死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
完全世界
「おっ! おおっ!?」
信じられん! ユマ姫の魂が、惑星ザイアに吸収された!
神域に次々とデータが書き込まれ、運命の予測率が加速度的に上昇していく。
わしは、輪廻と運命の神アイオーン。
一万回生まれ変わっても十六歳になれない魂を、平和で安全な地球に生まれ変わらせた張本人。
だが、世界を跨いだ実験は失敗に終わった。
地球でもっとも安全な場所で生まれ育った少年は、最後には隕石で死亡する。
あり得ないと頭を抱えたわしは少年をザイアに引き戻し、エルフの姫、ユマに転生させた。
分の悪い賭け、本人がやると言うからやらせてみただけの当てずっぽう。
誰からも愛される存在になれば、誰からも守って貰えると、ただソレだけ。
しかし、彼、いや彼女は見事、死に至る『偶然』の秘密を解き明かしたのだ!
……それにしても、惑星が魂を欲していたとは。
どうして我々はこんな事に気付けなんだ?
魂とは何か?
魂とは、IPアドレス、なんなら電話番号とでも思ってくれれば良い。
つまりは、魂とは通信に必要な識別番号に過ぎないのだ。
だから巨大な魂なんてモノはない。
惑星ザイアはあやつの魂を見てそう言いおったが、魂に大きいも小さいもない。ただの番号なのだから。
確かにユマ姫の魂には巨大な記憶可能領域が紐付いておる。大量のログを保存するために。ただし、実際に領域があるのは、あくまでコチラ、
だとすれば、なんとなる?
おおっ! まさか! そんな事が!
惑星ザイアは神に近づいておる。だからこそ、領域の巨大さに気が付いた。
考えてみれば、頷ける話。我々が、惑星ザイアを作ったのだから。
エネルギー生産プラント兼、知的生命体の養殖場としてザイアは作られた。
意志に反応するエネルギーである『魔力』。作り続けたプラントに、いつしか意志の力が宿ってしまったとして、あり得ぬ話と言い切れるのか?
……なんとも間抜けなモノじゃな。
通りで、どうあってもラプラスシステムの運命予報が100%にならないはずじゃ。
なにせ一番巨大な知的生命体、その意志を収集しておらんかったのじゃから。
欠けていたピースが揃っていく。
惑星ザイアの意志が、記憶が、巨大な魂の領域に次々と書き込まれていく。
これでもう『偶然』は発生しない。全てが予想された世界になる。
97、98、99……
そして、ついに! 世界の予測確率が100%へと至る!
――完全世界。
全てが予想の範囲内にある、不確定要素の無い世界。
完全に予想された世界は、世界に強い強制力をもたらす。
すなわち、予想された世界を修正すれば、本当の世界も『そう』なるのだ。
あらゆる量子のゆらぎが
わしらはついに、完全に制御可能な世界を手に入れた。
コレで、我々はありとあらゆる事象を、理屈を、この世界を元に知ることが出来る。
……そうとなれば、この壊れゆく世界の顛末が実に惜しい。
惑星ザイアは程なく魔力を噴出させて、全ての知的生命体を殺してしまうだろう。
知的生命体が居なくなれば、実験惑星としてのザイアの価値はなくなってしまう。
ココからでは、もはや量子のゆらぎ程度では破滅の運命は覆らない。
では、
ザイアは完全世界に至った。
全てを制御可能な完全世界。それは時間や空間ですら例外ではない。
ならば、救い方など幾らでもある。
わしは、この壊れゆく世界を救う、もっとも順当な方法に思い至った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、お爺ちゃん。お仕事は?」
幼女が近未来的な建物をテクテクと歩く。きっと社会科見学なのだろう、誰かの娘かも知れない。
最新のエネルギープラントだ、理由がなければ入れない。幼女は好奇心を胸にアチコチ冒険して回っていた。
「ねぇ、お爺ちゃん。元気ないの?」
そんな彼女が見つけたのは、施設の休憩所で椅子にへたり込む老人だった。
名はマーセル・マイド。
この老人は、今まさに、不幸な『偶然』で命を失おうとしていた。
持病の心臓発作。しかも、不運にも薬を飲み間違えた。口に含んだのは強心剤ではなく、ただの胃薬。幾つもの『偶然』が重なって、普段は絶対に犯さないミスをした。
マーセル・マイドはプラントの最高責任者であり、技術者でもある。
だからこそ、この日、この時、ここに至って。
この老人が死ぬ事が、古代人類に破滅的な結末をもたらした。
程なくザイアが人類に対して反旗を翻す。プラントを暴走させて、確固たる意志を持って活動をはじめる。
今こそが、全ての破滅が始まる分水嶺。
神はココまで時間を巻き戻した。全てをやり直すために。
少女はマーセル・マイドを揺する。しかし、目覚めない。
「お爺ちゃん? 大丈夫?」
不思議そうに顔を覗き込むが、老人に意識はない。既に仮死状態。運命はすり切れて、魂は天に召されていた。
「お爺ちゃん?」
反応を示さない老人に、少女はスグに飽きてしまった。早くも興味は隣の自販機に移っている。半刻もしない内に、老人の事などすっかり忘れてしまうだろう。
トテトテと自販機に歩きだし、ふと、思いついたとばかり振り返る。
「お爺ちゃん、おなまえは?」
コレもまた、紛れも無く『偶然』だった。
しかし、コレは神が仕掛けた『偶然』だ。
問われた瞬間、老人は飛び起き、答えた。
「わしの名前は高橋敬一」
神はまたしても、運命の改変をこの男に託した。
……託してしまった。真新しい魂まで用意して。
その結末がどうなるか、神すらも制御不能だと言うのに。