死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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★狂気の始まり

 ――ピュイ

 

 ピラークと呼ばれるダチョウみたいな鳥が鳴く。彼らが曳く荷馬車はエルフの間ではメジャーなもの。

 俺は荷台の上で、積み上げられた炭と一緒に荷物になっていた。三角座りで膝の間に頭を埋めるように縮こまる。

 

 向かっているのはパラセル村。あのパラセル村だ。

 廃村になっていたパラセル村は旧パラセル村跡地。いまやあそこに行くのは炭焼き小屋のファーモス爺だけらしい。

 何故移住したのか? 濃くなり過ぎた魔力が人体に害を及ぼしている事が解ったからだ。

 そう言えば成人の儀で向かった旧王都。あそこは魔力が特別濃かった。

 

「セレナ……セレナ……」

 

 思い出してしまう、あの時のセレナのこと。いつも以上に元気一杯だった。ああ、やっぱり王都から遠いところに逃げようと言うのが失敗だったんだ。人それぞれ、適量となる魔力量が違うのだ。

 自分の愚かさが何より苛立たしい。

 

「元気を出すんじゃ……」

 

 呑気に声をかけてくるこの爺さんも憎らしい。

 もっと早く、せめて村に着いた時点で現れてくれれば、セレナは助かったのにと思わずにいられない。

 現れないのなら、最後まで出てこなければ、俺はセレナと一緒に死ねたのに。

 夢の中での、セレナの言葉を思い出す。アレは俺が見た都合の良い幻に過ぎないだろう。だけど……セレナは言っていた。

 

「お姉ちゃんにはやって欲しい事があるんだ……」

 

 夢でも良いから、その答えが聞けなかったのが悔やまれる。『参照権』でもお手上げだ。

 残された俺は一体、何をすれば良いんだろうか?

 

 ……そんなの決まってる。復讐だ。俺は最後に残った王族なのだから。

 

 でも、でも、そんなの!

 

「無理だよ、セレナ!」

 

 俺は一人、荷台で膝を抱える。俺は王族の中でも味噌っかす。体力も魔力もからっきし。

 俺は、ただ悲しくて、悲しくて、他の何も考えられ無かった。

 

 だけどゆっくりと、体の中から悪意が染み出してくるのを感じた。

 先ずは村の連中を焦らせて、それから? どうやって俺の悲劇に皆を巻き込めば良い?

 

 そうだ、皆、苦しめば良い!

 

 俺はもう、阿鼻叫喚の人々の姿を想像し、楽しむ事しか出来なくなっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ピラークに曳かせる荷馬車で一日の距離に新パラセル村は有った。大森林の中では大した距離では無いが、セレナと二人で辿り付くには絶対に不可能だったと解る。

 東に行くと決めた時点で、初めから詰んでいた。それが悔しい。

 だけど、楽しいこともある。ココからでも解る。辿り付いたパラセル村の様子がただ事じゃない。

 

 まだ暗くなる前から村の各所で火が焚かれ、厳戒態勢が敷かれている。

 

 村の入り口には警戒感も露わに人が立ち、村に入る人々を厳しく誰何している。

 王都が落ちた事に気が付いたのだ。慌てる村の人間を思うと笑いが止まらない。

 

「これは一体どうした事じゃ!?」

「ファーモス爺さんか、無事だったんだな」

 

 ファーモス爺が門番と話す。俺はその会話に耳を澄ました。

 

「一体何が起こったと言うんじゃ!」

「驚くなよ爺さん、どうやら王都が落とされたらしい、人間にな」

「なんじゃと?」

「信じらんねぇよな? でもマジらしい、あいつら魔法を無効化する秘密兵器を出して来やがったとかで、魔法で一網打尽にしようと思っていた戦士達を逆に一網打尽にして、王都まで一気に駆け上がったって話だ」

「そ……そんな馬鹿な事が」

「有るんだよ、ココだってヤバいかも知れないぜ? 村長やらが集まって、集会所じゃ喧々諤々の話し合いの真っ最中だ」

「そ、そうだったか……」

 

 ファーモス爺はチラリとコチラを見てくる。ようやく気が付いたか? 俺の正体に! 敬えよ! そして死ね!

 

 ダメだ、俺は本当に壊れている。八つ当たりだって気が付いてるさ! でも!

 

 感情を押し込むように、必死に膝小僧を握り締める。感情が爆発しそうだった。

 そんな俺を見ていられないとばかり、爺さんが続ける。

 

「では、その話し合いの場に連れて行っては貰えんか?」

「ハァ? 爺さん正気かよ、そんな場に爺さんが行ったらどんな顔されるか解ってんだろ?」

「どんな顔をされようとも構わん、ワシの話を聞いて、それでも下らないと思うなら好きな様に村から摘まみ出せばいいじゃろう」

「ちっ、好き勝手言いやがって、吠え面かくなよ?」

 

 門番は言い放つと馬車を止め、急かすように俺達を村の中へと案内した。

 

 そうして連れ込まれたのは村の公民館みたいな場所だった。

 イキナリの急展開。俺は村人が集まるど真ん中に放り出される。回りには人だかり、住人が残らず集まってるに違いない。

 ザワザワとまとまりのないざわめきが、俺を見るなり実体を持つかの様だった。

 

 誰かが言った、「これはエリプス王の娘、ユマ姫に間違いない」

 

 誰かが叫んだ、「他の王族はどうなったのか!」

 

 ファーモス爺が呟く、ユマ姫と寄り添うように死んでいた青い髪の美しい少女の事。

 

 すかさず響く叫び声、「それこそがセレナ姫では無いか!」

 

 鳴りやまぬ怒号、そして絶叫。

 

 取る物も取らず逃げて来たと言う行商人や、旅人の口からも王都陥落の報が上がる。

 村の人々は卒倒せんばかりのありさまだった。

 

 どうやら俺は王都陥落の報が知らされる、狂乱のただ中に突っ込まれたらしい。

 運が良い! その狼狽振りを、絶望を、特等席で楽しめるではないか!

 俺は一身に集めた注目を独占して、朗々と語る。

 疲れ果て、舌も回らず、表情筋も固まったままだが、それで良い。舌っ足らずな位が悲劇を語るのに丁度良い。

 

「父様も死んだ、母様も死んだ、ステフ兄様も、セレナだって死んじゃった」

 

 焦点の定まらぬ目で泣きながら笑う。

 

「みんなみんな死んじゃって、私だってどうして生きてるか解らない」

 

 それまでの狂乱が嘘の様に静まり返り、静寂が訪れた。

 

 ――ああ、なんて、心地よい。

 

 まるで自分自身が『絶望』になった様だ。いや、そうだ! 俺が! 俺こそが絶望なのだ! 俺の『偶然』が『絶望』をもたらした。

 

 だったら、帝国だって絶望させる事が出来るはずだ。

 

 その後、どうするべきかと紛糾する論議の中。俺は希望の糸を垂らしてやった。

 この村でレジスタンスを結成する? 様子を見る? 和睦を持ちかける? 全部無駄だ、霧の前にエルフは無力なのだから。

 じゃあどうするか?

 

「私は人間の街へ、出来れば王都に向かいたいと思います」

 

 打倒帝国を掲げ、東の王国と手を組む。それしかない、それこそが帝国を打倒する唯一の方法にして、世界を混沌と破壊に導く一手になる。

 

「魔法を封じる策が向こうに有る以上、我々だけで戦うのは得策ではありません。同じ無能の耳無しでも、この世を統べる権利を神授されたなどとのたまう輩より、ビルダール王国の方が話せるでしょう。彼らとて皇帝がエルフの技術と兵力を手に入れた先に何を望むかなど、解らない筈が無いのですから」

 

 それはセルギス帝国と対を成す、ビルダール王国との同盟。

 

 しかし、敵対こそしていないがビルダール王国と国交など一切無いのだ。加えて種族の壁と言う奴は根が深い。突然王都にアポ無しで殴り込むのは危険だと反対される。

 それこそ唯一残った王族の生き残りに何か有ったら村の責任問題になりかねないと止める老人が大勢居た。

 

 更に言うなら、人間との同盟など俺の独断で決めて良かろう筈が無いのだ。王族は全員死んだと言うのだって、俺の自己申告に過ぎない。

 だけど、ココは勢いが大切だ。

 

「だとすれば、誰が決めるのです! 父様ですか? 母様ですか? 死者に話が聞ける者が居るのならば名乗り出て下さい! それとも最後まで戦った父を見捨てて逃げた元老院の生き残りでも探してみますか? 見つけ次第、今からでも父様の御許に送って差し上げます」

 

 俺は毅然かつ、堂々と宣言する。ハッタリが大事だ。俺は一人でも多くの人間を殺したいのだから。

 戦女神の様に、彼らを戦争へと導く、その先に死が待っていても構わない。

 

 初めは戸惑うばかりだった村人も、俺の様子に徐々に惹き込まれて行くのが解る。

 どうやって日々の生活を取り戻すのかと言う焦りと不安一色だった心が、奴らに一泡吹かせてやると、地図を取り出し戦略まで語り出すようになった。

 朗々と語る俺の姿が人々の勇気に変わる。それが蛮勇であるとも知らずに。

 

 トントン拍子に俺の出発は決まった。

 帝国が攻めて来てからでは遅いのだ、早い内に俺は村から脱出する必要があった。

 喧々諤々の論議があったが、大森林から直接に王都を目指すのは無謀と言うのが皆の共通認識であった。

 それだけ大森林とビルダールの王都を遮るピルタ山脈は難所であるとの事。

 そこで飛び出した一案は、王国の大都市を巡りながら打倒帝国を喧伝すると言うモノ。

 

 直接王都に乗り込めないのならどうやっても長旅になる。だけど、この村の保存食だけで王都へと回り込む長旅には耐えられない。

 だとしたら人間の村々に寄る必要があるのだが、いっそ大都市を中心に行脚して、各地の貴族に協力を要請しながらの方が良いと言うのだ。

 

 危険な賭けに思うが、どうせ人間の街に寄る必要があるのなら、その時の反応を見ながら臨機応変に作戦を変えたって良い。

 

 かくして俺は、村の物資を満載した馬車を手に入れた。

 ついでに共に行くぞと、声を荒げる若者が数名護衛についてくれた。ピラーク二頭立ての村の規模から考えればそれなりに豪華な荷馬車である。

 

 俺は村の大歓声を浴びながら、外の世界へと飛び出した。

 それが辛い旅路になる事は、解りきっていたのだが……


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