死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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世界一有名な例の洋館

「ゾンビとか出る奴じゃんコレ」

「言うと思ったぜ」

 

 木村と田中。

 地元の人間でも解りにくい山道を抜け、見えてきたのは古びた洋館だった。

 

「地下に研究所とかあるんだろうなぁ……」

「ま、あるだろな」

「完全にアレじゃんか」

 

 木村は有名ホラーゲームを思い出す。洋館にゾンビが出る奴だ。

 バイクの後部から飛び降りて、尚もぼやきは止まらない。

 

「黒峰さんも冗談キッツイわ」

「どうだかな? 生きてると思うかよ?」

「さぁね、とにかく何か魔女っぽいモノは居るんだろ」

 

 木村は自在金腕(ルー・デルオン)を伸ばし、鉄の門扉を開け放つ。だが罠はおろか鍵すら掛かっていなかった。

 田中は慎重にバイクを敷地内へ走らせる。

 馬鹿を言いながらも、二人の動きに油断はない。

 

「生きてるなら、何故出てこねぇ?」

「知らんて、恥ずかしがってるんじゃない?」

「なるほどな」

 

 生きてたとして、人目に晒せない姿になっている?

 あり得ない話じゃなかった。二人は星獣に潰される黒峰の姿をこの目で見ている。

 

「お前に言われてココを捜し出したけどよ。黒峰が居るって情報はどっからだ?」

「帝都の貴族だよ。真っ先に逃げた公爵サマ。なんつったかなぁ?」

「ソイツ、信用出来んのかよ?」

「わざわざ、嘘を言う理由もないからね。ポルタ山の洋館に呼び出されて、クロミーネと会ったってさ」

「マジかよ、化けて出たか?」

 

 話していれば、いよいよ扉の前に辿り着く。

 田中はバイクを脇に停めて、当たり前みたいに蹴破った。

 

「たのもー」

「ノックぐらいしろよ」

 

 木村は控え目にドアノッカーを叩きながら、怖々と顔を覗かせる。

 

 しかし、コレだけ騒いで人が出てくる気配がない。

 屋敷の中は静まり返っていた。

 

「マジか、中までまんまかよ」

 

 吹き抜けの玄関、正面には階段があり、左右に扉。

 洋館は不気味なまでに、前世のゲームを思わせる。

 

「いやいやいや、こんなの一般的な作りだし?」

「じゃあ、確かめてみようぜ」

 

 田中が駆け寄ったのは向かって左の扉だ。

 

「こっちにダイニングがありゃ、黒峰の奴、完全に狙ってるね」

「そうかぁ?」

 

 もう気分は探検ごっこだ。ココでも田中は蹴り開けた。

 

「オイオイ、マジでダイニングじゃん」

「一階に食堂があるのも普通だって。水回りが二階ってあり得ないから」

「そうは言ってもよ、じゃあ、コッチでゾンビが人間食ってりゃ確定な」

 

 馬鹿を言いつつ、ズンズンと洋館を進んで行く。

 

「オイオイ、見つけたぜ」

 

 はたして見つかったのはゾンビではなく、地下への階段だったのだ。

 

「いきなり地下ってのはな、エンディングにはまだ早いぜ」

「ゾンビよりマシだろ」

 

 二人で石造りの階段を下りていく。

 

 ソコで見たモノは、牢屋だった。この手の屋敷では、特段に不自然なモノでは無い。

 地方領主の屋敷には、地下に罪人を囚える牢屋があるものだ。

 

 だからあり得なかったのは、牢屋の中の生き物だった。

 

一目大猫(モルガンザルデン)!」

「あの汚ぇネズミも居るぜ?」

 

 それらは魔女が死んだ地下坑道の化け物だ。

 

「間違いねぇみたいだな」

「だな、マジかぁー」

 

 木村は渋面を覆う。

 信じたくないが、本当に魔女はここに居た。そして、少なくとも今も魔女に協力する何者かがいるのだ。だから魔獣はまだ生きている。

 と、よくよく見れば牢屋の怪物は、それだけではなかった。

 

 地竜(クーツァ)大土蜘蛛(ザルアブギュリ)も居る。他にも見覚えのない魔獣が何匹も。

 

「化け物の見本市かよ」

「…………」

 

 木村は考え込んでいた。

 

 エサはキチンと与えられているし、糞尿の世話もされている。

 誰かが居るのは間違い無い。

 ……いや、しかし、こんな化け物の入った檻を掃除出来るのは、黒峰の洗脳能力無しではあり得なかった。

 本当に魔女が居る?

 

 実のところ、ここまで木村は信じて居なかった。

 魔女の形をしたクローン人形に違いないとそう結論付けていた。

 ……だが、コレは?

 

「おい、先行こうぜ」

「あ、ああ……」

 

 考えても仕方が無い、まだ地下は広い。

 

 二人は無言で無機質な地下を進む。

 

「なぁ、アイツはなんて言ってた?」

「え? あ、ああ。ユマ姫の事?」

「そ、アイツ、黒峰の事はもう良いのか?」

「なんか、もう興味なさそうだったよ」

 

 木村はユマ姫の様子を思い出す。

 魔女が生きていると伝え、ソコを調査すると言っても、ユマ姫は乗り気ではなかった。

 

「復讐にゃ、もう興味ないってか」

「そんな事ないと思うけどね」

 

 木村は田中の言葉を否定する。

 復讐を忘れる。それ自体は良い事だが、田中の言葉に、今は喜べない事情があった。

 

 田中は今のユマ姫が、かつてとは異なると、もう『高橋敬一』ではないと言っている。

 ユマ姫の気配がトカゲ、星獣だと、そう言っているのだ。

 

 ユマ姫は星獣の記憶を取り込んだ。

 だが、それは取り込んだつもりで、取り込まれたのではないか?

 

 確かに、今までもユマ姫は、他の人格が表に出てくる事があった。

 例えば、プラヴァスの太守にして黒豹に例えられる美男子、リヨン氏を目にした時など、ユマ姫は女の子らしい反応を見せてしまった。

 だが、それでもあくまで人格の主導権は『高橋敬一』のモノだった。

 

 しかし、今回取り込んだ相手は余りにも大きい。

 お陰で人外の力を手に入れたものの。代わりに意識が乗っ取られても不思議じゃなかった。

 木村はブンブンと頭を振り、嫌な想像を追い出した。

 

「でもさぁ、帝都、それも皇帝はユマ姫にとってメインディッシュだったわけで、優先するのは当たり前じゃない?」

「だとしたら、ソレを解消しちまったら、アイツはどうなるんだよ?」

「そんな事言い始めたら、どうしょうもないじゃん」

 

 先の事など何も解らない。とくにあの姫に関しては。

 

「だがよ、今のアイツは強いようで脆いぜ?」

「そうなん?」

 

 木村には、にわかに信じられない話であった。

 今のユマ姫から感じる気配、武に疎い木村にして、ただ事ではなかった。

 どうやっても殺せない。そんな気がしてくる。

 

「どうやっても殺せない? そう言うのが一番危ねぇんだよ。とくに殺しあいの世界ではな」

「そう言うもん?」

「そう言うもん」

 

 木村にはピンと来ない話だ。そもそもに、トカゲの気配と言うのが解らない。

 

「トカゲの気配は良いんだ。だが、トカゲ違いなんだよ」

「なにそれ?」

 

 田中の言葉は要領を得ず、木村にも良く解らなかった。

 言っている本人も、上手く言語化出来ないのだろう。

 

 その時、無数に並ぶ檻。その前で、唐突に田中は立ち止まる。

 

「コイツは!」

「お知り合い?」

 

 檻の中、一人の人間がミイラになって息絶えていた。

 

「ああ、学者先生だよ」

「学者?」

「たしか、ドネルホーンだったかな。エルフの学者さ」

 

 田中は大森林で出会った一人の男を思い出していた。

 この男の理想は、飢えのない世界を作り出す事。そうすれば、人間がエルフの森に攻め入る事もなくなると信じていた。

 世界からは争いがなくなると。

 

 だけど、違う。飢えがなくなれば、増えた人間は大挙して森に押し寄せる。

 人間の欲に限りが無い事を、地球に生きた田中は良く知っていた。

 

 それどころか……

 

「この人が、火薬を?」

「たぶんな」

 

 空気から肥料を作る技術。それは即ち、空気から火薬を作る技術に等しい。

 ココで死んでいると言う事は、ドネルホーンは火薬の製造に反対したのだ。

 

「ちょっと、調べさせてくれない?」

「いいぜ」

 

 田中が腰のモノで鉄格子を一閃すると、木村はズカズカと檻の中へと入り込む。

 

「もう匂いもない、外傷も。痩せ細って死んだんだ」

「だろうな」

 

 ドネルホーンを良く知る田中は、ありそうな事と頷いた。

 ハンガーストライキの末に自殺したのだ。

 

「いやぁ、無念だろうね」

 

 言いながら、木村は無遠慮にドネルホーンの死体を漁る。

 何か手掛かりがないかと調べているのだ。

 

「自業自得さ。欲ってのはデカすぎちゃ身を滅ぼす。

たとえ、それが世界平和だろうとな」

「身につまされるんだけど?」

 

 まさに今、何か新しい技術の痕跡でもないのかと死体を漁る木村にはゾッとしない話であった。

 

 いや、ゾッとするどころか、飛び上がる程に驚かされるハメになる。

 

「ヒッ!」

 

 突然、死体がもぞもぞと動き、何かが飛び出したのだ。

 

「な、ななっ?」

「ビビんなよ。コレだ」

「なにこれ?」

 

 田中が手渡して来たのは、拳大の大きさで、ワシャワシャと動く円形のロボット。

 

「ちっさいルンバみてぇだな」

「ホントだ」

 

 コレが蠢いて、死体を動かしたのだ。

 

「いや、ホントにルンバみたいよ」

「ふーん、便利だな」

 

 良く見れば、小さい口は結構な勢いで吸引し、ゴミを吸い取っている。

 

 こんなモノがあるのなら、牢が汚れて居ない理由も解るし、エサだって自動で与えられていても不思議じゃない。

 

 やはり、魔女はもう死んでいるのか?

 釈然としないまま、二人は先を急いだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 更に地下へと続く階段が見つかった。

 下りた先、既に洋館の面影など欠片も無い。

 

「随分と近代的になったな」

「こっからが遺跡なんだろね」

 

 二人は一層警戒を深くする。

 剣の達人だろうと、閉じ込められれば命はないからだ。

 

「つってもよ、危険は多分ないぜ」

「ガスも大丈夫だと思う」

 

 遺跡を見れば雰囲気は知れる。

 歩く廊下はリノリウムみたいな床材に、ペラペラの壁と、並ぶ引き戸。

 開けてみれば中にはゴチャゴチャと良く解らない機材がならぶ。

 

 どちらかと言うと学校に近い。SF的なシェルターだったあの遺跡とは様相が異なる。

 木村に言わせれば、大学の研究室みたいな場所だった。

 

 壁も薄いし、こんな場所に閉じ込めるのは不可能だ。

 それに危険な気配もない。

 

 拍子抜けした田中は呟く。

 

「研究所なのは間違いねぇな。しかし、もぬけの空じゃねぇか」

「だねぇ」

≪それはどうかな?≫

 

 聞こえて来たのはソルンの声。スピーカーからだった。

 慌てて懐の銃を握る木村に対し、田中は柄に手もつけない。

 

「よぉ、久しぶり」

≪フフッ、君は変わらないね。勝手に入ってきて、その口ぶり≫

「『インターホン』は鳴らしたんだぜ」

 

 馬鹿な事を言って、余裕をみせる。

 殺すつもりなら早く出てこいと挑発しているのだ。

 そして、ソルンはその挑発に乗った。

 

≪いんたーほん? ああ、呼び鈴か。コチラこそ迎えに行けなくて悪かったね≫

≪いま、迎えを寄越すよ≫

「水くせぇな、わざわざ要らねぇよ。コッチから行くから黙って待ってろ」

≪フフッ、僕たちは二人で楽しんでいるんだ。邪魔しないでくれ≫

 

 ソレだけ言って、ブツリと通信は切れた。

 

「どう思うよ?」

「……マジで、黒峰さんは生きてるってワケね」

 

 二人。それにインターホン。地球の言葉を説明した人間は、黒峰以外にあり得ない。

 木村にはそれが衝撃だった。

 

「ソッチじゃねぇよ、来るぜ! きっとヤベェのが……」

 

 田中が言い終わるよりも早く。

 廊下の先。曲がり角からニュッと現れたのは、真っ黒な脚。

 

 這い出した漆黒は、巨大な蜘蛛の姿をしていた。

 

 田中には見覚えがあるフォルム。

 強固な骨格を誇る蜘蛛の魔獣、大土蜘蛛(ザルアブギュリ)にソックリな姿。

 

 ただし、コレは機械で出来た金属の魔獣。

 

 言わば、蜘蛛型ロボットである。見るからに強そうでもあった。

 

「へぇ、カッコイイじゃん」

 

 ロボが大好きな木村は目を輝かせる。そして、この一大時に一切の恐れがなかった。

 コチラには、こう言うのを大の得意とする男が居るのだから。

 

「よし、タナカ! 君に決めた!」

「人をポケ○ン扱いすんな!」

 

 文句を言いつつ、獰猛に笑う田中は蜘蛛の足元にすべり込む。

 

 目にも止まらぬ神速の踏み込み、そのまま腰に手を伸ばし

 ……固まった。

 

「チッ!」

 

 横っ飛びに蜘蛛の脚を躱す。

 

「おーい、どうしたぁ? タナカ先生ェ、無敵の日本刀でバッサリいって下さいよー」

 

 見物に回った木村はいい気なモノである。

 

 ――ビッ!

 

 しかし、それも蜘蛛の目から飛び出したレーザーが、木村の帽子を焼くまでだった。

 

「うげっ!」

 

 慌てて転がり、姿勢を低くして様子を窺う。

 

「…………」

「…………」

 

 共に転がった二人の視線が、一瞬、交わる。

 

「ズラかるぞ!」

「ヤベェって! なんなのアレ?」

 

 田中と木村。二人が揃って回れ右をしたのは言うまでもないだろう。

 

 学校に近い施設。細長い廊下をひたすらに逃げまくる。

 地球での文化祭。ヤンチャして先生から逃げ回った時の事を二人は思い出していた。

 

「何で斬らんかったの?」

「斬れねぇんだよ! アイツに効かねぇ!」

「マジ?」

 

 木村は心底驚いた。

 この世界。魔剣、もしくは田中の日本刀で斬れないモノなど、今まで一つもなかったからだ。

 

 しかし、それにしてもオカシイ。田中はまだ一度も黒い蜘蛛に斬り掛かっては居ないのだ。なのに、斬れないと断言した。

 コレは一体?

 

「俺ぐらいの実力だと、斬る前に斬れるかどうか理解(ワカ)っちまう」

「できない理由を探す前に、できる方法を考えろ!」

「因みに、お前は斬れるぜ?」

「まぁ、人間、誰しも向き不向きはあるよな」

 

 駆けながら、馬鹿な事を言い合う。

 つまり、ここに至って、まだ余裕があった。

 

 それも、上階への階段にまでだった。

 

「ッ! ヤベェ、戻るぞ!」

「うぃ!」

 

 折角の出口を前に、田中は踵を返す。木村は理由も問わず、後に続いた。

 

 付き合いが長いからこそ、木村には解る。

 今、この瞬間。余裕が無くなったのだ。

 

 ――ピーピピピ!

 

 そして、引き返すと言う事は、当然後ろから追いかけて来た蜘蛛と再び相対するハメになる。

 

 ――ビッ

 

 田中は危険なレーザーを見切り、無数の脚の下をすり抜ける。

 続く木村も、脚に自在金腕(ルー・デルオン)を引っ掛け、反動を利用し、脚の下を潜った。

 

 二人は見事に股抜きを決めたのだ。

 何故こんな無茶を? 声に出して聞けなかった木村は、チラリと振り返る。

 

 すると、黒い蜘蛛の向こう側。階段からゾロゾロと下りてきたのは無数の魔獣。牢屋の魔獣が解放されて、二人を追って来たのだ。

 

 ――やはり、魔獣は操られている!

 

 黒峰は生きている。

 その事実に、木村は背筋の凍る思いを抱えて走るのだった。


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