死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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星獣狩り

 腕を組み、眉をハの字に、ぐぬぬと唸る。

 

『うーむ、不本意』

 

 納得が行かない。星獣を倒すと俺は皆の前で宣言した。

 なのに、何故か俺の体は田中の腕の中ですっぽりと収まっているのだから。

 

『じゃあ乗んじゃねぇよ!』

『いやいや、別にバイクが嫌なワケじゃないからね? お前の膝の上が嫌なだけで』

『コッチだってオマエを乗せたいワケじゃネーからな!』

『またまたぁ~』

 

 こんな美少女を抱きしめてバイクに乗れるなんて役得だろ? ドヤッっと間近に顔を寄せると、田中に鼻で笑われた。益々納得が行かない。

 

 そう、今、俺は田中と一緒にバイクに乗っている。しかも、腕の中で膝に腰掛け、横座り。お姫様だっこのままに乗ってるような感じである。

 ……本当は田中の腕の中が嫌って事は無い。ただ、前に乗るのは思い出すんだよ。ボルドー王子と湖畔を馬で散歩した時のことをさ。だから何とも具合が悪い。

 田中の方も俺の前世を知ってるからか、俺の色気に参る兆しを見せない。むしろ厄介者扱いである。今の俺はエチエチな美少女。肩や背中が丸出しで、ところどころ透けてるドレス姿と言うのにだ。

 ……まぁ、別に欲情して欲しいワケじゃないけどさ。

 

『ホントなら、後ろに括りつけたかったんだがな』

『姫を荷物扱いは流石に?』

『荷物のがマシだろ、暴れねぇし』

『ハイ、不敬罪』

 

 憎まれ口を叩きながらもこんな座り方で妥協したのは、バイクの周囲を見たいから。普通の二ケツじゃ田中の背中しか見えないが、これなら後ろも見ることが出来る。

 スロットルを握る田中の腕に頭を預けるように、グイッっと背を反らしてそっと背後を窺った。

 

<<< 許さないぃぃ! よくも! 坊やを! >>>

 

 星獣の『ママ』がドスンドスンと追って来ている。その高さは体感では五十メートル。ちょうど渋谷の109と同じ高さで、ビルがのっしのっしと迫ってくる様なモノ。あくまで体感なので、前世と比べて身長が縮んだ俺だからかも知れないけどな。

 現に田中や木村はもう少し小さく感じているらしいが、何メートルだろうがビル並みにデカい事には変わりが無い。

 呑気に会話などしていたが、現実逃避でもしないと恐ろしくて仕方が無かったワケだ。現在進行形で星獣とバイクで、追いかけっこの真っ最中なのだから。

 コレが作戦の第一段階。まずはスールーンから星獣を引き離す。

 『坊や』の記憶を手に入れた俺は、魔力の波動で『ママ』、もとい、あの星獣と会話が出来る。近くに寄れれば、おびき寄せるのは簡単だ。

 

<<< ママぁ、助けてぇ! >>>

<<< 坊やを! 騙るな! >>>

 

 大激怒である。地震みたいな振動で、舌を噛まないで喋るのに一苦労。

 田中のバイクは大森林の悪路を想定した強力なサスペンションを備えている。それでも立って歩くのも難しい揺れが相手では流石に分が悪い。

 しかも、たまに星獣は倒れ込むように地面を叩き、大きな振動を見舞ってくるのだから堪らない。

 

「来ます! 振動!」

<<< 止まりなさいぃ! >>>

「うおっ!」

 

 一際大きな音と共に、バイクが跳ねて宙を舞う。内臓が口から飛び出しそうな、不快なまでの浮遊感。

 

「ッッ!!」

 

 声なき悲鳴を噛み締めて、田中の首に腕を回して抱きついた。小ぶりな胸を押し付けて、来たる振動に備える。

 

「グッ!」

 

 着地の瞬間、小石を巻き込んだリアタイヤがジャリリと滑り、流れるバイクを田中が力尽くで制御する。

 抱きしめられた状態で背中に感じるのは、はち切れそうな程に盛り上がった力こぶ。流れる後輪がピタリと止まり、なんとか機体制御に成功したようだ。

 ほっと一息ついた田中が、張り付いた俺にようやく気が付いた。

 

「うへぇ!」

「あまりにも無礼でしょう!」

 

 ンだよその反応は! もっとラッキースケベに照れろ! 顔を赤くしろ!

 

「ワリぃな、喰われるかと思っちまった」

「囓りましょうか?」

「勘弁してくれ」

 

 コイツ、俺の事なんだと思ってるんだろうね? 人間とか滅多に食べないよ。

 そんなラブコメ未遂の間も、『ママ』の攻撃は容赦が無い。

 

<<< 死ねぇ! >>>

「来ます!」

 

 俺の合図と同時に田中が思いきりスロットルを吹かす。急加速のGで硬い胸板に潰されながら目を凝らせば、今居た場所をぶっとい熱線が貫いていた。

 

「火まで噴くのかよ!」

 

 火を噴いたと言うより、圧縮した魔力を噴き出したと言うのが正解だ。星獣は体内の温度が高いため、魔力を高圧に吹き出すだけで着火して熱線となる。

 コチラはバイクを吹かせて、比喩抜きでケツに火が付きそうな勢いで逃げの一手だ。

 

「こんなの、何度も保たねぇぞ!」

「解っています。森に逃げ込んで!」

 

 唯一の慰めは、バイクの最大速度が星獣の移動速度を上回っている事だ。ココまでも、敢えて鼻先でフラフラすることで誘導して来たのだ。

 

「面倒くせぇからそのまましがみついてろ!」

 

 言われるまでもない。森の中などバイクで飛び込むのは自殺行為。いや普通は不可能だからやろうともしないだろう。

 しかし、このバイクなら別だ。甲高いモーター音を響かせて森の中を分け入って行く。張り出した木の根を飛び越え、転がる石を苦も無く乗り越える。

 田中に下賜された古代のバイクは前方二輪タイプ。左右それぞれの前輪に付けられたサスペンションがグニグニと動いて、どんな地形でも地面を食らいついて離さない。

 だが、バイクは良くても乗ってる俺の方は別だ! 田中の膝の上でガクガクと飛び跳ねる。

 

「きゅぅ!」

「喋んな! 舌噛むぞ!」

 

 そう言われても、酷い振動だ。俺は必死に田中にしがみつく。ラッキースケベとか馬鹿な事を考える余裕も無い。

 俺としては極々大人しく、ちょこんと膝に座っていたのに、田中からは非情なクレームが入る。

 

「オイ! 待て! ピコピコ耳を動かすな! 邪魔だ!」

 

 いや? 動かしてるつもりは無いのだが? しかし、どうにも俺の頭部に新設された猫耳が意図せず動いているのは間違いなさそうだ、うっすらと感覚がある。

 

「止められません!」

「前見えねぇし、くすぐってぇ!」

「ひゃん!」

 

 触られた! 敏感な所を触られた!

 

「……変な声出すんじゃねぇよ!」

 

 そう言われても仕方無いだろ! 怒りと羞恥をない交ぜに、思わず顔が熱くなる。

 どうやら、撫でる様に掻き分けられた事で、耳は動かなくなったようだ。

 ……どうも、俺がパニックになるとピコピコと動くらしい。不本意な事に田中に撫でられて、安心して動きが止まったみたいである。

 これは良くない。今までクール系美少女キャラで通ってたのに、内面がダダ漏れでは格好がつかない。

 強気にクールに立ち回らないとな、普通に考えれば猫耳美少女なんて強力な武器以外の何物でもないのだ。

 ぐっと拳を握って、自分に自信をフルチャージ。

 

『許してニャン!』

「封印を解くな!」

 

 怒られた。まぁ、二度と使わない誓いなんてのは破るためのフラグみたいなモンだしな。

 しかし、田中には猫耳属性も無かったか……そう思って居たのだが。

 

「だがよ! その耳!」

「まだ、邪魔です?」

「暇な時触らせてくれよ、手触り良かった」

「えっ?」

 

 ……手触り、だと? コイツまさかもふもふの民か?

 解説しよう。もふもふの民とは何をおいても獣の手触りを求めて止まない特殊な性癖の総称である。

 多くはストレス社会の荒波に怯え、もふもふが切れると禁断症状で暴れ出す危険な連中である。俺も某小説サイトではでは『もふもふ』と『スローライフ』だけは避けていたぐらいだ。*1

 

「タナカさんがそんなにストレスを抱えているとは」

「ンでだよ! 普通だろうが! もふもふしてると触りたくなるだろうが!」

 

 しかも、この勢力はアブノーマルの自覚がまるで無いからタチが悪い。*2

 この無自覚な危険性こそがもふもふ民の特徴である*3。可愛い女の子より獣が優先って時点で普通じゃ無いんだよなぁ*4

 俺は目を細めて田中を見つめる。

 

『ケモナーかぁ……』

『違ぇよ! 手慰みに触ると癒やされるだろうが!』

『え? お姫様を手慰みに?』

『姫って柄じゃねーだろ! どちらかと言うと犬に近い』

『ハイ、不敬罪』

『そう言わず触らせてくれよ、ハンドスピナー感覚で』

『え? お姫様をまわすの?』

『ハンドスピナーだしな』

『ハイ、極刑』

 

 なんて、ふざけていたら森の中の少し開けた場所に到着した。この世界、森の中にぽっかりと木が生えない場所があったりして、妖精が住むと言われたりする。

 そこには待機していた仲間が居た。その数十人。いずれも騎馬で真っ黒の服と馬衣で着統一していた。

 

「散開!」

 

 合図と同時、田中のバイクを含め、一斉に散らばって森を脱出する。

 

<<< 虫けらがぁぁぁ! >>>

 

 すると、星獣にはどこに俺が居るかが解らなくなる。星獣は目があまり良くない。そうでなくとも、虫けらみたいなサイズの人間など見分けが付かない。一方で魔力には敏感だが、俺は『坊や』の魔力波長を出さない事も出来る。そして魔力の強さは魔石でも持っていれば誤魔化せる。

 

<<< どこだぁぁぁ! >>>

 

 そして、俺はどの騎馬にも乗って居ない。田中のバイクからも降りている。星獣は黒衣の騎馬を追っていくだろう。

 バイクはともかく馬の速度では星獣に狙われたら逃げようが無い。きっと俺の代わりに死んでいくのだ。俺は歯噛みして、散開していく騎士達の背中を見送った。

 

「気にする必要はありません。これこそ騎士の、いえ男子の誉れ」

「リヨンさん!」

 

 そして、俺は白っぽいリヨンさんのラクダで脱出する。こうやって先ずは時間を稼ぐ作戦だ。伸ばされた手を握ると、スマートに見える体から想像も付かない力で一気に駝上に引き上げられた。

 

「よ、よろしくお願いします」

「これは、役得ですな」

 

 なんで前に乗せようとするのか? まぁ良いけどな。俺は小首を傾げてリヨンさんを見上げる。

 

「騎士の誉れと仰いましたが、あんな化け物と戦うのは騎士の仕事ではないでしょう?」

「そうですか? 男子なら姫を守って怪物と戦う想像をするものですが」

「ですが、あんなに大きいのは流石に想像の埒外でしょう」

「ですね。流石にアレは大き過ぎる」

 

 そう言ってカラカラと笑って見せる。白いラクダにターバンと長衣、全てが真っ白の中に端整な顔だけが浅黒い肌を見せていた。久しぶりに間近で見るが、やはりイケメンである。その顔が、今は闘志に燃えていた。

 

「それでも、私は化け物と戦いたい」

「どうしてです?」

「人間同士、それも同じ故郷の人間同士、争わなければいけないよりはずっと良い」

「…………」

 

 プラヴァスは、魔女の策謀で内戦一歩手前まで追い込まれた。水と土地を取り合い神に血を捧げるのが砂漠の民だが、麻薬と銃を求めて流れる血は汚れていた。

 

「それを貴女は救ってくれた。化け物と戦うなど何とも無い」

 

 そう言って笑うが、俺はそんなに良いモンじゃない。力なく微笑んだ。

 

「残念ですが、私のもたらす救済は『死』です。私は操られていた実の父をプラヴァスで殺しました。操られたままならばリヨンさんも殺したでしょう。そうならず済んだのは偶然に過ぎません」

「構いません。貴女を守って死んだパノッサを覚えていますか? 彼の魔石を口にしたアナタに私は救われた。彼を誇りに思うと同時、嫉妬を覚えるのです。私もナイフを突き立てられて、魔石を食べられたいとね」

「そんな!」

 

 ド変態だな。そう言えばリヨンさんドMだった。勿体ないなー折角のイケメンなのになー。しかし、リヨンさんの覚悟はホンモノだった。

 

「貴女に殺されるなら悪くない。まして、守って死ねるなら上等な部類です」

「そうですか……少し、気が楽になりました」

 

 実際、少し助かった。俺は、騎士達を追っていく星獣の巨大な背中を見つめる。

 

「だとしたら、あの星獣もまた、魔女の被害者。私は、彼女を殺したい」

「なんと! 救いたいのは化け物だと?」

 

 リヨンさんは驚くが、俺にとっては『ママ』でもあるのだ。復讐に狂い、ひたすら人間を殺そうとする姿は悲しくも俺と重なる。

 ただし、『ママ』はあくまで俺の『偶然』の被害者だ。星獣は地表で活動する様には出来ていない、命をすり減らして暴れているのだ。『偶然』を持つ俺が戦わないと、あまりにも悲しい戦いになる。まして魔女や木村の思惑で、帝国を滅ぼす道具にされるのは見ていられない。

 そんな事は、幾ら説明しても通じるはずも無いけどな。

 

「馬鹿な事だとは思います、それでも……」

「ならば、益々頑張らないと行けませんな」

「お願いします。アレを倒すのにプラヴァスの協力は欠かせませんから」

「お任せを!」

 

 胸を張るリヨンさんがおかしくて思わずと微笑めば、少しだけ顔を赤くして目を逸らされた。

 ラクダの上、見つめる先では一本の狼煙が上がっていた。

 あれこそが集合地点。あそこまで星獣をおびき寄せねば始まらない。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 やがて日が暮れて、それでも数名の騎士が星獣を連れ回し、何人もの人間が帰らぬ人となった。

 そんな死闘を強いておきながら、俺は明日の決戦に向けてスヤスヤと眠っていた。我ながら図太くなったものだ。

 そして、目が覚めて朝が来る。

 

「準備は宜しいですか?」

「出来てますが……良くこんな場所を知ってましたね」

 

 木村が呆れるが、俺の『参照権』は目にした書物を完全に覚えている。かつての星獣は一通り人々の居る町や村を破壊した後、ココから地底に戻ったのだ。

 当時は長雨でぬかるみ、底なし沼になったこの場所に、星獣は沈んでいったと記録がある。それ以来、死の沼と言われる一帯には普段はだれも近寄ろうとしない。

 そこに今、土木作業をする無数の人間が群がっている。乾季であるこの季節、沼は涸れ果て柔らかな地面となっている。そこに巨大な落とし穴を掘ったのだ。もちろん五十メートルの全身が埋まる大きさは到底無理。あのデカブツの足を引っ掛け、転がす程度が精々だが、それさえ出来ればチャンスはある。

 

「おいおい! そう上手く行くかよ?」

 

 田中が悪態をつくが、そう言われても困る。

 

「怖いなら、今すぐ逃げますか? どうします?」

 

 隣で土木作業を見守る木村にも聞いてやる。

 

「ここまでやったんです。やりますけどね」

「他に手もねぇしな」

 

 面倒な奴らだな、ヤレヤレ系か? 俺は日本語でハッパを掛ける。

 

『リヨンさん曰く、女の子を守って怪獣と戦えるのは男子の誉れらしいよ?』

『アイツは格好付けだからな』

『格好付けても似合うしなぁ……』

『そして、変態だしな』

『変態だったなぁ……』

 

 二人して辛辣だ。イケメン叩きに余念が無い。しかし、何だかんだあんな化け物と戦おうとする辺り同類だろう。俺も美少女になった甲斐があると言うモノ。

 

『またまたぁ~俺、前世で聞いたよね? 怪獣に襲われてたら助けてくれるかってさ、そしたら流石に無理って素気なく断られたからね』

『全然覚えてねぇ』

『俺のログには何も無いが?』

『覚えとらんかぁ~』

 

 俺は柔らかい地面に怪獣の絵を描いていく。隕石が落ちたあの日、木村が描いた絵なのだが、今見るとちょっと星獣に似ているか? いや、似てないな。

 しかし、二人とも全然覚えていなかった。木村が呆れた様子で絵を指差す。

 

『下手くそな絵だなぁ』

『お前の絵だよ!』

 

 言っておくケド、参照権でなぞったから再現度100%だからな? そう言うと、二人して顔を見合わせ笑ってやがる。

 素直に殺したい。あの日の雰囲気そのままじゃねーか! 

 

 ……などとふざけていたら、ドスンドスンと地響きが近づいてくる。

 横から照りつける朝日がその巨体でスッポリ隠れ、途轍もなく長大な影が馬鹿みたいに笑う俺達を覆っていた。

 その巨体を見て、それでも尚、二人は笑う。

 

『キングゴキブリよりは小さいんじゃね?』

『破壊光線も出さねーしな』

 

 HAHAHAと肩を竦め、二人で笑い合っている。普通に覚えてるじゃねーか!

*1
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*2
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