死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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少女が村に到るまで

 俺は順調に旅を続けていた。大牙猪(ザルギルゴール)に馬車を襲われて一時はどうなる事かと思ったが、魔法で強化した俺の足はピラーク(鳥型の騎獣)と比べても遜色の無い速度での移動を可能にしていた。

 

 あり余る魔力値、健康値によるゴリ押しである。

 

 先程からガンガン魔法を使っての移動をしても全く疲れない。肉体的にも魔力的にもだ。これは疲れるよりも回復速度が上回ってる状態だと見ていい。

 

 魔力値が高ければ魔法が強いだけで無く、魔力の回復が早くなるし、健康値が高ければスタミナの回復が早くなる。

 

 今まさに軽くジョギング程度の運動量にプラスして、体を魔法の風で押し出す事で、前世の全力疾走を上回る速度で走り続けている。

 それも食料や毛布をたっぷり背負ってこの速度だ。もしこの重量を前世の俺が担いだなら歩いてたって息切れしたに違いない。

 ましてや今生の不健康だった自分を考えると信じられない思いがある。

 

 無理やりゲームに例えるなら健康値がVITで、魔力値がINTかなぁ……

 

「――ッ!」

 

 などと呑気に考えた途端、軽快にビートを刻む俺の足に鋭い痛みが走る。

 ブーツを脱いで確認すると足の皮が無残にもズルリと剥けて赤く腫れている。

 

 よく考えてみたら、今世の俺は筋金入りの箱入り姫で有った訳で、ここ数日無理を重ねた体は疲労とは別に肉体的ダメージを積み重ねていたのだろう。

 長年のお姫様生活で世界一柔らかい俺の足裏の皮が、魔法を駆使した高速移動に耐えられる道理が無い。

 足裏以外にも靴の固い皮に当たる部分は見るも無残な有様で、不用意に触るとズキンと耐え難い痛みが襲い、一度気になるとなかなか走るのは難しそうだ。

 

 こんな惨状で良くもまぁ、走っていたと思ってしまう程で、一種の興奮状態だったのは間違いない。前世ではすぐに足が痛いと音を上げていたと言うのに、えらい違いだと思うと同時に、胸にチクリと痛みが刺さる。

 

 前世での俺は、無気力、無関心、無感動の権化で、親元で大いに食べ、寝て、ろくに勉強もせず、かと言って遊びすら中途半端で、生きてるのか死んでいるのか、果てはボーッと寝てるのが幸せと言うような虚無を体現した様な男だった。

 趣味のゲームや漫画、アニメだって本当に好きだったかは疑わしい、一番好きなゲームだって友達に、特に木村には全然勝てやしなかったし、それで悔しくも無かった。

 ただ、そんな人生でもそれなりに楽しかった……と思う。だから俺は結局生まれ変わってもどこか無気力で斜に構えて、当事者意識に欠けた態度でヘラヘラ笑って過ごしてきた。

 

 でも王都が襲われた時に全てが変わってしまった、思えば前世も今世も働きもせず食うだけの人生だ、特に苦労をした事も無い。

 それが命懸けの逃亡劇に前世と合わせても一番大切だった妹も失って……

 前世の俺は、小説の主人公みたいに一生懸命に頑張ってみたい、いや「俺が頑張るに相応しい事件が起こって欲しい」ぐらいに思っていた。

 

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 

 俺が頑張らないから、『偶然』が家族を殺したと言うのに。

 旅に出ない言い訳にしていた健康値なんざ、王都を出てみればどうだ、人の倍近いじゃないか。

 良く出来た喜劇だと笑えて来るが、悲しい事に現実なのだ、馬鹿な俺への罰として血塗れのまま痛みを堪えて突き進もうかとも思ったが、ただの自己満足だと思い直した。

 

 回復魔法をガンガン掛けて皮膚を再生し、血を吸ったブーツを乾かしてから速度を抑えてテクテクと歩いた。

 

 それでも一日30kmぐらいは移動出来たんじゃないかな? まったりモードの馬車の旅とそう変わらない。

 そうして歩く事六日、ついに俺は人間の村に辿り着いたのだ。

 

 ――ソノアール

 

 それが辿り着いた人間の村の名前だった。

 名前は参照権の地図で知っている。間違いなく人間の、ビルダール王国の村だ。

 ぱっと見は典型的な昔のヨーロッパの寒村といった風情で、比較すればエルフの王都の異質さが際立つ。

 雑な作りの土壁に藁葺き屋根が標準で、上等な物でも煉瓦の壁に赤瓦。普通と言うか地球ですと言われても信じてしまう光景だ。

 

 馬車の中で快適に旅をしてる間こそ、人間の村に着いた際には落ち延びた姫らしく、ボロボロで命からがら辿り着いた風に偽装しようなどと考えたりもしたが、最早そんな偽装が全く必要なかった事は言うまでも無いだろう。

 辿り着いた時は夕方で、薄暗い村に踏み込んだ俺は、早々に発見されるや否やファースト村人にピッチフォークを突き付けられた。

 それでも涙ながらに「匿って下さい!」とお願いしたところ、久しぶりに木の上以外で寝る事が出来て一安心。

 

 で、翌日涙ながらにピッチフォークのおいちゃんの家で、ポツポツと事情を語って同情を買ってみた。

 

 そしたら顔をクシャクシャにして泣いてくれるのは良いんだけど、こっちはピッチフォークのおいちゃんの名前が「サンドラ」で笑いを堪えるのが大冒険だった。

 そう言えば、こっちじゃサンドラって女性名じゃないんだね、厳密にはサンドゥラ的な発音だしな。

 

 奥さんのテイラーさんも涙ながらに応援してくれて、サンドラさんは村長に話を通してやると言って勢い良く飛び出して行った。

 いやー良い人ばっかりでありがたいねー、俺の『偶然』で死なない様に気を付けて欲しい。

 俺は留守番がてらテイラーさんに「なんだかお姉さんが出来たみたい」とか甘えて更なる同情を買うのに余念が無かった。

 本当は結構老けて見えるからお母さんって感じなんだけど、テイラーさんもサンドラのおいちゃんも多分結構若いんだよね、二十代じゃないかな?

 老け込んでると言うか、くたびれてると言うか、苦労してる感じ、少なくてもお兄さんじゃなくて「おいちゃん」って感じがしてしまうのは仕方が無いだろう。

 

 あと、身長も低い。

 西洋風の世界だから平均身長が高いと思ったら大間違い。サンドラのおいちゃんは160㎝ぐらい、テイラーさんは150㎝ぐらいだ。

 俺は145㎝ぐらいとエルフの国じゃ歳の割にかなり小さかった訳だけど、ここじゃ特別ちっちゃい子扱いは無さそうだ。

 そもそも参照権で呼び出した30㎝定規を並べて、適当に測ったから数字は適当だけどな。

 

 身体的な違いはそれだけじゃない、まず目につくのは耳の長さ。エルフは例によって耳が長い。転生して耳が長いから「エルフだ! エルフに生まれ変わったんや!」とか喜んでたけど、よく考えたらみんな耳が長い世界なのかな? と思っていた。

 

 しかし本を読むと、やっぱり耳の短い種族は居ると知り、そいつらは無能で魔力が全然無いとか書かれるに至って「やっぱ俺エルフだわ」とか思った訳だ。

 

 ま、そもそも「エルフ」なんてのが地球の概念で、言葉だからどうでも良い事では有る。

 

 ここまでは本で知っていた知識だが、実際に人間と会って一番違うと感じたのは、目。特に瞳の大きさだ。

 目がパッチリしているとかそう言う話じゃない。恐らく眼球自体が人間よりもエルフのが大きい。そこへ持ってきて虹彩の部分も大きいので、まるで人形みたいと転生した当初は驚いた記憶がある。

 長い事エルフとして生活し、なんの違和感も感じなくなっていたが、人間に会うとやっぱりその違いに気付かされる。

 

 生みの母であるゼナは人間なのだが、参照権の力をもってしても赤ん坊の目もしくは映像を処理する脳の性能は高く無いのか、ちょっとぼやけた映像だけしか参照出来ない。

 物忘れには滅法強い参照権だが、脳にインプットすらされていない物はお手上げだ。

 

 それにゼナは特殊だ、人間には魔力が濃すぎる大森林で活動してた事を考えても、エルフの血が混じっててもおかしくない。髪も真っ赤だし、天然にしろ染めてたにしろ、真っ当な人間とはどうにも思えない。

 

 ともあれ目は口ほどに物を言うとはその通りで、その目の有りようが人間と違うと言うのは根源的な恐怖を感じるハズだ。

 それでも匿ってくれるばかりか、協力までしてくれるおいちゃん達には感謝しかない。

 それほど本で見るのと実際に目にするのでは大違い。本当に違う種族だと言う事を思い知らされるのだ。

 

 そう言えば、思い出したくも無いが俺は既に人間をこの目で見ていた、帝国兵だ。

 嫌な記憶として驚く程に記憶から消えかかっている、多分脳がストレスを感じて勝手に消してくれたんだろう。人体の神秘に驚くばかりだ、普通の女の子なら全てを忘れて生きていけたかも知れない。

 

 だが俺は忘れたくない。

 

 そして俺には忘れない為の力がある。

 参照権で呼び出した帝国兵は、兜が邪魔で目も耳も良く見えなかった。印象に残って居ない筈だ。

 しかし、身長は明らかに高い。みんな170㎝以上は有る、やはり王都に攻め入る様な職業軍人は体も大きい。

 参照権で虚空に浮かべたその姿を見て俺は憎しみと決意を新たにする、「絶対に皆殺しにしてやるからな」と。

 

 ギュッと腕を握られて、そばにテイラーさんが居る事を思い出した。参照権は俺にしか見えないから、虚空を殺気立った目で見つめる俺は危ない人に見えたに違いない。

 

「すいません、気が立ってしまって」

 

 とかしおらしく言ってみたがどうだろうか?

 ほどなくサンドラさんが村長に話を付けて来たと飛び込んで来て、早速に役場の村長室まで連れて行かれた。そこで再び、語るも涙な物語を披露した訳だ。

 

 流石村長と言うべきか、エルフ、人間の言葉で言うと森に棲む者(ザバ)について細かい事まで知っていた。それを捕捉するように語って見せたところ、信じて貰う事には成功した様だ。

 あっと言う間に昼時で、スープとパンを御馳走になった運び。

 どうも歓迎とか拒絶以前に、村は困惑と言った雰囲気だ。まぁ無理も無いと思うし、役場の窓口で放置され、見世物にされるよりは余程良い。

 結局、忙しいとかで午後はそのまま村長室で放置され、村長の仕事を見守って過ごした。

 

 だが、この村に急ぎの仕事など有るように見えない。俺の様子を見つつ対応を決めようと言う腹に違いない。

 

 日も暮れた辺りで、村長さんから「今日は家に来なさい」と、村長宅に誘われたが敢えて断り、再びサンドラさん宅にご厄介。

 これは村長に止められたのだが、敢えて強行した。

 

 サンドラさん宅は中世ヨーロッパの貧乏農家まんまな佇まいなので、そんなとこに自称とは言え姫を泊めたくない感覚は解る。

 ただ人が良さそうに見える髭面の村長だって、村の責任者と言う立場を考えれば信用しきれる物では無い、そもそもエルフについての細かな質問をエルフの姫に聞くのは違和感しかない。

 自分の知識と矛盾点を見つけて、ただのイタズラだと安心したい思惑が透けて見えた。かなり疑われてると思って良いだろう。

 

 サンドラさんみたいな農民なら腹芸は出来無いだろうし、何より自由だ。

 そして予想した通りだが、サンドラさん宅には、噂を聞き付けた村人が詰めかけて来た。

 娯楽の少なそうな田舎の村、あっと言う間に噂は村中に駆け巡ったことだろう。

 

 サンドラさんに「私の事を皆さんに知って欲しいです」と相談し、村の酒場みたいな所で本日三回目のお涙頂戴物語を公演した。

 都合三回目の公演で、大分演技臭く仕上がってしまったが娯楽が少ないだろう村人には大受けで有った。

 

 翌日、噂を聞いた村人達が役場に押しかけ、やいのやいの騒いで村長を説得。「かわいそうじゃねーか」「力になってやろうぜ!」「王都への旅に護衛を付けてやれ!」だの、「そんな予算は無い」「嘘かも知れない」「こんな村帝国に襲われたら終わりだぞ」だのの問答の末、取り敢えずスフィールと言う近場の大都市までの護衛を雇うと言う線で纏まった。

 

 そこまで送るから、その後は領主を説得して自分でやってくれと、まぁ妥当な線だろう。

 後は護衛依頼を役場に出し――これで一安心と言う辺りで、アイツが来たのだ。

 

 会いたくて、謝りたくて、でももう会えないと思っていたアイツ。

 

 一目見た瞬間、俺の心はあの日に戻る、教室で椅子を持ち寄って、或いは乾いたグラウンドで座り込んで、何時だって下らない話を繰り返した日々、同じ様に語り掛けようと、アイツに向かって伸ばした手が視界に入る、小さくて可愛くて、その時やっと思い出す。

 

『俺はもう高橋敬一では無い』

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