死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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呪いの力

「テムザンのジジイめ、くたばりおったか」

 

 テムザン将軍死亡のニュースは、帝国陣地を瞬く間に駆け巡った。

 死因は、転落死。肝いりで建てた華美な塔、その天辺から無惨に転落したと言う。

 

 報告を聞いたタリオン伯は、馬上で笑う。

 

「ジジイめ、年甲斐もなく高い所ではしゃぐからそうなるのだ」

 

 罵りつつも長年の戦友に祈りを捧ぐタリオン伯。その横でポツリと呟く声がした。

 

「まさか、呪い……」

「馬鹿な、お前まで耄碌したかミニエール」

 

 そう、タリオン伯は、ロアンヌ領の領主であり、宣戦の使者であるミニエールの父である。彼女もまた轡を並べ、女だてらに父と戦場に立っていた。

 

「しかし、私は宣戦の後、くだんの姫君と実際に会話をしています」

「くどい! お前自身、ユマ姫は呪いなど無縁と申したではないか」

「ですが、彼女が呪いと無縁にしても、周囲までそうと限りません」

「ふん、迷信だ、呪いなど」

「そうでしょうか? 私のカツラはテムザン殿が用意した。あれはユマ姫の母君の髪の毛で作らせたモノ。エルフがテムザンを呪うには十分な理由になる」

「だとしたら、お前も呪われるのか? ミニエールよ」

「解りません」

 

 絞り出したミニエールの力ない声に、タリオン伯は激昂する。

 

「惰弱だぞ! 心まで女になったか! ならば戦場になど踏み込まず編み物でもしていれば良いモノを!」

「ですが、あのテムザン殿が転落など……」

「むぅ」

 

 確かに、テムザン将軍はそこまで耄碌していなかったはず。タリオン伯は使者に水を向ける。

 

「どうなのだ? 流れ矢に撃たれて落下したとか、そんなところか?」

「それが……」

「まさか? 貴様までが呪いなど信じるか!」

 

 しかし、良く見れば使者の動揺は尋常ではなかった。脂汗が浮かび、唇は青く震えている。

 まさかと周囲に目を向ければ、じわりと兵士にも落ち着かない空気が伝播している。何かがあったと見るべきだ。

 

「話にならん! ワシが検分してやる! 行くぞミニエール」

「は、ハイ!」

 

 戦況はゲイル大橋を挟んで膠着している。ならばとタリオン伯はテムザンの死体を検めるべく塔へと向かった。

 

 そこでタリオン伯が見たモノは?

 

「これがテムザン将軍です」

「何の冗談だ?」

 

 信じられるハズがない。

 テムザン将軍の小姓を散々に脅して、ようやく出て来たのが、小さな頭蓋骨だったのだから。

 

「馬鹿を言え、今朝までピンピンしておった者が、どうして白骨死体に成り果てる!」

 

 それはあまりにも綺麗な頭蓋骨だった。人力で肉を抉ってもこうはならない。野ざらしにされて数ヶ月は経過した白骨と言うのが相応しい。

 

「それに、他は、体はどうした?」

「コチラに……」

 

 そういって、戸板に乗せられ奥から引っ張り出されたのは、グチャグチャのメタメタに溶けた肉塊だったのだ。

 

「な、何だコレは!」

「テムザン将軍のご遺体でございます」

「言うに事欠いて! ワシも戦場に長いが、こんな死体は見たことも無い」

「では、コレを何と見ます? 死体ではないと?」

「むぅ……」

 

 まだ腐ってもいない新鮮な肉が、スライムみたいなゲル状になり果てるなど、歴戦のタリオン伯にして、見たことも聞いたこともない。

 しかも、衣装だけは殆どそのまま原形を保って肉の間に埋まっているのだ。

 生きながらに肉が溶けたと言うほか無い。こんなモノを見せられて冷静で居られないのがもう一人の呪いのターゲット。顔面を蒼白に、歯の根も合わない。

 

「の、呪い! コレが呪い!」

「待てミニエール、うろっ、狼狽えるな! 話せ! テムザン将軍に何があったのだ!」

「それは……」

 

 将軍の小姓はぽつりぽつりと、塔の上での顛末を語り始めた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ほっほ、愉快愉快」

 

 テムザン将軍はそう笑い、上機嫌でした。

 一晩で天にもそびえる塔を建てたばかりか、我々が止めるも構わず、昨夜は塔の天辺で酒を飲み、大いに騒いで見せたのです。

 もちろん、ただ享楽に耽っていたのではなく、全ては呪いを恐れぬ御身を見せつけるため。

 華美な塔が夜空に輝いて、真昼の様な明るさだったと兵達は語ります。

 

「それは知っておる、聞きたいのはその続き、先ほどの攻防だ!」

 

 タリオン伯が机を叩けば、小姓は首を竦める。

 

 もちろん話します。ですが、隣で見ていた私にも良く解らないのです。

 

 ……いえ、そう慌てず、順を追って、最後まで話を聞いて下さい。まずは塔を建てた翌日、ユマ姫を乗せたと覚しき敵の車が戦場に現れました。

 それにあわせて、突如として川岸にあの塔が建ったのです。

 

「ソコまではコチラからでも見えておった。あんなものは寝かせておいた物見櫓を立てただけ、だから何なのだ?」

 

 そうでしょう、そうでしょう。あの塔はコチラの塔ほどではないですが、それは十分に大きかった。戦場のどこからでも見えたに違いありません。

 そして、遠くからご覧になっては解らなかったでしょうが、私は将軍から遠見鏡を貸して頂き、その姿をハッキリ確認しております。

 

「だから? あの塔がなんなのだ!」

 

 ……アレは魔獣の骨で出来た呪いの塔だったのです。

 

「呪いだと?」

 

 そうとしか思えません、そうでないなら骨で塔を組み上げる道理などありますまい。

 事実、あの塔が立った後、ユマ姫が塔の天辺に現れました。

 

「何だと!?」

 

 ええ、ええ、間違いありません。あまりにも距離がありましたが、あの不気味な姿、見間違えるなどありえません。

 

「それで!?」

 

 はい、それでもテムザン将軍はご機嫌で、ユマ姫に舞を披露すると踊り始めるありさまでした。何とも肝の太い御方です。

 

「ジジイめ、それで落ちたか」

 

 いえいえ、そうではありません。

 始まった塔と塔とのにらみ合い、まずは敵塔でユマ姫がコチラに向けて杖を構えたのです。

 

「フンッ、どうなった?」

 

 そして、その隣、例の商人が、銃を構えて撃ったのです。吹き上がる煙がハッキリと見えました。

 

「やはりな! 呪いなど、そんな所だと思っておったわ。距離は? 5デルはあったと見えたが?」

 

 その通り、通常の銃ならば、とても届かぬ距離でした。それが、なんと敵の銃弾はコチラに届いたのです。

 

「ほう! まことか?」

 

 間違いありません、小さな弾丸ですが、突き刺さる所を確かに見ました。

 

「なるほどな、ジジイめソレでくたばったか」

 

 違います、突き刺さったのはガラスに、です。

 

「ガラス?」

 

 ええ、ええ。テムザン将軍は決して油断しておりませんでした。魔女から強固なガラスを借り受けて、呪いに対する返しにしたのです。銃弾はガラスに阻まれ、テムザン様には決して届きませんでした。

 

「では、何故?」

 

 そこからが、解らないのです。

 テムザン様はひび割れたガラスの前で、呵呵と笑っておりました。呪いの正体見破ったりと、堂々宣言されたのです。

 

 しかし、その後、急に胸が痛むと苦しみだしました。

 

 私は、敵の弾丸が命中したのかと焦ったのですが……目立った外傷はありません。

 

「では、何故死んだ? 病でか?」

 

 それが、ふらりふらりと足取り覚束ず、ずるりずるりと後ずさり。そのまま、足を踏み外し、塔から落ちてしまわれたのです。私にも何が起きたのかサッパリ。

 

「ソレだけか? 信じられん! ならば何故、死体はああも無惨な姿になる? どこかですり替えられたのではないか?」

 

 しかし、しかし、本当なのです。なにせ塔は本陣のど真ん中。幾人もの兵が落下した瞬間を目撃しております。

 奥に落ちたのが不幸中の幸い。転落する姿こそ戦場から見えなかったでしょうが、本陣に居た味方には隠しようもありませんでした。

 

「ジジイが、テムザンが落下した後、何があった? 死体がどうしてこうなる!」

 

 それは、私がもっとも知りたい事で御座います。あの時、私はテムザン様を一刻も早くお助けしようと、慌てて塔を駆け下りました。そして、落下した御大に駆け寄った時既に、このありさま。

 私は何かの間違いと、これは他人の死体と判断致しました。転落死した人間の体が溶け、骨が浮かぶなど、聞いたこともありません。

 しかし、しかしです、居合わせた者に話を聞けば、塔から落ちたとき、()()は確かにテムザン将軍の死体だったと言うのです。

 ココからは、俄に信じられぬ話では御座いますが……

 

「何を聞いた! 言え!」

 

 それが……死体がグエと呻いたと、そして助けなければと慌てて駆け寄った兵士の目の前、ボンッと弾け、こうなったと。揃って皆がそう言うのです。

 

 小姓は最後に、テムザン将軍だった肉塊を指差した。

 

 

「…………」

 

 タリオン伯はあまりの不気味さに、言葉をなくした。ミニエールに至っては、へたり込み、動けない。

 これ以上は語ることがないと、小姓はこう締めくくる。

 

「コレが私が見たこと、聞いたことの、一部始終にございます。嘘と言うなら、テムザン将軍が落下するところ、そのお体が爆ぜ、肉塊に果てる所まで、多くの兵士が目撃しております。ご自由にお調べ下さい。ですが、もう誰も語ろうとしないかも知れません。ソレほどに恐ろしい光景だったと口を揃えておりました」

 

 小姓は一息に言い切って、ひたすらに祈りを捧げるのだった。

 彼自身、この異常な現実をまだ受け止められずに居る。

 

 コレが呪いではないと、もう誰も言い切れなくなっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 さて、では一体何がテムザン将軍を殺したのか? タネを明かすと、それはもちろん、ネルネの弾丸だ。

 

 あの時、ネルネの弾丸はひび割れたガラスまで辿り着き、そしてひとかけらのガラスを弾き飛ばした。

 鋭く尖ったガラス片は、テムザン将軍の胸に突き刺さり、魔石を砕く。

 

 この世界の人間には小さいながらも魔石がある。胸に魔力を処理する臓器があって、処理しきれなかった魔力が溜まって石になる。魔石とは、言わば結石だ。

 

 その魔石が砕かれて、血流に乗り魔力となって瞬間的に体中を駆け巡る。そうなれば反動で大きく減じた健康値に足元がフラつくのも当然だ。

 魔石が砕けたテムザンは、胸を押さえて苦しみだした。

 

 だがしかし、それで足を滑らせて塔から落ちる事までは、『当然』とはとても言えない。

 まして、落下の衝撃で魔石のエネルギーが内部から体をズタズタに破壊して、肉塊になり果てるなど、まるで奇蹟としか言い様が無い。

 

 そして、ネルネにだけはこの『奇蹟』が見えていた。

 

 いや、見えた結末から逆算し、ソコへ至る弾丸を放ったと言うのが正しい。運命を感じる力は、かつてのオルティナ姫や田中にも備わっているが、ネルネには運命の『その先』が見えている。

 望んだ運命をたぐり寄せる。それは神に近い領域の力に他ならない。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 一方で王国軍もまた、突然の事態に揉めていた。

 

「敵が引いていきます」

「やはり、テムザン将軍の死は真実」

「しかし、変死とは?」

 

 オーズドをはじめとする王国軍の幹部達には、この降って湧いた吉報の正体が毒入りの罠か、はたまた天の配剤か、どうにも判断がつかずにいた。

 オーズドも密偵を放っていたが、その情報がどれも判然としないからだ。

 その目でテムザン将軍が死ぬ瞬間を見たぞと言う男を捕まえても、ただ「呪いだ、呪いだ」と震えながら呟くのみ。

 

「どう考えても、罠ではないですかな?」

「あり得る。ゲイル大橋を渡ったら後は隠れる所のない平原。そこを圧倒的な火力で蹂躙する。テムザン将軍が考えそうな策でしょう」

「いや、橋を渡る時こそがもっとも危ない」

「昨年見た、魔女の兵器こそ侮りがたい、一網打尽にされるでしょうな」

 

 どれもありそうに聞こえる。誰も先陣を切ろうとしない。

 

「私が出ましょう」

 

 手をあげたのは木村だった。()()()と同様、いや、今回はセレナの頑張りで、あの時以上に魔獣の素材が充実していた。だから、木村は魔獣の骨で塔を作るだけでなく、装甲車もまた完成させていた。

 だからこそ、皆が木村こそ適任と頷いた。罠と知ってでも飛び込まなくてはならないのなら、あの装甲車以外にあり得ない。

 だが、次の挑戦者の存在は頂けない。

 

「じゃあ、私も!」

 

 手を挙げたのはユマ姫だ。これには皆が仰天した。渦中のユマ姫が死ぬ事になれば正に敵の思うつぼ。

 

「ユマ姫様、あなたは私達の切り札なのですから……」

 

 やんわりと木村は止めようとするが、ユマ姫は頷かない。

 

「私の呪いで敵を脅かすんでしょう! なら私が行かないと!」

「いや、それは」

 

 既にそんな状況は越えている。

 喉から出かかった言葉を、テムザン将軍の『変死』と言う表現の異様さが押し止めた。

 

 ――まさか、本当に?

 

 仕掛け人の木村にして、もはや噂と真実の境界が、まるで解らなくなっていた。

 

 

 そうして、ユマ姫は装甲車に飛び乗った。

 

「もう、なんで敵陣に乗り込もうなんて言ったんですかぁ!」

「だって! ネルネがテムザン将軍を倒したのに、誰も信じて無いんですもの」

 

 ネルネも一緒だ。今日も二人は姦しい。しかし、前回と違い、今回は紛れも無く決死行。作戦は単純、魔獣素材の装甲車に乗って、ゲイル大橋を駆け抜ける。あまりにも乱暴な作戦に、帯同する誰もが死を予感していた。

 なのにまるで似つかわしくない空気の二人。

 

「お二方、今回は本当に危険ですから、止めるなら今ですよ」

「ほらぁ! キィムラさんもそう言ってるじゃないですか」

「でも、みんなしてテムザン将軍の作戦だぞーって言ってるの、悔しいじゃないですか」

「私は別に良いですから」

「私が良くありません! せっかくネルネのお手柄なのに!」

「でも、私、人殺しを自慢する気はないですもん……」

「じゃあ、私が自慢します! 私の呪いでテムザン将軍をやっつけたんだって」

「えー、何ですかソレ!」

「二人とも、そろそろ出ますよ」

 

 木村の真剣な声。いよいよ逃げ場ないゲイル大橋に、魔獣の素材を貼り合わせた車が、飛び込んだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「お偉いさんがケツに帆をかけ逃げてるってのに、俺達は居残りかよ」

「そう言いなさんな、逃げ場のない橋を目掛けてコイツを撃つだけだろ。楽勝さ」

 

 気弱な男に、もう一人の男が銃を叩いて励ました。

 ここはフィーナス川を挟んで帝国軍側。多くの鉄砲隊が王国兵の侵入を防ぐべく、橋の出口を守っていた。

 

「じゃあオイ、聞いたか? あの噂」

「ユマ姫の呪いでテムザン将軍が死んだってヤツか? 馬鹿臭え。じゃあお前テムザン将軍の死体を見たのかよ?」

「でもよ、戦況は押してたってのに急に撤退とか、おかしくねぇか?」

「何かの作戦だろ? 敵を引き込むとか」

「だったらなんで俺らは橋を死守しなきゃなんねぇんだ?」

「何かあったんだろ、俺らの知った事じゃねぇよ」

「じゃあよ……」

 

 兵士はいっそう声を潜めた。

 

「知ってるか? ユマ姫の呪いは生贄を使うらしいぜ」

「何言ってやがる?」

「二年前の冬、王国兵が千人から忽然と消えてるんだ」

「また胡散臭えな」

「マジだ、俺の親戚が王国軍に居るんだが、ユマ姫が大森林に千の軍を率いて出兵して、目的は不明。そして誰一人帰らなかった」

「オイオイ、そりゃ」

「だからユマ姫は千人分の魂を使い、人間を地獄に引き摺り込めるんだ。地獄に魂を引き抜かれた人間は、この世に醜い肉だけが残るんだとよ」

「くだらねぇ……」

 

 ユマ姫の噂は、こんな調子で帝国軍を蝕んでいた。

 

「オイ、なんだあれ?」

 

 そんな時、誰かが対岸を指差した。ゲイル大橋に乗り込まんとする大きな影を見つけたからだ。

 

「どれどれ? 今度はどこの猪武者サマだ?」

「懲りないねぇ」

「いや、アレは魔導車だ、ふぅん?」

「ワザワザ蜂の巣になりに来たのかよ」

 

 兵士を魔導車に乗せ、敵陣に突っ込ませるのは帝国でもありふれた作戦だ。しかし、コレだけの銃に狙われれば、中の兵士はタダでは済まない。

 どんなに外壁を強化した馬車でも、すぐさま棺桶に早変わりだ。

 

「いや、違う! アレは? なんだ」

 

 しかし、現れたのは棺桶よりも不気味な存在だった。

 ゲイル大橋に現れたのは紛れも無い魔導車。しかし様子が尋常ではなかった。ソレは地獄から這い出て来たと言われても信じられる程、不気味な姿を誇っていた。

 

「嘘だろ? 何だあれ!」

「まさか魔獣の骨で出来ているのか?」

「アレが呪い? まさかユマ姫が乗っているってのか?」

 

 今回の装甲車はセレナが倒した山盛りの魔獣の素材をたっぷり使っている。それはもう景気よく。性能重視で木村は全く気にして居なかったが、それはオーズド伯が引くぐらいにはおどろおどろしい見た目をしていた。

 

「クソッくたばりやがれ!」

 

 誰かが放った銃弾は、しかし、弾かれるだけに終わる。燃費は悪く見た目はおどろおどろしいが、硬さだけは折り紙付きだ。

 

「撃てッ! 撃てッ!」

 

 次々と放たれるマスケット銃。しかし、装甲車には僅かなダメージも与えられない。

 

「どけどけ! コイツでやる」

 

 鉄砲隊を掻き分けて現れたのは、移動式の大砲だ。

 

「オオッ!」

「コレなら!」

 

 頼もしい鉄の塊は、どんな悪魔も地獄に送り返すかと思われた。

 

「てぇ!」

 

 しかも、担当するのは凄腕の砲手。『()()()』は砦の上から砲撃し装甲車を横転さしめた男である、木村の狙撃がなかったら、あの時のゼスリード平原攻略はなかったに違いない。

 その砲手が今回、ゲイル大橋を真っ直ぐ進む装甲車に狙いを定めたのだから、外れる道理はドコにもない。

 

 ――ガァァァン

 

 甲高い音を立て、装甲車がガリガリと石畳の橋を削って後退する。ソレほどの衝撃だった。

 

 さて、大砲の直撃を食らった車内の様子はどうか?

 

「ふぎぃぃぃぃ!」

「痛い、痛い! 舌噛みました!」

「お尻打ったんですけどぉ!」

 

 やかましい少女がふたり。つまり、割と大丈夫だった。

 それだけ装甲車の壁は厚く、重量もあるため、今回は横転まではしなかったのだ。

 

「何ですか、今の!」

「大砲です」

 

 木村は答える。コレぐらいは想定内。

 

「タイホウ?」

「ねぇ! 全然ッ! 敵は呪いに驚いてないじゃないですかぁぁぁ! 敵軍は逃げ腰って聞いて付いて来たのに、ユマ様の嘘つき!」

「じゃ、じゃあ! 今から脅かせば良いんです!」

 

 そんな事を言って、天井のハッチを開けて顔を出そうとするユマ姫。

 普通なら木村が止めるが、今回止める気はない。ソレだけギリギリの状況だ。

 

「助かります、少しでも動きを止めて頂ければ」

 

 その瞬間に打ち抜ける。木村はスナイパーライフルを取り出した。

 ソレを見て、ユマ姫も本格的に覚悟を決めた。いや、決めたのだろうか? 決死の作戦だと言うのに、その声はどこまでも明るく、脳天気。

 

「じゃあ、行きますよー」

「あ、待って下さい、姫様コレ」

 

 そう言って引き留めるネルネの手には、不気味な紋様の刻まれた目隠しと、猿ぐつわ。

 

「えっ?」

「呪いの姫君ですから」

 

 うんざりするユマ姫を無視して、ネルネはユマ姫を拘束していく。

 

「うー」

「ほら、早く早く」

 

 そして、急かすように目が見えないユマ姫をハッチへと送り出す。

 

 その時の、その姿、対岸で狙いを定める帝国軍からどう見えたのか?

 

「な、何だあれは」

「悍ましい」

 

 魔獣の素材を貼り合わせた装甲車から、目隠しに口枷の少女が這い出す姿。

 ソレは魔獣が繭を破って少女へと羽化した様な。生まれてはいけない怪物が誕生した瞬間の、あまりに不気味な姿であった。

 しかも、その時のユマ姫のあまりにも堂々とした姿たるや。

 

「なんだ、恐くないのか?」

「弾なんて当たらないって顔してやがる」

「アレが不死の姫君」

 

 もしもユマ姫が目隠しをされていなければ、コチラを睨むあまりにも多くの兵隊と、並ぶ銃口の多さに怯え、とても堂々とはしていられなかっただろう。

 見えていない事を良いことに、ユマ姫は装甲車の上に姿を晒しまくっていた。

 ちょっと顔を出すだけと思っていたネルネにしてみれば気が気では無い。

 

「ちょっと! 姫様!」

「うー、うーうー(大丈夫)」

「大丈夫じゃないですからもう!」

 

 止めるに構わず、脅かすなら徹底的にやってやろうと、ユマ姫は腹を決めていた。

 そうして取り出したのは、あの杖だ。木村がアニメのコスプレ衣装として作ったモノではあるが、コレで呪いのターゲットを山ほど殺して来た。そう言う事になっている。

 これにも帝国軍は大慌て。

 

「杖だ!」

「逃げて下さい!」

 

 呪われるのは、装甲車を止めた砲手に違いない。大砲を撃てる人間は帝国軍にも少ないため皆が下がらせようと声を掛けるが、砲手自身は一向に強気を崩さない。

 

「早く次弾を持ってこい! 撃ち抜いてやる!」

 

 堂々としたモノだ。彼は呪いなど寸毫も信じていなかった。

 

「うー!」

 

 そして、遂にユマ姫の杖が振り下ろされた。

 しかし……

 

「え?」

「なんだ? 何を?」

 

 杖はまるで見当違いの方向を指し示した。ソコには何もない。いやギリギリ鉄砲隊の左の端に引っ掛かるかと言うぐらい。

 戦場に静寂が訪れる。

 

「うー?」

 

 ユマ姫は、静かになった戦場に首を傾げる。

 そう、目隠しされているから、全然狙いが定まらないのである。

 

(ユマ様、ズレてます! 右、もっと右です!)

 

 小声でネルネが指示すると、ユマ姫はスッと杖を右にずらす。

 

「うー?」

(行き過ぎ! 行き過ぎですって!)

 

 そんなやり取りを知らない帝国兵は、どうなったか?

 

「嘘だろっ!」

「俺達をまとめてなぎ払う気だ!」

 

 盛大に勘違いした。これで兵の多くは完全に腰が引けてしまった。

 ただし、冷静に考えれば少女が杖を突き付けただけ。将校の中には発破をかけ、踏み止まる者も少なくない。

 

「ハッタリだ! 怯むな!」

「逃げてみろ、汚いケツを撃ち抜いてやる!」

 

 しかし、その頑張りもそれまでだった。

 

「ちょっと、どいて! どいてください!」

 

 人混みを掻き分けて、一人の丁稚が両手に荷物を運んでいる。

 大砲の火薬だ。大砲の火薬はこうやって一発ずつ運ばせるのが定石。大砲を連射する為には前線に火薬を積み上げて置きたいが、それでは爆破してくれと言ってる様なモノ。こうして運ばせるのが一般的だ。

 

「早くしろ、次弾まだか!」

「今すぐ!」

 

 後方から陣地を突っ切って運ばれる火薬。通常、そんなモノを狙えるハズがない。

 

「どいてユマ様、もうっ! 撃ちますよ!」

 

 しかし、ネルネは狙った。堂々と姿を晒すユマ姫に紛れ、ハッチから顔を出し、火薬が敵陣のど真ん中に運ばれた瞬間を撃ち抜いた。

 

 ――カァン

 

 金属が弾ける音がした。

 

「ちょっと、どいて下さい、え?」

 

 その時、丁稚は陣内の人が多いところを掻き分け進んでいた。だから自分が打たれるなんて少しも思っていなかった。

 何故って、そこからは戦場など見通せない。人垣で前も見えない。射線など通っていない。

 静電気防止の銅缶に鉛玉が命中し、甲高い音を立てる。その直後、曲射で命中した弾丸は、火薬を押し分け発火する。

 

 ――ドォォォン

 

 陣のど真ん中、理不尽な爆発が鉄砲隊を襲った。

 

「な、なんだ?」

「の、呪い! コレが呪いの力」

「逃げろッ、呪い殺されるぞ!」

「やってられるか!」

 

 ユマ姫が鉄砲隊を指し示した直後である。まさか火薬の暴発とは誰も信じなかった。

 

「クソッ、気をつけて運べと言っただろうが!」

 

 いや、たった一人、砲手だけは見慣れた爆発が火薬のモノだと理解した。だからこそ、歯を食いしばりユマ姫を睨む。

 

「どんな手妻を使ったか知らんが、撃ち殺してやる」

 

 大砲を諦め、背負ったマスケット銃を向けると、照星の向こうにユマ姫を望んだ。

 

「うー?(何が起こったんです?)」

 

 実のところ、混乱していたのはユマ姫も同じだった。突然の爆音に敵陣が騒がしい。コレで気にならない方がどうかしている。

 もう呪いの姫君とか知ったことではない。杖を手放し、両手で目隠しを剥ぎ取った。

 ユマ姫はこの時、初めて戦場の全容を目の当たりにする。

 

「うぇ?」

 

 目の前に広がる大惨事。呆然としてしまったのも当然だ。ぼんやりとする目線の先に、逃げずに立ち向かうのはたった一人になっていた。

 

「…………」

 

 自然、その男と目が合う。

 感情のない瞳で見つめられた砲手は、知らずの内に手が震えていた。

 

(アレだけの事をしておきながら、なんて涼しい目をしてるんだ!)

 

 あの少女は、コチラの命など何とも思っていないのだと、砲手は全てを理解した。間違った方向に理解した。いつの間に恐怖に指先が震えていた。

 呪いなどないと、もう信じられなくなっていた。

 

 ――パァァァン

 

 だから、死んだ。

 

 動きが止まった瞬間に、木村のライフルが脳天を撃ち抜いたのだ。

 

「の、呪いだぁ!」

「頭が吹き飛んだぞ!」

 

 こうなれば、後は蜘蛛の子を散らすばかり。背を向けて逃げ出す鉄砲隊など、どこまでも無力である。

 ゲイル大橋から渡河を果たした王国軍は帝国軍を追い回していった。

 

 自然、呪いの姫君の噂は更に広がることになる。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「おい、聞いたか?」

「ああ、戦乙女の話だろ?」

 

 兵士達は口々に噂する、たったひとつの希望を胸に。

 

 追い回された帝国軍が逃げ込んだのは、ため池用に作られたすり鉢状の窪地であった。

 ユマ姫の視線も届かない場所として、安心して陣を構えることが出来たのがココだけだったのだ。

 圧倒的な戦力から一転、敗戦濃厚の陣内にあって、兵士達がひとつの希望に縋ってしまうのは無理もない。

 

 曰く、ユマ姫の呪いが効かない唯一の人物。

 曰く、聖女として、神々の加護を一身に受けている人物。

 曰く、彼女こそが帝国を救うべき戦乙女。

 

「噂をすれば、来たぞ!」

「おおっ、ミニエール様!」

「なんと美しい」

 

 白馬に跨がり、現れたのはミニエールだった。

 彼女は宣戦の儀のあと、ユマ姫をなじって泣かせたのだと、テムザンの演説で紹介されている。だとすれば、彼女が真っ先に呪い殺されていなければおかしいと、皆がそう考えた。

 

 しかし、帝国軍はソレをもって、呪いなど無いのだと強弁する事は避けた。代わりにミニエールこそが聖女であり呪いを無効化する力があるのだと広く喧伝する事にしたのだ。

 彼女を陣内に回らせる事で、帝国はなんとか寄せ集めの軍を潰走させずに保たせている。

 

「ミニエール様ァ!」

「呪いなど、打ち破って下さい」

「呪いの姫君に、正義の鉄槌を!」

 

 声援を受け、馬上から鷹揚に手を振るミニエール。白馬に白銀の鎧を身に纏い、皆に希望を抱かせるに十分な美しさだった。

 後ろに仕えるロアンヌの騎士団も勇壮で、戦意を鼓舞して止まない。

 彼らは陣内の巡回を終え、ゆっくりと幕舎の中に姿を消した。その際、入念に扉を閉じるのを忘れない。そうでもしないと不安に怯えた兵士が飛びこんで来てしまうのだ。

 

 そうして、タリオン伯や騎士団長のマークスなど、身内だけの面々になってから、ようやくミニエールは人心地がつくのであった。

 

 父であり領主のタリオン伯が自らミニエールの外套を脱がせ、騎士団長マークスが跪き、具足を外す。

 

「ミニエールさまの堂々としたお姿、皆が魅入っておりました」

「そうじゃぞ、ミニエール。ワシも父として誇らしい」

 

 二人揃って褒めそやす。彼女は既に、それだけの重要人物になっていた。

 厳しかった父や、上官にあたる騎士団長の豹変に、当のミニエールの心境は?

 

「どうして? どうしてこうなったの? 私が聖女な訳ないでしょ? 女の子らしく編み物する! お家帰るぅぅ!」

 

 もう、すっかり折れていた。

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