死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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戦場に舞い降りた天使

 季節は夏。茹だるような暑さと、乾いた砂、そこに今日は硝煙が混じった。

 ここはスールーン。巨大な城壁の街であり、大胆に戦場を押し上げた王国にとって、最前線の街でもある。

 

 その街が今、絶体絶命のピンチを迎えていた。

 

「クソッ、キリが無い」

 

 側防塔(城壁と一体化した塔)の屋上で、双眼鏡を覗く木村は忌々しげに呟いた。

 視線の先、三百メートル離れた場所に、ズラリと並ぶ遠投投石機を見たからだ。

 

「夜の内に設置していたかぁ」

 

 遠投投石機は木村が遊んでいたゲーム(AoE)での名前、地球で言うと正しくは平衡錘投石機(トレビュシェット)。重りの振り子運動で巨大な石を投げる攻城兵器である。それが堅牢を誇るスールーンの城壁へ向けて集結していた。

 木村は塔から大砲を発射し、既に二台の投石機を破壊していたが、百を超える投石機を前には焼け石に水と感じていた。

 

「いや、しかし、この距離でコレほど正確に投石機を破壊出来るなら、十分に持ちこたえられるのでは?」

 

 焦る木村に声を掛けたのは、領主に次ぐナンバー2、スールーンの防衛を担う男だった。

 男に言わせれば、投石機が強いのは弓の射程外から城壁にダメージを与えられる事である。コチラにも反撃の手段が、それも投石機より射程と精度に優れる新兵器『大砲』があるのなら、幾ら投石機が数で勝ろうと恐るるに足らないと考えた。

 だが、木村は苛立たしげに首を振る。

 

「まさか! とにかく逃げる準備だけはしておいて下さい」

「ははぁ、どうやらキィムラ子爵は投石機を過大評価しているようだ」

「と、言うと?」

 

 苛立ちながらも、木村は男の言葉に付き合った。次弾装填中の大砲はまだ発射出来そうにないからだ。

 

「2ダオン(当世における人間二人分の重さ、約100kg)を超える石が飛んでくる様は確かに恐ろしいですが、直撃などは滅多にありません。そして、いかな巨石とてスールーンの城壁を壊すのには十分ではありません、百や二百の石を放った所で……」

「石じゃない」

「なに?」

「アイツらが放とうとしてるのは石じゃないんだ!」

 

 投石機が石を放たない? 男は鼻白む。

 

「では、腐った死体? 病原菌ですか?」

「違う! 逃げますよ!」

 

 言ったそばから敵の投石機が稼働した。弓なりに石が迫って来る。しかし、男に言わせれば投石機から石が飛ぶ度に逃げていたら防衛戦など成り立たない。少なくとも、男の常識ではそうだった。

 

「なっ、なにを!」

「良いから!」

 

 だから木村は動こうとしない男の腕を苛立たしげに引っ張り、強引に側防塔から飛び降りた。

 だが、コレはハッキリと自殺行為。スールーンの城壁は星獣対策を見据えて国家主導で建てたモノ。壁は10メートルはあるし、塔部分に至っては20メートルに迫る、この世界では最大級の建築物だ。そんな所から二人で飛び降りればタダでは済まない。

 

「ヒッ」

 

 男は悲鳴を飲み込み、顔を青に変じる。

 

「ヨッと!」

 

 しかし、木村は何事も無かった様に着地した。しかも男を抱えてだ。右手の自在金腕(ルー・デルオン)を壁に引っ掛け、左手は着地点でバネ状に拡げ、衝撃を完全に殺してみせる。木村はいよいよ自在金腕(ルー・デルオン)を使いこなしていた。

 

「な、なにをしますか! こ、こ、こ、こんな事!」

「伏せろ!」

 

 木村は混乱する男の頭を地面に押さえ付ける。

 

 ――ドォォン!

 

 直後、腹に響く振動。そしてパラパラと落ちる石くずを見て、遂に男の顔色は土気色に至った。難攻不落のスールーン城壁が傷ついた証であるからだ。

 見上げれば、先ほどまで居た側防塔の屋上で黒煙が上がっている。

 

「ななな、何が?」

「火薬です! やつら石じゃなく、火薬を装填してやがる!」

 

 木村が忌々しげに舌打ちする。あのまま留まっていたならば、二人纏めて肉片と成り果てていただろう。

 最期まで装填作業をしていた男はそうなったであろうし、虎の子の大砲はスクラップに変じたに違いなかった。

 

 地球では火薬の登場と共に、投石機は戦場から姿を消した。大砲で鉄球を飛ばした方が精度も威力も良いからだ。

 しかし、魔力で窒素を固定し、大量に火薬が作れる世界ならどうだろう? 射程が300メートルを超えたと言われる古代の投石機。それで火薬を放り込む戦略は、決して馬鹿に出来たモノでは無かった。

 大砲の鋳造が間に合わないなら悪くない。在庫処分にはうってつけだ。

 

 そうしている間にも、次々投げ込まれる火薬がスールーンの城壁を越え、ところ構わず爆発を始めた。

 赤茶色の屋根が並ぶスールーンの街並みが瞬く間に硝煙に飲まれていく。街がパニックに陥り、逃げ惑う市民が城門に殺到するのも時間の問題に思われた。

 しかし、そんな木村の悪い予感はまだ見通しが甘いと言えた。

 

「よぉ、こんな所に居たか」

「田中! お前、今までなにやって……」

 

 木村は言葉に詰まる。現れた田中が血に塗れていたからだ。それも全身にカーボンの鎧を着込み、抜き身を担いだ物々しい姿で。

 

「西門が爆破されたぜ、細工されてたんだろうな」

「マジか?」

 

 驚くのも当然、そんな爆発、木村には全く聞こえてこなかった。

 

「マジだよ、お前が大砲撃った直後だ。完全にやられたな」

「俺の反撃も計算の内かよ、それで?」

「乗り込んで来たのは騎士百人と、コッチにも通じてたヤツが数人、全員斬った」

「ヒュゥー」

 

 田中が既にして完全防備、鎧を着て待ち構えて防衛していたと言うなら、初めから市街地での乱戦を想定していた証拠でもある。恐るべき勘と言える。

 この男が居なければ、とうに街は占領されていただろう。

 

 らしくないほど下手な口笛を吹いて囃し立てる木村だが、真夏だと言うのに体は冷え切っていた。余裕ぶるのも無理がある程に、状況は悪い。

 スールーンの防衛を担う男に至っては、顔色だけでなく二人の活躍に声も失っていた。とんでもない戦いに巻き込まれたと、今更に後悔している所だった。

 

 ソコからの戦いは苛烈を極めた。あえて開け放った城門の真ん前に大砲を据え、飛び込んで来た騎士達を木村が一網打尽にすれば、田中は単騎駆けで迫り来る別働隊を次々と切り捨てた。

 しかし、そんな二人の英雄的活躍にも限度がある。いや、英雄的な活躍をしたのはユマ姫を信望する騎士全員であったが、それでも敵軍の豊富な火薬と物量の前には、抗う術など何処にもなかった。

 

 なにせ敵は好き放題に火薬を投げ込み、銃弾を乱射してくるのだ。こんな軍隊と正面から殴り合うのは自殺行為。だからそう、いっそ敵の目の前でチョロチョロと踊るのが一番良かった。そうすれば同士討ちを恐れて爆弾も銃撃も好きには撃てない。

 超人的な能力を持つ田中と木村、その二人にして、もはや城壁の上で敵兵相手に追いかけっこをして時間稼ぎをするのが精一杯の状況に陥った。

 

 無惨にも敵中に取り残された、とも言う。

 

「おおぉぉぉ!」

「やべぇぇぇぇぇ!」

 

 城壁の上、必死に走る二人の背後を無数の弾丸が切り裂いた。風に飛ばされた木村の帽子が蜂の巣になり、マントも穴だらけ。カーボン製の田中の鎧も大きく欠けてしまい役割を果たせそうにない。

 

「おい、ずらかろうぜ」

「言ってろ! 行くなら一人で行け!」

「クソッ、やるしかねぇか」

 

 今回ばかりはスールーンを見捨て逃げを提案する田中。それを渋るのが木村だ。

 星獣が迫っていた時と立場を真逆に変えたのは、ひとえに攻め寄せるのが人間だからである。

 田中としてはこれ以上スールーンを戦場にしたくなかったし、木村としては城壁があるスールーンから引けば軍を立て直すのは不可能と感じていた。

 意見を対立させながら、田中が引き下がるのも前回とは真逆。田中にして、火薬が十分な相手から防壁のない平原で逃げを打つのは、あまりにも分が悪いと理解していたからだ。

 つまり、スールーンに留まるも地獄、逃げるも地獄の状況。

 

「だが、市民も限界だ。これ以上の籠城は俺達の居場所がなくなるぜ?」

「解ってるよ」

 

 籠城している街で市民に嫌われてしまえば、駐留する王国兵にとっては未来がない。

 そうならないように木村はスールーンにお金が落ちるシステムを築いてきたが、街が爆撃されるとなれば、そんな苦労は水の泡だ。帝国への忠誠心が低いスールーンと言え、王国軍はあくまでも占領軍なのだから、彼らはよそ者の外国人である。

 

 城壁の上、二人は話しながらも側防塔に飛び込んだ。

 

「来たぞ! 迎え撃て!」

 

 だが、当然ながら既にスールーンの城壁は敵に占領されていた。待ち構えるのは敵の兵士ばかりである。大盾を持った男が立ち塞がり、背後には火縄銃を構える兵士が並ぶ。

 

「オラッ!」

 

 しかし、田中は大盾ごと騎士を斬り裂き、木村は銃を構える兵士を残らず撃ち殺した。軽口を叩きながらも、二人の動きに淀みはない。

 

「どうよ?」

「やべぇ!」

 

 それでも、窓の下を覗くと無数の兵士達が城壁に迫っているのが嫌でも目に入る。敵の本隊も街に雪崩れ込もうとしていた。

 

「ここまでか?」

「降伏か?」

「まさか!」

 

 自分達が人質となれば、あのお姫様がどう動くか? それだけが二人に共通する心配事。

 

「いっそ、ぶちかますか?」

「しかたねぇ」

 

 だからこそ、覚悟を決めた二人は再び城壁の上に飛び出した。いっそ敵の注意を引きながら、そのただ中に飛び込もうと考えたのだ。

 そうやって、二人がまるきり自殺行為の作戦を覚悟した、その時だった。

 

「「羽?」」

 

 純白の羽が舞い落ちて、見つめ合う二人の前へとすべり込む。反射的に空を見上げると、目を灼く真夏の太陽と、それを背にする天使の影。

 

「…………」

 

 嫌な予感がする。二人は今度こそ、顔を見合わせた。

 田中が尋ねる。

 

「どう思う?」

「ユマ姫か?」

「気配の感じ、半分は、そうだ」

 

 半分、それがイヤに不吉で、木村は絞り出す様に尋ねた。

 

「じゃあ、残り半分は?」

「トカゲの気配だ」

「あー」

 

 いよいよ木村は頭を抱えた。嫌な予感を肯定するように、爆発音は間近で響いた。

 敵兵の兜が吹き飛んで、10メートルの城壁の上にまで飛んでくる。

 

 やったのはユマ姫だ。

 投石機から放たれた火薬を空中で受け止め、城門前に群がる帝国軍に投げ込んだのだ。

 それはちょうど処刑の時、ユマ姫に打ち込まれた銃弾を撃ち返したのと同じ。ユマ姫は撃たれた弾丸を受け止め、加速させて反射させる事も可能になっていた。

 そこからは地獄絵図だ。翼を拡げたユマ姫の周囲には、無数の火薬が張り付いていた。ユマ姫の指差す先、火薬は次々と落下して爆炎を撒き散らす。

 

「メテオかよ」

 

 木村はもう、乾いた笑いしか出ない。ゲーム(FF)の最強魔法を思い出す派手な演出だった。

 そればかりかユマ姫は、空を飛びながら自分の身長と等しい大弓を掲げ、事も無げに引いてみせた。

 ピンク髪のユマ姫が純白の翼を拡げ、見た事も無い大弓を引き絞る姿は、戦場の戦女神と形容するしかない美しさだった。

 

 爆炎と硝煙に薄汚れた戦場が、華やかな神話の戦いへと豹変する。

 

 びぃぃぃんと澄んだ音が、喧々たる戦場に不自然なほどに大きく響いた。狙ったのは投石機が並ぶど真ん中、輝く矢が突き刺さるのがハッキリと見えた。

 

 ――ドオオオオォォォン!

 

 今までの爆発が、ただの火遊びに思える程に大きな火柱。震える大気が300メートル離れた城壁にまで殺到し、ビリビリと震えた。燃えさかる弓矢が火薬を積み上げた荷車に突き刺さったに違いなかった。

 たったの一発で本陣は大崩れ、戦場の雰囲気は一変する。まして城門に集う一般兵にしてみれば、紛れも無い天使が愚かな人間に鉄槌を下した様にしか見えなかった。

 祖国から侵略者を追い出すんだと士気も高かった兵士達が、蜘蛛の子を散らす様に散っていく。

 

「アイツ一人で、勝てそうじゃね?」

「だけどアレが俺達の知ってるユマ姫かどうかわからねーぜ?」

 

 見上げる二人が見つめる先、神々しくも禍々しい少女が空を飛ぶ。田中の様な直感をもたない木村でも解る。もうユマ姫は人間の枠を超えた存在になっていた。

 

「試してみるしかないな」

 

 覚悟を決めて、木村や呟く。

 ユマ姫は上空でゆったりと旋回しながら、少しずつ高度を落としてくる。

 

 二人の存在に気が付いたのだ。

 そんな少女がついに二人の前、城壁の上へと舞い降りる。

 

『よぉ! 見たか? 俺の活躍』

 

 日本語で、イタズラっぽい邪悪な笑顔。それはまるきり『高橋敬一』の笑顔であった。

 ホッと息を吐いた二人は頷き合って。ユマ姫に向き直る。

 

『いや、見てない!』

 

 田中は言う。

 

『え?』

『今からでも、見せてくれないか?』

 

 木村は真っ直ぐに目を見て、訴える。

 

『いや、見ただろうが! 俺の大活躍を!』

 

 ユマ姫は戦場を指差し叫んだが。しかし二人は、いや木村は、まるで納得がいっていなかった。

 

『空飛んでるのに、全然パンツが見えなかったぞ!』

『死ねッ!』

 

 ユマ姫が木村に放った大弓には、堅牢な城壁を大きく削る威力があった。


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