死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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十六歳

 いよいよ明日は誕生日会だ。

 俺は不安と期待がない交ぜになり、寝付けずにいた。

 夜風にあたろうと帝城の屋根に翼を広げ、活気溢れる帝都を見下ろす。

 

 月明かりの下、煌々と松明や魔道具の光が踊っている。

 昼夜を問わず、俺の『お誕生日会』の準備が進んでいるのだ。ゼスリード平原の小麦で作られたビールが惜しげもなく振る舞われている。先日までの餓えた帝都が嘘みたいだ。

 活気溢れる様子は、悲惨な戦争を忘れるための空騒ぎ。本番は明日だと言うのに夜の内から歌声が響き、肩を組んで騒ぎ立てている。

 

 俺に親族を殺された者だって居るだろうに。皆が俺の誕生日を祝おうとしている。

 目につく敵を殺し尽くすまで復讐しか考えられなかった自分が、少し悲しい。

 

 俺は、自分の手をじっと見つめる。すこし殺し過ぎた。でも、まだバケモノになるような兆候は無い。

 俺は本当に()()()まで生きられるのだろうか?

 

 明日ではない、明後日。

 明後日こそが、俺の本当の誕生日。

 

 嘘をついた。

 だって、俺が十六歳になれないならば、俺は最後の誕生日を祝って貰えないだろう?

 

 最後の最後、可愛い嘘だ。

 それぐらい許して貰いたい。

 

 俺の魂が一万回繰り返して、一度も到達した事がない十六歳。

 十六歳になれば、俺の中で何か変わるだろうか? 『偶然』の理由が解るだろうか?

 おそらく何か解決する事は無い。それ以降も俺は運悪く死に掛けるだろうし、体の変化に怯えて暮らすのだろう。

 

 でも、俺の中で区切りにはなる。

 

 きっとコレが人間として皆と過ごせる最後の誕生日になる。そんな確信があった。

 

「寝るか」

 

 誕生日会が楽しみで当日寝不足なんて、子供みたいな真似はしたくない。

 俺は部屋に戻って眠りについた。目覚めない恐怖に怯えながら。

 

「生きてるな……」

 

 翌日、俺は当たり前のように目を覚ました。体はなんともない。

 まだ前日とは言え、このまま目が覚めない事も覚悟して寝たのだから、少し嬉しい。

 

 死ねないならば、人間として、お姫様として、やらねばならぬ事が山ほどある。

 まずは身だしなみだ。鏡の前に座ると、当たり前のように現れたシャリアちゃんが俺の髪を梳かし始める。

 

「やっぱりあり得ない。なんの理由もなくアナタは死なないわ」

「そうかも知れませんね」

 

 そもそもにして、神様だって原因が解っていないのだ。下手に考えても無駄である。

 ただ、今日この日だけは準備は万全にしておきたい。俺は魔石を囓って魔力を循環させる。

 鏡の中の俺の髪が、みるみるピンクに染まっていった。

 

「綺麗……」

 

 ピンクに輝く髪を見て、シャリアちゃんが呟く。

 俺としては銀髪のが神秘的だが、この世界の人間的には銀髪は珍しくはない。

 ってか、うっすらピンクに光ってるからそりゃ珍しい。

 

 さて、次は衣装だ。

 帝都で俺と言えば、例のエロいウェディングドレス。

 

「ねぇ寒くない? 真冬よ?」

 

 シャリアちゃんが衣装を見てたじろぐ。たしかに肌を晒し過ぎではあるよな。

 

「大丈夫です」

 

 でも大丈夫。むしろ魔力を循環させているから、体温が高くて仕方ない。コレぐらいは全然平気だ。

 この衣装は皆の記憶にも焼き付いているハズ。だから、今日はコレが良い。

 

 さて、いよいよお祭りの始まりだ。

 

 朝食を平らげると、俺は帝城のバルコニーから顔を出す。

 

 ――ワァァァァァ!

 

 予告もしていないのに、目聡い者が見つけたらしい。帝都中から歓声があがる。気をよくした俺は微笑んで手を振ってやる。すると、一層歓声は大きくなった。

 言っておくが、かなり距離がある。今か今かと城を見ていた人間が居なくては、こうはならない。

 ま、俺は羽が生えてるから遠目でも目立つんだろうが。

 

 調子にのって、俺はバルコニーの手すりに飛び乗った。

 見るからに危険行為。歓声と悲鳴が入り交じる。だが、今の俺がこんな所から落ちたぐらいで死ぬとでも?

 後ろを向いて、背中の羽を見せつけた。

 

 その時、足元がつるりと滑り、俺はバルコニーから落下した。まぁ案の定ってヤツだ。そんな気はした。

 

 遠くに悲鳴と絶叫が聞こえてくる。

 

 このままだと俺の体は二十メートル下の石畳に叩きつけられるだろう。しかし、そうはならない。大きく翼ひろげ風を受けると、そのまま背面宙返り。俺の体は浮き上がる。

 

 悲鳴も、絶叫も、ピタリと止まった。翼をはためかせた俺が、一転し空高く舞い上がったからだ。

 つんざくような歓声。みなが空を指差し、俺を見つめた。俺はそのまま帝都を一廻り、ぐるりと遊覧飛行としゃれ込んだ。

 時間にして精々が十分程度。それでも皆の熱狂は大きなうねりとなって空にまで届く程。

 やっと戻ったバルコニーには、呆れたシャリアちゃんが待っていた。

 

「はしゃぎ過ぎでしょう?」

「ふふっ、お誕生日ですもの」

 

 子供っぽくそう言えば、シャリアちゃんは顔を赤くして、目を潤ませた。

 

「あ、うっ、け、結婚しましょう! 私と!」

「なんで!?」

「ああっ! 可愛すぎる!」

 

 いや、知らんし。抱きつくな!

 俺は頭の病人を置き去りに、一人ガレージに逃げ込む。

 上空から見て解ったが、メインストリートの準備は既に万端。

 ガレージに鎮座するのは巨大な龍。もちろん実物じゃない。木彫りの彫像。それが山車に載っている。

 コレの為に帝都にレールを敷いたのだ。コレが本日の出し物。超重量、超巨大な山車でメインストリートを練り歩く。

 

「ユマ姫様! コチラにどうぞ!」

 

 現場の責任者がエスコートしてくれるみたいだが、そんな必要はどこにも無い。

 俺はふわりと飛び上がり、巨大な龍の頭へと飛び乗った。皆が息を飲み、ここでも感嘆の声が飛ぶ。俺は大いに気をよくした。

 

 さて、この巨大な龍のオブジェは何なのか? 元々、この帝城の象徴たる逸品で、たまに倉庫から引っ張り出して一般公開していたんだとか。帝都の象徴の様なモノらしい。

 

 それを山車に乗せて、帝都を練り歩こうってワケだ。盛り上がらないハズが無いし、皆の度肝を抜くに違いない。

 俺は龍の頭に足を掛け、王剣を構えポーズをキメる。

 

「おおっ!」

「戦女神だ!」

 

 早くも作業員達が、やいのやいのと盛り上がる。

 

「いいから出発なさい!」

 

 命じると同時、巨大な山車が動き出した。

 覚悟していたのだが、特に事故とかはなさそうだ。

 

 さぁお祭りの始まりだ!

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 帝都のメインストリートを巨大な龍がゆっくりと進む。

 山車に括りつけられた色とりどりのランプがキラキラと輝き、乾いた空気を暖めていく。

 皆が熱狂の元に山車を見上げ、龍の頭に立つ俺の姿に見入っていた。

 かなり派手な絵であろう。だが、この程度じゃ終わらない。

 

 さて、ここらで仕掛けを動かすか。

 

 俺が山車のスイッチを押すと、龍の体からゴゴゴと低い重低音。市民は何事かと騒ぎ出す。

 魔道具を起動させたのだ。その正体はただのポンプ。龍の体に仕込んだ樽から水を吸い上げ龍の口から吹き出す仕組み。魔女が井戸に使っていたポンプの流用だ。

 真冬に水をぶっかけるなんてと、みんなに大反対をされたギミックだが、心配無用。

 

 水が吹き出る直前。俺は吹き出される水から一気に熱を奪っていく。

 水が瞬時に氷となって周囲に舞い散る。ダイヤモンドダストだ。

 色とりどりのランプの光がキラキラと乱反射して、幻想的な景色を作り出していく。

 

「何これ?」

「キレイ」

「夢みたい! コレが魔法!」

 

 寒い事は寒いが、皆が夢心地で熱に浮かされ興奮している。

 大成功だ。ついこの間、ぶっ壊れたシャンデリアのクリスタルがキラキラと輝いて、光の反射が余りにも綺麗だったから、似たものが出来ないかと考えていた。

 更に更に、ついでとばかり、俺は光の魔法も併用する。

 ハッタリを極めた俺の光魔法は既に芸術の域にある。それが、ダイヤモンドダストに彩られると、どうなるか?

 

 舞い踊る光と、乱反射する氷が、幻想の中で共演する。

 真っ昼間なのに、太陽よりもなお強烈な幻想の光が、世界を夢幻に誘っていく。

 

 市民にもはや言葉はなく、俺が起こした一人イルミネーションにぼんやりと見惚れていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ふぅ……」

 

 山車は帝都を抜け、城門の外に出た。次は夜の部に同じ山車に乗って帝城までとって返す。それまでしばらくは自由行動で良いだろう。

 ココで俺はお色直し。イメージチェンジして、コッソリと屋台を回って羽を伸ばす。

 ……いや、物理的に羽が伸びてるからコッソリも糞もないのだが。あの露出の激しいドレスで遊び回るのは流石にアレだった。

 

 さて、お祭りとあらば、俺が着たかったのはコレ。

 

 山車の中、俺は浴衣に袖を通した。

 そう、浴衣だ。女の子になったのだし、浴衣でお祭りに参加してみたかった。

 十六年も経って、心まですっかり女の子になった証拠だろうか? でもせっかくだし着てみたい。

 背中に大胆に穴を開け、翼も出せるようにして貰った。真冬に浴衣ってのもどうかと思うが、露出だらけのエロ衣装よりはマシだろう。

 

 遊ぶ気満々でお着替えして、ウキウキと山車を下りた俺を出迎えたのは、正装で準備万端のリヨンさんだった。

 完全に出待ちされていた。

 いつものターバンに長衣の民族衣装だが、純白の民族衣装に特徴的な黒糸の刺繍があしらわれている。

 太守にしか許されない意匠だ。プラヴァスの代表として来てくれた証拠。

 

「お迎えにあがりました。右も左も解らぬ私めに、帝都を案内して下さいませんか?」

 

 跪いて俺の手を取ろうとする。浅黒い肌に、端整な顔立ち。

 いつも思うが、どえらいイケメンだ。しかし、今日の俺はその手を取る訳にはいかない。

 

「申し訳ありません。今日は先約がありまして」

「それは……」

「オイ、行くぞ」

 

 現れたのは田中だ。俺の護衛、と言うのは名目で、暴走した俺を殺す役割。今日は一緒に祭りに参加する事になっている。

 

 不穏な空気がじっとり流れた。リヨンさんがジッと田中を見つめる。

 そんで、田中の服こそが問題だった。着流しに羽織りを纏った和服姿なのである。考える事は同じと言う事か、コイツも祭りを楽しむ気満々であった。

 これでは浴衣の俺とコーディネートを合わせたみたいに見えるじゃないか!

 

「やはり、そうですか」

 

 案の定、リヨンさんは悲しげに手を引っ込めるし、後ろで様子を窺っていた歌姫シェヘラさんはヤレヤレとため息。

 

 大惨事である。

 

 誤解されるにしても相手が田中と言うのはキツイ。勘弁して欲しい。

 

 しかし、どちらにせよ俺はリヨンさんの手を取れない。

 手を取れば、俺の偶然に巻き込んで、きっと殺してしまうから。

 俺はリヨンさんが誤解するに任せる事にした。

 

 そして、俺を待っていたのはリヨンさんだけではない。

 

「あ、居た居た!」

「走らないで下さいよぉ」

 

 カラミティちゃんに、ネルネの二人だ。既にリンゴ飴もどきを頬張って祭りを満喫している。

 ……この娘らを見るとホッとするね。巻き込んで死んでしまっても、いまさら罪悪感が湧かなそうなのもポイント高い。

 

 そのカラミティちゃんが、おずおずと聞いてくる。

 

「あの、ユマ姫様? キィムラ様はどこに?」

「キィムラは別の仕事をしていて、今夜到着する予定です」

「よ、呼び捨て! 既に深い仲に?」

 

 ちゃうがな。

 俺は帝都で神扱いだから、あんまり他人を様付けで呼べないのよ。特に木村は爵位持ちとは言え、ただの商人って扱いだからね。

 そこにネルネが割って入った。

 

「あの、ラミィちゃん結婚したいから、その許可をキィムラ様に貰いたいらしくて」

 

 なぬ? あ、なんか聞いたかも。確かフィーゴ君とだっけ。

 木村ざまぁぁぁぁぁ!

 

「良いでしょう。許します!」

「え? なんで?」

「カラミティさん、アナタの身柄は実際は私の預かりとなっています」

「あ、そうか!」

「それに、私はキィムラに命令する立場にもあります」

「で、でも一応、直接話をしておきたいなって」

「今の私は神も同然。次代の皇帝を任命する権利もあります。その私が許可するのです、不満ですか?」

「え? ええっ?」

 

 困惑するカラミティちゃんに、魔法の光をクルクルと纏わせる。

 

「カラミティ、フィーゴ、二人の結婚に祝福あれ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 カラミティちゃんは目を真っ赤にうるうると感動している。

 周囲では、ユマ姫に祝福された結婚だと大騒ぎだ。事情を知らない帝都の女の子もキャアキャアと憧れの目を向けている。

 

 実際は、木村への嫉妬による呪われた祝福だが、喜んでくれたのだから正義だろう。

 

 さて、俺は残った大物の相手をしなければならない。

 

「本当にキレイね、いつ見ても」

「ヨルミ女王……」

 

 ヨルミちゃんである。

 

 犬猿の仲である帝国と王国。その王が帝都に訪ねてくるなんて、有史以来初めての事だった。

 彼女が来てくれる事で、俺こそが皇帝を超える神的な存在と、皆がスンナリ信じてくれたのだ。統治が順調なのもそのお陰。

 なにせ、名目では俺がヨルミちゃんを帝都に呼びつけた事になっているのだ。

 

「もう呼びつけるの止めてね? ホントに遠かった……」

 

 ……いや、彼女の中でもそうなっていた。そんなに無理矢理呼んだっけ?

 んー、良く考えると、普通にビビられてた感じがしないでもない。

 そのヨルミちゃんはどうにもため息が多い。きっと長旅にお疲れだ。なんだかんだ着いたのは昨日なんだから無理はない。

 

「はぁー、コレでアナタと比較されずに済むのね。なんせ相手は神なんですもの」

「……いえ、そんな事は」

 

 流石に時の権力者に、そんな陰口は言わないだろう。それにヨルミちゃんも十分に綺麗だし。

 

「それでも比べるのよ! 口さがない連中は! コッチは外見で勝負なんてしてないのに! っていうかこんなのに勝負出来る人間が居るワケ無いでしょ! コッチは顔に顔を描いて凌いでるの!」

 

 駄目だ、次から次へと闇が溢れ出して止まらない。振り回す鞭がビュンビュンと唸る。え? コレ、俺が鞭で打たれる流れなの?

 流石にマズい。帝国と王国の和解。歴史に新たな1ページが加わるハズが、薄い本が増ページしてしまう。

 

「あの、お、落ち着いて。ね?」

「ううぅ、それもコレも、鞭に打たれるアナタを見てからおかしくなったのよぉ! 責任とってぇ」

「責任って……」

 

 今日はやたら結婚を迫られる日だなオイ。

 

「あの、私じゃなくてもっといい人がいますから」

「なによぉ、もう変態になった私と一緒になれる人なんて……」

「向こうにプラヴァスの領主様が来てますよ? 挨拶してみては?」

「ふんだ、プラヴァスなんて砂漠ばかり。王都のいち地方より生産力は低いでしょ? 王様になっちゃった私に釣り合わないし」

「まぁ、まぁ、ちょっと会いに行きましょう」

 

 ……そして、俺はヨルミちゃんをリヨンさんに紹介することになったのだが。

 

 ヨルミちゃんはリヨンさんを見つけるや、目の色を変えた。しゃなりしゃなりと近づいて、口元を扇子で隠して誰何する。

 

「妾は四十二代目ビルダール王、ヨルミ・ラ・ガードナー・ビルダールじゃ。そちの名は?」

 

 いや、お前誰だよ? 王位継承でもそんな喋り方してなかったろ。

 コレにはリヨンさんもドン引き……していない。流石はリヨンさん、場慣れしている。

 

「これはこれは、私はプラヴァスの太守を務めさせて頂いているリヨン・ブラッド。今回はブラッド家の名代、そしてプラヴァス代表としてユマ様のお祝いに駆けつけた次第で……」

「あなた、ユマ様とはどんな関係?」

 

 あ、ヨルミちゃん。そこに突っ込むのね。

 よほどアレだな、俺と比べられるのイヤだったんだな。様子見で様付けが口調と噛み合わなくて泣ける。

 

「ユマ様にはプラヴァスを救って頂いた。そればかりか愚昧なる私にも指導を頂き、混迷するプラヴァスを立て直す事にも成功したのです。この恩を少しでも返せたらと」

「いいえ、あのコは愚昧な人間にはかかずらわない。あのコが目を掛けるのだもの、ソレだけであなたの優秀さは自明でしょうね」

「い、いえ……そんな、恐れ多い」

「どう? 少し国政について話をしませんこと?」

「それは勿論。喜んで」

 

 ……逃げて、リヨンさん逃げて!

 

 まぁアレだな、イケメンは全てを解決する。コレで問題は片付いた。

 

「ヨシッ!」

「良くないだろ、知らねぇぞ!?」

 

 細かい文句を言う田中の手を取って、俺は帝都の屋台へと繰り出した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 アイスを食べたり、金魚(もどき)掬いをしたり。木村の息が掛かったお祭り会場を俺はすっかり楽しんだ。

 周りにはすっかりバレているが、遠巻きに話し掛けてこようとはしない。

 

「いや? お忍びデートって言われてるんだが?」

「まぁ良いでしょう」

 

 ソコは喜んでおけよ。

 

「暗殺されそうじゃね? 街を歩けねぇだろ、もう」

「歩く必要無いでしょう」

「うわぁ……」

 

 一蓮托生だ。俺達は人でごった返す帝都の中を遊び回る。

 

 さて、隕石なり、地震、地割れなり、何でも来い。

 二人して、寂れた一画にも堂々と踏み込んだ。ここはうち捨てられた教会である。神社がないから代わりにね。

 

「何も来ませんね?」

「どこがだよ! 面倒くせぇ!」

 

 田中は斬り込んで来た市民(に見せかけた暗殺者)を真っ二つにぶった斬りぼやいた。石畳に血が染み込んでいく。

 

「でも、コレでも今日は少ない方ですから」

「オイオイ、お前いったい何人殺したんだよ?」

 

 田中が呆れるが、仕方無いだろう。俺は帝都で多くの人間を殺してしまった。恨まれるのも無理はない。

 それに俺は『可愛い』が過ぎるのだ。

 

 俺を殺したくて襲ってくる奴が居るまでは想定内。だが、俺に()()()()()()襲ってくる奴が後を絶たないのは想定外だった。

 

 そのあまりに無謀な突撃に、きっと俺の可愛い見た目に騙されて、無為無策に襲ってくるのだろうと勘違いしてしまった。

 だから素手で人間を引き千切るパフォーマンスまでやったのだ。俺はお前らじゃ絶対に殺せないんだぞと見せつけたつもりだった。

 

 それが却って良くなかった。

 

 俺に手ずから殺して貰えると、喜んで死にに来る奴らが殺到してしまったのだ。

 

「どう言うこった?」

「自殺したいほど困ってる人が多いのでしょう。戦後の不景気、今後の課題です」

「そうかぁ?」

 

 きっと、そうだろう。

 皇帝が失脚どころか分解され、政治体制も大きく変わる。立場を追われ、一人さみしく自殺するより、女の子に殺して貰いたい人間が居ても不思議じゃない。

 

「いや、皆、聖句を唱えながら突っ込んで来るんだが? お前に殺して貰うのが信仰の一部とかになってない?」

「…………」

 

 知らんがな。俺が一番迷惑している。

 俺が殺すと却って増えるので、他の人に殺して貰うしかないのだ。

 ゾンビに襲われる気分である。俺は屋台で買ったチャーシューを囓って、ぼやく。

 

「血の匂いがしては、お祭りも興ざめですね」

「オメーはさっきからハムとかチーズとか、やたらと喰いまくってるじゃねぇか! 俺にも食わせろ」

「あっ!」

 

 持っていたチャーシューを囓られた。

 

「もうっ!」

 

 文句を言うが、田中はどこ吹く風……ではなかった。

 

「この肉……」

 

 顔を青ざめ、吐き出した。

 

「あ、勿体ない!」

「お前、これ? どうなって?」

 

 吐き出した肉に呆然とする田中の前で、街の解体屋が死体をどこかへ引き摺って行く。

 

「クソッ! そう言う事か!」

 

 驚いたか? 死んだら肉! ソレがこの街のルールだ!

 

「馬鹿かッ! 違ぇよ! だから死にたがるヤツが減らねぇんだ、目の前で仲間をぶった斬ってもニコニコしてる連中が、俺が肉を囓った時、初めて突き刺さる殺気を出しやがる」

「そうなのです?」

「みんなお前に喰われたがってる、ソレが奴らの宗教なんだ」

 

 そうかな? そうなの?

 

「糞ッ、食え食え!」

 

 おぃぃ! 一度囓った唾液まみれの肉片を喰わせようとすんな!

 

「どんな性癖ですか!」

「性癖じゃねぇ! 俺の事なんだと思ってんの? 斬るよ? 今すぐ!」

 

 マジで二人してゲンナリしていたのだが。

 後で聞いたところ、なんか二人でイチャイチャしてるように思われていたらしい。

 

 解せぬ。

 

 遊び終わった俺は、龍の山車に乗って帝城に帰還。

 俺はてっきりこの龍の彫刻が倒れて死にそうになるとか、そう言うアクシデントがあると思っていたのだが、何にも無かった。

 朝よりも派手に舞い踊る光の幻想は市民に大好評だった。夜だからめちゃ寒いけど。

 

 その後はヨルミ女王と俺で、帝国と王国の歴史的な和解式典。

 式典会場の真ん中に飾られたのは俺を描いた例の絵だ。

 真っ白な中に、鮮烈な血の赤が浮かぶ斬新な構図は、衝撃を持って迎えられた。

 

 そして、世界交流による大パーティー。木村の用意したローストビーフやソーセージは各国の香辛料で個性的な味付けに仕上げられており、世界平和を象徴する料理と大好評だった。

 王国の料理は、木村の「うま味革命」以降、圧倒的に進化している。帝国のシェフは王国の料理など田舎風と侮っていただけに、顔を真っ青にしていたのが印象深い。

 もちろん、チョコレートや生クリーム、アイスを使ったお菓子の数々は女性陣を大いに魅了した。

 特にチョコレートが人気だ。むしろコレは持参したリヨンさんが驚いていた。カカオがソレほどに美味しいとは知らなかったらしい。木村の加工技術は並ではなかった。

 他にもリヨンさんが持参した蒸留酒やスパイスに皆が目の色を変える。プラヴァスの貿易が一変しそうだ。

 トリに披露したのは、シェヘラさんの歌。そこへ俺がプラヴァスの踊りを合わせた。

 

 こうして俺のお誕生日会は大好評のままに幕を閉じる。

 

 そう、誕生日会は終わった。

 

 地震も隕石もないままに。

 

 あと数十分で本当の誕生日。そして俺は十六歳になる。

 俺はたった一人、グリフォンと戦ったダンスホールにやってきた。

 

 魔法で切り裂かれた壁から、ぼんやりと空を見上げる。

 あまりにも月がキレイに見えたから、俺はズタズタになった大理石の床にへたり込む。

 

「何やってんの? 護衛の俺としては困るんだけど」

 

 いや、田中が居た。今日のコイツは本当に俺から離れようとしなかった。

 

「もうすぐ私は十六歳になります」

「そうか」

 

 田中は何の反応も示さない。気が付いていたか。

 

「ま、わざわざ誕生日に人を集めるのはオカシイと思ってた。危ねぇからな。むしろもっとズラすかと思ったぜ、隕石降ってきたらどうしようもねぇじゃん」

「……えぇ」

 

 そう言う事はもっと早く言えよ。

 

「で、どうなんだ? 死にそうか?」

「ぜんぜん」

 

 体に異常は無い。とても死ぬとは思えない。

 

「良い事じゃん、いっそ全てが偶然。神の考え過ぎなんじゃないか?」

「……本当に、そう思ってますか?」

「んにゃ、きっと何かある」

「はぁ」

 

 ムカつくな。適当に喋りやがって。

 

「考えても無駄だろ? どうせ、なるようにしかならねぇし」

「そうですね」

 

 俺は立ち上がり、田中の手を取った。

 

「なんだ?」

「踊りましょう。ダンスホールですから」

 

 俺がそう言うと、呆れたとばかり田中は鼻で笑い飛ばした。

 

『踊る阿呆に見る阿呆ってか』

『いいから付き合えって、落ち着かないんだよ』

 

 体を動かした方が、余計な事を考えずに済む。

 それに、オルティナ姫の記憶を持つ俺と違って、田中はダンスなんて素人だ。コイツをからかってやるには丁度良い。

 

 リードしてやろうと、手を引いて簡単なステップ。

 ……問題なく付いて来る。

 

 ならばと、俺は田中に大きく体を預ける。

 当然小揺るぎもしないが、リードするにはステップの踏み方も解らないだろう。

 俺は田中の腕の中でニヤリと笑った。

 

 しかし。

 

「どうだ?」

 

 田中は俺の体を受け止め、ステップを踏む。

 力に任せて俺の体を振り回す向きはあるが、足裁きに怪しいところは一切無い。力強く、田中らしいリードとも言える。

 

『やるじゃん』

「イヤと言うほど誘われるからな」

 

 その言葉に、ムッとする。確かにコイツの武勇伝を話半分にでも信じれば、目をつける良いとこのお嬢様が鈴なりに群がっても不思議じゃない。

 コイツは本当に理想の異世界チートをしているよ。

 俺は幾ら強くなっても、いつ死ぬか解らない恐怖に怯えているのに。

 

「では、もう少し激しく行きましょう」

「おいおい、勘弁しろよ」

 

 俺は今は亡きカディナール王子へ挑んだステップを刻む。体を大きく預け、腕力とリズム感が必要な大胆なダンスだ。

 かの第一王子は俺のステップを受け止められず、俺に怪我を負わせる失態を演じた。

 思えば、このダンスこそが王国動乱の最初の一歩だった。

 

 俺は体当たりするように田中の腕の中で大きく倒れ、体重を預ける。

 

「おっと、こうして、こうか?」

 

 見た事もないだろうステップに、田中はなんとか付いて来る。

 体力に余裕があるからだ。ステップはともかく、体重を支える手は少しも揺るがない。

 

「筋がいいですね」

「だろう?」

 

 流石に運動神経が良い。

 魔法に切り刻まれ、ガタガタになった大理石の床に、足を踏み外す事も無い。

 

「ここは、こうです」

「面倒くせぇな」

 

 田中は細かいステップを大胆に省略してしまう。それでも様になるのは動きが大きく、キレがあるからか。

 

「ふふっ」

 

 俺は次第に楽しくなってきた。

 

 壁を切り裂かれ、外から丸見えになったダンスホール。シャンデリアもなくなった室内を真っ青な月の光が照らしている。

 二人の衣装はパーティのまま。

 俺は本当は行進で着るはずだった、露出が無い方のウェディングドレス。田中は黒い礼服を無難に着こなしている。腰に吊した刀が似合わない。

 

 調子に乗った俺は、田中の腕に体を預けると同時、翼を羽ばたきを反動にそのまま背面にクルリと一回転。

 

「おっと」

 

 しかし、田中はそんな無茶な動きに動じない。俺の腰をとって引き寄せた。

 

 田中の顔が、間近に迫る。

 

 月明かりのせいか、妙に格好良く見えた。それこそあのリヨンさんよりも

 

 いや、オカシイな。ムードに流され過ぎている。或いは死ぬのが怖くて錯乱しているのか。

 

 俺は更に激しく、ステップを踏もうとした。

 

「あっ!」

 

 その時、俺はついに躓いた。魔法で切り裂かれた大理石に足が引っ掛かったのだ。

 田中をぎゃふんと言わせようと無理をしてこのザマだ。勢いをつけた俺の体は、硬い大理石に叩きつけられる。

 

「痛ぇな。オマエ馬鹿だろ」

 

 いや、俺がぶつかったのは鍛え上げられた胸板。俺は田中に受け止められて、二人で地面を転がった。

 とっさに田中が抱きしめて、体を入れ替え俺を守った。

 田中の腕の中で、首を傾げる。

 

「どうして?」

 

 別に今の俺なら、怪我をしたってすぐに治る。

 

「いや、背中から落ちると羽が痛むじゃん」

 

 そう言って、羽をさする。

 コイツ、生粋のモフラー。

 

 でも、背中をぶつけると羽が痛いから助かる。

 

 田中を抱きしめ、心音を聞く。

 どくん

 どくん

 脈打つ音。

 生きている。

 生きているのは素晴らしい。

 久しぶりに、そう思えた。

 浮ついた気持ちが、少し落ち着く。

 

 その時だ。

 

 ――パァァン

 

 月明かりではない、紛れも無い火薬の破裂音。同時に極彩色の光がダンスホールを七色に照らした。

 

 すわっ、敵襲か! 田中の胸から身を起こした俺の頭を田中が押し止めた。

 

木村(アイツ)が用意した花火だよ。今日の終わりに打ち上げるんだと」

「花火……」

 

 そんなモノ、俺に黙って準備していたのか。

 コレは、本当の俺の誕生日を祝う祝砲らしい。

 

 つまり、俺の嘘は初めからバレていた。

 

「んっ!」

 

 変な声が出た。くすぐったい。

 改めて花火を見物しようとした俺の獣耳を田中が無心でなで続けるからだ。

 

「もふもふ、もふもふ」

 

 駄目だコイツ。

 俺は無視して花火を見上げる。

 

「キレイ」

「だなぁ、結構大変らしいぜ」

 

 だろうなぁ、金属を混ぜて色を作るんだっけ? 良く解らん。

 

「どうよ? 十六歳になった感想は?」

 

 そして、この花火が打ち上がったと言う事は。俺は晴れて十六歳になったのだ。

 田中は俺の耳をモフりながら尋ねる。俺は田中の手を逃れ、窓辺に立って、答える。

 

「私、幸せです」

 

 振り返り、微笑むと同時。背後で大きな花火があがった。

 せっかくの大花火、見逃してしまったな。

 

 でも、後悔はない。俺に見惚れる田中の顔が見れたのだから。

 

「ちっ」

 

 悔しそうに、舌打ちして照れている。

 俺達は二人、笑いながら花火を眺めた。美しい庭園はおろか、遙か遠い果ての山脈までが花火の光で輝いて見える。

 

 この世界は美しい。心底そう思えた。

 

 ……ん?

 

 山脈の稜線が、動いた?

 

 ゾクリと首筋に痛みが走る。

 何が起きている? ワケも解らない焦燥感が、俺を苛む。

 

 その時だった。

 

「よっ、しっぽりやってる?」

 

 明らかに寝不足な男が目に濃い隈をぶら下げ乱入してきた。

 木村である。

 

「おう、お疲れ」

「いやー大変だったよ。色々調べてて。お陰で色々解った」

「それよりも、コイツが十六になってもなんにも起こらねぇ。その理屈はなんだよ?」

 

 ん? 木村がそう言ったのか?

 そう言えば、この一大時に現れないのは薄情だなとは思っていたのだ。

 今こそ最終決戦。俺はそう思っていたのだから。

 

「そりゃね、解ってたよ。だってユマ姫が十六になるのは初めてじゃない。他ならぬ高橋が既に十六歳を超えていた」

「いやいや、コイツは俺らと同じ中坊だったろうが」

「そうじゃない。歳の概念が違うんだ」

 

 そう言って、木村は砂時計を取り出した。

 

「コイツは地球時間で三分を計れる砂時計。ユマ姫の参照権で合わせたから間違いない」

 

 だからなんだ? いや、まさか?

 

「そうさ、コレで測った。この世界の一日は二十四時間じゃない」

 

 そうか、もし一日が地球よりも短い、例えば二十時間なら、一年で何時間もズレる。前世の俺はこの世界の十六年よりも長く生きていた可能性がある。

 

「この世界の一日は大体二十六時間だ。地球よりむしろ長い」

「えぇ……」

 

 それじゃ真逆だ。計算が……あっ!

 

「そう、そして、この世界の一年は365日じゃない。今は後冬月の十日。知っての通り前月と後月は25日しかない。中月は30日。四季毎に繰り返して(25+30+25)×4で320日しかない、後は適当にうるう日で調整するらしい」

 

 公転周期が早いのだ。どおりで一年が早いワケだ。

 

 …………いや、俺だって気が付いてたよ? だって25日までしかない月が三分の二もあるんだもん。

 いや、それにしたって。そんなに違うか? 逆に一日は二時間も長いんだよ?

 俺はなにも早生まれじゃない。死んだ日だってむしろ十五歳になったばかり。誕生日から二ヶ月半しか経っていなかったハズ。

 

「十分だよ。一年で440時間ずれるんだ。十五の誕生日から二ヶ月半として、あと三日ぐらいは高橋敬一のが年上さ」

 

 そうなん?

 

 じゃあ、本番はコレから?

 

 ゾクリとして、俺は振り向いた。切り裂かれた壁の向こう。山の稜線をもう一度見つめる。

 

「どうした?」

 

 田中を無視して、俺は最大出力で光の魔法を練り上げる。

 今の俺の魔力をもってすれば、レーザービームみたいな光が果ての山脈へと突き刺さる。

 

 そして、遙か遠く、蠢く陰が照らし出された。

 

「嘘だろ?」

 

 山の稜線。そのシルエットが不気味に蠢いている。

 いや、山が生きている。そして、あのサイズの生き物は他に居ない。

 

 星獣だ。

 

 山の稜線だと思っていたシルエットは、無数の星獣へとすり替わっていた。

 俺と、田中、二人が呆然と見つめる中、木村がため息混じりに頭を掻く。

 

「はじまったかー」

 

 いや、そう言う思わせぶりなの止めて欲しい。知っているのか木村! みたいなツッコミの元気は湧きそうにない。

 

「古代人の生き残りがさ、二人だけじゃなかったみたいでね。通信ログがあったんだよ」

 

 えー? それじゃ?

 

「果ての山脈の向こう側、コッチの人間じゃ生きられない世界の地下に、生き残ったコロニーが幾つかあるんだって」

「…………」

「最近新しい技術が見つかったらしいよ。星獣を手懐ける方法が『偶然』に」

 

 マジかよ。こうしちゃ居られねぇ!

 飛び出そうとする俺の首に木村の自在金腕(ルー・デルオン)が巻き付いた。

 

「まぁ待ってよ、あと数日ある。それに」

「それに、なんです?」

「奴らが向かっているのはココじゃない、それどころか誰も住んでいない場所だ」

 

 ……そうか、俺も解った。吸血鬼として死んだ古代人、ポーネリアの記憶を辿るまでもない。

 思えば、あそこが一番魔力が濃い場所だった。魔力欠乏を起こしていたセレナが元気に居られた唯一の場所。

 

「大森林の最奥。エルフの古都」

 

 俺とセレナが、成人の儀を受けた場所。

 最後の戦いが迫っていた。


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