死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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スイマセン、主人公目線一本で、と思っていたのですが、章の終わりとしてはこの話は入れておきたかった。


黒衣の剣士

 黒尽くめの男が悠然と街道を歩いてくる。

 

「なんじゃありゃー」

 

 村人が間抜けな声を上げてしまったのも無理からぬ話。

 その男の風貌は、大きな街道から外れた長閑な村に似つかわしい物では無かった。

 頭の上からつま先まで、黒一色、その一言に尽きる。この辺りでは珍しい黒髪に、ズボンもジャケットも黒く染め上げられ、関節などに張り付けられた補強用の革、果ては外套やブーツまでも黒で統一されていると有れば、異様としか言いようがない。

 

 だから、そんな男が村に踏み込むや否や、周囲の農奴達は一斉に男を取り囲んだ。

 

「全くとんだ歓迎だぜ」

 

 男は手を上げ、反抗の意思がないことを示すが、警戒は解けない。しかし愚痴りながらも男は全く気にして居なかった。

 男は自身の風貌が異様で威圧的だと重々理解していた。

 色だけではない、身長も周りと比べて頭一つどころか二つ分近く高い、貧しく平均身長の低い田舎の村人にしてみれば、見た事も無いような大男だ。

 加えて、背負う剣まで明らかに人間用のサイズじゃない、顔にも不思議なアクセサリーを付けて表情が読み取りにくい。

 これだけ揃えば怪しいなんてモンじゃない。長閑な村がパニックに陥るのは当たり前なのだ。

 

「だからってこれは無いだろう」

 

 今度のぼやきは本心から、男は村に入るや否や村人達に手厚い歓迎を受けた。

 金属製の農具を突きつけられたのだ。

 

「おめぇ、何しにこの村さ来た?」

 

 (すい)()する男はピッチフォークと言われる農具を突き付けながら黒衣の男に迫る。

 

「用があって来たわけじゃねーよ! 旅の途中だ! 仕事が無けりゃ、一泊どっか借りて、食料調達して出て行くよ」

「本当か?」

「ああ」

 

 ピッチフォークは農具とは言え、突き付けられた方にとって見れば三又槍(トライデント)と大差ない。それでも平然としている男はやはり只物では無いと言えた。

 とは言え、続々と村人が鍬や鋤を手に険悪な顔で集まってくるのは面白くない。当てもない旅の途中とは言え、男は魔獣退治の専門家。凶暴な魔獣に困ってや居ないかと、親切心で立ち寄った所も大きいだけに、納得が行かなかった。

 男はその筋では名の知れた男だった。

 だからこそ、村人に混じった行商人が男に向けて声をかける。

 

「オイ! おめぇさん、まさか妖獣殺しか?」

「ああ、そう言われる事も有る、せっかく来てやったってのにこんな歓迎を受けるとはな」

 

 妖獣殺し、男に付いた二つ名だ。

 

 強力な魔獣は、基本的に大森林の外には出てこない。ただし、空を飛ぶ魔獣は別だ。

 魔獣の中にもカテゴリーがあり、空を飛ぶ魔獣には、翼獣と妖獣の二種類が存在していた。

 

 翼獣は文字通り翼を持つ鳥の一種。行動範囲こそ広いが、それ程の脅威は無い。

 

 妖獣。危険なのはこちらの方だ。その特徴は、一言で言うとキメラである。複数の魔獣がグチャグチャに混ざり合った、突然変異の化物であった。

 当然、個体ごとに特徴も大きく異なり、妖獣と一口に言ってもその危険度は全く異なる。

 猫の様にしなやかに駆けたり、猿の様に知恵が有ったり、犬の様に鼻が利いたり、鋭い爪や牙を備える事もある。

 だが、それらは大森林の中から出てこない。魔力が薄い中をわざわざここまで走ってこない。

 だが翼を持って飛ぶ奴だけは別だった。そんな強力な魔獣が人間の村に現れる度に、農村の人々は恐ろしい程の被害を出していた。

 

 そんな妖獣が帝国の小さな村を襲った際、颯爽と現れて、瞬く間に退治した事で一躍名を売ったのがこの男、『妖獣殺し』なのだった。

 

 

 

「噂の『妖獣殺し』サマとコトを構えるってなら、コッチは抜けさせて貰いますぜ」

 

 商人の男は薄ら笑いで降参の意を示す。

 

「へぇこんな辺鄙な村でも俺を知ってる奴が居るとは、俺も名が売れたもんだな」

「いま、妖獣殺し様が旅をしてるってお話はへぇ、我ら行商人に取って語り草ですから」

 

 この世界の、特にこんな辺鄙な村では情報源は人の噂話に限られる。しかし噂と言うのは娯楽だ、面白い物は際限無く広がるが、そうで無ければ広がらない。

 その点、英雄的な妖獣狩りをしながら貴族に飼われず、旅を続ける黒尽くめの戦士の噂は極上のネタとして広まっていた。

 

「お、おいコイツはそんなに有名人なのか?」

 

 焦ったのは村人だ、いつも強気に吹っかけて来る行商人の腰が低い。ただの怪しい奴では無い事を悟ったのだ。

 

「そろそろコイツを引っ込めちゃくれないか?」

「あー皆さん、彼が『妖獣殺し』ならそんな農具でどうこう出来やしませんよ止めましょう」

 

 行商人が言うまでも無く、農民達は既に及び腰だ、手にする農具を握る力も弱い。

 だがピッチフォークを突き付けた男だけは最後の気力を振り絞って問いただす。

 

「おめぇ、帝国のモンじゃないんだな?」

「帝国から来たが、帝国の手の者って訳じゃない、何か仕事を受けてこの村に来た訳でも無い」

 

 男にもこの村の事情が呑み込めて来た。この村は何か厄介事を抱え込んでいる。其れを帝国に知られたくないらしい。

 

 ここはビルダール王国の外れ、セルギス帝国との国境は遠くない、隠し砦なんかを作ってるって可能性がありそうだ。

 それにここは大森林に最も近い村でもある。辺りは濃厚な魔力に満ちていて、新しい魔道兵器の実験と言う線も考えられた。

 となれば普通は食料でもねだってから回れ右するのが正しい処世術。しかし男は好奇心が勝った。

 

「何があったか教えて貰っても?」

 

 首を突っ込む覚悟を決めた。万が一が有っても、こんな村人相手なら逃げおおせる。

 

「あ、ああ」

 

 ピッチフォークの男が村の中心部、この世界の典型的な役場をチラリと見やる。

 

「役場か? あそこで話をしてくれるって事で良いんだな?」

「あ、いや……ああそうだな、オイ済まんが村長に事情を説明しておいてくれ」

「ああ、解った」

 

 ピッチフォークの男は農具を降ろし、声を掛けられた鋤を持つ男は役場へ走った。

 

「すまんな、気を悪くせんでくれ。事情は役場に行けばスグに解る」

「これで、盗賊に間違えましたって程度なら納得いかねーぜ」

「そう言う事じゃない、何にせよ付いてきてくれ」

「――フン」

 

 鼻息荒く不機嫌も露わな男だったが、内心はワクワクしていた。何が出るにしても退屈はしないだろう。

 

 

 村役場は男の様な流れの戦士にとってはお馴染みの場所だ。この世界には冒険者ギルドなんてシステムは無い。だから冒険者ランクなんて物も冒険者カードなんて便利な物も無い。

 だから畑を荒らし、人も襲う魔獣の駆除は行政のお仕事だ。まんま害獣駆除だと思って良い。ただ田舎ともなれば、その仕事をアウトソーシングしなければならないと言うだけの話、それも大胆にだ。

 

 そんな仕事も無い場合、流れの戦士は村長などの権力者の家に御厄介になるか、最悪筋モンのおっかないオジサンのお世話になるしかない。まんま時代劇で言う所の渡世人の様なヤクザな世界である。

 男ほど名が売れてくれば、貴族に取り入るのも難しくない。ただ男は自由に旅がしたかった。

 と、なれば派手に稼げる案件が有ればそれに越したことは無い。厄介事って言うのはそれだけ金になるって事だ。

 ピッチフォークの男――いやとっくに農具は手放してるが、の案内で役場の扉をくぐる。

 

「アレが妖獣殺し」

「噂に違わぬ大男じゃねーか」

「それに見ろよあの剣、あんなモン振れんのか?」

 

 大規模にアウトソーシングされてるから、役場にはゴロツキが大勢居る、そして彼らは耳が早い。

 遠巻きに見つめる彼らも、男の噂はかねがね聞いていた。

 男の方もそんな視線は慣れっこで、むしろ気になるのはその雰囲気が弛緩している所であった。とてもじゃないが秘密作戦中と言う風には見えない。

 ピリピリしている村人と、対照的な傭兵の様子に首を傾げるが、何かあるには違いない、でなければ村長がわざわざ説明に来るはずがない。

 黒衣の男は神経を尖らせながらも、ロビーで待ち構えていた村長と対面した。ひげ面の冴えない中年男と言った風采だった。

 

「わしがこの村の長を務めさせて貰っている、ガスタールだ、お前さんが妖獣殺しと呼ばれる凄腕と言うのは聞かせて貰った」

「そりゃどうも、だがそんな挨拶よりも何が起こってるか教えて貰っても?」

「ああ、話は上でしよう、会って欲しい人も居るしな」

 

 この世界、城塞都市でもない限り村の建物は殆ど平屋だ。それでもこう言う役場は大体二階建てとなる、大体は防犯上の理由である。つまり込み入った話をすると言う事。

 

――いや、会ってほしい人と言ったな? 相手は誰だ? 貴族にしたって……

 

「妖獣殺し、あんたはザバを知ってるか? 会った事は?」

 

 階段を上がりながらアレコレ考えていた男の思考は、村長の急な言葉に遮られた。

 

 森に棲む者(ザバ)。魔の森と言われる危険地帯に暮す忌まわしき民の名として聞いた事がある。

 その特徴は人の理を越えた規模の魔法を扱い、長寿、かつ化け物の様に耳が長い。

 伝承や歌の中で森に棲む者(ザバ)の恐ろしさはそれこそ鬼の様に語られる、が。

 

 ……それってエルフだろ?

 

 男としては恐れる理由が解らない。

 

 街で「いたずらばっかりしてるとザバになっちゃうぞー」と子供の耳を引っ張る母親を見る度、男としては、正直エルフになれるなら大歓迎じゃないか? と不思議に思って居た。

 

「……いや? 会ったことは無いな、会ってみたいとは常々思っていたが」

 

 そういう男を村長は、変わり者と言いたげに一瞥したが。

 

「ならスグに会えるぞ」

 

 とだけ言うと、二階の奥、恐らく村長室だろう重厚な扉のドアノブを掴み押し開いた。

 

「彼女が森に棲む者(ザバ)、それも本人が言うにはお姫様だ」

 

 男には村長の言葉が頭に入ってこなかった、窓は締め切られているがランプでは無く贅沢に魔道具の明かりで満たされている。

 

 その光溢れる部屋のソファーに一人の妖精が居た。

 

 ピンクの髪、細面で線の細い体つき、そして長い耳……はエルフの特徴と一致するが、何より驚くのはその瞳だ。

 ピンクと銀のオッドアイ、それが両の目とも大きく見開かれこちらを見ている。

 大きい、なんと大きい瞳だ、まるでアニメのキャラの様で現実感が無い。

 でも、気持ち悪くも不気味の谷に落ちていく感じもしない、それは立派に生物としてそこに存在している。

 

 可愛い。まさにそれしか言葉が無かった、可愛い記号を押し固めた様なアニメキャラに匹敵する可愛さをその身に宿している、そうとしか男には思えなかった。

 絶句していると、おずおずと付いて来たピッチフォークの男が悲しそうに呟いた。

 

「気持ち悪いと、恐ろしいと思うか? 俺も初めはそう思った。でもよ、村に来たあいつはボロボロでよ、今でこそ服も着替えて見違えたが、話を聞くと何だか可哀想でよ」

「それに聞き逃せん事もある、ザバを滅ぼした帝国の新兵器、そしてエルフの兵器の数々だ。それを帝国が手に入れたらどうなるか……」

 

 可愛いどころか恐い? 真逆の事を言われ、男の思考は上滑りするばかりだ。村長の言葉に至っては意味も解らない。

 

「……ザバを滅ぼした?」

「ああ、お嬢ちゃんが言うにはザバの国は首都を攻め落とされたと、帝国の奴らが攻め込んで来たらしい」

「おい嘘だろ!?」

「正直ワシらの手に余る話だ、彼女を王都に運んで欲しい。事は一国を揺るがす事態だと思えてならん、彼女自身もそれを望んでおる」

「いや、しかし」

 

 思いもよらない依頼、しかし男は躊躇した。少女はむしろ可愛いと思う。だからこそ躊躇した、触れれば消えそうな幻想的な少女に対し、自分は威圧感ある黒衣の剣士だ。

 

 威圧感のあるこの姿は望んだ形とは言え、女の子受けするとは思えない。いや逆に貴族の少女に気に入られる事はあるのだ、あるのだが、それは噂に聞く恐ろし気な剣士を自分のポケットに入れたいと思う思春期の妄想ゆえ。

 流石にエルフのお姫様が知るほどに、自分の名は売れていないだろう。だったら自分は恐怖の対象に過ぎないのでは無いか?

 その証拠に先程から少女はこちらを凝視し、恐怖に目を見開いている。

 

「……タ、タナカ?」

「!? ……なん?」

 

 男が焦ったのは無理もない、突如少女が言葉を放つ、しかもその言葉は男にとって特別な意味が有った。

 

「タナカ?」

「魔法か?」

 

 周りは意味が解らない、だが男には意味が解った、痛い程。

 

「いや違う、田中は……俺の名だ」

 

 ――どうやら俺の名はエルフの国にも売れてるらしい。

 

 そう思うと男は、いやタナカは黒縁眼鏡を上げ直し、ニッと笑うのだった。

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