死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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騎士をドン・キホーテにする方法

「いや、やっぱナシだろ」

 

 野外にポツンと机を置いただけの作戦会議、地図を広げた木村が断言する。

 

「俺らが怪獣退治をしなきゃならない理由が無い。勝ち筋も無い。正義かどうかも疑わしい。オマエ馬鹿かよ」

 

 そこまで言われた田中は、スロットルを吹かし飛び出す寸前だった。恨みがましく振り返る。

 

「オメーに無くても、俺には義があンだよ、だからこうして一人で行くつッてるだろが!」

「あんなんに斬り掛かっても只の自殺。自己満足だろ? バイクでスールーンに先回りして避難勧告でもした方がよっぽど為になるって言ってんの!」

「そりゃそうだがよ、ここらは治安も悪いし魔獣も間引きされてねぇ。そんな所に大勢ほっぽり出したら、皆死ぬぜ?」

「あんな化け物が迫ってるのに、山賊や魔獣だって呑気に襲って来ねぇよ! さっさと行け!」

「そ、それもそうか……」

 

 田中はすごすごと再びバイクに跨がる。星獣退治を諦め、スールーンに避難勧告に向かうんだろう。

 やれやれ、やっぱり口の上手さでは木村が上手、まんまと言いくるめられている。

 俺は地図を叩いて木村を睨む。

 

「避難勧告なんてしないでも、あんなモノ、スールーンからも丸見えでしょう?」

 

 指差す先には、体高で五十メートルの怪獣。全長なら尻尾の分だけ更に長い。地下ではひょろ長い印象だったが、服代わりに泥を纏って、ずんぐりと大きくなって見える。つまり威圧感がハンパないのだ。あんな巨大生物、向かってきたら誰だって逃げるに決まってる。

 そう言うと、木村は肩を竦めた。

 

「『正常性バイアス』と言う言葉がありま――」

「この辺りは星獣に滅ぼされた伝承が残ってます、ぼんやり見ているとは思えません」

「しかし、避難を促すのは無駄とは――」

「その避難先が問題なのです! タナカさん、アナタはドコに民を避難させるつもりですか?」

「オイ? どう言うこった?」

 

 俺が机を叩くと、田中はバイクを降り、慌てて地図へと駆け戻った。

 

「そうか! ココから逃げるなら普通は帝都になっちまう!」

「誰だって、東に、いつ我々が襲ってくるか解らない戦場へと逃げようとは思わないでしょう? まだ停戦はしていないのですから」

 

 オーズドは停戦を望んで居たが、停戦出来そうなテムザンは、俺が先んじてぶっ殺したからな。

 それでも帝国には敗戦の報ぐらい届いているだろう? そう水を向けると、木村は渋々頷いた。

 

「帝国民は、いつ東から王国軍が大挙して現れるか戦々恐々としています。必然的にスールーンの民は北西、帝都に逃げ込むでしょうね」

「そして、それを、星獣が追いかける!」

 

 継いだ俺の言葉に、今度は周りの騎士達がザワついた。

 

「なんだと!」

「帝都にあの化け物が?」

「そんな! 嘘だろ!」

 

 動揺するのも無理はない。俺の色気にやられて……なのかどうかは知らんが、俺に付いて来てくれた千人の騎士は、王国より帝国騎士のが多いぐらいだ。王国の正騎士はオーズドと共に多くが帰ってしまったからな。

 木村としては不可抗力に見せかけて、星獣で帝都を潰したかったに違いない。ようやくその策謀に気付いた田中は、歯噛みし睨んだ。

 

「そんで俺に避難勧告を出させたかったってワケかよ……」

「…………」

 

 木村はドスを利かせた田中の声を無視して、ひたすら黙って俺を見ていた。口先で俺を説得しようと考えているみたいだが、俺も負けじと木村の目を睨む。

 木村の瞳に映った俺は、可愛らしいドレスを着ていた。坑道で着ていた軍服みたいなジャケットとスカートはすり切れて泥まみれ、ボロボロになってしまったからな。木村が差し出したドレスに何の疑問も抱かず袖を通した。

 いや、袖が無かった! 肩も背中も丸出しだ!

 なんだこのドレス! 首から吊り下げただけ、エプロンみたいな構造……ホルターネックって言うらしいが、なんと言うか、色々と酷い。

 レースをふんだんにあしらった純白の意匠は清楚さを感じさせるが、それでいて露出はエグい。肩や背中が丸出しなだけでなく、胸元やヘソ周りなんか透けてるし、ヒラヒラのミニスカートはちょっと動いただけでパンツが丸見えだろう。紫色で花の刺繍が入った白のガーターストッキングなんて、艶々の透け透けだから却ってエロくしているだけ。セットで付いてたロンググローブも、晒された二の腕や肩を強調して止まない。

 地球だったら華やかなパーティードレスとしてギリギリセーフかもだが、この世界では余裕でアウトだ。

 

 ココに来て木村がエロいドレスを着せて来たのは、趣味が半分、もう半分は俺を暴れさせたくないからだろう。こんな衣装で飛び回ったら、色々丸見えだからな。

 

 だけどさ、今さらそんな事で、俺が大人しくするワケないんだよ!

 

 机の上に土足で立って、ひらひらのスカートを見せびらかすみたいに、俺は広げた地図をブーツで踏みつけ宣言する。

 

「私は、星獣を討ちます!」

 

 一瞬の静寂。そして、驚愕と歓声が入り交じる。

 

「無茶だ! あんなの倒せるワケが無い」

「逃げましょう!」

「蛮勇です、再考を!」

「アレぞ神敵! 我らが討つべき!」

「頼む! 帝都には家族が居るんだ!」

「よくぞ! よくぞ!」

 

 王国兵と帝国兵で反応が真っ二つに分かれた。そして、もちろん木村は王国側だ。

 

「何故です? このままなら労せず帝都を落とせる! あんな化け物と戦う理由はドコにもない!」

「私は、祖国を帝国に焼かれました」

「だからこそ!」

「全ては霧の悪魔(ギュルドス)を用いた魔女の策略です。そして、今度は魔女が呼び出した星獣によって、帝都が滅ぼされようとしている」

「兵で攻め滅ぼすのも、星獣が滅ぼすのも同じでしょう!」

「違います!」

 

 断言する。俺はこの手で復讐し、馬鹿な真似をしたと、手を出しちゃいけないモノに手を出したと、帝国に後悔させる為にココまで戦って来たのだ。

 魔女が呼び出した星獣が全部ぶっ壊して、それでスッキリ終われるか! それじゃあ帝都まで魔女に体よく滅ぼされたってだけになる。

 よしんば魔女が帝都とその臣民を大切に思っていたならば、滅びる所を見るだけで溜飲が下がるかも知れない。だけど賭けても良いが、アイツは帝都なんてまるで大事に思っちゃいなかった。

 それどころか、恐らくは滅びれば良いとすら思っていたに違いない。そうじゃなければ帝国のど真ん中、こんな場所で星獣なんて呼び出さない。

 

 なにより、魔女はアッサリ死んだ。アッサリと死に過ぎた。俺はソコに不完全燃焼の思いがある。

 アイツは内心、もう星獣を呼び出したから十分と思ってたんじゃないか? 俺は魔女の事を、世界を滅ぼして、最後の一人になってもなお生き延びようとするタイプだと思っていたがそんなのは思い込みだ、そう思って居たかっただけとも言う。

 俺はアイツの事なんて、何一つ知らないのだから。

 そもそも、何としてでも生きたいヤツは、世界を滅ぼそうなんて考えないしな。きっとアイツだって今まで何度も死線を潜っていた。

 

 ……要らない事を考え過ぎたな、机の上に立ったままフゥーと息を吐く。

 

「魔女は死にました。しかし、アレを倒さぬ限り、その野望を打ち砕いた事にはなりません」

 

 星獣をビッと指差せば、オオッっと周囲が沸き立った。皆がやるぞと気炎を吐いている。

 良い感じに場の雰囲気に乗せる事に成功した感じ。

 

「手が! 何か、手があるんですか!? あのデカブツ相手に!」

 

 だけど、雰囲気に呑まれないのが木村だ。火花が出そうな程に睨んでくる。

 いい目をするじゃないか! いつもの軽薄な余裕を引っ込めて、そんなに俺が心配か?

 そろそろ俺も十五歳。今まで一万回もトライして、十六まで生きた例が無いのが俺の魂だ。こんな無茶ばかりして、ソコまで生きられる可能性はゼロだろう。俺はそれを覚悟してしまっている。

 だから、コイツは恐れているんだ。仇だった魔女を倒し、全てに満足した俺が、自棄になって星獣に突っ込んで死んでいくのを!

 だが、安心しろよ。一人で死のうなんて気は更々無い。机の上で、俺は叫んだ。

 

「あの星獣を討たんとする命知らずは、寄りなさい。作戦を説明します!」

 

 呼びかけに応じ、オオッっと獣染みた声で、次々とむくつけき男どもがワサワサと集まってくる。

 最前列はもちろん木村と、それに俺の親衛隊だ。副長のグリード、生きていたか。見れば飄々としたいつもの様子をかなぐり捨てて、泣きそうな顔をしていた。

 

「ユマ姫、隊長は……」

「ゼクトールは、魔女に一矢報いて死にました」

「そうですか……、ユマ姫様、私は!」

「その前に!」

 

 何を言うつもりか知らんが、それを止めた。

 

「頭が高い! 跪きなさい!」

「え? あっ、ハイ」

 

 皆が一斉に跪く。だけど俺だって威張りたい訳じゃない。実は疲労が限界だ、立って居られず机の上に腰掛ける。

 目線が低くなるので、屈んでくれないと後ろの人が見えないじゃないか。

 

「あっ! うぅ」

 

 しかし、跪いたグリードは、俺を見上げると真っ赤になって、顔を逸らした。

 ……ミニスカートだからね、机に座る俺のスカートを覗き込む感じになってしまっている。

 しかもギュウギュウに近寄っているので、蹴れそうな程に距離が近い。あっ顔に足が当たった。

 

「うっ!」

 

 なんでコイツは嬉しそうなんだよ……

 まぁ良いや、コレぐらいじゃないと作戦は成功しない。

 ミニスカートにも構わず、見せつける様に足を組み替え宣言する。

 

「私の為に、死ね! 生きたい者は、今すぐ家に帰りなさい!」

 

 反応は劇的だった。

 

「勿論だ! その為に付いて来たんだぞ!」

「殺せ! 今すぐ俺を殺してくれ!」

 

 意味不明な熱気が渦巻く。揃いも揃って変態である。

 言ってる事はメチャクチャだが、あのサイズの化け物を倒すには、千人の騎士全員が揃ってドン・キホーテになる必要がある。星獣は風車なんかよりずっとデカいのだから。

 

「王国の騎士も、帝国の騎士も、プラヴァスの騎士も、国のためになど戦うな! 私の為に戦い、私の為に死になさい!」

 

 そして、目的も所属も違う騎士達をまとめるには、こう言うしかないだろう。

 おぉ! と鬨の声を上げ、騎士達の興奮は最高潮。そこに意外な声が割り込んだ。

 

「いよいよ、私達も姫の旗下で戦えるのでしょうか?」

 

 リヨンさん! ビックリした、メチャクチャ近くに居た。グリードの隣。足元である。

 っていうか、さっきからポンポンと小気味良く蹴飛ばしてた頭がリヨンさんだった。

 

「勿論です、死ぬ覚悟があるのなら」

「構いません」

 

 ……いや、良いのかよ? プラヴァスは? 知らないよ?

 他にも、不躾で獰猛な声が後ろから。

 

「俺の役目もあんだよなぁ?」

「当たり前でしょう?」

 

 田中はダメって言っても強制参加なんだが? 言い出しっぺだし。

 で、脱落無く皆が乗り気だが、当の木村サンはどうかな?

 んー? と、目を向ければ、頭を抱え、唸り、顔は苦悩に塗れている。

 どうしたどうした? 何か心配事かね? 聞いてやろうじゃないか、こっそり唱えた集音の魔法はバッチリぼやき声を拾ってくれた。

 

「こんな事なら調子にのって、エロい格好させるんじゃなかった……」

 

 今さらそんな事言っても、もう遅い!!

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 装甲車の中、ユマ姫の靴跡が残った地図をじっと眺める。

 オーズド伯が居ない今、作戦の指揮を執るのは俺だ、少しの見過ごしも許されない。

 ユマ姫の作戦は悪くない、むしろそれしか無いと思える。……だが、成立するのか?

 俺が不安な顔をしているせいか、対面に座るシノニムさんが不安そうな顔をしている。

 

「キィムラ様……」

「あぁ、いえ、ご心配なく。この装甲車はバックアップ専門です。化け物には近寄りませんよ」

「いえ、そうではなく」

「ユマ姫の身を案じているのですか? だとしたらあの方の心持ち次第です。今回ばかりは我々の打つ手が無くなるまでは、攻撃しない約束をして頂きましたが……」

「違います、あの、私がキィムラ様に聞きたいのは、この作戦の目的なのです」

 

 うっ! それを言われると辛い。なにせ、それを一番疑問に思っているのが俺だからだ。

 いや、一応意味はある。戦ってあの化け物を倒せれば、帝国は抵抗する気も失せるだろう。共に戦った帝国騎士から、ユマ姫の武勇伝はあっという間に広がるからだ。

 一方で、戦わない場合は帝国の騎士達は俺達を見放し、帝都に戻った事だろう。するとたとえ帝都が滅びても、手が足りず占領が出来ない。進軍はココでストップだ。

 まして神の使者という評判も崩れ、化け物で帝都を滅ぼした濡れ衣を着させられる可能性もある。結果的に帝国を征するのが遅くなるが……それでも星獣を倒すよりは、ずっと確実で安全だ。

 なにより、抜き身のナイフみたいなユマ姫が生きるには、なにか目標があった方が良い。斬りつける相手が必要なんだ。帝国を滅ぼすのなんて、ずっと後で良い。だからコレは必要の無い戦いだ。

 しかし、熱を帯びたシノニムさんの目を見ると、目的なんてありまてーん! とは言い辛い。

 

「あの、それは、我々の軍は既に帝国民も多く……」

「やっぱり! 人々の為の戦いなのですね!」

 

 俺が必死に言い訳していると、シノニムさんは食い気味に言葉を被せてきた。

 しかし、どうも言葉の意味が解らない。

 

「あの、えと?」

「オーズド様は、ユマ姫は二カ国を争わせ、共倒れを狙っていると言っていました。人間を滅ぼす悪魔とすら。しかし、姫様は敵である帝国の民を救う為に、あんな化け物に立ち向かおうとしています!」

「ええ、まぁ」

 

 民を救おうとしているのは間違いない。ただし、救った上で殺そうとしているのだが……。

 そうとは知らず、シノニムさんはホッと息を吐く。

 

「私は、ずっと不安だったのです。スフィールで出会った時からユマ姫を信じて来ましたが、ひょっとして私はとんでもない化け物を導いてしまったのかと……」

「それはそれは……」

 

 言いながら、そっと窓から外を見る。

 そこにはエロいドレスで白馬に跨がり、軍の先頭を駆ける少女が居た。

 

「とんでもない化け物か……」

 

 そんなの、ずっと前からとんでもない化け物だ。

 近くに居ると、案外気が付かないモノか。派手な外見も、巨悪と戦うヒーローに見えるかもしれない。

 

 言われてみれば、今までユマ姫は大量虐殺や非道な行いを止める側だった。

 それどころか、シノニムさんに寄りかかり寝ているシャリアちゃんも、ユマ姫の後ろに続く帝国騎士も、血みどろの戦いを繰り広げながら、ユマ姫に許されてココに居る。

 シノニムさんからはユマ姫が天使に見えたって不思議じゃない。

 

 でも、あの内面には、ギラつく殺意が満ちている。

 

 願わくば、ずっとシノニムさんがユマ姫を勘違いして居られる様に、俺は祈った。


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