死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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新年おめでとうございます

(いまさら……)


発見、そして突入

 次の日も魔法で古井戸に風を送り込む単純作業が続いた。

 

 突入組も慣れてきたのか、ネズミや化け猫の死体がうずたかく積み上がっていく。かなりのペースで中の制圧は進んでいるようだ。

 それもそのはず、濃厚な魔力漂う坑道内に、今も三百人以上の兵士が乗り込んでいる。

 かつて軍を引き連れ古代遺跡に向かった俺達だが、結局、僅かな精鋭しか遺跡の中に立ち入れなかった。

 それはピルタ山脈周辺にも濃厚な魔力が漂い、遺跡にたどり着いた際には既に軍が疲弊していたからだ。

 今回は井戸の外なら魔力が薄い。十分に元気なら健康値が地下の濃厚な魔力から体を守ってくれるのだ。その為に三百人が三交代、バックアップが百人で、総勢千人のゴリ押しの攻略が進んでいた。

 そうでなくても薄暗い地下で、ドコから攻撃されるか解らない恐怖は精神をすり減らす。魔力の事を抜きにしても、交代制は理に適っていた。

 

 しかし、そんな地獄で却ってイキイキとする者が居た。

 

「見て下さい! また一匹、一目大猫(モルガンザルデン)を殺りました」

 

 そう言って、井戸の奥から煤にまみれた顔を覗かせたのはマーロゥ君だ。

 頑張ってる男の子は褒めるに限る。俺はお姫様らしく労った。

 

「やりましたね。でも、無茶はダメですよ」

「当然です。自分の限界を知らない程、子供じゃないですよ」

 

 そう言いながらも、屈託ない笑顔は子供そのもの。

 良く考えればコイツもまだ十代。今まで何だかんだ無理をしていたのだろう。吹っ切れた様子は、良い意味で力みが抜けている。

 ユマ姫にとっちゃ年上の男の子なんだが、ソレでも可愛いと思ってしまうのは俺の精神年齢が田中や木村と同い年だからだろうか?

 いや、このマーロゥ君の笑顔は誰が見たって可愛いと思うはずだ。

 その吹っ切れた原因が、俺の田中への思いを勘違いした事にあるのだけは頂けないが……

 まぁ、良いか。

 どうせ、もうすぐ、全ては終わる。

 俺の『偶然』は間違い無く、魔女や帝国を道連れに、全てを殺すだろう。

 一番の目当てはもうすぐだ、やっと殺せる。

 

 確かな予感が嬉しくて、鼻歌が出そうな程にゴキゲンだった。

 

「あ、う……」

 

 すると、途端にマーロゥ君が狼狽えた。

 

「どうしました?」

「あの、その……あんまり姫様がお綺麗で」

「まぁ!」

 

 言うじゃないか。

 しかし、お世辞ではないだろう。自分でもキラキラ輝く笑顔を自覚するほど。

 俺はジッと井戸の底、その更に奥で待つ、女の姿を夢想する。

 ああ、魔女よ! お前だけは、この手で、引き裂いてやるからな。

 

 そうやって笑顔を振りまいていると、待機中の騎士達がガヤガヤと騒ぎ出した。

 

「何事です?」

 

 七百人も居るから相当に騒がしい。皆が指差す方を見ると、煤が舞う地獄の中をラクダの一群が駆けてくる。

 あー……見覚えあるわ。

 

「リヨンさん! 来てしまったのですね」

 

 ソレを見つめて。ちょっと困った感じで微笑んだ。正直、リアクションに困るのだ。

 

 いや、ゾンビまみれのクーリオンでは大助かりだったよ?

 でも、プラヴァスの王子サマ的存在の彼が、コッチの戦争に長く首を突っ込むのはどうなんだ?

 政治的にも微妙な時期だ。クーデターの原因を取らされそうだったリヨンさんを太守として推しまくって、王国から予算も割いたのに、またクーデターでひっくり返ったら凄く困る。

 

 ラクダが俺の目の前に止まる。リヨンさんの白いラクダは泥炭で薄汚れていた。

 

「恥ずかしながら、遅れ馳せ参じました」

 

 ラクダを飛び降りる姿にも、疲れが見える。

 ラクダは帝国の気候にあわず、馬と比べると足並みが遅れる。

 それに、クーリオンに駆けつけたのだって、既に強行軍だったのだ。スールーンには来ないと思っていたが、少数だけ連れ立って来てしまった。ボロボロの姿で。

 

「ここは敵中。危険です。プラヴァスはどうするおつもりですか!」

「ですが、魔女はプラヴァスにとっても仇敵。その最期を見届ける義務があります」

 

 前もそんな事言ってたが借りはクーリオンで返したと言えるのでプラヴァスのメンツは立つし、王国や木村に技術供与をたかるにしても、先の一戦の功績でお釣りが来る。

 なにより王国の正規軍としては、既に解散しているのだ。ココまで付いて来る義理は無い。

 

 他に何か狙いが有るとみた。

 

「本当に、それだけですか?」

 

 そう言ってジッと見つめると、リヨンさんはたじろいだ。

 

「いえ、ユマ姫様の美しいお姿を、少しでも見ていたいと言う浅ましさが故の進軍です」

「もう……」

 

 俺は頬を膨らませて怒ってみせる。流石に本心は明かしてくれないらしい。茶化されてしまった。

 俺も俺とで、からかわれた女の子としては、こう言うリアクションが可愛いかな? と、ぶりっこして、リヨンさんの出方を窺ったつもりだったのだが……。

 

「…………」

 

 澄み切った真剣な目で見つめてくるんだが?

 ……この目はガチのマジだ。本当に俺と居るために来ちゃった感じだ。

 

 正直、扱いに困る。

 足手まといになっても困るが、下手に活躍されるともっと困る。

 大して報酬も出せないし、報いる手段がない。

 

 ……いや、ある。

 リヨンさんはドM。この前開発された? バニー姿のハイヒールでグリグリと踏みつける技に加え、最近扱いに慣れてきた籐の鞭でペシリペシリと打ってやれば大満足に違いない。

 

 ……いや、しかしマズいだろ。王子を踏みつけて、鞭で打ったら。

 

 よしんば、リヨンさんが良くても俺が良くない。

 コレでも何だかんだ十年以上は女の子なんだ。前にリヨンさんをベルトでペシペシ叩いた時ですら、変な扉が開きかけた。

 それを軍のただ中で、バニー姿でやるなんて、TNTで性癖の扉を爆破するようなモノ。

 女の子なら誰だって正気でいられないだろう。

 ってか、俺も俺もと皆が名乗り出て、変な儀式に発展する可能性が極めて高い。

 

 ただでさえ、最近変態が板に付いてるからな、これ以上はマズイ。

 

「私は、王国とエルフの同盟を支える人質です。どんなに想われても、応える事は出来ません」

「いえ、私はただ、アナタのお姿を目に焼き付ける。それだけで幸せなのです」

 

 真剣な目でコチラを見つめるリヨンさんは大マジだし、後ろでウンウンと騎士達も頷いている。

 我ながら罪作りな女だが、リヨンさんの端整な顔も中々に罪作り。

 プラヴァスでは旅行先補正かと想ったが、ここでもリヨンさんはカッコイイ。ゆったりした長衣ではなく、革鎧を着ているので、しなやかな体躯が見て取れる。

 

「足手まといにはならないつもりです。我々が遅れるなら、今回の様に置き去りにされても構いません。プラヴァスの精鋭を連れてきました。腕っ節では負けません」

 

 いや腕っ節って……。もうそんなに荒っぽい事もないと思ってるんだけど。

 どうやってお帰り願おうか考えていると、軽薄な男がどや顔で話し掛けて来た。

 

「姫様、コイツ等やりますよ。俺が保証します」

「グリード殿!」

 

 いや、お前誰だよ……『参照権』! あ、俺の親衛隊の副長らしいです。輜重隊の護衛として残ったハズが、リヨンさんの道案内に回ったようだ。

 お調子者のグリードだが、腕は良いと聞いている。きっと二人になんかあったんだろうな、お前なんかが姫様について行ってなんとする! 私はそれでも姫の助けに! みたいなやりとりが。

 で、なんか男の友情とか芽生えちゃって、俺の事そっちのけで盛り上がったに違いない。

 今では手に入らない類の友情に羨ましいやら、寂しい感じもする。

 

 いや? 俺と木村、田中にはまだあるかな? あるよな? 大分歪んで来た気もするが。

 

 俺がリヨンさんの対処に困っていると、更に面倒な奴が出て来てしまう。

 

「またお前か! 姫様を惑わす間男が!」

「マーロゥ! なんて事言うのです!」

 

 君、プラヴァスの王子に凄い事言うね。いや、正直惑ってましたが。

 

「今の姫様は大切な身、危険な輩をそばには……」

「私が誘惑されたとしても、悪いのは私でしょう? リヨンさんに失礼な事を言わないで下さい!」

「もしも誘惑されて頂けるなら光栄です」

「このっ! 痴れ者が!」

 

 ……リヨンさんもマーロゥには妙に煽るね。ホントは仲良しなんじゃないか?

 

 そんなこんなで、ワイワイとしながら一日が過ぎていった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その夜には輜重隊も合流を果たし、当面は物資の心配もなくなった。

 さぁ、何日だって籠もってやるぞと覚悟を決めた次の日、待望の報告があった。

 

「魔女を発見しました」

「本当ですか?」

 

 俺は椅子を蹴飛ばし立ち上がる。また変な罠でも仕掛けて、遠くで様子を窺っている事すら覚悟していたからだ。

 

「間違いありません。この目で確認しました」

 

 報告はゼクトールさん。魔女を見た事もあるだけに、間違い無いだろう。

 だとすると? なぜ引っ立てて来ないのか?

 

「奴め、大量の火薬を埋めていて、合図一つで一帯を爆破すると言っています。どうしてもユマ姫や木村様、田中殿と会話がしたいと」

「……まさか、それを信じたのですか?」

「嘘だとしても、自害の可能性は十分にあると判断しました」

「なるほど……」

 

 それほどに、黒峰さんだって追い詰められていると。俺はなにより自らの手での仇討ちに執着していた。だからこそ、判断を仰ぎに来たか。

 しかし、どうだろう? あまり深い付き合いはなかったが、黒峰さんは世界を滅ぼす核のボタンを持ったとしても、自分から遠いところで爆発させるタイプに思う。

 たとえ、結局は一人、核で滅びた世界で寂しく死んでいくとしても。

 

 だとすれば火薬と言うのはフェイクでは? まして魔女は焼け死んだ俺が復活したのを知っている。爆発に巻き込んで、心中する気になるだろうか?

 しかし、木村の見立ては違うようだ。

 

「奴らは窒素化合物を大量に作れます。そしてココには泥炭が大量に、更には坑道が地下深くになるごとに、徐々に地下の温度が上がっています」

「それが?」

「火山性ガスで硫黄が採れるなら、火薬に必要なモノは揃うのです。地脈に泥炭と窒素化合物を混ぜ込んで、辺り一面を破壊する可能性は十分ある。そうだとすれば、ココに立て籠もった理由にもなるでしょう」

 

 積み上げた罠も、自慢の軍隊も打ち破られて、魔女が自棄になって周囲を巻き込み自爆しようとしている? そんなタマかね?

 

「とにかく、私が行けば良いのでしょう?」

「馬鹿な! 聞いていましたか? 危険です!」

 

 ……ゼクトールさんにまで馬鹿って言われるとクルものがあるね。

 

「しかし、埒が明かないのでしょう?」

「私は、突入の許可と、姫様の退避を提案したつもりですが?」

 

 そうか、聞いてなかった。聞く気もないしな。

 

「なりません」

「何故です!」

 

 ゼクトールさんは本気で怒っている。

 しかし、魔女を殺す絶好の機会だ。アイツは俺の『偶然』に巻き込まない限り絶対に殺せない。

 そんな気がする。

 そして魔女はきっと、俺が来ようが来まいが、どっちでも良いのだ。

 会って嫌味の一つでも言いたいだけで、来ないなら来ないで、それでも俺を殺す算段を立てているだろう。

 ならば、行った方が面白い。訳も解らず死ぬよりはずっと良い。

 

「魔女は強敵です。私より、不測の事態に対応可能な者は居ますか?」

「無論です、親衛隊は様々な訓練を重ねています」

「……言い換えましょう。私より、()()()は居ますか?」

「それは……」

 

 居ないんだよ! この世界で、唯一、好きに魔法を使える俺よりも、強い奴なんて。

 相手が田中だって、俺が魔法で高速移動しながら魔法の矢を放てば、一方的に殺せる。

 

「しかし、霧の悪魔(ギュルドス)は? アレで魔法を封じられれば……」

「その時は、敵だって魔道具を使えません。我々の勝利は揺るがないでしょう」

「そもそも、そんなリスクを冒す必要がありません」

 

 喧々諤々の議論になったが、結局は折れて貰った。

 日が昇れば、魔女との対面が始まる。

 いや、決戦と言うべきか。少なくとも、俺はすんなり事が運ぶとは思っていない。

 いつもアイツは安全圏から一方的に攻撃してきた。今回ばかりは、一緒に踊って貰うぞ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 明朝、俺達は井戸の前に集合していた。

 

「結局、俺達でカタを付けてぇって気持ちはあるよな。知らねぇ仲でもないし」

 

 あんなに遺跡に入りたがらなかった田中も、流石にやる気だ。抜き放ち、刀身の確認に余念が無い。

 

「いや、行きたくないけどね。でもまぁコレが今生の別れになるなら、そりゃ行くよ」

 

 木村も覚悟を決めたようだ。

 

「僕も行きますよ」

 

 そりゃ、マーロゥ君は俺の護衛だしね。

 

 他にはゼクトールさんなど、親衛隊の面々から数名を選抜し、魔女との面会に同行させる。

 残念ながらリヨンさんはお留守番だ。流石に危険過ぎるし、突然やってきて特別扱いは難しい。

 

 じゃあ、千人からなる他の騎士はお留守番かと言うと、違う。

 魔女が待つ広めの洞穴。そに入るのは数名として、そこまでの通路にズラリと三百人。待機してもらう。

 「あんまり大人数で詰めかけないでね、話し合いにならないから」とは魔女のセリフと言うが、ならば魔女の部屋までは何人でお邪魔しても良いって事だろう。

 現実的に、ゼクトールさんや他の騎士を説得する最低ラインだった。

 三百人の騎士達が朝一で古井戸に入り込み、魔女が待つ洞穴までの道を固めている。俺達は、安全な道を堂々と降りていくだけ。

 ココまでやられて、魔女はどうやって逆転するつもりなのか? もはや楽しみですらあった。

 俺は笑顔で皆に問いかける。

 

「準備は良いですね?」

 

 笑顔の俺に、皆がコクリと頷く。マーロゥは見惚れているし、待機に回った兵士達なんて俺の姿に陶然としている。

 

 今日の俺は、白い軍服っぽいジャケットに、ミニスカートと言う出で立ちだ。

 軍服には所々紫のリボンと黒いラインがあざとくあしらわれていて、言うまでも無く木村の趣味。

 今日の俺は魔力を大量に摂取したので、髪はド派手にローズピンクに染まっている。鏡で見たけど、衣装もあってコスプレっぽさが凄い。本格的な中世ファンタジー世界にアニメキャラが居るみたいな違和感だった。

 

 だが、何も趣味だけの装備じゃない。下半身は動きやすいミニスカートに厚手の白いタイツで防御力も十分。コルセットドレスは固い革でお腹をカバーしているし、ジャケットは例の蜘蛛の糸で織られていて、銃弾も通さない。胸元を飾る糞デカリボンだってお洒落の為ではなく、練り込んだ魔石で霧の悪魔(ギュルドス)の霧を中和するものだ。

 

 アニメっぽいけど、可愛さと実用性の両立に気を使った素晴らしい装備だ。だが、そこにちょい足しされたメイド喫茶みたいなフリフリエプロンが全てを台無しにしていた

 加工しにくい魔導衣をどうにかしたモノらしいのだが。軍服にミニスカートってだけでリアリティが限界を迎えていた所に、メイドさん要素でトドメを刺したみたいな。やけくそな節操の無さが、レア度を上げるために足せるだけ足してみたソシャゲヒロインっぽい胡散臭さを醸し出す。

 

 いや、嫌いではないのだが。なんて言うか、もはや本格ファンタジーの風格は一切無い。

 まぁ命には代えられない。それに魔導衣は田中の戦いの成果でもある訳だし。

 

「では、行きましょう」

 

 そうして俺は、古井戸に飛び込んだ。


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