死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

285 / 327
研究所

 田中と木村。

 

 魔女の痕跡を辿って忍び込んだ洋館は、地下が巨大な研究所になっていた。

 そこに現れたのは、田中ですら斬れない漆黒の蜘蛛。そう鋼鉄よりも堅いロボットだ。二人が打つ手無く尻尾を巻いて逃げる先、行く手を塞ぐは洗脳済みの魔獣達。

 

 やはり、ここに魔女が居る。

 

 慌ててUターン。通路を塞ぐ巨大な蜘蛛を相手取り、足の間をくぐり抜け窮地を脱した二人であるが、依然として危険な逃避行が続くのであった。

 

 

「やつら、同士討ちとかしないの?」

「どうだかな」

 

 二人は走りながら、背後を窺う。

 そこでは魔獣と、蜘蛛型ロボットが鉢合わせになっていた。

 

 向かい合う両者に、僅かな間。

 

 ――ピッ!

「ええっ?」

 

 同士討ちどころではない。

 蜘蛛が脚で示す先に、魔獣が走りこんでいく。

 逃げる二人に回り込ませる動きだった。

 

「嘘だろ?」

 

 蜘蛛が魔獣を操っている! そこには確かな意思の疎通が感じられた。

 

「マズいぜ」

「どーすんの? どーすんの?」

「それはお前が考えンだよ!」

「じゃあ、ソルンを探そう。アイツを人質にするしかないわ」

「だな」

 

 頷くと同時、田中が走る。それも全力だ。

 たちまち木村は置いていかれるが、自在金腕(ルー・デルオン)を壁に引っ掛け、なんとか追いすがる。

 

「下だ!」

「あいよ!」

 

 見つけた階段を落ちるように下りていく。

 

 以前、回復ポッドがあった遺跡は、階段の位置がバラバラで一気に階下まで下りられない設計だった。恐らくはテロを想定した作り。階層は二十を超えていた。

 だが、今回そんな事はない。自在金腕(ルー・デルオン)を駆使する木村は、ジグザグに飛び降りて、一気に五階下まで降りてみせる。きっとここが最下層。

 

「そっちじゃねぇ、コッチだ」

「マジ?」

 

 しかし、田中は最下層に降りず、一階上から木村を呼んだ。

 考えてみれば、頷ける話ではあった。なにもラスボスではないのだ。逃げ場の無い最下層で敵を待つ道理はない。

 それにしても驚くべきは田中の本能と嗅覚、いや気配を視るワザか。

 

「ここか? いや、コッチだ」

 

 何かを探る様に、田中はどんどん奥へと入り込む。すると様子が変わってきた。

 学校のような無機質な廊下が、少しずつ生活感と温かみを増していく。さらに奥に行けば、壁紙は華やかに、明かりは品の良いランプになった。

 

 走りながら、木村はどこか奇妙に感じていた。

 どうにも、あのソルンの印象とはかけ離れている。どちらかと言うとコレは……。

 

「ココだ!」

「ここなの?」

 

 辿り着いた大扉。

 廊下の突き当たりを塞ぐ姿は、地下の研究施設に似つかわしくない。洋館に逆戻りしたような、木製の豪華な大扉。

 

「いや、これ……」

「斬るぜ」

 

 木村の言葉を待たずに、田中は剣を振るった。木製の大扉はあっさりと断ち切られ、崩れる。

 

 そこは真っ白な部屋だった。

 

 まず真っ白な壁紙が目に飛び込む。右には真っ白な天蓋付きのベッドに、左には同じく白いクローゼット。

 そして部屋の真ん中に陣取るは、華奢な作りのテーブルと、二脚の椅子。これも白い。

 

「あら? どなた?」

 

 その椅子に座り、優雅にお茶を飲むのは、黒峰だった。

 まさか、本当に生きていたのか。木村は息を飲む。

 

「邪魔するぜ」

 

 だが田中は躊躇わない、扉を蹴飛ばしズカズカと踏み込んだ。

 

「呼んでないわ」

 

 それでも黒峰は構わずお茶を飲み続ける。とんでもない肝の太さ。

 いつもの体の線が出る黒いドレスが、真っ白の部屋の中で強い存在感を放っていた。

 

 おかしな所はないか? 木村は慎重にその様子を観察し、二人の会話に耳を傾ける。

 

「つれない事言うなよ。はるばる会いに来たんだぜ?」

「私は会いたくないのよ」

 

 その言葉は真実に思われた。

 黒峰の目に、以前はあった怨念じみた殺気や、恨みがましいモノが見られない。

 毒気を抜かれたようにサッパリとしていた。

 

 木村は眉をひそめる。何かが違う。だが、その何かが解らない。

 見た目は完全に黒峰だ。ソックリさんではない。

 ではクローンかと言うと、ソレも違う。その眼差しは余りにも知性に満ちている。

 

 思い出したのは、ソルンと同じ顔の男の古代人、ノエルが語った言葉だった。

 細胞からクローンを作っても、記憶のない人形にしかならない。幼児のような大人が出来るだけ。

 その例外になったのは『参照権』を持つユマ姫だ。

 ユマ姫の魔石が魂の核となり、『参照権』で記憶を取り戻す。蘇るや、強固な意志で、たちまちノエルを刺殺してみせた。

 

 黒峰が持つのは『更新権』。

 同じ例外が、黒峰にも適用されるのか?

 

「てっきり死んだかと思ってたんだがな」

「死んだわよ」

 

 アッサリと言い放つ。その声はすっきりとして、全てを断ち切ったように見えた。

 

「死んだ? 生きてるじゃねぇか」

「あなたも知ってるでしょ? ()()()と同じ。私も蘇ったのよ」

 

 それはオカシイ。

 参照権だって、ユマ姫の魔石が必要だった。それも死にたてホヤホヤの魔石が必要だった。

 黒峰は星獣に食われ、その星獣は隕石に砕かれ。あの状況で回収出来たとは思えない。

 

「私からは、あなた達にもう関わらないわ。それじゃダメなの?」

「そう言われてもな、また星獣でも呼び出されたらたまらねぇ」

「そう言うの、もううんざり。平和に暮らしたいだけよ」

 

 本当にウンザリして見える。

 まるで憑きものが取れたような黒峰に、二人は違和感が拭えない。

 

 いや、違う。

 木村は違和感の正体に思い当たった。

 

 むしろ、コレが、これこそが黒峰さんだ。

 

 前世で良く知る、頭が良くて、すこし自分勝手で、周りを小馬鹿にした、冷めた少女。

 コレこそが黒峰さんだ。クラスメイトの頃、こんな女性になるんだろうなと想像した姿。

 おかしかったのはむしろ今まで、狂った様に世界を恨み、悪辣で破滅を望む黒峰は、それこそ恐ろしい魔女であった。

 何が彼女をあそこまで変えてしまったのか? 木村は長い間、訝しんでいた。

 

 それが、消えた。

 そして、今の彼女にはどこか余裕があった。

 

 勘の鋭い田中が、その事に気が付いて居ないハズが無い。

 

「お前、変わったな」

「そう? こんなものでしょう?」

「今のお前なら、悪くない。なぁ、ソルンに言って、俺等を追い回すのを止めさせてくれ。俺達はスグに出て行くぜ」

「そう? でも、私は彼に何か言う立場にないわ」

 

 寂しそうに黒峰は肩を竦める。

 コレもオカシイ。かつては口を出しまくっていた。自分こそが首謀者にして黒幕だと。尊大な態度で誇っていた。

 

「ソコを頼むぜ、お前が言ってくれれば奴も……」

≪無駄だよ≫

 

 そこに聞こえて来たのはソルンの声だ。三人の会話は聞かれていた。

 コレも、木村には少し意外に感じられた。ここは黒峰の部屋である。

 自室が盗聴されていたと言うのに、黒峰はケラケラと笑うのだ。

 

「あら? 心配してくれるの?」

≪そうさ、まだ君は不安定なんだ。それに変な約束をして欲しくない≫

「そう?」

≪ああ、ココを知られたからには、生きては帰せない≫

「ふぅん?」

 

 それでも余裕を崩さず、黒峰はコチラを見る。

 

「らしいから、死んでくれる?」

「嫌だね、何ならお前を人質に」

「触らないで!」

 

 田中の手を打ち払い、黒峰は拒絶した。

 

 その反応がどうにも劇的で、木村はまた違和感を抱く。

 腕力で田中に敵うはずがない。それが解っていながら、それでも大声で拒絶する。先ほどまでの余裕が嘘のよう。

 

 まるで男嫌いの潔癖症。

 

 それこそ木村からすれば違和感が無い。いや、無さ過ぎる。

 中学生の頃のまま。初心な少女みたいだ。それが逆にオカシイ。

 コチラで見かけた黒峰さんは、どこか退廃的で、婀娜っぽい所があった。それが消えている。男に触られる嫌悪感で剥き出しだった。

 

 そして、中学生の黒峰さんとも違う所がある。

 男が嫌いで潔癖症な前世の黒峰さんにして、田中だけは例外。興味津々、自分から絡みに行っていた。きっと好きなのだと思っていた。

 

 その黒峰さんが、こうも田中を拒絶する。それが不思議だった。

 

 田中に触った手が汚らわしいとばかり、黒峰さんは鋭い言葉で吐き捨てる。

 

「もう、どうでも良いのよ。こんな世界好きにすれば良い」

「そりゃどうも、だが、ここを出れなきゃどうしようもねぇ」

「知らないわそんな事」

「手の一本ぐらい、斬っちまっても良いんだぜ?」

 

 田中は余裕無く刀を突きつける。まるで三下の悪役だ。らしくないのはコチラもだった。余りにも余裕が無く、焦っている。

 

 木村は思わずと背後を確認する。まだ追っ手の姿はない。それにホッとする。

 この田中の余裕のなさ。ソレだけあの蜘蛛のロボが強いと言う事だ。こと戦闘となれば異様に目端が利くのが田中だと、木村は全幅の信頼を寄せている。

 

 だからこそ、状況はあまりよろしくない。このまま気を急いてクズみたいに振る舞えば、クズみたいな死が待っている。そんな予感が拭えない。

 

 木村は堪らず頭を下げる。

 

「頼むよ黒峰さん。俺達はもう君に関わらない。約束する。だからせめてあの黒い蜘蛛の機械だけは止めてくれ」

「蜘蛛。あぁソルスティスね」

「ソルスティスって言うのか。お願いだ。アレだけ止めてくれればスグに出て行く。いや、止めなくて良い。この屋敷を出るまで僕らを襲わないようにしてくれればそれで」

「無理よ……」

「無理?」

 

 意味が解らない。無理とはどう言う事かと、木村も田中も首を傾げる。

 

「だって、私、あのコに嫌われてるもの」

 

 余計に意味が解らない。

 

「いや、アレは機械だろ? 嫌われてるって」

「自律型なのよ。私の言う事なんて全然聞かない。さっきも言ったでしょう? 私生まれたばかりなの、ココは病室よ」

 

 病室。言われて木村には腑に落ちるモノがあった。

 真っ白な部屋。全てが筒抜けに盗聴されて、それでも文句の言わない黒峰。

 

「まだ記憶も曖昧だし、本調子じゃないの。笑っちゃうわ、機械すら従わない」

「そんな……」

 

 何かがオカシイ。良く考えれば、どうして田中はココに来たのだろう? 木村の思考がグルグルと巡る。

 その田中は厳しい目で黒峰を睨んでいた。

 

「なぁ?」

「なに?」

「俺達と、来ないか? 今のおまえなら俺達と一緒に、仲間になれる」

「ふん、願い下げよ」

「そうか……」

 

 心底悲しそうに、田中は俯いた。コレもまたオカシイ。異常だと言って良い。

 木村は焦燥に駆られた。歯車が噛み合わない。皆が見えているモノが、自分にだけ見えていない。

 

 そのヒント、田中が小声で教えてくれた。

 

「ヤベェ」

「何だよ?」

「ソルンの気配が見えねぇ。俺に見えたのは黒峰(コイツ)の気配だけだ。それも、今、消えた」

「何だって?」

 

 それは、この場にいる生物の死が確定していると言う意味だ。

 

「ソレに、驚け。俺にはコイツが黒峰に見えねぇ」

「そっか」

 

 それは、不思議と木村にもすんなり飲み込めた。

 田中は尚も語ろうとする。

 

「そんでな……」

「何を二人で話してるの?」

 

 黒峰が立ち上がり、コチラを見ていた。その目にはあの不気味な義眼はなく、眼差しは柔らかで、優しかった。

 

「もう、あなた達に興味は無いわ。死のうが、生きようが」

「そうかよ」

「私は、行くわ」

 

 そう言って、背中を見せる。部屋の奥へと下がっていく。

 

「おい待て!」

「なぁに?」

 

 黒峰が振り返ると同時、チーンと甲高い音。ソレが合図。

 何もない部屋の奥、壁が割れた。中はひたすらに大きな空洞。そこに金属の檻がせり上がって来る。

 

 コレは??

 

 エレベーターだ! 壁だと思っていたのは、搬入用の巨大エレベーターだった。

 何食わぬ顔で、黒峰は逃げようとしている!

 

「待てよ!」

「待ってくれ」

 

 田中が走る、木村は自在金腕(ルー・デルオン)を伸ばす。

 だが、金網が開いて黒峰がエレベーターにすべり込むと同時、入れ替わる様にエレベーターの中から先客が這い出して来た。

 グチャグチャと音を立て、不気味な怪物が真っ白な部屋に侵入してくる。

 

「コイツ!」

王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)!」

 

 遺跡でも戦った、不定形の怪物だ。

 ひょろ長い体に、脚か角か解らない無数の触手を生やした姿。まるで太古のハルキゲニアを思わせた。

 

 以前、二人は遺跡でこの怪物に大変な苦戦を強いられている。

 この怪物には、剣も銃も効果が薄い。

 効果があったのは火。ユマ姫の魔法と、灯油と火薬の爆発だ。

 

「木村ァ! 爆弾は?」

「コイツに効くようなのは持ってきてない!」

「はー、つっかえ」

 

 木村はただの爆弾なら持っているが、灯油と組み合わせたアンホ爆薬は大型で、とても持ち込めなかった。

 その間に、エレベーターに乗り込んだ黒峰はボタンを操作する。

 たちまち閉まった金網が、二人の行く手を遮ってしまう。

 金網の向こう、意地悪な微笑みを浮かべ、黒峰が命ずる。

 

「もう恨みもないけど、死んで貰うわ。バウちゃん、この二人を殺しなさい!」

 ――ギョォォォオオオ!

 

 不定形の魔獣が、聞くに堪えない唸りをあげる。

 

 ……だが。

 

「バウちゃん?」

 

 王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)は動かない。二人を襲おうとはせず、ただ、立ち塞がるのみだ。

 

「コレだから。もう!」

 

 毒づく黒峰。彼女を乗せたエレベーターはゆっくりと下降し始めた。最下層に逃げる気だ。

 

「さようなら。もう会いたくないわ」

 

 それだけ言い残し、階下へと消えていく。間もなく壁も閉じ、白の部屋は完全に閉ざされた。

 部屋に残されたのは、木村と田中、そして不定形の怪物のみ。

 しかし、それでも怪物は動かない。

 

「どう思う?」

「洗脳が不完全みたいだな」

 

 それが解っても、二人には打つ手がない。この化け物に背中を見せて、蜘蛛と挟み撃ちに遭う事こそが最悪だからだ。

 

「ちょっと俺にやらしてくんない?」

「よしキムラ、君に決めた!」

「人をポケ○ン扱いすんな!」

 

 文句を言いつつ、木村は懐から小さな球体を取り出すではないか。

 田中は目を剥いた。

 

「マジでモンスターボールを取り出すやつがあるかよ」

「黙って見てろって」

 

 木村は王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)を刺激しないよう、目の前にゆっくりと転がしてみせる。

 球体が燐光を放って、白い部屋を転がっていく。コロコロと転がる音だけが、部屋に響いた。

 

 ――キュ?

 

 可愛らしい鳴き声で、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)は触手を伸ばし、ソレを転がす。

 転がして、転がして、そして、食べた。

 

「何ッ?」

「あれは、魔石だ」

「凶化してないのに、魔石を喰うのか?」

王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)は魔獣ってよりも魔法生物。魔力で形をたもってるスライムだわな。だから魔石は大好物ってね」

「そんで、なんだ? エサをあげて手懐けるのか?」

「まぁ、みてろよ」

 

 呟いた木村が見つめる先、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)が暴れ出す。

 

 ――ギョォ? ギョギョギョ!

 

 四方八方に触手を伸ばし、粘性の体がブクブクと泡立つ。終いには赤黒く変色する。

 明らかに、死に瀕していた。

 

「オイ?」

「毒だね」

「ンなモンが効くなら、どうして?」

 

 王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)はエルフの天敵。ユマ姫から田中はそう聞いていた。

 実際に、斬っても撃っても死なない不定形生物は無敵だった。火だって森の中では派手に使えないだろう。

 それが、毒で死ぬなら、こんなに簡単な事はない。

 

「ただの毒なら効かないんだろね」

「何を使った?」

「あの遺跡は箱船だった、機能は停止し、空っぽになっていたけれど、全部の生命の痕跡が保存されていた。だからその中で一番強力なのをね」

 

 それは赤棘毒蛙(マネギデスタル)の毒だった。

 何百年前に絶滅した蛙の毒。それこそが、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)の天敵だった。

 無敵の魔獣、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)。伝説の生き物と言われるほど数を減らしたのは、この蛙こそが原因だった。

 

 王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)は触手を伸ばして蛙を食い尽くす。蛙は対抗する毒をもつように進化した。

 やがて王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)が姿を消し、伝説の生き物となってしまった後は、用済みとばかい、エルフが危険な蛙を刈り尽くしてしまった。

 

 ――ギョォォォォ!

 

 遂に、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)は地に伏して、姿を保てず液体に戻った。

 完全に死んでいた。もう、魔石が溶けた液体が流れるのみ。

 かつての強敵がこんなにもアッサリと。田中は呆然と淡く光る液体を見つめる。

 

「良く、そんな毒のこと、知ってたな」

「ああ」

 

 木村はユマ姫から聞いていた。

 何度も何度も。

 

 家族と旅行した湖畔での思い出を。蛙の幻覚で旅行を台無しにしてしまった苦い記憶を。

 

 だから、遺跡で蛙の毒を調べた。そして苦戦した王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)についても。

 そして奇妙な相関関係に気が付いた。赤棘毒蛙(マネギデスタル)が現れると同時に王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)は数を減らしていたからだ。

 だから、全ては木村の仮説に過ぎない。でも、きっと正しい。溶けて死んだ王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)が証明していた。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 木村が感傷に浸っている間、田中が部屋の奥へと踏み込む。

 壁を無理矢理こじ開けると、刀で金網を切り裂いていく。

 そこにはガランとした空間が。

 

 そのまま、ふぅと呼吸を一つ、腰だめに刀を構える。

 

「なにしてんの?」

「良いから見てろ!」

 

 裂帛の気合いで振り切ると、田中が切り裂いたのは、エレベーターのワイヤーだ。

 

「はっ? なんで? 追うんじゃないの?」

「お前、このエレベーター乗りたいか?」

「いや……」

 

 言われてみれば、敵が制御しているエレベーターなど檻も同然。

 下りた先で待ち構えられたら何も出来ない。この辺り田中は戦い慣れている。

 

「コレでエレベーターは使えない。俺らはゆっくり階段で迎えに行こうぜ、黒峰と、ソルンをな」

「そーだな」

 

 踵を返し、二人は階段に戻った。まだ蜘蛛の機械は姿を見せない。きっと何処かで待ち伏せしているに違いなかった。

 目指すは先ほどの部屋の真下。そうして再び踏み込んだ最下層。しかし様子は一変していた。

 

「何も見えねぇ」

「明かりつけるわ」

 

 電気が消えていた。真っ暗な廊下を木村のランタンが照らす。

 不気味な廊下がひたすらに続いていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。