死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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セレナの思い

「はー、先週は酷い目に遭いました」

 

 ゼスリード平原で生きるか死ぬかの戦争に巻き込まれたユマ姫は、ようやく王都に戻ってきた。

 

「私が居ない間、何かありましたか?」

「それが……」

 

 シノニムが取り出したのは瓦版。見出しにはデカデカと事件のあらましが書かれている。

 

 『帝国潰走、呪いの姫君がひと睨み』

 

「あの? この呪いの姫君と言うのは?」

「ユマ姫様であらせられます」

「んぅぅ!」

 

 戦場に引き摺り出されたと思ったら、不気味な二つ名がより強固になってしまった。

 

「わたくし、こんな風聞で婚約者が見つかるでしょうか?」

「それは、大森林を開放したタナカ様と結婚なさるんでは?」

「えぇっ?」

「はぁ?」

 

 コレにユマ姫以上に反応したのはネルネだった。

 

「絶対ダメですよあんなの! ゴミです! クソ以下です!」

「何も、ソコまでは思いませんが……」

 

 ユマ姫にとって祖国を奪還してくれた男だけに、悪くは言い辛い。それに、スフィールまでを二人で冒険した思い出もある。

 

「そんな! じゃあ、ユマ様はタナカと婚約するんですか?」

「あ、うーん、でも、ちょっとあの人はガサツだなとは思っていて……」

「そうですよ、あんな人あり得ません」

「タナカさまと言えば、こんなモノを預かっています」

「えと?」

 

 シノニムさんが差し出したのは、手紙であった。

 

「コレは?」

「セレナ様からです」

「本当ですか!」

「タナカ様に届けてくれと」

「えぇ?」

 

 驚いたユマ姫だが、冷静に考えればセレナと田中は二人で王都を奪還したのだ。手紙のひとつぐらいあっても不思議じゃない。

 

「それにしてもですよ! お姉ちゃんを差し置いてタナカさんに手紙なんて!」

「ユマ様への手紙は毎月貰っているではないですか。それで、この手紙、どうしますか?」

「読みますよ! お姉ちゃんですから!」

 

 姉だから手紙を読んで良いことにはならんだろうと思いながらも、シノニムは手紙を手渡した。

 

「ななな!」

 

 ソレを受け取ったユマ姫は、驚きに目をまん丸にするのであった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「キィムラさん!」

 

 またまた木村の商会に乗り込んだユマ姫は、机を叩いて猛抗議。

 

「私、呪いの姫君っての辞めたいんですけど!」

「それは何度も説明しましたが、悪評であると同時に我々の切り札として、帝国を震え上がらせる手なのですから……家族の仇を取るためと納得したではないですか」

「その家族からの評判が地に堕ちてるんですよ!」

 

 突き付けたのがセレナの手紙だ。

 ちょっとポエミーな、恋する乙女の文面だった。

 

 ――私が病に苦しみ、ぼんやりと森を眺める日々を過ごしている時でした。あなたが私の前に現れて、大牙猪(ザルギルゴール)を叩き斬ったのは。

 ――私が倒さないとって、無理をして出て行った頭を撫でて、子供は寝てろと言い放ち、魔法も使わずに切り裂いた光景が今も目に焼き付いています。

 

 木村は唸る。

 

「……なるほど、しかし、セレナ様が田中に憧れるのは無理もないのでは?」

 

 なにせ救国の英雄である。

 

「違います! その先ですよ!」

 

 なになに? 木村は続きを読んだ。

 

 ――なにより、私が嬉しかったのはあなたが私をバケモノと呼ばなかった事です。

 見事に魔獣を切り裂いたあなたに対抗意識が芽生えた私は、無理を押して強力な魔法を披露しましたね。けれど、あの時の私は、しまったと後悔していたのです。

 

 ――また、バケモノと恐れられるんじゃないかって。

 

 ――だけどあなたは、火の海になって抉れた地面を前に、何でも無いように笑って、ミサイルみたいだなって笑ったんです。

 ――ミサイルが何なのか、私には解りません。

 ――だけど、こんな力が当たり前の世界から、あなたが来たと言う事だけは解りました。

 

「ふむ、実際、こう言う兵器が存在する世界を我々は知っているのですよ」

「だから! その先です」

「どれどれ?」

 

 木村は文面に目を通す。

 

 ――更にあなたは言いましたね。

 

 ――『ひょっとして、お前がアイツの妹か?』と

 

 ――私は言いました。私はセレナ・ガーシェント。姉はユマ・ガーシェントですけどって。

 ――そしたら、あなたは言いました。

 ――そのひと言に、私は救われたのです。

 

 ――『アイツの妹にしちゃ、普通だな』って。

 

 ――私、あんまり感動して、何も言えなくなっちゃいました。

 ――そう、そうなんです。私が恐れられるのは良いんです。他の誰よりも強力な魔法を使えるんですから。

 ――でも、お姉ちゃんの方がずっとバケモノなのに、無能な姉と違って凄い。そんな風に言われるのが嫌で嫌で、仕方がないって、その時初めて気が付いたんです。

 

「ホラ! ココ! ココですよ!」

 

 ユマ姫は手紙をバンバンと叩いて主張する。

 

「愛しのセレナが、呪いの姫君とか言う風聞をすっかり信じているんですよ!」

「そう……なのですか?」

 

 木村のプロパガンダも大森林までは届いていないハズだ。むしろ恐ろしいのはアレだけの魔法使いであり、ユマ姫の妹であるセレナが、ユマ姫こそが危険だと、そう認識している事。

 田中からの忠告もあいまって、その事実が木村にじんわりと染み込むと、目の前の少女があまりにも不気味に思えて来た。先週見た光景も脳裏に浮かぶ。

 

「ちょっと! そんな目で見ないで下さい! ホラ、続きを読んで!」

 

 渋々、木村は続きを読んだ。

 

 ――私が、どんな魔法を使っても、姉には傷ひとつ付けられません。

 人間をバターみたいに切り裂く風の魔法も、耐火レンガを溶かす火の魔法も、辺りを燃やし尽くして空気に毒が満ちたときですら、姉さんは何でもない顔をしていました。

 ――なにより本当に恐ろしいのは、それが当たり前だと、凄くも何ともない事だと、そう思ってしまう事なのです。

 ――私は、本当を、真実を解ってくれる人をずっと探していたのかも知れません。

 ――また、姉さんについて話せることを楽しみにしています。タナカさまへ。

 

「なるほど……流石は呪いの姫君だ、恐ろしいですね」

「あなたが! 広めた! 噂でしょうが! 幼気な妹が完全に鵜呑みにしています! なんですか不死って! 私だって火の魔法で普通に熱かったですからね? あの時なんて、セレナが倒れちゃったから助けてあげたのに!」

「まぁまぁ」

 

 ……ユマ姫をなだめながらも木村は気になった。

 

 辺りを燃やして空気に毒が満ちた? 変なモノを燃やしたのだろうか?

 まさか、空気から酸素がなくなった? それでもユマ姫は動けるのか? まさか! それでは本当に不死身ではないか、と。

 

「何にせよ、呪いの姫君ってのはもう辞めます!」

 

 宣言したユマ姫だったが、木村は木村で、別の手紙を差し出した。

 

「これは?」

「ちょうど、その田中からの手紙ですよ」

「まさか、あの二人が文通!? 何歳差だと思ってるんですか! お姉ちゃん許しませんよ」

「違います」

「え?」

「コレはユマ姫様への、あなたへの手紙です」

 

 首を傾げながら、それでもユマ姫は封を開けた。

 

 ――やべぇ、プラヴァスがキナ臭ぇ事になってきた。

 ――暴力で解決出来るなら良いが、そうじゃねぇ。どうにも麻薬が蔓延し、恐らく帝国が裏で糸を引いてやがる。

 ――正攻法じゃダメだ、とにかくポンザル家をビビらす必要がある。

 ――しかもだ、アイツの父親が居るかも知れねぇ。

 ――まん丸の空飛ぶ機械と、エルフを見たって奴が居るんだ。俺じゃ丸く収める事は出来やしねえぞ?

 ――アイツを呼べよ、ユマ姫を。呪いの姫君をさ。

 

「何ですコレ!」

「田中があなたへ助けを求めています。呪いの姫君の力が必要だと」

「そんな事より、父様が?」

「ええ、プラヴァスに居るかも知れません。そして、ハッタリでも何でも良いから相手を動かさないと事態が収まらないと」

「え? じゃあ?」

「はい、呪いの姫君は続行でお願いします」

「そんなー」

 

 こうして二人はプラヴァスに向かうことになる。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「あの! 何にも見えないんですけど?」

 

 魔導車の車内に押し込まれ、ユマ姫は目隠しをされていた。

 だが何も、誘拐された訳では無い。

 

「コレで完成です」

「あの? ホントに何にも見えませんよ?」

 

 満足げなシノニムにユマ姫は不安を訴えるが、運転席の木村がフォローを入れた。

 

「呪いの姫君の噂は、遠いプラヴァスではより物騒なモノになっていまして」

「え? まさか、私が見ただけで死ぬってアレですか?」

「その、まさかです。ユマ姫のハッタリを最高の状態にする為にもその姿でお願いします」

「えぇ……」

 

 そうしていよいよ、ユマ姫はプラヴァスへと乗り込んだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「これはこれは、遠くからお越し頂き、光栄、と言うべきかな?」

「トボけやがって、おい皆、このオッサンがバイロン、ポンザル家の当主代理だ」

 

 プラヴァスに到着するなり、一行は問題のポンザル家へと直行させられた。

 田中曰く、ボロが出る前に決めた方が良いと、そう言う事だ。

 

「…………????」

 

 いきなりポンザル四兄弟の長男にして、当主代行であるバイロンの目の前に連れ出されたユマ姫は困惑していた。

 

「しかし、ソレが噂のユマ姫か、なるほど不気味だな」

 

 そして、バイロンも困惑していた。この世界でもユマ姫は黙って居れば美しく、目隠ししに加え、異国の衣装を身に纏った姿となれば、異様な雰囲気がある。

 

「なぁ、今日はハッキリ教えてくれよ。なんで麻薬なんて扱った? アレはヤベェって言っただろう? 帝国の言いなりになりてぇのか?」

「ふん、余計なお世話だ。それにアヘンは毒なだけではない。痛み止めやなど様々な効果がある」

「痛みを忘れて、取り返しのつかないことになるぞ」

「外の人間には我らの苦しみ解らぬだろうな」

 

 ……さて、この田中とバイロンの気安さはどうだ?

 

 今回は、歌姫の伝説を探る必要のなかった田中は、主にコーヒーを目的にポンザル家と密に会談を重ねていた。

 だからこそ、今回はリヨン氏のブラッド家よりもポンザル家との関係が強固になっている。

 

 と、そこでいよいよユマ姫にお鉢が回ってきた。

 

「おいユマ姫様よ、お得意の眼力でこのオッサンを見透かしてくれよ」

「何を言っている!」

「ユマ姫の呪いは隠し事や悪事を全て見透かす、隠そうとすれば死が近づくぜ? 何も後ろめたい事が無ければ問題ねぇだろ?」

 

 そう言う設定だ。

 だから、田中はユマ姫のハッタリでバイロンの動きを探ろうとした。目線や仕草の一つ一つに注意を払う。隠したいのは地下か、境界地か? それとも帝国の陰謀に巻き込まれただけなのか? とにかくユマ姫には事態を解決する何らかの力があると、田中はそう直感しているのだ。

 しかし、当のユマ姫はそんな思惑をぶち壊しにしてしまう。

 きゅぅ~~と、可愛らしい腹の音が鳴ったのだ。

 

「…………」

 

 一瞬の、静寂。その場に集まった一同に、何とも言えない空気が流れた。

 少しだけ恥ずかしそうに、控え目にユマ姫が手をあげる。

 

「あの、わたくしお腹が減ったんですけど……」

 

 台無しだ。せっかくの神秘性が台無し。

 しかし、ユマ姫の言葉も、無理はない。長旅の末に、ロクに食事も摂れず会談の場に突撃させられたのだ。

 だが、お腹が減ったなどと、あまりにも呪いの姫君らしからぬ物言い。化けの皮が剥がれたと、コレはただの子供だと、バイロンはニンマリ笑った。

 

「これはこれは、客人を空腹にさせるなどポンザル家の恥、もちろん食卓を共にして頂けるのでしょうな?」

 

 バイロンは呪いの姫君の化けの皮を剥がす気でいた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「是非、自慢のごちそうを、と言いたい所ですが、普段の我々の食事こそが最もプラヴァスらしさを感じて頂けるでしょうな」

 

 食堂に移動した一同にバイロンが供したのはプラヴァスではありふれた芋。

 

「フォッガか、俺もコイツは気に入ってる。ホクホクしてウメェんだ。それにしてもコレが普段の食事とは御大臣だな。フォッガは高いモンじゃねぇが、近年の不作でこんなデケぇフォッガは最近見てねぇぞ」

「フッ、少々見栄を張りましたかな」

 

 なるほど、美味しそうなお芋であった、チーズをふんだんに使ったソースが掛けられていて、匂いだけで食欲をそそる。大皿の大きなフォッガを女中さんが目の前で切り分け、配っていく。

 目の前のフォッガに木村は興味津々、コレは芋でなく茸では? と正解に気付いたし、シノニムはどう食べるのがマナーに沿うかと悩んでいた。

 そして、当のユマ姫は?

 

「あの、コレ取っても良いです?」

 

 まだ目隠しをさせられ困惑していた。

 もう、台無しの台無しである。すっかり諦めた一同は、ユマ姫の目隠しを取る事に。

 

「どうぞ……」

「はー良かった」

 

 シノニムさんに目隠しを取って貰ったユマ姫は嬉々として皿を見て……固まった!

 

「なっ! な!」

 

 珍しい位に顔を蒼くして、狼狽えるではないか。

 

「どうしました?」

 

 心配そうに尋ねた木村に、バンバンと机を叩き、歯を食いしばって訴えた。

 

「コレ! 毒ですよ!」

 

 場が、凍った。またぞろ、ユマ姫が失礼な事を言い始めたからだ。

 

「オイオイ、こりゃプラヴァスではありふれた芋だぜ?」

「大皿から取り分けたのですから……」

「味が心配なら我々が先に食べますよ?」

 

 仲間からもこの扱い、ユマ姫は面白くない。

 

「え、疑ってる? どう見ても毒じゃないですか! コレ、死苔茸(チリアム)ですよ?」

死苔茸(チリアム)……」

 

 木村も聞いたことぐらいはある、死苔茸(チリアム)は最強の毒の一つ、解毒薬もなく一度飲むと絶対に助からない。

 

「ま、ありふれた毒ですけど、対処が遅れると下手すれば死んじゃいますからね」

 

 ただし、大森林の魔力が濃い場所で取れるキノコなので、エルフにとっては馴染みの毒キノコであった。

 しかし、同じキノコでも魔力が薄いプラヴァスで育ったモノは毒がないのだ。ここでは芋として扱われて、常食されている。だからこそバイロンは心外だとばかり鼻を鳴らす。

 

「ふん、とんだ言いがかりですな。我々のフォッガが毒ですと?」

「誰がどう見ても、毒ですよ!」

 

 爛々と目を輝かせ、ユマ姫はフォッガが載った皿を突き返す。食べれるモノなら食べて見ろと言うのだ。

 自信満々な姫の態度にあてられて、バイロンはユマ姫の瞳を見てしまう。

 オッドアイ。ココでのユマ姫も左右の瞳は色が異なり、見る者を圧倒する。毒を盛られたと確信し、揺るぎない。子供であるが故に、嘘も欺瞞もまるでない。

 これが呪いの姫君の目かと、バイロンは心の内で唸った。確かに嘘をつくと恐ろしい気がしてくる。

 

「これは参った、いや、確かにその芋は毒だ」

 

 素直に認めた。バイロンにしてみれば、ちょっとしたイタズラだ。呪いが話半分でも命を賭ける気にはならなかった。

 大森林の死苔茸(チリアム)と違って魔力の薄いプラヴァスではフォッガと呼ばれ常食されている。

 ただし、魔力が濃い地下遺跡でとれる一部のフォッガには毒が含まれていた。そうは言っても急に毒性が強まる訳じゃない、魔力がほどほどなら、腹を下す程度の毒で済む。

 

 無敵と恐れられる呪いの姫君が、腹を下してのたうち回る様を笑ってやろうと言う魂胆だったのだ。

 

「ワシは多少は慣れてるからな、この程度なら腹も下さん」

「ちっ、トンだ歓迎だな」

 

 悪態をつきながら、田中は口に含んだフォッガを吐き出した。

 こうなると途端に元気になるのがユマ姫だ。

 

「ほらぁ! やっぱり毒じゃないですか! 皆さんこんな当たり前な毒キノコも知らないんですかぁ?」

「…………」

 

 ウザいことこの上ない、どや顔で周りを責め始める。

 

「はー、皆に酷いこと言われて、わたし、喉が渇いちゃいましたよ。飲み物ないんですか?」

「どうぞ……」

 

 渋々、シノニムが水差しを手渡した。ユマ姫はひったくる様に奪うと、ゴクゴクと水を飲む。美味しそうに飲み干して、ホッと一息。

 そのユマ姫が、カッっと目を見開いて、叫んだ。

 

「この水も、毒じゃないですか!」

 

 場が、凍った。またぞろ、ユマ姫が失礼な事を言い始めたからだ。

 しかし、二度目となれば、もう、笑う者は居なかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「と、言う事は遅効性の毒が含まれていると?」

「そうです、金属が少しずつ体に溜まるんですよ」

 

 ユマ姫は、王族である。

 当たり前だが、忘れそうになる事実。だからこそ一通りの毒に知識がある。それも()()()と違って、舌を傷つけたり、刺激が強いモノを好んで食べたりもしていない。

 人一倍、味覚は敏感であった。

 

「この手の毒は、僅かな味の違いで判断するんです。口当たりが凄く重いのに、ぬるりとして奇妙な滑らかさを感じるのは良くないんです」

「よく、解りませんね」

 

 僅かなら害は無いと聞いて飲んでみるが、シノニムには違いが解らない。もちろん、木村もだ。

 ただし、木村には知識があった。重金属中毒だ。ユマ姫の発言もソレを思い出させるに十分。

 

「遺跡で金属を発掘すると、周囲の水が汚染されることがあるんです。少しなら毒ではないのですが、ずっと飲んでると酷い事になりますよ」

「症状を聞いても良いか?」

 

 乗り出して尋ねる。バイロンには心当たりがあった、あり過ぎた。

 

「一番は関節痛。強烈で、それこそ麻薬でないと抑えられないほど。耐えられず発狂し、のたうち回る事になるって聞きました」

「ぐぅ……」

 

 まさに、ソレこそがポンザル家の当主であるバイロンの父親を苦しませている病。もちろん当主だけではなく、ポンザル家の者全てが少なからず訴える不調の原因だったからだ。

 

 ポイザンは洗いざらいを白状した。

 それと木村の予想を組み合わせると、出来上がった物語は、こうだ。

 

「まずは帝国の人間が、ポンザル家の地下から現れた、遺跡を通って。遺跡の上に居を構えるポンザル家すら知らないルートで帝国との交易を持ちかけた」

「そうだ」

「遺跡を通って驚いたと、希少な金属が山とあると、発掘してくれないかとポンザル家に依頼した」

「そうだな」

「ソレが罠だ。もちろん金属だって欲しかったろうが本当の狙いは重金属中毒を引き起こす事」

 

 それによって、重金属中毒が蔓延し。麻薬が売れる。麻薬ナシで生きられなくなる。

 その後は坂道を転げ落ちるようなモノ。

 

「金が無くなると、今度は奴らは水を売るように持ちかけて来た」

「水を?」

 

 プラヴァスで水は貴重だが、流石に高値で売れる程では無い。プラヴァスの近くには聖域と呼ばれる豊かな湧き水があるからだ。

 

「ソレを止めると言うのだアイツらは」

「なに? そんな事が出来ンのか?」

「出来るんだろうな、奴らは遺跡を知り尽くしている」

 

 つまり、水を止めるから地下水を独占的に売れと。

 

「そんな事をすれば暴動になると止めたさ、ワシもな」

「なら武器も売ると、そう来た訳か」

「悪魔だな」

 

 まずは貴重な金属を買い叩く。もちろん金属中毒の危険は教えない。

 すると重金属中毒になり、痛み止めに麻薬を売りつける。

 ポンザル家に金が無くなると、次はプラヴァスの水を止め、傀儡となったポンザル家に水を売らせる。自らは姿を見せず、ポンザル家を矢面にプラヴァス中の金を吸い上げる。逆らう者はこれで殺せと、銃を渡す。

 銃は火薬が無くては使えず、帝国には逆らえない。麻薬だってある、逆らえるハズがない。

 そして重金属中毒が広がれば、さらに麻薬が売れる。

 

 自らは一滴の血も流さず、骨の髄までプラヴァスから生き血を吸うための策。どこまでも卑劣で、帝国にはどこで止めても一切の損がない。

 全ての真相を明らかにすれば、バイロンの腹は決まった。

 

「これから、奴らが来ることになっている。会って貰えるか?」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「全く、祟ってくれるわね!」

 

 魔女クロミーネとソルンが球体ドローンに乗って逃げていく。

 

 不意打ちは決まった。しかし、決めきれなかった。

 

「シュゥゥゥ」

「うぉぉぉぉ!」

 

 この男が居たからだ。エリプス王、ユマ姫の父親を捨て駒にして魔女は逃げた。

 

 最強の剣士同士の戦いは、だれもその剣閃を目で追えない。常人には立ち入れない。

 

「父様!」

 

 いや、居た。ユマ姫だけは剣戟の嵐の中に躊躇無くツッコんだ。

 誰も立ち入れないハズの嵐のただ中、全ての剣戟がユマ姫をすり抜けた。

 

 たまたま当たらなかったのか、()()()()()()()()()()()()()()()

 木村には判別がつかない。

 

「父様、どうして」

 

 とにかく、ユマ姫はエリプス王の下まで辿り着いて、縋りついた。動きを止めたエリプス王をすかさず田中が峰打ちすれば、エリプス王の意識を奪うことに成功する。

 しかし、倒れ伏したエリプス王は目を覚まさない。症状を見て、木村は宣言する。

 

「遺跡に、連れていきます!」

 

 エリプス王は魔力欠乏に掛かっていた。急いでプラヴァスを離れる必要がある。それも、魔力が濃くて医療設備がある場所となれば、セレナが住む遺跡しかない。

 

 ……普通なら、プラヴァスを隔てるゴッデム砂漠を気絶した患者を抱えて踏破するなど不可能。ただし、今回の一行は貴重な魔導車を貸し切って来ている。気絶した病人を一人ぐらいなら運べる。

 

「行ってきます!」

 

 そうして、木村が運転し、看病にシノニムがついて、魔導車は旅立った。

 ユマ姫は置いてきぼりである。

 

「うー何で? 私の父様ですよ?」

「いや、主役のお前がいねぇと場が収まらねーよ」

 

 ユマ姫は納得行かないが、プラヴァスを鎮める為にも、王族であるユマ姫の看板は必要だった。それに看病となればユマ姫は力にならない。仕方のない人選だ。

 

「ワシからも礼を言う、何と言って良いか。これでブラッド家とも争わずに済む」

 

 横柄なバイロンが神妙に頭を下げた。しかし、ソコに駆け込んだ男が慌てて耳打ちするのだ。

 

「なに? ボイザンの奴が?」

 

 突然の凶報。

 四男のボイザンが、ブラッド家の姪っ子、カラミティを攫ったと言う報せだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 四男のボイザンは既にアヘンに冒され、正常な判断力を失っていた。

 三男のガーラッシュは帝国と通じていて、水が毒であると知っていた。

 

 結局、この世界でも二つの生首を土産に、バイロンとドネイルはブラッド家に詫びを入れる。

 

「この通りだ、済まなかった」

「いえ、良いのですよ。結局、カラミティの奴も何もなかったのですから」

 

 リヨンは鷹揚に頷き、二人を許した。()()()と違い発見が早く、今回のカラミティには何もなかったからだ。

 

「むしろ、詫びを入れるならユマ姫様にでしょうね。この度、我らは異国の姫君になんと世話になった事か」

「うむ、そうだな」

 

 リヨンとバイロンは頷いて、提案する。

 

「よろしければ、ウチのカラミティを連れていってはくれませんか?」

「何にも無かったとは言え、大通りで攫われたとあっちゃ、影で色々言われちまうからな。責任もってポンザル家がたっぷり持参金を持たせる。異国で貴族として扱ってはくれないか?」

「ええぇ?」

 

 かくして今回もカラミティちゃんは王国に送られる事になるのであった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そうして、田中のバイクの前後に乗って、カラミティちゃんとユマ姫はプラヴァスを後にする。

 完全に定員オーバーだが、小柄な少女二人だからこそ何とかなりそうだ。スロットルを吹かして発進する直前、田中はプラヴァスを振り返る。

 

「ソレにしても、結局プラヴァスは救えなかったな」

「ええっ?」

 

 ユマ姫としてみれば、完全に全てを解決したつもりで居たのだ。

 

「いや、事件は解決したさ。ただ、本当にヤベェのはここんとこの日照りでな、このままじゃ全員干上がっちまう」

「なんだ、そんな事ですか」

 

 事件はともかく、お天気までは解決なんて出来っこない。心配するだけ損である。

 

「ワカンネーかも知んねぇが、砂漠の水は命そのものだぜ」

「ふふっ、だいじょーぶですよ、エルフに伝わるおまじないを伝授しましたから」

 

 おまじない。女の子が好きな奴かと田中は肩を竦める。

 

「雨乞いのまじないか……ないよりマシかね?」

「効くんですよ、丁度、死苔茸(チリアム)があったから良かったです」

「毒キノコを何に使うんだ?」

 

 少し興味が湧いた田中に聞かれ、ユマ姫はムスッくれて答えた。

 

「毒キノコの死苔茸(チリアム)を太陽に捧げるんです、すると太陽が死んで、雨が降る。そんな言い伝えがあるんですよ、でも……」

「なんだよ?」

「あの人達、どうせなら呪いの姫君が太陽を呪い殺してくれって言うんですよ? 太陽を見たせいで、わたし目が痛くなっちゃいました」

「ハッ、そりゃ良いや! ただし、本当に太陽を殺すのは止せよ?」

「殺せませんよ! 馬鹿にして」

 

 ゲラゲラ笑う田中を無視し、ユマ姫はさっきから黙ってるカラミティに声を掛ける。

 

「あの、カラミティさん?」

「な、なんです?」

 

 明らかに元気がなく、口数も少ない。突然事件に巻き込まれ、望まぬ出国を余儀なくされたのだから無理はなかった。

 何か話題はないかと考えると、頭に浮かんだのはプラヴァスで見たあの美青年。

 

「あの、リヨンさんについて何ですけど、あの人、結婚してますか?」

「リヨン叔父様ですか? とくに婚約者も居ませんけど?」

 

 ユマ姫は唸った。しなやかな黒豹を思わせる美青年のリヨンは、見とれるほどに格好良かったからだ。

 

「うぅ! なんでタナカさん! バイロンなんてオジサンじゃなくてリヨンさんと仲良くしてくれなかったんですか!!」

「いや、知らんがな!」

 

 姦しく騒ぐユマ姫に、田中はすっかり参ってしまった。


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