死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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大牙猪2

「な、なんだありゃあ?」

 

 田中が間抜け声を上げる。

 ある意味で、俺はこの声が聞きたくて派手な魔法を披露してきた部分がある。

 なんとか田中の度肝を抜いてやりたいと、常々思っていたが。希望とは裏腹にここに到るまで、俺の方が間抜け声を上げ続けるハメになっていた。

 

 ただ、やっと望みが叶ったと喜んでいられる状況ではなかった。

 

大牙猪(ザルギルゴール)!」

「知ってるのか姫様?」

 

 なんだよその聞き方! 思わず「うむ」とか言いそうになっただろ。

 

「ええ、何度も襲われた事が有る因縁の魔獣です。表皮は固く刃を通さず、魔法で矢を射ってもあの巨体、殆ど効果はありません」

「アレがそうか、言われてみれば牙猪(ギルゴール)を巨大にした感じだな。それにしたってデカすぎるケドよ」

「ええ、本当は大森林の奥にしか居ない筈なのですが」

「あいつに馬車を襲われたのか?」

「恐らく。あんなのがこの領域にそうそう居る筈が有りません」

 

「何にせよピンチだな」

 

 そう、俺たちは洞窟から出るに出られなくなった。

 洞窟から出る前に、その存在に気が付けたのは運が良かったと言うしか無いだろう。やっと日の差す所へ出たと浮かれる俺の背筋に悪寒が走ったのだ。

 よくよく観察してみれば、森の奥に奴の姿が有った。初めて見た時もそうだったが巨大過ぎて縮尺がおかしく見える。

 

 度々感じるこの感覚が因果律を束ねた運命の加護だとするならば、コイツが無ければここ数日で何度か死んでいる所だ。俺のやっている事は無駄では無いと言えるだろう。

 

 俺はギュッとセレナの残したブローチを握りしめる。お姉ちゃんに任せておけと呼びかける。いま皆を連れて行くからな。

 

 感傷に浸るのは程々に、善後策を考えなければならない。大牙猪(ザルギルゴール)は巨体、この洞窟までは入ってこられないだろう。

 かと言って、このまま洞窟でジッとして夜を明かすのか? それこそ有り得ない。それで大牙猪(ザルギルゴール)が居なくなる保証も無いからだ。

 いや、俺の『偶然』は確実にコイツをけしかけて来る、予感と言うより最早確信だ。

 

「このままやり過ごすって訳には行かねぇか?」

「馬車の乗員をここまで追って来る位です、あまり期待しない方が良いでしょう」

「放っておいても村を襲う可能性がある……か」

 

 村……か、そうだな、その手が有ったか。

 

「仕方ありません、やる事は先程と一緒です」

「……と、言うと?」

 

 言わせんなよ、こっちだって気持ちいい作戦じゃないんだ。

 

「私が魔法を使って突っ切ります、おそらく大牙猪(ザルギルゴール)は私を追いかけて来るはず、あなたは折りを見て脱出して下さい」

「はぁ? んな作戦許可出せる訳無いだろ? こっちは護衛だぞ?」

「では二人で逃げますか? それとも二人で戦って死にますか?」

「……そんなにヤベー奴なのか?」

 

 あの恐ろしさは実際に自分で体験しないと解らない。まず木をなぎ倒しながら追ってくる生物ってのが地球っ子の埒外、有体に言えば装甲車に生身で追い掛け回されるってのが一番近い。

 

「先ほども言ったと思いますが、剣の腕に自信が有るようですがその剣が刺さらないのです、仮に刺さったとして切り裂く事は出来ないでしょう」

「エルフはどうやって倒してるんだ? 襲われたんだろ?」

「一般的には、十人以上で取り囲んで弓の掃射で弱らせて確実に倒します。大牙猪(ザルギルゴール)は足の速い魔獣ですが、深い森の中ではその巨体が仇となり速度が出ません。それを利用します」

 

 兄様とセレナはアッサリ殺していたが大牙猪(ザルギルゴール)は大森林でも最上位の魔獣だ、これより強いとなると王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)位しかパッと思いつく魔獣は無い。

 それにステフ兄様には魔剣が、セレナには圧倒的な魔力があった。今の私にはそのどちらも無い。

 

「私は何も、この身を犠牲にするとは言っていません。魔法を駆使して森の中を逃げれば追いつかれる危険はありません、前回もそうやって逃げる事に成功しています」

「……そうやって馬車から逃げたのか? それで他の奴はどうした?」

「…………」

 

 こいつ、やっぱり知っていたか。

 

「姫様が寝てる間に会ったぜ? 姫様の馬車に同乗していた奴と。ガタガタ震えて要領を得なかったが、姫様に見捨てられたって言ってたぜ」

「私が馬車に乗っていても、何か出来たとは思えません、共倒れでしょう」

「だからって一人で逃げたのか?」

「何が言いたいのです? 私に命懸けで戦えと?」

「そうじゃねぇ、そうじゃねぇがよ」

 

 田中はガリガリと頭を搔くと、キッと真面目な顔で睨んできた。

 

「お前、あのデカブツを引き連れて、村に逃げ込もうとしているだろ?」

「…………」

「前回もって言ったしな、村人全てを犠牲に自分だけ生き延びる。違うか?」

 

 そうだよ、そのつもりだ。それが俺の運命なんだよ! 同じハーフだかなんだか知らないが別にあいつ等に優しくして貰った訳じゃない、それどころか難癖付けられてこの様だ。

 よく考えたらあいつ等の自業自得じゃないか、俺が居ようが居まいが大量の大岩蟷螂(ザルディネフェロ)とはぐれ大牙猪(ザルギルゴール)であの村はどのみち詰んでいたに違いない。

 俺が試練から帰った所に大牙猪(ザルギルゴール)が襲って来る、どう見たって俺の方が被害者で悲劇のお姫様だろ? 俺を加害者だと誰が思う? 何の問題も無いだろうが。

 

「さっきもそうだが、やる前から諦めるのは感心しねーな、実際あれだけの数の魔獣がどうとでもなったじゃねーか」

「で、ですが!」

 

 じゃあアレをどうすんだよ! あんなの倒せるのかよ!

 俺は田中をギリリと睨む。

 

「今、矢は何本残って居る?」

「八です、さっき二本使いました」

「俺が囮になるから、上手く急所を狙うとか出来ないか?」

「難しいでしょう、目や喉を狙うにしても相手も動きます」

 

 それにあいつは俺を狙うハズだ、俺がその身を晒すまで大した動きをしないだろう。

 

「動きが遅いんだろ? どうとでもなりそうじゃねーか」

「違います、森の中では動きが制限されるから魔法を使って逃げ続ければ捕まらないと言うだけです」

 

 俺は大牙猪(ザルギルゴール)の狩り方を詳しく説明した、一人のエルフが囮となって森の中を魔法を使って駆け回る。近すぎても駄目、遠すぎても駄目。常に凶悪な魔獣の鼻先をフラフラ漂い、決して触らせない。

 その間に周りのエルフ達が矢を射って行く。

 ひき回しと呼ばれるそれはエルフの戦士の花形で有ると同時に、最も危険な役割だ。

 先程の俺の様に魔法の制御に失敗すればその時点でお陀仏、それどころか距離を離し過ぎ魔獣の興味が他へ行ってしまうと、矢を打つ事に集中していた周りの仲間に危険が及ぶ。恐れを抱いて魔獣から距離を離し過ぎて、味方を危険に晒す事は最も不名誉とされていた。

 

「だったら、姫様と俺、どっちかが囮でどっちかが攻撃。それで良いじゃねぇか?」

「話を聞いていたのですか? あなたが囮で、私が矢に魔法を乗せて攻撃しようとした時に、あなたからターゲットがこちらへ変わったら? 魔法を切り替える間も無く轢き殺されかねません」

「姫様の武器は弓だろ? 俺が襲われたら十分に距離を取って攻撃してくれれば良い、逆に姫様が狙われたらしっかりと回避に専念してくれ」

 

 そこまでしてあいつを倒したいのかよ? どんだけ戦闘狂なんだか。でもやるしか無いか? もうあいつとの因縁は終わりにしたい、自分のトラウマを消し去りたいなら田中が居る今が最後のチャンスかも知れない。

 

「信じて良いのですね?」

「あたりめぇだろ? こっちは妖獣殺し、化け物退治の専門家よ」

 

 ……その妖獣よりも強いと思うんですが、まぁ殺るかね。


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