死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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聖女伝説2

 多くの兵、多くの市民を抱えたままに、敵軍に完全包囲された帝都。市民を守るハズの城壁が、いつしか逃亡を許さぬ檻へと変じてしまった。

 元来、食糧の備蓄に乏しい帝都。大人も、子供も、等しく餓えに苦しむ地獄と化すまで、長い時間は掛からなかった。

 

 そんな飢餓に苦しむ帝都において、地獄の底の、更に底、スラムの惨状ともなれば、人が人を当たり前に食らう悪鬼が住まう真の地獄へ成り果てた。

 

 そんな帝都のスラムが二つに分かれ、それぞれの勢力が雌雄を決するべく、今まさにぶつかろうとしていた。

 

 ここはスラムのど真ん中。スラムを救うべく教会が建てられたのも今は昔、崩れ落ちたレンガと、うち捨てられた女神像だけが、かつての名残を残すのみ。

 雑然とするスラムの中で、ぽっかりと空いた広場。

 今日、ココで、スラムの雌雄を決する戦いが始まる!

 

 さぁ選手の入場だ!

 西から姿を見せたのは、ずた袋を被った解体屋(ブッチャー)の集団だ。

 目出し帽代わりのずた袋に、血塗れのノコギリを掲げ、野太い声で威嚇している。

 

 ついさっき屠畜場から這い出して来たみたいな奴らだが、コイツらが解体するのはブタではない、紛れも無く人間である。

 大人も、子供も、お構いなし、相手が兵士だろうが逆らう者は構わず殺す。

 

 殺して、バラして、そして喰う。

 

 本気でヤバい奴らである。絶対に関わり合いたくない人種だ。

 

 彼らの主張を聞いてみよう。

 

「おらぁ! 食い物の恩義を果たせ! 俺達の居場所を守るんだ!」

「俺は、怪我で死ぬハズだった。それを聖女サマに治して貰ったんだ」

「あの方は本物の聖女だ! 逆らう者には死を!」

「魔王を崇拝する邪悪な存在を帝都から追放せよ!」

「死をもって、肉となれ! 肉だけが正義!」

「聖女ウルフィア様に供物を捧げろ!」

 

 ……彼らの正体は、聖女ウルフィアの信望者だった。

 聖女ウルフィア、一体何者なんだ?

 

 ……俺だよ。

 

 …………なんで? どうして?

 

 おっと、彼らに敵対するもう一方の勢力が登場だ。

 東側から現れたのは、銀に輝く集団だった。

 

 身に付けた全身鎧こそ銀の輝きを放つが、正規兵でないことは一目で解った。凹んだ兜に、歪んだ鎧、溶けかけた具足を身に纏い、掲げる槍は捻れている。

 まるで、悪魔を象った不格好なブリキのおもちゃだ。そんな奴らが集団で、体を軋ませながら、ギシギシと行進してくる様は異様のひと言。

 

 誰一人、まるで正気が見られない。

 いつの間に現れた、スラムを二分する勢力。

 一体、コイツらは何者なのか?

 

「天使に恭順せよ!」

「逆らう者には天からの裁きが下るぞ!」

「終末の時は近い、人を食らう鬼は地獄へ送られる」

「振り下ろされる鉄槌は、全てを浄化する」

「手遅れになる前に鬼どもを地獄へ返すのだ!」

「大天使ユマの導きのままに!」

 

 大天使ユマの信望者だった。

 

 ……俺だよ。

 

 どうして?

 

 ……どうしてこうなったのだッ!

 

 城の天辺、屋根の上から、オペラグラスで様子を見つめていた俺は、頭を抱えて蹲る。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 時は少し遡る。俺は聖女ウルフィアと呼ばれ、持ち上げられ、『いい気』になっていた。

 シスターの格好で、帝都の様子を見るためだった炊き出しを、止め時もなく、ずるずると続けていたのだ。

 去年の秋、穀倉地帯となったゼスリード平原では麦が大豊作だった。隕石でボロボロになって帰国した俺も、装甲車の窓から金の麦穂を眺めたモノだ。

 だから麦はそれこそ配るほどに余っている。

 塩だって無限に調達できる。幼児の時から、俺は空気から水分を抽出するのが得意技だった。今なら大量の海水から水を抜いて、塩を作るなんて朝飯前。

 

 すると、アレだ、足りないのは肉。

 

 だけど、それだって向こうから『寄ってくる』。

 そうして炊き出しを続ける事、数日、見慣れぬ集団が列に混じった。

 彼らは、他のスラムの住人と比べて明らかに体格が良い。食い詰めたスラムの住人は身長が俺と同じ、150㎝程度もあれば、立派なぐらい。

 そんな中、彼らは170㎝を越える人間も珍しくないのだから、酷く目立つ。

 

「彼らは?」

 

 尋ねると、毎度手伝ってくれる幼女は、苦虫を噛み潰した顔で教えてくれた。

 

「きっとヨウヘイだよ」

「傭兵?」

 

 食い詰めた傭兵がスラムに堕ちたか。それ自体は珍しい事ではない。

 

「あのね、ネンキンってのが無くなったんだって」

 

 幼女はそう付け足した。

 ちなみに、この幼女、俺が助けた幼女である。歳の割に非常に賢いのだが、賢さゆえに肉の正体に気が付いて以来、死んだ目をしていたのを思い出す。

 だけど今では、積極的に俺を手伝ってくれるようになった。かわいいかわいい。

 

 それにしても、年金が打ち切られたか。

 帝国で戦争に参加した傭兵は、戦えなくなっても年金が貰えると聞いた事がある。

 いや、それだって見た感じは五体満足なのだし、城の防衛に働けるのでは?

 俺は直接、訊いてみる事にした。

 

「あの、どうしていらしたのですか? 失礼ですが、私たちも食料に限りがありますから」

「ううっ!」

 

 すると、大の男がボロボロと、堰を切ったように泣き始める。

 

「すまん、私には生きる資格もない。それでも、腹が減るのだ。神よ……」

 

 話を聞けば、彼らは精神的に戦う事が出来なくなったらしいのだ。

 

 PTSDだった。

 

 彼らは戦争で、心に癒えぬ傷を負った。その原因は何か?

 エルフの虐殺だ。

 霧の悪魔(ギュルドス)に倒れたエルフの民を、帝国は無慈悲に殺して回った。

 彼らは懺悔を口にする。

 

「わた、私は、苦しむ少女を、生きたまま火にくべたのだ。娘と年の頃が同じぐらいの少女を」

「俺は息子を逃がそうとする妊婦の腹を抉った」

「魔法が怖くて、敵の兵士を取り囲んでグチャグチャになるまで皆で殴った」

 

 あの戦いは、それだけ酷いモノだった。話を聞くだけで胸に暗い火が灯る。

 エルフは魔法を使うし、人間ではない。そして霧の悪魔(ギュルドス)のお陰で俺達は一切の抵抗が出来なかった。

 目を覚ましたら、魔法で反撃されるかもしれない。積年の恨みに、恐怖がスパイスとなって、ストッパーが外れた軍隊は、果てのない暴力と、残虐性を露わにした。

 

 そうして後から冷静になった時、彼らは既に心に傷を負っていた。もう軍には居られない程に。

 少ない年金に加え、護衛として生計を立て、口に糊をして生きて来たが、いよいよ全てが打ち切られたらしい。

 

「辛かったでしょう……」

 

 俺がそう言って抱きしめると、彼らは崩れ落ち、後悔を口にする。

 

「そんな事! 我々が殺した、森に棲む者(ザバ)、いやエルフの方がずっと苦しかったでしょう」

「彼らに安らかな眠りを」

「ううっ、思い出すだけで、胸が苦しくなる」

 

 さめざめと泣く彼らを見て、俺は自分でもどうかと思う程に感動し、胸を打つ何かを感じていた。

 

 帝国兵は血も涙もない鬼畜。そう思ってきたし、実際そんな奴らを多く見てきた。

 だけど、まともな奴らも居たのだ。まともであるが故に心に傷を負い、兵士で居られなくなっただけ。

 

「許します」

 

 だから俺がそう宣言すると、彼らは呆然と俺を見上げた。

 

「な、何を?」

「誰が許さないと言おうとも、私が許します。あなた方はもう十分に苦しんだ」

「おおっ! おお……」

 

 聖女である俺が堂々と宣言すれば、彼らはオイオイと泣き出した。

 コレはただの少女が、何となく言っただけの慰めの言葉ではない。虐殺された側の俺が言うのだ、無上の説得力があっただろう。

 

「ありがとう、ありがとうございます」

 

 そうして皆が感謝を述べる。俺は益々気持ちよくなっていた。

 そんな時だった。

 

「お前ら、何を企んでいる!」

 

 無遠慮な兵士がゾロゾロと乱入してきたのだ。こいつら帝都を守る兵士は、虐殺で心に傷も負わずに軍に残った方、つまり選りすぐりのクズである。

 彼らは彼らで、無抵抗な者を嬲る暴力に酔ってしまった。人間として壊れてしまった。

 きっとそうだ、目を見れば解る。

 

 ゼスリード平原で帝国兵を大量に捕虜にした時、俺は大森林侵攻に参加した者を探し、話を聞こうとしたのだが、驚く程に少なかった。それがずっと不思議だったのだが、今、解った。

 きっと使い物にならないのだ。クズ過ぎて。

 

「この集いはなんだ! 責任者を出せ!」

 

 集まるのが食い詰めたスラムの民ばかりならともかく、屈強な男達まで集めて居るとなれば、兵士としては黙っていられなかったらしい。

 そんな帝国兵を見て、引け目のある元傭兵達は、肩を震わせ子ウサギのようだった。

 そんな彼らを俺は優しく慰める。

 

「忘れないで下さい、殺すのは罪ではありません」

「え?」

 

 シスターらしからぬ言動に、みんなポカンと口を開ける。

 

「だとしたら、日々動物を狩る猟師は最も罪深い職業になってしまいます」

「そ、それは」

「罪深いのは、意味のない殺戮です。だからこそ、あなた方の殺人は罪深く、後悔の念が絶えずに居る」

 

 俺はそう言って、彼らを置き去りに、帝国兵達の前に進み出た。

 

「私が責任者です」

「ほぅ……誰の許しでこんな事をしている」

 

 言いながらも、俺の体を無遠慮に眺めるコイツらの、品の無い事。いっそ清々しい程だ。

 見られるに構わず、俺は堂々と胸を張る。

 

「誰の許し? もちろん、神の許しです!」

「ふん、神が許そうが、我らが許さぬ」

「いいえ、あなた方の罪も許されます」

「何を?」

 

 言い終わる前に、俺は兵士の首を次々と刎ねた。魔法じゃない、手に持った粗末な鉈でだ。

 この程度、今の俺なら造作もないこと。

 噴き出した血が、広場を濡らす。血抜きは大切だから仕方が無い。

 

 そのままズルズルと死体を引き摺ると、顛末が信じられぬと呆然とする彼らの前に、次々と並べた。

 

「全ての罪は、最期には許される。肉をもって他の命を繋げば、許しとなるでしょう」

「何を言っていますか?」

「解体しましょう、殺した以上は、食べねばなりません」

 

 俺は、そう宣言した。

 

「まさか、まさか!」

 

 彼らは先程まで食べていた肉入りの麦粥をジッと見つめる。

 

「食えば、許される?」

「殺すのは罪ではない?」

「そうか、そうだったのか」

 

 そうして、彼らは完全に開き直って、人食いの集団と化したのだ。

 

 

 ……いやさ、勘違いしないで欲しいんだけど。俺だって人を食うのが教義とかそう言う危ない思想を撒き散らしたい訳じゃないよ?

 

 たださ、飢餓に苦しむ帝都でさ、殺したら食わないと勿体ないかな~ってそう思って、炊き出しの麦粥に混ぜ込んでただけでね。

 でも、流石にバレバレで隠し通すのも無理なタイミング。仕方無いからそう言っただけ。

 食って許しってのも方便みたいなモンでさ。罪悪感なく食えるようにって俺の気遣いよ?

 

 そんで、俺だって無選別に殺して回った訳じゃなくてね、襲ってくる奴を返り討ちにしてたら、どんどん食肉の在庫が積み上がっただけなんだ。

 

 どうかどうか、お願いだから、信じて欲しい。

 

 初めはさ、スラムの人達は、喰われる為に絡んで来てると、そう、本気で思ってたんだよね。凄い献身だと感動さえしていた。

 

 ……ここまで来ると、流石に信じられないか?

 

 でもさ、自分がライオンになったつもりで考えて欲しいんだけど、前足を必死に甘噛みしてくるウサギが現れたらどう思う?

 あれ? コイツ俺に食われたいのかな? って思うだろ?

 

 俺にとっては食い詰めたスラムの人間、それも武器とも言えないその辺の木っ端を握っただけの人間なんて、子ウサギ程度の脅威でしかないのよ。

 流石の俺も、途中でコレ違うなって気が付いたね。その時にはもう遅かったんだけど。

 

 そうして、気が付けば屈強な人肉解体集団が出来上がって居たワケよ。

 

 目隠ししたシスターがスラムをウロつけば、カモだと襲いに来る奴らが現れる。 

 それを皆で返り討ち。向かってくるのが兵士だろうが、構わず殺した。地の利はコチラにある、逃げつつ各個撃破すれば、奴らの被害は広がるばかりだ。

 

 味方が怪我をしても、多少なら俺が魔法で治せるしな。

 

 そう、俺は『いい気』になって魔法まで使ってしまった。これは前世で見たネット小説が悪い。

 聖女って言うなら、回復魔法ぐらい使ってもいいだろうって、我ながら寝ぼけた判断だ。

 気が付けば、奇跡の聖女ウルフィアの名は凄い勢いで広まり、不気味な人肉解体集団はスラムの一大勢力となってしまったってワケ。

 

 それでもどうにもならない怪我をしたら、もったいないから味方であろうが俺は構わず解体した。

 

 すると益々、生と死を分かつ死天使の如く、恐れ、敬われ、聖女ウルフィアの名は益々広まって。いつしか帝都全体で見ても巨大な勢力に育っていたと言う訳。

 この段に来て、流石に木村から普通の肉とかも融通して貰うようになったんだけど、全ては手遅れだった。

 

 

 そんな俺達の前に立ちはだかったのが、もう一つの勢力。大天使ユマを崇拝する一団だった。

 

 

 初めて彼らを見た時は、それはもう驚いた。

 グチャグチャに溶けた防具を身につけて、えっちらおっちら歩いているのだから無理ないだろう。

 もうね、新種の魔獣かと思って殺す寸前だったわ。見た目は完全に悪魔崇拝者である。

 そんな彼らが通りを練り歩く時の掛け声を聞いて、二度驚いた。

 

「天使ユマに血肉と魂を捧げよ!」

 

 彼らが崇拝している悪魔は、俺だった。流石にたまげたね。何も見なかった事にして殺す寸前だったわ。

 

『アレなんなんだよ? マジで頭イカれてるだろ、いい加減にしろ』

 

 陣地に帰った俺は、たまらず木村に苦情を言った。

 

『え? 俺の所為なの?』

 

 木村は無罪を主張した。聖女裁判の始まりである。

 

『まず、お前が支援してるんだよね? アイツらを』

『まぁ、そうだよ』

 

 当たり前だ、歪んだ兜だろうと、鉄と言うだけで価値が有る。帝都のスラムはそんなモノでも貴重だ。

 それに、思いだして欲しい。帝都のメインストリートでは、衛兵が連れ立って『魔王ユマ』の崇拝者狩りをしていた事を。それだけ脅威となる勢力なのだ。誰かが支援しているに違いない。

 

『そりゃ、コッチの味方になる反政府組織を支援するに決まってるだろ?』

 

 木村は悪びれずに言う、確かに戦争の常套手段だ。アメリカも良くやってる。

 俺の存在は神懸かりだから、この際、俺を崇拝する集団になるのは良い。だが、あんな妙ちきりんな装備を与えるのだけは納得が行かない。

 木村は難しい顔で弁明する。

 

「新品の防具なんて渡せる程、こっちにだって余裕は無いですよ」

「かといって、あんな防具を渡す必要はないでしょうが!」

 

 木村が真面目な顔して語り出したので、俺もお姫様らしいツンデレおしゃまな口調でなじってやる。

 途端に目尻を下げて相好を崩すが、木村は取り繕って言い募る。

 

「いや、私も多少は打ち直してから渡そうとしたのですが、彼らはそのままが良いと」

「なぜ?」

「曰く、天使ユマの聖遺物であると」

 

 あちゃー。

 俺は額を押さえて仰け反った。

 

 彼らに渡した防具の出所は、あのロンカ要塞である。残された大量の防具は俺達の足を止めて確実に爆殺するためのエサだった。

 

 しかし隕石が落下し、ボロボロになった武器防具の数々。木村は打ち直し、彼らに提供しようとしたところ、待ったが掛かったと言うワケだ。

 

「丈夫な防具が砕けて歪む、その創痕こそが天使ユマの偉大さを象徴していると言って聞かないのです」

「正気では無いですね」

「でも、彼らにとってはあの防具を身に纏う事は、神の権威を纏うに等しいのです」

 

 マジかよ……。

 

「でも、その集団と、私が育てた聖女派が一触即発なんですが?」

「困りましたね、私からも敵対しないように言っておきます」

「私からも、炊き出しの時に言っておきましょう」

 

 そうと決まれば善は急げ、戦いが始まる前に厳命しておかないと。

 俺は即座に席を立ち、人間離れした脚力でもって飛び出した。

 

「お待ちを!」

 

 背後で木村が呼び止めるが、もう遅い。俺の体は、狭い幕舎を飛び出した。

 ……だが。

 

「ぐえぇぇ」

 

 飛び出した俺の体は、蜘蛛の巣に囚われた蝶のように、雁字搦めに墜落した。

 草原をゴロゴロと転がって、もがき苦しむ。

 

「あぐ、うぐっ」

 

 首が絞まる。背後から伸びた自在金腕(ルー・デルオン)が俺の首に巻き付いていた。

 

「おま、お待ちを」

 

 数メートルも引き摺られただろう、背後から木村がずるずる這い寄ってくる。

 いったいコイツは何なんだ! 俺の首に自在金腕(ルー・デルオン)が締まるのはコレで何度目だ? 俺の首を絞めて喜ぶ趣味でもあるのかよ! お前がどうしてもって言うなら、夜中にコッソリ、ちょっとぐらいは締めさせてやるぞ?

 良く見れば、巻き付いた自在金腕(ルー・デルオン)は首の一本だけではなかった。体中に絡み巻き付いて、俺の体を緊縛していた。

 ……完全に趣味だな。しかし、木村は恥ずかしげもなく追いすがる。

 

「お願いします、待って下さい」

 

 変態クソ野郎が! 真っ昼間から何をする気だ! 罵詈雑言で文句を言いたい気持ちをグッと抑えて、俺は涙目で訴える。

 

「えっち!」

「うぐっ」

 

 着衣が乱れ、体を縛られた状態。涙目でえっちと責められれば、男の精神は無惨に破壊されるのだ。

 コレ豆な。機会があれば是非試してみて欲しい。

 

 しかし良く見れば、自在金腕(ルー・デルオン)が巻き付いた木村の右手だって、俺の人間離れした脚力をまともに引き受けて、ボロボロになっていた。

 指は二、三本千切れ掛けているし、骨は残らず折れている。

 

「見せて下さい」

「くぅ、器用さがウリなのに戻りますかね?」

「任せて下さい、神経の一本、毛細血管の全てを繋いで見せます」

 

 木村の手を握り、回復魔法を唱える。まるで健康値の抵抗がない。本当に俺が化け物だと警戒していないようだ。

 

「一体、何事ですか?」

「あのですね、聖女派に呼びかけるのはお待ち下さい。天使派とは対立させて置きましょう」

 

 天使派やら、聖女派やら、結局どっちも俺なんだが?

 恥ずかしい思いを抱えて尋ねる。

 

「……どうして?」

「まず、反政府組織を一つに纏めるのは却って危険なのです」

 

 木村が言うには、反政府勢力が一本化され王国の支援を受けているとなれば、帝都の兵にしてみれば潰すのに躊躇はないだろうと、そう言うのだ。

 

「現在、私達が帝都攻略に本腰を入れないのは、天の使いを自称するユマ姫の立場から市民を巻き込めないのが理由だと、そう思われている節が有ります」

 

 ふむ、実際は隕石で内部からボロボロになった俺の体が、まだ本調子に戻らないからなのだが、それは良いか。

 

「だからこそ、帝国は市民を籠城に巻き込んでいる。本当はなるべく殺したくはない。しかし、それでも公然と牙を剥く勢力には容赦がないでしょう。とは言え、二つの勢力があり、互いに対立しあってるとすればどうでしょう?」

 

 兵をすり減らすのも馬鹿らしい、潰し合うに任せると言う事か。

 それを狙って、帝都は食糧の供給を絞っているなんて噂まで有るという。

 

「なので、対立したフリをさせながら、決定的な対立だけは防いで行きましょう」

「それで最終的に、どう収めるつもりです?」

「そうですね、ユマ様が良いと言うタイミングで天使派には蜂起して貰い、開門を促しましょう。我らが天使を正門から堂々と迎え入れるのだと言えば、彼らは喜んで行動に移すに違いない。その為に、一時的に聖女派と協力を取り付ける」

「聖女派は? あの人達はどうも私を魔王と思っていますが?」

 

 言ってから気付いたが、アレだな、彼らとて人間を食う行為にやはり引け目を感じているのだろう。

 天使を名乗る俺に裁かれるのではと、恐れている節がある。まぁ本人が誰よりも食ってるんだけどな。

 

「聖女派は、最終的に天使派に迎合して貰いましょう」

「そう上手く行きますか?」

 

 俺は首を傾げた。この手の思想は過激さを増していく。後から天使派は敵じゃ無いと諭しても、既に恨みは飲み込めない程大きくなっている恐れがあった。

 

「罠だと言えば良い。一時的に協力するフリをして、諸悪の根源である天使を正門から招き入れた後、そのまま殺してしまえば帝都は救われると、聖女派にはそう言っておけば良いでしょう?」

「えぇっ」

 

 ソレって正門から堂々と入城する俺が、正面から堂々と殺される危険があるのでは?

 

「それはユマ姫様、あなたの美しさで黙らせれば良い」

 

 ……無茶苦茶過ぎない?

 

「あなたの姿には、その位の力がある。お忘れですか? 多過ぎる捕虜を生き埋めにするしかなかった場面、そのままそっくりコチラに寝返らせた時の事を」

「むしろ忘れたい記憶なのですが?」

 

 まぁーた、バニー衣装で人前に出ろってのかコイツは。

 この世界の歴史の教科書に、バニーガールが残る流れだぞコレ。流石にダメだろ。

 

「衣装の方はもっと品があるモノをコチラでなんとかします。とにかく一度相手の気勢を削げば、後は天使の正体こそ聖女だったと名乗る事で、全てはコチラのモノとなります」

「……色々言いたい事はありますが、まぁ、良いでしょう」

 

 どうせ俺は派手に帝都を示威行進して、帝城の前まで乗り込むつもりだった。

 城に引き籠もる皇帝に、自分らの街が占領されたことを見せつけてやる。

 だから元々、人目を引く派手な格好で度肝を抜くつもりでいた。それがまぁ、ちょっと刺激的になるだけだ。

 

 そうこうしている内に、木村の指が治った。

 

「流石ですね……」

「当然です。では、私は聖女派に向けて、天使派は邪悪と宣言しつつも、コチラからは決して手を出さない様に言い含めます」

「よろしくお願いします。私も天使派に同様に働きかけます」

 

 そうして、今度こそ俺は飛び立った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 で、だ。

 

「自らを天使と名乗るなど、余りにも不遜。彼らの存在は邪悪です」

 

 俺は聖女派の前で、とんだマッチポンプに励んでいた。もちろん少女シスターの聖女ウルフィア姿でだ。

 シスターなんだから、天使を名乗る少女に怒り心頭なのも無理がない。

 周囲もウンウンと頷いている。

 

「やはり、そうですか」

「ふてえ奴らだぜ」

「奴らは見世物みたいに人を殺す」

「隕石で全てを吹き飛ばす魔王ユマの所業は、罪そのもの!」

「殺した命は、食ってこそ許されると言うのに」

 

 ……ん? 最後のはなんかおかしくない?

 

 良く見ると、ズラリ揃った聖女派の面々は、ずた袋を被って手に手に血塗れの包丁やノコギリを持っている。

 

 ……ナニコレ?

 

 良く見れば、俺の後ろをちょこちょこと付いて来るあの幼女まで、ずた袋を被って血に塗れたナイフを掲げているんだけど?

 幻覚かと必死に目をほぐしながら、恐る恐る尋ねる。

 

「あの? その格好は?」

「ああ、どうせ殺して食うなら、この方が手っ取り早い」

「新鮮なまま解体出来るしな!」

「コレを見ると、皆、逃げる、俺達、無駄な殺し、しないで済む!」

 

 ダメだろコレ。完全にホラー映画の住人だ。目を揉みながら優しく尋ねる。

 

「あの、鏡はありませんか?」

「鏡ですか? ンな上品なモノはココにはありません」

 

 だったら、お前ら、冷静に互いの姿を確認しろ! それでどの面下げて聖女派を名乗ってるんだ。どう見てもホラー映画の『解体屋(ブッチャー)』のソレだろ!

 

 ま、まぁ良いや。俺は何も見なかった、良いね?

 

「とにかく、気をつけて下さい。天使派には絶対にコチラから手を出さない様に」

「何故です!」

「アイツら、好き放題やってやがるんだ」

 

 いやいや、好き放題に人間を殺して喰ってるのはコッチだろ……、いやお互い様なのか?

 何にせよ、コッチの設定を押し付けるだけだ。

 

「天使と言うのは真っ赤な嘘でも、魔王の力は本物です。ユマに目を付けられたら私などあっと言う間に殺されてしまうでしょう」

「そんな! 馬鹿な!」

「無敵の聖女ウルフィアが? 冗談でしょう?」

「隕石でも死なないと言われて居るのに!」

 

 いや、お前等の中で俺はどう言う存在になっているんだよ。痛む頭を押さえながら、俺はなるべく厳かに宣言した。

 

「聖女たる私に、唯一対抗出来る存在、ソレこそが魔王ユマなのです」

 

 だって俺だしな。

 

「そんな!」

「俺達、どうすれば?」

 

 俺はコホンと咳をひとつ、勿体ぶって託宣を下す。

 

「魔王ユマを帝都におびき出します」

「それこそ、冗談でしょう?」

「俺たち、隕石でぺしゃんこになっちまう」

 

 ザワめく彼らに、俺は一本指を立てる。

 

「ですが魔王を討つ方法が一つあります」

 

 俺は立てた指先で、ついっと少女が持つナイフを指差す。

 

「人の身で城門を潜った時は、魔王と言えども少女の姿――ですから、殺せます」

「じゃあ、聖女サマがやるんです?」

「私は、魔王を人間の殻に押し込めるので精一杯。あなた達がやるのです」

「そんな!」

 

 俺の芝居は絶好調だ。気が付けば皆が引き込まれていた。

 

「あなた達が魔王を殺す、それが憎しみの連鎖を断ち切る唯一の方法」

「わ、わかりました!」

 

 勢い良く立ち上がる幼女だが、お願いだから大人しくしていて欲しい。

 

「とにかく、それまで決して天使派に手を出さない様に。そうすれば、天使を名乗る彼らだって手を出せません」

 

 尤もらしい感じだが、きっと向こうも同じ事を言ってるだろう。

 襲ってきた奴は殺して食おうってのがコッチの教義? だしな。理に適っている。

 だけど、彼らは納得しなかった。

 

「でもよぉ、奴らは聖女様を人食いの鬼が化けた姿だと言ってやがるんだ!」

「鬼が人間のフリをして、帝都の人間を夜な夜な食らってるとな」

「こちとら、好きで食ってるワケじゃねぇのに。俺たちも鬼の軍勢だとよ」

 

 ……鬼かぁ。俺の称号、物騒なのをコンプリートしてるよな。

 

 俺は遠い目でぼんやりしながら、彼らをなだめに回るのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そうして、とうとう二つの勢力がぶつかる場面がやってくる。

 

 俺は帝城の円錐屋根の天辺に舞い降りて、オペラグラスと集音の魔法で様子を窺う。

 お互いに絶対に手を出すなと言い含めてあるが、一歩間違えば暴徒となる危険もある。そうなれば身を挺して止める必要があるだろう。

 

 まず広場の真ん中で語り出したのは聖女派の面々だ。手を出せないので彼らは必死に口を出す。

 

「自ら天使を名乗る頭がおかしい女を信じる馬鹿共が!」

「罰があたるぞ!」

「その正体は魔王だろうが! 良く考えろ、獣の耳が生え、鳥のような羽で空を飛び、魔法を使う? そんなモン天使じゃねぇ。バケモンだ!」

 

 止めろ! お前ら! 止めてくれ! その言葉は俺に効く!

 

 対する天使派も負けていない。

 

「罪を抱えた者達よ、天はお前達を許しはしない」

「人間を喰らう聖女ウルフィアだと? 人を食うのは鬼ではないか!」

「人間に人間を食わせる。これ以上の悪徳があるか?」

 

 お前等も止めるんだ! その言葉も、俺に効く!

 

 何だコレ? ただの俺への悪口合戦じゃねーか! いい加減にしろ!

 何だか心底悲しくなって、屋根の上で蹲って一人で泣いていた。しかし、事態は俺に容赦をしない。

 

「お前ら、これが天使ユマ様のお姿だ! 邪悪な者どもよ、ひれ伏すが良い!」

 

 ――ガラガラガラ。

 

 車輪の音を響かせながら、転がり出でるは例の台車だった。魔王ユマの絵が描かれたパネルである。帝都に来た初日、俺がメインストリートで出会ったヤツだ。

 

 しかし、その絵が違った。きっと台車を奪ったのだろう。化け物が描かれていたらしいあの時とは違い、可愛らしい女の子のイラストがパネルに大きく描かれている。

 

 

 萌え萌えな感じで!!

 

 

 何アレ? 奴ら頭がおかしいのか? ……アレは、木村の絵だ! それを大きく書き写している。

 固唾を飲んで見守っていると、天使派は口々に声を上げる。

 

「見よ! これぞ天使ユマのご尊顔なり!」

「美しさにひれ伏すが良い」

「煌めく瞳、すらりと長い足、これぞ造形美」

 

 天使派? 違う! アニメ絵を崇拝するおたくの集団だコイツら。

 

「コレを読め! ココに偉大な天使の冒険の数々が余すところなく描かれている」

 

 手に取って掲げるのは、木村が描いた同人誌? だった。薄い本がとても分厚くなっている。

 この世界、紙は貴重。粘り気のある木をカンナで薄く削ったモノを紙代わりに使ったりしている。

 だけど、エルフの国では当たり前に紙と印刷技術が発達しているのを俺は知っている。

 思い出して欲しいのは、俺の生誕の儀。その顛末を描いた瓦版だ。そんなモノを作れる程度には、エルフの技術は発達している。

 

 技術を手にした木村は、すぐさま俺の半生を薄い本にして厚くした。

 

 何を言ってるか解らないだろうが、俺にだってさっぱりだ。

 

 それを今回、聖典として数冊手渡していたのである。

 

「見よ、困難に直面したユマ姫の健気な姿!」

「大きな瞳に涙をたたえる様!」

「恥じらう顔がなんといじらしいのか」

「鞭を打たれる姿が、なんとも言えない。罪深い我らを許し給え」

 

 止めろ! 本当に止めてくれ。俺は後で帝都を行進せねばならんのだ。

 

 実物を知らないままに、妄想の産物でハードルを上げるんじゃない! 幾ら何でも俺だって、そんなに目ン玉デカくないからな!

 思ってたのと違うとか言われたら立ち直れない。

 

 それに最後! お前だよ! 鞭に打たれた姿って、既にして危険な性癖に目覚めているじゃないか! 遠慮しろ。

 

 ……そしてそして、悲しいかな、オタク趣味は万人に受け入れられるモノでは無いのだ。

 

 パネルを見た聖女派の面々が鼻を鳴らす。

 

「ハッ、これが天使? ガキじゃネーかよ!」

「んな幼子に発情してやがんのかぁ?」

「目がデカすぎるだろ、化け物かよ。なんだその絵は!」

 

 散々なディスり様である。絵に描かれた俺とは言え、ちょっと傷付く。

 

「んなガキより、聖女ウルフィア様のがよっぽど美しいぜ!」

 

 止めろ! お前等も無駄にハードルを上げ続けるな!

 

 ん? なんだ、コチラも何かを引き摺って来るではないか。

 

 ――ガラガラガラ。

 

 コッチもパネル! なんなんだお前等? 仲良しか? え? まさかね。

 

「これぞ、聖女ウルフィアの姿だ。本当の美ってヤツをお前等によっく教えてやる」

 

 同じくパネルに描かれていたのは、油絵だった。画材はとても高級品なのだが、日持ちする絵の具なんかは、今の帝都では食料よりずっと安いモノだ。

 そうして絵心のある聖女派の人間が描いたのは、シスターの姿で身をくねらせる、肉感的な俺の姿だ。

 

「この胸、この腰、見ろよ!」

「たまんねぇ! 食べちまいてぇ」

「俺は食べられる方でも構わねぇぞ」

 

 本気でヤベェ奴らだ。どこの誰だ! こんな奴らを野に放ったのは!

 

 絵の方だって酷い、胸は思い切り盛られているし、腰は必要以上にくびれている。それでいてお尻は大きめと、どうかと思うぐらい性的なわがままボディである。

 そうなってくると、薄手の修道服や黒い目隠しが酷く性的に見えてくる。

 

 あまりに直接的なエロスに、天使派までもがゴクリとツバを飲み。凝視する。

 

「貴様ら、それでも天使派の信徒か!」

 

 たちまち、オタクっぽい容貌の天使派総長が叱責して回る。オタクは宗旨替えに厳しいからな。

 

 なんだこれ? え? 俺はコレどうすりゃ良いの? 絶対にこの場に登場したくないぞ?

 本当に暴動だけは止めてくれよ? この空気で俺が出て行って。「なんだ、ちんちくりんか」とか言われたら再起不能だからな?

 

 そして、劣勢と見たのか、天使派の総長はゲラゲラと笑って聖女派を挑発する。

 

「ふん、体に脂肪を蓄えおって。ブタか? 育てて食うつもりじゃあるまいな」

「なんだと!」

 

 もちろん、聖女派はいきり立った。

 しかし、なぜか涎を垂らすヤツが居るんだけど?

 

「食う、俺たちが、聖女サマを?」

「どんな味かな?」

 

 ふざけんな! 食欲に負けるな! 怖いから止めてくれ。俺は最近、お前達の前に立つのがちょっと怖いんだ!

 

 その後も、天使と聖女、お互いをディスりまくる口喧嘩大会は、日が暮れるまで続くのであった。

 それを延々聞かされた俺は、精神が病みそうになっていた。

 

 ディスられるのはむしろ良いんだ。

 だけど、あり得ない期待感で持ち上げるのだけは止めてくれ。

 美しさに呼吸が止まるとか、自然とひれ伏すとか、そう言うの止めてくれ。ハードルは低めに設定しろ!

 

 余りにも不毛だ。全部俺へのダメージとなる。

 

 暮れゆく夕日を見ながら、俺はポロポロと涙するのだった。

 

 どうしてこうなった……。


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