死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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ハーフエルフの村

 ハーフエルフ達の村は、確かに大森林の端に有った。

 

 人間の住むソノアール村とは二日の距離、この距離で二つの村に何の交流も無いと言うのは不自然。

 そうハーフエルフ達はソノアール村まで炭や山菜、山鳥を度々売りに行き、代わりに小麦などを買っていたらしいのだ。

 

 ハーフエルフは耳さえ隠せば人間と見分けは付かない、耳だってちょっと長いぐらいだから誤魔化し様は幾らでも有る。

 ソノアール村での俺の様子は、人になりすましたハーフエルフの商人によって筒抜けだった訳だ。

 その際にどんな伝言ゲームがあったかは知らないが、俺が人間に攫われたって話になって、待ち伏せした上で襲って来るんだから思い込みって奴は怖いと言わざるを得ない。

 何にしてもハーフエルフ達は以前から、人間ともエルフとも共存して生きていた訳だ。

 

「エルフの村って割にはえらい普通だな」

 

 だから田中が村へガッカリしてしまうのも仕方が無い事かもしれない。

 エルフの王都エンディアンは正にエルフの都と言った風情だった。

 品種改良された木が青い光を湛えて生きた街灯と化し、複雑な幾何学模様を描く石の歩道や、寄木細工の様に組みあがった建物を照らし出す。そんな幻想的な光景が広がっていた。

 王都以外でも、パラセル村では、魔法で作られた土の柱や壁、それらと調和して作られた木造の家々がエルフの高い文明を感じさせ、人間にとって未知の好奇心を刺激すること受け合いだ。

 

 翻ってこの村の様子はどうか?

 

「普通の山村にしか見えねぇな」

 

 田中のこの感想にしたって、大分気を使った物だ。ハッキリ言って山賊の隠れ家と言った方が適当だろう。

 ログハウスの様な家々と、木で出来た簡素な柵。ファンタジー要素はどこにも無い。

 

「言っておきますが、森に住む者(ビジャ)の王都エンディアンはこんなものではありませんよ」

「……へぇ? 期待しとくわ」

 

 期待って、コイツは何時か王都にまで来るつもり何だろうか? 魔力に(さら)されフラフラな田中を見てみたい欲求は有るが、そんな未来は来ないであろう。

 ともあれ、案内された村の様子に魔法の痕跡が殆ど無いのは頂けない。ハーフエルフと言うのは想像以上に魔力が少ないと見た方が良さそうだ。

 と、その時、俺と田中の会話を聞いてハーフエルフの青年が質問してきた。

 

「あの? 森に住む者(ビジャ)と言うのは?」

 ゲ、マズイな。これ説明が大分面倒臭いぞ?

 

「それについては後ほど説明します!」

 

 こういう時は先送りだ! 怪訝そうな顔をする田中と、六人のハーフエルフを尻目に、俺は案内された村長宅にズカズカと乗り込んだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 案内された村長宅は、他の家より多少大きい程度の何の変哲も無いログハウスで、木窓やランプは有るものの、王宮暮らしが長い俺には薄暗い。

 

「『我、望む、この手より放たれたる光珠達よ』」

 

 なので、即魔法である。それだけでオォーってなるのがくすぐったい、あとちょっと不安にもなる。

 魔法で照らされた村長宅には、俺達八人の他にも、村の長老やら纏め役やら、村の主だった人物でギュウギュウ詰めだった。

 皆が俺の話を聞きに集まったそうだ、ここ数日、まるで吟遊詩人になったかの様に同じ話を繰り返している、しかし味方を募るつもりだったら、これからも何度だって語るであろう話。大都市で語る前の練習だと思えば是非もない。

 

「では、王都エンディアンで起こった事、そしてどうして私がビルダールと手を組んでまでセルギス帝国の打倒を目指すのか、説明させて頂きます」

 

 

 ――淡々と事実だけを語ったつもりだが、長い話となった。途中で魔法の明かりをつけ直したにも関わらず、二回目の光も消えてしまった。

 

 昼過ぎには村に着いたのに、外はもう真っ暗になっている。

 

「ううぅぅ、グスッ」

 

 暗いのは外だけじゃない、部屋の中はすすり泣く声で満たされていた。

 どいつもこいつも泣いている、俺だけだ。涙どころか微笑みすらも、浮かべているのは。

 

「なぁ、なんでだよ?」

 

 田中まで泣きながら俺に迫る、……いや? お前にはとっくに事情を話していただろ?

 あ! コイツには簡単にしか話していなかったか? どうやって父様が、兄様が、そしてセレナが死んだかなんて、詳しく説明する気も無かったからな。

 

「なんで、なんでお前は! そんなに悲しそうに笑ってるんだよ!」

 

 田中は泣きながらそう言った。

 そうか、俺は笑っているけど、でも悲しく見えるのか。

 

「せめて、せめて泣いてくれよ、そんな風に、俺の前で……笑わないでくれよ」

 

 田中は泣きながら俺の肩を掴んだ、いや……そんな事言われても。

 俺の顔には笑顔だけが張り付いて、剥がれてくれないんだよ。

 俺には困った様に笑う事しか出来ないんだ。

 

 鼻水と涙で汚れた田中の顔が、何故だか羨ましい。

 俺は……なんで、笑っているんだろうか。

 

 その時、俺の左目から熱い物がこぼれ落ちた。

 

「……あ」

 

 ……涙だった。

 後から後から溢れ出し、凍り付いた笑顔が解ける様な気がした。

 

「やっと、泣いてくれた」

 

 そう言って田中は俺を抱きしめた。

 俺は泣いた、どの位泣いたのかも、何時寝たのかも覚えていない。

 恥ずかしくて、その時の事を参照権で確かめる時は来ないだろう。

 

 昔の様に、まだ病弱で小さかったあの日の様に。

 俺は久しぶり安らかに意識を手放した。


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