死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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転進する戦乙女

「テムザン、将軍?」

 

 ミニエールは目を疑った。

 テムザン将軍は呪いの力で肉塊になり果てた。その姿、彼女は確かにその目で見ている。

 人が一瞬にして肉塊となり果てる非常識。作り話と笑い飛ばすには、肉塊はあまりにも()()()()()。父のタリオン伯など最後まで疑っていたが、彼女はソレが紛れも無いテムザン将軍なのだと理解した。

 

 だからこそ、あり得ない。

 呆然とするミニエールを他所に、周囲は沸き立つ。

 

「将軍! ご無事でしたか!」

「将軍が存命ならば、この戦、勝てるぞ!」

「停戦は中止だ!」

 

 快哉を叫ぶ兵士達の声すらも、どこか遠く聞こえる。

 なにより、この決闘が無効と言うのはマズい。既に停戦条約は結ばれた。反故にするとなれば、それなりの理由が必要だ。

 一番ありそうなのが、テムザン将軍死亡に伴う暫定司令官の認定プロセスに難癖を付けられ、自分が処分されること。

 

 だからこそ、ミニエールは必死だ。坂道を駆け上がり、すり鉢の縁に立つ将軍に食い下がる。

 

「将軍、今までドコに? それに停戦が無効とは?」

「近づくナ女郎、無礼だゾ!」

「なにっ!」

 

 しかし、ミニエールは将軍に近づく前に、将軍の親衛隊、見上げる様な体躯の騎士に押し止められてしまう。

 

 そこで思い出す。

 そう言えば、テムザン親衛隊は司令部の命令を無視して戦線を離れていたのだ、その理由がまた傑作だ。

 『呪われたテムザン将軍を、魔女に解呪させる』

 あの肉塊をどうするつもりなのか、担いで消えてしまったワケだ。

 

 体の良い言い訳とばかり思っていたが、まさか本気だったとは。夢にも思わなかったミニエールである。

 

 それにしても女郎とは言ってくれる。ミニエールは正式な手順を踏んで暫定司令官として任命されている。それをこの扱い、彼女にとっても面白いハズがない。

 声を荒らげ、食い下がろうとしたその時だ、人垣の隙間から、テムザン将軍の姿がハッキリ見えた。見えてしまった。

 

 思わず、ゴクリとツバを飲み込む。その目が、とても正気には見えなかったから。

 

 あまりに変わり果てた姿。振り上げた拳から、思わず力が抜けるほど。

 そして、下からは見えなかったが、テムザン将軍は自分の足で立っても居ない。騎士が担ぐ輿に乗っている。

 誰もその異常事態を指摘しない。

 確かに、一見すると、すり鉢の縁に立ち、輿の上から両軍を睥睨するなんて、いかにもテムザン将軍らしい登場の演出に思える。決闘が終わったタイミングも見事。

 

 だが、力ないその足先に、だらんと垂れ下がる腕に、意志の力が籠もっていない。なによりもその眼差しに、ギラつく力が感じられない。

 

(コレは、人形だ! 魔女が作った、呪いの人形!)

 

 ミニエールは直感的に理解した。全ては仕組まれた魔女の罠だと。

 

 

 ミニエールは、解らないものを解らないままにしておける性格だ。解らないモノは仕方がないと深く考えない性格だ。

 

 これは、愚かな様で、愚かではない。

 簡単なようで、簡単ではない。

 

 あり得ない事象に直面した時、人はなかなか現実を直視出来ない。何かの間違いだと思おうとする。

 例えば、タリオン伯などがそうだ。状況証拠と証言から間違いないと言うのに、肉塊をテムザン将軍の遺体だと信じ切れなかった。

 或いは、木村の様な人間であれば、既知の事象から納得出来る正解を導こうとする。

 グチャグチャに変じたテムザン将軍の遺体を前にすれば、体に爆弾を仕込まれたとか、時限式の毒を盛られたのだとか、何か理由を付けて納得しようとするだろう。

 

 しかし、ミニエールは深く考えない。自分程度に解らないモノは、この世の中に当たり前にあるのだと思っている。

 

 だからこそ、彼女だけがテムザン将軍殺害の犯人に気が付いた。

 

 テムザン将軍の遺体には、犯人の強烈な怒りが籠もっていた。

 ユマ姫が犯人ではないとすれば、怪しいのは傍に居るエルフの侍女しか考えられない。あらゆる思い込みを捨てて冷静に観察すれば、ユマ姫の反応からも明らかだ。

 一介の侍女がそんな大それた事を一人で出来るハズが無いとか、そんな常識にミニエールは囚われない。

 理解出来ない力なのだから、理解出来る犯人だとは限らないからだ。

 

 実際は呪いではなく、ネルネの持つ奇蹟の技なのだが……

 呪いも、奇蹟も、区別する必要など、まるで無い。

 

 ミニエールにとって、目で見て感じたモノが全てであった。

 だからこそ、今回も気が付いた。

 

 突如現れたテムザンは間違いなくニセモノ。アレはただの人形だと。

 

 普通だったら、そんな事は思わない。見た目がソックリな人物が突然現れるなどあり得ない。

 怪我が治ったばかりで足腰が立たず、ショックでぼんやりとしてるだけ。

 そもそもテムザン将軍の死は欺瞞だった。訳あって隠れていただけ。

 そう考える方がよほど自然。

 

 だけど、良く見れば、あの肉塊はどうみてもテムザン将軍の遺体だったし、目の前のテムザン将軍は同一人物とは思えぬ程に覇気が無い。

 

 ならば、アレは人形なのだ。

 どんなにソックリに見えても、魔女が悪意を込めて作った呪いの人形だ。

 

 実際は、黒峰が肉塊を元に研究所で培養した人造人間。中身はまっさらな赤ん坊となったテムザンのクローン。呪いどころか、科学技術の結晶だ。

 しかし、ソコにどれほどの違いがあるのだろう?

 十分に発達した科学を前にして、魔法と区別する必要などドコにもない。

 解らないモノにXを代入するように、呪いの仕業と仮定すれば、テムザン将軍の死も呪いだし、その死体が魔女の元で人形に変わったのもまた呪い。

 

 重要なのは、誰が何を企んでいるか。ミニエールはそれ以上に難しい事は考えない。

 

 だからこそ、周囲を見つめ、気が付いた。

 良く見れば、既にすり鉢は見慣れぬ軍隊に取り囲まれている。

 その数、三千は下らない。

 このすり鉢の地形、縁まで近づかれてしまえば撃ち下ろすばかり、絶好の鴨撃ち場になってしまう。

 ソレが解っていながら、哨戒はどうしていたのかと叫び出しそうになるミニエールだったが、その手品のタネもよくよく見ればスグに解った。

 魔導車だ、夥しい数の魔導車で一気に軍を展開した。これなら騎兵の注進よりも早く包囲が完成する。

 笛で伝令しようとも、一騎討ちに盛り上がる歓声に全て掻き消されたに違いない。

 

 何の為にこんな事を? コレではまるで殲滅陣だ、すり鉢の中の誰も生かして帰さないと言う布陣。

 

 ここでも同じ、ミニエールはテムザン将軍が味方ごと殲滅するなどあり得ない、とは考えない。

 だからこそ、考えるべきは『どうして味方まで殺すのか』と言う一点のみ。

 

(そうだ! テムザン将軍がただの人形ならば、皆を騙し通せるハズがない。自分など、ひと目見ただけで気が付いたのだ。だからこそ、短期決戦。魔女は一息に全てを焼き払うつもりだ)

 

 そう考えれば、全ての仮定が繋がってしまう。

 一瞬にして、ソコまで思い至ったミニエールの行動は?

 

「に、逃げないとッ!」

 

 ただ逃げ出す事だった。すり鉢の底に残る同胞の騎士団も、父であるタリオン伯ですら見捨て、ただ一人で逃げ出すこと。

 それだけ、包囲されたこの状況は詰みに限りなく近い。

 

 ならば逃げの一手。幸いにして、今ならミニエールに注目する者は誰も居ない。既にすり鉢の縁にまで来ているのだ、どさくさに包囲を抜けるのは難しくない。

 

「や、やった?」

 

 こっそりと包囲を脱したミニエール。しかし、その前に立ち塞がる影があった。

 

「サファイア! 来てくれたの!?」

 

 ソレは、彼女の愛馬。白馬のサファイアだったのだ。

 

「咥えているのは……まさか軍旗?」

 ――ブルゥ

 

 サファイアは大きな軍旗を咥えていた。

 そうだ、コレを掲げて本陣の戦力と合流しよう。一騎討ちの観戦を許されたのは騎士や直属の軍閥だけで、多くの農兵を本陣に待機させている。銃を持った彼らは、戦力として見れば、もはや少数の騎士を圧倒するのだ。合流すれば、敵だって易々と手は出せないだろう。

 王国軍に停戦を持ちかけた時と一緒だ。目立てば却って殺せない。

 ミニエールは旗を掲げ、本陣へ向けて白馬を走らせる。

 策は当たった、誰も旗を掲げたミニエールを的にしない。悠々と本陣へ帰還を果たす。

 

「ミニエール様!」

「ミニエール様が戻ったぞ!」

「さっきの、馬のない馬車の集団はなんですか!」

 

 本陣に帰るなり、ミニエールは農兵達から質問攻め。

 まっさらな平原からは、魔女の軍勢はよく見えていたらしい。既に本陣は混乱に陥っていた。何せ指揮する者が誰も残っていない。

 だから遠慮なく、ミニエールは好き勝手言えるのだ。

 

「皆の者! よく聞け! アレは、魔女が放った呪いの軍勢だ! 魔女は帝国を裏切った! 我に続け! この地に呪いが満ちる前に!」

 

 滔々と宣言する。

 そうだ、本陣に合流したミニエールはそのまま撤退するつもりだった。

 

 それもそのはず、包囲された味方を助けようにも、その場合はテムザン将軍に弓を引けと命じなくてはならない。

 アレは魔女の作った呪いの人形だと説明しても、現場の混乱は免れない、なにより万が一にもミニエールの勘違いならシャレにならない。

 良く解らない事が起きたら、まずは撤退して仕切り直す。ミニエールが教わった戦術の基礎だった。

 突然の撤退命令、農兵達の反応は?

 

「まさか、魔女が?」

「だとすれば、テムザン将軍の死も頷ける!」

「全部アイツの仕業だったか!」

 

 思いがけない返事が返った。

 なるほど、テムザン将軍の死まで魔女の所為にしてしまうのは、ミニエールにとっても悪い手ではない。

 下手な混乱が起こる前に、ミニエールは先手を打った。

 

「そのテムザン将軍を、魔女は呪いの人形として復活させた! 地獄の窯を開いてしまった! 逃げるのだ! 間もなくここも地獄と変ずるぞ!」

「そりゃ、ホントですかい?」

「おっかねぇ!」

「だが、真実だ! 我に続け! 死地を脱する!」

 

 こんなモノは言った者勝ちである。

 そして信心深い農兵達の間で、戦乙女として知られるミニエールの人気はすこぶる高い。

 多くの兵を引き連れて、堂々と逃げを打つ。その矢先、だ。

 

「痛ッ!」

 

 肩に激痛が走った。

 何事と、手を当てればだくだくと血が流れている。撃たれた? ドコから?

 

 見渡せば、今来た道を追いかけてくる車が一台ある。

 魔導車だ、それもとびきり不気味な一台。その天井で、仁王立ちにコチラを見つめている相手こそ、あのユマ姫の侍女、ネルネだった。

 

「コレ、の、呪いなの?」

 

 ミニエールには彼女に呪われる心当たりが山ほどあった。

 停戦をエサに王国軍を釣り出し罠に掛け、自分は一人だけ逃げようとする。

 現状はそう思われて当然なだけに、顔面がハッキリと蒼に染まった。

 

「ミニエール様?」

「大変だ! 血が出てる」

 

 周りの農兵も、いよいよ異常に気が付き始めた。

 

「心配ない、少し呪いが掠っただけだ」

「呪いが? そんな! 早く逃げないと!」

「いや……」

 

 もう逃げられない。呪いは自分に狙いを付けている。

 そして、いよいよ怪しげな魔導車が逃げようとする軍勢の目の前にすべり込み、行く手を遮る。

 

「なんだこの不気味な車は!」

「お助けを!」

「慌てるな」

 

 パニックに陥りそうな軍をミニエールが抑える。

 そうして木村が運転する魔導車から飛び降りたネルネは、貰ったリボルバーを手に、ミニエールに詰め寄る。

 

「ミニエールさんッ!」

「は、はい……」

「一人で逃げるなんて、酷いですよ!」

「す、スミマセン」

 

 ミニエールはビビリ倒していた。なにせ相手は魔女よりも、よほど恐ろしい相手である。

 しかし、周囲はそうは思わない。ネルネは一見すると普通の侍女でしかないからだ。

 

「何だ、あの娘っこは?」

「えらい剣幕だが」

「あの変な杖はなんだ?」

 

 リボルバーなど見たことがない農兵達。彼らにとって銃と言うのは長い火縄銃だけである。

 

「アレが呪いの姫君なんだべか?」

「まさか! オラはユマ姫を見たことあるが、そらぁ恐ろしい姿をしていたべ」

 

 だから、まさか立派な騎士であるミニエールが、小さな侍女に脅されているとは夢にも思わない。

 

「あなたは約束を破りました! このままでは呪いで死にますよ! 良いんですか! 殺しますよ!」

「ひゃ! やめて……」

 

 腰が引けたミニエールに、ネルネはリボルバーを突き付ける。

 

「ほらっ早く! 引き返して! ユマ様達が、まだあそこに残ってるんです!」

「え、えぇ~」

「四の五の言わない! 行きますよ!」

 

 渋るミニエールをヨソに、ネルネはミニエールの白馬の後ろによじ登り、背中からゴリゴリとリボルバーを押し付けた。

 

「私は、弾丸に呪いを込めて発射します! グチャグチャになって死にますよ! 本当ですよ? だから早く! ユマ様を助けて!」

「いや、無理です!」

 

 ミニエールだって仲間を見捨てて逃げるのに、葛藤がなかったワケでは無い。しかし、敵の配置と武装を見れば、既に勝ち目はない。数で勝っても地形と武装が違い過ぎる。なにより、帝国兵はまさかテムザンが敵だとは、すぐには信じられないだろう。戦いにもならない。

 そんな所に突っ込んでどうすると言うのか?

 

 と、ソコで閃いた。この侍女の呪いの力があったならチャンスがあるのでは?

 ミニエールは背後のネルネに尋ねる。

 

「あの……呪いを弾丸に込めると言うが、それは、魔女の軍勢にも効くのですか?」

「え? ええ? あの、えと」

 

 呪いを弾丸に込めるなど大嘘。まだ人殺しに慣れてないのがネルネである。

 しかし、人殺しは苦手などと言ってしまえばもう脅しにならない。

 

「そ、そりゃあ、効きますよ! 呪いですもん! 無敵ですもん! その、あの、そんなに一杯は無理なんですけどその……」

「……何人ぐらいなら倒せる? テムザン将軍や親衛隊を何人か討つだけで流れが変わる」

 

 要はアレが呪いの産物だと見せつければ良いのだ。呪いには呪いをぶつける!

 僅かな可能性に縋るミニエールが、ネルネへ熱っぽく語る。

 

「ええ?」

 

 自分にお鉢が回ってくるとは、思ってもなかったネルネである。ミニエールを脅して帝国兵をぶつけるぐらいにしか考えて居なかった。

 一方のミニエールは、ネルネの呪いに賭けた。テムザン将軍が再び呪いで肉塊に変じれば、魔女の軍勢に味方する者はいなくなる。

 

「えと、あの……多分五人ぐらい?」

 

 熱っぽい目で見つめられ、ネルネは一人だって殺したく無いとは言えなかった。

 リボルバーが何発撃てるかも知らないネルネは、覚悟も定まらぬまま、適当に答えてしまった。

 しかし、それでミニエールの腹は決まった。

 

「皆の者! 聞け! 魔女の呪いに、ユマ姫の呪いをぶつける! 今こそ好機、魔女の軍勢を平原から追い払うのだ!」

「なんと!」

「やってやりましょう!」

「オオッ!」

 

 ミニエールの人気は兵士達の間ですこぶる高い。やれ聖女とか、やれ戦乙女と崇められている。

 そんな彼女が今しか無いと言うのなら、その通りに違いないのだ。突然の方針転換に文句を言う者など一人も居ない。

 

「ええぇ? なんで? あの? 止めましょ! 危ないですって!」

 

 ネルネを除いて一人も居ない!

 いつの間にか、戻ろうとする者と、逃げようとする者、立場がそっくり逆転していた。

 そして、もうヤケクソなミニエールである。

 

「まず、私が突っ込む! 敵が混乱した所を呪殺しろ! 奴らをひっくり返してやろうじゃないか!」

「ええっ?」

 

 ひっくり返ったのはネルネだ。後はミニエールを心配する農兵達。

 

「そんな! それじゃ姫騎士様が!」

「馬鹿! 戦乙女様に弾丸が当たるかよ」

「ソレで良い! いざとなったら私ごと撃て!」

「あの、私は? 私には当たるんですけど?」

 

 ミニエールはヤケクソだ。 呪いの力を味方に、すっかり気が大きくなっていた。そして、ネルネは泣きそうだ。

 

「イチかバチか! 付き合って貰います!」

「ふぇぇぇ!」

 

 ネルネは悪い事はするもんじゃないと、呪われたのは自分だったのだと今更に後悔しまくっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 さて、時は少し巻き戻る。

 

 まだ決闘の熱気が冷めやらぬすり鉢をヨソに。木村はお祭り騒ぎの為に物資の搬入に追われていた。

 魔導車に乗って、既にスフィールとの間を三往復目。木村は決闘になど興味は無く観戦していなかった。どうせ田中の圧勝に違いないからだ。

 すると、思いの外盛り上がったらしい決闘の歓声に驚きながら、車を走らせすり鉢の脇に車を止めた。

 その時、運び出す物資と入れ替わる様に、魔導車に飛び込んで来た人間が居た。

 

「はぁ、もう、気持ち悪い」

 

 ネルネである。

 聞けば、決闘が終えた田中が、ネルネをねっとりと睨みつけて来るのだと言う。

 

「ははぁ、いや、アイツも悪気はないと思いますよ」

「はぁ? 悪気がなかったら死んだ方が良いですよあんなの!」

 

 嫌われたモノだなと木村は頭を掻く。

 それにしても……だ。

 田中は、ネルネみたいな娘がタイプだっただろうか? もっとこうお姉さん的なのが……いや、しかし、こうやってツンツンしてるのは好きかもしれない。

 なにより、人の好みと言うのは変わるモノだ。それにしても、見つめ過ぎで嫌われるとは、どれだけ初心で不器用なのかと呆れてしまう。

 

「アレ? 何ですか?」

 

 ネルネに言われて気が付いたが、すり鉢は気が付けば異様な軍勢に取り囲まれている。

 

「マズいぞ!」

 

 木村はすぐにその正体に気が付いた。魔女の軍隊だ! 魔導車で一気に包囲し、大量の重火器ですり鉢を撃ち下ろすつもりに違いなかった。

 しかし、既に状況は詰みに近い。王国軍の主要な部隊はすり鉢に集まっている。

 

 全てが帝国の罠だった? いや、ソレにしてはミニエールさんにそんな邪気は感じなかったのだが……と木村が周囲を見渡せば、そのミニエールが白馬に乗って帝国本陣へと駆けていく。

 

「やはり、罠だった?」

「いや、ただ逃げてますよアレ! 追ってください!」

 

 ネルネに言われて魔導車を走らせる。

 

「ソレにしても、追いついてどうします? 我々だけじゃ……」

「ミニエールさんは、私の事を怖がっているんです。私が呪いの正体だって思っているから」

「え? どうしてそんな事に……」

「いいですから! 早く! あと銃を貸してください。帝国軍の前に回り込んで!」

「正気ですか?」

 

 そうしてミニエールが率いる帝国軍、撤退するその鼻先に回り込んだのだ。

 

 コレは普通に自殺行為。木村は穏便に交渉しようとしたのだが、鼻息が荒いネルネが一人飛び出して、銃を片手にミニエールと『お話し』を始めてしまう。

 すると、どうだ? 覚悟を決めたらしいミニエールが軍を転進させ、すり鉢への突撃を開始するではないか。

 

「皆の者! 聞け! 魔女の呪いに、ユマ姫の呪いをぶつける! 今こそ好機、魔女の軍勢を平原から追い払うのだ!」

「オオッ!」

 

 戦乙女の掛け声と、鬨の声が勇ましく響く。

 ネルネはやったのだ。たった一人、ハッタリだけで軍勢を動かしてみせた。

 数千の軍が雪崩を打って転進、すり鉢を包囲する魔女の軍隊へ向け、雪崩を打って進撃を始めた。

 

 コレに感動した木村は、先頭をひた走るミニエールに装甲車で併走し、叫んだ。

 

「装甲車を盾にします、その隙に斬り込んでください!」

「助かる!」

 

 ミニエールから威勢の良い声が返った。

 よし、行ける! 勢い良くアクセルを踏む木村だが、勇ましいミニエールの後ろで顔を蒼くしているネルネが気になった。

 アレだけ強気な事を言っていたのに、おかしな話ではある。

 

「まぁ、女の子だしな」

 

 木村は、こんな時に限って深く考えなかった。戦いの予感に、柄にもなく興奮していたからだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その後はとんでもない乱戦になった。

 先陣を切って飛び込んだ木村の装甲車は、車輪を撃たれて横転した。

 

 その後をミニエール達帝国軍が斬り裂いていく。

 すり鉢では田中や、魔槍使いのバーリアン・ローグウッドが奮戦している。他の騎士だって、一騎討ちを観戦していたのは猛者ばかり。一方的に撃たれる状況でなければ十分に戦える。

 戦況が読めない所まで巻き返していた。

 

「グォォォォ!」

 

 そんな状況が一変したのは、テムザンの親衛隊がその体を化け物に変じさせた時だった。

 

「まさか、改造人間か!」

 

 木村は、遺跡の奥で、人間を培養する機械や、生き物を保存した痕跡を見つけて以来、ひょっとしてと思っていた。

 やはり、古代には恐ろしい怪物を作成していた、その技術を黒峰は手に入れたのだ。

 

 膨れ上がった人型の怪物が、縦横無尽に暴れ始める。

 

「なんだ、アレは!」

「ば、化け物!」

 

 そうなれば、もう、総崩れだ。信心深い異世界の人々に、筋肉の膨張した兵隊は悪魔の軍勢に見えたに違いない。

 

 そこに、ミニエールが斬り込んだ。

 

「無茶だ!」

 

 木村は叫ぶ。相手は普通の人間に敵うような相手では無い。最低でも田中のような常識外の力が必要だ。

 白馬に跨がるミニエールは美しく、伝説の一場面に見える。しかし、これはハッピーエンドが約束された物語ではない。相対する親衛隊は化け物と化し、馬に跨がるミニエールよりも更に大きく、振り上げる拳は巨石の様だ。

 このままでは、白馬ごとミニエールとネルネは挽き肉にされてしまう、その瞬間。

 

 しかし、神話の如き奇蹟は起きた。

 

 筋肉の怪物は次々と弾け、肉塊になり果てる。

 

「失敗作、だったのか?」

 

 その正体に、木村は気づけない。ネルネの射撃だ。不安定な体などネルネにとっては的に過ぎない。それになにより、人間に見えない姿なのだから、彼女にとっても罪悪感が薄いのだ。容赦なく、弾き飛ばした。

 

「テムザン、覚悟!」

 

 そして、ミニエールがただの人形であるテムザン将軍の首を刎ねた。

 その光景たるや、それこそ神話の一ページにしか見えない。

 

「ぐびぃ」

 

 切り飛ばされた、テムザンの首が聞き苦しい悲鳴をあげる。

 ロクに覚悟も意識も無い人形だからこそ、斬られたショックに呻いただけだ。だが、それはその場の全員の耳に不気味に響いた。

 

 ――ドォン!

 

 その時、爆音が響いた。

 魔女の放った迫撃砲。()()()と同じ、失敗を悟った魔女の、最後の仕掛け。

 だが、タイミングが完璧だった。これでは殺されたテムザン将軍が呪いとなって、空から死を撒き散らしているようにしか見えない。

 

「太陽が降ってくる!」

「天が俺達を殺そうとしているぞ!」

「お助け!」

「くそ、俺達は死ぬのか!」

 

 パニックに陥る軍隊の中で、誰よりもパニックに陥ったのはユマ姫だった。

 

「ひぃー」

 

 彼女はひっそりと、木箱の中に隠れて震えていた。ハッタリで逃げ出すために呪いの衣装に着替え、身を縮こまらせて嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 それが、迫撃砲の爆発で木箱ごとすり鉢の底に転がった。這々の体で木箱から這い出したユマ姫は、目隠しを外して呆然と天を見上げる。

 

「なにこれぇ……」

 

 転がるテムザンの生首と、グチャグチャに崩壊した肉塊。空からは爆弾が次々と降り注ぎ、人を紙くずみたいに吹き飛ばす。

 

 泣きたくなるほどに酷い状況。だが、ソレは周囲から見れば全く違う光景に映った。

 

「呪いの姫君!」

「どこから? どこから現れた!?」

 

 呪いの姫君がすり鉢の底に突然に現れて、天を見上げる。

 すると、どうだ?

 

「雨だ!」

「ユマ姫が太陽を殺した!」

「攻撃が、止んだぞ!」

 

 実際は、援軍に来たリヨンさんがフォッガで雨を降らせただけ、雨に濡れた迫撃砲が発射しにくくなっただけなのだが、ソレはこの戦いを説明するのに十分ではないだろう。

 全てのタイミングが完璧に噛み合って、神話の景色を作り出していたからだ。

 

「なにが起こってるんだ? 嘘だろ? 本当に神が?」

 

 戦場全体を見下ろし、全てを見ていた木村ですら神の存在を感じるほど。

 それほどに、この戦場には奇蹟ばかりが起こっていた。

 もう誰も、誰が何をして、何が起こったのかなど、理解出来て居なかった。


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