死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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塔の上の戦い

「正直、戦況は良くありません」

 

 翌日、戦場へと向かう車内にて、木村は二人に包み隠さず打ち明けた。

 

「それは、私が逃げ帰ったからですよね?」

「そうですね、使者に言い負かされて泣いて帰ったと、よほど失礼な事を言われたんだろうと噂になってます」

 

 言葉なら良かったと、ユマ姫はカツラを抱きしめる。ソレを見たネルネは音が出るほどに奥歯を噛み締めた。

 

「じゃあ、私がテムザンって奴を殺せば良いんですね? 殺しますっ!」

「ネルネ、それは……」

 

 流石に無茶とユマ姫はなだめるが、あろう事か木村は頷いた。

 

「確かにそうです」

「キィムラさん!」

「ですが、そのテムザンが居るところが問題なんですよ……ほら、見えてきました」

 

 魔導車の車窓から見え始めたのは、高い櫓だ。いや、もはや塔と言うべきか?

 

「な、何ですかアレ?」

「この前まであんなの無かったじゃないですかぁ!」

 

 あんなのが建っていれば、平原の入り口からでも丸見えだ。あの塔はここ数日で建った事になる。

 

「恐らくは、ユニット工法」

 

 木村が呟く。帝国はパーツを組み立てるように僅か数日で塔を作ったのだ。

 

「なに、あのド派手なの! あの最上階にテムザンが?」

「間違いありません、奴はあそこに居る」

 

 そう、塔はあまりにも派手だった。きっと去年に木村が立てた櫓の意趣返し。

 

「呪いの力、殺せるモノなら殺してみろと、ド派手な塔、どこからでも見える最上階に居座って、そう言っているのです」

「くやしい!」

 

 塔には塔を。呪いの姫君の噂を完全に逆手に取っている。

 呪いを恐れ、人目を憚る兵士が多い中、誰よりもユマ姫の恨みを買った総大将が目立つ塔の上にデンと構えているのだ、呪いなど存在しない証明に、これ以上のモノはない。

 

「でも、どうやってあんな所を攻撃するんですか?」

 

 ユマ姫の疑問はもっとも、塔は30メートル以上。遙か遠く、隔てるフィーナス川を挟んで敵陣のど真ん中。フィーナス川ギリギリまで近づいたとしても600メートルは距離がある。

 これでは絶対に届かない。

 

 ……コレも、木村の失敗と言えば失敗。

 前回の戦場、木村はライフルで狙える距離の将校を次々撃ち抜いた。それはあまりに見事だった、見事過ぎた。

 ――だから見切られたのだ。

 木村の作ったライフルの有効射程が、約300メートル前後だと。

 その倍の距離、加えて高所で陣取れば、弾は絶対に届かない。そう計算されたのだ。

 

「あんま舐めてくれるなよ、ブチ切れてるのはコッチも同じだ」

 

 木村は、秘かに怒っていた。こんな舐めた真似をされて、怒っていないハズはなかった。これは明確に木村に対しての挑戦なのだから。

 

 改良した長大なスナイパーライフル、収めた物々しいケースを撫でて、極彩色の塔を睨む瞳は決意に燃えていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「こんなモノどうやって?」

 

 ユマ姫が驚くのも無理はない。

 こちら側、王国軍にも塔が建ったのだ、それも、一晩どころではない、一瞬で、だ。

 

「寝かしておいた塔を立てただけですよ」

「そんなことが?」

 

 なんでも無いように木村は言うが、出来るハズが無い。なにせ普通なら強度が足りない。強度を求めると、百人掛かりでも立ち上がらない重さになる。

 しかし鉄よりも軽く丈夫な素材。たとえばそう、蜘蛛の魔獣の足を組み上げた塔ならば、どうだろう?

 

 そのまさか、即席の魔獣の骨塔が、フィーナス川の川岸にそびえ立つ。

 

「な、何て不気味な!」

 

 見上げるユマ姫は思わず腰が引けてしまった。

 

「登りますよ」

「はいぃぃぃ」

「殺すッ殺すッ」

 

 三人でハシゴを登る、それがユマ姫には恐ろしい。高さがあるのに軽い塔はとにかく揺れるのだ。

 

「た、高い!」

 

 そうして辿り着いた骨塔の頂上、極狭いスペースに三人が陣取った。

 

「それでも、向こうよりは低いですね」

 

 ネルネの言う通り、アチラは30mでコチラは20m程度しかない。

 

「塔はこれで精一杯、後は腕の見せ所と言う事です」

「殺りますよ、絶対に、殺します!」

 

 木村はライフルを取り出し、ネルネは旧式の火縄銃に火薬を込めた。木村はゾーンに入っていた極限の集中状態で塔を睨む。だからネルネの方を見ていない。

 見ていたら、きっと止めた、あまりにも多くの火薬を込めていたからだ。

 

 実のところ、木村はネルネの腕をちょっと筋が良い程度に見積もっている。だから、無茶はするまいと思っていた。

 だが、ソレは間違いだ。ネルネは限界まで火薬を入れた、これ以上入れたら火縄銃が壊れる本当のギリギリまで。

 決められた量の火薬が詰まった銃弾と違い、前装式の火縄銃は、やろうと思えば幾らでも火薬を入れられる。もちろんやり過ぎれば銃身が弾け大怪我をするのだが、ネルネは全く厭わなかった。

 

 そんな事を知らない木村はスコープを覗き込む。コレも丹念にレンズを磨き抜いた特注品。敵は600m先、なのに表情まで見通せる倍率。

 それにしても憎らしい顔の爺さんだ。

 そう思った時、木村の隣でネルネが吠えた。

 

「ぐうぅぅぅ! あのハゲがテムザンですね!」

「!? そ、そうでしょうね」

 

 木村は心底驚いた、なにせネルネの火縄銃にスコープなどない、600m先のテムザン将軍は点のようにしか見えないハズだ。尋常では無い視力。

 しかし、思い直す。

 この世界、驚く程に目が良い人間はそれなりに居る。珍しいが居ないではない。ネルネちゃん流石だなと、木村はそれだけ思うだけだった。

 

 そのネルネは銃を構え、「うー当たらないよう」と呻いている。

 やはり筋が良い、とここでも木村は感心する。構えた段階でとても当たらない距離だと悟ったのだ。それでも諦めず必死にテムザンを狙おうとするネルネに、木村は勇気を貰った気がした。

 

 次は自分だ、木村は慎重にダイヤルを回し、ゼロインを合わせる。

 

「500までしかねぇや」

 

 だが、ダイヤルは500mまで、600mの狙撃など木村だって想定していなかった。

 繰り返すが、この世界の銃の精度はあまり良くない。射程も短い。100mでキッチリ当たれば上等と言う所。

 なにせこのスナイパーライフルにして、バレルの旋条も、弾丸へ雷管と火薬を詰めるのも、ひとつひとつ木村の手作りだ。

 600mはゼロインが取れない。だから500に合わせたダイヤルから更に少し上を撃つ。もちろん勘で。高低差だって考えれば、かなり上にハズして撃つ必要があった。

 

 木村は大きく息を吐く、きっとチャンスは一度きり。

 逆に言えば、一度撃つまでは大丈夫だ。相手はユマ姫の呪いなど無いと、証明したがっている。その為にわざわざ塔まで建てたのだから。

 

 ユマ姫がポーズをとってテムザン将軍を指し示し、そこをすかさず木村が狙撃する手筈。

 しかし、相手にしてみれば危険を冒すのは一度で十分。二度三度と撃たせてくれるハズが無い。コチラが立てたひょろひょろの骨塔は大砲でも食らえば倒壊は免れない、撃った後は即座に撤退するしかないのだ。

 

 引き金にかけた指が震える、ほどよい緊張が体を巡った。

 

「やって下さい」

「はいっ!」

 

 合図と共に、ユマ姫が構える。見せかけだけの魔法の杖。それを極彩色の塔の頂上、テムザン将軍に向けて突き付けた。

 

 今だ! 木村は引き金を引く。

 

 ――パァン!

 

 大きな手応え、それでもブレずに銃弾は発射され、木村が思った通りの軌跡を辿る。

 もちろん肉眼で見えるハズがない。だが、引き延ばされた時間の中で、木村には発射した弾丸が見える気がした。ソレほどの集中力。

 

 放たれた弾丸はそのままテムザン将軍に迫る、あわや命中、その瞬間だ。

 ピシリと空間がひび割れ、将軍の目と鼻の先、弾丸が止まった。何故か?

 

「ガラス!」

 

 テムザンは、二重三重に保険を打っていた。

 魔女が持つ防弾ガラスを買い取り、吹きっ晒しに見せかけた塔の最上階、その前面を守らせていた。

 スコープで覗く先、ひび割れたガラスの向こうで笑うテムザンの顔までハッキリ見えた。

 

 やられた! 木村が歯噛みする横で、声がする。

 

「今っ!」

 

 ――バァァン

 

 続いてネルネが発砲したのだ。その音に、どれだけの火薬をぶち込んだのだと木村は驚愕する。

 運良く壊れなかった銃身は、それでも大きな反動でネルネを転がした。

 

「ネルネッ!」

 

 ユマ姫が受け止めなければ、塔から落下していたに違いない。

 

「姫様ッ!」

 

 二人はそのまま、抱き合った。泣きながら。

 

「私、撃てました! やりましたよ! グチャグチャのメタメタにしてやりました」

「ありがとう、ありがとぅー」

 

 感動的な光景。木村ももらい泣きしながらも、一応スコープで塔を見る。

 

 ……誰も居ない、既に引き上げたようだ。

 当たり前だが、ネルネの弾丸が当たった形跡もない。

 

 いや、コレで良いんだ。ココからはオーズド伯とそして自分の仕事だ、二人の戦いを見て、兵士だって勇気づけられたに違いない。

 木村は決意を新たにした。

 

「さぁ、敵が攻撃してきますよ。塔を降りましょう」

「はい!」

「わかりましたぁ」

 

 そうして、引き上げた本陣。オーズド伯と合流する。

 

「お疲れ様でした、首尾は?」

「失敗です、やれませんでした」

「でしょうな」

 

 当たったらラッキー程度の策、オーズドも大して期待していなかった。

 

 そうして、向き直った戦場。ユマ姫とネルネを本陣深くに預け、木村は虎の子の鉄砲隊を率いて前線へ向かう。フィーナス川を挟んでのにらみ合い、ゲイル大橋は絶対に渡らせてはならない。

 

 

 ……そうやって、勢い込んで戦場に立った木村だが、何かがオカシイ。

 

 戦は生き物と良く言うが、生き物であるが故に隠そうとしても隠せないモノが有る。敵陣がザワザワと落ち着かず、不穏な空気が伝染していく。

 農兵だけでなく、騎士クラスにも、我先に逃げようとする者が現れているのが見て取れた。

 

 何かがオカシイ、コレはなんだと味方にまで恐怖が伝染しかけたその時、風采の冴えない男がフラリと木村の傍を通りかかった。

 木村が個人的に放っていた密偵の一人だ、目立たない男、だからこそ役に立つ。

 男はどさくさに紛れ、小さい手紙を木村の服に忍ばせて、消えた。

 

 木村は、何気ない仕草で手紙を広げる。

 

 『テムザン将軍変死』

 

 ただそれだけが、書かれていた。


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