死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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お誕生日会の誘い

 季節は冬。

 チラチラと雪が降る日も増えてきて、きっと今年は寒くなる。

 

 この冬で、俺は十六歳になる。『参照権』で何度も確認した結果、正確な誕生日も解っている。あと二ヶ月だ。

 俺は今の美しい姿を皆に見て貰いたい。その思いをもって体の変化を食い止める事にした。

 

「お誕生日会を開きましょう」

 

 だから、大々的にお祭りを開く事を決めた。

 

「危険じゃないですか?」

 

 口を挟んだのは護衛の責任者、親衛隊隊長であるグリードだ。

 

「危険と言うのは? 市民を心配しての事ですか?」

「勿論、姫様がですよ」

 

 俺の嫌味にも動じない。いやしかし?

 

「帝都の誰が私に危害を加えると言うのです?」

「誰でもです、誰もが姫様を前に冷静で居られない。無論、私も」

「ふふっ、お上手ね」

「……いえ」

 

 グリードは渋るが、俺にだって解っている。

 俺の美しさは神懸かり。人心を惑わせ狂気をいざなう。自分で言うのもアレだが、事実であった。

 

 人間の本能を最も刺激するのは、恐怖だ。特にこの世界では。

 

 この世界、人間より強い魔獣は枚挙に暇がない。一見弱そうな虫が恐るべき魔獣だったりもする。魔力が肉体を補助するからだ。

 だからこそ、地球よりも相手の力量を見定める本能が発達している。そうでなければ生き残れなかったに違いない。

 そのカラクリもまた、魔力だ。きっと人間は魔力や健康値の大小で相手の実力をなんとなく感じとり、判断している。

 そして俺は人間どころか魔獣を遙かに超える魔力を持っている。そんな存在が、小さくて可愛い女の子の場合、どうなるか?

 きっと神だと誤認する。超常の女神と思い、崇めてしまう。

 そうでなくとも美しさとは、恐怖と紙一重の場所にあるモノだ。

 だからグリードの指摘も間違っちゃ居ないのだ。不安と恐怖に駆り立てられて、市民が何をしでかしても不思議じゃ無い。

 ……だけど、たとえ帝都の市民全員が気が狂って暴れたとしても、俺を殺す事など出来はしない。

 

 今の俺の魔力は1600。俺以上の魔力を持っていた生き物なんて、妹のセレナぐらいしか俺は知らない。

 

 

 ……冷静に考えるとオカシイよな、セレナの魔力。

 

 ひょっとしてセレナは周囲から恐れられて居たのかも知れない。

 侍女や衛兵がセレナと会話している所を見た事が無い。あんなに人懐っこい性格だから考えてもみなかった。

 だとしたら、あの甘えん坊な性格も寂しさから俺に甘えていたのか。

 

 そう考えるとやるせない。

 

 幼少期の俺は健康値が小さすぎて、セレナの魔力の大きさを全く感じられなかった。それが却って良かったのかもしれない。

 

 もし、セレナが本気で魔法を使ったらどうなっていたのだろう?

 今の俺は、あの時のセレナと戦って勝てるだろうか? そんな事を考えてしまう。

 

 俺が物思いにぼんやりしていたら、グリードが心配そうに覗き込んできた。

 

「姫様? お疲れですか? あの、警備ですが……」

「大仰なモノは必要ありません。私を殺せる存在は限られています」

 

 田中とかな。

 

「では、キィムラ様に相談したいのですが、予算や規模などはどのように?」

「細かい部分は任せています、商会の人間に聞いて下さい」

 

 木村にはもう許可をとった。アイツはまだ魔女の屋敷で端末から情報を抜こうと格闘しているので、段取りはアイツの部下に丸投げだ。

 

「ならば、私としてはこれ以上はありません、ただ……」

「ただ、なんですか?」

「御身を大切にして下さい。あなたがどれだけ強くても、我々が何より姫様を思っている事に変わりはないのです」

「勿論です。誕生日会を開くのだって、なにより私の安全の為ですから」

「でしたら、良いのですが……」

 

 信じてないな。

 まぁグリードにしてみれば、占領下の街でお祭りを開くなんて自殺行為に見えるだろう。

 俺を殺そうとする人間が幾らでも入ってくるし、皆の前に顔を晒すなんて論外だ。

 

 でも、俺にしてみれば殺し屋なんて怖くない。シャリアちゃんにして、もう絶対に殺せないと悔しそうに泣いていたぐらい。あれ以上の殺し屋など居て堪るかと言う話だ。

 だったら、皆に観測されている方が『偶然』の余地が少なくなる。

 

 さて、お祭りとなれば俺に何が出来るだろう? この羽があれば世界中の珍味を新鮮なまま集める事が可能だ。

 そのついでに各所に話を通しておこう、来たいと言うなら招待しても良い。二ヶ月もあるなら、特別な移動手段がなくとも来る事は可能だろう。

 

 俺はリュックサックを抱え、空へと飛び立った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「おおっ! 良かった! 本当に!」

 

 まず、向かったのは砂漠の都プラヴァス。リヨンさんの所である。

 そしてリヨンさんは俺との再会を大袈裟なまでに喜んでくれた。

 俺みたいな女の子に人目を憚らず縋りついて、ボロボロと泣いている。

 

 そんな彼は松葉杖をついていた。

 

「あの、その怪我は?」

「あ、実は……」

 

 なんと、リヨンさんは星獣との戦いで大怪我を負って足の腱が切れてしまい歩けなくなってしまったとの事。

 

「そんな……」

 

 もう一年以上この状態と言う事だ。

 水くさい。言ってくれればどうにでもなるのに。

 

「良いのです。自業自得ですよ」

 

 悲しそうにリヨンさんは俯く。

 どうも、星獣に斬り掛かろうとして、尻尾に吹っ飛ばされて気絶していたらしい。不相応にでしゃばって足を引っ張ったと気に病んでいるのだ。

 あれだけの質量、むしろ生きているのが奇跡、若気の至りが足の一本で済んで万々歳であると。そう言う理屈だ。

 

 あの時、リヨンさんは雨を降らせて星獣を沼に嵌め動けなくしてくれた。なにより沼でなければ地面に潜れず俺だって隕石に潰されて死んでいた。結果的に不相応どころか大金星である。

 だが、そう言い聞かせても納得はしなかった。

 

「そんな! 私は雨を降らせる祈祷師としてあの場所に参じたのではありません。あのバケモノ相手に果敢に戦い、プラヴァスの誇りを見せつけるハズだった」

 

 リヨンさんは血が出るほどに唇を噛む。ソレほど悔しかったのだろう。

 だが、あの戦いは超常の戦いだった。星獣はソレほどに強かった。

 木村が大砲で撃ち抜こうと、田中が縦横無尽に切り裂こうと、星獣にダメージが入ったとは言い切れない。

 俺が飛び回って王剣で斬りつけたのだって、効果があったかは疑わしい。

 人間が何とかなるレベルの戦いじゃなかったのだ。表面を引っ掻いただけの木村や田中にコンプレックスを感じる事は何も無い。

 

「ですが、自分で自分が許せないのです」

「それにしたって、ひとこと言って頂ければ足ぐらい治しましたのに。その足では汚名返上の機会すらないでしょう?」

「まさか! 下半身を失った姫様を前に、足が痛いから治してくれなど言えるハズがないでしょう?」

 

 泣きそうな顔でリヨン氏が言う。

 そう言えば、最後に彼と別れたのは星獣戦の時、俺は大怪我をして下半身を失っていた。あんなのは普通ならどうやっても治るハズが無い大怪我。

 だからこそ無事な俺の姿を見て、リヨンさんは大袈裟に喜んでみせたのだ。

 

 随分昔の事に思える。人間を止め過ぎて、そんな事すら忘れていた。

 

「気にしないでください。お陰様で、今の私は人間の範疇を超えています。良いか悪いかは解りませんが」

 

 俺はそう言ってバサリと翼を広げてみせた。

 この姿になって、気軽に話し掛けてくれる人は減った。

 神か悪魔か? 人ではない何かだと、誰の目にも明らかになってしまったから。

 だけどリヨンさんは首を振る。

 

「私にとって、初めて出会った時からあなたは女神です。それでこそユマ姫です」

「まぁ……」

 

 照れるね。イケメンはこんなセリフがスラスラ出てくるから凄い。

 二人して、照れ照れと見つめ合う。

 

 因みに、ココはプラヴァスのメインストリート、ど真ん中だったりする。

 

 空からラクダに乗るリヨンさんが見えたから、つい舞い降りて話し掛けてしまった。周囲は神だ天使だと大騒ぎ。そんな中でイチャイチャしていたから、人が群がりゆっくり話す雰囲気ではなくなってしまった。

 

「今夜、屋敷に伺います」

「お、お待ちを」

 

 飛び去ってしまおう。リヨンさんが引き留めるが、大名行列をする時間はない。他にも何カ所か回りたいからな。

 

 翼を広げひとっ飛び。俺はプラヴァス郊外のボロ小屋に飛び込んだ。

 

「どうです? 体の調子は」

 

 次に訪れたのはポンザル家のバイロンとドネイルの所。先のプラヴァス動乱の首魁がこの二人だ。

 と言っても結局は帝国の手の平で弄ばれて居たワケで、実際にクーデターを起こす前にこの二人は寝返った。麻薬中毒にされ、操られて居たのを俺が治した経緯がある。

 だから後遺症でもないか見に来た次第。

 

「お、おおっ!」

「なんという!」

 

 まぁ、久しぶりに会って翼が生えてたら驚くよな。俺は今までの経緯を説明し、バイロン達の近況を尋ねる。

 どうもオッサン二人は今も遺跡で発掘作業をしてるらしい。地下には魔力が滞留しているので体に良くない仕事だが、仕方無いよな。

 

「気にすんな、アンタのお陰か、体は痛まねぇ」

「それに面白いモノを見つけたんだ」

 

 そう言って出してきたのは小さな箱。これはひょっとして?

 

「冷凍庫ですか?」

「そんな名前なのか? 魔石を入れとくと中のモノが凍るんだ」

「食料品の保存に良いと思うんだけど、流石に容量がね」

 

 まぁ、家庭用の冷凍庫が一つあっても、余り意味がないか。

 金持ち向けに季節外れの食材を幾つか保存して、小銭が稼げる程度。売れそうな果物は凍ると美味しくないし、そんなんじゃ余りお金にならないだろう。

 なったとしても、かなりの魔石を消費するから割に合わない。

 いや、しかし困ったな。こんなモノが発掘されているとは。

 

「アイスクリームを持ってきたのですが……」

 

 そうなのだ、冬でもプラヴァスなら暑いだろうと大量のアイスを持ってきてしまった。だけど冷凍庫があるならお土産としてパンチが弱い。

 

「いや、何だコレは? 旨い!」

「乳を凍らせたのか? 凄いコクだ」

 

 意外にも好評だった。考えてみれば、冬でも氷点下に至らないプラヴァスに氷菓などあり得ない。発想自体が無かったわけだ。

 

「ひょっとして、コイツで同じ物が作れるのか?」

「似たものでしたら作れるでしょう」

 

 ラクダの乳でアイスクリームが作れるかは知らないけどな。

 俺は二人に作り方を教える事にした。

 

「ありがとよ、コレで一勝負出来そうだ」

「ユマ姫様、あなたには感謝しきれない」

「いいのです」

 

 コイツらも帝国に家族を奪われた様なモンだからな。

 それに冷凍庫は年中熱いプラヴァスでこそ価値が有る。

 

 二人に見送られ、次にやって来たのはステージがある高級酒場リーリッド。ショーが見られる酒場って言うと、現代で言うショーパブか?

 途端にいかがわしい感じに聞こえるが、ちゃんとしたお店である。

 俺は一時期ココで働いていた事もあるので、裏口から堂々と入り込む。

 

「こんにちわ」

「あら? ユマちゃん!? ど、どうしたの?」

 

 楽屋でいきなりシェヘラさんに会えた。プラヴァスの歌姫である。

 ショーパブの歌手って言うと急にエロく感じるから困る。

 何度も言うけど、このお店で歌うのが夢って人がいっぱい居るぐらい格式あるお店である。

 それにしても、昼間からシェヘラさんに会えるのは嬉しい誤算だ。彼女は稼げる夜のショーが専門だからね。

 

「シェヘラさんこそ、お元気そうで何よりです。今日も歌うのですか?」

 

 久しぶりに聞いていこうかな。

 

「それがね、私、ココでは最近歌ってないのよ、今日も後輩の指導に来ただけで」

「そうなのですか?」

 

 なんだかプラヴァスの歌謡界も大きく変わってきているらしい。

 それもこれも、遺跡から巨大なスピーカーが発掘されて、俺が聖地で歌って以来、あそこでライブをやるのが流行っているのだとか。

 

「元々、プラヴァスの人って歌って騒ぐのが好きでしょう? それにお酒も」

「確かにそうでしたね」

 

 だから、たき火を囲んで飲んで歌って親交を深めるのがプラヴァス流。室内で歌にお金を払うなんて酒場ぐらいだったわけ。だから大きなハコが無かったのだ。

 

「でも、野外でもアレだけのスピーカーがあれば大勢の前で歌えるじゃない? 最近は週に一度はあそこで歌っているのよ」

「そうだったのですね」

 

 シェヘラさんの歌が酔っ払いの酒のつまみってのは勿体ないと常々思っていたのだ。

 高級店だし、子供や女性は歌姫の歌声を聞く機会が一切無かった。

 

「せっかくだし、今度の週末、私と一緒に歌わない?」

「せっかくですが……」

「そうなの? でも、今日だってアナタ、歌うつもりで来たんでしょう? しっかり衣装もキマってるじゃない。本物みたいよ、その羽」

「…………」

 

 残念ながら、本物です。

 

「え、嘘でしょう?」

 

 驚くシェヘラさんが羽を触るが、血が通った羽である。

 俺がバサリと翼を開いてみせると、口をポカンと開けて驚いてくれた。

 俺がプレゼントした大鏡には、部屋一杯に羽を開いた少女が映っている。

 

「す、凄いわ。ステージで映えそう!」

「ふふっ」

 

 この羽を見て、感想がソレか。流石である。

 

「コレ、お土産です」

「なにこれ?」

 

 アイスだ。美味しいと驚かれ一緒に食べていると、ショーに出ていた子達もガヤガヤと楽屋に戻ってきた。

 

「あなたは!」

「すごーい! キレイ!」

「羽が生えてる!」

 

 取り囲まれてしまった。アイスは一杯あるので問題ない。

 

「冷たくて美味しい!」

「都会の味ねぇ」

「この鏡、プレゼントしてくれたって本当ですか? 凄く助かってます」

 

 賑やかで楽しい。俺がココで彼らに混じって踊ったのはホンの一瞬。ポンザル家の二人の注意を引き、俺を置いていった木村と田中の前にド派手に登場するまでだ。

 なのに、彼らの印象に強く残っていたらしい。

 しかし、あんまりのんびりもしていられない。

 

「わたし、そろそろ行かないと」

(せわ)しないのね、相変わらず」

 

 シェヘラさんが笑う。良く考えたら彼女ぐらいは誕生日に招待してもいいかもしれない。

 

「あの、二ヶ月後、帝都でお誕生日会をするので、来ませんか?」

「二ヶ月後? ソレも、帝都で?」

 

 流石に無理だよな、プラヴァスは砂漠のど真ん中。ココの民が帝都や王都に行くなんて、大冒険にも程がある。

 だけど、今は帝国が麻薬の密輸に使っていた水路がある。昔ほどの道のりではないハズだ。

 

「あの、一応、リヨンさんに頼んでブラッド家からも人を出すように頼むつもりなので、彼らとなら安全に辿り着けると思いますよ」

「うーん、そうねぇ……」

 

 尚も悩むシェヘラさん、顔を赤らめ、チラリとコチラを窺った。

 

「あの、誕生日会にはあの……タナカさんもいらっしゃるのかしら?」

 

 田中? そりゃ、来るでしょ。護衛の名目で。

 

「ええ、来ますよ」

「そ、そう。なら行こうかな」

 

 チラチラと俺の反応を窺ってくる。いや、別にアイツの事は好きにして良い。

 だけど、当日はどうかな? アイツと俺は離れられないかもしれない。

 アイツは俺の護衛、もとい、本当の仕事がある。

 

 十六歳になった俺が暴走した場合。

 俺を殺すのが、アイツの仕事だ。

 

 俺が何でも無いのを見て、シェヘラさんは決心したようだ。

 

「ブラッド家の人に言えば良いのね?」

「ええ、コレが招待状です」

 

 俺のマークが入った招待状だ。魔術的な処理もしてあるから偽装も無理。

 

「それにしても帝都かぁ、本当に征服したんだね。嘘みたい。皇帝を倒しちゃうなんて」

「ええ、もう皇帝はこの世に居ません」

 

 肉塊になって、死んだ。

 

「大丈夫なの? 反乱とか」

「今のところ、治安は問題ありません」

 

 反乱を起こそうなんて貴族は皆無だ。市民も大人しいモノ。暴動が起きても俺が顔を出せばすぐに納まる。

 

「じゃあ、行かせて貰うわ。外国に行くのって初めて!」

「お待ちしています」

 

 俺がニッコリと微笑むと、シェヘラさんだけでなく、男である支配人や楽士のおじさんは勿論、可愛いダンサーの女の子たちまでが顔を赤くして俺に見とれていた。

 

「ふふっ」

 

 ……気持ち良い。自分が可愛い事を素直に喜べる。

 もう面倒ごとに巻き込まれるリスクなんてないからな。

 

「では私はコレで」

 

 俺は窓から飛び出すと、羽を広げて空へと飛び立った。

 

 そうしてブラッド家に降り立ち、再びリヨンさんと会う事に。

 俺と二人きりになると、リヨンさんは懐かしそうに目を細めた。

 

「こうしていると、初めて顔を合わせた時の事を思い出しますね」

「いえ、私は忘れました」

 

 俺がそう言うと、リヨンさんは大変ショックを受けていた。

 だって、初めて会ったときってアレだよ? 俺が鞭をしばいてリヨンさんを犬にした時だからね。

 

「それで、用件はどのような?」

 

 しかし、仕事になるとリヨンさんの眼光は鋭い。

 俺は今までの流れをかいつまんで説明した。

 

「それで、帝都で大々的に私の誕生日会を開くので、プラヴァスの代表として参加して頂きたいのです」

「それはつまり、ユマ様が皇帝として即位すると言う事ですね?」

 

 え、そうなの? でも、そうなるか?

 主人が居なくなった帝城で堂々と世界中の要人を呼びつけて誕生会を開く。

 それが皇帝じゃなくて何なんだと言う話。

 

「まぁ、近いモノでしょうね」

「いや、皇帝なんて器の小さい話ではない。世界を統一した初めての王の誕生になる。だとしたら私も参じないワケには行きません」

 

 なんか知らんが凄いテンションだ。

 

「そうして頂けると……とりあえず足を治します」

「そんな! 恐れ多い!」

 

 俺が跪いて足を治そうとすると、リヨンさんは固辞する。いや、困るんだが。

 

「帝都に来るにも、その足では不便でしょう?」

「それなら、私が跪きます。客人を、いえ次代の統一帝を跪かせるなど出来ません!」

 

 言うや否や、リヨンさんは四つん這いになって、俺の前に頭を垂れる。

 いや、頭を出されてもさ。治したいのは足だし。

 

 コレで俺にどうしろと?

 

「…………」

「…………」

 

 しばし無言で見つめあう。

 

 しょうがないにゃあ。

 

「この犬め! さっさとその薄汚い足を出しなさい!」

「わ、ワン!」

 

 またコレかよ。

 

 とりあえず、誕生日プレゼントとして大量のウコンなどスパイス、それにカカオと蒸留酒(木村が好きらしい)、あとなんかスパイスの利いた幼虫を貰って、俺はプラヴァスを後にした。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そして、王都。

 プラヴァスから王都なんて、何百キロもあるのだが、今の俺なら空を飛んで数時間で辿り着いてしまう。

 

「と、言うワケで。再来月に誕生日会を開く事にしましたので」

「ちょっと、待って! 私はさっき早馬で帝都攻略が成ったと速報を聞いたばかりなんだけど?」

 

 ヨルミ女王、焦る!

 場所は例の離宮である。周りのメイドさんの目がなんか怖い。

 あんまり大っぴらに話せない事も有るだろうと、翼を広げ、ヨルミ女王を包み込む様に目線を遮り二人で会話しているのが、どうにも耽美に映るみたいで、やたらと興奮しているのが何人か。

 

(コレ)を見て解るでしょう? 早馬に追いつくなど簡単です」

「べ、便利ね」

 

 ヨルミちゃんを翼で撫でるが、以前にも見せているので反応は薄い。

 むしろ獣耳としっぽに驚かれた。

 

「それで、再来月に帝都で即位するから、私も参加しろと言うのね?」

「出るんですか?」

「来月ならともかく、再来月でしょ? そりゃ、行くわよ」

 

 いや、再来月でも急だし、帝都は遠いと思うんだけど。なにせ早馬でも半月以上掛かる距離なのだ。

 

「多分、魔導車なら半月も掛からず着くよ?」

「え?」

 

 確かに魔導車なら悪路を考慮しても半月で着いてしまう。

 最近、早馬よりも輜重隊の車のが早いとか、意味不明な事が起きているのが王国軍なのだ。

 なんだか拍子抜けである。気が付いたら世界は小さくなっていた。

 

「じゃあ、そう言う事で」

「ま、待ちなさいって!」

 

 招待状を人数分手渡して、じゃあ次行くかと翼を広げたら呼び止められた。

 

「何を持っていけば良いの? 王都に名産品とか無いけど」

「いえ、あるでしょう?」

 

 特に圧力鍋は喜ばれるハズだ。アレは木村の商会がコッチの鍛冶屋に作らせたモノ。

 

「アレ、一応商会の機密じゃないの? まぁ良いか」

「それに、スパイス。キィムラ商会が開発した山椒とか、バニラみたいな香料は無いと思います、それにお菓子も」

「あぁ、私だけ知らない美味しいモノが一杯あったのよねぇー」

「むぅ……」

 

 いまだにヨルミ女王には恨みがましい事を言われる。完全に八つ当たり。

 俺が口を尖らせていると、ヨルミちゃんがジッと見てくる。

 

「何より、アナタの伝記や姿絵を持っていった方がウケそうね」

「それは、あるかも知れません」

 

 変なシンパがやたらいるからな。

 しかし、止めてくれ。自分の誕生日に、自分を褒め称えるポエムや絵をプレゼントに配ったら、完全に痛い人である。

 

「それでは」

 

 今度こそ、俺は次の目的地へ飛び立った。

 

 次は……ボルドー王子の所だ。

 空から見える目印は思い出の湖畔、その脇にひっそりと佇む石碑の前へと降り立った。

 

 墓前には、王子の母であるキュリアナさんが居た。

 

「ご無沙汰しております」

「あんたかい。あらまぁ」

 

 翼を見て驚かれるのは毎度の事。今までの事を説明する。

 

「飛べるなんてね、それに次の皇帝とは。遠いところに行っちまったね」

「彼ほどではないですよ」

 

 俺はボルドー王子の墓前にアイスを捧げた。冬場とは言え、すぐに溶けて流れてしまうだろうけど。

 

「違いないね。アイツが一番遠くに行っちまったよ。帝国も王国も無い、平和な世界が来たってのに」

 

 そう言って目を瞑るキュリアナさんは寂しそうに見えた。

 

「そうだ! 帝都に来ませんか? 私の誕生日を祝って欲しいのですが」

「馬鹿言うんじゃないよ。年寄りには遠すぎる」

「魔導車なら半月ほどなのですが……」

「いいんだよ。私はココで死ぬ。私ぐらいココでこの子を見守ってあげないとね」

「そうですか……」

 

 たしかに俺は、王子の墓を守り続ける訳には行かないからな。

 俺には、多くの人を巻き込むしか生き残る術が無い。

 それに、こんな小さい墓に入り込んで、死んでまで王子に迷惑掛ける訳にもいかんだろう。俺は翼を広げ、空へと飛び立った。

 だけど小さな湖畔の思い出が名残惜しくて、俺はしばらく空から輝く湖面の姿を目に焼き付けた。

 

 次は、アレだ、俺の故郷。大森林のエルフの都だ。空の魔獣もなんのその、俺はエルフの都、生まれ育った王宮に降り立った。

 

「今は、王の家名からエンディアンの都と呼んでいます」

 

 そう説明してくれたのはセーラさん。俺の弓の先生にして、王家の血を引く数少ない生き残りである。

 場所は宮殿。俺は幼少期、殆どは家族と離宮で暮らしていたので、実は本宮はイマイチ馴染みがない場所だったりする。

 話を聞くと、セーラさんは暫定的に王女としてエンディアンを支配しているらしい。

 

「しかし私など、王の器ではありません。ユマ様こそ新しい王として即位するべき。そうしなければ、決して帝国との戦いに勝てません」

「もう勝ちました」

「へ?」

「皇帝は死に、帝国は私の支配下にあります」

 

 俺は今までの流れをざっと説明した。説明が多くて流石に慣れてきた。

 

「そ、そんな! でしたら益々、我々の王として君臨して頂かなくては!」

「私に、そのつもりはありません。大森林を統治するのはセーラ。あなたです」

「そんな! 何故です!? 私など!」

 

 うーんめんどくさい。

 しかし、帝国とは違って大森林は俺が即位するのが筋なだけに、反論は難しい。ココに顔を出しただけでも、既に大騒ぎになっている。

 いいや、適当な事を言ってはぐらかそう。

 

「私は神へと至りました。もはやエルフの王ではなく、王国も、帝国も、世界の全てを見守る存在なのです」

「まさかそんな事が!」

 

 ないけどね。ないけど、こんな所で過ごしていても、俺には意味がない。

 家族の居ない王宮なんて、辛いだけだ。

 

「セーラよ、誇りなさい! エルフの作る魔導車がどれほど戦争に貢献したのか計り知れません。王国の勝利はエルフである我々の勝利でもあります」

「勿体ないお言葉」

「コレからは人間と共存する方法を見つける必要があります。それにはハーフである私よりも純粋なエルフであるアナタこそが相応しい」

 

 今の俺はハーフエルフ(笑)って見た目だしな。

 

「私など」

「神に至った私が命じます、セーラ。あなたがエルフを新しい世界に導くのです」

「私が……」

 

 うんうん、王権神授だよ!

 

「と、言うワケで。王として私の誕生日会に出席してください」

「え?」

 

 俺は強引に招待状をセーラのポケットにねじ込んで。王宮を後にした。

 

 後の騒動など、知った事ではない。

 

 そして、最後に辿り着いた。

 

 旧パラセル村。

 焼け落ちた家は、そのまま放置されていた。

 だけど、その姿は大きく変わっていた。炭化した家の残骸からは木々が芽吹いて、中心からは大きな木が生えていた。

 

「セレナ……」

 

 この木の下に、セレナが居る。

 あの日の思い出も、焼け落ちたセレナの死体も、木の栄養になり果てて、何時かは消えてしまうのだろう。

 きっと私も、最後には、大森林の一本の木になるのだ。

 

 だったら良いなと、せっかくならセレナの隣が良いなと、そう思った。

 あの日みたいに、また二人で。


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