死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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黒峰4

 私はソルンとノエル、二人の古代人に協力する事にした。

 

 目的は魔力プラントを停止させる事。

 ――その結果、何が起こるかは誰も知らない。

 

 何千年も準備して、偉そうに語ってみせた彼らでも、魔力プラントを止めたら何が起こるのか知らないし、それどころか本当に魔力プラントが原因だったかどうかすら、確実ではないと言う。

 

 『何が起こるか解らない』

 

 私にとって、その言葉こそが誘惑だった。

 

 果たして古代人の世界に戻るのか、それとも誰も生きられない不毛な世界に変わるのか、結局何も変わらないのか?

 なんにせよ、その過程で世界は混沌とするだろう。私達が人間に干渉するからだ。彼らにとっての手段こそが、私にとっての目的だった。

 

 混沌こそ私の求める物だから。

 

 グチャグチャに犯されて、納屋の中で芋虫みたいに転がって、私は誓った。

 このゴミ溜めみたいな世界を壊して、私を送り込んだ神の計画をぶっ潰すって。

 世界を作り運命を見通す神様に、矮小な人間が逆らう方法は? 悩んだけれど、一つだけ手段があった。

 

『高橋敬一を殺せば良い』

 

 実験動物が死ねば、実験は終わる。でも、どこに居るかも、どんな姿をしているかも、全く解らない相手をどうやって殺すのか?

 今度こそ手詰まりに思えたが、気が付けば簡単な事だった。『偶然』を最大化するだけで良い。

 それだけで高橋は神が定めた運命のレールを外れ『偶然』に殺される。

 

 『何が起こるか解らない』世界こそが私が求めるモノだった。

 

 そんな事は露とも知らないソルンとノエルは、私の熱意に絆された。私は彼らの計画の重要な部分を任される事になる。

 

 そして、私とローグウッドさんは解放された。二人で暗い森の中に放り出される。

 

「んで、何があったか教えて貰えるか?」

「ねぇ、ローグウッドさん、この世界退屈だと思わない?」

 

 帰り道。掛けられた言葉を無視して、私は物騒な剣士に物騒な質問を投げつけた。

 彼は今までずっと監禁されていたらしく酷く不機嫌だったが、アレだけの目に遭いながらギラつく目は死んでいなかった。

 

「……お前、雰囲気変わったか?」

「そうかもね」

 

 不思議な魔女を演じるうちに、私の中身が変わってしまった。でも、それで良い。今の自分の方が、ずっと好きでいられる。

 

「それで、どう? 退屈でしょう? 楽しい事とかある?」

「チッ、そりゃ退屈でなけりゃ山ん中で山賊狩りなんざしてねぇよ。二年前の戦争以来、小競り合いすらピタリとなくなっちまった」

 

 聞けば、ローグウッドさんは前の戦争でそれなりに活躍したのだが、上司に手柄を攫われたらしい。

 

「良くある事さ、だが戦争が続けば恩賞なんざ思うがまま、そう思ってたらピタリと戦争の気配がなくなっちまった」

「それで、山賊狩りな訳ね」

「手柄を横取りする上も居ねぇからな」

 

 やはり、燻っていた。平和な世界には生きられない男だと感じていた。

 

「いっそ、この世界を荒らしてみない? あなたの剣は乱世でこそ輝くハズよ」

「おいおい……物騒だな」

 

 そう言いながら、まんざらではなさそうだ。私は、彼の中の私を、生意気な少女から、災厄を招く忌み子へと書き換える。

 彼に対して妖艶な魔女を演じるには、今の私では色気が足りない。既に彼の中の私が固まってしまっているからだ。

 でも、不吉な少女なら簡単だった。なにしろ、既に村を丸ごと潰して、ポーターの生肉を囓った実績がある。

 演じるまでもなく、私はこれ以上ない程に不吉な少女に違いなかった。

 

「面白い、聞かせろよ? 何をやる気だ?」

「まずはね……」

 

 私は勿体ぶって宣言する。

 

「新しい井戸を作りましょう」

 

 私の宣言に、狂暴な剣士は狐につままれた顔をした。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「なるほどな、こういう事か」

 

 ローグウッドさんの足元に、新しい死体が転がった。

 

「ええ、そうよ」

 

 私は真新しい井戸の上に腰掛ける。

 

 水利権と言うのは、利権の中でも最たる物だ。だけど領主としては新しい井戸を掘って領地を開拓して欲しい思惑もあって、井戸を掘るのに難しい権利や許可が不要な領地も多かった。

 一方の業者としては、井戸だらけになって使用料のたたき合いが始まっては儲からない。

 だから、水で儲けるためには同業他社を排除する力が必要になる。

 平たく言えば、ヤクザだ。

 私が井戸掘りを事業として始めると、すぐさま奴らがちょっかいを掛けてきたと言う訳だ。

 

「でも解るぜ、三日でこんなもん作られたらお手上げだ」

 

 言いながら、ローグウッドさんは手押しポンプで水を流して血まみれの顔を洗った。

 

 私の武器は三つ、まずは古代人から貰った井戸を掘る魔道具、一点物だし魔石も必要だが、数日で井戸を掘れるのは真似の出来ない武器になる。

 次に、言うまでもなくローグウッドさんの武力だ。ヤクザ者が何人来ようが、彼の剣に敵うはずがなかった。

 更に言えば、彼には親族が多く、その誰もが強かった。食い扶持を稼ぐのに必死だったと言うから、人材はよりどりみどり、武力で負ける心配は無用だった。

 最後に私の知識。歴史系の小説や流行りの異世界転生モノで、使いやすい知識チートは網羅している。井戸に設置する手押しポンプはその最たるモノだった。

 もちろん古代人の二人も手押しポンプの仕組みぐらいは理解していたけれど、この世界の工業力で実現させる方法を知らなかった。

 ノエルは工具さえ有れば殆どの魔道具を修理出来ると豪語するが、案外単純なポンプの作り方なんかは詳しくないのだ。電気工事士と鉄工所の違いだろうか?

 なにより、この程度は木村の奴が広めてしまう可能性が高いもの、出し惜しみする必要はまるで無かった。

 

 古代人の二人は脳移植の影響で免疫力が低下している。不衛生な人間の街で商売を広げるのは私の仕事だ。二人にはあくまでサポートに回って貰う。

 

「フフフッ」

 

 また、笑いが漏れた。だって、このゴミ溜めみたいな世界で、私はどこまでも自由だったから。そう、私は、本当の意味で、完全に自由なのだ!

 好きなモノも、守りたいモノも、しがらみも、倫理的な戸惑いもなく、好きな様にこの世界をかき回せるのだから。

 転がる死体をかき混ぜて微笑む私を、ローグウッドさんが呆れた顔で見つめていた。

 

「だがよ、こんなんで世界が混乱するのかよ?」

「でも、退屈はしないでしょ?」

「違いねぇ」

 

 そう言って、二人で笑った。

 商売のネタは幾らでもある、突っかかって来るヤクザが居ればゴミ掃除に貢献出来るし、面倒な利権が多いなら、私がお偉いさんを()()()()()やれば良い。

 

 ああ、四つだった。言うまでもなくこの力も強力無比。

 

 私達のビジネスは、失敗する道理なく、拡大を続けた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私のビジネスは飛ぶ鳥を落とす勢いで、帝国の生産力を瞬く間に押し上げた。

 

「面を上げよ!」

「ハッ!」

 

 遂に私は皇帝の謁見が叶う地位まで上り詰めていた。二十歳(はたち)を少し越えた時の事だった。

 

「そ、そなたが、魔女か?」

 

 顔を上げた先、紅顔の美少年と目が合った。まだ、五、六歳の子供。これが、私と皇帝の初めての出会い。

 

「そうですわ、私がクロミーネ。魔女などと不名誉な呼び名を頂いておりますが、普通の人間です」

「そうか……魔法は使えぬのだな?」

「ええ」

 

 私がそう答えると、左右に並び立つ御家来衆がほっと息を吐くのが見えた。きっと私が魔法を使うのを恐れていたに違いない。

 謁見の間は、嘘を見破る仕掛けがあるという。でも、そんなモノは関係無い。コレは魔法ではないのだから。

 

 だからそう、コレはまぎれもなく、()()()()()

 

 私は、幼帝の澄んだ瞳に映る怪しげな魔女を慈愛に満ちた母の姿に書き換えた。

 

「そなたのお陰で、平原の開拓も順調と言うではないか。農地の拡大が行き詰まっておったところの此度の功績、大義であった。褒めてつかわす」

「過分なお言葉、身に余る光栄ですわ」

「褒美を取らす――そなたには」

「お待ち下さい」

 

 どうせ、少々の身分とお金を渡して私に首輪を付けようとするのだろう。そんなモノは不要だ。

 

「無礼だぞ! 託宣の途中で遮るなど」

「よい、申してみよ」

「ハッ」

 

 託宣か、皇帝ともあればこの世界では現人神の扱い。だけど、瞳を覗いた私は知っている。両親を早くに亡くした彼は人のぬくもりを欲していた。

 

「私は、皇帝陛下の助けになりたい。僭越ながら、私には様々な問題を解決に導く知恵があります。必ずや皇帝陛下のお力になれるかと」

「差し出がましいぞ、どこの馬の骨ともしれない娘が!」

「静かにしておれ」

「グッ」

 

 幼い皇帝を支える宰相。だが子を持たない彼には、子供が欲しいモノが解っていない。

 

「月に一度、皇帝陛下にお目通り願う機会を頂きたく存じますわ」

「ふむ……許そう。月に一度、茶会に参加する事を許す」

「そんな!」

 

 幼帝の目に映る不安と寂しさ。つけ込む隙は、幾らでもあった。

 私はカードゲームやボードゲーム、遺跡に残った簡単な電子ゲームを持って、皇帝の居室に入り浸る事になる。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それからはあっと言う間。皇帝は色々な悩みを打ち明けてくれる様になった。

 私だって、可愛らしい皇帝との時間は苦痛ではなかった。本心からの助言は、次第に利発な皇帝の心を溶かしていった。

 

 事業の方も順調だ。なにせ私は利益の為なら手段を選ばなかったから。

 

 誰でも殺したし、誰とでも寝た。

 

 あんなに嫌いだった鼻の下を伸ばす脂ぎった親父の醜悪さも、死体となって転がる姿を思えば愛らしいものだし。叡智を誇る古代人も、無双の剣を誇る剣士さえも、私の下でだらしなく伸びていた。

 「とんだ悪女になったな」となじるローグウッドさんに、小娘でなくなった自分を強く自覚した。

 身も心も邪悪な魔女となるのが不思議と心地よかった。

 

 難関と思われた霧の悪魔(ギュルドス)の設置も、拍子抜けするほど上手く行った。

 帝国も、年々濃くなる魔力と大森林から溢れる魔獣に頭を悩ませていて、その原因がエルフにあると知っていたのだ。

 長い歴史の中で、どこからか情報を得たのだろう。

 そのため有史以来帝国は何度も大森林への遠征し、手ひどい敗北を重ねて来たらしい。当然、エルフに対する恨みは深く、霧がエルフに効果があると実証されるや、霧の悪魔(ギュルドス)の設置は瞬く間に進んだ。

 

 その霧の悪魔(ギュルドス)だが、私が遺跡で発見した事にしてある。私の事業自体が遺跡での発見を形にしたモノとしているので、疑われる事はまるでなかった。

 

 いや、正確にはあったが、書き換えるか処分して対処した。

 

 唯一の失敗と言えば、田中君の確保に失敗した事だろう。アレだけは上手く行かなかった。

 高橋の行方とは別に、私は田中と木村、二人の行方も追っていた。

 想像通り、木村は王国側でキィムラと名乗り商会を立ち上げていた。コレは流石に手を出すのが難しい。

 一方で田中は帝国で冒険者として活躍していた。そのままタナカと名乗っていたので間違いようがない。冒険者なんて職業はないのだけれど、魔獣狩りを生業に点々とする様は私にはそうとしか思えなかった。

 

 根無し草の男を捕まえるのは難しく、連絡がつかないのか、無視されているのか、それすらも解らない。

 いや、言い訳だ。本気で捕まえようと思えばもっと早く出来た。私は久しぶりに会った田中君に、今の自分を何と言われるかが怖かったんだと思う。

 

 でも遂に無視する事も難しくなった。田中君はある日、獅子の体にコウモリの羽を持つ妖獣を殺した功績を賜り、騎士への叙勲を受けに帝都にまでやってきたのだ。

 ついたあだ名は妖獣殺し。それほどにその手の混じったタイプの魔獣は倒すのが困難で、ローグウッドさんでも討伐の経験が無いと言う。

 

 私は彼が泊まる宿屋へと招待状をしたためた。

 

 『黒峰より』日本語で書いた手紙は、果たして無視をされる事もなく、彼は私の屋敷へとやってきた。

 間の悪い事に、仕事でローグウッドさんは留守。彼の親類縁者が守る屋敷に田中君は堂々と現れた。

 彼も神から何か力を貰ったはず。恐らくは剣の腕、もしくは身体能力だ。

 味方に出来たらこれ以上は無い。でも、ひょっとしたら私達の最大の敵になるかも知れない。

 不安を抱いた私は、屋敷にソルンを招いていた。賢い彼ならば、何か気が付く事があるかも知れないと思ったから。

 

 私は、ソルンへ田中君について知っている全てを話した。

 誰にでも人懐っこい様で、誰にも気を許して居ない猫の様な男だと。

 勘が鋭く本質を見抜く力がある癖に主張は控え目で、信じて貰えないと子供っぽく拗ねる事を。

 剣の腕に自信が有り、ローグウッドとは別の鋭い雰囲気を纏う事を。

 輪に混じれないのか、たまに友達を寂しそうに見つめて居る事を。

 

 それから、それから…………そうだ!

 彼は稀に、友達へと斬り掛かる様な素振りを見せる事があった。勿論素手で。初めはふざけてるのかと思ったけれど、相手にも見えない様にやっていた。

 

 これはきっと、私だけが知っている彼の癖。そんな事までソルンには話したっけ。

 「そうですか」と面白くなさそうに答えた彼も、田中君が私みたいな力を持っていると伝えれば、食いしばるように気を引き締めた。

 

 私が座る椅子の横、従者に扮して控えて貰った。

 

「タナカ様がいらっしゃいました」

「通してちょうだい」

 

 私はいっそ滑稽な程に邪悪な魔女を装った、広い部屋のど真ん中。派手な椅子に腰掛け、ワイングラスを片手に田中君を迎えた。

 今思えば、馬鹿らしいし、恥ずかしい。私は今の汚れた自分を見られるのが嫌で、おかしな自分を装ったのだ。

 

「お前は変わらないな」

 

 だからこそ、そんな風に言われた時に頭に血が上るほど苛立った。

 

「どう言う意味?」

「それに、変わった奴と一緒に居るな」

「なにを!」

 

 突然、ソルンの事を言われて私は焦った。この世界、銀髪だって大して珍しくない。私達みたいな漆黒の髪色の方がよほど珍しい。

 飄々としながら、何を見ているか解らない。だけど突然に本質を突いてくる。私に言わせれば彼こそが、何も変わっていなかった。

 彼は呆れた目で私を見て、言った。

 

「お前さ、程ほどにしとけよ、やり過ぎるとロクな死に方出来ねぇぜ」

「キサマァ!」

 

 なにより意外だったのは、日頃冷静なソルンが激昂したことだ。私はそれに心底ビックリした。

 よりによって、レイピアを片手に田中君へ飛び掛かったのだもの。あまりの蛮行に、らしくないを通り越して正気を疑った。

 

「オイオイ、物騒だな」

 

 だけど、田中君は何事も無かった様に突き出されたレイピアを掴んで止めた。

 素人目でも解る。超人的な技量だった。

 

「歓迎されて無いみたいだから、俺は帰るぜ」

「待って!」

「じゃあな」

 

 そう言って、逃げる様に帰ってしまう。取り残された私は呆然とするばかり。

 

「どうします?」

「いいわ、放っておきましょう」

 

 でも、私は追いかける事も、追わせる事もしなかった。惨めな気分になるに違いなかったからだ。

 それに、どうせ騎士として叙勲されるなら、今の私を無視出来るハズが無い。そう言う思いからだった。

 

 ……でも、翌日もぬけの空になった宿屋で、彼が騎士爵を断り再び旅に出た事を知った。

 

 この世界で、爵位を放棄するなど正気では無い。やろうと思えば、難癖をつけて昨日の内に始末する事も出来たのだ。それほどに、貴族の身分と言うのは重い。平民が貴族に殺されてもロクな調査は行われない。私だって爵位を取るのは苦労した。

 

 やはり、あの男は誰の手にも収まらないのだと、私が諦めるには十分な出来事だった。

 

 思えばアレが大きな失敗だった。あの時思ったよりも、アレはずっと大きな失敗になった。

 

 そして更に月日が流れ、遂に帝国軍を伴ってエルフが住まう大森林へと攻め入った。

 転移して十三年。私は二十八歳になっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「フフフフフフ」

 

 私は火の中で踊る、なんて清々しい気分なんだろう。

 

 エルフの都が燃えている。幻想的な街並みが燃えているのだ。ファンタジックな幻想の世界が崩壊するのは心が躍った。

 

「ねぇ? どう? あなた今どんな気持ち」

「あうっ、助けてぇ」

 

 複数の兵士に組み敷かれるエルフの女性に、私はにこやかに尋ねていた。

 思い返せば、私も正気では無かったのだろう。馬鹿な事をした。

 

 ウキウキで霧に錯乱する街を散策し、気が付けば王宮の中。危険と諫められるのにも構わずに中心部へ向かう中、私はその男と出会った。

 

「危険です、この男に百人は斬り殺されています」

「へぇ、そうなの?」

 

 玉座に寄りかかる様に、無数の銃弾に倒れたエリプス王の姿がそこにはあった。私は朦朧とする王の瞳を見つめる。

 

「ねぇ、私を見て」

「グッ、ガァッ!」

 

 血を吐きかけて最後の抵抗。エリプス王はそれを最後に気を失った。

 なんて精神力。この様子では洗脳に時間が掛かるに違いないだろう。

 でも、構わない。時間を掛けてゆっくりと仕上げれば良い。時間はたっぷりあった。

 

 しかし、ソレはソレとして、誰かに魔力プラントの案内をさせる必要がある。

 

「他に王族は?」

「ハッ、王妃、王子は死亡。王女二人は逃走中です」

「なによそれ」

 

 人質として、王族の身柄は重要だった。洗脳すればエルフの支配だって上手く行く。殺さないように厳命したのに、ここまでお粗末とは。

 

「なにぶんこの霧です。指揮系統が混乱しているようです」

「だらしないのね」

 

 失敗続きの遠征。正規軍や領主虎の子の騎士団などが派遣されていない。加えて霧は人間にも少しだけ毒だった。元々人間から取得した健康値をばらまいているだけに、満員電車に閉じ込められた様な不快感があるのだ。

 指揮所に戻った私はフゥと息を吐く。

 

「王女二人を追いなさい。私はプラントを探すわ」

「いや、しかし」

「かつての都は別の場所に有ったと言うわ。もっと魔力が濃い所とか」

「まさかお一人で?」

「まさか?」

「では――」

 ――ゴオォォン!

 

 引き留める兵士の声を遮って、指揮所の壁が吹き飛んだ。大穴からは恐るべき怪物が顔を現す。

 

「なんだ! まさか?」

 

 ソレは、竜だった。

 エルフの王宮の厩舎には、大きなトカゲが何匹も居て、馬車の代わりに飼われていた。

 

 ソレを見た時、なんてファンタジーなのだろうと、この世界に初めて感動したぐらい。

 

「お下がり下さい」

「大丈夫よ」

「クロミーネ様? 危険です」

「大丈夫、もう懐いてるから。寂しくて来ちゃったのね。良い子よ」

 

 私が竜の顎を撫でると、気持ちよさそうに頬を寄せてくる。

 

「まさか……」

「フフッ」

 

 呆然とする兵士。だけど私は、竜の大きな瞳に映る、美しく愛らしい自分の姿に見惚れていた。

 

 私の力は、むしろ魔獣にこそ、その力を発揮した。

 魔獣溢れるこの森の中、私は無敵だ。


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