死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
俺は魔法を使って全力で駆けた。ピルテ村に帰ると、あきれた事に人間と
だが、それも俺が
「はんっ、いい気味だな!」
笑うのはラザルードさん。
確かに人間にとっては関係無いと勘違いするのも解るが、既に話はこの森の中だけに収まらない。
なぜなら俺達はこの村から撤退するからだ。俺は村長を説得する。
「こうなってはこの村を放棄するしか無いでしょう、ソノアール村の人々の希望通りと言う訳です」
「何を勝手に! この村を出てどこへ行こうと言うんじゃ」
「ですが、千単位の
「うーむ、じゃがこの村の者は皆、混じり者、行くあてなどないのじゃ」
「ほんの一時で良いのです、そうすれば文句を言う人間も居なくなっているでしょう」
俺は意地悪な笑いを浮かべながら、ソノアール村一行を一瞥する。
思わせぶりな演技が全開だ!
「どういう事だ? オイ」
ラザルードさんが苛立った様に机を叩く。
解らないみたいだなー? 俺がどや顔で解説を……と思えば、後ろから田中が顔を出した。
「つまり、この村に餌が無いと解った魔獣が、次に何処を襲うかって話だろ?」
コイツ、流石に現代教育を受けているだけに理解が早い。
相手はイナゴの群れだ。幼虫ならば移動距離も短く共食いしか出来ないが、犬ぐらいのサイズであれば、ソノアール村まで駆けることなど訳がない。
それが飲み込めた途端、村長宅は静まり返る。
「まさか? 来るのかソノアールまで? 森の外だぞ」
「外って言ってもここから精々二日かそこらの距離だろ? 子供だって歩ける距離だぜ、実際歩いてたんだろ?」
田中がソノアールへ通っていた少年を顎で指す。
「今までそんな事、一度も無かっただろうが!」
怒鳴るラザルードさんだけど、煽らせて貰おう。俺は上品に笑った、囀るように。
我ながら、鈴が転がるような美声である。
「
「何が言いたい?」
「本来こういったイレギュラーを解決していたのが我々なのです。それが今は居ない。これは歴史上かつて無かった事、何が起こるかなど誰にも解る筈が無いでしょう?」
俺は笑った。
楽しくて仕方が無い。自分の内側から、破滅を求める衝動が湧き出していた。
狂気の笑みを浮かべ、一つ一つ絶望的な状況を説明していく。
楽しげに、儚げに、悲しげに。歌うように披露すれば、村長も、ラザルードさんも、いままで余裕の態度を崩さない田中だって畏怖を抱いた目で俺を見ていた。
コレはゲームだ。勝利条件は? 何だって良い。負けても死ぬだけだ。
人間側で話がわかるのはラザルードさんだけだ、おれが丁寧に状況を説明すれば、その深刻さは伝わった。
「クソッ! じゃあ俺達は引き上げるぜ、村に警戒を呼び掛けないと行けないからな」
「警戒? 千を超えようと言う魔獣にどんな警戒をするのです?」
「はっ! 精々足掻いて見せるさ」
無駄だ! その時にはこの村を食い破って虫は更に大きくなっている。ならば?
「その足掻き、この村で見せては貰えませんか?」
「意味が解らねぇなぁ?」
「この村で我々と、あなた方で共同戦線を張るのです」
「チッ、だぁれが手前ぇらを守るために戦うってんだよ!」
叫ぶや否や、ラザルードさんは思い切り机を蹴り上げた。
――ゴガァンと響く鈍い音と荒っぽい罵声。村の女性達は震え上がって悲鳴を上げた。
普通はそう言う反応だろう。だが、俺は余計に面白くなってきた。
その程度でビビると思っているのか? お前の家族も目の前で殺してやろうか? きっと俺の気持ちが解るぜ?
「解りませんか? 我々が、誰一人逃げずにピルテ村で食い止めればソノアール村は助かる。我々が『餌』となればソノアール村にはより大きくなった魔獣が襲う。もう、我々とアナタ達の村は一連託生なのです」
蹴り上げられた机を元の位置に叩きつけ、その上に膝をついて乗り上がるや、身を乗り出して覗き込む。
ラザルードさんと額を突き合わさん距離。相手の目に映る俺の姿は、爛々と狂気に輝く瞳をしていた。
だが、ラザルードさんもさるもの。腰が引ける様子も一瞬。気丈に言い返してくる。
「それで俺らに何の得が有るってんだよ? 取引になってねぇんだよ!」
「元々誰にも得など無いのです、誰が『餌』の役をやるかと言う話、戦って死ぬか、逃げて死ぬかです」
「だから、とっとと村に帰って戦う準備をするんじゃねぇか!」
「それこそ何の準備です?
「
「それが、浅慮だと言うのです。この時期の幼体は群れで人を狩る事も珍しくない。知りませんか?」
「知らねぇな! そうだとしても信用出来ねぇ」
ラザルードさんが拗ねた様にどっかりと椅子に座ってしまう。
正直言うと、幼体は共食いするぐらいだから群れで狩りをするってのは言いすぎだが、圧倒的な数の暴力で全てを飲み込むのである。
と、その辺も知っているだろう、エルフであるピルテ村の面々すらも渋い顔。
「ワシらも反対じゃ、戦うにしてもコイツらとなぞ! 獅子身中の虫となりかねん」
はぁ? 馬鹿か? 死にたいの? 餌になりたいのか?
黙ってその命を預けろよ! 俺が効率的に使ってやろうって言うんだからよ!
「ゴミ共が、めんどくせぇ」
だから、俺の口から苛立ち混じりに声が出た。あくまで小声だ。誰にも聞こえてないだろう。
俺は神経を集中させるために顔を伏せ、ゆっくりと息を吐く。
「仕方ねぇやるか」
やるしかない。無知蒙昧なコイツらを操る! 利用する!
俺にはその為の力がある! 深呼吸を一つ。
それだけで俺はハタ迷惑に男を口説き回った少女。プリルラの記憶を呼び覚ます。
記憶が、ゆっくりと体に馴染んでいく。
「どうしても、どうしても一緒に戦う訳には行かないんですか?」
一転、顔を上げた俺はハラハラと泣いた。上目遣いに皆を見渡し、目尻には大粒の涙を転がす。
「私は一生忘れません、平和な王都エンディアンに人間が踏み込んで来た日の事を!」
我ながら大芝居。絶望の記憶を大げさに語る。
あ……田中だけは俺の思惑に気付いたのか、恐怖に顔を引き攣らせている。
コイツは昔から妙に勘が鋭い。『参照権』で急に様子が変わったことに気が付かれたとしても不思議じゃ無い。
かといって、もはや演技は止められない。
「この村も同じ様な絶望が襲おうとしています。勿論ソノアールにだって!
我ながらキレキレの演技である。全然関係無い二つの事象をむりくり繋げる。
「なんだってんだ」
ラザルードも呆然と呟くが無視。
「一緒に、一緒に戦えば立ち向かえるかも知れないのです! もう私は、逃げてばかりは嫌なのです!」
「んな事言ってもよぉ」
「ザッカさん! ザッカさんはどうですか? この村で皆で戦うのと、人間だけで戦うのではどちらが勝機が有ると思いますか?」
ラザルードさんの説得は難しそうだ。だったら狙うのはザッカさんに決まりだ。耐性無いヤツを狙うのが常道よ!
自分でもビックリするぐらいに華やかな笑顔で彼に微笑んだ。
冴えない村役場の男には刺激が強かったみたいで、一気に顔を赤くした。
「そ、それはたスかに、ココで戦った方が……」
「ですよね! サンドラさんも一緒に戦ってくれますよね?」
「勿論だ! どうせ戦うなら姫様とがええ」
「オイ! おめぇら何言ってやがる!」
ラザルードさんだけが抵抗するが、もう一押し!
「何が問題なのです? 報酬ですか? 倒した魔獣の魔石をお渡しすると言うのはどうです?」
どうせ、村からは大した報酬が出ていないに違いない、だったらどうだ?
俺はは諭すようにゆっくりと語り掛ける。
「一つ一つは大した価値が無くとも千を超えるかの魔石ですよ? 十分な報酬になるのでは?」
「んなゴミみてぇな魔石に価値なんざねぇよ!」
「そうなのですか? ではどういった魔石なら価値が有るのです?」
「
「そうですか、別に構いませんよ。村を守れるなら安い物です」
「へぇ」
人間にはどうか知らないが、エルフにとっては
「何を勝手に言っておる! 村の宝とするべきものでは無いか!」
だが、そのトロフィーに拘るジジイ! 村長が邪魔すぎる! コイツは放置して息子と話そう。
「村長の息子さん、そう、あなたです。一時的にでも村を脱出するとしてどの程度の被害があると思われますか?」
「それは……備蓄した食料を運ぶのだけでも骨だし、なにより小規模ながら種を撒いたばかりの畑も有るんだ。全滅したとあれば次の冬は越せないよ」
それを聞いた俺は、両手で頬を包み大袈裟にショックを表す。
「まぁ! どうせ全滅の危険があるのなら、ここで村を守った方が結果的に得かも知れませんね」
「いや、果たして可能だろうか?」
可能かって? 知らねーよ! 知らねーけど、暴れた方が気が晴れる。どうせなら派手に全てを『偶然』に巻き込んで、その威力を確かめたい。
心配する村長の息子の手を取って、俺は励ます様に語り掛ける。
「逃げた所で被害を受けないとは言い切れませんよ? 隠れる家も無く蹂躙されるかも」
「……あ、いやそうか」
「でも、皆で戦えば、きっと被害は抑えられます!」
「何を言っておる! ワシらだけで村を守れば良いじゃろうが!」
外堀は埋めた、いよいよ村長に取りかかる。俺は慈愛を込めた笑顔をたたえる。
「大丈夫ですよ! 力を合わせれば、村長さんが大切にしているこの村を、絶対に守れます!」
「本当じゃろうな……」
やった! 陥落した! そう! 偏屈なジジイどもに理屈なんて要らないのだ。
思い出を語ったり、泣き落としをしたり。そんなんで十分。
理路整然と、勝算が高い方法を説明した俺が馬鹿だった。
プリルラ先生の記憶を頼りに、気持ちを揺さぶって、子供向け番組で主人公が語る希望みたいな、スッカスカな中身のない励ましでその場の全員を煙に巻いた。
夢と虚構でこの場を支配した。それ故に可能な茶番だ。
「それでは、魔石の件、タナカも構いませんね?」
「……あ、ああ」
最後に田中にも確認を入れるが、何故だが腰が引けている。
コイツは魔獣の群れにもビビらないし、俺が獰猛に笑ってもドコ吹く風をしていたくせに、女の武器をフル活用するプリルラ先生みたいな搦め手には恐怖を覚えるみたいだな。
まーどこでどんな経験値を溜めたか知らないが、羨ましいね。
そうと決まれば後は魔獣の対策だけ、
水を張った堀なら多少効果はあるかもだが、其れだって飛び越せる、そもそもそんな物を作るだけの時間も力も無い。
だから、非戦闘員は村長宅に避難し厳重に戸締りをして引き籠る。
一方で、戦闘要員に必要なのは防具だ、
でないと鎌と顎であっと言う間に細切れにされてしまう。
「って言われても流石にコレは惜しいな」
田中がぼやく気持ちも解る。
防具として細かく切り裂いたのは
それを簡単ななめし液と魔法だけのお手軽処理で、粗末な皮鎧にしてしまったのだから、皆が呆然とするのも無理が無かった。
それでもこの村で手に入るどんな防具より丈夫なのだから仕方が無い。
それよりもそんな魔法も使えて、知識も豊富な俺を褒めて欲しいね。
後は火だ、たいまつは大量に用意し、広場にはキャンプファイヤーよろしく巨大な篝火を用意した。
何を勘違いしたのか、田中には「魔獣が好きなの?」とか聞かれてしまったので。
「そんな女の子が居ると思っているのですか?」
と冷たくあしらった。
ぽかーんとしていたので胸がスッとしたね! 俺を怪獣好きの少年だとでも思っていたのか? 姫やぞ!
何にせよ装備も準備も整った。ここまでやって気のせいだったら良い笑い話になるのだが、まぁ無いよな。
めっちゃ恥を掻くけどむしろソレで頼むわ。いや、無理だろうな、経験で解る。
『偶然』は俺を見逃さない。
それは準備を始めて僅か二日後の事だった。タイミングを考えれば村人総出で逃げた場合、道中で餌になっていたに違い無い。
俺の選択は間違っていなかった。ある意味でほっと一安心。
「来やがったか」
「オイオイ俺の目がおかしくなったのか?」
「正常だよ、俺の目にも映ってる」
「無駄口は止めてください、総員戦闘準備!」
森を茶色に染める程の