそう見せた。

 

「ああ、このままジッとしててもジリ貧だろ。グリダムス隊は敵へと突っ込む!」

「待って下さい!」

 

 必死に取り縋って止める。余りにも無謀だ。霧を抜けた所で蜂の巣にされるに違いない。

 ヤケになるのも解るが、霧さえ晴れればコッチに分がある。何も焦る必要は無い。

 

「いやぁねぇ、時間が無いのはコッチも一緒でしてね」

 

 ぼやきながらも、グリダムスは苦しげに何かに耐えている。良く見れば、顔を伝う汗の量は尋常では無かった。

 

「どうしたのです?」

「実は、さっきから食欲に負けて意識が飛びそうなんですわ。やっぱり姫様に言われたとおり、奴らに噛まれたのがマズかったみたいでしてね。噛まれた奴らがみんなおかしくなっております」

「そんな!」

 

 魔力を奪う霧と、魔力が含まれた水。二つの魔力差でバランスが崩れてゾンビ化するんじゃないのか?

 いや、ソレは間違い無いハズだ。身をもって知っている。だが、魔力バランスが崩れるには早過ぎる。霧が撒かれてまだ数十分だ。

 ひょっとして、突然の魔力差で健康値が大きく崩れた所に、体内のウイルスが活性化した?

 

 二つでなく、三つの合わせ毒だったのか?

 

 健康値のお陰でこの世界には寄生虫が居ない。病気も少ない。しかし、だからこそ、健康値が極限まで削られた時、免疫能力は極端に無くなる可能性はずっと考えていた。

 現に、幼い俺はよく熱を出して倒れていたのだから。

 だとしたらこの状況でウィルスに冒され、ゾンビになりかけてる彼らは……。

 

「自らを縄で縛って、耐える事は?」

「無茶ぁ言わんで下さい。今もアンタの美味しそうな肩にかぶり付きたくて仕方ねぇんだ。味方を襲うぐらいなら、いっそ敵を囓りに行こうかって、噛まれた奴らで話し合ったとこでして」

「…………」

 

 クソッ、どうしようもないのか! ギリリと奥歯を噛むが、打つ手はない。

 大きく深呼吸して、グリダムスの目を見る。

 

「わかりました。ご武運を」

「ああ、ゲスな魔女に噛みつけると思うと楽しみで仕方ねぇ」

 

 俺は強がるグリダムスの手を取ると、バニー姿で曝け出された俺の首と肩を触らせた。

 

「なっにを?」

 

 大の男がビクリと跳ねて、滑稽な程に狼狽する。

 良い反応するじゃないか! グリダムスが食欲すら忘れて顔を赤くした瞬間を見逃さず、俺は妖艶に微笑んだ。

 

「魔女など美味しくないですよ。帰ったら口直しに、私の肩に好きなだけ齧り付いて下さい」

「ソイツは楽しみだ! 行くぞ! お前等!」

「ハッ!」

 

 グリダムスは同じように、ゾンビに噛まれた百人前後の兵を引き連れ、敵へと突っ込むらしい。

 俺はそんな男達の背中を見送るだけしか出来ない。

 

 やがて、遠くからバララララと雨の様な銃撃音が響く。そして近くからは断続的な爆発音。

 音と共に、運命光が消えていく。

 銃弾に晒され、ゾンビに爆破され、皆の命が消えていく。

 こんな、馬鹿らしい死に方で!

 俺は、役場の隅っこで頭を抱えへたり込む。

 

「誰か! お願い! 霧を消して!」

 

 今も外ではガトリングの音が響いて、皆の悲鳴が木霊している。

 バラバラと、雨音の様な発射音は激しくなるばかり。木村め! 何がマスケット銃を一杯くっつけただけだ!

 連続する発射音が衝撃波となり、ひたすらに戸板を叩いた。鳴り止む気配は一切無い。

 驚異的な火薬量を誇るかの様に、敵は弾丸を乱射する。

 

 ――バララララララララ!

「…………」

 

 まだ止まらないのか!!

 

 ――パララララララララ!

 

 まだか!

 

 ――パララララララララ!

 

 ……いや、流石に激し過ぎる! 止まらない弾丸などあり得ない。

 

 コレは? 立ち上がって、木窓を開けて外を見る。

 

「雨! この時期のゼスリード平原で?」

 

 去年は俺を殺す為の『偶然』だった。なのに今回は俺を救うべく、激しい雨が降っている。

 それを見て、俺は役場の外へと飛び出した。

 

「霧が、消えた!」

 

 これで、魔法が、使える!

 ソレだけじゃない、この雨で、火薬兵器の運用は大きく制限される。

 現に、もうドコからも爆発音が響いてこない。

 

「でも、どうして?」

 

 この季節、この地方で雨が降る事は稀だ。まして霧が出る前、夕暮れの夏空には、ドコにも雲なんてなかったハズ。

 なのに今は曇り空から大粒の雨が絶え間なく降り注ぎ、真っ白な霧をスッカリ流し落としていた。

 何だか解らないが、今しか、ない!

 

 横転した装甲車に駆け寄り、王剣とグライダー、そしてスキットルに入った濃縮魔力を取り出した。

 遺跡で発見した液化した純魔力! 一息に嚥下すると、体の中から燃え上がる様な力が湧いた。

 絶対に体に悪い奴だコレ! しかし、今はソレで良い!

 畳まれたグライダーを手早く広げ、魔法を紡ぐ。

 

「『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』」

 

 強烈な浮遊感。絶好調の魔法は俺と王剣の重量を空へと運んだ。魔力でピンクに染まった髪がたなびく。雨粒が頬を叩き、体を濡らした。

 高く舞い上がると同時、そこかしこから強烈な視線が俺の体へ突き刺さるのを感じる。

 そう言えば、俺はまだバニーちゃんのまま。ドエロい格好のお姫様が空を飛ぶ。冷静に考えるといっそ冗談みたいな光景だろう。

 遠くに見えるのが敵陣か。コッチから見えると言う事は相手からも俺の姿は丸見えに違いない。

 多少は恥ずかしいが、いっそ都合が良い! 拡声の魔法で叫ぶと、俺は王剣を敵陣に向けて振りかざす。

 

「全軍! 突撃! 私に続け!」

 

 街中から雄叫びが上がり、俺を目掛けて兵士達が駆ける地響きみたいな音がした。

 無謀な突撃だが、ソレで良い。銃口はズラリと揃えて効果を発揮する。銃を手に敵は俺を撃つか、兵を撃つかで悩むハズ。

 

 夕暮れの雨模様、薄暗い闇に染まる直前の世界で、俺は眼下に敵陣を睨む。

 

 ――撃ってこい!! 魔法で受け止めてやる!

 

 俺は前方に結界を張って待っていた。

 

「…………??」

 

 だが、敵は一向に俺へ発砲してこなかった。それどころか戦場から殆ど銃声がしない。

 確かに雨は降っている。しかし、それでも撃てる銃だってあるだろうに。舐められたモノだ。

 

 しかし、よくよく見れば。敵陣は大混乱に陥っていた。

 

 コチラの陣地から、眼下に点々と転がるグリダムス隊の死体。その死体の列を辿ると、その先頭は見事に敵の本隊へと食らいついていた。

 ソレに気が付いた時、言葉に出来ない感情が胸を締め付けた。彼らは最期の最期まで戦い抜いたのだ。

 

 いや違う! まだ戦っていた!

 

 視線の先、最後まで残ったグリダムスは敵に囲まれ、剣を振るい、猛犬の如く敵へと食らいつく。

 助けたい。でも、助けられない。多勢に無勢だ。見守る中、グリダムスの最期は剣すらも手放し、本能だけで敵兵に噛み付いていた。

 良く見れば、グリダムスはすっかりゾンビに成り果て、ソレでも戦い続けていた。その首が俺の眼下で刎ねられ、転がる。彼に噛まれた兵士から、更に混乱が広がる。

 

「良くやりました」

 

 地獄で待っていろ。肩でもなんでも、好きなだけねぶって良いぞ! 俺も、じきに、ソッチへ行く!

 

 風の出力を上げ、更に加速。敵陣全てを見渡せる所まで来ると、敵が混乱するもう一つの理由が見えてきた。

 

「アレは? ……まさか!」

 

 ラクダに乗った一隊が、敵陣を真横から食い破っているのだ。

 その中心にいるのは、一際大きい白いラクダに乗った浅黒い肌の貴公子。

 リヨンさんだった。

 

「まさか、この雨も?」

 

 きっと、そうだ。無害化した死苔茸(チリアム)、フォッガを大量にばらまいて、コレだけの雨を呼べるのは、彼しか居ない!

 

 後ろからは、いよいよ味方の先陣が敵と衝突し、激しい戦闘の音が聞こえてきた。敵は射程兵器が中心。勿論、コチラだって銃は大量に持っているが、元々は銃より剣に馴染んだテムザン将軍の軍隊だ。近づけば絶対にコチラが有利!

 

 そうこうしている内に、俺はいよいよ敵陣のど真ん中、その真上まで辿り付いた。

 しかし、魔女の姿が見えない。立派な鎧の知らない男が指揮を執っている。

 

「まだコソコソと隠れるか」

 

 ココで負けたら終わりだろうに、それでも自分が戦おうとしないとは、筋金入りのゴミ女である。ならば!

 首筋にチリチリと痛む『偶然』の予感。しかし、今だけは心地よい。

 その時、薄暗い世界を強烈な光が切り裂いた。一拍の間を置いて、爆音。

 

 ――ドォォォン!

 

 爆弾? 違う! 雷だ!

 強烈に空が輝き、瞬間、視界から色を奪った。音の衝撃がグライダーを打ち、ビリビリと震える。

 ゴロゴロと遠くから雷鳴が轟き、丸焦げになったトラウマを刺激する。

 怖じ気を振り払い、俺は敵のど真ん中、指揮を執る男へ目掛け、グライダーの舵をとった。

 

「一緒に、死のうぜ!」

 

 敵の真上でグライダーから飛び降りる。そのまま王剣が生み出す気流を頼りに、俺は空を駆る。

 

 ――ピシャァァァ!

 

 その時、再び視界が白に染まった。落雷が、『偶然』に、俺へ直撃したのだ。

 

「お前等も、道連れだ!」

 

 だけど今回は無傷。王剣は言わばダイヤの塊。完全な絶縁体だ。

 

「父様、ありがとう」

 

 ――バシュッ!

 

 眩しさに目を瞑った司令官を、俺は上空から真っ二つに引き裂いた。

 

 ――ボッ!

 

 何の作用か、斬り裂かれた司令官の死体が燃え上がる。王剣の内部に電気が残っていたのだろう。想像以上に派手な事になった。

 

「ふぅ……」

 

 敵のど真ん中。俺はホッと息を吐く。

 殺っちゃった♪ テンションが上がって、敵のど真ん中に降り立っちゃった。

 

「どうした!? 何が起こった? 報告しろ!」

「解りません! 雷が! 少女に!」

 

 帝国兵は目の前の光景が信じられないと、すっかり錯乱していた。

 まぁ、そうだよな。空からお姫様が落ちてきて、司令官を真っ二つに分割し、ボウボウと燃やしてるんだから。

 自分で言ってても意味不明だから困る。だが、敵にしてみれば俺が恐ろしいに違いない。

 

 いよいよ日が沈み、闇に染まって行く世界。不気味な炎をバックにニッコリと微笑む。

 

「ごきげんよう」

 

 そして、死ね!

 俺は王剣で敵兵をまとめてなぎ倒す。景気よく首が飛び、混乱が広がった。

 

「何をしている! 敵は一人だ! 押し込め!」

 

 だが、指令系統は一つではなかった様だ。或いは俺が殺したのはフェイクだったのか。敵兵に指示が飛び交い、じわりと俺を包囲する。

 

 ……どうしよう? 王剣で飛んで逃げられないかな?

 

 やり過ぎた。このままじゃド派手な自殺だ。正直、後悔し始めた。

 いや、悪くない。思い直したのは、ビリビリと刺激する首筋の痛みが心地よいからだ。

 『偶然』は、まだ俺に踊れと言っている。

 

「神の裁きを恐れぬモノは、前に出なさい!」

 

 王剣を掲げ、宣言する。

 あまりに堂々とした俺の態度に、居並ぶ敵兵の顔は恐怖に歪んでいた。

 恐怖の表情だ。薄暗い夕闇の中にあっても、敵兵の顔がハッキリ見えたのは何故か?

 

 ――ピシャアァァァ!

 

 再び雷光が迸り(ほとばしり)、掲げた剣へと突き刺さったからだ。

 俺がそのまま剣を振るうと、斬り裂かれた兵士が千切れ、燃えさかる。ただの『偶然』なんだが、二回も続くとそう言う攻撃にしか思えない。

 

「神だ! 神の化身だ!」

「いかづちを操るぞ! 逃げろ!」

 

 魔女の軍勢はたちまち恐怖に囚われた。

 

 意味不明にドエロい格好をした女の子が雷鳴と共に降ってきて、雷を纏った剣でバリバリ攻撃してきたら、神に見えるのも当然だろうな。

 実際は俺目掛けて飛んでくる雷を、何とか防いでるだけだ。

 

「神罰を恐れぬ者達よ! 神の怒りを知れ!」

 

 でも、ノリノリで暴れちゃう。気持ちが良いから。

 蜘蛛の子を散らす様に敵兵が逃げて行く。

 

「愚か者どもめ! 恥を知れ!」

 

 本当に神の代行者になったつもりで敵を追いかけていたのだが……

 

「痛っ!」

 

 足を取られて無様に転がった。

 スッカリ忘れていたが、俺はバニーガール姿。決して戦場に繰り出す格好ではない。転がった鎧の隙間にヒールが挟まって、足からすっぽ抜けたのだ。

 

「アガッ!」

 

 その上、転がった先の鎧は雷で帯電していた。すっかり油断していた所に、激しい電撃が体を駆け巡る。トラウマモノの刺激に、目がチカチカとして、一瞬遅れて強烈な痛み。

 

「イギギギギ!」

 

 鉄板みたいな鎧の上で、神経を灼かれ、バニー姿のままピクピクと痙攣する。焼き肉にでもなったみたいだ。

 惨めにのたうって、飛びそうになる意識をつなぎ止める。

 

「おい、何かコケたぞ?」

「チャンスじゃないか?」

 

 敵兵の声が頭上から聞こえる。しかし、体は動かない。

 

「おい、今のうちだ! やるぞ!」

 

 いよいよ敵兵が殺到するが、体に力が入らず、転がったまま突き刺さる槍を見つめる事しか出来ない。

 何だコレ! 間抜けすぎるだろ! 『偶然』の理不尽な攻撃に、俺は悔しくて涙する。

 悔しくて、ギュッと目を瞑るが、何時までも痛みはない。どうした?

 

「オイ、何だか色っぽいな」

「速く殺せよ」

「いやでも、勿体ねぇだろ」

 

 頭上では、兵士達が間抜けな議論をしているじゃないか。

 良いのか? そんな事をしていると『偶然』に飲まれるぞ?

 

 案の定、次の瞬間彼らはバラバラの肉塊に成り果てて、俺の上へと降り注ぐ。

 

「生きてるか? オイ!」

 

 間抜けな声。

 田中だ! コイツも敵中に単身切り込んでいた。しかし、俺のピンチはまだ続いていた。

 

「アグッ! ゴホッ!」

 

 肉塊と血に埋もれて、溺れる! コッチは指一本動かせないんだぞ! 助けるならもっと優しく頼む!

 

「オイオイ! 完全に自業自得だろうが馬鹿が!」

 

 田中は血まみれの俺を抱きかかえ、バイクに乗せる。

 

「逃げるぞ! ってか、勝ち戦だ! 無理する理由はビタイチなかったんだけど?」

「ココまでやられて、黙って居られないでしょう?」

「やり過ぎなんだよ! ボロボロじゃねぇか!」

 

 いや? 血まみれなのはオマエの所為なんだが? 血まみれで睨むが、まるで相手にしてくれない。

 オイオイオイ、俺を無視する気か?

 

 さぁ、最後の仕上げをしようじゃないか。

 

「飛ばして下さい」

「オイ、何するんだよ? ふざけんな!」

 

 田中の苦情は無視して、俺は呪文を唱える。

 

「『我、望む、この手より放たれたる、強く大きく熱く疾い、炎と風の鋭き刃よ』」

 

 コレはセレナが使っていた魔法だ。

 成人の儀に付いて来てくれたセレナが、大牙猪(ザルギルゴール)を両断した魔法。

 セレナほどじゃないが、生き物に放つんじゃなければ俺でも十分使える。

 

「オイ、何してんだオイ!」

 

 田中が強烈な魔法の圧力に焦るが、無視。俺が魔法を放った先は、異様に厳重に梱包された帝国軍の貨物。

 

 炎と風の刃が、その貨物を切り裂き、火炎をまき散らす。

 ハズレか? 眉を顰めた瞬間。

 

 ――グガアアアァァァァン!

 

 耳をつんざく大・爆・発!

 思った通り、中身は火薬。しかし思っても居なかったのが、その爆風の凄まじさよ!

 

「ふっざけんな! ○×△*@”#$!!」

 

 田中の苦情も、聞こえない。

 タイヤが轍に乗り上げ跳ねるや否や、爆風に煽られ空を飛ぶ。

 

「テメェなんとかしや○×△*@”#$!!」

 

 解った解った。うるせーな。

 

「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」

 

 移動の魔法の風を応用して空中制御。バイクは華麗に着地した。

 

『いちいち爆発させねーと気が済まねーのかテメーは!』

『いやいや、こんな緊迫の脱出シーン。一生に一度あるかないかだよ?』

『オメーが爆破しなけりゃ、一度もなくて済んだんだけどな!』

 

 いやーマジギレである。

 

『怒るなよ。美女を片手に間一髪の大脱出。男なら憧れるシチュエーションだろうが』

『美女って言うには、イチイチ小せーし、ドロドロに血まみれじゃねーか』

『チューする? チュー!』

『しねーよ、ぶっ殺すぞマジ。バイク壊れたら弁償して下さいね』

 

 急な敬語やめろ! ソッチがその気なら、コッチにも考えがあるよ?

 

『大丈夫大丈夫! エルフの王様になればバイクのパーツなんて幾らでも手に入るって』

『…………』

『結婚ちゅる?』

『その辺に埋めていい?』

『まーまーまー』

 

 ゲラゲラと笑いながら、俺達は闇の中を二人、バイクで走っていく。

 もう、戦争は終わったと思いながら。

 

 事実、戦争は殆どココで終わった。

 

 ココからの戦いは、戦争以外のナニカになった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。