死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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スフィール騒乱

 ユマ姫と田中、二人は今回もソノアール村で邂逅を果たした。

 

 翌朝、村長の家を出た二人は、スフィールに向けて旅立て……なかった。

 

 肝心のユマ姫は手ぶらに近い。雑貨屋で最低限の旅支度を買い込む必要があったのだ。

 ()()()のユマ姫は、巧みな口上で村の人々から支援を受けたが、今回は細々としたものを自腹で購入せざるを得ないのである。

 だが、少しも苦ではない。田舎の雑貨屋ではあるが、ユマ姫にとって全てが新鮮に映っていた。

 

「この石は、何に使うんです?」

「火を付けるんだ。知らねぇのか?」

「え? この石が魔道具?」

「違ぇよ、タダの石だ」

 

 説明されても、いまいち理解が追いつかない。無邪気なユマ姫に田中は苦笑し、何か買ってやろうと財布を開いた。

 

「何か欲しいモンとかないか?」

「そうですね、敢えて言えば乗り物でしょうか?」

 

 しかし、田中の思いとは裏腹に、ユマ姫が欲しがったのはあまりにも大物だった。

 

「流石に馬は高ぇな……、だがロバぐらいなら行けるか?」

「馬とロバって何が違うんですか?」

「サイズだな。それ以外の違いあんのかね? 俺も良く知らん」

「あの、ちょっと良いですか?」

 

 二人の雑談に割り込んだのは一人の少年だった。ニット帽を深く被って、少し怪しげだ。田中は店主に目を向ける、何者か、と。

 

「ああ、ソイツは猟師の息子さ、良くココで塩や麦を買っていく」

「ふぅん」

 

 鍋や鎌、(くわ)(すき)、雑多な金属製品に埋もれながら、店主はカウンターの向こうで無精髭を撫でている。小さい村だ、全員が顔なじみ。怪しい人間ではなさそうだ。

 

「良くねぇよ、どっか行け」

「えぇぇ?」

 

 気のない返事でそっぽを向く。田中は少年への興味を失った。

 

「オラッ!」

 

 様に見せかけ、振り返ると同時、少年のニット帽を引っぺがす。

 

「ああっ!」

「やっぱ、エルフか」

 

 少年の耳は尖っていて、森に棲む者(ザバ)特有の形をしていた。

 

「店主、知って……は、いないみてぇだな」

「あ、ああ……知らん知らん。こりゃおでれぇた」

 

 村ぐるみではない。ならばと田中は少年に向き直る。

 

「何の用だ、姫様を取り返しに来たのか? 攫った訳じゃねぇんだぞ?」

「うぅ、酷いよ」

 

 帽子を奪い返した少年は、深く被って耳を隠した。

 

「何で隠すんだ? やましい事はねぇんだろ?」

「村には森に棲む者(ザバ)を怖がる人が居るからさ。塩なんかは森じゃ高いから……」

 

 聞けば、大森林の端っこに森に棲む者(ザバ)と人間のハーフが村を作っているらしい。そこで狩りをして、余った肉を売り、塩を手に入れていたんだとか。

 

「漬物を作るにしたって、塩を買いすぎだとは思ってたがなぁ」

 

 しみじみと語る店主に、田中は水を向ける。

 

「どうなんだ? 森に棲む者(ザバ)と知ったら、もう取引出来ねぇか?」

「いんや、ボウズが持ってくる肉はこの村の生命線よ。ワシらじゃ危なくて、とても森には入れんからな」

「ってこった、わざわざ隠すから却って怪しい」

「でもさぁ……」

 

 なお口ごもる少年に、田中は問い正す。

 

「で、なんで俺らに話し掛けてきた?」

「それは……」

 

 聞けば、いま、彼らの村には多くの客人が訪れているらしい。

 

「ああっ、きっと彼らですね」

「姫様を途中まで送って来たって奴らか」

「……失礼な事をしてなければ良いんですが」

「それが……」

 

 どうもやらかして居るらしい。少年が苦々しくも白状した所には、態度が大きい若者が村で傍若無人に振る舞っているとか。

 

「少し休ませろって入ってきて、酒を出せとか、飯が不味いとか、ホントに勝手で困っちゃうよ。危ない武器も持ってるし。でも、せっかくだから村の近くに巣くった大岩蟷螂(ザルディネフェロ)を退治して貰おうとしてるんだけど」

「ふぅん、で?」

「いや、奴らがさ『ユマ姫を連れ戻さないと!』って言ってたから、慌てて村まで様子を見に来たんだよね」

「ふーん。で、どうするんだ?」

「うーん」

 

 悩ましげな少年だが、チラリと田中を見て、降参と手をあげた。

 

「どうにも出来ないよ。村は手一杯だし」

「じゃあヨロシク言っておけよ、姫様はこの田中が王都まで送り届けるからよ」

「解ったよ」

 

 そう言って、しぶしぶ少年は引き下がった。

 

 こうして、今回はハーフエルフの襲撃は起こらなかった。

 

 元より大牙猪(ザルギルゴール)をエサにした大岩蟷螂(ザルディネフェロ)のスタンピードも発生しない。だから例年より数を増やした程度のカマキリの群れは、魔道具で武装したパラセル村の若者に駆除される事になるのだった。

 ()()()、命からがら逃げ込んで鬱になっていた若者は、今回は村長の娘に良いところを見せたりして、ちょっと良い雰囲気になったとかならなかったとか。

 

 勿論、この顛末は二人の知るところではない。

 

「では、出発しましょうか!」

「ああ」

 

 そうして、何の障害もなく、二人はスフィールを目指すのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「それで、エルフと言うのは何ですか?」

 

 旅の途中でユマ姫は訊ねた。田中が少年に掛けた言葉が気になったのだ。

 

「ああ、森の民だとか、外の民だとか、解りづれぇだろ?」

「はい、かと言って森に棲む者(ザバ)と言われては、私達が怪物の様で、面白くないです」

「だろ? だからエルフってな、俺の生まれでは森に住む魔法を使う耳が長い民をそう呼んだんだ」

「えぇ!? そうだったんですか! エルフ! 良いですね!」

 

 そんなこんなで、二人の旅は長いものとなった。

 なにせ、ユマ姫は魔法を使えない。十二かそこらの箱入り娘が歩いて旅をすれば、距離が稼げないのは当然と言えた。

 しかし、それでも構わなかった。

 ここでのユマ姫は復讐に突き動かされも、生き急いでも居ないのだから。

 

 だからゆったりとした旅の空で、ソレは起こった。

 

「何でしょう? アレは?」

 

 ユマ姫はロバに乗ったまま訊ねた。このロバは余りにも歩みが遅いユマ姫に焦れた田中が旅の途中で買い求めたモノだ。格安の、潰される寸前の老いたロバである。

 それほど今回の二人の旅路は遅い。あの時であればとっくにスフィールに着いて、街の観光どころか、グプロス卿の謁見もとっくに済ませた時期である。

 

 そんなロバの上、ユマ姫が指差した先、北の空から無数の陰が迫って来ている。

 

「マズいな、恐鳥(リコイ)だ!」

「え?」

 

 背後から追いかける様に、恐鳥(リコイ)の大群が二人に迫っていた。悪い事に逃げも隠れも出来ないゼスリード平原のただ中である。

 

「走れ!」

「はい!」

 

 それでも戦う事など考えられない。田中はロバに括りつけた荷物を背負えるだけ背負い、ユマ姫は軽くなったロバを思い切り走らせた。

 身を隠せる森の中へと、二人で飛び込む。目一杯のスピードのお陰で、間一髪で間に合った。

 

「誰か襲われています!」

 

 違った。間に合ったのではなく、恐鳥(リコイ)に見逃されただけ。もっと大きい獲物があったから。

 ユマ姫は木陰から見てしまう。恐鳥(リコイ)に襲われる哀れな集団を。

 

「助けないと!」

「いや、良く見ろ」

 

 田中は飛び出そうとするユマ姫の頭をそっと押さえた。

 

「真ん中でキラキラ光ってる男。帝国軍の甲冑だ」

「まさか! でも、確かに……。ここは王国領ですよね? どうして帝国兵が?」

「ああ、でもよ、姫さんは我こそはエルフの姫君って宣言してここまで来ただろう? そろそろ待ち伏せがあっても不思議じゃねぇよ」

 

 そうだった、()()()と違い、二人の歩みは遅く、噂話を置き去りにスフィールに辿り着く様な旅程ではなかった。察知した帝国軍に待ち伏せされたって不思議じゃない。

 

「それにしたって、あんな大軍で……堂々と」

「百人以上は居るか? 子供一人に大袈裟な奴らだ」

「本当、なのですね」

 

 まだ冒険気分の抜けきらないユマ姫だったが、ようやく追われる身だと自覚した。それも自分一人の為に、王国領土に堂々侵攻するほどに狙われているとは。

 

「こりゃ、ひょっとしたらスフィールに行くのもヤベェかもな」

「それは?」

「迎え撃つ王国軍の姿が見えねぇ、既に話が済んでいる可能性があらぁな」

「王国が私を売り渡した? ホントに?」

「可能性の話だ、今はココを乗り切らねぇと」

 

 森の中に留まるのも得策ではない。恐鳥(リコイ)だって大きいのばかりじゃない、敵はあくまで鳥なのだ。小型の恐鳥(リコイ)に森の中で群がられれば、平原で襲われるよりも尚マズい。

 

「今がチャンスかも知れねぇ、奴らが襲われてる隙に突っ切るぞ!」

「解りました」

 

 余りにもリスキーな賭け。不運にまみれた()()()ならば確実に反対しただろう。しかし、今の彼女には反論する言葉はない。

 

「行くぞ!」

「ハイ!」

 

 機を見計らって飛び出した。

 しかし、二人の前に帝国兵が立ち塞がる。

 

「何者だ! 貴様ら!」

「怪しいぞ! 噂のユマ姫ではないか!?」

 

 やはり、狙われていた。彼らも恐鳥(リコイ)に襲われながら、必死に任務を果たそうとしてる。

 

「まじぃぜ、姫様。ココは俺が引きつける。その間に逃げるんだ」

「そんな! 出来ません!」

 

 ここまでの旅で、ユマ姫は田中に大変良く懐いていた。優しいユマ姫は、田中を恐鳥(リコイ)の群れの中に置き去りになど出来ない。

 しかし、そんなまどろっこしい問答を待ってくれる帝国兵ではないのだ。

 

「ええい! 動くな! 行くぞ! 取り押さえるんだ! なっ!? ぎゃあぁぁぁ!」

 

 銀の兜の帝国兵が駆け出すや否や、恐鳥(リコイ)に空から襲われた。あっという間に宙づりにされて、皆が見上げる最中、無惨に地面へと叩き落とされる。

 皆が言葉を忘れ呆然とする中で、ロバに乗ったユマ姫が堂々と進み出る。

 

「愚かなる者どもよ! 道を開けなさい! さもなくばっ!」

 

 馬上で指差す先、同じく銀の兜の兵士が高々と恐鳥(リコイ)に吊り上げられる。

 

「まさか!」

「魔獣を操るとは本当だったか!」

 

 森に棲む者(ザバ)の王族は魔獣を操る。

 勿論真っ赤なウソである。だが、ユマ姫はそんな噂が有る事を知って、一芝居打ったのだ。

 彼女は精一杯に威厳を見せようと、背筋をピンと張り、王族の証たる王冠の秘宝を堂々と付け、少しも恐れずに恐鳥(リコイ)が飛び交う平原に飛び出した。

 小さな彼女を乗せれば、潰される寸前の老いたロバが、まるで一角の名馬のように錯覚する。

 ハッタリだ。本当は怖いが、ハッタリをしてみせた。

 

 ……実は、この演技力とハッタリだけが、ユマ姫が元来持つ唯一の資質。

 

「道を空けなさい! さもなくば」

 

 また銀の兜の兵士が吊り上げられたのを見て、慌ててユマ姫はそちらを指差した。ちょっと遅れてしまったが、注意深く観ていたからギリギリのタイミングで間に合った。

 

「クッ!」

「マズいぞ、死にたくねぇ!」

 

 ココに集まったのは、寄せ集めの第三特務部隊。早い話が情報部の三軍だ。士気は低く、恐鳥(リコイ)の群れに冷静さを失っていた。単純なハッタリが見破れない。

 

 堂々と、ゆっくりと平原を歩むユマ姫に自然と道を空けてしまう。

 

「ふざけるな! 止めろぉ!」

 

 隊長であるマルムークは、しかし恐鳥(リコイ)にたかられて、ユマ姫を止めに入れない。

 

 皆が悔しげにユマ姫を見つめる中、ニヤリと笑った田中が、付き従うように横に並んだ。気分は槍持ちの従者である。

 ロバに乗った少女だからいまいち締まらないと思いきや、巨漢の田中だからこそ、そのチグハグな大きさの対比が却ってサマになって見える。

 

 恐鳥(リコイ)が飛び交う平原を悠々と進む、ちいさな少女とおおきな剣士。

 

 いっそ絵になる光景だった。

 

「やるじゃねぇか、姫様」

 

 ユマ姫の暴挙、田中だけはハッタリと見抜いていた。イタズラっぽい笑みを浮かべ、小声で話し掛ける。

 

「…………」

「……姫様、どうした?」

 

 しかし、ユマ姫はしてやったりと笑っていない。顔を蒼くして震えていた。

 

「どうしましょう? どうしましょう!」

「ん? どうした?」

「もう、兜を付けてる人が居ません」

「んだそりゃ? あ!」

 

 そう言えば、吊り上げられたのは揃って銀の兜をつけていた。

 恐鳥(リコイ)に襲われ続け、馬車の下に縮こまるマルムーク隊長も銀の鎧を着けている。

 何のことは無い、指差した兵士が襲われるのは銀の兜の兵士を指差して居ただけだ、光り物に惹かれる鳥の本能を逆手に取っただけの事。

 しかし、もう銀の兵士が残っていない。

 

「は、は……」

「は? どうした?」

「走ります!」

 

 ユマ姫は一気にロバを走らせた。ドタドタと。

 ポカンと見送った帝国兵であるが、見送らなかったモノがたった一匹。

 

 ――ビィィィィ

 

 グリフォンだ。恐鳥(リコイ)の群れから飛び出したグリフォンが、狙ったのはキラキラと光るユマ姫の王冠。なにより大切な秘宝だった。

 

「え? イヤっ!」

 

 間一髪、ロバの背で身を屈めたユマ姫だが、気が付けば頭上の王冠はグリフォンに咥えられ、持ち去られていた。

 

「嫌だ! 取り返さないと!」

「待て、姫様!」

 

 慌てて踵を返そうとするが、それは余りにも危険だった。

 

「ふざけんな!」

「可愛い顔して、(たばか)りやがった!」

 

 なにせ今の襲撃で、魔獣を操ってなど居ないと帝国兵にもバレたからだ。後ろから猛然と追いかけてくる。

 

「どんだけ大切な品か知らねぇが、今はマズい」

「ですが! アレこそが私が王位継承者であると認められた証なのです!」

「そうかよ……」

 

 王族として、成人すると与えられる秘宝。だから、ユマ姫の言葉は嘘では無い。

 嘘では無いのだが、この言葉は誤解を生んだ。

 

 田中は、アレこそがエルフの王権を示す、文字通りの王冠だと判断したのだ。皇帝の王冠と比べても遜色の無い豪華さなのだから、田中の勘違いも当然だ。

 魔法的な効果は健康値の測定しか無いのでエルフにとって宝飾品としての価値しか無い。だから王家の秘宝としてはランクの低い品なのだが、そんな事は田中にとって知る由はない。

 

「ちっ、でも、今は逃げるぞ、アレは俺が絶対に取り返す」

「約束ですよ……」

 

 惜しみながらも、駆け出して逃げる。

 なにせ今も、後ろを追いかける帝国兵は銀に輝く剣を掲げ、大挙して迫ってくる。

 そのため、恐鳥(リコイ)に次々と啄まれているのだが、彼らは最後まで自らの失敗に気が付く事は無かった。

 

 細い山道に至り、ようやく恐鳥(リコイ)の襲撃を振り切るや、彼らはスフィールの衛兵達に囲まれたからだ。

 

「お前らは?」

 

 田中は慌てて誰何する。スフィールの衛兵に見えるが、まだ味方とは限らない。

 

「我々はスフィールの衛兵だ! 怪しいヤツが居ると聞いてやって来た」

 

 叫んだのはヤッガラン。丁度、この時も訓練の途中であったのだ。田中は直感的にこの男は信用に足ると判じた。

 

 そして、その通り、ヤッガランと衛兵達は、追い縋る帝国兵を次々捕縛していった。

 彼にとって、年端もいかない少女を追いかける帝国軍など、捕まえてくださいと言っているようなモノ。

 ましてバタバタと走り続け、疲れ果てた帝国兵。無力化させるなど簡単だった。

 

「事情を聞かせて頂けますか?」

「ああ、構わねぇよ」

「わ、私も! 話します!」

 

 そうして、二人はヤッガランと共にスフィールに向かうのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「では、二人が襲われた理由はそこのお嬢さんが、森に棲む者(ザバ)の姫だからと?」

「だから、そう言ってるだろ?」

 

 道すがら質問に答える田中。

 ユマ姫は、ここは田中に任せる事にして不安げにやりとりを見守っていた。

 

「しかし、王族だとしても、帝国が少女ひとりに出兵などしますかね?」

「そんなこた俺が知る訳ねぇだろ?」

「この場で捕らえなければいけない理由も無いでしょう?」

「ンな事言われてもな」

 

 田中は肩を竦める。

 

 実際、二人が知るところでは無いのだが。帝国にしてみれば、スフィールに辿り着かれるだけで、マズい状況だった。

 

 この時、既に黒峰は旧都の強固な防衛網を目にしている。動く石像に稼働する魔導戦車ではとても手が出せない。

 王族の協力があれば或いは止める手段があるのでは、とユマ姫を探していた。

 なにせ今回も魔力過多でピンクに染まったユマ姫の髪は、伝説にある赤い髪の調停者、ゼナの姿絵によく似ていたからだ。

 

 この時既に、ユマ姫は帝国から最重要人物としてマークされていた。なるべく無事に身柄を確保するように、伝書鳩により特務部隊には命令が下っている。

 

 しかし、スフィールに辿り着いてから都市の中でユマ姫を攫うなり、引き渡すなりを要求すれば、帝国に協力的なグプロス卿の失点になりかねない。

 帝国にしてみれば、ゼスリード平原で捉えるしか無かったのである。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そうして、ヤッガラン達とスフィールに辿り着いた二人だが、恐ろしい現場に直面してしまう。

 スフィールが軍隊に包囲されていたのだ。

 それも包囲しているのは帝国軍ではない、隣領ネルダリアの兵士達だった。

 

 グプロス卿は亡命を図る森に棲む者(ザバ)の姫を帝国に売り渡そうとしている。

 

 シノニムからそんな一報を受けたオーズドは、早くも派兵し、スフィールを一網打尽にする計画であった。

 

 ……()()()、シノニムはユマ姫を助ける事を意識して、数少ない情報部の手駒をゼスリード平原に派遣してしまった。

 そうして、ズーラーをはじめとする、グプロス卿の手駒が一斉に城内から居なくなる絶好のタイミングをフイにした。

 今回は、見ず知らずのユマ姫にソレほどの価値が有るとは思わず、帝国兵を釣り出すエサとして見殺しにするつもりだったのだ。

 

 精々、平原にはヤッガラン達を訓練として差し向ければ良い。ヤッガランが帝国兵に負けようが勝とうが、帝国が侵略して来た証拠にはなるからだ。

 だからこそ、このタイミングで蜂起と包囲が発生する事になる。これはヤッガランにも寝耳に水の出来事だ。彼は真面目過ぎる故に、シノニムの蜂起計画を聞かされていなかった。

 

「何が起こってるんだ?」

「こっちが聞きてぇよ」

 

 呆然とする一同の前に、並外れた駿馬に跨がる一人の偉丈夫が進み出た。

 

「君は、ひょっとして森に棲む者(ザバ)の姫かね?」

「ンだ、テメェは?」

「私か? 私はオーズド・ガル・ネルダリア。ネルダリアの領主だよ」

「まさか? じゃあこの兵士は?」

 

 割って入ったヤッガランに、オーズド伯は鷹揚に頷く。

 

「左様、ネルダリアの兵士達だ。スフィールは其処なる姫を帝国に売った。それどころかスフィールごと帝国に下ろうとしている。これは立派な背信行為である」

「……馬鹿な」

「思い当たるフシは無いかね?」

 

 嫌と言うほどあった。まるで防衛を考慮しない改造の城。減っていく守備隊の人員。城壁の補修予算は年々減っている。ヤッガランは俯いた。

 

「なにより、君が捕縛した帝国兵、ソレが何よりの証拠だ」

「全部、計画の内ってワケですか……」

「そうだ、君だけには知らされ無かった様だね。そろそろ仕上げだよ」

 

 シノニムが指揮をして、城内で蜂起が起きる。ヤッガラン以外の衛兵隊長は、既にして蜂起に回っている。

 その時、逃げ出したグプロス卿が向かうのは何処か? 人が抜けて、最も兵士が少ないヤッガラン隊が警護する北門だ。

 

 開け放たれた城門から、グプロス卿の馬車が飛び出す。全てはオーズド伯の計画の内。

 

 たちまち身構えていたオーズド伯の騎士に捕縛される。

 

「簡単なモンだな」

 

 田中が呆れの声を上げる。計算され尽くした城攻めだが、裏を返せば今のスフィールがそれだけ脆いとも言える。

 しかし、この男ならば、と田中は思った。

 

「なぁ、オーズドサマよ、この姫様を王都に届けちゃくれないか?」

「ふむ、いやしかし」

 

 オーズドの視線の先には、ロバの上でぼんやりとスフィールを見つめるユマ姫。

 そこには国を追われた鬼気迫るモノを感じない。まして、音に聞こえる森に棲む者(ザバ)の魔法も何も使えないと言うでは無いか。

 どうにも、証拠が薄い。流れの傭兵が森に棲む者(ザバ)の姫を捕まえたと、手の込んだ詐欺に勤しんでいる様にしか見えないのだ。

 

「何か証拠があるだろう? 帝国に追われていただけでは弱い。奴らだって偽者に踊らされていたと私は見ている」

「オイオイ、目ン玉ついてるのか、どっからどう見たって」

「わぁ、凄い、凄い!」

 

 田中が指差す先で、ユマ姫は兵士の活躍を無邪気に手を叩いて喜んでいるではないか。もはやただの少女になって、馬だってみすぼらしいロバでしかない。

 

「……本当は証拠があったんだがな」

「ほう?」

「王権を象徴する王冠を持たされていた、ソレが厄介な妖獣に奪われた」

「妖獣殺し、その言葉で確信したよ」

「なんだと?」

「貴様の下手な詐欺だとね!」

「テメェ!」

 

 オーズドにしてみれば、王冠を小娘に持たせるハズがない。見え透いた嘘に感じたのは当然だ。

 オーズドと田中、まさに一触即発。だが、事態はより切羽詰まった悲鳴に斬り裂かれる。

 

「ぐわぁぁぁ!」

 

 二人とも歴戦の猛者、同時に悲鳴の先へと向き直る。

 

「奴らは!」

「破戒騎士団か!」

 

 北門から流れ出たのはスフィールの主であるグプロス卿だけではなかった。スフィールの外へも知られた破戒騎士団の精鋭達。

 魔獣退治専門に名を売る彼らだが、対人戦でもその実力は本物だった。

 オーズド伯自慢の騎士を一刀の下にねじ伏せて脱出を図る。

 

「いかん! 出るぞ!」

「俺がちんけな詐欺師じゃねぇ所を見せてやる!」

 

 オーズドと田中、二人が駆ける。相手はこの世界最高レベルの実力を誇る騎士団だ。

 

「ありゃ? アレはひょっとしてオーズド伯かな?」

「妖獣殺しに、ユマ姫も居るね」

 

 破戒騎士団にとってみれば、敵の頭がわざわざ来てくれたのだ。それに、帝国へ逃げ出すならば手土産が欲しい。降って湧いた幸運だ。

 

 そのぐらい、彼らは一切負ける気がしないのだ。

 

「クソッ! こやつら!」

「強ぇ!」

 

 オーズド率いる虎の子の騎士団も、破戒騎士団にはまるで歯が立たなかった。

 

「ハハッ、ローグ隊長、コレがネルダリアの精鋭ってホントかな?」

「まぁ、こんなモノでしょう、だが、この男だけは中々やる」

 

 唯一、田中だけは互角に渡り合った。が、それでも隊長であるローグを相手には分が悪い。

 実は、刀を持った田中は例外として、ローグこそこの世界最強の一画だった。まして馬上から攻撃するローグに対して、田中は足を使って攪乱するしかない。

 田中は、馬上から槍を使うローグの懐に入り込めずに居た。

 

「クソッ隙がねぇ!」

「隊長、ソイツ俺にやらせてよ」

「君じゃ無理でしょうね」

「そんなー」

 

 破戒騎士団は無敵だ。

 『偶然』さえなければ、壊滅させる術は無い。あの時だってユマ姫の『偶然』に巻き込んでようやく倒せただけの事。

 だから、ここで彼らが死ぬのは、再びの『偶然』。

 ある意味での必然だった。

 

 ――ビィィィィィ

 

 グリフォンだ。舞い降りたグリフォンが田中と死闘を繰り広げる破戒騎士団団長ローグを真上から踏み潰した。

 

「なっ!」

 

 オーズド伯は間近に観るグリフォンの姿に狼狽する。

 見た事もない化け物なのもそうだが、スフィールを包囲するのは千に迫る完全装備のネルダリア兵。そのただ中に飛び込んでくるなど、魔獣とは言えマトモな肝の据わりようではない。恐れを知らない怪物であった。

 

 ――ビィィィィィ

 

 恐ろしい妖獣。しかし、その足を指差して田中は叫んだ。

 

「アレだ! あの足を見やがれ! あの王冠がエルフの姫の証だ!」

「なんと!」

 

 グリフォンの足の指にはユマ姫の秘宝が嵌まっていた。よほど気に入ったのか、指輪の様に見せびらかしている。

 その見事さにオーズドは目を奪われた。確かに王権の象徴と言われても不思議じゃない。森に棲む者(ザバ)を人の住めぬ大森林を治める蛮族と侮っていた自分を恥じる程には、緻密で繊細な宝飾品である。

 

「取り囲んで倒せ! アレがあれば帝国を攻める理由に十分だ」

 

 森に棲む者(ザバ)の協力を得るにも、帝国と戦う主戦派を鼓舞する為にも、怪物を倒して森に棲む者(ザバ)の王冠を奪い返したエピソードは武器になる。

 オーズドは其処までソロバンをはじき、破戒騎士団より先にグリフォンを討とうとする。

 

 ――ビィィィィィ

 

 しかし、破戒騎士団以上にグリフォンは無敵だった。

 隊長を失った破戒騎士団は統率を失い、徐々に数を減らしたが、グリフォンに傷は与えられない。

 オーズドの騎士団は対人専門。魔獣相手は専門外であったから無理もない。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 そんな中、気炎を吐いたのが田中だ。斬り掛かる破戒騎士団の男を隠れ蓑に、グリフォンの背に飛び乗った。

 

「キエェェェ」

 

 猿叫と共に翼を切り裂く。始めてグリフォンにまともにダメージが入った瞬間だった。

 

 ――ビィィィィ

 

 悲鳴を上げて、グリフォンが飛び去っていく。気が付けば、破戒騎士団はグリフォンとオーズド伯の配下の手で全滅していた。

 

「勝った、のか?」

 

 オーズドはホッと息を吐く。スフィールへの粛正、何ヶ月もかけて緻密な戦略を描いたハズが、思いの外ギリギリの戦いになってしまった。

 そして、完全勝利ではあるのだが、失った王冠は余りにも魅力的だった。

 結局、傷を付けられたのはタナカだけ、妖獣殺しの二つ名は伊達ではないと言う事だ。餅は餅屋に任せるに限る。

 

「田中殿、あの王冠を見た以上、そなたの言う事、信じよう」

「遅ぇよ」

「姫は私が責任を持って王都に届ける。そこで、君にはひとつ依頼をしたい」

「ふぅーん、前金は?」

 

 オーズドが田中に手渡したのは大金貨十枚。約一千万円。そしてオーズド伯が身に付けていた指輪だった。黄金で出来ていて、はんこの様になっている。

 

「その指輪はネルダリア領の玉璽だ、ネルダリアでは、あの王冠と同じ様な価値のモノと思って良い」

 

 ソレを耳にしたユマ姫は「えっ?」と思った。あの王冠に王権を象徴する価値など無いからだ。だが「あの王冠別に特別な意味とかないですよ」と言ってしまうと、誰も取り返してくれない空気を感じたユマ姫は、ここは黙っていようと心に決めた。

 ユマ姫は純真だが、ちょっとズルい所もあるのだ。

 

「解った、姫様、俺はここでお別れだ。次会う時は王都で王冠を返すときだな」

「ええ、お、お、お願いします」

 

 すこしばかり罪悪感を感じながらも、ユマ姫はシノニムと共に、王都へと旅立つのだった。

 田中はここでも大森林にとって返す。そこで王冠よりも重要なモノを手に入れるのだった。


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