死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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ロンカ要塞 3

 地下への入り口を探して、俺は井戸へと飛び込んだ。

 

 何故って、地下への階段がどうしても見つからなかったから。

 

 地下に秘密の部屋があるのは確定している。無人の要塞で、たった一人隠し部屋に潜んでいた男は、地下へ延びる伝声管で『誰か』に話し掛けていたからだ。

 慌てて俺は地下保管庫を捜索したが、そこでは人っ子一人見つけられなかった。

 だけど、魔力を巡らせると更に下にスペースがある事が解った。運命光で誰か居るのも確定。しかし、どうしてもそこへ繋がる階段が見つからない。

 そこで思い出した。この世界の大きな建造物は、古代遺跡の基礎を利用して作られている事が多いらしい。

 だったら、真っ当な入り口がなく、たまたま繋がってしまった場所があるだけかも知れない。

 すると一番怪しいのは井戸。

 そうして俺は水の張られた井戸の中に身を投げたのだ。

 

 

 覗いた時から解っていたが、この井戸、かなり深い! どうやってここまで掘ったのだろう?

 ボチャンと水音がして俺の体が着水したのは、飛び込んでからしばらくたった後だった。

 地下水は冷たいが、なにせ真夏の陽気だ。むしろ気持ちが良いぐらい。困ったのは、井戸が深く、真っ暗で何も見えない事。

 

「『我、望む、我が身に光の輝きを』」

 

 真っ暗な井戸の中、魔法の光で照らし出す。

 光の珠を浮かべるのではなく、自分の体が発光する魔法。制御が不要で、こう言う時にすこぶる便利だ。

 この魔法、セレナと二人で成人の儀を受けた時の事を思い出す。()よりずっと魔力が多いセレナが、この魔法に驚いていたっけ。

 

 俺は冷たい水の中に沈みながら、しみじみと昔の事を思い出していた。

 すると、思った通り、井戸の底に横穴がある。迷わず入り込むと、うねる横道は排水パイプみたいに上に向かって捻れていた。

 良く考えれば当たり前か、そうでないと地下が水浸しになってしまう。

 ご丁寧にハシゴまでついていた。これで、誰かがココを使っているのが確定した。

 

 水面から這い上がり、そのまま穴から這い出した。行き着いた先はだだっ広い空間に、どこまでも続く暗闇だった。

 自分の呼吸と心音だけが、耳に痛いほど響いていた。ぼんやりしていると静寂と暗闇に吸い込まれそうになる。

 俺は魔法を使えるから構わないが、ただの少女なら恐怖に震えていただろう。

 いや、俺も震えていた。ただし寒さにだ。地下室で濡れ鼠となると流石に寒さを感じる。

 まず髪の毛を、次にスカートの端を絞って乾かす。客観的に見ると、この仕草、女の子っぽくて可愛いんじゃないかな?

 その上、うっすら発光しているせいで、ブラウスが思いっきり透けてしまっている。ちょっとサービスし過ぎだろうか? でも、まぁこの位は良いだろう。

 

 どうせ見るのはたった一人だ、そいつも(じき)に死ぬ。

 

「さて……」

 

 思った通り、古代遺跡のなれの果て。しかし、生きた遺跡ではなさそうだ。思い出すのは前世の地下駐車場。コンクリート打ちっぱなしの簡素な内装だ。

 俺が這い出てきた穴は、ちょうど排気ダクトだったようだ、ダクトがたまたま井戸に繋がってしまったのだろうか?

 しかし、まぁ、拍子抜けだ、危険な古代兵器などはドコにもありそうにない。

 ズラリと並んでいる樽は、全て真新しいモノだった。保管庫に入りきらない分をココに運び込んだだけだろう。

 

「いえ……違う?」

 

 良く見れば、同じ種類の樽ばかり。一つ選んでたたき割ると、真っ黒な粉がパンパンに詰まっていた。中身はなんだ?

 

「火薬……ですか」

 

 まぁ普通か、戦争となれば大量に消費するだろう。拍子抜けした思いで、俺は呪文をとなえる。照明の魔法だ。

 

「『我、望む、この手より放たれたる光の奔流よ』」

 

 薄暗い地下室に光の珠が舞い散ると、まばゆい光に包まれた。そうして見渡せる様になった地下空間は、想像以上に広かった。広いと思った要塞地下一階の保管庫より、尚広い。だだっ広い空間が昼間のように照らし出される。

 

「これは……」

 

 俺は今度こそ驚いた。

 目に飛び込んだのは見渡す限りの樽。全部、さっきと同じ樽。

 これが、全部、火薬? こんなのが引火したら……。

 

 ゴクリとツバを飲む。今の俺でもタダでは済まない。

 コイツら、俺達を引き込んだ後、要塞もろとも爆破する気だったんだ。さっき殺した男は、兵士が入城したタイミングで合図して、もう一人の男が地下からコレだけの火薬を爆破する。

 

 やはり罠。だけど、俺が一人で来たもんだから着火するのをためらっている。

 

「ふふっ」

 

 甘く見てくれるじゃないか。要塞一つをなげうって、小娘一人じゃ割に合わないと侮ったか?

 後悔するぞ! 万の軍勢よりも、俺の方が厄介だと思い知らせてやる。

 明るい中で、あえて目を瞑る。途端に運命光が浮かび上がった。やはり、ここに居る!

 

 俺は気のない素振りで積み上がった樽の間をテクテクと歩いた。それでいて、少しずつ対象に近づいていく。

 待ちきれないのか俺の歩みは自然とスキップに変わっていた。ひとつ♪ ふたつ♪ みっつ!

 踏み切った先、もう対象は目と鼻の先、一気に駆け出した。

 コレだけの火薬、着火されたら堪らない。運命光が隠れる樽の影へと、走り、すべり込む。

 居た! たった一人! 小太りで風采の上がらない男である。しかし着ている服は上等なモノ、ただの市民ではないだろう。ただし、大貴族とか、将校って貫禄は無い。小綺麗な姿なれど、やる気が見えない表情が、冴えない印象を与えていた。

 貴族の三男坊って見た目である。こんな所に一人で居るのは似つかわしくない。

 俺は男の奥襟を掴むと、そのまま地面に引き倒した。力も弱く、戦う男じゃないことは、それで解った。

 

「え? えっ?」

 

 錯乱する男を無視して、腹の上にドッカリと座り込む。俗に言うマウントポジションだ。

 

「ごきげんよう、初めまして」

 

 マウントポジションのまま、俺はニッコリと笑いかける。

 

「え? 何? だれ?」

 

 男はまだ事情が飲み込めていなかった。俺は大げさに首を傾げ、上目遣いで甘えた声をだす。

 

「あら、先ほど挨拶させて頂いたと思うのですが? では、改めまして。私はユマ・ガーシェント・エンディアン。エルフのユマ姫ですわ」

 

 クスクスと可愛く笑った。自分でも、マウントポジションでする挨拶ではないと思う。こんな女の子が現れたら、恐怖以外の何物でもないと思うのだが。ひたすら鈍いのか男はまだ呆然としている。

 

「さ、さっきの! ホントに来たのか! 冗談かと、ここへどうやって……」

「勿論、井戸に飛び込んで」

「え? あ、どうしてココが解ったの?」

「それ以外に入り方が解りませんでしたから」

 

 答えたようで、答えになってない返事で馬鹿にする。だけど、まだ男は事情が飲み込めて居なかった。

 

「あの、外は? 連絡が来なくなっちゃって、外はどうなってるの? 兵士は来た?」

 

 やっぱり、外から連絡を貰い、折を見て自爆するつもりだったのだろう。しかし、俺が単身乗り込むイレギュラー。

 

「いいえ、私はたったひとりでココに来ました」

「そうなの? あの、いや、ココは危ないよ。すぐに逃げた方が良い」

 

 ……なんだか調子が狂ってしまう。そして、話が噛み合わずイライラする。

 女の子らしく、優しく聞き出してやろうと思ったが埒が明かない。もう良いか。

 

 そうだよな、遠慮する事なんてないんだ。

 

 俺は尚もズレた寝言を口にする男を無視して、ギュッっと拳を握り締め、そのまま男の顔面に打ち下ろした。

 

「ギャッ! 痛いッ! なんで?」

「乙女を前に、マナーがなってませんわ。女性に名乗らせて、自分は名乗らないおつもりですか?」

「あ! えっ、その……でもね、それはちょっと」

 

 何も喋るなと言われている。そんなとこか?

 こんな意志のない男にそんな命令、意味がないだろうに。俺が拳を握り締めて微笑むだけで、男は大慌てで名乗りを上げたのだ。

 

「ぼ、僕は、アルサ・ランバード。ランバート家の三男で、えと、階級は中尉」

 

 本当に三男坊だった。そんで中尉ってのも、貴族が軍に押し込まれた時の最低ランクみたいな所がある。

 

「じゃあ、どうしてアルサさんはこんな所に一人で居たの?」

「いや、それは」

 

 また言い淀む。

 馬鹿かよ、そんなのは見たら解るんだ。さっさと喋れ!

 

「この樽は、全部火薬ですね?」

「え、あ、うん」

「あなたは合図があったら、ここの火薬に火を付けて、敵軍もろとも自爆しようとしていた。違いますか?」

「そ、それは、あの……」

 

 クソッ! イライラする。言えよ! 派手に自殺しようとしてたんだろ? 敵軍をたっぷり三千巻き込んで、派手に死のうと決めてたんだろ?

 それがこんな小娘に看破され、今まさに失敗しようとしている。

 もっと悔しそうにしろ! 何なら嬉しそうにしろ! ぼんやりするな!

 

「あなたは王国兵三千を道連れに死のうとしていた、違いますか?」

「…………」

 

 とうとう何も言わなくなってしまった。

 噤んだままの顔面に、俺は無言で拳を打ち下ろす。バキリと鼻が折れた。

 

「イギィ! 痛いッ! 痛っ! なんで?」

「言いなさい! 今更黙り込む意味が何処にある? 言え!」

「そんな!」

 

 ゴミみたいな男だ。

 知恵も、度胸も、何も無い。この期に及んで黙りこくる意味なんて何も無いのに、まだ事態が飲み込めて居ないのだ。

 苛立って仕方が無い、俺は黙って拳を振り下ろす。

 

「グェッ! あぅ」

 

 だが、俺の今の膂力でぶん殴り続ければ、数発で死んでしまう。手加減しなくては。

 そうして何発も殴りつけ、前歯も折れて、顎の骨も折れた後、ようやく語ったひと言は余計に俺を苛つかせた。

 

「そ、そうだよ、兵士が来たらココを爆破する。だから危ないんだ、早くここから逃げて、なるべく遠くまで」

「……キィィウゥゥ」

 

 ボケた言い分に変な鳴き声が出てしまう。自分でも、呆れる程の怒りが駆け巡る。

 逃げてって、馬鹿かよ! 頭がクラクラする、血が沸騰しそうな程に苛立つ。

 深呼吸を一つ、おれは努めて冷静に問い正す。

 

「私が逃げたら、要塞の地下にはたっぷりの火薬があると、罠だと言いますよね? そしたら誰もこんな所に近寄りませんよ?」

「ええっ? それは困るよ」

 

 困るよじゃねーよ! 死ねよ! 馬鹿との会話に血管がブチ切れそうだ。

 腫れ上がった顔で焦るアルサの懇願は、余計に俺を苛立たせた。

 

「なるべくなら、ソレは秘密にしてくれると……助かる」

「馬鹿がっ!」

 

 俺は思わず、下品に叫んでしまった。

 もう、限界だった。

 

「秘密にするとか、しないじゃねぇよ。既に作戦は失敗! もうココに兵士は来ない。お前は、一人で死ぬ!」

 

 あらやだ、下品に罵ってしまったわ。

 いや、もう、ホント苛立つ。コイツはまだ事態を飲み込めていない。

 

「そんな! 困るよ!」

「困ってろ! クズが! お前はまともに自殺すら出来ず、無意味に死ぬんだ。帝国は滅亡、ランバート家とやらも全員処刑だ馬鹿!」

 

 イライラが止まらない。

 

「なんで? そんなの、止めてよ」

 

 いい加減、頭が悪過ぎる。

 だからこそ、こんな自爆を命じられたのか。そう考えるといっそ哀れだ。

 

「お前は使い道のない無能だから、ココで火薬に火を付けて死ねと言われたんだろ?」

「そんな事ない、命を投げ打って、帝国を勝利に導く誇り高い任務だって」

「本当に、そう思ってるのか?」

「…………」

「解ってるんだろ? 体の良い在庫処分だ。帝国の得意技さ。騎士様だって、戦場でゴミみたいに捨てていったよ」

「そんな……」

 

 ようやっと飲み込めた所で、俺は可愛く微笑んだ。

 

「あなたを捨てた人たちに、一泡吹かせてみませんか? あなたに命令した指揮官は? この作戦の立案はどなた? 火薬の残量は? 帝国の様子はどうなっていますか?」

「捨てられたんじゃない。僕がやりたいって言ったんだ」

「……素直に言わなければ、苦しむ事になりますよ」

 

 俺はピッと人差し指を立て、微笑む。ゆらゆらと指を振れば、訳が解らぬとアルサが目で追ってくる。そのままスイッっと指し示す先は、ブクブク太った柔らかなお腹。

 俺はそのままズブリと突き刺した。

 

「がぁ! グギャァアア」

「言いませんか? まだ苦しむのです?」

 

 指を引き抜き、顔を寄せ、上から覗き込んで、アルサの間近で聞いてやる。

 脂汗でグチャグチャになった男は、絞り出す様に言った。

 

「あ、う、喋ったら、どうなるの?」

「えーと」

 

 俺は血まみれになった指を顎にあて、ワザとらしく思案してからニッコリ笑って教えてやる。

 

「楽に殺して差し上げます!」

 

 苦しんで死ぬより、良いでしょう? そう言うと男はパクパクと口を開き、呟く。

 

「だったら、言わない!」

「そうですか」

 

 それは助かる。俺は拳を振り抜いた。

 

「グェ、ガフッ」

 

 殴る度、蛙が潰れたみたいな音がする。殴られた声すら汚い。素直に吐かれたらどうしようかと思っていた。イライラして仕方無かったから。

 

「グゲェ」

 

 殴る所もなくなり、いよいよ悲鳴すら聞き苦しくなって、俺は再び問い詰める。

 

「喋る気になりましたか?」

「い、言わない」

「どうして? そんなに義理立てするような恩でもありますか?」

「ない、ないけど」

「けど?」

「一人で死ぬよりも、三千人を道連れに死んだ方が良いと思った」

「……それで?」

「でも、君に殴り殺される方がずっと良いから」

「…………」

 

 それも、そうか。

 俺の前世の一つ、男の嗜好を読む事に長けたプリルラ先生は、コイツをマゾと判定しなかった。どちらかと言うとサディスト。だから油断した。

 でも、そんな判定は極限状態じゃなんの意味もない。簡単にひっくり返る。

 コイツは、俺に嬲られて、それで死にたいんだ。

 

 そして、無性に苛立つ自分の気持ちが、やっと解った。

 コイツは、俺だ。

 

 この世界、貴族の三男として生まれると、いい歳になればバックアップの意味もなくなる。自分一人で生きていく気概もなく、家では厄介モノ扱いされて、終いには軍に押し込まれた。もちろん軍でもお荷物扱い。

 それが敗色濃厚になればどうなるか? 前線に立たされてゴミみたいに処分されるのが目に見えてる。

 お先真っ暗だ、いっそ死にたいと願った。コイツはそれほど追い詰められた。

 だけどコイツを追い詰めた王国の兵士達は、コイツの名前だって知らない。知ろうとしない。貴族だから名ばかりの階級はあるが、司令官でもなんでもないヤツなんて居ないも同じだ。

 だけどここで自爆すれば、そんな兵士を三千人も巻き込んで死ねる。

 コイツは本当に志願したのだ。

 下らない人生を終わらせる一世一代のチャンスだったから。

 

 俺も、そうだ。『偶然』を押し付けられて、それを利用して魔女に、帝国も、いや王国だって巻き込んで、下らない世界を全部道連れに死にたいと願った。

 帝国の民だって、殆どは戦争の顛末さえ知りもしないだろう。でも知らないからこそ、思い知らせてやりたいのだ。

 ココに俺は居るぞ! と。

 

 ハッキリ言って八つ当たりだ。

 薄汚い自分を見せつけられた気がして、無性にイライラした。だから苛立ちのまま殴り殺そうとしたら、抵抗もしない。

 それはそうだ、テロみたいな自爆をするよりも、可愛い女の子に殺して欲しい。俺だってそう思う。痛いほど、気持ちが解る。

 

 ……だけど、俺は俺を止めてくれる女性を殺してしまった。

 

 何だか殴り殺すのすら癪に感じて、俺はアルサにのし掛かったまま、ぼんやりと考え込んでしまった。

 

 それがいけなかった。

 

「ッ!」

 

 首筋に、激しい痛み。俺は天井を見上げた。この痛みを知っていたから。

 冗談だろうと思うけど、ハッキリと解ってしまう。馬鹿みたいだと笑うしかない。

 

「また?」

 

 隕石が、落ちる。

 

『偶然』め、どうやっても俺を殺したいか! ぶ厚い城壁に囲まれた要塞。さらに隔絶された地下。そして、見渡す限りの火薬。

 俺を殺すならココがチャンスと、そう言う訳か?

 

「ふふふ、ハハハッ」

 

 笑ってしまう。笑うしかない。何だコレは。どう足掻いても、結局、死ぬのか。

 下らない、馬鹿馬鹿しい。全部、無駄だった。

 

「なに? どうしたの?」

 

 ゲラゲラ笑う俺と、呆然と見つめるアルサ。

 こんな所で、この冴えない男と心中か、クソ同士で死ぬのがお似合いって事かよ。

 いや、そうだな。

 

「アルサさん」

「な、何?」

「火薬は、どうやって着火する予定だったのですか?」

「それは……」

 

 案内されたのは壁のそば、伝声管の横に導火線が延びていた。ココから着火するつもりだったのが見てとれる。

 単純な仕掛けだった、一目で解る。

 

 唯一解らなかったのが、既に火が着いていた事だ。

 

「な、なんでだよ? 僕、何もしてないのに」

「…………」

 

 『偶然』に殺されるぐらいなら、自分から派手に死んでやろうと思ったらコレか。

 良く見ると、導火線は小さな箱に繋がっている。

 どうせ、この情けない男が思いとどまる可能性を考慮して、時間が経ったら自動的に着火する装置が仕掛けてあったのだろう。

 そうでもしないと、この男が尻込みすれば大量の火薬と物資がコチラの手に渡ってしまう。これぐらいの保険は打ってしかるべき。

 

「何で? 何でぇ!」

 

 みっともなく泣き喚くアルサを白けた目で見つめる。火を消そうと踏みつけているが、火薬が混じった導火線はそんなもんじゃ消えない。

 

 いや、それにしても着火が早過ぎるな。要塞の保管庫には火薬以外にも、大量の物資が残されていた。

 あれだけの量だ、発見した王国軍は迷うに違いない。罠かもしれないけど物資は惜しい。でも、運び出すのも時間が掛かる。そうやってモタモタしている内に、まとめて爆発する算段だ。帝国軍は目一杯張り込んだ。

 だとすれば、着火までには長い余裕を持たせたハズだ。このタイミングで爆破するのは間尺に合わない。

 

 ……つまりコレは『事故』だろう。

 この手の時限着火装置は、誤作動を起こしやすい。水が蒸発する速度とかで調整するのが精々だから、アルサがちょっと揺らすだけであっさり時間が狂う。

 

 結局はコレも俺の『偶然』のなせるワザ。小娘一人殺すのに、隕石に加え城一杯の黒色火薬。何とも念の入った事だ。つくづく面白く無い。

 

「も、もうダメだぁ……」

 

 そして、苛立つのがコノ男、アルサだ。

 お前はどのみち死ぬ気だったんじゃないのか? 何を今更、悲しんでるんだよ。結局は覚悟もないのか。見ているだけでイライラする。

 

「私と一緒に死ぬのでは、不満ですか?」

 

 自然と口をついた。こんな美少女と死ねるなら本望だって喜べよ。三千の兵と死ぬよりよっぽど良いだろうが。

 しかし、アルサは喜ぶどころか、ハッとした様子でまじまじと俺の顔を見る。

 

「そ、そうだ! 君だけでも逃げないと!」

 

 どうも、俺を逃がしてくれるらしい。まぁ、今からココを出ても隕石が落ちるんだが。

 井戸を這い出て、濡れた翼を広げ、魔法で飛びだすのに十分は掛かる。無駄に時間を使った今、絶対に間に合わない。

 

「こ、コッチ!」

 

 そう言って、俺の手を握ると、俺が入ってきた通気口へと走り出した。やっぱり出入り口はココしかないらしい。

 つまり、もう、手遅れだ。

 

「早く、早く!」

 

 俺を先に通気口に押し込んで、ヨタヨタと自分も乗り込んで来た。

 

「ダメだ、間に合わない」

 

 どうもあの導火線に火が着くと五分もせずに爆発する仕組みらしい。

 ちょうど、隕石の落下と同時ぐらいか、『偶然』の調整たるや、マメだと言うしかない。

 

「井戸、井戸の底なら!」

 

 ソレは俺も考えた。あの深い井戸の底、爆風だって水で減衰する。

 だが、大丈夫だったとしても、ここまで執拗に俺を殺そうとしてくる『偶然』に俺は疲れてしまっていた。気が進まない。

 

「早く!」

 

 でも、必死に俺を助けようとするこの男に免じて。俺は井戸に飛び込んだ。

 続いてアルサも井戸に飛び込む。

 

 水の底、暗い井戸の中、アルサが俺に抱きついて、爆風に備える。

 

 ああ、こんな場所で、こんな男と死ぬのか……。

 

 俺の体を、真っ白な閃光と爆音が貫いた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 沸騰する水の中で、アルサは自分の人生を振り返っていた。

 

 名門ランバート家の三男として生まれ、自由もなく。ぼんやりと生きている内に、気が付けば三十路、家では腫れ物のように扱われていた。

 帝国の危機を救って欲しいと兄から頼まれる形で軍に入ったが、こんなのは厄介払いに過ぎないと、鈍いアルサにだって気が付いていた。

 厳しい軍での生活。能力も無く、甘えた性格のアルサは苛烈な虐めに遭い。死のうと思った事も数え切れない。

 

 そんな中で耳にした決死作戦。爆弾を使い、三千の兵を道連れにする。アルサは身を乗り出して立候補する。

 命懸けで帝国の危機を救い、歴史に名を残す。幼い頃からアルサはそんな妄想を続けていたからだ。

 数々の英雄譚を読み漁り、自分に重ね、妄想の世界に生きてきたアルサ。だけどいつしか自分には不可能なモノだと諦めるようになっていた。

 それに手が届く、一騎当千の勇者になれる。それが嬉しかった。

 

 それが、ただの生贄だと気が付いていたのに。

 

 ドキドキと心臓が脈打つ。暗闇の中で、アルサはかつて感じた事が無いほどの緊張と興奮を味わっていた。

 決死の秘密作戦、静寂の中で伝声管に耳を澄ます。「まだか?」と何度も急かして、隠し部屋に潜む情報部の男を呆れさせた。

 情報部の男は自爆を命じた後、脱出する手はずだ。死ぬのは自分だけである。

 まさに捨て駒。

 それが、却ってアルサには嬉しかった。三千人殺しの英雄は、自分だけだと思えたから。

 そんな興奮を吹き飛ばしたのは、情報部の男の叫びだった。

 

「なんだ! アレは?」

 

 トラブルかと思った。しかし、違った。

 

「天使?」

 

 その呟きは耳を澄ますアルサに、ハッキリ聞こえた。

 

「馬鹿な? アレはまさか?」

 

 それきり黙りこくる情報部の男に、アルサは必死に呼びかける。しかし情報部の男は伝声管を塞いでいた。ユマ姫に見つからない様に、呼吸さえ控え息を飲んでいた。アルサはそんな事知る由も無い。

 ヤキモキする中、次に聞こえて来たのは、まさに天使の声だった。

 

「こんにちは、ごきげんよう」

 

 ただの挨拶。だけど、それがアルサにもたらした効果は劇的。

 可愛い声が伝声管を伝い、天使が耳元で囁いた。脳みそをくすぐられたアルサは息を飲む。

 だけど、異常だった。情報部の男はどうしたのか? 三千の兵士はやって来たのか?

 

「お、お前は、一人か?」

 

 なんとか絞り出す。

 

「ええ、一人よ。あなたは? わたし会いたいわ」

「あ、うっ」

 

 美しい声の主、会ってみたいと心底思った。だけど、それはマズい。

 

「私は、ユマ姫よ。二人っきりで会いたくない?」

 

 ユマ姫、森に棲む者(ザバ)の悪魔。だけど、本当なのだろうか? 話に聞いていたよりも、ずっと可愛らしい声。

 きっと、アルサを騙すため。無関係な少女に名乗らせているのだと、アルサは思った。

 

「く、来るな! 来ると、死ぬぞ」

「ねぇ、どうやったらそっちに行けるの? わたし、早く会いたい」

「来るな、止めろ。死ぬぞ!」

 

 罠だ、それぐらいアルサにも解った。こんな罠に、何も知らない少女を巻き込むなんて王国は外道に過ぎる。

 アルサはそう思おうと、何とか自分に言い聞かせる。

 

「わたしの事、知ってる? 最期にユマ姫に会ってみたいと思わない?」

「あ、ぐぅ……」

 

 だけど、解ってしまった。

 何度も耳元で囁かれる内に、解ってしまった。

 彼女は本物だ。だからこそ、こんなに心がざわめくのだ。彼女は本物の悪魔だ。超常のモノ、人間とは違う、だからこんなにも心を揺さぶるのだ。

 

 暗闇の中で蹲り、アルサは脳に入り込んだ悪魔を打ち払う。

 

 まだ火薬に着火は出来ない。直前に届いた合図は三回。作戦保留の合図だ。恐らくは情報部の男は、あの悪魔に殺された。

 

 殺された? あの甘い声の悪魔に?

 

 それが羨ましいと思ってしまう自分に気が付き、アルサは息を飲んだ。あれだけの間に、悪魔に洗脳されている自分に気が付いたから。

 

 いや、違う。こんなのは女に相手にされない自分の妄想だ。アルサは頭を振る。

 きっと情報部の男が娼婦と遊びに行ったのだ、その際に、初心な自分が娼婦からからかわれただけ。きっとそうだ。こんなイタズラは何度も経験した。

 

 本当にそうか? アルサは錯乱した。幾ら伝声管に尋ねても、もう返事は返らない。

 

 どれぐらいそうして居ただろう? ブルブルと震えていると、突如世界がひっくり返る。

 

「え? えっ?」

 

 違った。ひっくり返ったのは自分だった。気が付けば、自分のお腹の上に、可愛らしい少女がドッカリと座り込み、笑顔でアルサを見下ろしていた。

 

「ごきげんよう、初めまして」

 

 天使だと思った。本当に。

 可愛らしい声、そして姿。しっとりと濡れた桃色の髪、幼げな顔立ちに大人びた表情、お腹に感じる小ぶりなお尻、投げ出されたすらりと長い足。天使の証明とばかり、大きく広げた翼。

 そして何より、濡れそぼったブラウスからは、匂い立つような艶めかしい肌が、うっすらと透けて見えるのだ。

 

 思わずゴクリとツバを飲んだ。

 アルサには、少女の存在そのものが輝いて見えた。何で天使がこんな地下に?

 

「え? 何? だれ?」

「あら、先ほど挨拶させて頂いたと思うのですが? では、改めまして。私はユマ・ガーシェント・エンディアン。エルフのユマ姫ですわ」

「さ、さっきの! ホントに来たのか! 冗談かと、ここへどうやって……」

 

 質の悪い娼婦が、自分をからかっているのだとアルサは何度も自分を言い聞かせてきた。

 だけど、違った。そんな女とは、まるで違う!

 

「あの、外は? 連絡が来なくなっちゃって、外はどうなってるの? 兵士は来た?」

「いいえ、私はたったひとりでココに来ました」

 

 彼女は、本当に天使だった。

 

「そうなの? あの、いや、ココは危ないよ。すぐに逃げた方が良い」

 

 アルサがそう言うと、拳を握り込む少女が見えた。その暴力的な仕草があまりにも不釣り合いで、それが却って、狂おしい程に可愛くみえた。

 

「ギャッ! 痛いッ! なんで?」

 

 だけど、振り下ろされた拳の威力はとてもじゃないが可愛らしいモノではなかった。

 たちまちアルサは屈服した、何もかも洗いざらい話してしまう。そうして気が付いた、このままじゃこの美しい少女も死んでしまう。

 

「そ、そうだよ、兵士が来たらココを爆破する。だから危ないんだ、早くここから逃げて、なるべく遠くまで」

「……キィィウゥゥ」

 

 可愛らしい声で、少女が鳴いた。それが合図だった。

 取り繕ったベールが剥がれ、醜悪な本性が姿を現す。

 天使が悪魔に変わってしまう。だけどアルサには、その悪魔の本性すら、いや天使の外面よりも尚、可愛らしく思えてしまうのだ。

 見とれてぼんやりとしていると、更に殴られた。

 

「グベッ」

「私が逃げたら、要塞の地下にはたっぷりの火薬があると、罠だと言いますよね? そしたら誰もこんな所に近寄りません!」

「ええっ? それは困るよ」

 

 英雄の妄想が、最後の夢が、壊れてしまう。

 アルサは情けなく懇願する。

 

「なるべくなら、秘密にしてくれると……助かる」

「馬鹿がっ!」

 

 更に殴られる。頭がクラクラした。可愛い声で口汚く罵られる。

 

「秘密にするとか、しないじゃねぇよ。俺にバレて押さえ込まれてる段階で作戦は失敗! もうココに兵士は来ない。お前は、一人で死ぬ!」

 

 悪魔に騙されて、結局何もなせずに死ぬのだと、無情に突きつけられたのだ。

 最後に残された自分の存在意義すら否定されてしまった。

 

「そんな! 困るよ!」

「困ってろ! クズが! お前はまともに自爆すら出来ず、無意味に死ぬんだ。帝国は滅亡、ランバート家とやらも全員処刑だ馬鹿!」

 

 天使な少女が、悪魔みたいにアルサを罵る。不思議と、脳が灼けるほどに快感だった。

 

「なんで? そんなの、止めてよ」

「お前は使い道のない無能だから、ココで火薬に火を付けて死ねと言われたんだろ?」

「そんな事ない、命を投げ打って、帝国を勝利に導く誇り高い任務だって」

「本当に、そう思ってるのか?」

「…………」

「解ってるんだろ? 体の良い在庫処分だ。帝国の得意技さ。騎士様だって、戦場でゴミみたいに捨てていったよ」

「そんな……」

 

 解っていた。解っていたから目を逸らしていた現実を突きつけられた。

 絶望モノだ、全部台無しにされた。目の前の少女は憎むべき存在だ。

 でも、少しも嫌では無い。ボロボロに殴られ、傷つく事すら快感に感じて、アルサは激しく混乱する。

 

 まさに少女は悪魔だった。

 凶悪な笑顔から一転、猫なで声でアルサに迫った。

 

「あなたを捨てた人たちに、一泡吹かせてみませんか? あなたに命令した指揮官は? この作戦の立案はどなた? 火薬の残量は? 帝国の様子はどうなっていますか?」

「捨てられたんじゃない。僕がやりたいって言ったんだ」

「……素直に言わなければ、苦しむ事になりますよ」

 

 そう言って、立てた人差し指。不安げに目で追うと、信じられない事に、根元までアルサのお腹に突き込んだ! そのまま柔らかな内臓をかき回す。

 生まれて初めて味わう、激烈な痛み。

 

「がぁ! グギャァアア」

「言いませんか? まだ苦しむのです?」

 

 美しい顔がアルサの眼前に迫り、優しく囁く。

 アルサはすっかり屈服していた。こんな小さい少女にみっともなく屈服する事が、堪らない喜びですらあった。

 

「あ、う、喋ったら、どうなるの?」

 

 だから、期待を込めて尋ねる。

 「えーと」と声を出し、わざとらしい程に可愛い素振りで、悪魔は悩んでみせる。すっかり自分の命が玩具にされている。それがどうにも心地よかった。

 少女がどんなに残酷な提案をしてくるのか、楽しみですらいた。だけど少女の回答はアルサが望んだモノでは無かった。

 

「楽に殺して差し上げます」

 

 それで喜ぶと、少女は本気で思って居るようだ。だけどそんなのは嫌だ。

 

「だったら、言わない!」

「そうですか」

 

 そうして、ただひたすらに、猫が小鳥をいたぶるように延々と殴られた。

 アルサは軍の中で、上官や、部下にさえ、いつも苛められて過ごしていた。こっぴどく殴られた事は何度も有る。

 だけどソレとは全然違う、ずっと酷い! ずっと痛い! 数十倍は苛烈であった。

 なのに不思議と、少女に殴られ、屈服し、死ねるなら、本望だと思えてしまう。

 しかし、幸せは続かない。目を細めた少女が尋ねる。

 

「喋る気になりましたか?」

「い、言わない」

「どうして? そんなに義理立てするような恩でもありますか?」

「ない、ないけど」

「けど?」

「一人で死ぬよりも、三千人を道連れに死んだ方が良いと思ってたんだ」

 

 それは掛け値無し、それがアルサの本心だった。こんなクソッタレた世界を傷つけて死ねるなら、なにより楽しい最後だと思ったから。

 だけど、違った。

 

「……それで?」

「でも、君に殴り殺される方がずっと良いから」

「…………」

 

 言ってから、アルサはしまったと思った。きっと、気持ち悪いと軽蔑された。

 コレじゃあ、もう傷つけてくれないし、殺しても貰えない。すると残るのは、自爆さえ出来なかった情けない自分だけになってしまう。

 いっそ殺してくれと頼もうかと悩んでいると、少女は壊れたみたいに笑い出した。

 

「ふふふ、ハハハッ」

「なに? どうしたの?」

 

 アルサが不安になって尋ねると、少女は柔らかに微笑んだ。

 

「アルサさん」

「な、何?」

「火薬は、どうやって着火する予定だったのですか?」

「それは……」

 

 そこに少女を案内した、ここ数日籠もっていたこの場所で、少女に殺して貰おうと思ったから。

 だけど、なぜだろう。すでに導火線に火がついていた。このままじゃ、すぐにでも爆発する。

 

「な、なんでだよ? 僕、何もしてないのに」

 

 アルサは少女に殺して欲しいと願った。だけど、少女には生きていて欲しかった。

 自分を殺した少女に、代わりに生きて欲しかった。でも、これじゃソレも叶わない。

 

「何で? 何でぇ!」

 

 慌てふためく、一方でその様子を不満げに見つめるだけの少女が、信じられない言葉を吐いた。

 

「私と一緒に死ぬのでは、不満ですか?」

 

 その時、初めてアルサは理解した。この子も自分と一緒なのだと。この少女もまた死に方を探していたのだ。

 だからこそ、少女の中身を知る程に惹かれていたのだと。悪魔だからじゃない。同類だからこそ、少女に自分を理解して欲しかった。

 

「そ、そうだ! 君だけでも逃げないと!」

 

 何かないか? 生まれて初めて本気で願った。生まれて初めて本気で悩んだ。

 そして、閃く。

 

「井戸、井戸の底なら!」

 

 少女の手を握り、二人で駆け出す。

 

 二人きりの逃避行、それがどうにもくすぐったくて、忘れていた青春が蘇る。

 楽しかった人生が巻き戻り、昔の事を思い出す。

 

 子供時代、自分だけ理不尽に叱られて、立たされていたとき、庇ってくれた少女が居た。

 彼女の手を取って逃げていたら、今頃どうなって居ただろう?

 その少女の顔がユマ姫に置き換わる。ねつ造されたアルサだけの走馬灯が、脳内にゆっくりと流れていた。

 

「早く!」

 

 少女を井戸に押し込むと、水の中で少女に覆い被さる。

 この世の全ての理不尽から、一人の少女を守る為に。

 

 爆音と閃光に体を貫かれながら、アルサは思いだす。

 

 そうだ、本当の本当は、こうやって好きな少女を守って死にたかったんだ。

 

 消えゆく意識の中で、叶った夢を宝物みたいに抱きしめた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「う……ん」

 

 意識がゆっくりと浮かび上がる。

 ココは? 俺は、どうして?

 

 体が痺れる、声を出そうと持ち上げた舌が、形を保てずベチャリと崩れた。内部からズタズタになっている。

 そうだ、思い出した。俺は隕石と火薬のど真ん中で井戸に飛び込んで。

 

 ……そして、死んだ。

 

 強烈な爆発は、衝撃波となって水を揺らした。電子レンジに突っ込まれたタマゴみたいに俺の体はズタズタになり、内部から崩壊した。

 とんでもない爆発だったに違いない。井戸の中、地下深く、水に浸かって居たハズだ。抉り出されたクレーターの深さと、残らず蒸発してしまった水の存在が、爆発の強さを教えてくれた。

 

 でも、俺には星獣から受け継いだ回復能力がある。電子レンジみたいな衝撃に晒されたのはきっと一瞬。外傷もなく、破壊された細胞はすぐに回復した。

 それでも、普通の人間なら即死だ。回復能力で生き残っても、一度壊れた脳細胞から記憶は失われ、廃人になっていただろう。

 死ぬのはコレで二度目だ。だからこそ、さっきまで死んでいた自分を強く自覚する。今も意識が残っているのは『参照権』のお陰に過ぎないと確信する。

 

 でも、これで生きていると言えるのだろうか? これではゾンビと変わらない。

 

 見渡せば、それこそポストアポカリプスな終末世界の有様だった。

 グチャグチャの瓦礫の山、溶けてひしゃげた兜や鎧が雑然と転がる。生き物の姿など何処にもない。

 巨大に抉れたクレーター、そのど真ん中で、死んで、生まれて、たった一人だ。

 ぐらぐらと頭の中で声がした。

 

 生きていて、何の意味がある?

 

 一見、綺麗に見える俺の体だが、中身の神経はズタズタに千切れている。指一本動かすのもかったるくて、息を吐く。

 誰も俺の疑問に答えてはくれない。

 

 そこでようやく気が付いた。俺に覆い被さる様に、べちゃりと貼り付いた肉片に。

 

 いや、良く見ると上半身だけは原型を保っている。まだ生きているのかと錯覚するほどに。

 慌てて手を動かして、撫でた。それだけで、薄くなり始めた髪の毛が、肉ごとゴッソリと剥がれて落ちる。

 

 当たり前だ、死んでいる。アルサの変わり果てた死体だった。それが何故だか、無性に悲しい。あんなにも苛立つ男だったのに。

 

 ……それにしても笑ってしまうのはアルサの顔だ。どうにもこうにも幸せそうな死に顔ではないか。

 俺の胸で息絶えた冴えない男、アルサは穏やかに笑っていた。

 

 ……そうか、そうだよな。

 

 誰だって一人で寂しく死にたくない。

 誰からも必要とされず、捨てられたみたいに死ぬぐらいなら、世界を巻き込んで死にたいと願う。俺だってそうだ。

 でも、それよりも美少女に殺されたいと望んだ。確かに、ソレこそが生きるのを諦めた男にとって最高の慰めだと、俺も思った。

 だけど、だけど、更に上があった。

 俺には解る、男だったら誰だって憧れる。お伽噺みたいな結末を。

 

 女の子を守って、それで死にたい。

 

 コイツは、本当に望んだままに死ねたのだ。

 コイツが身を挺して守らないでも、肉壁一個だけじゃ何も変わらなかっただろう。現に俺は死んでいる。

 同じように死んで、同じように生まれただろう。

 

 だけど、たった一人生まれた寂しさが、気付けば何処かに飛んでいた。

 

 救われた気持ちで、胸にへばりつく死体を眺める。

 いやしかし、アレだけの火薬、そして隕石。それでも原型を保っているのはどうしてだろうか?

 城壁が壁になり、衝撃が逃れる所もない。俺達はさながら、打ち上げ花火の筒の中に居たようなモノ。全て弾けて消えてしまうのだと思った。

 さらには蓋をするように、隕石まで落ちてきた。星獣だって粉々になる隕石の火力を俺は良く知っている。

 

 ひょっとして、爆発が相殺した? 

 

 戦車には爆発反応装甲と言うのがあるという、自分から破裂して、衝撃を拡散するんだとか。いやしかし、そんな奇跡があり得るだろうか?

 

 神は言っていた。俺の『偶然』は皆が俺を守りたいと願う事で、少しだけ力を失うと。

 皆がシュレディンガーの猫を心配し、終始観察していれば、箱の中で猫が人知れず死んでいる確率は下がる。

 解るようで解らない話だが、俺は信じてみたいと思った。

 アルサが守りたいと思った気持ちが、俺を助けてくれたのだと。

 

 

 俺はぼんやりと、真夏の太陽を見つめていた。少し陰り始めているが。大して時間は経っていなかった。

 この爆発だ、しばらく助けは来ないだろう。

 

「おーい」

 

 そう思っていたら、間抜けな声がした。

 田中だ。

 

「生きてるか? 死んでるなら死んでるって言え。あっ生きてた!」

 

 クレータの端から顔が覗く。気配に敏感なコイツの事だ、とっくに解ってるだろうに、ふざけた男である。

 颯爽とクレーターを滑り降りると、枕元で俺を見下ろす。

 

「死んだか?」

 

 死んださ。目で訴える。

 

「待ってろ、スグに助ける」

 

 しかし、俺はその申し出を目で断った。今動くと、体が内部から崩壊するからだ。田中は鋭いやつだ、ソレですぐさま手を引っ込めた。

 

 それに、しばらくこうして空を眺めていたい。

 コイツ(アルサ)を腹に乗せたまま。

 

 そうしてぼんやりしていると、田中が訊ねる。

 

「なぁ、お前はどうして生きてるんだ?」

 

 ……そう言われても、俺にも解らない。復讐のためだが、その為にもっと大切なモノを失った気がする。

 それでも、生きたい。どうしてだろうか?

 

 ……いや。

 

 俺は腹の上のアルサをジッと見つめる。

 

 コイツの為だ、コイツみたいに俺を守って死んでいった、マーロゥにゼクトールさん、殺してしまったシノニムさんだって俺の中で生きている。

 

 家族の復讐、それだけの為だけじゃない。生かしてくれた人の為に、生きている。

 

 だったら、こんな死に方はダメだ。俺は声を絞り出す。

 

「生きる為に、生きています」

 

 誰かが生かしてくれたから。誰かの命で生かされている。

 そうだ、だから俺は。

 

「ガブッ」

 

 アルサの死体に噛み付いた。柔らかく、血が蒸発した肉は、案外に旨かった。生臭さがなくて、しっかりと肉の味がする。

 そんな俺に、呆れた様に田中が問う。

 

「旨いか?」

「あげませんよ」

 

 これは、俺のだ。

 だけど、どうかな? アルサは人を食う俺を、気持ち悪いと嫌うだろうか?

 

 きっと嫌がらない。俺なら、可愛い女の子に喰われるのも悪くない。

 昔は交尾したら食われてしまうカマキリのオスを無惨だと思ったが、そうでもないと、今は思える。

 

 田中は羨ましそうにコチラを見ていた。

 どちらにだ? 死体を喰う俺か、喰われる男にか?

 

「旨そうに喰うね」

「そうですか?」

「なぁ? 俺が死んだら俺も喰って良いぜ」

「ふふっ」

 

 そうだよな、口を真っ赤にしながら俺は笑った。

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