死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
その事件があったのは、成人の儀のお披露目会の翌日だった。
「ウォーラスの奴が居ないぞ?」
「まだ戻ってねぇのか?」
昨日、
男は俺と同じ馬車に乗り、結果、
哀れに思った村長の知り合いだかの家で居候していたとの事だが、昨日はお祭り騒ぎで一晩ぐらい目にしなくとも、気にも留めなかったとの事。
あの不安定さだ。全てが解決した今、どこかで自殺していてもおかしくない。怪しいのは
だが、男を探しに行く前に、新たな問題が起こった。
「オイ、お前ら出てこい!」
「ユマちゃんを攫ってどう言うつもりだ!」
「こいつがどうなっても良いのか! ユマ姫に会わせろー」
にわかに村の外から罵声が聞こえて来たのだ。
もうこの時点で俺はまた厄介事かと頭痛を覚え、今すぐ村を出たい衝動に駆られたが、流石にそんな訳にも行かなかった。
彼らの姿に見覚えがあったからだ。
その正体はソノアール村の住民。サンドラのおいちゃんを筆頭に、十人ほどでこのハーフエルフの里、ピルテ村まで攻め込んで来たと言う事らしい。
俺が出るしか無いよなぁ、あぁもう、面倒臭い。
「私は無事です! これは何事ですか!」
「おおっ、姫様無事でスたか、いんやー良かっただ」
ザッカさん、役場の人まで来てるのか。これは思った以上に大事になってるな。
そして、気になるのは見慣れない子供を引き摺っている事だ。どうも人質を取っているらしい。
「オラが肩を撃たれて、村さ戻った後、こりゃーおかしいって話になってなー」
「あぁ、村の情報が奴らに筒抜けになってる、こりゃあマズイと思ってな」
「……サンドラさんに、ラザルードさんまで」
おいちゃんは兎も角、大弓担いだラザルードさんは冒険者、お金を払って依頼して来て貰ってるに違いない。これは本気だぞ。
「で、村の人間を調べたらコイツが居たわけだ」
「お姉ちゃんごめんよ、俺、そんなつもりじゃ……」
ラザルードさんは人質らしい少年を、首根っこを掴んで差し出して来た、誰だ?
参照権! うーん、ソノアール村の広場で俺に話をせがんで来た、普通の少年みたいだが?
「こいつが猟師の息子とか言って、鳥や山菜をちょくちょく売りに来るとは思ってたがよ、その正体がコレだ」
少年が目深に被ったとんがり帽子をラザルードさんが剥ぎ取ると、その長い耳が露わになった。
「
「えー違うよー、俺達はただ、姫様が心配で」
「うっせぇぞガキ! おめぇ何年も前からこの村に来てたじゃねーか」
「そっそれは、俺達だって塩とか、買いたい物が有るんだよぉ」
なるほど、目とか耳。種族的な特徴がよりハッキリ出てしまう大人より、子供の方が人間に紛れるのに向いている。
だから、子供に人間との交易を任せていた訳だ。それが俺への襲撃を機にバレたと。
俺が人間に攫われた等と、この村の住民も勘違いしていた理由にも合点がいった。恐らく子供の報告が悪かったと言うより、大人が信用しなかったのだ。
まだ八歳位だろうが、この子は結構頭が良い。ちょっと話しただけだが、村の他の子より賢いと思ったのを覚えている。
だが、それを聞いた大人の方が都合が良いように解釈した、そんな所だろう。
今回も、同じだろう。人間は子供の言う事など信じない。
「ごめんよぅ、お姉ちゃん」
「はぁ、あなたのお姉ちゃんでは無いと言ったでしょう」
思えば村でもこんな風に馴れ馴れしい感じだった。俺をお姉ちゃんと呼んで良いのは一人だと言うのに。
いや、もうその一人も居ないが。
感傷に浸る俺に、ラザルードさんの声が掛かる。
「そういや、アイツはどうした?」
アイツ? ああ田中の事か?
「恐らく、まだ寝ています」
「ったく、ろくでもねぇ護衛だな」
ラザルードさんは吐き捨てる様に言うが、頑張ったんで多少は許してやって欲しい物だ。とは言え流石に昨日は飲み過ぎだったと思うが。
「とにかく、村長と話をしましょう」
「ああ、小賢しい事しやがって、とっちめてやる」
かくして村長宅で二度目の会議で有る、もう本当に勘弁して欲しい。
ちなみに田中は叩き起こした、いつまで寝てんだアイツは。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ワタスとしては、この村はソノアールに近すぎると、そう思うんでス」
「じゃあどうしろと? 我々に出て行けと言うのか!」
「ですな、そうして頂けないと、こっちも枕を高く寝れないでス」
「話にならん!」
ピルテ村の村長と、人間側の話会いはいきなり剣呑な雰囲気だ。人間側はザッカさんが取り仕切る形だが、村を出てけってのは流石に無茶だ。
「逆の立場で考えてございませ、不気味な集団が正体を明かさず、こちらの情報を収集していた、恐怖を覚えて当然でございましょ」
ザッカさんの敬語なのかよく解らない言葉はアレだが、不審に思う気持ちも解る。せめて堂々と交易をしてたら問題は無かったのだが。
「我々にも我々の決まりが有るのだ、無能には解らんかもしれんがな」
「無能だとぉ? てめぇ」
無能って言葉にいきり立ったラザルードさんが割り込んでくる。
あーやっぱりその呼び方問題有るよな。俺は慌てて止めに入る。
「無能と言う呼び方は改めようと言ったでは無いですか!」
「今更そんな事言われてもな」
この村長、本当に頭がド固い。なんとかして欲しいものだ。これじゃあラザルードさんの怒りは収まらない。
「はん、化け物と一緒にされるぐらいなら無能で結構だ!」
「化け物だと!」
「ちげぇってのかよ?」
あーもう、止めようにも止まらない、もうここは幼女の魅力を使うしかないだろう。
「なんとか! なんとか今までの事は忘れて、二つの村で協力する事は出来ませんか?」
俺は必死に可愛いぶりっ子してザッカさんに話しかける。
「姫さまには悪いんでスが、姫さま自体が
ザッカさんは申し訳無さそうに答えるが俺を見つめるその目にも、あの日の照れでは無く、少しの恐れと疑いが混じっている。
「護衛代をちょろまかす為にそいつと一芝居打ったんじゃないかってな」
ラザルードさんが顎をしゃくって見せるのは田中だ。とんだ言い掛かりだが、村の人はもう何も信じられなくなってるに違いない。
うー、どうしよう? 俺の力じゃどうにも収められそうに無い。そうだ!
いや、もう死んでるしそもそも人間には関係無いか。
なんだか考えが全く纏まらない。結局、俺が原因で人間とエルフの小競り合いが始まっちまうじゃ無いか。これじゃビルダール王国に助けを求める所じゃ無くなってしまう。
「拗れちまったなぁ、事情を説明しても元々が芝居だと思われちまったらどうしようもねぇ」
田中も困ったと愚痴るが、俺が一番困っている。でも、そうか、芝居か。
もういっそ全てを芝居で有耶無耶にしてしまうのも有りか?
今の俺にはその力もある、そうだろ?
喧々諤々の話し合い、いや怒号が響く村長宅のリビングの傍らで、俺はこっそり問いかける。
「あなたの名前はなんですか?」
「私の名前は、プリルラ」
そう、成人の儀の祠で、俺は彼女の記憶を拾った。彼女は周りを利用する事に掛けては超一流。おそらく運命的には『偶然』が無ければ長生き出来た筈なのだ。
よっし、ゆっくりと彼女の知識が染み込んでくる、くっさい演技力ともこれでお別れ、口先一つで周りを振り回してやる。
……ん、んん???
ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
それどころじゃ無い! どうすんだよコレ。
「オイ、どうした? 腹でも痛いのか?」
田中よ、それどころじゃ無いのだ!
昨日からウォーラスだっけ? 男が帰ってこない。
繁殖した
そして、
やって来る、俺の『偶然』はそれらのピースを必ず
これは、もう人間とかエルフとかそう言う問題じゃないぞ。
「待って下さい! もっと重要な問題があります!」
俺はザッカさんと村長のガーブラムさんとの話合いに割って入る。
「何だと言うのだいきなり、邪魔だ!」
「姫さまは黙ってて下さいまスか」
「……みんな死にますよ?」
「…………は?」
一同揃ってポカンと俺を見る、意味が解らんよな。だがもう一刻の猶予も無い。
「今からこの一帯で、
皆、今度こそ呆れた様な顔で俺を見るが、もう賽は投げられた。
戦うか死ぬかしか残されていないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は田中と村の若い衆を連れて、
「おい、あんだけデカかった
しかし、俺の望みは断たれた。
食われたのだ、
俺の前世にして薄幸の美少女プリルラは、言ってしまえば「良い性格」をしていた。
病弱であるが故に、周りの全てを利用してでも生き残ろうと足掻いたのだ、それを否定する気は無いが、殊勝な性格だとは言えないだろう。
その最期がただの自殺だと言うのが良く考えたら違和感なのだ。なぜそんな選択をしたのか? それは彼女が自殺した理由、その年の不作とも関係がある。
不作で食料不足にあえぐ村に見捨てられた途端、少女はあの洞窟に向かった。
そう、その年も
しかし、その大量発生も通常、問題にはならない、
そのネズミが食べられる様な餌を、森で食べ尽くしてしまった後は?
壮絶な共食いだ、そうして数を減らし、生き残った個体も
プリルラは、自分の死体を
じゃあ、自分一人を食べた
そんな彼女の狙いが上手く行ったかどうかは解らない。思惑通り彼女の育った村を道連れに出来たのか。それとも少女の浅知恵だったのか。
それは兎も角、現実として今、ある筈の
「マズいですね……」
「何がだ? 何が起きている?」
田中も不気味な物を感じているのだろう。連れて来たエルフの男達も同様だ。まだ
「村に帰りましょう、事は一刻を争います」
「だから、なんだってんだ」
「
「俺達は格好の餌を与えちまったって訳か」
「ええ、しっかり死体を焼いておけば良かったのですが」
スコップを叩きつける青年を前に、何となくそんな気にならなかったのだが完全に裏目に出た。もっと早く記憶を見ていれば……いや、焼いても物理的に消滅する訳じゃない。
村に運び込む必要が有ると考えればハードルは元々高かった。
「今更言っても仕方がねぇ、どうする?」
「ですから! 村に戻って対策を立てるのです!」
俺の叫びは草原の中で虚しく木霊するだけだった。