死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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竜の記憶

 ずっと、ずっと、固い殻の中に閉じ込められていた。

 でも、嫌じゃなかった。お母さんが、そばに居てくれたから。

 

(これは……星獣の、神が言う所の龍子の記憶?)

 

 ……俺は混濁した意識の中で目を覚ます。

 俺は、『ユマ姫』で、『高橋敬一』だ。ハッキリと意識がある。

 

 『参照権』で記憶を取り込む時、現実と記憶の区別がつかなくなり、意識が朦朧としてしまう。

 でも、今回はハッキリと意識があった。その中で、夢のように星獣の記憶を眺めている。

 これは? そう言えば、神は言っていた。『魂の規格を無視して土地神の龍子として転生』と。だとしたら、きっと良い状況じゃない。

 全く違う生物の記憶が受け入れられず、意識が弾き飛ばされているんだ。

 

「ママァ!」

「ハイハイ、良い子ね」

 

 夢の中の俺が、トカゲみたいな手を殻へと叩きつける。

 殻の中の幼体は目すら開いて居ないのだが、光以外の何かが、周囲の景色を教えてくれた。

 

(まさか、魔力視!)

 

 思いがけず、侍女にして元公爵令嬢。狂気の殺し屋を思い出す。彼女は暗闇でも構わず動いていた、きっと同じ能力だ。

 ……彼女? 彼女は? 何故か、ぼんやりと記憶に靄が掛かっている。

 

(ああっ!)

 

 脳裏によぎったのは、俺の目を噛み潰すシャリアちゃんの恍惚とした表情。

 数々の思い出と同時、殺し合った記憶まで鮮烈に蘇り、身が竦む。

 

 そして、思い出したと言う事は、今の今まで忘れていたと言う事に他ならない。

 

(なんで? なんで俺は、こんな強烈な記憶を忘れていたんだ?)

 

 俺は、夢の中で抜け落ちた記憶に愕然とする。今までは夢で他人の記憶を吸収してきた、だけど今回は違う!

 

(ひょっとして、自分の記憶が逆に侵食されている?)

 

 夢心地だった世界が、急に恐ろしく、冷たい物になる。

 もっと、もっと思い出さないと! 巨大な生物の、大き過ぎる運命と記憶に、自分が塗り替えられてしまう。

 自分の記憶以外は嫌と言うほど思い出せるのに、自分の、ユマ姫として重ねた記憶だけがぼんやりと霞んでいた。自分の存在が喰われているのだ。

 

「ママ、どうして僕は出られないの?」

「ソレはね……」

 

 この会話は、殻越しに行われている。

 これもまた、音でなく、魔力の波長で会話が成立しているのだ。

 

「坊やがとっても可愛いから。ソコから出たら、すぐにでも攫われてしまうわ」

「ええっ! ぼくこわいよ」

 

 星獣は、生まれる前、殻の中で既に意識を持って会話すらも可能なようだ。そして、意識もあると言う事は、勿論、魂だって付与されている。だから生まれる前の、殻の中の記憶を参照出来るのだろう。

 

 意識の中の『坊や』は、人間の基準で言えば、既に立派な知識と自我が有るように思われた。

 

(コレでも、まだ殻の中から出られないのか?)

 

 ……普通の星獣が生後どのぐらいで生まれるのか、俺は知らない。だけど、母親の微妙な反応で何となく察する。

 きっと、『坊や』は極めて特殊なケースで、普通はもっと早く殻から生まれる事が出来るに違いない。

 『坊や』の母親は、そうやって恐ろしいナニかから『坊や』の存在を隠したのだ。

 

 そして、俺はこの瞬間、『ナニか』の声を聞く事になる。

 

<<<<違う! お前が、忌み子だからだ>>>>

 

 恐ろしい声がした。冷徹で、無慈悲な魔力の波長が、身を焦がした。

 

「ああっお許し下さい、○▼※様!」

 

 世界で一番強いと思っていた母親が、情けなく項垂れる。

 それが、『坊や』にはショックだった。

 

「ママ、どうしたの?」

「大丈夫よ、坊やはママが、絶対に守るから」

「ほんと? こわくない?」

「怖くないわ」

「よかった……」

 

 安心する『坊や』とは裏腹に、俺は恐ろしくて堪らなかった。

 

 何故か?

 

 『坊や』が、忌み子と断ぜられたからだ。

 最初は、それこそトカゲなりに、村の掟なんかがあり、子供の『坊や』を殺さなくてはならなくなったのだろうと単純に考えた。

 

 だが、それはあり得ない!

 

 確かに『偶然』を持つ俺は、忌み子と言うに相応しい存在だ。

 しかし、『坊や』が忌み子とやらに選ばれて殺される運命なら、神は初めから俺を『坊や』に転生などさせなかったに違いない。

 『坊や』は殻の中に閉じ込められて、まだ生まれても居ないのだ。何かヘマした訳では無いだろう。なのに、『坊や』は忌み子と断じられている。

 

 考えられる可能性は、ただ一つ。

 この声の主は、俺の『偶然』を知っているのだ。

 

 だが、あり得ない! 神も魂も、俺達と違うレベルで存在しているモノだ。

 何より魂を作った神ですら『偶然』の原因はお手上げ。魂はタダの記号に過ぎないのだから。

 それが一目見て、いや厳密には見る事もせずに、俺が異常だと、忌み子だと断じるならば、この声の主は神すらも超越している事になる。

 

「大丈夫、大丈夫だからね。でも、もっと静かなトコロに行きましょう?」

「うん、わかった!」

 

 そして、『坊や』と母親は、声から遠ざかるように、静かな所に逃げて行く。 

 

「ママ、寒いよ」

「ごめんね、我慢してね」

 

 引っ越した先は、寒かった。たまにボウボウと土を燃やしてくれるけど、それでも寒くて仕方なかった。

 

(コレは? きっと、さっきまでの場所はマグマの中。そりゃあ暖かいに決まっている)

 

 星の中心で魔力を食べてる連中だ。高熱高圧のマグマの中こそが、卵のふ化に最適だったに違いない。

 それが、こんな冷たい土の中では、生きていけるハズが無いのだ。

 

「ママ、ぼくさむいよ」

「ああ、ごめんなさい坊や、今温めるからね」

 

 魔力視の視界でも、俺には解る。ママは泥炭に火を付けている。

 ココはきっとスールーンだ。暖かなマグマの中に居られないなら、泥炭が豊富なこの土地に目を付けるのは悪くない。

 

「だめだよ、寒いよ」

「ああ坊や、しっかりして」

 

 しかし、マグマに比べれば、そんなモノじゃ全く足りない。

 凍える様な世界の中で、『坊や』の意識はゆっくりと閉じて、深い、深い眠りに落ちていく。

 この深過ぎる眠りの正体を、俺は知っている。

 死だ。『坊や』は死んだのだ。

 

 

 ……しかし、ソコで記憶は終わらない。

 

 『坊や』は生きていた。しかし世界は一変し、地上の景色が目の前に広がった。

 

「ママ、明るいよ」

「そうね、ここは外界だから、日が差しているの」

 

 しかも『坊や』はふ化していた。まだヌメリの残る表皮を日光の元に晒している。それも、地下よりもずっと寒いはずの地上で。

 

「お外は、怖いから駄目だって」

「今は大丈夫。大丈夫になったの」

 

(!! 俺は、ココを知っている!!)

 

 ココは、ピルタ山脈だ!

 

「ねぇ、ママ。僕が寝ている間に、何があったの?」

「ソレはね……」

 

 なんと、『坊や』が寝ている間に、数百年の月日が流れていた。

 その間に、大事件があって、魔力が地上まで溢れ出した。だから、星獣も地上まで出られるようになったんだとさ。

 

 ……魔力炉の事故だ。古代人の失敗が、星獣にすら影響を与えていた。

 それだけじゃない、タマゴの中で仮死状態になった『坊や』は、古代人に掘り返され、今の今まで囚われていたのだとか。

 

「あそこにある穴が、坊やが捕まっていた場所よ」

「ええっ! ほんとに?」

(嘘だろッ!?)

 

 示された大穴に、『坊や』とは別の意味で、俺は激しい衝撃を受けた。

 遺跡だ。ポーネリアが暮らしていた、あの遺跡。

 ポーネリアが絶望し、俺が落下して、田中が侵入した遺跡の大穴。開けたのは『ママ』だった!

 

(ぐぅ!)

 

 同時に、俺の脳裏に駆け巡る様々な記憶。ゼクトールさんの部下を食べた事に、ネルネの意外な活躍。マーロゥの意地。

 全部、忘れていた。やはり、俺の記憶は欠けている。

 

 そう言えば、ポーネリアが住んでいた遺跡は、全ての生き物を保存するノアの箱舟。捕まえた星獣のタマゴを保存していたとしても、不思議じゃない。

 そして、それに気が付いたママが俺を救出し、その後で俺がふ化したのだ。

 

 つまり、コレはポーネリアが死んだ後。

 でも、おかしいだろう? この通り、『坊や』は死んでいなかった。眠っていただけ。なのに、その間、俺の魂はポーネリアに宿っている。

 

 死んでも居ないのに、坊やの魂は天に還され、ポーネリアに埋め込まれた事になる。それどころか『坊や』が寝ていた時間は何百年分もありそうだった。オルティナ姫だって、『坊や』が寝ている間の『俺』だ。

 

「坊やはね、殻の中で半分死んでいたの」

「ええ? ぼく死んでたの?」

 

 ママの言葉にハッとする。

 そうか、仮死状態。魔力が薄く寒い土地の中で、『坊や』は凍えて仮死状態になったのだ。

 

(そうだ! 神は、魂がIPアドレスだと言っていた)

 

 だとしたら、感情が無く、無通信状態が続いた時に、魂が返還されたとしても不思議じゃない。

 現に、俺が焼け焦げて死んだ時、もう少しで魂が消えて運命の気配が消えるところだったと、田中は言っていた。

 仮死状態の『坊や』から魂が抜けて。蘇ると同時に再び同じ魂が宿ったのか。

 

 だとすれば、最長でも十六年で死ぬ俺の魂だが、仮死状態を挟むと『坊や』は数百年生きた事になる。

 上手くすれば、俺も長生き出来るのだろうか? いや、違うな。結局『坊や』は仮死する前と後、生きている間の合計で十六年間生きていない。魂の呪いからは逃げられないのだ。

 そう、『坊や』は間もなく死ぬ。

 

「ママ、寒いよ」

「まぁ、仕方無いわね」

 

 やはり『坊や』に地上は寒いのだ。ピルタ山脈は魔力が濃いが、それだって星の中心とは比べようも無い。だったら温かい場所の方がマシだ。

 

 結局、『坊や』たちはスールーンに帰ってきた。そして、ここで『坊や』は死ぬのだ。

 

「ママ、ココも魔力が濃くなったね」

「そうね、ここなら地脈に近いから、ずっと体に良いはずよ」

 

 十やそこらの年齢なんて、星獣にしてみれば首も据わらぬ赤子同然。ママは過保護に『坊や』を世話した。

 でも、そもそもがそんな赤ん坊を、凍える地上で育てようと言うのが無理があった。

 

「寒い、寒いよ……」

「ごめんね、ごめんね、坊や、我慢して」

 

 それでも、ママは『坊や』を地下深く、マグマが滾るマントルへと運ぼうとしなかった。

 そこらじゅうに穴を掘り、泥炭を燃やし、何とか寒さを凌ぐ日々。

 

 数百年の時を超え、それでもママは変わらず『ナニか』に怯えていた。

 

 でも、変わった物もある。たった数百年で魔力が満ちて、地表だって『坊や』にとってずっと住みやすくなった。

 だったら、もう一度冬眠すれば、世界はもっと良くなって『坊や』も生きられるのでは?

 そんな風に、ママは思ったのかも知れない。

 

「ごめんね、坊や、少しだけ、寝ていてくれる?」

「うん、わかった」

「ちょっと待っていてね、魔力とあったかいのをとってくるから」

「ありがとう、ママ」

 

 そして、ママが地下深くに潜った後、深く掘られた洞穴に、間が悪く奴らがやって来たのだ。

 

「コレは……化け物の子供か!」

「早く殺しましょう! このままでは帝都までどうなるか」

 

 ……『坊や』は理解出来なかっただろうが、これは人間の言葉。声の主は帝国の軍人だ。

 冬眠している坊やの目の前で、多くの軍人が剣を構える。

 

 ……そして、そこで『坊や』の記憶は途切れている。

 

 その後、何が起こったのか。王国中の書物を読み漁った俺は、なんとなく察しがついていた。

 

 時系列に纏めてみよう。

 

 オルティナ姫が非業の死を遂げた王都は、数年にわたって荒廃していた。

 

 追い打ちの様に、ポーネリアの遺跡から、凶化した魔獣が湧き出す。

 

 全ては、ポーネリアを凶化させるための実験体。凶化の成功で生き残ったポーネリアは、責任を果たすために凶化した魔獣を討つ旅に出る。

 

 そして、王子と恋に落ち、罠に嵌まり逃げ帰るも、星獣に荒らされた遺跡に絶望し、死ぬ。

 

 王都の人々は、不気味な吸血鬼が居なくなったと喜ぶが、彼女が危険な魔獣を退治していた事を知らず、有能な王子も死んで、無能な王族だけが残された。

 そんなありさまだから、当時のビルダールの王都は滅亡寸前に追い込まれた。

 帝国軍はその隙を見逃さず、王都の眼前まで迫っていた。

 

 それを追い返したのは、王子達が団結して呼び出した建国の神獣とされているが……勿論嘘だ。

 

 スールーンに向かった星獣を見て、帝国軍が慌てて引き返したに過ぎないだろう。

 そして、行軍の果てに星獣の子供を発見し、討伐する。してしまう。

 

 残念ながら、王国にはその時の正確な記録は無い。

 

 解っているのは、王都を包囲していた万も越す軍勢が、スールーンに帰るなりまとめて掻き消えたこと。

 一気に不況に陥った帝都に、恐怖と流言、伝染病が蔓延したこと。

 スールーンは、今もロクに草木も生えない呪われた土地になったこと。

 そして、スールーンには巨大なトカゲの伝承が、多く残されたこと。

 

 それ位だ、それぐらいだが……一体何が起こったか、想像するには十分だった。

 

「ママァ!」

 

 『坊や』の断末魔が、耳にこびり付いて離れない。

 

「ママァ……」

 

 違う!!

 これは……俺の声だ!

 俺の眼下で、銀髪の少女がわんわんと泣いている。アレは、俺だ。

 

 不思議な事に、俺は、俺の……ユマ姫の体を、俯瞰して眺めていた。

 まるで幽体離脱。意識を弾き飛ばされて、俯瞰して見る自分の姿は、まるで夢の続きに思われた。

 

「ママ、ぼく、ぼくだよ」

 

 だけどコレは夢じゃない!銀髪の少女が、薄暗い洞窟を、マグマ滾る大穴へ、ズルズルと歩いていく!

 

(マズイ!)

 

 コレは、現実だ! なのに、俺の意識が、俺の体に戻らない!

 俺は! 『坊や』に、乗っ取られた!

 

「お待ち下さい!」

 

 怪我をしたゼクトールさんが必死に俺の腕をとる。

 

「じゃまぁ!」

「なっ? ぐぅ!」

 

 しかし、振り払う。それだけで、田中に匹敵する王国随一の大男が無様に転がった。

 あり得ない! たとえ、肉体のリミッターを解除しても、コレほどの膂力は出ない。

 しかし、現実だ。コレは、夢じゃない。

 俺は『ママ』を求め、マグマの中に飛び込もうとしている!

 

「寝ぼけてんじゃねーよ!」

 

 駆け込んだ田中が、俺のジャケットの襟を引っ張り、動きを止めた。

 

「うあぁあぁあ、やだよ、ママァ」

 

 俺は暴れるが、田中は襟をガッチリ掴んで離さない。

 助かった! 俺はその景色を俯瞰で見て、ホッと胸をなでおろす。

 だが、その時、聞き覚えのある魔力の波動が、地中深くから湧き出したのだ。

 

『ああ、坊や、生きていたの!』

「……ママだ! ママが、生きてた!?」

 

 俺の中の『坊や』が歓喜する。しかし、馬鹿な! 数百年は昔の記憶だぞ?

 

 しかし、あり得る。星獣の寿命など、誰も知らない。それこそ、あのネズミの様に健康値も碌にないゾンビのような生物だとすれば、何年生きたとしても、不思議じゃない。

 

「あっ、うぇ……」

 

 そして、田中はその波動を受けるや、みっともなく狼狽し手を離してしまう。

 らしくない姿だが、無理もない。コイツも気配とかいう謎能力で、相手の運命が見えるのだ。

 

 きっと見えたに違いない。生物として格が違う『ママ』の気配を! 

 

 強敵である程、狂暴に笑うのが田中だが、今回の相手は殆ど自然災害。下手に感覚が鋭敏なだけに、その狼狽は激しかった。

 

「な、ななななんなの?」

 

 そして、それは、魔女を抑える殺戮令嬢も同じ事。

 

「ヒヒヒ、終わりよ! 世界が! 全部!」

 

 そして、何が楽しいのか狂った様に笑い続ける魔女。

 そんな中、俺は一歩一歩、マグマに向かって歩いて行く。

 

「クソッ!」

 

 正気に戻った田中が手を伸ばすが、遅い。

 地中からは、意志を纏った強烈な魔力が吹き付け、田中もシャリアちゃんも、転がったゼクトールさんだって、水中みたいに動きが鈍い。

 

「ママッ!」

 

 そして、ついに、俺はマグマに向かって身を投げた。

 俺はそれを俯瞰して見ながらも、体を通じ、熱気と、頬を打つ風を感じていた。

 夢では無い。最後にはあっけなく、足を滑らせる様に洞穴を落ちていく。

 これが、俺の死か……

 

「グェッ!」

 

 まだだ! 落下した俺の口から、お姫様らしからぬ、潰れた蛙みたいな声が出る。

 世界が暗転し、息が詰まる。くるしっ! 何これ?

 

 良く見れば、俺の首には細い金属が巻き付いて、飛び込んだ体を吊り上げていた。

 

「カッ! ハッ!」

 

 しかし、死ぬ! 死んじゃう! 誰だか知らないが、よりによって首に巻き付けるのはないだろう。

 本体の意識が飛べば、弾き出された俺の意識もぼやけてくる。なにせ、俺は別に幽霊になったわけでは無いのだ。

 

 ……コレはきっと、魔力視で感じた光景を俺の意識が俯瞰で見せているに過ぎないのだから。

 

「ガッ! グッ!」

 

 暗転する世界で、首が絞まる苦しみだけが、俺の体に叩き込まれる。

 

(やだぁぁぁ!)

 

 嫌がる坊や。苦しいのだから、当たり前だ。

 

「あぁぁ……」

 

 だけど俺にはこの苦しみが、不思議と安らぎを与えてくれた。

 

 俺は、以前にも、こんな風に、首を絞められた事があったから。

 

 暗闇に落ちた意識の中で、誰かの声が聞こえて来た。

 

「ねぇ、はやく、わたしを、殺して」

 

 俺の、声だ。混濁した意識の中、目の前には泣きながら俺の首を絞める男の姿。

 その男は結局、俺にトドメを刺してはくれなかったっけ。

 

「行くな! 帰ってきてくれ!」

 

 その泣き顔が、現実に重なる。冴えない男の顔面が間近に迫る。

 そうだ、木村だ! 巻き付いているのは自在金腕(ルー・デルオン)

 死の間際、ギリギリの所で首に巻き付いた魔法の腕が、マグマに飛び込む寸前の俺を一本釣りに吊り上げた。

 

 そして、首を絞められた苦しみで、俺は全てを思い出した。欠けていたパーツが揃い、俺の意識が体に溶ける。

 

「ハッ! フゥ……」

 

 呼吸が戻る。長い悪夢が、やっと終わった。

 

「やった、生き返った!」

 

 喜ぶ木村の顔は、妙に近い。

 まさかコイツ、意識を取り戻さない俺に人工呼吸をしようとしていた?

 ……まぁ、良いけどな。 しかし、重い! のし掛かるな!

 

「どいて、下さい」

「あ、え、ええ」

 

 何とか声を絞り出すと、人工呼吸のためだろう、木村は俺の胸に置いていた手を慌てて離して、狼狽えた。

 なんでお前が恥ずかしがってるんだよ、めんどくせぇ。

 

 内心で苦笑して、俺は夢の続きを口にした。

 

『ヘタレが!』


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