死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
そこは幸せな場所だった。温かく、優しい光に満ちていた。それに何より、セレナが居た。
「セレナ、そんなに走らないで」
俺は、いつもの様に走るセレナを追いかけた。
俺は病弱だから、妹の後ろを歩く。コレもいつもの事。距離を離されそうになるけれど、呼び止めればセレナは絶対に待ってくれる。
だけど、今日はいつもと違った。
「ダメだよおねーちゃん、コッチに来ないで!」
「なんで? セレナどうして?」
セレナに拒絶された。それが、とても、とても、悲しかった。
「えへへ、あのね、お姉ちゃんにはやって欲しい事があるんだ……」
「なに? 私、セレナに何をしてあげれば良いの?」
「それはね――」
その時、世界が暗転する。
打って変わって、目の前には赤い世界が広がっていた。
それに熱い。汗ばむほどに。ここはドコ? 私は廃村に入り込んで……それから……
ぼんやりとした思考は焦げ臭い匂いに中断される。
燃えてる! 熱い! 火だ! 暖炉の火が燃え移っている!
そう言えば暖炉の火は付けたまま、辺りに散らばる木くずに張り込む隙間風。そしてボロボロのカーテン。
火事が起こる条件は揃い過ぎていた。
でも、それで良い。セレナと二人で行けるなら、それで。
冷たくなったセレナの手を握ると、俺はそっと目を瞑った。疲れ切った俺の体は、まだまだ睡眠を求めていたから。
ああ、これで、寝られる。ゆっくりと……
だけど、俺の体は突然抱え上げられた。あっという間に部屋の出口まで運び出される。
「セ、セレナ? セレナ―」
「駄目じゃ! 行ってはならん」
部屋で寝たままのセレナへと俺は必死で手を伸ばす。だけど、担がれた俺は、そのまま部屋の外へと連れ出される。
なんで? 誰? 私は! セレナと!
「離して! セレナが、セレナが」
「無駄じゃ、もう死んでおる」
「そんな、そんな……」
そんな事は! 誰より知ってる! だけど、だけど……私は!
俺を抱きかかえるのは誰? なんで今更! セレナが死んだ後で!!
「ハァハァ」
俺を担ぐ誰かが頼り無い足取りで階段を駆け下り、ドアを蹴破ると家の外に、一転、冬の寒々しい風が頬を撫でた。
「なんで……」
まだ、中に……セレナが居るのに!
「どうして! どうして!」
目の前には轟々と燃えさかる家、夜空には煌々と輝く大きな満月。炎の明かりもあって、辺りは夜だと言うのに不自然なまでに明るかった。
地面に降ろされた俺は、現実感の伴わない光景を受け止められない。
「セレナぁ……セレナーーーーー」
手の平に残るセレナの秘宝を抱きしめ。俺はただ、泣きじゃくる事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何があったんじゃ?」
尋ねるのは俺を部屋から助け出した爺さんだった。
名はファーモス。廃村となった村の外れで炭焼きをしていた所、火の明かりに仰天して目が覚めたらしい。
……いっそ、あのまま見殺しにしてくれれば。
そんな思いが止められない。
あの後、俺はまた、いつもの様に、アッサリと無様に気絶してしまった。
それで、朝、家があった場所に来てみれば、焼け落ちた跡の黒い炭しか残っていなかった。
これじゃあ、セレナの遺骨すら見つけられない!
「なんで、なんで!」
どうして、俺はこうなんだろう? なんで、何一つ出来ないのだろう?
死のう。そう思った。だけど、今の俺はナイフの一本も持っていない。
「どうじゃ? 一緒に来るか?」
話し掛けてくる爺さんの腰には不格好な鉈があった。
……これなら? ダメだ、こんなモノじゃ死ねないよ。
「なぁ、来ないか? ココに居ても危ないぞ」
エルフの国が滅びたと言うのに、何も知らない呑気な爺さんが憎かった。
だけど何より、何も出来ないで家族を、セレナを巻き込んでしまった自分が憎かった。
「……行きます」
「そうか! じゃあリアカーの後ろに乗ると良い、ワシはピラークの準備をしてくるからのぉ」
人里に行こう。それで、国が滅んだ事を伝えよう。
この老人みたいに、呑気な寝ぼけた奴らを怖がらせてやろう。
死ぬのはそれからだって十分だ。俺はその時そう思っていた。