死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
荒野に散らばる星獣だったモノが、この世ならざる景色を作り出していた。
シリコンに近い半透明の肉と、アルコールやオゾンめいた血の匂い。通常の生命とハッキリ異なる死骸が山のようにそびえている。
そんな超常の産物を前にして、木村は何が起きたのか測りかねていた。
いや、本当は知っている。ネルネが大砲を撃ったのだ。そして星獣が死んだ。直後の「やった! やりましたよぉ!」と言う嬉しそうな声が、はっきり耳に残っている。
しかし、あんな大砲で死ぬ相手では無いのだ。古代では核兵器で追い払ったとか、そんな記録が残っている。
……偶然だろうか? たまたまそのタイミングで自壊した?
思い出すのは、前世で見たアニメ。なぎ払え! の後、巨○兵がひとりでに崩れる様は、今でもハッキリと脳裏に焼き付いている。
今回も同じ。魔女が仕込んだ未完成の星獣が、制御を外れ帝国を攻撃。最後には耐えられず自壊した。
ありそうに思える。普段の木村だったら、そうやって結論を出すだろう。
ただ、同じように人間が崩れる様を最近木村は最近間近で見ている。それもまた、ネルネが銃を撃った直後、相手は化け物と化したテムザン親衛隊。
……そして、忘れもしない。変死したとされるテムザン将軍自身もまた、ネルネに銃を撃たれている。
一度なら偶然、二度目は奇蹟。しかし、三度目となれば必然と言うしかない。
しかし、解らない。理屈が、何も。
秘められた力? 魔法の使い手? まさか本当に呪いなのか?木村は必死に記憶をひっくり返していく。
良く考えればユマ姫は繰り返し言っていた。「ネルネの射撃の腕は世界一なんですよ」と。
それを木村は本気にしていなかった。ネルネは照れて「もぅ、大袈裟ですよぉ」と文句を言っていたし、思春期の少女にありがちな、身近な人間を過大評価するノリなのだと思った。
……そう言えば、ネルネさんが銃を撃った事って? 今まであったか?
その時、木村の背筋がゾクリと震えた。思い出したのだ、火縄銃の試射会を。ユマ姫が撃った的が、手に取った途端にボロボロに崩れ落ちたのを。
どうして忘れていたのだろう? ただ的が風化していただけと思い込もうとしたのだ。一瞬、ユマ姫の呪いかと疑って、馬鹿な考えとすぐに脳から追い出した。
的に当てたのはネルネなのに、ユマ姫が隠れ蓑になり、その犯人に思い至らなかった。
そうだ、彼女が撃ったモノは、全てグチャグチャに、原形を保たぬ姿に崩れ落ちている。
木村は必死にその理屈を探そうとする。しかし、何も思い当たらない。
その時だ。長年の親友が背後から語り掛けたのは。
「流石だな、ガイラスさんの魔法はよ」
星獣の死体を眺めてしみじみと語る。
一瞬、木村は何の事か、誰の事か、まるで解らなかった。
「ガイラス? エルフの戦士であるガイラスさんが来ているのか?」
「ん? いや、ずっと前から居るだろ?」
そんなハズはない。純エルフの彼は大森林からこんなに遠いところに長く居られるハズがないのだ。まして魔法なんて。
「俺は、見てないぞ?」
「は? ずっとユマ姫の護衛をしてるだろ」
……そうなのか? 俺には感じられない程に遠くから?
「一日中べったりじゃねぇか、よくやるぜあの嬢ちゃん」
「え?」
嬢ちゃん?
「それって、ネルネさん?」
「おい……ネルネってのは愛称じゃないのか?」
「…………」
木村は、ここで、すれ違いがある事に気が付いた。
ユマ姫の護衛のエルフ。凄腕の戦士で、田中の見えざる剣を見切ってみせた戦士。
田中が言っているのはガイラスの事だと思っていた、思い込んでいた。
だが、それにしたって田中の勘違いは酷い。
「いやいやいや、ガイラスをどう略してもネルネにはなんないだろ、変だと思えよ」
「名字なり、コードネームなり、幾らでもあるだろうが。オカシイと思ったぜ。おいおい、じゃあ何だ? お前らはあの嬢ちゃんがただの侍女だと思ってたのか? 寝ぼけてんのかよ? エルフの護衛だろ。見ての通りだ、俺でもこうは行かねえぞ」
田中はそう言って、見渡す限りの星獣の残骸を顎で示す。
「いや、そんなはずは、彼女は宰相から派遣された侍女のハズだ」
ネルネの身辺に関してシノニムさんと散々洗っている。彼女は宰相から派遣された侍女で間違いない。
「知らねーよ、コレが結果だ。事実だけを見れば良い」
「事実って」
ネルネが銃を撃ったら、必ず相手は砕け散る。ユマ姫は彼女を射撃の天才と言っている。
確かに事実は積み上がっている。
「見えてないのはお前ぐらいだぜ? 帝国の姉ちゃん、ミニエールだっけか? アイツも気が付いて居ただろが」
「まさか、嘘だろ……」
いや、そうだ。
木村はまた思い出す。ミニエールさんは、ネルネとだけは戦いたくないと言っていた。たとえ田中を敵に回しても。
アレはただの挑発だと思っていた。田中の実力を知らないから、余裕の態度でそう言ったのだと。
しかし、彼女は田中に匹敵する魔槍の使い手を用意していたと言う。
……全ての事実は、ネルネの実力を物語っていた。気が付いて居なかったのは我々だけ?
「だな、お前は捻くれず、人の言う事を真っ正面から受け止めた方が良いぜ?
ま、そう言う俺はお前の
皮肉を残し、田中は立ち去ろうとする。木村はソレに待ったを掛けた。
「待ってくれ、じゃあ教えてくれ。コレはどうやったんだ? 魔法……なのか?」
田中は立ち止まり、悔しそうにポリポリと頭を掻いた。
「俺にもワカンねェんだよ」
「おい、何だよそりゃ」
それじゃあ、やはり勘違いの可能性もあるじゃないかと、木村はまだ常識を捨てきれない。
「俺はあの時、目の前のデカブツそっちのけで、ガイラス、いや、ネルネが何をやるかを観察してた」
「それで?」
「魔法と言ったが、俺らが知ってるような魔法じゃなかった。大砲は普通の威力で、音も衝撃も何も変わらねぇ」
「…………」
「だがよ、ひとつ解るのは、アイツは、ネルネは撃つ相手を、星獣すらも見ていなかった」
「え? それってやっぱり」
当てずっぽうに撃っただけ。星獣の死とは無関係なのでは?
「違ぇよ。最初はぼんやりと全体を見ていた。凄腕の剣士がやるような奴だ、俺だってやってる。だけど、その後だ。アイツは良く解らない所を凝視して、必死に何かを合わせていた。大砲に時計でもついていて、時刻合わせでもしてるのかと思ったぜ」
「何だソレ……」
「さぁな、どうにも嫌われちまって、聞いても教えてくれねぇんだ」
「はぁ……」
「とにかく、アレは魔法だ。それもエルフが使う技術としての魔法じゃない。奇蹟としか言えない何かだ」
「オイオイ」
胡散臭くなった田中の物言いに、木村は鼻白む。
「それじゃ、まるで呪いじゃないか」
「そうだ、ユマ姫の不死と一緒さ」
「お前さぁ」
ソレは、適当にでっち上げた噂話の物語だ。確かに田中は初めからユマ姫が無敵だと言っているが、それだって想像の剣で切っただけ。実際に斬ったら、切れるに違いないのだから。
「……だから、人の言う事は素直に聞けよ。事実は目の前にあるんだ。いつだって」
「…………」
木村は、思い出す。去年のゼスリード平原。目の前で頭を撃ち抜かれたユマ姫の姿。
アレが見間違えでなかったのなら……本当に?
でっち上げた嘘で、民衆を騙しているつもりだった。
しかし、実は騙されているのは自分達ではないのか? 自分の嘘に自分自身が。
「難しく考え過ぎだ。良く見て、良く考えるな」
「ンだよそれ」
「考えたって、この世界の事なんて、俺らにゃ全然解っちゃいねーんだからな」
田中はそう言って去って行くが、考えるなと言うのは木村にとって土台無理な注文だ。
しかし、それでも田中の言う事を意識せざるを得ない事態が、程なくして起こるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陣地では、星獣討伐の祝勝会がささやかに行われていた。物資に不安はなく、もう敵も居ない。たき火を囲み、酒を酌み交わして、互いの健闘を称え合っている。
星獣が死んだ理由は解らないが、あれだけの怪物を撃退した事実が皆の自信に繋がっていた。
もちろん、騒ぎの中心はミニエールだ。彼女はたった一人で星獣の囮になった。皆が持ち上げないハズが無い。
輪の中心で、恥ずかしそうにミニエールが愛馬を撫でる。
「いや、恥ずかしながらコイツが怪物に恐れをなして、言う事を聞かなくなっただけなのだ」
正直に打ち明けるが、それでも周囲の兵士は褒めるのを止めない。
「無理もない。なにせ、あの怪物だ。俺の馬だって勝手に駆け出し止まらなかった」
「ですが、この白馬は群れを離れ、星獣の横をすり抜けるように逃げましたよね?」
「そんだけでスゲェ度胸だわ」
「その方が、生き残る可能性が高いと思ったんだろうな。実際、あのまま逃げてたら後続の歩兵にフン詰まって、俺達ペチャンコにされてたぜ」
「それに足もスゲェ。飛ぶようなスピードで、アレだけ走るとはたまげたぜ、俺らはその馬に命を救われたようなモンだ」
ソコまで言われれば、言う事を聞かなかった愛馬でも誇らしく思えてくる。
「ははは、コイツは私に似ず、とても賢いのだ。私よりよっぽどな」
愛おしそうに愛馬を撫でるミニエールの前に、お調子者が飛び出して戯けて肩を竦める。
「するってぇと、我らが戦乙女は馬よりお馬鹿って事になっちまう」
「オイ! ずいぶん言ってくれるじゃないか!」
ミニエールは男を軽く小突いて、ゲラゲラと皆で笑いあう。
彼女は皆の人気者だ。貴族のお嬢様らしからぬ態度で、騎士や一般兵と隔たらず、心を開いて本心で語り合っている。
しかし、だ。
幾ら心を開いているにしても、例えどんな愚か者だとしても、本気でミニエールが馬より馬鹿だとは思っていない。
いわゆる、犬や馬が好きな人間が使う常套句。獣の本能や直感の鋭さを指して、人間よりも賢いと評しているだけだと思っている。
だが、ミニエールは本気も本気。愛馬のサファイアが自分よりよっぽど賢いと思っていた。もしもサファイアが喋れるなら、自分の代わりに領地経営を任せたいと考える程に。
それぐらい、サファイアは異常な賢さを誇る馬だった。
だが、誰ひとりそんな事には気付かない。ミニエールの言葉を真に受けず、ゲラゲラと笑い合う。その異常性に気が付かぬままに。
いや、たった一人、ミニエールの言葉を真に受ける者が、居た!
「えー、馬が人間より頭が良いなんて、あり得ないじゃないですかー!」
グイッと胸を反らし、威張ってみせる。
「絶対に、私の方が頭が良いですよ!」
ユマ姫だった。皆が愚かな少女の乱入に苦笑する。
「コレはコレは、参ったな」
ミニエールが頭を掻くと、お調子者が割り込んだ。
「なぁ、お嬢ちゃんは何歳だい?」
「んー? 私は今年で十四歳ですよ!」
「本当かい? 十歳ぐらいかと思ったよ」
「なんですとー」
また、皆でゲラゲラと笑い合う。
木村やオーズド伯は、その光景を目を細め眺めていた。当然、サファイアが異常な知能を持つ馬などと、夢にも思って居ないのだ。
そんな中、ユマ姫だけは本気も本気で、馬を相手にいきり立っていた。
「じゃあですよ、馬に計算出来るんですかぁ!? ホラ、3+5は! 答えてください!」
皆が可哀想な目で少女を見つめる中、サファイアは、パカラパカラと、蹄を八度、鳴らしてみせる。
「八だそうだ、正解かな?」
ミニエールは腰を屈め、ユマ姫を覗き込む。
ぬぬぬと、ユマ姫は指を折々、数を数える。それを見たお調子者が囃し立てる。
「どうやら少なくとも、お嬢ちゃんよりはずっと頭が良いらしい」
「ぐぅ! 八なのは解ってますよ! 蹄が本当に八回鳴ったのか思い出して数えてたんです!」
言うまでもないが、コレは本当。精神的に幼い部分もあるがユマ姫の頭は悪くない。
「苦しいぞー!」
「負けを認めろー」
周囲からやんやとヤジが飛び、ユマ姫の顔は真っ赤に染まる。
「じゃ、じゃあ! 14×27はどうですか!」
全く大人げなく、二桁のかけ算を馬へと問う様は、いっそ惨めで滑稽だ。そして、この辺りがユマ姫が紙もペンも使わずに出来る計算の限界だった。
しかし、サファイアは嘶き、ミニエールは事もなく答える。
「378らしい、検算願おうか」
「ぬぬぬ!」
まさか瞬時に答えられるとは思わず、ユマ姫は今度こそ指を折りながら計算する。終いには地面に数式を書いて、しょんぼりと項垂れた。
「あってます……」
「こりゃ、本当に馬の方が賢いみたいだなぁー」
止せば良いのに、ピョンと目の前に飛び出してお調子者はユマ姫を挑発する。
「ううううー」
「コラコラ、子供を苛めるな。それに私だって計算は苦手だ」
「そりゃ、失礼しましたー」
戯けた調子でお尻をフリフリお調子者は退散する。勿論、そんな彼だって、本気で馬が計算したとは思っていない。
「はぁ、まったく。ほら、ユマ姫も元気を出してくれ」
「ううん、疑ってごめんなさい。凄く賢い馬なんですね」
「ああ、自慢の愛馬だ」
そう言って、サファイアを労うミニエール。それを皆が微笑ましく見つめている。
しかし正真正銘、ミニエールは計算が大の苦手だ。
二桁同士のかけ算どころか、二桁と一桁のかけ算ですら、少々怪しい。
瞬きと歯の打ち鳴らし方、長年培った符丁をもって、計算の答えを愛馬から聞いたのだ。
だが、誰もそうとは思わない。夢にも思わない。それは、常識に囚われるなとアドバイスを貰ったばかりの木村もだった。
輪の中心をおてんばなユマ姫に任せ、王国側に挨拶に来たミニエールに相対し、感心した様子で尋ねる。
「暗算がお得意なんですね、驚きました」
「あ、ああ……あの子は本当に賢い馬だからな」
あくまで馬が計算したことにするのかと木村は苦笑する。
「なるほど、流石は名馬の産地ロアンヌだ、私も欲しくなりました」
「ソレはありがたいが、アレほど賢いのは我が愛馬だけだ、期待してくれるなよ」
そう言って、馬への愛情を見せつけてくる。
流石だなと感心し、木村は彼女との挨拶を終えた。気持ちが良い女性だと、人気の理由を確認した格好だ。
そうして踵を返した所、したたかに酔っ払った田中に絡まれる。
「ふざけんなよ、お前、マジで馬鹿か!」
突然に頭を強烈に締められた。ヘッドロックだ。
「おい、痛ぇよ、シャレにならねぇ」
「洒落じゃねぇ!」
せっかく良い気分だったところを水を差された木村は面白く無い。
文句を言おうと向き直ると、田中はそれほど酔っ払っていなかった。目はハッキリと意志を宿して、怒りすらも宿った瞳で木村を見ていた。
木村は僅かに含んだ酒精も飛んだようで、ムスッくれる。
「一体、なんだよ?」
「お前、まだ見えてねぇのか? まだ騙され足りないのか? いい加減にしろ。ただ冷静に、良く見ろ!」
指差す先では、ユマ姫がまだミニエールの愛馬、サファイアに絡んでいた。
「じゃあ、520×42は?」
――ヒヒーン。
「何言ってるか、解りませんよぉ!」
馬にベロベロとなめられて、汚いッと文句を言っている。微笑ましい光景だ。
「アレが、なんだよ?」
「良く見ろ、あの馬の目を! 良く見るんだ!」
大変な剣幕で田中に言われて、そこで初めて木村はサファイアの顔を、その瞳を真剣に見つめた。
そこでようやく、気が付いた。
「な、なんだ、あの馬! オカシイぞ」
良く見れば、サファイアの目は人間に近過ぎた。
野生生物の透き通る様な純粋な瞳ではなく、小馬鹿にした様子でユマ姫をからかっている、同時に計算を問われると、その目は複雑に揺れている。
ユマ姫を二回噛んで、一度舐め、八回歯を鳴らし、四回嘶いて、蹄は鳴らさない。
「まさか……嘘だろ? マジで計算してるのか? アレは」
「そうだろうよ、誰も嘘なんて言ってねぇんだ。俺はお前に言ったよな? 考えすぎるなと、何もかもそのまんまの意味だよ」
「いや、嘘だろ?」
しかし、違和感をもって見れば、やはりサファイアの行動は通常の馬ではあり得ない。噛み付いて周囲の兵士から兜を奪うと、すっぽりとユマ姫に被せてしまう。
「ま、前が見えません!」
周りはゲラゲラと笑っているが、遠くから見ていた木村は笑えない。
冷静に考えれば、簡単に兜など外れない。ましてこっそり少女に上手く被せるなど難しい。あの目を見てしまえば、ただの偶然とはもう言えない。
サファイアはタイミングを見計らい、狙って笑いをとったのだ。人間にだってなかなか出来ることではない。
いや、それでもなんとか偶然と思いたかった木村だが、前が見えないユマ姫が転がりそうになる所を自然と回り込んで受け止めたサファイアを目の当たりにし、とうとう認めざるを得なくなった。
「いや、なんだよ? あの馬」
「知らねぇよ、突然変異か何かだろ?」
田中にそう言われても、木村としては割り切れない。
「じゃあ、ミニエールさんはそんな得体の知れないモノに跨がってるって言うのかよ?」
「そうなんだろ、細かい事は気にしないんだろうな」
「いや、そんな」
あり得るのか? 本当に自分より賢い馬に、何食わぬ顔で乗れるモノか?
「ミニエールはな、俺の剣が魔剣に匹敵する切れ味だと知っても、何故かと問うて来なかった。そんな奴は珍しいぜ? 何で聞かないんだって逆に聞いてみれば、私では理解出来ないだろうから、どうせならもっと頭が良い奴に説明してやってくれ、だとさ」
「……な、なんだよそれ」
「どうだ? お前は試しに聞いて見るかよ?」
「いや、どうせお前も知らねぇんだろ」
「ご明察、俺も良く解らず使ってる。そんなモンだ」
木村には到底受け入れられない答えだ。田中はヤレヤレと肩を竦める。
「ただ、流石に大物だぜ? アイツはよ」
「そうだな、俺が思って居たよりもずっとだ」
「だから、遅ぇよ」
くぴくぴと酒を飲みながら上機嫌で挨拶回りに励むミニエールを見て、ただただ二人は唸るのだった。
季節は秋に差し掛かろうとしている。農兵が多いだけにこれ以上の戦争は続けられない。
スールーンを占拠して、帝国とはひとまずの停戦が結ばれそうになっていた。
帝国でも有数の領主であるタリオン伯と、その娘ミニエールの裏切り。皇帝の威信は地に落ちて、魔女も姿を見せない。
「いや、まさかな」
木村は頭を振る。なにせミニエールは野心めいたモノをおくびにも出さない。
だがその時、目を凝らした木村には戴冠するミニエールの姿がハッキリと見えてしまった。