死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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大牙猪4

「オイ、怪我はねーか?アレ使った方が良いか?」

 

 田中が肩に担がれた俺に語り掛ける。

 

「だっ、い、じょうぶ、ですっ!」

 

 返事をしようにも舌を噛みそうになる、それ程の振動。

 アレとは何か?セレナの秘宝である。俺は胸に付けたセレナのブローチに回復の魔法を込めている。

 もし田中が大怪我をしても俺が田中を回復出来る。だが、もしも俺が魔法を行使できない程の大怪我を負ったら?

 その時はセレナの秘宝を使って俺を回復して欲しいと田中に頼んでいた。田中の魔力値は90も有る、魔道具の起動には十分だ。

 ただ、今それを使う必要はない。俺は魔法が使えない程には弱っていない。

 

「『我、望む、命の、輝きと、生の、息吹よ、傷付く、体を、癒し、給え!』」

 

 呼吸を整え呪文を唱える。振動の所為でつっかえつっかえだったが何とか制御して魔法が発動、頭の痛みと同時に、振動でやられそうになった内臓の痛みも飛んで行く。

 

 ――ブォォォォォッッッ

 

 大牙猪(ザルギルゴール)の唸り声が上がるのは、俺の前髪を揺らそうかと言う距離。そう、田中と俺は今だ大牙猪(ザルギルゴール)の脅威から逃れられずに居た。

 

「このまま狙います!」

「はぁ? マジかよ?」

 

 マジだ! 目の前に大牙猪(ザルギルゴール)が顔面晒して唸り声を上げている、ココは絶好のスナイプポイント!

 

「『我、望む、放たれたる矢に、風の、祝福を』」

 

 田中に担がれた不格好な体勢、とてもじゃないが力は入らない。だが元々、力なんざ全く無い。大した問題にはならない筈。

 

 ――ポシュッ

 

 しかし、その思いは裏切られ放たれた矢に力は無い。大牙猪(ザルギルゴール)の固い表皮を突き破るどころか、ほんの数メートルの距離の大牙猪(ザルギルゴール)へと届きもしなかった。

 

「なっ?」

 

 想定外の事態に声が出るが、原因が分からない。

 

「どうした? 何が有った?」

 

 叫ぶ田中もよく見ると既に汗だく、無理もない。俺を担いで深い森の中を巨大な魔獣と追い駆けっこ、むしろココまで体力が持つのがまともじゃない。

 だが、そうか、その田中の体力こそが問題なのだ。

 

「タナカ! 私を受け入れてください!」

「ハァ?」

 

 エロい意味じゃあ断じてない、魔法だ。

 田中の肩の上、当然ココは田中のパーソナルスペースの中、田中の人間離れした健康値で俺の魔法が散らされてしまうのだ。

 自分に掛ける回復魔法ならまだしも、魔法の力を外に出す矢の加速などもっての他。当たり前の事であった。

 

「こ、呼吸を、呼吸を合わせて」

「あ、オ、オォそうか!」

 

 こうなると、サンドラのおいちゃんを回復魔法で治した所を見せていて良かった。呼吸を合わせるのは魔法を受け入れる方法の初歩にして奥義だ。

 

 

「行くぞ! 姫様! せーの! ヒッヒッフー」

 

 

「……ヒッヒッフー」

 

 

 

 出産かよ!!!

 なんでラマーズ法なんだよ馬鹿!

 

 いや、別に悪い訳じゃない。敢えて言うなら俺が突っ込みを入れたくなるのが問題だ。

 

「ヒッヒッフー『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』ヒッヒッフー」

 

 今度はしっかりと番えた矢に魔力が載ったのを確認する。残りの矢は三本! 絶対に外せない!

 

 シュッ―――ズパァァン

 

 放たれた矢は、破裂音さえ上げ、大牙猪(ザルギルゴール)の鼻先に突き刺さる。

 

 ブォォォブオオオォォォォ!

 

 悲鳴を上げるも、まだ止まらない。矢を受けた鼻は肉が捲れ広がり、真っ赤な華となる。

 美とは無縁の、おぞましくグロテスクな赤い華。

 醜悪な光景に我を忘れそうになるが、今考えるのは残り二本の矢をキッチリ当てる事、それも急所へだ。

 

「目をっ、狙います!」

 

 いくら近いとは言え、揺れる肩の上で目を狙うなんて芸当、出来るとは自分でも信じていない。それでも宣言し、自分にプレッシャーを掛ける。

 

「…………」

 

 田中も返事では無く、走り方を変える事で答える。膝のクッションを使い極力振動を抑える走りに変えたのが解った。体に負担が掛かる走法だろうが耐えてくれ。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 ギリギリと矢を番える、狙う、狙う!

 魔法を使えば矢の進路を調整できるので、番えた時にここまで狙いを定める事は余り無かった。

 しかし今回狙うのは揺れる肩の上から、それも標的は動く獲物の二つの目。

 

「ヒッヒッフ――――」

 

 ラマーズ法のフーの所で一気に集中! 狙うは左目!

 

シュッ―――パァァァァン

 

 ブォ!ブオォォォォォン!!

 

「あ、当たった!?」

 

 自分でも信じられない! 放った矢は左目に直撃しゼリー状の物が弾け飛び、甲高い破裂音が響いた。

 直後に大音声での悲痛な鳴き声。

 

 大牙猪(ザルギルゴール)はふらつき、膝を折るが、――やったか? なんて呟く無粋はしない。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 最後の矢を番える、狙うは当然残った右目!

 

 ブォ! ブォッブオオオオォォォォ!

 

 大牙猪(ザルギルゴール)も最後の力を振り絞り突撃してくる。

 シュッ―――ザスッ

 ブォォォォオォォン

 

 最後の矢も命中した、しかし右目では無い。少し外してその上、頭蓋骨の有る固い部分で刺さりはしたものの深くは無い。

 でも、悪く無い。下では無く上と言うのが良い、血が流れれば目が塞がる。

 

「オ、オイッ! 森がっ、森を抜けちまうぞ?」

 

 大森林とは言え、その領域全てが森と言う訳では無い。その中にぽっかりと草原や岩場が広がるスポットが存在する。そういう場所には妖精が住むと信じられていたが、果たして妖精は俺たちの味方をしてくれるのだろうか?

 田中が焦り、声を荒げるのも当然。深い森の中だからこそ、巨大な大牙猪(ザルギルゴール)との追いかけっこが成立していたのだ。

 それが平地ではどうか? あっと言う間に追いつかれてしまう。

 

「そのままっ! 駆け抜けてください!」

「オウ!」

 

 しかしそれでも突っ切る。矢はもう無いが相手も瀕死だ。鼻も眼も潰れ、奴はどうやって俺らを追っている? 音か? 魔力か?

 どちらにしても、ここで撒いてしまえば、もう追いかける事は不可能だ。

 

 バサッバサッバサッ

 

 田中の足音が土を踏みしめる音から、草原を掻き分ける音へと変わると、薄暗かった森を抜け、茜さす草原に出た。

 

 ――ブォォォオォオオオン

 

 大牙猪(ザルギルゴール)も満身創痍だ。夕日に照らされ血だらけの体、その全てが露わになる。

 

 良いぜ! 来いよ!

 

「『我、望む、大いなる断裂よ、指し示す大地を穿ち給え』」

 

 残った魔力、その全てこの魔法につぎ込む!

 生み出したるは大地に大きな落とし穴。

 木の根が入り組む森の中では使えなかったが、この草原ならきっと使える。

 

 ――ズゾゾゾォォォォォ

 

 大地に信じられない程の、大きな地割れが生み出されて行く。

 魔力値が400に近い値になったのはここ最近、それから後先考えず全開で魔法を使ったのは初めての事。

 疼く様な魔力欠乏の胸の痛みも忘れて、自分にこれほどの力が有ったのかと歓びに震える。

 

 ブォ? オォォォォ!

 

 そして期待通り大牙猪(ザルギルゴール)がハマってくれた。

 いや期待以上だ、前足が引っかかったアイツは転がって背中から穴に落っこちた。もしも目が、鼻が利いていればココまでの無様は晒さなかっただろう。全ての努力が実った格好だ。

 

「よしっ、離脱しましょう」

 

 俺は歓喜に沸き、ご機嫌に田中の背中をポンポン叩く。だが当の田中はトンでも無い事を言い始めた。

 

「いや、ここで止めを刺そう」

「エッ?」

 

 驚く俺を草むらに降ろすと、穴へと駆けて行く。

 

「キェェェェ」

 

 気合一閃、猿叫だっけ? 剣道特有の叫びをあげて穴に落ちた大牙猪(ザルギルゴール)に突きを放つ。

 穴に落ちた相手を穿つのだから、剣道とは程遠いスコップみたいに剣を持つ構え、そんな構えにも関わらずそれなりに形になっているのは、剣に打ち込んだ年季に依るものか?

 

 ――ブォォォォォォン

 

 力ない断末魔、剣は大牙猪(ザルギルゴール)の喉にしっかりと突き刺さった。

 

「剣が、通るのですね」

「ああ、アホみたいに固い奴だが、筋肉の隙間から喉の動脈を狙った。流石にお陀仏だろうぜ」

 

 ……いや、アッサリ言うけど凄過ぎない?

 

 何にしても、俺は、俺達は大牙猪(ザルギルゴール)を倒した。因縁の相手をついに自分の力だけ、では無いものの倒す事が出来た。

 

 俺が好きな異世界転生ものではオークキングとか、巨大モンスターを倒すのに大体十話も掛からないのが殆どだった、それが俺はどうだ? 12年も掛かってしまった。

 

 真っ赤に染まった草原で一人誓う。

 

 ココからだ、ココから俺は、この世界を――ぶっ壊す。


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