死憶の異世界傾国姫 ～ねぇ、はやく、わたしを、殺して～

ダンジョン？？

　俺達は魔女の痕跡を追って、帝国の奥深く、スールーン地方まで入り込んでいた。

　コレは勿論、俺達の独断専行。オーズド伯はもう戦争などやれぬと領地に引き上げてしまっている。

　当然、オーズド伯の私兵は解散してしまったし、ついでに捕虜の農兵もそのまま解放してしまった。

　ん？　反乱を恐れて解放出来ずに居たのに、良いのかって？

　良いんだよ。アレだけ悲惨な戦場を見て、まだ戦おうって奴は本職でもない農兵には少ないだろう。なにより彼らの恨みはもう魔女に向かっている、なにせゾンビにされた自国民を目の当たりにしているんだ。

　一方で、呪われた軍勢を相手にピカピカ光りながら戦った俺は、彼らの信仰の対象となってしまった。

　俺が話し掛けるだけで神への祈りが飛び出すし、滂沱の涙を流して従ってくれる。

　むさい男達が揃って木村が用意した女神像、もとい俺の美少女フィギュアに祈りを捧げるビジュアルだけは頂けないが。とにかく解放しても問題は無いと言い切れる。

　それに、ココからはスピード勝負。馬を持ち、地の果てまで共にしてくれそうな奴らだけを連れて来た。

　まさに少数精鋭。ゾンビ対策にも下手に兵士を大勢連れない方が良い。

　さぁ、いよいよ魔女をぶっ殺してやるぞ、と気合い十分、勢い込んだ俺が案内されたのは酷く簡素な縦穴だった。

「本当にこんな所に魔女が隠れているのですか？」

　疑わしげに聞いてしまったのも無理はないだろう。

　最終決戦の舞台として期待してたのは、巨大な地下遺跡とか、底の見えない神秘的な巨大洞穴。こんなしょぼい縦穴じゃガッカリ感がハンパない。コレじゃまるで古井戸だ。

「聞いたところ、放棄された涸れ井戸の様です」

　本当に古井戸だった。

　容赦ない木村の言葉に、俺は眉を顰める。

　何と言うか、宿敵が待つラストダンジョンとしての風格がまるで無い。何かのフェイクや罠、良くて遅滞戦術の一種にしか思えなかった。

　しかし、木村は調査に自信があるらしい。

「こんな見た目ですが、中は広く、かつての坑道と繋がっています」

「坑道？」

　この辺りはグズグズとした湿地帯で、地獄沼と呼ばれているのは本で読んだ。なんでも泥炭がときおり自然発火する様子が地獄を思わせるとかなんとか。

　しかし、こんなグズグズの土地に坑道を掘るか？　きっとすぐに崩れてしまうだろうに。

　それに、炭が取れる場所は鉱石は採れないんじゃなかったか？　理由は知らんが、確かそうだった気がする。

　『参照権』で紐解いてもスールーンは、炎が舞い危険な魔獣が闊歩する、この世の地獄、そんなおどろおどろしい記述ばかりで鉱石など……

　……魔獣？　大森林から遠く、魔力が薄いスールーンで？

「まさか？　魔石が取れるのですか？」

「その通り。魔石は軍需物資なので、表向きには知られて居ませんが」

「そうでしたか……」

　俺はふぅと息を吐く。

　大森林ならともかく、たまに出没する魔獣からとれる魔石だけでは、都市で使う魔道具の需要を満たせない。

　不思議に思って調べると、比較的若く柔らかい地層で、噴き出す魔力が圧縮されて魔石として発掘されるらしいのだ。

　魔石が採れるなら、坑道を掘るのも納得がいく。魔石は人間にとって重要な戦略物資だからだ。拡声の魔道具ですら、戦場での価値は計り知れない。

　しかし、だとすればこの寂れようはどうだ？

「魔石が過剰供給され廃坑したようですね。正式な入り口は閉ざされて入る事が出来ません。なので、ココから入るしかないのです」

　木村の補足に「ああ」と唸る。そう言えば、奴らはエルフの王国から大量の魔石を手に入れたばかり。その上、魔力炉で魔石を精製する方法まで手に入れている。

「では、スールーンはかなりの不景気に陥っているのでしょうね」

「だがよ、住民は却って喜んでると思うぜ」」

　ザマァと思っていると、ポンっと俺の頭に手を置く男が。

「ココは、俺がコッチに転移して、散々お世話になった場所よ」

　田中だ。どや顔で語るほどには、ここらに詳しいらしい。

「魔獣駆除を生業にする荒くれ者も多いし、流れの抗夫だってやってくる。おまけに領主は無能で、騎士団は盗賊と見分けがつかねぇ有様だ」

「地獄の様ではないですか」

　聞いただけでゲンナリする。転生したての虚弱な俺なら、三日と生きられないだろう。

「だが、閉鎖的なこの世界で、言葉もロクに喋れねぇ流れ者がよ、腕っ節一本で喰っていくなら最高の場所でもあったワケだ」

　なるほどな、そう言う考え方もあるか。

「では、この坑道も知っていますか？」

「いんや、俺は泥炭掘りをやったぐらいで魔石は掘ってねぇ」

「役立たずではないですか」

　今までの流れ、何だったんだよ……

「だがよ、解る事もあるぜ？　俺だったらスールーンの洞穴には、頼まれたって入らねぇ」

「それはそうでしょう……」

　こんなグズグズの土地のしょぼい洞窟。俺が入ったら即座に生き埋めになるに違いない。

「ソレだけじゃねぇよ。泥炭は爆発するわ、魔獣は出るわで人間が居られる場所じゃねぇ。しかも掘ってるのが軍需品の魔石とくれば、働いてるのは犯罪奴隷ばかりになる。ソレでも人出が足んなくて、騎士団が奴隷狩りみたいに変わっちまったんだけどな」

「益々、地獄ではないですか……」

「だからまぁ、坑道の閉鎖は地元にとって悪い事ばかりじゃねーのよ、騎士団も討伐されたしな」

「……この世の地獄ですね」

　騎士団が討伐されるって言葉の響きがエグい。

　泥炭や魔獣以上に、人間が作り出す地獄にウンザリする。帝国のお偉いさんは地獄を作り出すスペシャリストかよ。じっくり炭火で焼いてやりたいね。

　物騒な笑みを浮かべる俺の頭を田中がペチリと叩いた。

「つーワケで、オマエが乗り込むってんなら、俺は全力で止めるぜ？」

「勿論、私だって単身乗り込もうとは思っていません」

「なら良いけどよ」

　……コイツ、信じてないな。今にも首根っこを掴まれそうだ。

　だが、俺だって今の話を聞いて突っ込んで行くワケないだろ？

　可愛さってのは、こう言う時の為にあるのだ。俺はよそ行きの笑顔で田中を見つめた。

「では、代わりに探索してくれるのですね？」

「俺の話聞いてた？　行く訳ねぇだろ！」

　今までの流れ、何だったんだよ……

　いや、行かない流れだったかも？　でも、このまま手をこまねいてるのもマズイ。足止めの策なら、既にかなり時間を無駄にしている。

　焦っていると、ドヤ顔の田中が親指で背後の木村を指差す。

「忘れてやしないか？　こう言う時の知恵袋が居るじゃねぇか！　木村サンよぉ！　そろそろ聞かせちゃくれねぇか？　このダンジョンの攻略方法をよ」

「なんもねぇよ！」

「無いの？」

「無いね……」

「てへっ！」

　てへっじゃねぇよ！

　田中みたいな大男が可愛こぶっても、ひたすら痛々しいだけ。全く誤魔化せてないぞ。

　二人はどうにも緊張感なく、いつもの漫才を繰り広げている。

「用意する時間なんて、ドコにも無かっただろ、マジ」

「そこを何とか」

「狸ロボットじゃないからね？　ムリのムリムリかたつむり」

「えー！」

「えー！　って言われても」

　じゃれ合う二人にイラつきながら、俺は覚悟を決めた。

　カッっと目を見開き……気合い一発！

　……そこで、何故か俺は田中に首根っこを掴まれた。

「……行くなよ？」

　……いや、行かんて。

　だって、今の俺には心強い味方がいるのだから。

　俺は田中の手をペチリと払いのけるや、拡声の魔法を使い、背後に問う。

「皆さん！　ココが決戦の地！　魔女を討つために。

　――いいえ、ただ私の為だけに！　死地へと飛び込んでくれますか？」

　今の俺は魔力値が千を超える。そんな俺の精一杯の拡声の魔法は、地平線まで届きそうな大音量。

　だが、そんな魔法の声も、さらに大きい咆哮に押し流される。

「「「オオオオオオオオオォォォォ！！！！」」」

　大地が揺れた。千を越す騎士の、力の限りの叫びが返る。

　少数精鋭と言ったな？　アレは嘘だ！

　ぶっちゃけ、なんか千人ぐらい付いて来た！　でも仕方が無いだろう？

　「馬を持ち、地獄まで共にする覚悟がある奴だけ」って条件なのに、馬持ちの騎士が全員がついて来ちゃったんだもん。

　馬を持たないヤツだって、輜重隊として後から付いてくると豪語してたから、これでも立派な少数精鋭なんだよ。

「こりゃ、スゲェ」

　田中がゲラゲラと笑う。

「こんな人数でお邪魔して、ご迷惑じゃないかな？」

　木村のジョークはセンスが無い。

　……じゃあ、千人でのダンジョンアタック、始めるか。

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

　千人でのダンジョンアタック。その中で、魔法が使える俺だけの役割とは？

　俺は洞穴、と言うか古井戸の前で魔法を発動する。

　たちまちビューッと音がして、勢い良く突風が井戸の中に吹き込んでいく。

『地味過ぎない？』

　風を吹かすだけ。どう見ても主役がやる事では無い。

　こうやって風を送り込めば、酸欠とか毒にやられる可能性が減るとかなんとか。

「泥炭があるから発火や爆発は怖いけどね、毒や酸欠と違って防ぎようもないから魔女も罠としては使いづらいと思うんだ」

　とは木村の弁だ。

　そんで、その木村はと言うと、井戸の底でひたすら糸を引っ張っている。糸の先っぽには坑道に飛び込んだ兵達が居るハズだ。

　そう、ミノタウロス以来伝統のダンジョン攻略方法。毛糸を持たせての突撃である。

　五人一組で、毛糸を持って出発。定期的に引っ張って、反応を返してもらう。

　苦肉の策であり、ドコまでもゴリ押しだ。

「あ、戦闘になった。田中、行けっ！」

　そして、強く引っ張られた時は魔獣と戦闘になった証。そこで、コチラの最大戦力である、黒ずくめのオッサンが出撃する完璧な戦略だ。

「えー危ないし、嫌だよ」

「行けって、ヤバいから」

「いっそオマエが行こうぜ？」

「いや、俺は糸を見てるから」

「じゃあ俺が糸持ちますよ、木村先生」

「ダメダメ、これは微妙な操作が必要なんだって」

　オッサン同士の醜い押し付け合いが始まった。

　ちなみに、この二人にオッサンと言うと、どちらも死ぬ程嫌がる。

　十四歳のピチピチ少女から見たら、三十の男なんてオッサンで良いだろうに。

　この際、中身は同い歳である事は問わない事とする。

　それどころか、記憶の中の年齢を全部合計すればこちとら立派なおばあちゃんだしな。

　ソレはソレで、子供扱いしてやれば、コイツらどんな反応するかな……

「何を笑っているのです？　アナタの為に皆が命懸けで戦っているのですよ」

　と、そんな事を考えていたら、シノニムさんに怒られた。

　なんと、彼女は上司であるオーズド伯ではなく、心配して俺に付いて来てくれたのだ。

　有難いような……ちょっとおかん的な面倒さもあるような……。勉強してない言い訳みたいに反発しちゃうぞ！

「そう言われても、乗り込んで行くと言えば、シノニム。アナタは止めるでしょう？」

「勿論です」

「では、ココで微笑みながら待つしか無いではないでしょうか？」

「……せめて、もっと真面目に出来ませんか？」

　そう言って、井戸の下でじゃれ合う二人を覗き込むが……苦情は当人に直接言って欲しい。田中はマジで狭い所が苦手なのか、全然洞窟に入ろうとしないし。

「どうやら、やっつけたみたいだぜ」

　それどころか、戻って来た先遣隊を自慢げに指差す。彼らはネズミの魔獣を引き摺って来た。

　潜ってるのは腕自慢の騎士ばかり、狭い坑道とは言え小さい魔獣相手なら余裕みたいだ。

　ソレを見て、木村は田中を睨む。

「アレ？　お前、要らなくない？」

「要らないならソレに越した事ねーだろ？　他の奴らにも出番をやらねーとな」

「良く言うぜ」

　そんなこんなで、次々と魔獣の死体が井戸の上へと引き上げられて、山の様に積み上がっていく。

　……俺、何もしてないけどこんなんで良いのかな？

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

　結局、その日は魔女、もとい黒峰を見つけられず、外でキャンプをする事になった。

　幸い、掘れば泥炭が採れる土地だ。しかも今は乾季、渇いた泥炭に火を付ければ明かりには困らない。

　たき火が煌々と輝き、山と積み上がった魔獣の死骸が浮かび上がる。そしてソレをサカナに武勇伝で盛り上がる兵士達の笑い声。

　そんな中で、兵士達の証言を集め、メモを取る木村の姿。どうやら糸の長さと併せて地図を作ろうとしているらしい。

　俺は制作中の地図を覗き込む。……随分と複雑だ。

「中は想像以上に広いようですね」

「ええ、それに、深く潜るとネズミより強い魔獣が出ました」

「まるでダンジョンではないですか」

　なんだそのゲーム的なファンタジー空間は。

「アレです、大きいでしょう？」

　真面目モードの木村が指し示すのは、ネズミの魔獣に混じった猫型魔獣だった。

　大森林には四つ目の虎みたいな魔獣が居るのだが、形はソレに近い。

　但し、目はひとつだけ。その代わり極めて大きい。

　坑道内で、ヒカリ苔の僅かな光を最大限に生かすため、大きな眼を獲得したのだろう。餌は言うまでも無く、デカいネズミだ。

「つまり、人間が坑道を掘る前から、生態系があったと言う事ですね？」

　だとしたら、穴はどこまで深いか想像がつかない。

「その通りです。そしてネズミはともかく、猫の方は普通の騎士では歯が立ちません」

　じゃあ誰が？　俺が木村に目で問うと、田中がふらりと現れて、ニヤニヤしながら頭をポンポンと叩いてくる。

　お前かよ！　イラつく笑顔するじゃん、オイ！

「気安く触らないで頂けますか？」

　ムカつく。血が沸騰して顔が赤く染まるのを自覚する。

　撫でポならぬ、撫でポッポーである。しかし、魔獣を倒したのは田中ではなかった。

「姫様よぉ、褒めてやってくれよ。このデカ猫。やったのはコイツよ」

　そう言って、グイグイとマーロゥ君を推してイチャイチャしてるんだが……何なの？

「止めて下さいよアニキ、こんなザコ、アニキが今まで倒した魔獣に比べれば……」

「いやいや、このタイプと狭い場所でやり合うのが難しいのは良く知ってるぜ、やるようになったじゃネーか」

「そう言って貰えると。オレ、嬉しいッス」

「稽古つけた俺も、鼻が高いぜ」

　……ビュービュー先輩風吹かすじゃん。でも確かに、暗い中、この手の魔獣とやり合える戦力は貴重だ。田中よりよっぽど使える。

「マーロゥ、頑張りましたね」

「あ、ありがとうございます！　勿体ないお言葉です！」

　ふむふむ、確かにスレたオッサン二人と違って素直で可愛いね。この前、全く役に立たなかったのは忘れてやるか。

　……ん、マーロゥが活躍したと言う事は？

「マーロゥ、坑道の中、魔力は濃いのですか？」

「ハイ！　お陰で絶好調。中で寝たいぐらいです」

　……だとすると、何日もダンジョンに籠もるのは難しいな。ゾンビ化したら目も当てられない。

　とか、考えてると。田中は尚もマーロゥをグイグイと推していた。

「いやーココまで成長しているとは、君こそエルフのリーダーに相応しい」

「待って下さいよ、俺なんて！」

「いや、大森林を任せられるのは君しか居ない！　お前ならユマ姫だって幸せに出来る！　間違い無い！」

　……コイツ！　俺をマーロゥに押し付けようとしているッッ！！

　マーロゥも当然だがまんざらでもなく、顔を真っ赤に照れている。

「なっ！　なんて事言うんですか！　魔獣退治なら、俺よりもアニキの方が！」

「いやいや、遠慮する事は無いよ。うん」

　遠慮するな、じゃねーよ！　そんな決定権一切無いだろうが！　お前が遠慮しろ！

　こちとら美少女だよ？　腫れ物みたいに扱いやがって！　コイツに口説かれるのも死ぬ程嫌だが、かといって迷惑物件みたいに扱われるのは許せない。

　ビキビキと額に浮かぶ血管を必死に抑え。脳内で可愛い動きをシミュレーション。

　俺は思わず、と言った感じで、田中のジャケットの裾に手を伸ばす。

「あなたは……」

　俺はしかとジャケットの端を掴み、上目遣いの潤んだ瞳で田中を見つめる。

　田中がギョッとしてコチラを見ると、俺は、泣きそうな顔で尋ねる。

「あなたは、私を、幸せにはしてくれないのですか？」

　突然に喧噪が途絶え、不思議と辺りは静まり返った。

　なるほど、やっちまったな。

　なんで皆してこのタイミングでコッチを注目してるのか。

　田中は、え？　って顔で絶句してるし、マーロゥは寂しそうな、それでいてサッパリした顔で頷いていた。

　いやーーーー、こうもマジに取られると参るね。

「わ、私は、皆で幸せになりたいのです！」

　必死でフォローするが、なんか空振った感じになってる。照れ隠しと思われてしまったみたいだ。

　微笑ましいモノを見る目で見つめる熟練兵のオジサマや、田中に嫉妬の目を向ける若い騎士など、反応は様々。

「あ、ウチの商会でコンドーム作ったんで、ご祝儀代わりに渡しておきますね」

　取り敢えず、木村は殴った。