死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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星獣狩り3

 ユマ姫に目を奪われ、木村が張ったワイヤーに躓き、堀に嵌まった星獣は、トドメとばかりに踏み出した足を田中に斬られ、遂に地に伏し倒れ込む。

 

 五十メートルの巨体が音を立てて大地へと沈んでいく。

 

「今だ! 掛かれ!」

 

 木村の号令で星獣へ突撃する騎士達。だが、その数は少ない。

 千人近い騎士を擁しながら、突撃部隊に選ばれたのは僅かに百騎のみ。コレはいかにも少ないが、選ばなかったのではなく、選べなかったと言うのが正しい。

 

 馬が星獣へと立ち向かえなかったのだ。

 

 星獣から逃げる時は良かったが、星獣に向かわせようとすると多くの馬が動こうとしなかった。訓練された軍馬が、である。

 陣を組み一体となって蠢く軍勢の威容は巨獣にも例えられるが、本物の巨獣に立ち向かえる軍馬は稀だった。檄を飛ばし愛馬をなじった騎士も少なくなかったが、星獣の足元に立たされた今、連れ添った愛馬が正しかったと遅まきに理解した。

 生命としての格が違う。たとえ万の軍勢で立ち向かったとしても、どうにかなる相手とは思えなかった。

 

 だからこそ、そんな星獣に立ち向かえた百騎は人馬一体の猛者ばかり。手が届く所まで降りてきた頭部に、ランスを構えて突撃する。

 

「オォォォォッッ!」

 

 だが、雄々しい突進は不発に終わった。グチャリとした手応えと、めり込む馬首。

 泥だ。星獣は泥を纏っている。

 体温が高い星獣にとって、保温の為の泥は極めて重要だった。それがそのまま鎧となる。土を抉る空しい手応えに騎士達は顔を顰める。

 

「そのまま泥を削れ!」

 

 しかし、それで良かった。ここまで木村の読み通り。騎士達は泥に悶える馬をなだめ、槍を突き刺し、泥を剥ぎ取る。

 

 ――ギュオオオオオオオォン!! <<<< もおぉぉぉ! >>>>

「退避!」

 

 そして、星獣が暴れる直前に一斉に後退する、ここで初めて木村の仕事だ。

 装甲車の上、導火線に着火する。

 

 ――ドォォォォン!

 

 星獣の咆哮に負けない強烈な発射音。

 大砲だ。木村は鹵獲した大砲の一門を装甲車の上に固定していた。今回、その大砲を限界を超えた火薬量でぶっ放す。ここで使い潰すと決めていた。

 

 ――ピギャアァッ! <<<< 痛いぃィィ! >>>

 

 命中! 強烈な反動で装甲車が音を立て後退する。木村は硝煙の向こうへ叫んだ。

 

「全軍、追撃!」

 

 言われるまでもない、既に騎士達は動いている。大砲の着弾点は大きく抉れ、真っ赤な血が滴っていた。

 そこへ騎士達が槍を手に再びの突撃。今度こそグサリと肉を抉る手応え。

 

「なにっ?」

 

 しかし、その手が焼き付き、騎士達は槍を手放すハメになる。

 無理もない、なにせ星獣の血は摂氏千度にも達する。どこまでが血で、どこまでがマグマなのか区別がつかない。その巨大さだけでなく、根本的に命のあり方が他の生命体と異なるのだ。その本質は凝縮したエネルギーの塊と言った方が近い。

 突き刺した槍がひしゃげる程の灼熱が、固く握った手の肉を焼いていた。

 

「刺せ! 刺すんだ!」

 

 それでも、騎士達は槍を拾った。手が焼けるのも構わず星獣へと突き込んだ。その尋常ならざる執念に、星獣も反応する。

 

 ココに来て、星獣は気が付いた。この人間達は本気で自分を殺そうとしているのだと。星獣の『ママ』は、今の今まで、ただ虫に噛まれたとしか思っていなかった。巣を守る蟻が近づく者を襲うように、ワケも解らず攻撃しているだけだと思っていた。だから無視してきた、狙うべきは『坊や』を騙り、呪われた運命の鍵を握る危険な個体。『ユマ姫』のみ。そう思っていた。

 

 だが、或いは愛する『坊や』もこうやって殺されたのかと思い至る。

 

 ――ギャピィィ! <<< 殺す >>>

 

 今までとは異なる星獣の危険な鳴き声。槍を突き込もうと突進していた騎士の目の前で、ガパリと音を立て巨大な顎門(あぎと)が開かれる。飛び込んだ地獄の門の向こう側、広がる光景は当然に地獄だった。

 

「なっ!?」

 

 まるで剣山、言葉のまま剣の山だ。星獣は元より岩石を噛み砕き、穴を掘って生きている。それを可能にするのが炭化ケイ素の牙の群れ。大牙猪(ザルギルゴール)がカーボンの毛皮を持つように、星獣の体も魔力により炭素化合物の精製を可能としていた。

 

 ――ギャリギャリ!

 

 口内に飛び込んでしまった騎士は、瞬時に分解させられた。

 炭化ケイ素の歯と、生命の枠を外れた咬合力をもってすれば、金属鎧を着た騎士であろうと飴玉を潰すに等しい。なにせ古代の研究施設ですら土くれ同様に穿ってみせたのだから。

 

 ――ガパッ

「さっ、散開!!」

 

 そして、再び開かれた口内を見せつけられた騎士達は、噛み潰された同胞を目に恐慌に陥った。蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。

 作戦は失敗に思われた。

 

「コレを! 待ってた!」

 

 いや、ここまでが木村の計算だった。目の前にエサがチラつけば噛み付いて来るのは、魔女の死に様で痛いほど目に焼き付いている。

 ならばやる事は一つ、ゲームでも敵の弱点は目か口内と相場が決まっている。

 

「撃てぇ!」

 ――ドォン!

 

 大砲! 二射目! しかも、今回発射したのは鉄球ではない。

 星獣の口内に着弾するや、二回目の爆発。

 

 ――ドガァァン!

 

 炸裂弾。密閉された口内で金属片をばらまき、星獣に致命的なダメージを与える。

 ……ハズだった。

 

 ――ギッー! <<< このぉぉ!! >>>

「なんで?」

 

 硝煙の中から現れた星獣は殆ど無傷、コレには木村も悲鳴をあげた。

 星獣は地底の高温高圧環境で生きている。炸裂弾の熱と衝撃、金属片などモノともしなかった。特に口内は丈夫に出来ている。

 想定外はそれだけではない。

 

「傷が……埋まっていく?」

 

 目を疑う回復力。

 大砲の初撃、そして決死の突撃で出来た傷跡がみるみる塞がっていく。同じ生き物と思えない常識外れの光景は、騎士達の心を折るに十分だった。

 

「撤退だ!」

 

 泥まみれの体を引きずって、騎士達の撤退が始まる。さしもの木村も打つ手無くそれを見守るしか無い。

 そんな中、ただ一人、諦めていない男が居た。

 

「オラァ!」

 

 田中だ。

 この男は大砲の衝撃を隠れ蓑に、大胆にも星獣の頭上に飛び乗っていた。狙うは何か? 口内が駄目ならば残るは一つしか無いだろう。

 

 目だ! 狙うは星獣の右目、それも真上から、刀を真っ直ぐに突き刺した。

 

 ――ギュュュィィイィィィ!

「よっと!」

 

 それでいて素早く刀を引き抜き、狂ったように暴れる星獣の背からヒラリと脱出してみせるのだから、一部始終を見ていた木村は笑うしかない。

 

『出来るぅ!』

『たりめーだろ』

 

 かなりの距離だが、昂ぶる田中の耳には木村の歓声が届いていた。一種のゾーン状態。引き延ばされた時間の中で、憎まれ口を叩く余裕すらある。

 

 ――ギョオォォォ! <<< 殺すぅ! >>>

 

 その余裕も、星獣が冷静さを取り戻すまでだった。見開いた目に、傷が無い。

 

『効かねぇのかよ!』

『嘘だろ?』

 

 星獣は瞬膜、もしくは瞼なのかは判然としないが、斬られた直後は目を閉じて痛みに悶えていた。

 しかし、それも数分。再び開かれた目は潰れてはいなかった。充血した瞳を晒すのみ。瞬時に回復してみせたのだ。

 

「どうやって、倒すんだ……」

 

 そんな誰かの呟きは、その場にいた全員の心の声だった。あまりにも巨大な怪物で、人間はその表面を削ることしか出来ないが、その程度では数刻で回復してしまう。

 まさに、常識外れの無敵の怪物。それが星獣だった。

 あまりのでたらめに、田中ですらも声を荒らげる。

 

「詰んでンじゃねーか! ゲームバランスおかしいだろ」

「一応、理論上は倒せる。古代人は倒したらしいし」

 

 木村は、その方法をユマ姫から聞いていた。

 

「マジかよ? どうやって?」

「聞きたいか?」

「早くしろ!」

「核だよ、元々核はその為に作ったらしいぜ」

「クソかよ!」

 

 身も蓋もない暴力だけが突破口。ただし、中世レベルの現人類には手段が無い。

 田中は舌打ち、木村は帽子を目深に地面を見つめる。

 誰もが絶望に囚われる中、ただ一人ニコニコと笑顔を浮かべる人物が居た。

 可愛らしく小首を傾げ、後ろ手にはそれで隠したつもりなのか、小さい体では全く隠せない巨大な大剣を引き摺る。

 

 ユマ姫であった。

 

「そろそろ、私の出番でしょうか?」

「引っ込んでろ!」

 

 本気でイラついて、田中は声を荒らげる。何をする気か知らないが、ロクでも無い事なのは間違いないからだ。

 かといって、他に突破口は無い。

 

「もう、保ちません!」

 

 注進して来たのは一人の騎士。星獣拘束部隊の人間だ。馬が従わなかった残りの騎士達も、なにも遊んでいた訳では無い。

 バリスタの矢にワイヤーを括りつけ、星獣の体に突き刺し、巻き付け。身を起こすのを妨害していた。隙あらば逃げようとする馬にワイヤーを繋げ、騎士達も綱引きの如く引っ張って、星獣の巨体を泥の地面に縫い付ける。

 言うならば九百人の騎士による、ガリバー旅行記の小人役。

 立っている状態では相手にもならないが、相手は堀に嵌まって身動きがとれない状態、更には頭部への攻撃と田中の剣閃が幸いし、一時は星獣を完全に地面へ縫い付ける事に成功していた。だが、それも限界を迎えている。

 

 どうする? 木村の脳裏に幾つもの作戦が過ぎるが、どれも確度は低い。いっその事、頼ってしまうのもアリか? 藁にも縋る思いで木村はチラリとユマ姫を窺う。

 

 ――ぶんっ! ぶんっ!

 

 そこには、王剣をバットみたいに振り回すユマ姫が! ご丁寧にネクストバッターズサークルまで描いてある。

 

 ……アレは、駄目だ。

 

 木村は即座にユマ姫投入を却下。そうなると頼れるのは……爆薬は効かない、罠も致命傷には至らない、毒だってあの高音に焼けてしまう。

 悩みに悩む木村はずり落ちた帽子に顔を埋めて熟考する。そのとき、何かがポツリと帽子のつばを叩いた。

 

 雨だ! 

 

 乾季のスールーンに雨が降った! 見上げる先、急造の櫓からモクモクと昇る狼煙が目に入る。死苔茸(チリアム)の粉が舞い上がり空へと溶けている。

 昨日からの仕込みが、今成った。リヨンさん以下、プラヴァスの部隊が雨を降らせる事に成功していた。

 雨さえ降れば、この地は沼に変わる。足止めは容易だ。騎士達に活気が戻る。

 

「もう少し保たせて下さい」

「ハッ!」

 

 そして、いよいよ本降りになった雨音をかき消す星獣の悲鳴。

 

 ―― ピィィァァァ! <<< 寒いぃ! >>>

 

 降りしきる雨は星獣の泥の鎧を溶かし、体温を奪った。数メートルしかなかった堀は、今や呪われた底なし沼に変じている。

 これこそが、前回『ママ』が地上から撤退した原因。暴れている内に雨期が来て、沼に嵌まり、体温を奪われて、そのまま地中に戻ったのだ。

 当時、帝国の民や兵士の多くが星獣の犠牲になり。最後に残った地元騎士団が全霊を賭けてこの地に誘導。一緒に沼へと沈んだのだった。

 

 ただし、英雄的活躍を果たした騎士達の家族への補償はまるで無かったと言われている。それほどスールーンは壊滅的な被害を受けたからだ。

 犠牲になった騎士の悪霊が今でも沼に囚われている。そんな伝承が今でも地元では信じられていたほど。

 

 その悪霊が乗り移ったのか、騎士達は星獣を押さえ込むべく泥に沈んでも掴んだワイヤーを離さない。

 一緒に沼へと沈む覚悟でいた。

 

 木村は雨に打たれながら、口角を吊り上げる。

 勝った! このまま粘れば前回同様、星獣を倒す事は叶わずとも、撤退はさせられる。

 元々、倒す必要など何も無い。なんなら倒したのだと喧伝してしまっても構わない。確かめる術など人間には無いのだ。

 

「フフッ」

 

 聞こえて来たのはクスクスと鈴を転がす笑い声、ただし、笑みを浮かべる木村自身のモノでは決して無かった。

 

「終わったつもりで居ますか? まだですよ」

 

 ユマ姫だった。雨に打たれ、元々過激な衣装が、肌に張り付き透けている。

 ただし、今はそれに目を奪われる余裕すら木村にはない。言葉の意味を問い正す。

 

「しかし、前回はそれで帰ったと」

「確かにそう、散々に暴れて、八つ当たりが終わって。スッキリして、寒くなったから帰ったに過ぎません」

「……今回は、違うと?」

「『ママ』は私を殺す為には何があっても止まらない。止まれるハズが無い」

「ママ? とは? それは、どういう?」

 

 木村には言葉の意味が解らない。ユマ姫はここまで全てを説明してはこなかった。説明しても意味が解らないだろうから。

 

「『ママ』はずっと、『坊や』が死んだ本当の理由を探していた。『偶然』の正体を探っていた。きっとそれが私だと思っている。だったら、絶対に諦めない。星獣はこんな事では死にません。少しだけ『小さく』なるだけです」

 

 ユマ姫の不気味な予言。木村は言葉をなく立ち尽くす。

 いよいよ土砂降りに打ち付ける雨は、嵐の様相を呈していた。

 

「さぁ、踊りましょう!」

 

 ユマ姫は狂った様に笑い、王剣を構えた。

 その先にはゆっくりと立ち上がる星獣が、山の様な巨体を晒していた。


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