死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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その地獄こそが天国だった

「なんで……」

 

 俺の中に、俺が殺した、俺が塗りつぶしたハズのユマ姫が居る。

 ソイツが、ザイアを目覚めさせようと、俺の体を乗っ取った。

 あり得ない。ユマ姫の残滓があったとして、ソレが残るのはユマ姫の体だ。それが何故マーセル・マイドの体に宿る?

 

「わたしは……」

 

 口が、勝手に動いた。

 

「あなたに、タカハシに弾き出された後、魂を伝って神域(サーバー)に入ってしまったの」

 

 馬鹿な! ユマ姫の体は俺が乗っ取って、彼女は脳に残る記憶だけの存在だったハズ。

 意識とは、記憶と思考能力が揃って始めて発現するモノだ。

 現に今の俺だって、真新しい魂からダウンロードした俺の記憶と、マーセル・マイドの脳の処理能力、この二つが揃ってココにいる。

 

 いや、しかし、あり得るのか?

 『参照権』がどんな仕組みか知らないが、膨大な記憶から目当てのモノを瞬時に探し出す圧倒的な処理能力が備わっていたハズだ。

 今思えば、アレは人間の脳の処理能力を遙かに超えていた。思い出したいことが思い出せないなんて事が、一度も無かった。

 記憶と処理能力が備わると言う意味で、(クライアント)神域(サーバー)も大差がないと言う事か?

 駄目だ、俺に神の領域の事など解らない。

 

 なんにせよ、コレが本当にユマ姫なのか、ただ死にゆく老人の幻覚なのか、もはやソレすら定まらない!

 

「それで……」

 

 俺は問う。自分で、自分に。

 

「なぜ、ザイアに肩入れする。世界を滅ぼしたいのか?」

「違うわ」

 

 勝手に口が動く。酷く不快で、慣れない。

 

「こうでもしないと、セレナは幸せになれないから」

 

 ……どうしてソコでセレナが出る?

 

 俺がやろうとしているのは派手な歴史改編だ。それも千年も昔から。

 バタフライエフェクトがドコまで広がるか、予想もつかない。エルフの国が生まれなくたって驚かない。

 もちろんセレナだって生まれないハズ。

 

「そうじゃないの、全ては運命に収束するから」

 

 そうか、完全になった世界の運命が、強制力が、世界のあり方を定めてしまう。

 それこそ、ザイアみたいな埒外の要因以外は、どうとでも調整が可能だ。つまり生まれるべき人間は、生まれる。多少の違いはあったとしても。

 

「誰が誰を愛し、どんな人間が生まれるか、一番ゆらぎが干渉出来るところだから、やっぱりセレナは生まれるの、でもね」

 

 でも、なんだ?

 

「どうあっても、セレナは不幸になる。ソレだけは避けられないの」

「ちょっと待て」

 

 どうしてだ? ザイアは暴走せず、帝国はエルフの国に侵攻しない。そうだろう? 違うのか?

 

「違わない。帝国はエルフの国に侵攻しないし、したとしても脅威となる霧の悪魔(ギュルドス)を用意出来ない」

「じゃあ、どうして?」

「セレナが生きるには、濃厚な魔力が必要だから」

 

 そうだ! セレナは特別な存在だ。

 このプラントにも何人か居る、魔力が漏れ出た時の為の特別作業員。超濃厚な魔力下で活動するために作られた存在。その先祖返りがセレナだ。

 魔力に青くきらめく髪を持つ特別な人造人間。エルフの中のエルフ、言わばハイエルフ。

 

 今だって、魔力吹き出す地上では彼らが活躍してるに違いない。その中にやがて古代人の奴隷を辞め、セレナの祖先になる者が居るかも知れない。

 

 このプラントにも、もしもの事故で魔力が溢れた時の為、ハイエルフが何人も保存されている。

 俺はユマ姫として、三人のハイエルフを殺したばかり。セレナと比べれば遙かに低い魔力値だった彼らだが、魔力値が千を超えると自慢気だった様子から、きっと無類の強さを誇ったのだろう。

 なのに、プラントから離れようとも、自由に生きようともしなかったのは何故か?

 

 ……彼らは魔力が吹き出すプラントでしか生きられなかったに違いない。

 

 だとすれば、魔力値が二千を超えるセレナが、普通のエルフとして生きていられたのは奇跡に近い。

 

「そうなの、青い髪は超魔力下領域での活動を専用とする人造人間の証。セレナがあの程度の魔力で生きられたのは特別優秀だったから。だけど、それでも……」

 

 ユマ姫の生まれたエルフの都は、濃厚すぎる魔力に追いやられ、古都から遷都していた。

 それこそ、ザイアが意志を持って暴走し、いよいよ派手に動き出そうとしていた前準備。俺がやろうとしている程度の魔力流出では、とてもセレナは生き残れないと?

 

「うん、セレナは成人の儀の前から、古都の周辺によく行ってたから元気だったの。それにずっと着ていた青いドレス、あれは魔導衣」

「やはり、そうなのか」

 

 魔力の薄い人間の街でエルフが生きるための魔道具、それが魔導衣だ。

 思えば、俺達は王族と言ってもかなり質素な暮らしをしていた。ずっと後で知った事だが、父様が魔導衣の開発に巨額の投資をしていた為らしい。それも、突然変異であるセレナが生まれるずっと前から。

 

 何故か? 父様が、人間の世界で暮らすゼナをいつか迎えに行くためだ。

 

 ……とんだ喜劇だ。なにしろゼナはもっとも魔力が濃い場所に居たのだから。

 だけど、その妄執がセレナを健やかに成長させ、俺を窮地から救った。

 

「つまり、父様がゼナと会わない限り、セレナは魔力欠乏で死ぬ?」

「そうなの、私やアナタが魔力過多で苦しんだのと同じ、いえ、それ以上に苦しむ事になる」

 

 そんな! あれ以上なんて。アレだって前世の記憶があったから耐えられたのだ。

 

「それだけじゃない、元老院の嫌がらせだって、世間の目だって、全部セレナに集中してしまうから……」

 

 ……そうだ、俺の生誕の儀。あやうく夏の暑い盛りにやらされそうになったのはどうしてだ? 病弱なのに舞台の上で演ずるしかなかったのはどうしてだ?

 異物を嫌う純血主義者が、人間とのあいのこである俺を嫌ってのこと。

 実際にはゼナは凶化した古代人類だったのだが、そんな事を元老院が知るはずもない。同様に、元老院が青い髪で異常な魔力を誇るセレナを異物と見なしても不思議ではない。もっと叩きやすい俺が居なければ、この世界でもきっとそうなっていた。

 

「どうやってもセレナは不健康で、苛められて、苦しみながら死ぬ事になる」

 

 そんな、そんな。

 

「しかも、甘えるべきお姉ちゃんも居ないのよ」

「そんな事……」

 

 俺は頼りないお姉ちゃんだったじゃないか。

 

「ううん、セレナはずっとお姉ちゃんであるアナタを大切に思っていたの」

 

 神域で活動出来る本物のユマ姫には、全てが解っていたと言うことか。

 

「そして、神域で何年もシミュレーションしたけれど、セレナがもっともマシに生きられるのが、あの未来。二人で楽しく笑ったり出来るのも、あの分岐だけ」

 

 じゃあ、霧に追い立てられて、目の前で母親を殺されて、銃で撃たれて命からがら逃げ出した廃村で、火事に焼かれて消えてしまうのが最良だって言うのか?

 

「あの後生き続けても、どうせ魔力が足りなくて死んでしまうの。だから、ああやって終わるのがずっとマシな死に方よ。アレより長生き出来るのは、他の人造人間と同様に、カプセルの中で永遠に保存される未来だけ」

 

 ギリリと噛み締める。どうして、そんなに理不尽なんだ!

 

「コレは、誰にも変えられない運命だから。私は世界の全てを壊しても、すべてを破滅に導いても、あの子にとって少しでも幸せがある未来にしたい。ううん、本当はあの子と暮らす数年のために、世界を、全てを犠牲にしたって構わない。だから」

 

 そのために、ザイアを目覚めさせる。

 

 モニターに反射するマーセル・マイドの瞳は、もはや狂気に満ちていた。

 彼女は、三歳になる前に俺に乗っ取られた存在だ。成人の儀も過ぎていないから、ミドルネームのガーシェントも付かない。ただそれだけのユマ。

 ユマの決意は固かった。本気でセレナと過ごす数年のために、その後数億年続く世界を滅ぼしても構わないと思っている。

 

 だけど、それは……

 俺はまだ痛みが残る手の平を見つめる。あのブローチはセレナが俺に残した警告だ、セレナは自分の為に世界を滅ぼす事なんて望んじゃいない。そんな気がする。

 

 でも俺だって、セレナへの思いは同じだ。世界が滅びたって知ったこっちゃ無いと言い切れる。

 だけど、そもそも、本当に、あの悲しすぎるセレナの死が最良なのか?

 

 そんな運命は認められない。そんな運命は否定したい。完全世界なんてクソ食らえだ。

 何かないのか? セレナが幸せに暮らせる分岐が。

 

「いや、ある!」

 

 分岐を選ぶんじゃない。道が無いなら作ればいい。

 

「無理よ、そんなの。もう世界は完全に制御されてるのよ?」

「はたして、そうかな?」

 

 俺の『偶然』は何度も運命を破壊してきた。

 

「でも、それは魂の監視の外にあったザイアの干渉で……」

「俺は、ソレを乗り越えて真実に至った」

「それだって、世界が不完全だったから」

「関係無いな」

 

 ソレこそ、俺は世界をまるごと敵に回して、それでも生き残って来た。

 それに……そうだ。

 

『禍福はあざなえる縄のごとし』

「何ソレ?」

「良いことも悪い事も交互にある、だったら、ずっと不幸だった俺は、とびっきりツイてないとオカシイ」

「無理があるよ!」

 

 けど、俺は自分の中から溢れる力に気が付いた。運とか勇気とか、そう言うモノが溢れている。これに気が付いたのも、きっとセレナのお陰。

 

 気が付けば、俺の右手には再びセレナのブローチが握られていた。

 もちろん、幻覚だ。

 

 でも、コレがあれば、全部を救えるんじゃないか? ユマ姫がお姉ちゃんとしてセレナと過ごせる時間も、果てしない数億年の未来も、全て!

 

 俺は、ゆっくりとソレを俺の中に押し込んだ。

 

「なに、してるの?」

「おまじない」

 

 コレで、俺の溜めに溜めた運とか、奇跡とか、そう言うナニかが、ユマに宿った。

 

「え? 意味がわからないよ?」

「今度は君が生きるんだ、ユマ姫として」

 

 千年後の未来に、俺は居ない。俺には別の仕事がある。

 ユマ姫がユマ姫として生きる未来。セレナが幸せになる世界。それをユマ姫が、本物のお姉ちゃんが作るんだ。

 

「嘘! 無理だよ。タカハシ君がやらないと、私じゃ参照権も使えない。生まれ変わったら、全部忘れちゃう。魔法だってロクに使えない。ただの女の子なんだよ?」

「でも、きっと、上手く行く」

 

 だって、セレナと俺の与えた奇跡が、君にはあるから。

 

「そんな……そんなの、無理! 私、ずっと見ていたの、あなたがやった事、あなたが感じた事。私、あなたみたいに上手くやれないわ。あんなの絶対に無理よ、私には」

「大丈夫、約束する。だから約束してくれ、俺はずっと待ってるから」

 

 今度こそ、お姫様らしく待っている。だから。

 

「なんで、どこに?」

「じきにわかる」

 

 いよいよ、部屋の温度は耐えられないぐらい暑くなっていた。

 

 そうして、いよいよプラントは暴発する。ザイアが目覚め、意志を持って活動を始める。

 マーセル・マイドの体はそこで滅びた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 深い、深い森の中。

 静謐(せいひつ)な空気に守られた大森林の奥、いや底と言うべきか。人間には辿り着けないと言われる天然の要塞。

 そこにエルフの宮殿は有った。

 

 宮殿と言っても石造りではない、でもそれを見て貧相と感じる者は絶無と言って良いだろう。木が自ら意志を持って要塞を形作ったかのような異様な建築物に圧倒されるに違いない。

 そんな宮殿の奥、切り取られたかのように光差す場所に、目見麗しい親子の姿が有った。

 

「ほらいい子ね、お腹にお耳を当ててごらんなさい、赤ちゃんの音が聞こえない?」

「んーわかんない!」

 

 穏やかに語り掛けるのはエルフの王宮が誇る、輝く金の髪も麗しき王妃パルメ・ガーシェント・エンディアンその人である。

 

 彼女には三つの不安な事が有った。

 一つはもちろん、これから生まれてくる赤ちゃんの事。

 二つ目は、可愛らしく返事をした、自分の血を引かない銀の髪を持つ娘の体の事だ。

 もうすぐ三つになる娘、ユマは健康とは言い難い子供であった。

 すぐに熱を出すし、足元も覚束ない事が多く、その所為か引っ込み思案になってしまって、知らない人が居ると途端に何も言わなくなる。

 

 最後の三つ目は、そのユマの頭の事。

 

「もうすぐユマちゃんはお姉ちゃんになるのよ? 楽しみ?」

「うん、たのしみー」

「そう、でもお姉ちゃんに成るのに自分の名前を言えないのは恥ずかしいわよ?」

「そうなのーー?」

 

 そうなのだ、ユマはまだ自分の名前を言えない。

 パルメはユマが頭が悪いとは思えない。それどころか大人の様な会話が成立してビックリする事も多い。

 なのに自分の名前が言えない。人間でも三歳で名前が言えないのはちょっと遅い。

 まして、成長が早いエルフのこと。我々こそが選ばれた民と思ってる長老たちにとってみれば。「やはり蛮族の血が混ざるとコレか……」と揶揄するに十分な根拠になった。

 そればかりか、ユマ姫が自分の血を引かない娘なだけに、ご機嫌伺いのつもりでユマ姫の悪口を言う者までも居るのがやりきれない。

 憂鬱な気持ちを悟られないように、パルメはじっとユマを見つめる。

 

「そうなのよー、じゃあユマちゃん。今日こそ自分の名前言ってみよっか?」

「うんー?」

 

 小首を傾げる様はなんとも可愛らしい。

 

「じゃあ、さんはい! あなたの名前はなんですかー?」

「えーとねー、わたしのなまえはー」

「名前はー?」

 

 きょとんとした顔も一瞬。

 何故か覚悟を決めた顔で、ユマは叫んだ。

 

「私の名前はユマ!」

「わぁぁ! よく出来ましたー!」

 

 名前が言えただけ、ただソレだけの事にパルメは喜ぶ。

 

 でも、ソレは確かに一大時だったのだ。

 

 コレによって世界は何を得て、何が失われたのか?

 すべてを知る者は誰も居ない。


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