死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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星獣狩り4

 さぁ、ぶっ殺してやる!

 

 ざぁざぁと降りしきる雨の中、目の前に立ち塞がる星獣は首が痛くなる程に巨大だ。

 前世ではこう言う場面に憧れた。

 身一つでドラゴンと向かい合う勇者。ドラゴンと言うより怪獣に近いけど、それでも紛う事無きファンタジーの景色だった。

 

「フフッ」

 

 その事実がすこし可笑しい。こんな状況で笑うもんだから視界の端にギョッとした顔の木村が映るけど。それがすこしも気にならない。

 今なら解る。俺は勇者になれない。困ってる市民とか、女の子とか、そんなモノの為に巨大モンスターと戦えない。

 今だって圧倒的な存在感に押しつぶされそうだ。呼吸は浅くなるし、手は震えて力が入らない。どこかフワフワと落ち着かない。

 

 それでも戦いたいと願うのは、理不尽な世界への強烈な怒りがあるからだ。

 

 どうして父も、母も、兄も、それにセレナも、死ななくてはならなかったのか?

 『ママ』だって『坊や』を守りたかっただけ、なのになんで『坊や』が死んで何百年も経った今、俺や魔女に振り回されなくてはいけないんだ。

 

 理不尽だ。何もかも上手く行かない。

 

 苛立ちに盤面をひっくり返して癇癪を起こしたくなる。グツグツと怒りが収まらない。

 死んだって構わない。むしろ死んだ方がスッキリする。そんな怒りに任せた捨て身の特攻だけが、俺をあんな怪獣へと駆り立てる。

 

 握り締めた父譲りの王剣が軽く感じる。星獣の記憶を回収して、俺の体はまた作り変わった。魔力を腕力へと効率的に変換出来るようになっている。

 細腕をそのままに、力だけが強くなっているのだから、不思議パワーと言うしかない。ブンブンと素振りして木村にアピールしたのは、全くの逆効果だったけどな。

 約束では打つ手がなくなった時が俺の出番。それが今だった。

 木村は今も苦々しい顔で俺を見つめる。

 

「何か、作戦があるのですか?」

「何も?」

 

 俺はあっけらかんと言い放つ。

 ここまで何をやった? 穴を掘り、雨を降らし。沼に嵌めた。もう俺の作戦は打ち止めだ。

 提案しておきながらアレだが、解っていた。そんなんじゃ『ママ』は倒せない。

 この世界は、何時だって理不尽に出来ているのだから。

 

 勝ち負けなんてどうでもいい。後はもう、苛立ちのままにこの暴力をぶつけてやりたくて堪らないのだ。

 いよいよ飛び出そうと、剣を構えて歯を食いしばった時、ドブネズミみたいになった田中が現れ、泥だらけの顔で笑った。

 

「骨は拾う、好きにやってこい」

「もちろんです」

 

 答えると同時、垂直に跳び上がる。

 今の俺の脚力と、王剣から噴き出す空気圧をもってすれば。グライダーなど無くても空を飛べる。

 

 飛ぶ、飛ぶ。ビチャビチャと顔面を打つ雨を無視して、高く、高く。

 

 ――グガァァァァ!

<<< お前だけは! >>>

 

 あっという間に数十メートル。星獣の目の前に躍り出た。突き出された巨大な嘴に、まん丸の目玉。なんとまぁ、化け物らしい姿じゃないか!

 間近で見れば、『ママ』の体からは大量の湯気が立ち昇っていた。体内の熱がみるみる失われている証拠だ。それでも『ママ』はこの雨が降りしきる中で、俺への殺意を収めない。

 刺し違えてでも俺を殺る気だ。これだけの巨大生物が、小さな俺を本気で殺そうとしている。

 ああ、光栄じゃないか!

 

「ごきげんよう」

 

 だから、俺も礼を尽くして挨拶を返す。怒り狂う『ママ』の鼻先に降りたって、スカートを摘まみ頭を下げる。

 

 ――ガアァアアァァ!

<<< 死殺殺死 >>>

 

 もはや意味不明な怒りだけが、魔力波に乗って叩きつけられる。怒りに任せて『ママ』が身をよじっただけで、俺はアッサリと宙を舞った。

 更に、高く、高く、打ち上がる。手を伸ばせば雨雲に届きそうな程。

 クルクルと回る世界の中で、俺は眼下にパカリと開かれた星獣の顎門(あぎと)を認めた。なんとまぁ、凶悪に牙が並んで、ピーナッツ感覚で俺を食べようと待ち構えている。

 

「フフッ、アハハハッ」

 

 俺が、ピーナッツ! なぜだか笑いが止まらない。

 落下する勢いに加え、宙を蹴って、更に加速。落下地点を少しだけズラし、降りしきる雨を追い越して、俺は勢いのままに王剣を星獣の鼻先に突き刺した。

 更に、深く、深く、突き刺した。泥を弾き飛ばし、星獣の肉を抉る。

 

 ――ウガァァァ!

 

 振り落とそうと嘴をブンブンと振り回すが、深く刺さった王剣は星獣の肉にめりこんで、決して獲物を離さない。

 

「ハハハハハッ!」

 

 笑える。巨大生物に振り回されて、まるでジェットコースターだ。強烈なGは内臓を潰し、視界を暗転させ、耳や、目からダラダラと血が流れた。

 でも、それが端から治っていく。俺の体は、とっくに人間を辞めていたらしい。星獣の回復能力すら手に入れていた。

 

 ――ギィィイィ! バチン!

 

 いよいよ『ママ』は怒り狂い、蚊を叩くみたいに俺を殺そうと手を打ち付けてきた。

 回復能力があると言っても、ミンチになったら死ぬだろう。俺は王剣を引き抜いて、星獣の体を走り回る。

 

「掴まえてご覧なさい!」

 

 ケラケラと笑い、命懸けの逃避行。嘴から、肩、肩から胸、胸から胴へと駆け下りる。

 泥を跳ね飛ばし、垂直に切り立った皮膚の上、笑いながら駆けていく。それが少しも苦しくない、魔法の移動は、いよいよ神懸かった制御を見せた。

 右足を踏み込み飛ぶ、今居た場所を『ママ』の右手がグチャリと潰す。スローモーションになる世界で、雨に混じって降り注ぐ泥を踊るように躱した。

 今度は胴体を垂直に駆け登り、剣を振り、踊れば、星獣の血が舞った。『ママ』の左手が一帯をなぎ倒す様に攫うが、俺は王剣を棒高跳びみたいに叩きつけ、宙へと躱した。

 

 降り注ぐ泥も、飛び散る血も、少しも俺を汚す事が出来ない。

 土砂降りの雨のなか、真っ赤な血と、真っ黒な泥を掻き分けて、俺のピンクの髪の毛が魚みたいに泳いでいく。

 

 そうして回避を続けると、吹き出る水蒸気が一層濃くなる。怒りのあまり『ママ』の体温が上がっているのだ。

 体表の泥が赤熱し、マグマの様に変色している。痛いほどに打ち付ける雨の中、コレなのだから、体内はどれだけの温度に達しているか計り知れない。

 気が付けば、歩ける場所が減っていき、打ち付ける巨大な手に追い込まれていく。

 そうして辿り付いたのは、頭の天辺。世界を見下ろす頭頂部。ぬっと持ち上がった『ママ』の両手。迫り来る両の手は壁みたいで、俺には何処にも逃げ場が無かった。

 

 ――ヤバいな。

 

 ココに来て、流石の俺も笑みが引っ込む。大分調子に乗りすぎた。四方を塞がれ、空いている頭上は罠。空では急制動で躱せない。すぐに打ち落とされるだろう。

 巨大な両手が俺を潰そうとゆっくり迫る、まるで動く壁だ。強烈な圧迫感。組んだ両手に囚われて、さしづめ俺は籠の中の鳥。

 

 ――カッ!

 

 その時、強烈な輝きが影を掻き消し、色を奪った。突如として、白と黒だけの世界が訪れる。

 

 ――ドォォン!

 

 直後に爆音。雷! 近い。

 そして、首筋にチリチリと強烈な痛み。

 ああ、そうだ。こんな時だって俺の『偶然』は容赦しないんだ。だけど、それが却って心地よい。

 来る、来るんだろ? 来いよ! 俺は王剣を振り上げ、堂々と構えた。

 

 瞬間、再びの閃光。時間が溶けて、色が無くなる。全てが間延びしたようにゆっくりと蠢き、莫大なエネルギーが掲げた王剣に集まるのを感じる。

 色の抜けた白黒の世界で、俺は王剣を振り下ろす。

 

 ――ジジジジジッ!

 

 雷の直撃で帯電した王剣が、星獣の脳天に突き刺さる。

 王剣に内蔵した機構が暴走し、星獣の肉を斬り裂き、暴れ始めた。強化された俺の膂力すら振り払おうと、肉を引き裂き、暴れて唸る。

 王剣は言わば巨大なシュレッダーだ。一度肉に噛み付くと、斬り裂くまで止まらない。

 そのエネルギーが、雷で暴走していた。星獣の肉を掻き分けながら、俺を引き摺り加速を始める。

 間延びした世界でなんとか王剣を握り締めると、強烈な加速度に骨が軋んだ。溶け出した時間をまるきり無視した王剣の加速に、俺の体が振り回される。

 

 ――このまま、ぶった斬る!

 

 ギリギリと歯を食いしばり、人外の膂力と魔力を総動員し、王剣の暴走を押さえ込む。肉を掻き分ける王剣を握ったまま、俺は星獣の頭から飛び降りた。

 頭頂部から、顔、首、胸、胴、そして、足。全てを垂直に斬り裂いて、一瞬で大地に着地する。

 

 まさに、雷光の一閃。

 

 ドンッと着地した俺は、泥に塗れて中に埋まった。帯電した王剣ごと。

 

「アガガガッ!」

 

 そして、漏電! 体が痺れる。

 俺の体がグチャリと泥に沈むのと、ズシンと地面が揺れて、星獣がひっくり返るのは殆ど同時だった。

 

 ――グギャアアァァァ!

<<< 痛いぃぃぃぃ! >>>

 

 『ママ』の悲鳴が心地よい。そう言う俺は、泥に埋まり、呼吸が……ゲェ。

 

「締まらねぇなぁ」

 

 そこを引っ張り上げられた。田中だ。

 

「ガッ、ふぅ……星獣は?」

「効いてるぜ」

 

 田中が指差す先、ぼんやりと目が霞むけど、それでも倒れ伏す星獣の巨体は見間違えようがない。

 

「どうです? 惚れ直しました?」

「まぁな」

「え?」

 

 惚れたの? いやん。

 

「チッ、剣で怪獣とやりあえるんだ、男なら惚れるだろ」

「ああ」

 

 そうだよな、田中が幾ら強くても、星獣の相手は無理。それだけ今の俺は別格だ。技術以前に魔法とか、回復能力とか、全てが人間の枠の外にいる。

 

『羨ましいか?』

『そりゃーな』

『ふふん!』

 

 どや顔でいると、鼻を摘ままれた。痛い。

 そこに、木村も走り込んでくる。その第一声は?

 

「おい、やったのか?」

「「ああぁ~」」

 

 言っちゃうか、それ、言っちゃうかよ。

 魔法の言葉「やったか?」からの「やってない」

 まぁ、言おうが言うまいが、結果は変わらないんだけどな。

 

 視線の先には、まさに今、ゆっくりと立ち上がる星獣の姿が。

 良く見ると、エネルギーを消耗したのか、体高が30メートルぐらいに縮んでいる。でも、だからどうしたと言う程度の差だ。

 

「あれ、ほんとに倒せンのかよ?」

「さぁ?」

 

 俺だってここまで不死身とは思ってなかった。呆れるしかない。

 こうなれば仕方無い、俺は真面目な顔で木村へと向き直る。

 

『じゃあ木村、プランBで行こう、プランBは何だ?』

『Bどころか、お前がプランDぐらいなんだけど?』

 

 なるほどね、シャレが通じないヤツだ。プランDって何だよ、Deathか?

 折角の化け物相手なんだし、ゲームの気分に浸らせろよ。まぁ無理もない。忘れてしまって当然か。

 前世で一緒に遊んだゲームだが、プランBを尋ねると。『ねぇよんなもん!』と言われるのだ。そのセリフが洋画みたいで格好良かったのを覚えている。

 

 田中に至っては、根本的にそのゲームやってないだろうしな。

 

『何だよ? プランBって』

『プランBってのは次善策って意味だな』

 

 オイ! 木村、マジレスは止めてくれ。恥ずかしくなるだろ。

 

『次善策ね、じゃあプランBは何だ?』

『ねぇよんなもん!』

 

 二人してゲラゲラ笑ってやがる。完全に覚えてるじゃねぇか!

 なるほどね、コイツら俺をおちょくってますわ。あと、他人がやってるの見ると普通に恥ずかしい。

 

 やるだけやったのに『ママ』は倒せないし、俺は急に白けてしまったね。

 

「取り敢えず、逃げましょう」

「ええ、そうですね」

「ンだな」

 

 慌てて沼を這い出す。すると、俺達が居た場所を熱線が焼くじゃありませんか。いやー危ないね。完全に狙われている。

 

「全軍、撤退!」

 

 拡声した俺の声と同時、沼に埋まった騎士達が蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。

 あらかじめ決めていたのだ。作戦が失敗したら全員で散開して方々に逃げ出すと。その方が生存率が高いから。

 

「行くぞ!」

「……ええ」

 

 田中がバイクを起こし、後部座席に座るように促す。

 ……しかし、なんだか後ろ髪引かれる思いで背後を振り向いた。沼を脱した星獣が、小さくなった体を生かし、今まで以上のスピードで迫っていた。

 

「オイ!」

 

 田中に強引に腕を引っ張られる。でも、何も応えられない。

 

「グッ、あっ!」

 

 腕を引かれる痛みより、首筋に、今までとはレベルが違う、強烈な痛み。頭までグラグラと痛くなる、なんだ? これは? 今までこんな事は一度も無かった。

 これまで首筋のチリチリとする痛みは、迫る危険を教えてくれた。

 

 これは、何を意味するんだ?

 

 俺は空を見上げる。雷じゃない、その証拠に既に雨は止んでいた。もう昼前、雲の隙間から太陽が覗いている。星獣さえ居なければピクニックにでも行きたいぐらい。

 でも、その空がおぞましい不吉を運んでくるのが、なぜか解った。

 

「出来た……」

「は?」

「プランBが、今、出来た!」

 

 俺は田中の手を振り払い、フラフラと星獣に向き直る。丸腰で。

 王剣は木村に渡してしまった。今頃は装甲車の中だ。

 

「死ぬ気か?」

 

 背後から、田中が訊く。でも、違う。俺は無言で首を振る。

 泥で薄汚れた顔の田中が、澄み切った目で俺を見ていた。

 

「手伝える事は?」

「ありません、足手まといです」

「チッ、そうかよ」

「あ!」

 

 いや有ったわ。

 

「私が星獣を倒したら、さっきみたいに助けて下さい。多分動けないので」

「倒せるのか?」

「間違い無く」

 

 なんせ火力は十分だ。

 俺は再び星獣と向かい合う。太陽の下だと、やっぱり小さくなったのが良く解る。

 それでも三十メートルあるけどな!

 

「死ぬなよ!」

 

 そう言い残して、田中はモーター音と共に去って行った。

 アイツはこう言う時、湿っぽくならないのが良い。ちゃんと俺を認めてくれている感じがする。

 

「さて、時間まであと少し、もう一度、私と踊ってくれますか?」

 

 そう言って、俺は星獣の真下へとすべり込む。踏み潰す足を躱し、転がる体の上を跳んだ。

 そして太陽が中天にかかる時、目当てのモノがやって来たのがハッキリ見えた。

 

 俺は深く深く掘った堀の中、魔法で泥を掻き分け飛び込んだ。

 その上に『ママ』がのし掛かり、泥を掻き分け俺を探した。地中で暮らす星獣は、穴を掘るなどお手のもの、即座に追いつかれ、泥の中に俺の逃げ場は無い。

 俺の小さな体は、星獣の巨大な手に掴まれた。

 

 隕石が『ママ』の背中に落下したのは、その時だった。


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