死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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終末の刻

「で、どうすんだよ、アレは?」

 

 真夜中のダンスホール。切り抜かれた夜空の向こう側を指差して、田中はぼやいた。

 花火も魔法も消えた闇夜は、ただ黒を映すだけ。それが却って恐ろしい。

 あの山脈に見えるシルエット、正体は蠢く巨獣の群れなのだ。

 

 一匹でもどうにもならなかった星獣が、群れで大地を侵略してくる。

 果たして人類に未来はあるのか? どうしても、そんな考えが頭を過ぎる。

 

 この未曾有の事態。予知出来たのはたった一人。

 俺と田中は自然、木村の言葉の続きを待つ格好になった。

 

「…………」

 

 答えは沈黙。え? まさか?

 

「……え? いや? 俺からはもう特に何も無いし、今から寝るけど?」

 

 いやー、驚いたね。

 まさかのノープラン木村に、田中がキレた。

 

「ふざけ」

「いや、どうしようも無くない? まずは寝ようよ」

 

 あくびを噛み殺していいやがる。

 俺も一緒になって罵りたい所であるが。問題がひとつ。

 

 実は俺も眠い!

 

「なるほど、一理ありますね」

「いや? ねぇけど? オイ!? 露骨に眠そうな顔をするな! 怪獣が来てンだぞ?」

 

 いや、揺さぶられても困る。眠いし。さっきまで今日にも死ぬかって緊張してたからさぁ。

 

「寝不足で戦う方が危ないでしょう?」

「今のうちに市民を避難させるとか、あるだろうが!」

「どこにです?」

「どこにって……」

 

 田中が面食らう。

 そうだ、星獣がどこに来るかなど解らない。逃げ場などドコにも無い。

 いや、ひとつだけ、市民が逃げるべき場所がある。

 

「私が居ない所でしょう?」

 

 歯を剥き出して、俺は笑った。

 隕石も、星獣も、突拍子もない厄災は、全て俺を目掛けて降り注ぐ。

 

「お前……」

「だから、私は明日ここを発ちます。今日ぐらいは寝かせてくれても良いでしょう?」

 

 合理的判断だ、市民が逃げるより、俺が出て行った方が早い。

 そう言うと、ツバを吐き捨て田中が睨んだ。

 

「気にくわねぇな」

「何がです?」

「お前が嬉しそうだからだ」

「解りますか?」

「さっきまで不安そうに震えてた癖に、ニコニコしやがって」

 

 田中はぐにぐにと、俺のやわらかほっぺを引っ張りはじめた。

 

「むにゅう」

 

 可愛らしく鳴きながら、引っ張られるに任せ、俺はニヤリと笑った。

 剥き出しになった俺の歯列を見て、田中が息を飲む。それもそのはず、凶悪に生えそろった俺の歯は、肉食獣のソレに変わってしまった。

 

 見た目以上に、俺の中身は、もう、怪物だ。

 

「私は嬉しいのです」

「何がだ?」

「アレが相手なら、私は戦える」

 

 確かに星獣はどうしようもない。どうしようもないぐらいに強い。そんな怪獣があの数だ。絶望的と言って良い

 だから、却って安心した。

 俺を倒そうとする『偶然』の最後の一手として、申し分ない。

 

 『偶然』自分が得体の知れないバケモノに変わってしまうより、ずっと良い。

 

「自己犠牲に酔っているワケではありません。もし三日後に死ぬとして、病で死ぬよりも誰かに殺される方がアナタだってマシでしょう?」

「そりゃ……」

 

 田中は口ごもる。剣士なら、好敵手に殺される終わりは、病に死ぬよりずっと良いはず、きっとコイツはそう言う奴だ。俺にも今ならその気持ちが解る。

 

「でもよ、そいつぁ戦士の理屈だ。お前は今まで、何を巻き添えにしても、生き延びようとしてたじゃねぇか? それが帝国を征服した途端一人で出てくなんて、死のうとしてるようにしか見えねぇよ」

「何も一人で出て行くとは言っていません」

「そりゃ……」

「私と共に死にたいと言う者を、止めるつもりはありません」

「…………」

 

 結局死ぬ気かよ、と止められるかと思ったが、そうではなかった。

 そりゃそうだ、星獣が相手ではどんな軍隊も意味を成さない。

 大勢で挑むのも、一人で挑むのも、大差が無い。等しく自殺だ。

 俺は二人に背を向け、ダンスホールを後にする。

 

「とにかく、今は寝ましょう。良いですね?」

「チッ」

 

 俺の捨て台詞に田中は渋々引き下がる。一方で楽しげに笑う木村の声。

 

「立場が逆転したな」

「ンだと?」

「思い出すのは、ユマ姫が死んで、カプセルで復活した時。お前は敵中にも関わらず余裕綽々、グースカと寝て見せたじゃん?」

「ああ、お前が黒焦げの下半身を抱えてた時だな」

「そうさ、あの時俺は、コレで終わりかと不安だった。そんな中、お前だけに未来が見えていた。寝ていたお陰でお前はガスの効果も薄く、体力も温存した。そうだろ?」

「あん時は、コイツが『高橋敬一』なら、こんな所で死ぬハズがねぇって思えたんだが……」

「変わらないだろ? 今なら俺も信じられる。ユマ姫がつまらない死に方をするハズがない」

「どうだかな……」

 

 拗ねた声で田中は吐き捨てる。

 

 オイオイ、二人して、勝手な事を言いやがる。

 俺だって死ぬときはあっさり死ぬよ? 心配してくれないと、わざわざ美少女に生まれ変わった意味がない。

 

 お前らがその気なら、俺にも考えがある。

 踵を返し、二人の間に割って入った。

 

「誰がつまらない死に方をするのです?」

「お前だよ」

 

 めんどくさそうに田中が答える。

 

「じゃあ」俺は背伸びして、田中のネクタイを引っ張る「私がつまらなく、惨めで、無惨な死に方をしたとして」顔を引き寄せ、間近に囁く「骨は拾ってくれるのでしょう?」

 

 こんな美少女に囁かれたと言うのに、苦虫を噛み潰したような顔をしやがる。田中、それに木村まで。

 

 そうだ! 骨だ! 比喩でもなんでもないぞ?

 俺は心底楽しくなって、唄う。

 

「そうしたら骨と、首と、千切れた肉片を綺麗に並べて、コレがユマ姫だったモノだと、皆の前に晒して下さい」

 

 皆が守りたいお姫様が、惨めな肉片に変わってしまった。

 ソレを見せつけられた皆の悲しみを想像するだけで、大変に気持ちが良いじゃないか。

 

「趣味がワリぃな!」

「私は悪趣味なのです」

「知ってるよ」

 

 前世の俺は、死のうが生きようが誰にも哀しまれない普通過ぎる少年だったからな。

 無惨に死んだ俺を見て、罪悪感に狂ってくれるなら、こんなに嬉しい事は無い。

 

 それになにより。

 きっと俺は死体になっても綺麗に違いない。バラバラ無惨な変死体になっても、尚美しい自分を想像すると、不思議なぐらいに興奮する。

 鼻息を荒くする俺を見て、田中は呆れた。

 

「解ったよ。お前がタダで死ぬ気が無いって事がな」

 

 ボリボリと頭を掻きながら、去って行く。ソレを見送ると、俺も自分の眠気を思い出した。もうクタクタだ、手足から力が抜けていく感じがする。

 

「それでは、私も寝ます」

「さいなら、私はちょっと調べ事をしてから寝ますよ」

 

 木村は何だかんだまだ仕事があるみたい。ご苦労なこった。

 俺は一人、寝室に引き籠もり、闇夜に叫んだ。

 

「シャリア、寝ます。起きたら忙しくなりますよ。山向こうに現れた星獣の群れと戦う算段を立てます」

「はい」

 

 闇に浮かんだ気配から声がする。

 うーん、やっぱりシャリアちゃんは、無闇に事情を聞いてこないのが良いね。

 

「疲れたので、ぐっすり眠ります。決して起こさないように」

「かしこまりました」

 

 こう言う時の彼女は仕事モードだ。

 俺は安心して眠りに落ちた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ゴゴゴゴゴゴゴッ

 

 微睡みの中、地響きを感じた。

 

 パチリと目を開ける。

 よく眠ってしまった。窓から入る光から、もう昼過ぎだ。

 ここは帝城の寝室。だけど妙に薄暗い。帝城の魔導照明は、昼間には全点灯するハズなのだが……

 

「ッ!」

 

 体が、妙に重い。余りにも鈍いのだ。まるで二、三日絶食した後みたいな。

 

 ……まさか?

 

 俺は『参照権』で確認する。アレは俺の無意識の意識すら、神の世界に送信している。

 大体の時間が解るハズ。

 

「うそっ!」

 

 俺は、丸々二日半、眠っていた。

 あの時、木村はあと三日は猶予があると言っていた。つまり前世の死亡時間に、半日ほどしか時間が無い。

 もう、俺はいつ死んだっておかしくない。

 

 何が? どうなって?

 そうか、俺の体は自分で思う程『大丈夫』ではなかった。誕生日が過ぎて緊張の糸が切れ、不安定な体のオーバーホールが入ったのだ。

 今、どうなって?

 

「ユマ姫様……」

 

 力ない声がした。フラフラと現れたのはシャリアちゃん。

 その姿は血に塗れ、足を引きずる満身創痍。彼女にしてらしくない程追い詰められていた。

 

「その姿は……」

「私、守りました。守りましたの。決して起こさないようにって」

「それは! ……そうですか」

 

 時と場合があるだろうと、一瞬怒鳴りそうになった。

 

 だけど、どうだろう? 二日も寝込むダメージがあったなら、途中で起きて戦ったりしたら、俺の体はバラバラに砕けてしまったに違いない。

 だとすれば、真実、彼女は俺を救った事になる。

 

「お疲れ様でした」

「はい、お休みなさい」

 

 彼女は眠った。死んだように。

 

 ぐっすりと眠る俺を無理にでも起こそうとする人間が大勢居たに違いない。

 ソレほどに、今、この城は追い詰められている。早く逃げ出した方が良い程に。

 

 俺は王剣を掴んで、立ち上がる。

 昨日、いや一昨日? なんでも良いや、あの日、俺はウェディングドレスのまま眠ってしまった。

 スカートを切り裂いて大胆にスリットを入れながら、走る。

 断続的に続く地響きはあまりにも異質だ。万の軍隊の突撃でも、ここまで揺れはしないだろう。

 しかも、地響きがする方向は城下町と反対側。帝城の裏側だ。帝城を背後から攻めてくる軍隊なんてあり得ない。

 なぜなら、帝城の裏手は二十メートルもの急峻な崖になっている。天然の城壁だ。

 そして、城の高さは三十メートル。合計五十メートルの高さとなれば、この世界の投石機などどう頑張っても届かない。あらゆる軍隊も侵入を諦める。

 ならば、相手は?

 

 俺は、帝城の裏手に作られたバルコニーへと飛び出した。

 なにせ高さ五十メートル。このバルコニーからの眺望は、皇帝も自慢の景色だったと言う。

 しかし、今、目の前に広がる光景は?

 

 視界一杯。星獣の巨大な顔面。それだけだった。

 

 全長五十メートルを超える星獣。その顔が、手を伸ばせば届く場所にある。

 

 ――ガァァァァ!

 ≪やっと、見つけた!≫

 

「そうかよ! ≪俺もだ≫」

 

 俺は魔力波を飛ばし、星獣の言葉で返事をする。

 一瞬、星獣はポカンとした。俺が喋れるとは思ってもいなかったに違いない。

 

 王剣を構え、無防備に晒された眉間に突き込む。

 

≪ギィィィィ!≫

 

 魔力で脳に響く悲鳴が心地良い。

 俺も、待っていた。無条件に力を振るい、好きに殺せる大物を!

 

 俺の体が星獣の体温を守る泥にめり込み、肉を抉った。

 たちまち高圧のマグマみたいな血が飛び散る。ソレを魔法で吹き飛ばしながら、有り余る膂力で更にねじ込む。今の俺だから出来る芸当だ。

 

 俺は巨大な一発の弾丸になって、星獣の脳を抉っていく。

 

≪ギヤァァァァァァ!≫

 

 断末魔の悲鳴。星獣の核となる魔石は四つある。その内で一番大きいモノを今、砕いた。

 俺はそのままの勢いで、星獣の頭蓋を切り裂き飛び出ると、翼をはためき空へと舞い上がる。

 

 眼下では、巨大な星獣がゆっくりと大地に倒れ伏す所だった。地響きが上空まで聞こえてくる。

 それにしても、ここまで攻め込まれるとは。

 やはり、人間ではロクな抵抗が出来なかったに違いない。

 

 そう思った俺の想像は、城下を振り返った時に吹き飛ばされた。

 

 上空から、俯瞰して見えた城下は、散々に星獣に踏み潰されて、城壁は抉れていた。

 星獣の泥で汚れた街の様子は、バケモノが散々に暴れ回った証拠である。市民が一丸となって、星獣に抵抗したのだ。だから嫌気をさして裏の崖から回ってきた。きっとそうだ。

 街中に、赤黒いシミが広がる。大勢の市民が、踏み潰されて肉片になり果てた。

 その事実に、ゾッとする。

 

 それだけじゃない、きっと国民皆兵の精神で戦ってしまった。

 メインストリートで龍の山車を乗せていたレールはそのままに、今は空っぽのトロッコが並んでいる。物資を次々運び出したんだ。

 どこへ? 戦場だ。きっと全ての物資を投げ出した。

 そこから続く街道、大森林や北の山脈に続くか細い道に、点々と人が、馬が、そして見た事も無い怪物が倒れている。

 

 みんな戦ったのだ。戦って死んだ。

 眠り続ける俺を守る為に。

 

 気が付くと、ギリギリと音がするほど、奥歯を噛み締めていた。

 

 『私と共に死にたいと言う者を、止めるつもりはありません』そうは言った。

 だが、そんな人間が何人居るのかと思っていた。しかし、どうやら、帝都のほぼ全ての人間が、俺の為に死んでしまった。

 

 細い街道をなぞるように、ぽつりぽつりと死体が並ぶ。蟻の行列に、殺虫剤をぶちまけたらこうなるだろうか?

 こんな時だと言うのに、そんな 残酷なたとえが頭を巡り、自分が嫌になる。

 

「みんな、みんな、死んだ?」

 

 あの日の帝都には、世界中の要人が集まっていた。

 

 ヨルミちゃんは? ネルネに、カラミティちゃん、リヨンさん。

 それに、木村は、田中は?

 

 積み上がった死体を俯瞰して、戦慄する。

 

「終末の刻」

 

 思い出した。エルフの伝承で、世界の終わりを示す黙示録。

 

 真冬の分厚い雲が遙か上空に蓋をして、雲の合間からときおり光が差し込むと、スポットライトみたいに、凄惨な光景を浮かび上がらせた。

 

 本当に、世界の終わりの光景だった。 


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