死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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可愛くも恐ろしく、そして儚い

「タ、タナカ?」

 

 少女が驚きに目を見張る。

 だが驚いたのはお互い様だ。田中って名前はどうにも発音し辛いらしく、俺の名前は『妖獣殺し』なんて物騒な二つ名程には売れていない。

 ひょっとしたらエルフには珍しくない発音なのかも知れねぇな、田中って発音が妙に綺麗だ。

 

「あの……あなたは?」

「ああ、俺は黒衣の剣士田中。『妖獣殺し』って二つ名で呼ばれている、冒険者とでも言うべきかな」

「コ、黒衣の剣士ですか……」

 

 おどろおどろしい響きに驚いたのか、少女は困ったような顔で引き攣った笑いを浮かべている、可愛い。

 

「あの、あなたはどうして? えと……どうしてここに?」

「チッチッチッ」

 

 俺は指を振る、少女は困った顔から苦虫を噛み潰した顔に変じるが、それもまた可愛い。

 

「まずは自己紹介、そうだろ?」

「……そうですね、私はあなた達が言うところの森に棲む者(ザバ)改め、森に住む者(ビジャ)の国の姫、ユマ・ガーシェント、よろしくお願いします」

 

 ユマちゃんはムスっとした顔で答える。エルフのお姫様だ、こんな風に失礼な口を利く奴は居なかったのだろう、だがココは人間の世界、礼儀と挨拶は何より大事。そうだろ?

 

「今、ビジャと言ったがそれは?」

 

 ひげ面の村長が割って入る、勘弁して欲しいね、ユマちゃんとの落差にショック死しそうだ。

 

「ビジャは森に住む者と言う意味です、森に棲む者(ザバ)は蔑称として人間が付けた物でしょう? 我々はそんな名前で呼ばれたくはありません。我々は自らを森に住む者(ビジャ)と呼称します」

「なるほど、そう言う事ですか」

「つまり、エルフだろ?」

 

 俺がそう言うと、たちまちユマちゃんは不機嫌な顔になる。

 

「える、ふ?」

 

 ひげ面は黙ってて欲しい。

 

「なんですか? そのエルフと言うのは? 我々の新たな蔑称と考えても?」

「あ、いや違うんだ、むしろ逆、敬意を表する言い方と言うか……スマン忘れてくれ」

 

 俺はてへへと頭を搔くがユマちゃんの目は氷の様に冷たい。そんな顔も可愛くて、その……困る。

 

「あなたが適当な事を言って誤魔化す様な人だと言う事は解りました」

 

 ツーンとそっぽを向いてしまう。可愛い。

 

「それでな、彼女が王都まで行きたいと言うので護衛して欲しいと思っていたんじゃが……」

 

 村長はその髭をぶるぶる振りながら俺と少女を見比べて困っている。

 

「私としては、厄介になっている身ですから、その失礼な男が護衛でも構いませんが」

 

 そっぽを向きながら片目だけで俺をチラリと見る、いちいち可愛いな、何コレ。

 

「俺も構わねぇぜ、ただ王都までってなると長いぜ? この村で報酬は出せんのか? 俺は安い男じゃないぜ」

 

 なぜかユマちゃんが絶望的な呆れ顔でこちらを見る、流石にちょっと傷つく、でも報酬の話は大事、これ絶対ね。

 

「いんや、村ではそれほどの予算は出せませぬ、まずはスフィールにまで届けて頂ければと」

 

 村長は申し訳なさそうに言うが冗談じゃない。

 

「おい、スフィールは俺も寄ってきたばかりだがよ、国境付近の都市じゃねーか、帝国に追われた嬢ちゃんは大丈夫なのかよ?」

 

 俺の当然のツッコミに対し、したりとばかりに村長とユマちゃんは反論する。

 

「しかしこの辺りで大都市と言えばスフィールじゃろ? それに前線だけに帝国の恐ろしさを知っているハズじゃ、力になってくれる可能性は高いのでは?」

「私としても、前線の都市で帝国の恐ろしさを語る事に意味はあると考えています、彼らに相手にされない様では王都に行っても意味が有りません」

 

 髭ばかりかお姫様まで乗り気だが、スフィールは王国領で有りながら中立都市と嘯く(うそぶく)奴らまで居る程の人種の坩堝(るつぼ)だ。帝国の人間は勿論、砂漠の民だって珍しくない。探せばエルフだって居るんだろうなと思わせる程。

 

 俺の様な流れの異邦人には居心地が良い都市と言えるが、治安の方はご察しと言った所。なによりあんな所で『エルフの姫様ココに在り』と宣言すれば噂は世界を駆け巡るだろう、そうなればあらゆる危険が彼女の元に……

 

 いや、逆か?

 

「オイ、お嬢ちゃん」

「何ですか?」

「解ってて言ってるのか? スフィールは国境の都市、この世界の中心とも言える場所だ、言うなればこの世界のあらゆる危険が渦巻いてるって事だぞ?」

「理解しているつもりです」

 

 すまし顔で答える、可愛い顔してホントに解ってるのかよ?

 

「じゃあ帝国の人間だってゾロゾロ居るのが解るだろ? ガラが悪いのだってウヨウヨ居る。エルフ、いや森に住む者(ビジャ)だったか? そのお姫様が居るってなれば帝国だって狙ってくるに決まってるだろ」

「なっ!」

 

 黙ってたピッチフォークの男が声を上げる。田舎モンには都会の危険なんざ解らんだろうが、人一人居なくなろうが誰も彼も気にしないのが大都市だ。

 

「むしろ……」

 

 少女はそこで言葉を切る、ギロリと、上目遣いと言うには凶悪過ぎる目で俺を見上げる。

 

「私は襲って欲しいとすら思っていますが?」

「な!? なんじゃと?」

 

 これには村長もビックリだ! 景気よく髭が跳ね上がる。思い切り引っ張りたいね。

 

「へぇ……」

 

 思った通りだ、このお姫様肝が据わり切ってる。

 そもそもだ、どんな事情が有るか知らないが、エルフのお姫様が人間の村に一人でやって来るのがまずおかしい。

 実際にこの目で見て、姫かどうかは兎も角、只者じゃないってのは感じるが、こんな田舎町ならいざしらず、都会じゃただのフカしだろうって噂にもならない。

 だが、上手い事、帝国の奴らが釣れてくれれば何よりの証明になる。本当に姫かどうかなんてどうでも良い、帝国に命を狙われる自称お姫様が王都を目指して旅をしているってだけで格好の話のタネにもなる。

 そうじゃなくても、帝国にまで姫の噂はあっと言う間に広がるだろう。少なくてもエルフの国を襲った帝国の幹部連中なら特徴が一致するかぐらいは解るはずだ。

 

 そうやって帝国にプレッシャーを掛けるって狙いだろう。帝国が堂々と公式な外交ルートで王国に引き渡し要求をし、王国もそれを易々と飲む様なら、王国を見限ればいい話とそんな風に考えているのだろう。

 

 仮に死んでしまっても……良いんだろうな、いやむしろ其れが狙いなのかもしれない。今後エルフがビルダール王国と交渉を始める時に、幾らか有利になるとでも思っているのだろう。

 

「気に食わねぇな」

「……そうですか」

 

 気にした風も無いすまし顔、流石にコレは可愛くないね。ああ、可愛くない、可哀想でしか無いんだよ!

 

「姫様が、何番目の姫なのか、あるいは影武者だかは知らねーし、姫に生まれた義務だかはもっと知らねぇけどよ、嬢ちゃんみたいな女の子が命を張らなきゃ存続出来ねぇ国なんざ、滅んじまったほうが良いとしか思えねぇ」

「……なるほど」

 

 お姫様は呟くと、冷笑と言うには寒すぎる、凍える様な笑みを浮かべた。

 

「それは良かった」

「良か……った?」

 

――怖い。

 

 穏やかに優しく、満面の笑みで見上げて来るのに最早欠けらも可愛く無い。

 幾多の魔獣と戦ってきた俺が、俺の半分も生きていない様な少女に恐怖を抱いている。

 

「もう滅んでますから」

「なに?」

「王都が落とされ、父も母も、兄も妹も全員死にました、エンディアン王家は滅んだと言って良いでしょう。何番目の姫ですかって? 私が最後の生き残りです」

「嘘だろ?」

 

 意味が解らない。王族最後の生き残りだって? そんな奴がどうして単身人間の村にやって来るってんだ? 嘘にしたってもっとマシな……

 

「それに森に住む者(ビジャ)の王都が落とされてから一月も経っていないのです。未だ暫定政権どころかレジスタンスの組織すらなされて無いのではないかと思います」

 

 いや、何を言ってる? 意味が解らない。エルフの王都って奴は大森林の奥深くに有ると言う、一ヶ月やそこらでココまで逃げて来たなら、殆ど真っ直ぐこの村まで南下してきた事になる。

 

「だ、だったら何か? 帝国に国を攻められてからお前は誰の指示でも無く、自分一人でこの村までやって来たって事か?」

「勿論、そうですが?」

 

 何でもない事の様に断言しやがる。

 本気で言ってるとすれば、只者じゃない所か頭がおかしいサイコエルフの可能性が有る。

 だってそうだろ? 命からがら逃げ出したお姫様が、たった一人その足でそのまま直接他国に乗り込んで助けを求めるってのは意味不明だ。まずは使者の一人も送るのが自然だろうが。

 

「だとしたら、まずはエ……ビジャを纏めて再起を図るのが筋だろ? なぜいきなり人間の村に来た? そんな有様で助けを求めたって求められた方も困るだろ」

「そもそも、私は王都奪還が目標とも、エンディアン王家の再興を目指すとも言っていませんが?」

「……は?」

 

 ――じゃあ何の為に王都に行くのかと、それこそ本当にこのお嬢さんが頭がおかしい事を疑い始めた矢先、こちらを見上げるピンクと銀のオッドアイと目が合った。

 ゾクリと背筋に走る。冷感の正体は考えるまでも無い、その笑顔だ。

 小さな口が三日月の様に、くり抜いた様にぽっかりと開いているし、目には狂気すら孕んだ強過ぎる意思が宿っている。

 

 その顔を見た瞬間に、正気を疑う気持ちも、作り話を警戒する気持ちも吹き飛んだ。

 

 ――復讐だ。

 

 そうだ、さっき言っていた『父も母も、兄も妹も全員死にました』と。

 何でもない事の様に言っていたので上流階級らしく家族の情なんざ薄いのかと思ってしまったが違う。何でもないどころか、きっと彼女の全てが家族だったのだ。

 

 だったら何故何でも無いように言うのか、ましてや嬉しそうに笑うのか。

 

「つまり、あんたはただ引っ掻き回すためだけに、王都ビルダールに行こうってんだな」

「引っ掻き回すなんてそんなつもりは有りません」

 

 どうだか……その笑みに宿るのは狂気、そうなんだろ?

 こんな狂気の復讐に巻き込まれたらたまらない、俺ら冒険者の仕事は報酬とリスクのバランスで賭けをするのだ。損得勘定が壊れてる、ニコニコと命すらベットする様な狂人とは勝負が出来ない。

 

 ――普通はそうさ、普通はな。

 

 でもよ、見捨てられないだろ? こんなに可愛くて悲しくて恐ろしくも目が離せない生き物が復讐と狂気で死んで行くのを。

 やるせない気持ちにうっすらと覚悟を乗せ始めた俺に、髭の村長が割って入った。

 

「じゃ、じゃあ何のために王都に行こうと言うんじゃね?」

 

 俺は勢いこのモジャついた髭を毟りたい感情を爆発させそうになった。そんなもん、尋常じゃ無い様子を見れば解るだろ! 言わせるな! と叫びそうになる。

 

「イタタタタッ! 何するんじゃ!」

 

 いや、考える前にもう毟ってた。正直限界だった。

 

 ――復讐です! と幼気(いたいけ)な少女が決意を込めて口にするのを俺は聞きたくなかった。

 ……だが、少女の決意は俺の先を行っていた。

 

「私は、人質になりに行くのです」

「ひ、人質かね? うへぇ!?」

 

 髭を引っ張られながらも何とか答える村長だが、俺が思わず手を放すと勢い良くひっくり返った。

 予想よりずっと悲しい言葉だったからだ。

 

「人質か……」

「はい……、今まで国交も無かった国に助けを求めるのですから人質は必要でしょう? そして生き残った王族は私一人です」

 

 ――その決意の籠った眼差しが俺を苛立たせる。

 

「それじゃあ、結局国はどうにもならねーじゃねぇか。人質ってのは王様本人がやるもんじゃねぇ、その家族とかがやるもんだろ? 唯一の王族の嬢ちゃんが人質じゃ国が纏まらないぜ」

「ですからエンディアン王家の再興が目的では無いのです、誰が中心に再興しどんな王家が生まれても構わない。ですが森に住む者(ビジャ)とビルダール王国の同盟に時間は掛けられないのです」

「どういう事だ?」

 

 思わず問うた俺の言葉を待たずに――パンッと姫様が両の手で、柏手を打つ様に音を鳴らした。

 

 と同時に部屋が急に暗くなる。

 

「オ、オイ!?」

 急に消えた魔道具の光、天井に頼りないランプこそ有るが、明るさに慣れた目には暗闇の様に錯覚させられた。

 そこに涼やかな少女の声がこだまする。

 

「『我、望む、この手より放たれたる光珠達よ』」

 

 同時に、部屋に光の奔流が、輝く光球が駆け巡りスッと天井に張り付いた。

 初めて見たが、コイツがエルフの魔法か! 魔道具の明かりだと思っていたのも初めからコレだったのか!

 

森に住む者(ビジャ)の魔法、これが帝国の手に渡り、そして帝国にはそれすら打倒した魔法を無効化する兵器が有る。この二つが揃う意味が解らないでは無いでしょう?」

 

 光に照らされた少女の言葉に俺はゴクリと唾を飲む、その姿に圧倒される。

 少女は立ち上がり、右手を広げ左手をその胸に当て、声高に叫ぶ。

 

「私は王都に向かい、ビルダール王国と森に住む者(ビジャ)の間に同盟を結びます、そして……」

 

 俺も村長もピッチフォークの男も、揃って間抜け面を並べるしか出来ない。

 

「帝国を打倒し! その野望を打ち砕く!」

 

 その少女の宣言に、新しい世界の到来を感じざるを得なかった。

 


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