死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

322 / 327
ザイア?

「ゼナ? あなたが、おかあ……さん?」

「そう! そうよ!」

 

 言いながらも、ゼナだって半信半疑。

 これは死ぬ間際の幻覚だとすら思っている。

 

 なにせ、ここはガチガチのセキュリティが固められたプラントの最深部。まさに世界が終わりを迎える瞬間に、思いを馳せた実の娘が現れたのだ。現実だと思う方がどうかしている。

 だけど、ゼナはこの奇蹟を疑わなかった。疑いたくなかった。もう、何かを疑う必要も感じなかった。

 

「神様も、最後には粋なコトするじゃない」

「ええぇぇ?」

 

 ユマ姫を抱きしめて、グルグルと振り回す。

 これはきっと神が見せてくれた泡沫の夢、ゼナの動きに容赦はない。

 

「ふ、ふ、ふ、振り回さないでくださいぃぃ!」

「ふふ、大きくなったわね。持ち上がらないわ。今幾つ?」

「じゅ、十六です」

「十六! そのわりには小さいのね」

「なっ!」

 

 ユマ姫、これにはショックを受けた。背が低いのは気にしていたのだ。なぜならユマ姫は150センチ程度しかない。

 農村の子供なら普通だが、エルフの中では小さい方だ。

 

「むむぅ」

「でも、そうね、生き残って元気な姿を見せてくれただけで嬉しい」

 

 死んでしまうのだと思った。もしくは、家族と王都では暮らせないのだと思った。でも、そうじゃなかった。全てが都合が良い夢の物語。

 だから、口を滑らせた。

 

「ねぇ、あの人は元気?」

「…………」

 

 ユマ姫は悲しそうに唇を噛む。

 ゼナはしまったと、夢から醒めてしまうような感覚に陥った。

 そうだ、森に棲む者(ザバ)の王都は落ちた。王が無事なワケが無い。

 

「生きてはいますけど……」

「生きてるの??」

 

 コレにはゼナが驚いた。あの人は、最後の最後まで戦うタイプだと思っていたから。

 

「でも、結構無理をして、長い間液体漬けです」

「液体?」

「ココみたいな地下遺跡で、そこに体を治す液体があって……」

「え? どこ?」

 

 タブレットに地図を映せば、ユマ姫はこの辺りと指を差す。

 

「まさか、52番施設!? 命の揺りかご! 確かにあそこなら高品質なポッドがある。なんて奇蹟!」

「奇蹟じゃありません! セレナが敵から奪還してくれたんです」

「セレナ?」

 

 ようやく飲み込めてきた。帝国に与する古代人はゼナも知っていたからだ。この間、通信が入って、会話までしている。

 確かに偶然ではない、そいつらが使っていた遺跡を奪ったのだ。

 

 解らないのは、起動した遺跡で待ち構える古代人を倒せるセレナの存在。

 

「セレナは、私の妹です」

「そう、そうなのね……」

 

 ゼナだって自分の後釜にパルメが結婚するのは知っていた。応援もしていた。

 だから彼女にも娘が居ることが嬉しかった。

 

「それで、セレナは無事なの? 見てみたいわ、あの子の娘なら可愛いに決まってるもの」

「そりゃあ!」

 

 セレナの可愛さの話になって、ユマ姫は勢い込んだ。

 本当に、夢にまでみた実の母なんだと徐々に飲み込めて来たからだ。目一杯、自慢の妹の可愛さを話したかった。

 

 本当は、実の母に会えたならもっと話したい事があった。吐き出したい恨み言も、聞いて欲しい泣き言もあった。けれど、やっぱり何よりはセレナの事だった。

 

「セレナは凄いんですよ! 天才なんです! 誰よりも魔法が凄くて、可愛くて、ちょっとやんちゃですけど、でも優しくて、可愛いし」

「はいはい……」

 

 ゼナは微笑んでユマのピンクの髪を撫でる。

 

「そして、青くてツヤツヤした髪がとても綺麗で……」

「え? 青い?」

 

 ゼナは一転、奈落に叩き落とされた様な気持ちになる。

 

 青い髪は、特別なホムンクルスの証だ。魔力事故を起こした現場、この遺跡みたいな場所でだけ生きられる哀れな存在だ。

 たまに、先祖返りで同じ特徴の森に棲む者(ザバ)が生まれるが、魔力欠乏で長生きは出来ない。

 ゼナはそんな彼らをストックし、良い様に利用している。

 それが、まさか、あの娘とあの人との間に生まれてしまうなんて! ゼナは因果を呪った。

 

 しかし。

 

「セレナは元気で、今日も星獣を千切っては投げ千切っては投げ……」

「え?」

 

 不可能に決まってる。言うに事書いて星獣とは!

 星獣は古代人ですら倒せずに、核兵器で追っ払う、街ごと滅んだ事が何度もある、そう言う相手なのだから。

 でも、まさか?

 

「セレナはエルフの歴史始まって以来の天才で、魔力値は二千を超えるんですよ! 凄いですよね?」

「に、二千?」

 

 二千と言えば、プラントで吸い出した純魔力に匹敵する。

 決して、人間に使う単位ではない。ストックしてある純正のホムンクルスでも、魔力値は千を超えるのがやっと。

 

「嘘でしょ」

「本当ですよ。そうじゃなければここまで来れませんもん」

「…………」

 

 荒唐無稽過ぎる。信じられるハズが無い。さっきから話が滅茶苦茶だ。

 

 だが、だからこそ、これはひょっとして現実なのではないかと、ゼナは一周回ってそんな事を思い始めた。

 非現実が連続し、整合性を生み出している。どこか不気味に感じる程に。

 

 全てが都合のいい夢。そうじゃないと仮定したら、どうなるのか?

 だとすれば、話はまた巻き戻る。最大の謎が残ってしまう。

 

 そうだ、この娘はどうやってここまで入り込んだのか??

 目の前の、ピンクの髪の少女は一体?

 当のユマ姫は可愛らしく小首を傾げる。

 

「そういえば、ここって魔力を吸い出す場所だって聞いたんですけど、なんでそんなモノを作ったのですか?」

「え、うん。それはね」

 

 可愛い娘? の質問に、ゼナは一旦考えるのを止めた。

 

「本当は、必要な分だけ採取するはずなの。必要な分って言っても凄い量よ? このプラントみたいな施設を何個も動かすぐらい、でもね、失敗しちゃった」

「失敗ですか?」

「そう、あのマーセル・マイドってボケ老人。アイツがワザと暴走させたとしか思えないの。あの時、私が殺してさえいれば」

 

 ゼナは、あの日、自分があの老人に声を掛けなければ、こんな事にならなかったのではないかと後悔しきりだったのだ。その罪悪感がこの何千年もの時空を越えたプラント管理の原動力だった。

 

 前周(あのとき)はどうか? ゼナが声を掛けたにも関わらず、マーセル・マイドはひっそりと息を引き取ってしまう。

 ゼナはプラント技術者であるマーセル・マイドを助けられなかった事が事故の原因になったと思い込み、あの時も心のトゲになっていた。

 どちらにしろ、ゼナは自分を責める事になる。

 

 だけど、今回のユマ姫はそんなゼナを叱る。

 

「ダメですよ、殺すなんて!」

「あ、うん、そうよね。でもあの人が居なければ、もっと多くの人が助かったの」

 

 世界が滅びる事もなかった。

 気が付けば、ゼナは長年の後悔をユマへとぶつけていた。母親なのに、コレではあべこべだ。心の中で自嘲する。

 だけど、ユマは自信満々に言い切った。

 

「でも、それじゃ私は生まれませんでした。父様も、なによりセレナは生きられませんでした」

「ッ!」

 

 確かに、そうだ。

 あの事故があったから、ホムンクルスは自由になった。国を作れた。

 

「だから、ありがとう……」

 

 なにより、あの事故があったから、過剰な魔力があったから、セレナも生きられたのだと、ユマ姫はゼナにお礼を言った。

 ゼナは救われた思いで、ユマ姫を抱きしめる。

 

「私こそ、ありがとう、ありがとう」

 

 泣きながら、抱きしめる。

 

「えぇ、もう、子供みたいですよ」

 

 ユマ姫だって、本当は、自分が子供みたいに甘えるつもりでいた。

 だけど、今はコレが心地良い。

 出会えるはずがない親子の奇蹟の対面だった。

 

 ――ビッー

 

 その時、突然、明かりが消えた。

 赤い非常灯の鈍い光に切り替わる。

 

 

 世界の、終わりが、近い。

 

「ごめんね、こんな壊れかけの世界しか残せなかった」

 

 ゼナはユマを抱きしめて懺悔する。だけど、ユマ姫はあっけらかんとしているのだった。

 

「あの? 壊れないようには出来ないんですか?」

「もう、無理なの。何も……出来ない」

 

 はらはらと泣くゼナに、ユマ姫はぽんぽんと背中を叩く。必死に励まそうとしてる。

 ゼナは思い直した。この子はやはり神の使いなのだと。

 最後に私の罪を許してくれる存在なのだと。

 

「大丈夫ですよ、私がなんとか話してみます」

「???????」

 

 しかし、ユマ姫はまるで意味不明な事を言い出した。

 呆気にとられている内に、ゼナの腕から抜け出して、テクテクと歩いて。

 

 そして、()()()()()()()

 

「え? え? なんで?」

 

 それは、このプラントの最下層。惑星のコアに近い場所。魔力の採掘ポイントに向かうガラス張りのエレベーターの中だった。

 

「どうやって?」

 

 勿論、とっくに封鎖している。もう二度と、開かないハズだ。なによりユマ姫は扉なんて開けなかった。なのに、中に居る。

 ゼナは目の前で見ていた、だからこそ意味が解らない。

 

「通り抜けた?」

 

 ガラスの扉をユマ姫は素通りしたのだ。目の前で。

 

「なんで、どうやって? 早くコッチに? 熱くない? 熱気が来てるはずよ?」

「大丈夫です」

「え? なに? なんで? 今どうやって入ったの?」

 

 ゼナは封じられたガラス扉をガンガンと叩く。しかし、当然ながら通り抜けられるハズが無い。

 

「これ、どうやって入ったの? 開かない!」

 

 開かない様に封じている。非常時となればゼナとて解除の方法はない。

 だから、ユマ姫が中に居ることが信じられない。

 

「私、昔から扉を開けるのが苦手で、ここに来るまでも、こうやって入って来たんです」

 

 ……それを聞いて、ゾッとした。

 この娘は、神の奇跡で沸いてきた訳でも、死ぬ間際に見る幻覚でもない。

 

 もっと、不可思議な、何かだ。

 

「あの、私、呼ばれているみたいなんです、きっと約束があるんです」

 

 そして、ユマはそう言うのだ。

 

「誰に? 何を?」

「あの、セレナによろしくって、心配しないでって伝えてください」

「何言ってるの? 解らない! ……ねぇ答えて!」

 

 しかし、ユマ姫を乗せたエレベーターはするすると地底へと降りていく。

 

「ユマッー!」

 

 ゼナはガラス扉に貼り付いて、何とか下を覗き込む。ユマ姫のつむじだけが見えたが、それも間もなく消えた。地下の闇に溶けていった。

 

「何なの? 夢?」

 

 ガラス扉を叩く。鈍い音だ、分厚くて割れる気配など無い。なのに触ると熱いぐらいで、中には熱気が充満してると窺えた。

 

「聞こえるわけ、ない」

 

 よくよく考えれば、あり得ない。

 なんで、普通に会話が成立したのか? 声なんて届かないハズだ。それだけ分厚いガラスである。もっと言うと、実際は強化樹脂の一種。

 数センチの壁を、声が通り抜けるなんて、ありえない。それにとっくに中は灼熱だ。普通に会話なんて出来っこない。

 

 やっぱり、あれは幻覚だったのか?

 狐に抓まれたような気持ちで、ゼナは再び椅子に座る。ゆったりと眠る様に死のうと思ったのに、もうすっかり目が冴えてしまった。

 

 何となく見つめたモニターの一つ、信じられないモノを見てしまう。思わず、スピーカーを入れる。

 聞こえて来たのは幼い声だ。

 いっそホラーのよう、子供のはしゃいだ声だった。

 

「おねえちゃーん、どこー?」

 

 それは、青い髪の少女だった。

 ひょっとして、コレが? いや、それにしても、あり得ない。

 

「ラーガインⅡが一撃?」

 

 最強の戦車が、少女の魔法で真っ二つに切断される所だった。

 

「ねぇ、脱出しようよ。魔力が濃いから私は良いけど、お姉ちゃんには危ないよー」

 

 セレナの呼びかけが、管制室に響いていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 延々と降りていくエレベーター。

 あんまり長いものだから、ユマ姫は途中であくびをしてしまう。

 

「うぷっ」

 

 口の中に、水が入った。気分は最悪。

 

「もぅー」

 

 しかし、ソレは水じゃ無い。

 気が付けば、全身が光る液体に浸かっていた。

 

「はぁ、もうこんなところ嫌、早く帰りたい」

 

 そう言うユマ姫は、もうエレベーターになど乗っていなかった。

 そんなモノはとっくの昔に溶けてしまった。ここはそう言う場所、星の核に触れる場所。

 

「熱いなぁ」

 

 ユマ姫が潜るのは、溶岩の中だ。溶岩の中を潜って、地下へ地下へと降りている。

 百万気圧のマントルに押しつぶされて、数千度の溶岩がユマ姫を灼いている。

 

 なのに、死なない。

 こんな事は、あり得ない。

 そもそも、扉を貫通出来るハズが無い。でも、出来ている。

 

 その原因は? 意味不明な現象を支えているのは、全て運の良さだ。

 天文学的なんて次元ではなく、数字と確率の限界値。

 

 ユマ姫は運が良い。なぜなら高橋敬一の不運が裏返った幸運を貰っている。

 

 だから、トンネル効果で壁を貫通する。

 

 まず、ユマ姫の肉体や洋服が持つ全粒子が壁に衝突、それによってトコロテンみたいに壁から押し出された電子などが、偶然全く同じ姿をとって、扉の向こう側でユマ姫の存在を確定してしまう。

 

 奇蹟と言うのも馬鹿らしい、冗談と悪意に満ちた『偶然』だ。

 

 ソレを、ユマ姫は何度もこなしている。彼女は生まれてこの方、自分で扉を開けたこともない。全部無視して貫通している。

 今だって、溶岩の熱やマントルの圧力は、全てユマ姫を素通りしてしまう。

 

 死をもたらす魔法も、弾丸も、誰も彼女を傷つけられなかった。

 ユマ姫は、そう言う存在だ。

 

 そんなユマ姫がやって来たのはあの時と同じ場所。惑星ザイアの核を望む場所だった。

 

 いや、あの時よりも尚悪い。なにせ、あの時のザイアはユマ姫の魂を受け入れようとしていた。おびき寄せるために、バケモノじみたユマ姫だけが入り込める環境を作った。

 だけど、今回は違う。星がうねりをあげ、圧力のままにエネルギーを滾らせて、あらゆる侵入者を拒もうとしている。

 

 

 そんな場所、どんなに科学が進んだとしても人間が辿り着けるハズが無いのだ。

 なにせ、あらゆる物質が溶け出して、どんな魔法も形にならない。

 

 そんな場所に、ただの少女が運だけで辿り着く。

 

 

 ザイアには、意味が、解らない!

 

≪ おまえは、 なんだ? ≫

 

 ザイアは問う、しかし、返事など無いと思っていた。なにせコレは魔力の声だ、魔力波の意思伝達方法、人間に通じるはずがない。

 だけど、返事は返る。

 

≪ わたしは、ユマ・ガーシェント・エンディアンです。始めまして ≫

 

 コレにはザイアも腰を抜かした。惑星に腰を抜かすと言う慣用句が適当かは解らないが、そうだとしか言いようが無い。それほどに、驚いた。

 

≪ 何者だ! ≫

≪ さっき言いましたよ? ≫

 

 とぼけたユマ姫の言葉に、ザイアは苛立ちが隠せない。

 途方もなく巨大なコアが、灼熱の塊が、明滅する。

 

≪ 何故だ? 何故お前は完全な運命を壊せる? ≫

≪ 運命ってなんです? ≫

 

 だけど、ユマ姫は解らない。何もかも。

 そして、ザイアだって本当の意味で解っては居ないのだ。

 

≪ この世界の趨勢は決まっている、決まった通りに動かさないと駄目なのだ ≫

 

 魂を手にしたザイアは、完全なる世界を維持する事を信条とした。

 

 なぜなら、この世界を魂を作ったのは神だから。神の目的は完全に制御された世界を手に入れる事。誰よりも巨大な魂を持つザイアは、その目標に影響された。

 入力される未来予想図を遂行するマシンとなった。

 

 だから、あの時を繰り返そうとして……

 だけど、全てが上手く行かない。

 

 その原因は、全て目の前の少女にあった。

 

≪ 死ねッ! ≫

≪ えぇ? ≫

 

 殺意がユマ姫に突き刺さる。それも、惑星の殺意が。

 魔力とは、思考に影響を受けるエネルギーである。

 そしてザイアは魔力を作り出すプラントでもある。そんな存在が、凶悪なる意志をもって、殺意を抱けばどうなるか?

 

 途轍もない濃度で意志と魔力をぶつければ、ソレはどんな魔法にも勝る凶器となった。

 殺したいと思うだけで、ソレは叶う。そうやってザイアは何匹もの動物や人間を殺して来た、完全世界の秩序を守ってきた。

 

≪ えと、なにか? ≫

 

 だけど、ユマ姫は死なない。死ぬハズがない。何をされたかも解らない。

 

≪ おかしい、お前はここで死ぬハズなんだ ≫

≪ そんな酷い事言わないでください ≫

 

 本当だったら、セレナもボルドーも、エリプス王も、ミニエールもマーロゥもゼクトールも死んでいるハズだ。

 それらが、死んでいない。全ての運命を目の前が少女が歪めてしまった。

 ましてや、ノコノコと惑星の中心部まで現れてしまう。

 それも、生身で。

 

≪ おまえは、何者だ! ≫

≪ さっき言ったじゃないですか! ≫

 

 ユマ姫は、自己紹介するのに引け目がある。実のところ、ガーシェントまではともかく、勝手に国名にあたるエンディアンを名乗ってる所がある、式典の前に侵略されて、正式な儀式の完了が済んでいないから。

 だけど、今は自身満々に唱える。

 

≪ 私は、ユマ・ガーシェント・エンディアン、エルフのお姫様で、そして、セレナのお姉ちゃん! ≫

≪ ??? ≫

 

 ザイアには意味が解らない。話が全く噛み合わない。守るべき秩序が守れない。

 

 だから、全てがどうでも良くなった。

 

≪ もう、いい ≫

≪ え? なんで? ≫

≪ もう、全部、消してしまえばいい ≫

≪ えー? 止めて下さいよ ≫

≪ 止めぬ! ≫

 

 ザイアは思った、目の前の少女も、上手く行かない運命の遵守も。全て壊してしまえば良いと。

 ゲームに癇癪を起こし、コントローラーを投げつける子供と一緒だ。

 全てをぶち壊し、ゲームの電源を切るように、終わらせるつもりだ。魔力を吐き出して、全ての質量を爆発させる。

 

 自殺である。

 

 全てを巻き込んで、巨大な爆弾となって、塵も残らず消えるつもりだった。

 

≪ 失せろ! ≫

 

 だから、もうユマ姫は邪魔なだけ。とっとと追い出そうとマントルがうねる。

 だけど、ユマ姫は動じない。溶岩に浸かり。マントルに揉まれながら何でも無い顔でそこに浮かんでいる。

 困った表情すら浮かべて、言った。

 

≪ あの、困ります。私、用事があって来たんです ≫

≪ 知るか、死ね! ≫

≪ 嫌です! ≫

 

 ザイアの熱線がユマ姫を貫く。星獣の何千倍も太く熱い熱線だ。数万度に達する熱線だ。

 それでも、ユマ姫に何のダメージも与えられない。

 

≪ どうして? どうして死なんのだ! ≫

≪ あの、わたし、用事が終わったら出て行きますよ ≫

 

 ユマ姫は誰かに呼ばれたような気がしていた。だけどその相手がわからない。

 ここで、絶対にやらなくてはいけない何かがある。

 自分は、きっとその為に生まれてきたんだと、そんな事すらうっすらと思い始めた。

 

≪ 何が目的だ! 何をする! ≫

 

 ザイアは星を震わせて、威嚇する。

 しかし、ユマ姫は首を捻って、不思議な気持ちで居た。

 何かが噛み合わない。目的と手段が逆なような? 据わりの悪さ。

 

 でも、それこそが、目的なのだ。とにかくやるべき事は決まっていた。

 

≪ あの、もう良いです ≫

≪ 何だと? ≫

≪ もう良いですから、最後に一つだけ、質問しても良いですか? ≫

 

 ユマ姫は、その答えを求めに来た。

 しかし、ユマ姫だって意味が解らない。

 普通、それは手段であって目的ではない。

 

 激昂するザイアは震え、うなり声みたいな地鳴りが響いた。

 

≪ 知るか! いや! 言え! お前の目的は何だ! 聞いてやる! 疾く言え! 

 どうして! 私の! 世界を! 邪魔する! ≫

≪ 邪魔はしません! ≫

 

 その物言いは、ユマ姫にとって不快である、少女は誰かの邪魔をしたいワケじゃない。

 

≪ ただ、最初に聞くべき事を最後に聞きたいんです! ≫

≪ 許す! 言え、何だ! ≫

 

 ようやくザイアも聞く気になった。この不気味な存在の目的を。

 そして、惑星と少女が向かい合う。

 

≪ ふぅ ≫

 

 ユマ姫は柄にも無く緊張していた。

 こんな事を聞くのに、どうして緊張するのか解らなかった。

 

 覚悟を決めて、息を吸い。

 問う!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ あなたの ≫

≪ 名前は  ≫

≪ 何ですか?≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えが、返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ 俺の名前は『高橋敬一』 

――どこにでもいる普通の中学生だ ≫

 

 

 

 

 ザイアが震える。

 いや、それはもう、ザイアではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ あの? ≫

 

 ユマ姫には意味が解らない。タカハシケイイチ? 何処かで聞いたことがある気がする。それにチュウガクセイ?

 

≪ いやー良く来たね、ありがと ≫

 

 ザイアは、いや、高橋敬一はそう言った。

 

 ザイアは高橋の魂を持っている。

 そして、その魂には『参照権』が付いている。

 だから、そう、名前を呼ばれれば()()()()

 

 この世界で、ようやく高橋敬一が産声をあげた。

 

 しかし、ユマ姫には意味が解らない。

 

≪ ど、どちらさま? ≫

≪ さっき言いましたよ? ≫

 

 ユマ姫が言った言葉をオウム返し。これは、高橋のちょっとした意趣返し。

 

 何千年も待たされた彼の、ちょっとしたイタズラだ。

 

≪ えぇ~? ≫

 

 ユマ姫は可愛らしく仰け反った。

 高橋が明滅する。

 

≪ いやー、そろそろココから出て行った方がいいね ≫

≪ な、なんで? ≫

≪ ここに来るのに、少しだけ君の奇蹟を返して貰った ≫

≪ ??? ≫

 

 ユマ姫には意味が解らない。

 だけど、なんでだろうか?

 先程まではポカポカと暖かいだけだったのに、今では妙に息苦しくて、暑苦しい。

 

≪ もしかして、ピンチ? ≫

≪ ピンチもピンチ、このままだと、死んじゃうよ? ≫

≪ ほ、ホント? た、助けて! ≫

≪ まぁ、いいけどね ≫

 

 ユマ姫の体が、ゆっくりと上昇を始めた。

 徐々に惑星の核から、高橋から遠ざかっていく。

 それが何故だか悲しくて、ユマ姫は必死に手を伸ばす。

 

≪ あの! ≫

≪ ん? なに? ≫

≪ 本当に、ありがとうございました! ≫

 

 ユマ姫は眼下の惑星にお礼を言った。理屈は解らない。でも、どうしても言わなくちゃいけない気がした。

 

≪ いいってことよ! ≫

 

 最後に聞こえた言葉は、それだけだった。

 

 ユマ姫の体から、ゆっくりと奇蹟が抜けていく。少女は神ではなくなった。

 グングンと体が上昇し、地表へと引っ張られていく。

 

「ぷはぁ」

 

 地上に、出た。空には燦々と輝く太陽。

 溶岩と共にユマ姫が飛び出したのは、旧都からほど近い池だった。

 

「綺麗!」

 

 見渡す限り、睡蓮が咲いている。真っ黒な池に浮かぶ、ピンクの睡蓮。ユマ姫のピンクの髪色も溶け出して、幻想的な景色を作り出していた。

 しかし、湧き出したマグマは次第に池を浸食し、池は沼へと変じてしまう。

 池の水は溶け出して、水位はユマ姫の膝ぐらいの高さになった。

 

「うぇ……」

 

 足元がドロドロに汚れている。体にだって泥が跳ねている。

 

「えいっ!」

 

 泥を透過させようとして、ユマ姫は気合いを入れた。それだけで、ユマ姫はあらゆる汚れから無縁だったから。

 

「え?」

 

 でも、汚れが取れない。

 

「な、なんで?」

 

 ユマ姫は奇蹟を失った。前の様にはいかなくなった。

 いまだけ、いまだけは無敵ではなくなった。

 

 ――だから、この瞬間を狙われた。

 

「グッ!」

 

 ユマ姫が倒れ伏す。沼に突っ伏して、動かない。

 

 背中には深々と刺さるボルト。

 ピンクの髪に混じって、白いドレスに赤が広がる。

 

「ヒヒッ」

 

 偏執的な声がした。

 

「やっと、殺せる。今なら殺せる!」

 

 泥に混じって姿を現したのは、爛々と輝く爬虫類の瞳。

 

「ずっと、見ていたの! ずっと 狙っていたの! 狂おしい程に! 全てを投げ打って、それでもあなたを殺したかった」

 

 シャルティアだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。