死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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九章 皇子の悲願と世界の終わり
黒峰1


 校庭で体育の授業。私はサボってる男子を注意して……それから……

 

 気が付けば、真っ白な世界に浮いていた。体も無く、私が黒峰寧音だと言う自我だけが漂っている。

 

 これは夢だ。ポカポカと暖かい世界で、私は何にも考えられない。

 

 ――あなたは死にました。

 

 だから、その言葉が聞こえて来た時はゾッとした。

 

 うそっ? 誰? なんで? 面白い夢だなぁ。夢でしょ? もう!

 色んな気持ちがグルグル廻って、パチンと弾けた。

 

 わたし、死んだんだ……。

 

 ――はい。

 

 ねぇ、出て来てよ。神様なんでしょ?

 

 私は、異世界転生モノの小説を読んでいた。最近良くある奴だ。だから、コレがそんな現実だと理解した。

 

 ――皆さん、順応が早いですね。興味深い。

 

 神様? とてもそうは見えない。白い世界に現れたのは大学生のお兄さんだった。寝癖が残ったボサボサの長髪に、ぼんやりした童顔。しわしわのリネンシャツとカーゴパンツで素足のままにデッキシューズ。どう見ても神様って感じじゃない。

 

「実体が有った方が話しやすいって言ってましたから、どうです?」

「……それ、誰が?」

「木村さんですよ」

「ああ……」

 

 あの変人なら、細かい事を気にするだろう。文化祭でも、細かい突っ込みばかりしてきてウザかった。

 

「私は、いいえ、皆はなんで死んだの?」

 

 私だけでなく木村君も死んだと言うなら、学校の皆も、ひょっとして地球が丸ごと吹っ飛んだのかも。

 

「いいえ、死んだのは四人。あなたと、木村さん、田中さん、そして高橋さんです」

「え? なんで?」

 

 たった四人? 校庭には二クラス分の生徒が居たのに! グラウンドの真ん中で私達だけ死ぬなんてあり得ないよ。

 

「隕石です、小型の隕石があなたたちを殺しました」

 

 嘘ッ! そんなの理不尽だよ。隕石が直撃して死んだなんて聞いた事ない。

 

「事実です、私にも予想外の結末でした」

 

 神の予定外の死で、お詫びとして異世界に行く。そんな小説を幾つも読んできた。だけど、まさか?

 

「ええ、本当に話が早い。異世界に行く事が可能です」

 

 ええ? ああ、考えている事も全て見透かされてしまう。

 

「考えている事も、全て声に出した方が良いですよ。その方が楽だと彼も言っていました」

「それも……木村君?」

「いいえ、田中さんです」

「そっか……」

 

 アイツなら、どこでも生きていけそうな気がする。風来坊で、人懐っこい様に見えて、根っからは誰も信じず、見透かした様な目をしていた。

 そんな彼に、少しだけ憧れていた。だけど……

 

「行きますか? 異世界に?」

 

 流石に、怖い。行かないで良いのなら、行きたくない。

 

「生き返る事は、出来ないんですよね?」

「ええ」

 

 だったら、そんなの行くしか無いじゃない! ズルいよ。

 

「本当に、そうですか?」

「そうだよ!」

 

 生きられる選択肢があれば、誰だってそっちを選んでしまうでしょ。

 

「本当に? 今みたいに、ここにゆったりと漂っているのはそんなにも不快でしょうか?」

 

 ……嫌じゃ無い。ずっとお風呂に入っているみたいで気持ちが良い。

 わからない。死ぬのは怖かったけど、死んでしまうと、この世界に恐怖は無い。ママやパパにお別れぐらい言いたいけど、異世界に行ったって無理なんでしょ?

 

「ええ、地球に言葉を届けるのは不可能でしょう」

「そっか……」

 

 だったら、ここでゆったりと溶けて行くのも悪くないのかな……

 

「でも、どうして隕石なんか?」

「それはですね」

 

 話を聞けば、私達が死んだ原因は高橋君の運の無さが原因らしい。確かに彼はいつもいつも、何をやらせても間が悪かった。あの日だって、そうだった。

 神さえも匙を投げる『偶然』に、私達は巻き込まれた。

 

「そんなの!」

 

 悔しい、でも、高橋君が悪い訳でもないし、でも、なんだか悔しい。イライラして落ち着かない。

 文句の一つも言ってやりたいけど、かといって異世界に行くのも怖い。だって、言葉も通じない世界にたった一人で投げ出されて、私みたいな現代っ子が生きていけるハズが無いもの。

 田中君や木村君なら何とか生きていけるだろうし、高橋君は諸悪の根源だから、死ににくく強い運命で守られるとか。

 だけど、私は? 私は無理だ。

 

「どうして?」

「……だって」

 

 私は人よりなんでもこなせる子供だった。だけど、それは努力してるから。私自身は凡人なんだ。それは自分が一番良く知ってる。

 パパとママはずっと喧嘩してて、仲良くして欲しくて、私は愛される子供になりたかった。だから、人より優秀でありたかった。だから努力した、それで人並み以上に何でも出来た。

 パパもママも褒めてくれた。だけど、本当に愛されていたのかな? お前さえ居なければ、世間体も気にせず、とっとと別れるのにって顔に書いてあったから。

 

 結局、私の頑張りはどこにも届かなかった。

 

 優秀なのも、そこそこレベル。黒峰さんは何でも出来るよねって言われるけれど、でも、そんなんじゃ本当に好きでやってる子には敵わない。

 田中君も、木村君も、尖った力を持っていた。高橋君の事は良く知らないけど、二人の友達なんだから、何か力があっても驚かない。

 でも、私には何もない。

 ただ愛されたい。人より優れていると褒められたい。ただ、それだけ。本当の才能なんて何もなかったから。

 

「そうでしょうか?」

 

 そんなの、私が聞きたいよ。私にはどんな才能があったの?

 

「ただ愛されたいだけ、それで努力出来る事が、既に才能ではないですか?」

「……そんなの」

 

 そんなの、誰だって愛されたいよ。当たり前過ぎるよ。

 

「でしたら、皆があなたと同じぐらい優秀ではないとおかしい」

「そんなの、屁理屈じゃない?」

「そうでしょうか? 田中さまは誰よりも強さを、木村さまは誰よりも知識を求めていました、渇望こそが力になるのです。それこそが根源的欲求」

「どういう、事?」

「簡単です、愛されたいから勉強しても、好きで勉強している者には敵わない」

「そうだよ、そんなんじゃなんにも……」

「そもそも、愛されるために勉強をする事が正しいでしょうか?」

「え?」

 

 だって、優秀なら、みんな褒めてくれるから。

 

「本当に、優秀であれば愛されるのですか?」

 

 そりゃそうだよ! そうだよね? あれ? 違うの?

 

「あなたの身近に居る人で、最も愛されていたのは誰ですか?」

「え、……と」

 

 思い出すのはクラスの鈴音ちゃん。クルクルの巻き毛で、可愛い顔で羨ましかった。

 

「顔! そうだよ、顔が!」

「その顔は、作られたモノです」

「ええっ! 鈴音ちゃんって整形だったの!」

「違います、メイクで顔の印象など大きく変わります。対象の鈴音さまは自然なメイクと小顔テクニックで顔を作っていました。本当に顔が小さい訳ではありません」

「そんなの……」

 

 そのぐらい、皆やっている。私だって。

 

「本気でしたか?」

 

 ……違うかも。

 でも、そんなので愛されたって。

 

「そうですか? あなたは優秀さで愛されようとしていました。お陰で両親にしてみれば、手の掛からない子供でした。しかし、いっそ馬鹿なフリをして勉強を教わりながら一緒の時間を過ごした方が両親からずっと愛されていたでしょう」

「そんな! そんなの……」

 

 私の努力は無駄だって事?

 

「そんな事はありません、ですが、愛される為の努力としては迂遠でした。そこで、です」

「なに? どうするの?」

「愛される為に、最適な方法が知りたくないですか?」

 

 前のめりになる神様、差し出されたのは白い世界で尚光る、鈍く輝く珠だった。

 適切な愛され方が解る能力。それを私にくれるらしい。

 たしかに、魅力的だった。だけど、どうしても手が出なかった。

 それって、鈴音ちゃんみたいに必死にお化粧をしたり、ぶりっ子をして生きる事。

 そんなの嫌だ。

 

 私は、私の生き方を否定したくなかった。

 

 それが、私の意地だった。可愛くて、馬鹿なフリをして、そうやって愛されるのは耐えられない。

 

「そんなの……いらない」

「どうしてです?」

 

 だって、愛されるために、自分を偽るなんて嫌だよ。

 鈴音ちゃんは、あんまり頭は良くなくて、ドジで、しょうがないなぁってからかわれながらも皆の人気者だった。

 だけど、私は凄いねって、流石だねって、そう言う人気者になりたかったから。

 

「理想の自分を愛して欲しいと?」

「そう! うん!」

 

 そうだよ! そうじゃなきゃ意味がない。

 

「なるほど、しかし、理想の自分を曝け出し、それで嫌われた場合はどうするのですか?」

「その時は、その時! 嫌われて、邪魔をするならやっつける」

 

 誰も自分を知らない世界に行くんだったら、もう遠慮なんてしない。私らしい私だけを愛してくれる人が欲しい。私を否定する人は視界にだって入れたくない。

 

「私は、その為の力が欲しい」

「好かれたいのに、排除したい。相反する要素、だからこそ、おもしろい」

「無理かな?」

「いいえ、ですが、その道は覇道ですよ?」

「覇道?」

「逆らう者は殺し、圧倒的なカリスマでねじ伏せるのです。出来ますか」

「やるよ、やらないなら、異世界になんて行かない!」

「ならば、良いでしょう」

「え?」

 

 優しい大学生みたいな神様だった。今だって姿はすこしも変わっていない。だけどもう、そうは見えない。

 ボサボサの長髪は今にも蠢きそうに不気味で、クリクリした愛嬌のある瞳はギョロギョロと全てを見透かした。

 こちらを覗き込む神様をこの時初めて怖いと思った。

 

 コレが、恐怖なんだ。

 

 白い世界に漂う内に、そんな事まで忘れていた。

 

「私がアナタに授ける力は一つだけ」

「なに……を?」

「更新権です」

「こうしんけん?」

 

 意味が、解らない。

 

「彼の者に与えるは、異なる体に記憶を保つ為の参照権、ならば、アナタに更新権を授けても問題が無い」

「それは? なんなの?」

「簡単ですよ、アナタと言う存在は、アナタの中では完結しない」

 

 ――アナタを知る無数の人間の中、虚像が重なりあって、アナタの上に実像を結ぶ。

 それが、アナタが望む姿と同じか違うかに拘わらず、それこそが真実になる。

 

「ならば! アナタを認識する虚像を書き換えれば、アナタの実像も変貌する」

「私が、私の望む姿になれるって事?」

「それどころか、アナタはアナタの外に理想のアナタを作れる」

「そ、それって?」

「ただし、アナタの本質がアナタの上に留まれなくなるかもしれません。自分を強く持つ事が出来ますか? アナタが望む姿を誰よりも強くアナタの中に刻めますか?」

「それなら!」

 

 きっと、出来る。理想の自分なら。何度も思い描いてきた。

 

「行くよ、私、異世界に行く」

「ならば」

 

 神様が放つ光に導かれ、私の意識がゆっくりと世界へ落ちていく。

 さぁ、新しい世界へ! と意気込んだのもつかの間、ゾクリと嫌な予感がして、下らない事が気になった。

 

「聞かせて、田中君は強さを、木村君は知識を望んでいたなら、高橋君は何を望んだの?」

 

 彼は、何も取り柄が無いような男の子だったから。私は最後になって妙な事が気になったんだ。

 そして、神様は教えてくれた。

 

「彼は、高橋さまは、誰よりも普通である事を渇望していました」

「え?」

 

 誰よりも、普通である事を望む???

 その選択が理解出来ずに、ゾワリと肌が粟立つ感覚が巡った。

 

「だって、え? なんで?」

 

 

 普通である事を望む、それが既に普通じゃない!!

 

 大病だったり、障害があるならまだ解る。

 だけど、彼は少なくとも普通に見えた。なのに、なぜ、普通であろうとするのか?

 

 いや、でも、強い田中君がより強さを望み、色々な事を知っている木村君がより知識を望むなら、普通な高橋君がより普通な事を望んでも……

 

 オカシイよ。

 

 だって、普通である事をそこまで望むのが既に普通じゃない。

 だから、その願いは絶対に叶わない。

 言い知れない気持ち悪さ。絶対に不可能なパラドックス。

 

 普通じゃないのに、普通になる。

 その願いを結実させるには、きっと普通の世界を壊さなくてはならない。

 

 焦る私を見て、考え過ぎと神さまは微笑んだ。

 

「望みと言うのは単純なモノではありません。知識を渇望する木村さまも、知識を結実させるための器用さを望みました」

「じゃあ、高橋君は?」

「彼は、私の担当ではないので……ひょっとしたらアナタと同じ、誰からも愛される事を望んだかも知れませんよ?」

「そんなの……」

 

 誰よりも普通であるために、誰からも愛される事を望むなんて、それこそもっと矛盾している。

 ……そうだよね?

 

 でも、誰からも愛されるのが普通になれば良いのかな? 普通の世界を壊して? 自分を普通に愛して貰う? そんなのって。

 

「あっ、そうか!」

 

 意地悪なナゾナゾみたいな矛盾、その答えを思いついた瞬間。

 私は異世界で目覚めていた。

 

 アレコレと考えたモノが残らず霧散して、その答えは二度と思い出す事が出来なかった。

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