死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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すれ違いの代償

 シンと静まり返った野営地。皆が皆、一人の少女の無事を祈っていた。

 そんな張り詰めた空気を切り裂いたのは、男達の切羽詰まった声だった。

 

「ユマ姫だ! 道を空けろ」

 

 その声を聞いた瞬間、シノニムは装甲車から飛び出した。ザワつく兵士の群れを掻き分け、一人混じった緑マントの男に問い正す。

 

「姫様は!?」

「重傷ですが、なんとか一命は取り留めました」

 

 木村は何度したか解らない説明を繰り返す。そこに、戸板に乗せられたユマ姫が運ばれてきた。

 

「ひどい……」

 

 重傷者を見慣れたハズのシノニムが、顔を蒼くして思わず漏らす。少女は(おびただ)しい出血に(まみ)れていた。左手はグチャグチャに折れ、両足は欠損、体中に痛々しい包帯が巻かれている。

 

「すぐに手当を!」

「ポーションはもう掛けました、これ以上この場で出来る事はありません」

「じゃあ!」

 

 すぐに移動しなくては。あの古代の施設ならもっと良い治療が出来る。ココからは遙か遠いが、装甲車に乗せれば数日で到着する。

 シノニムはそう思ったし、木村も同じ考えだった。しかし、その前にやる事がある。

 

 軍の解散だ。

 

 戦争は始めるよりも終わらせるのが難しい。今回は特にそうだ、なにせ終わらせるべき人間がどちら側も退場している。

 王国はオーズド伯が自領に引っ込んで久しく、帝国はテムザン将軍をユマ姫が殺してしまった。

 

 今の敵司令官は誰なのか? ソレすら誰も知らないままに、ユマ姫達は帝国深くに踏み込んでしまっていた。

 コレでは停戦すらもままならない。

 

 別に、木村達が情報収集を怠った訳では無い。

 帝国領に踏み込んだ時点から、帝国地方領主から使者が派遣されたりもするのだが、彼らとて早過ぎる戦況の変化を前に、ロクな情報を持っていなかった。

 そして彼らがコチラの情報収集に頼るのは、王国軍に寝返った帝国騎士だ。

 彼らも帝国では身分のある人物、何故寝返ったと顛末を問い正せば、聞きしに勝る魔女の非道。そして天使の如きユマ姫の美しさと言う訳だ。

 そうなると日和見な領主達は、まさか魔女の仲間と疑われる愚は犯せない。

 自領を進むユマ姫達に、手を出してくる領主は皆無であった。

 

 戦おうとする軍がないのだから、誰も帝都へ指示を仰がない。だから司令官も解らない。

 停戦する相手も居ないまま、ユマ姫達はズルズルと、魔女を求めてスールーンまで来てしまったと言うのが顛末なのである。

 

 だからといって、ユマ姫と言う支柱を失った今、進軍し続ける事は出来ない。どうにか穏便に、一度戦争を終わらせる必要があった。

 戦闘こそなかったものの、もはや陣地は遠く、物資に余裕がある状況ではない。大きく戦線を後退させる必要に迫られていた。

 

 敗北もなく軍を後退させるのは難しく、軍の解散を宣言するより道は無かった。

 

 せめて、強固な陣地でもあれば話は違うのだが、騎馬だけで進軍したユマ姫親衛隊に陣地の構築など不可能だった。

 

「神の使命は果たした、ユマ姫は重篤。我々は解散する」

 

 なので、騎士の目前にユマ姫を晒して、解散を宣言するしかなかった。

 決して褒められた行いではない。

 意識の無いボロボロの少女を衆目に晒すのはあまりにも無体。シノニムは反対したし、木村だってやりたくなかった。

 それでも、必要だった。なぜか?

 

「解散って!」

「我々は、どうすれば良い!」

 

 帝国騎士に居場所が無いからだ。

 彼らは裏切り者だ。一刻も早くユマ姫が帝国を征服なりして、代わりに叙勲でもしてくれないと立場が無い。

 突然の停戦、そして解散と言われれば、怒りに暴発しかねない。

 

 だから血気逸る騎士の眼前に、ボロボロのユマ姫を晒すしかなかったのだ。

 血まみれで、足を失い、包帯にグルグル巻きにされたユマ姫を見れば、騎士達だって、たまらず二の句を失った。

 

「なんと! ああっ! おいたわしや!」

「こ、こんな事が……」

 

 絶望する者も少なくない。ココまでの重傷だとそのまま死んでしまうのが普通。

 思い出すのはバニー衣装、網タイツに魅せられた騎士は少なく無かった。

 なれどコレでは、万にひとつ一命を取り留めても、アレほど綺麗だった足は二度と戻らない。

 

「いや、戻る。姫には奇跡の力がある」

「馬鹿な事を!」

 

 木村がそう言っても誰も信じず、どんよりとした絶望が広がった。皆が騎士なのだ、治る怪我と治らない怪我を知っている。

 こうして戦意が挫けるのは木村にとっても期待通りだが、自棄になって山賊になど身をやつして貰っても困る。

 

「良く見ろ! 背中の鞭の跡が消えている! 神の奇跡が今もユマ姫を癒やしている」

「おおっ! 本当だ!」

「まさか、足が、生えるのか?」

「その、まさかだ。ただし、こんな所では治療が出来ない。後方で治療に専念する。つまり諸君らには戦線を維持して貰う必要がある」

「おお!」

 

 戦線の維持、つまり騎士達にも仕事がある。

 ザワつく騎士達に、木村が声を張る。

 

「安心しろ! 遠征軍としては解散と言うだけだ。一度クーリオンまで後退し、体制を整える。望む者は全て私が責任をもって雇用する!」

「本当か?」

「勿論だ!」

 

 肥沃なゼスリード平原を帝国は開拓していた。騎士に払う俸禄(ほうろく)ぐらいは賄える。

 逆に言うと、ゼスリード平原に戦力を裂く以上、クーリオンまでが戦線を維持出来る限界。木村は慎重にそろばんを弾いていた。

 

 ……だが。

 

「その必要はねぇよ」

 

 しかし、そこに割り込んだのが田中だった。背後には身ぎれいな男を連れている。

 

「こいつぁスールーン領主の懐刀だ。知った顔だから間違いねぇ」

「これはこれは……」

 

 木村は慌てて使者の手を取る。対する使者は挨拶もそこそこに、結論を急いだ

 

「スールーンは降伏します、あなた方で我々を守って欲しい」

「なん、ですと?」

 

 それではまるで話が変わってしまう。スールーンと言う強固な陣地があれば、戦線を下げる必要もない。

 使者の話は簡潔だった。スールーンは王国に下る。城塞都市ゆえに守りは堅く、十分に守り切れるとそう言うのだ。

 

「悪い話ではないと思いますが?」

 

 使者の言葉に木村は詰まった。魅力的な提案、スールーンなら帝都も目と鼻の先。ユマ姫が十六になる前に、帝都を落とすのも現実的になる。

 なれど、味方陣地は遠く、もしスールーンに裏切られれば恐ろしい被害が出る事が目に見えた。

 

 木村は使者の顔をジッと見つめ、真意を探ろうとするのだが、その肩を叩いて笑って見せるのが田中だった。

 

「木村、安心しろよ、なんせ使者(コイツ)は俺達よりも近くで、アノ瞬間を見てんだぜ?」

 

 どう言う事かと木村が目で尋ねると、使者はヤレヤレと頭を掻く。

 

「恥ずかしながら、タナカ殿には気絶していた所を助けられました」

「なぁ、木村? お前、あのお姫様を敵に回せるか?」

 

 無理だ。木村は首を振る。なるほど帝国にしてみればユマ姫が隕石を落としたとしか思えない状況。あの威力を前に、城塞など何の意味も無い。スールーンの裏切りはありえない。

 

「決まりだな、騎士や兵士をスールーンに回せ。俺達なら守り切れる」

「しかし、ユマ姫はどうする?」

「施設の使い方はシノニムさんや、あのおっかねぇ姉ちゃんも知ってるんだろ? 俺達がついてる意味がねぇ」

「だけどよ……」

 

 言い淀む、木村は今にも死にそうなユマ姫に付き添いたかったのだ。

 

「アイツは死なねぇよ……」

 

 一方で、田中は恐ろしかった。千切れた右腕は繋がり、千切れた胴も塞がっている。尋常じゃ無い生命力。

 或いは本当に自分の助けが必要だったのか、そんな事まで考えてしまう。

 

「キィムラ様!」

 

 そこにシノニムさんが駆け込んできた。ユマ姫が目を覚ましたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ココは? 俺は?

 俺は……ユマ姫だ。ぼんやりと、思い出す。

 知ってる天井だ。なにせ、遠征中はこの装甲車の中で寝泊まりする事も多かった。

 

「姫様っ!」

 

 シノニムさんが俺の手を取る。……どうやら地獄じゃないらしい。

 

「ママ、いえ、星獣は?」

「死にました! 倒したんですよ!」

「そう……」

 

 嬉しい半分、どこか寂しい。俺の中の『坊や』は『ママ』の死を悲しんでいる。どうして殺したんだと責めたてる。

 だけど、俺は死にたい者は全て殺すと誓った。『ママ』はきっと死に場所を探していたんだ。

 『ママ』は、どうして『坊や』は死んだのかと、やり切れないモノを抱えて生きていた。だから『坊や』の魔力を持つ俺が、どうしても許せなかった。

 だったら俺が殺してやらなくちゃだよな。他の誰かに殺されるなんて許せない。

 

 ……思い出すのは、自分の手で父様を殺した時の事。

 辛かった、苦しかった。でも、あれで良いんだ。もしも田中に任せていたら、きっと田中すら恨んでいた。自分でケリをつけるべきなんだ。ほろ苦い思いがグルグルと巡る。

 

 だから、嬉しそうなシノニムさんの言葉がわからない。

 

「どうして、喜ばないのですか? やっと神の使命を果たしたのに」

「……え?」

 

 神の使命? そう言えば、俺は神の使命を果たすために転生したとか、そんな事を言ってきたっけ。

 ただの嘘だ。ただ生き延びる事だけが、神の唯一のオーダーだった。

 しかし客観的に見て、人類を絶滅させかねない星獣の討伐こそが、神の使命にふさわしい。

 

「……そう、ですね」

「もう! 悲願を果たしたのですからもっと喜んでも良いでしょう?」

「それよりは今後の事です、キィムラ様を呼んで下さい」

「はい、承知しました」

 

 出て行くシノニムさんを見送り、ジッと足を見る。

 無い。

 普通なら絶望する所だが、俺にとって苦では無い。施設にポーションの在庫あったかな? たっぷりとカプセルを満たせる程は無いだろう。だとすると二度と欠損は治らない。

 でも、そんな事はどうでも良い。今の俺には。

 

「キィムラ様をお連れしました」

 

 見ると、後ろには田中も居る。丁度良い、聞こうじゃないか。隕石が落ちた後、何があったのか。

 

 

 ……どうも俺が気絶していたのは二日ほど、混乱する軍に解散宣言をしたばかりと言うから殆ど時間は経っていない。

 

「姫の魔法を見たスールーンは降伏を選択しました」

「それは良かった……」

 

 淡々と戦後報告を聞いていると、突然シノニムさんが椅子を蹴飛ばし立ち上がった。

 

「そんなこともう良いでしょう? ユマ様は星獣を倒したんですよ! ユマ様がずっと仰っていた神の使命とはこの事だったんですよね?」

「……そう、ですね」

 

 違うと言い出せない雰囲気だ。進軍を停止する理由にもしてしまったと言うので、引き返せない。

 

「もう姫様は戦う必要が無いんです! 確かに、こんな姿になってしまいました。だけど、私がユマ様の足になり、腕となります。だから……」

「もう戦うなと?」

「まだ戦うおつもりですか? その姿で!」

「ええ、私が始めた戦争です。責任を取らないと」

「今のあなたに責任を問う人間など居ません!」

「…………」

 

 そう言われるとな、今の俺を戦場に送ろうって鬼畜は居ないだろうよ。

 

「姫様は以前おっしゃってましたよね? 帝国に復讐して、帝国からの恨みを一身に背負うと」

 

 言ったっけ? 言ったか? なんか大森林に戻って即位しない言い訳に使ったかも。

 

「でも、今のあなたを恨める人間なんて、どこにも居ません! だから、だから!」

 

 とうとうシノニムさんは泣き崩れてしまった。困ったなコレ。

 確かに、こんなになってまだ戦うって言い続ける女の子って悲痛な感じあるよな。

 

 でも、今の俺の魔力をもってすれば、まさに足なんて飾りだ。飛んで動ける。片手だって色々出来るだろう。でも、そんなのシノニムさんには関係無いか。だから俺はキッパリと宣言する。

 

「解りました。体が動くようになるまで、私は一切戦いません」

 

 体の芯からダメージが蓄積し、どうせしばらく動けない。ならばしばらく休むってのもやぶさかじゃ無い。

 だけどシノニムさんは納得しなかった。

 

「もう戦わないと約束してください!」

「それは出来ません。もしも、走れるようになれば、私はまた戦場に立つでしょう」

「走れるようになれば……ですか」

 

 渋々ながらもシノニムさんは納得してくれた。施設に残された魔力とポーションの残量では足を治しきれないと知っているのだ。去年、雷に打たれたときも魔法と併用して、完治には一年かかった訳だしな。

 でも、今の俺なら、義足さえあれば魔力で好きに走れるだろう。シノニムさんにはこの辺で妥協して欲しいが、どうだ?

 

「キィムラ様!」

「なんでしょう?」

「少し外に出ませんか?」

「え、ええ」

 

 思い詰めた様子で、シノニムさんが木村を装甲車から連れ出した。

 俺はそっと耳を澄ます、集音の魔法だ。聞こえて来たのは、兵士の会話、薪がはぜる音、虫の鳴き声。そこに混じった木村の声に、ゆっくりとフォーカスを合わせる。

 今の俺には見えない場所の音すらも拾える。

 

「どういった用件で?」

「来年の夏に帝都を陥落させる事は可能ですか?」

「……断言は出来ませんが、敵の戦力は僅かでしょう。無理をすれば可能かと」

「お願いします。姫様が戦えない内に、戦争を終わらせたいのです」

「なるほど、承知しました」

 

 おうおうおう、どうやら俺は一年以内に体を治さなくちゃ復讐を果たせそうにない。

 まぁ良いさ、どうせ俺の『偶然』は二年も待ってくれない。そんな時間制限はあって無いようなモノだ。

 そうして集音魔法を制御しながらぼんやり装甲車の壁を眺めていると、暇してるとでも思ったのか、田中が話し掛けてくる。

 

『おい、喰うか?』

「え?」

 

 枕元にドンッと置かれたのは生肉だった。生肉って言うかさっき捌いて内臓抜きましたって感じの枝肉。肉の塊だ。決して死にかけの女の子にプレゼントするモンじゃない。

 コイツ馬鹿だろ? でも俺には解るよ。コイツなりの気遣いなんだろう。なにせ原始人みたいにマンモス追いかけてるのが似合いの男だ。

 

 手足を失った俺に、せめて美味しいモノを食べて欲しい。美味しいモノとは何だ? 肉!

 

 どうせ、そんな思考回路なんだコイツは、俺には解る。だけど、そろそろ文明ってモンを理解して欲しい。

 

「私は怪我人ですよ? 生肉はちょっと」

「えっ?」

 

 俺がお姫様モードでやんわりと断ると、ギョッとした様子で後ずさった。

 

『生きたままじゃないと駄目か?』

『俺の事、何だと思ってんの?』

 

 お姫様やぞ!

 

『いや、助けた直後のお前は生肉をバリバリ食ってたぞ』

『なにそれ、怖い!』

 

 全然覚えてねぇぞ?

 

『なぁ、頼む。食べてくれよ。そうじゃなきゃアイツが浮かばれねぇ』

 

 アイツって? 問い正すと、どうもこの肉は俺が乗ってた白馬、サファイアの肉らしい。

 うーん、スプラッタ。気絶する俺の横で捌いたって事? 猟奇的過ぎる。混乱する俺に丁寧な説明がされる。

 白馬に乗った田中が誰よりも早く現場に辿り付いた事。その白馬が、突然俺を襲った事。そして、無意識の俺の反撃で、生きたまま喰われた事をポツポツと語ってみせた。

 

『きっとよ、アイツはお前に喰われるためにあそこまで駆けつけたんだ。意識を失ったお前に喰われるためには、殺意をぶつけるのが一番だって、アイツはそこまで知ってたんだ』

 

 ……そうかなぁ? 普通に殺そうとしたんだと思うが?

 まぁ、良いか。丁度腹が減っていた。馬肉なら生でイケるだろ。俺はむんずと肉塊を掴んで豪快に齧り付く。

 ……美味いな。

 

『おう、その右腕も肉を食ったらすぐにくっついたからな。いや、生えたんだっけ?』

『なにそれ怖い!』

 

 ジッと右手を見る。そう言えば右腕が妙につるんと綺麗である。あれだけの大立ち回り。傷の無い右手がとても不気味に感じる。

 一体俺の体に何が起こっているのだろうか?

 

「はふっ! はふっ!」

 

 シリアスな場面。なのに、俺は食べるのを止められない。二キロはある肉塊がするすると俺のお腹に収まった。

 

「はぁ……」

 

 満たされる。何だコレ? 異常に食えるし、幾らでも食べたい。

 

『そういや、お前、折角生えた耳、千切れちゃったん?』

『ん? ああ!』

 

 俺は頭をまさぐる。無理矢理に泥に飛び込んだから千切れてしまったみたいだ。もともと不安定に生えていたからなぁ。

 

『俺のモフモフが……』

 

 いや、お前のじゃないと思うぞ?

 そんな話をしていると、シノニムさんが戻って来た。

 

「戻りました」

「気は済みましたか?」

「ええ、少し取り乱しました。もう大丈夫です」

 

 そうかそうか、長旅だからな、あんまり責められては堪らない。じゃあとっとと帰って、とっとと治そう。

 前線に残る木村と田中とはココで一旦お別れ、なんか言う事あるか?

 

『なぁ……』

 

 木村が真剣な目で話し掛けて来た。

 

『マジで、もう戦わないってのは無理なのか?』

 

 お前までそれかよ、でもさ、なにも俺は戦闘狂じゃない。

 

『俺は戦いたいなんて言ってないけど?』

『じゃあ!』

『戦いたいんじゃない、一方的に殺したいんだよ。帝国の奴らを! 一匹残らず! 虫けらみたいに! ちょうどアイツらがやったみたいにな!』

 

 俺は歯を剥き出しに、威嚇する。奴らは皆を、大切な家族を殺した。俺がこの手で殺さないと気が済まない!

 

『帝都の人間ってのは、一般人もか? 何にも知らない人達だぞ!』

『一般人だからって、奴らは容赦しなかっただろ?』

『じゃあ、お前に従ってる帝国騎士達も殺すのか? お前の為に戦ってる奴らも!』

『殺すさ! 逆らうなら殺す! 死にたいなら殺す! 大森林への侵略に参加していたらそりゃ殺すさ』

 

 俺は、セレナが死んだ時。全員ぶっ殺してやるって誓ったんだよ。

 

『それで、本当に満足なのかよ……』

『知らねぇよ。殺してから考える』

『お前……』

『どうして俺の家族はあんな目に遭わなくちゃならなかった? 占領も出来ない癖に、どうして侵略した? 気が狂うほど知りたい反面、どうせクソみたいに下らない理由だ。想像するだけで頭がおかしくなりそうになる。だからもう、グチャグチャに殺してから考えるさ!』

 

 アイツらを殺してから、目的でもなんでも調べたら良い。

 その時は、いっそ下らない理由であればあるほどスッとするだろう。そんな下らない目的のお陰で、お前等はゴミみたいに死んだんだって、地獄まで笑いに言ってやる。

 

 田中の話が本当だったら、怪我だって大丈夫だ。食った肉が体に吸収されるのをハッキリと感じる。

 

『今の俺の体は、施設の力が無くてもすぐに治る。そしたらこの手で殺せる』

『そうかよ……勝手にしろ』

 

 吐き捨てる様に言って、木村は出て行った。

 田中も田中で、面白くなさそうにガリガリと頭を掻く。

 

『戦う気もねぇ住民を殺すなら、俺は手を貸さねぇぞ?』

『わかっています』

『なら良い』

 

 それだけ言って出て行った。俺はホッと息を吐く。醜い殺意をアイツらに晒すのは、やはり辛い。エロい格好を見られるよりも辛い。

 そっちはなんか癖になってきた疑惑すらある。

 

 自己嫌悪にグルグルと頭が回るが、コレばかりはどうしようもない。セレナが死んだ時から、殺意は少しも冷えていないのだ。

 

 装甲車が酷くゆっくりと動き出した。俺の体を気遣っての事だろう。この調子なら施設にたどり着くまで随分と時間が掛かることだろう。

 どうせ、秋と冬は戦争など出来ない。春も種まきがある。来年の夏までに治せば良い。

 

 満腹になった俺は、心地よい振動も手伝い、すぐに微睡みに落ちていった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その夜、昼間寝た事も手伝って目が覚めてしまった。

 

 ……ぼんやりと目を開く。だけど体が動かない。金縛り状態だ。酷使した体が言う事を聞かない。

 急に怖くなった。凶化した俺の体は不安定。突然に背骨が歪み、半身不随になったとしても不思議では無いのだ。嫌な予感に背筋が凍り、冷たい汗がじっとりと頬を伝う。

 でも、頭は働く。ならば!

 俺は体中に魔力を巡らせ、自分の状況を確認する事にした。俺の得意技だ。コレが出来るからこそ、俺は他のエルフよりも精密な治療が出来るのだ。

 そうして解ったのは、俺の体は大規模なオーバーホール中と言う事。

 見た目以上に俺の体はボロボロで、神経や毛細血管は千切れまくっていたらしい。それを一旦ドロドロにして、構成し直している真っ最中。

 凶化した俺の体に星獣の記憶が反応し、人間を越えた謎の生物に成り果てようとしている。

 でも、それは良い、それは良いんだ。思ったより早く動けるようになりそうなんで、むしろ大歓迎である。

 

 問題なのは、指一本動かせないこの状況で、ギリギリと首筋の痛みが止まない事。寝違えたのかと思ったが、違う。

 これは、俺の運命が削られる痛みだ。それが、過去最大の強さで脳を焼いた。

 『過去最大』! 紛れも無く! なにせ痛みに慣れた俺にして、目の前に星が飛ぶような強烈な痛み。

 ……もっと解りやすく言おうか?

 

 あの隕石よりもずっと確実な死が、迫っていた。

 

 この状況で? もし、動けない今、もう一度隕石が降ったら?

 俺は死ぬしか無い。装甲車だって平気で消し飛ばすだろう。

 殺し屋だったらどうだろう? 運命が削れる以上、ソイツは確実にココに来る。ならばそいつはシャリアちゃんの警戒すらすり抜ける凄腕である。今の俺にどうする事も出来ない。

 今の俺は魔法も使えない、金縛りで呪文が唱えられないからだ。魔力を魔力のまま漂わせるのが精一杯。

 

 俺の『偶然』は俺を正確に殺しに来る。だからこそ、首筋の痛みを合図に、俺は決まって逃げを打つ。すると俺が居た場所を次々と死が通り過ぎていった。

 言うなれば、それが俺の『偶然』に対する必勝法だったんだ。

 

 でも、体が動かせない今はどうなる? 俺は死ぬしか無いじゃないか!

 そんな! やっと、やっと帝国が落とせる目前まで来たのに。なんで? 嫌だ! 死にたくない! こんな所で! 動けずに死ぬなんて!

 唯一動く眼球を巡らせて、装甲車の中をキョロキョロと見回す。誰も居ない。だけど、ちょっとした影が怖い。今にも動き出しそうで。

 装甲車のバックドアは開け放たれて、外が見える。出入り口はあそこだけ。テントが設置されて、護衛が見張って居るハズだ。視線を巡らせると、煌々と火が焚かれている。誰か居る! 大丈夫だ。

 

 だけど、俺は気が付いた。篝火のそばにユラユラと揺れる影が立っている。

 

 アレは人影? まさか、殺し屋? それとも化け物? いや、違う。きっと違う! あんな所に怪しい人間が居たら、きっと誰か止めるだろう。

 洗濯物かなんかがそう見えるだけ。体さえ動かせれば、ちょっと歩いてすぐ確認出来る。だけど今はそれが出来ない。

 

 影がフラフラと揺れている。動いている。

 

 洗濯物があんな風に揺れるだろうか? 怖い。動けないのがこんなにも怖いなんて!

 俺は、揺れる影から目が離せなくなっていた。深呼吸を繰り返す。ギリギリと、首の痛みは増している。

 

 ストレスと、乾いた目の痛みに打ちのめされて。俺はそっと目を瞑った。

 大丈夫だ、気のせい。首の痛みだって間違える事もある。なんだったら原理だって解っていないのだ。今まで『偶然』が殺しに来る時、決まって首筋が痛んだのはそれこそ偶然だった可能性もある。

 

 そうだ! そう。いや? そうか? 確率的にあり得ない。俺は何度もこの痛みに救われてきた。いや、でも、だとしても、怯えてたって良い事なんて一つも無い。目を瞑って居ても解決になどならない。

 

 そうだ、俺は何にビビってるんだ。大きな騎士にも、暴れる魔獣にも、恐ろしい殺し屋にも、伝説の魔獣や、並み居る軍勢にだって、俺は立ち向かって来たと言うのに。それが揺らめく影に怯えているなんて、まるで喜劇だ。

 自嘲気味に笑って、俺はゆっくり目を開けた。

 

 ――ッ!

 

 影が、消えていた。さっきまであった、揺らめく影はドコにも無い。

 なんで? なんでだ? ドクンドクンと早鐘を打つ。いや、違う。洗濯物を取り込んだんだ。この時間に?

 

 人が立って居ただけ。でも、女の子の部屋の前で、たった一人で兵士が佇むだろうか?

 

 グルグルと頭に恐怖が巡る。自分の事を命知らずと思っていたのに、今はこんなにも死ぬのが怖い。あやふやな何かが怖い。

 恐怖に目を瞑りかけた自分が居て。気合いを込めて目を見開く。

 

 装甲車の入り口で、影がこちらを覗き込んでいた。

 

 

 全身を、ぐっしょりと汗が濡らした。

 コイツだ! 間違い無く。コイツが俺を殺そうとしている! 耳の血管が脈打つ音が、うるさいほどに聞こえて止まない。

 

 誰か! 不安と恐怖に錯乱した脳が、田中、木村、二人の顔を思い出させる。

 だけど、別れた時の寂しそうな顔だけしか思い出せない。いつもは助けてくれた二人だけど、ここには居ない。少しだけ、すれ違ってしまった。

 

 俺がジッと見つめる先、影が揺れる。揺れる。装甲車の前、いや、もう中。

 風など吹いていないのに! 揺らめきながら近づいてくる。

 

 装甲車の中、漏れ出した魔力の燐光が、ぼんやりと影を照らし出す。

 

「姫様……」

 

 シノニムだった。

 

 ホッと息を吐く。文句を言おうにも、舌は痺れて動かない。

 良かった、様子を見に来ただけか。安心して目を瞑る。こう言う時は寝直すに限るのだ。

 いや? しかし、なんでこんな時に?

 

 そして、首筋の痛みは止む気配がない。

 

 再び目を開くと、シノニムは更に近づいていた。手に持つナイフが燐光に蒼く輝く。

 

「どうして……」

 

 そして、構えた。

 

「どうして? 使命は終わったのに」

 

 何を? シノニムさんは何を言ってるんだ?

 そして、気が付いた。どうりで影がシノニムさんに思えなかったハズである。

 シノニムさんに、運命の光が見えない。

 

「姫様が帝都を焼き、無関係な人間を殺せば、戦争は、ずっと終わらない」

 

 なんで? 知って? 木村との会話は……

 

「ずっと一緒に居るのです。神の国の言葉でも、いい加減覚えます」

 

 そう言ってシノニムさんは、手に持ったナイフを俺の心臓に突き刺した。

 ゆっくりと。

 

 え? あ?

 

「私はオーズド様に、オーズド様の為に生きて。だけど、オーズド様はあなたを悪魔と。それでも私は! あなたを信じて!」

 

 しんぞうだけでなく、食道もきりさかれて、口の中、血のあじがする。

 

「きっと、それが世界を救うのだと! そう信じて!」

 

 ああ、そうか。

 

 シノニムさんが俺の味方をしてくれたのは……俺が何も持たない女の子だった時から、ずっと味方をしてくれたのは……理不尽な悪が許せなかったからだ。か弱い女の子を害する敵を、激しく憎んでいたからだ。

 きっと、そこにかつての自分を重ねていたんだ。

 

 それが、か弱い少女に見せかけた悪魔だと知ったなら。それは、こうなるか。

 

 コレが、死? 前とは違う、熱くない。体が芯からゆっくりと冷えていく。

 こんな死に方だったら、悪くない。シノニムさんに殺されるなら……。

 

 

 

 ――でも、お前も死ね。

 

 

 

 俺はシノニムさんの首筋を掴んだ。

 右腕が動かせた。出来たばかりの右腕だ。

 力を込める。ゴキリと鳴った。

 

 シノニムさんは、満足そうな顔をしていた。

 俺の意識が遠ざかる。魔力で心臓の代わりに血を……無理だ、力が抜ける。何も考えられない。瞼が重い。

 

「ッ! どうしたの?」

 

 シャリアちゃんの声がした。

 

「この! なんで? お願い! 置いていかないで!」

 

 無理だよ、ごめんね。

 こんな終わり方。あんまりだよね。

 

「目を開いて! 開け!」

 

 もう、そんな力も残っていなかった。

 

 だけど、体に魔力が戻った。なんで?

 これは、セレナ? セレナの魔力? そうだ俺の体には秘宝が埋まって。

 心臓の代わりに、魔力が俺の体に血を巡らせる。だけど、それだって長くは続かない。

 大きく斬り裂かれて欠損した心臓は、魔法では決して戻らない。

 

「だったら! これを!」

 

 そう言って、シャリアちゃんはまだ動いている心臓を取り出した。

 シノニムさんから。

 

「代わりに!」

 

 そう言って、俺の千切れた心臓を取り出してぶち込んだ。ミニ四駆のモーターを代えるみたいに。

 手慣れたモノだ。実際慣れているんだろう。人間剥製作りの第一人者なだけはある。

 

「ハッ、ぐぅ」

 

 ミニ四駆並に単純な俺の体に、血が巡る。でも、足りない。血が足りない。

 

「じゅる」

 

 だから、啜る。シノニムさんの血を。

 

「がふっ」

 

 そして、囓る。シノニムさんの肉を。

 

「ああ、羨ましい」

 

 何故か、シャリアちゃんはうっとりとそれを見ていた。

 そして言ったのだ。

 

「ユマ姫様、私も」

 

 シャリアちゃんは、そう言ったのだ。

 そこまでは、憶えてる。

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