死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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★キチキチプリンセス2

 来るわ来るわうじゃうじゃと。

 ハーフエルフ達が寄り添うピルテ村。質素な暮らしを営むこの村に、団体さんのお参りだ。

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群であった。

 その姿は巨大なカマキリ。幼虫でも犬ほどのサイズがあり、成虫となれば人と変わらぬサイズがある。

 そんなバケモノが数える気も無くす程の大群で村を取り囲んでいるのだ。周囲の森が、見渡す限り真っ茶に染まる。

 魔獣の大量発生。単純に言えば、イナゴの魔獣版だ。

 本来なら厳しい食物連鎖に曝されて数を減らすハズの幼虫が、大牙猪(ザルギルゴール)と言う格好の餌にありついた結果、恐ろしい程の大群となった。

 

「死ぬかな……?」

 

 あまりの数を見て、流石に不安になる。

 俺は、村で一番背が高い建物の屋根の上で戦場を見下ろす。

 何も高みの見物と言う訳じゃ無い、俺は遠距離攻撃専門。群れに飲み込まれた瞬間に、魔法は健康値に掻き消され、俺は無力に成り下がる。

 だから、俺のそばに敵を近づけた瞬間にゲームオーバー。ならば事前準備が大切だ。

 やるだけの事はやったが、ドコまで通用するか……

 

「アイツ次第だな……」

 

 見下ろすのは前世での俺の親友。田中だ。

 アイツはチート級の戦士として俺の前に姿を現した。

 俺の所為で死んだと言うのに、再会と同時にまたぞろ厄介な事態に巻き込んじまったな。

 

 ……だがな。悪いけど、付き合ってくれよ。

 

 俺は、家族の、セレナの仇を取るまでは絶対に止まれないんだ。

 それが親友を騙すことになったとしても。

 

 ……それにしてもこう言うの、前世のゲームで見たことあるな。

 ウェーブ1開始ってか? 2はあるのかね?

 

 馬鹿らしいまでの不運の連続に、まるで他人事みたいな冷笑がこぼれた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「うぉぉぉ!」

 

 村人達の雄叫びが上がる。

 いよいよ戦いが始まったのだ。

 

 地面を埋め尽くす 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群に対して村人の武器は?

 

 (くわ)であった。

 

 これは俺の提案。敵の主力は幼体なのだ。犬ぐらいのサイズである。

 動きは犬ほど速くは無いが、体は軽く、顎の力は侮れない。

 剣で切ろうとしても、体が軽すぎて致命傷を与える事は難しい。

 ならば、叩き潰す様な武器が適格だ。鍬ならば弱点の首を切り落とすことも可能。

 なにより農民が主体の彼らにとって、使い慣れた得物が一番。その証拠にトップスコアはサンドラのおいちゃんだ。

 

「ほっ! ほっ! ほっ!」

 

 地面を耕す勢いで 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の死体を量産している。

 

「クソッったれ! 多過ぎだ!」

 

 一方で苦戦しているのはラザルードさんだ。得意の弓など役には立たない。鍬を手に彼も地面ごと魔獣を耕しているが、慣れない獲物に戸惑っていた。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 そして旋風の様に魔獣をなぎ払うのが我らが田中だ。頼もしいね。

 とは言え、剣で膝丈の幼体を狙うのは効率が悪い。彼の役目は別にある。

 成虫を殺す役だ。

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の成虫は人間並のサイズ。人間サイズのカマキリがどれほどの力を秘めているか、考えるまでも無いだろう。

 俺も上空から成虫の間引きを行っているのだが、取りこぼした分が村人に迫ったら田中がメイン盾として出陣する。その動きに隙は無い。

 田中は鋭い鎌の一振りを躱すと、返す一閃でその両腕を切り落とす。成虫の体は鉄の様に硬いにも関わらずだ。

 しかし、コイツらの武器はそれだけでは無い……

 

 ――ガキィィィン

 

 危ねぇ! 上から見てても肝が冷えた。

 田中の眼前で金属音を響かせたのは……顎!

 鉄板をもかみ砕く鋭い顎が田中の顔面を切り裂く寸前、仰け反ることで難を逃れていた。

 

「芸がねぇんだよぉ!」

 

 オイオイ嘘だろ?

 田中は叫ぶと同時に大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の首根っこを引っ掴み、地面へと叩きつけた。

 すかさず剣を突き刺しトドメ。

 獣染みた戦い方、人間離れした膂力だ。

 

 ――シュッ!

 

 だが、俺だって見ているだけじゃない。

 オモチャみたいな弱弓ながら、屋根上から大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の成虫をスナイプしている。

 

 ――バシュッ!

 

 そんなんで通常、鉄みたいな大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の外骨格を貫けるハズが無い。

 だが、俺には魔法がある。呼び水となる瞬発力さえ得られれば、ソレを数倍の力にして制御し、逃れ得ぬ一撃をその首筋に叩き込む。

 俺が一矢放てば、確実に成虫の首が一つ飛んだ。

 成虫さえ間引けば幼体は体も柔らかく、村人でも対処が可能。これで時間が稼げるハズだ。

 しかし、ソコに逼迫したラザルードさんの声が響いた。

 

「オイ! そこに居るぞ!」

「クッ」

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)はデカいカマキリだ。そのメイン戦術は当然だけど『待ち伏せ』。

 田中はマンマとその罠に嵌まったようで、物置小屋みたいな建物の陰で奇襲を受けていた。目にも止まらぬ速度で伸ばされた両腕の鎌に、ガッチリと掴まってしまう。

 マズイ! 魔獣の力は人間の比では無い、巨大な昆虫のソレ! 一度掴まればどんな戦士でも抗う術は無い!

 

「痛てぇじゃねぇか! クソッ」

 

 嘘だろ? 抗ってるじゃねーか!

 田中はガッチリとその鎌を握り返した。恐るべき事に、田中は魔獣の膂力に負けていない。

 だが、流石に圧倒する程では無いらしい。一瞬の膠着。

 

「助けやがれ、トンマ野郎」

「んな暇無ぇよ間抜け!」

 

 叫んでラザルードさんに助けを求めるも、ソッチも当然に手一杯。

 ココは俺の出番かな?

 

 ――シュッ! バシュ!

 

 実のところ、ここから100メーター近い距離があるのだが、魔法で制御可能な弓矢に距離など何の関係も無い。

 コロンと大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の首が落ちて、田中はその腕から解放された。

 

「だらしねぇな」

 

 俺は小声でその無様を嘲笑する。

 

 なーにがパパと呼べだ! そんなんじゃ呼んでやらない!

 今生の俺のパパはな、エリプス王の伝説なんて劇になるほどの勇者なんだよ。

 もっとずっと強い魔獣に囲まれたってバッタバッタとなぎ倒していたんだ、その程度の実力でパパを名乗って貰っちゃ困るんだよ!

 

 死んじまったけどな。俺の『偶然』に巻き込まれて。

 

 ……だから、お前は死ぬなよ。

 

 助けられた事を悟った田中は、俺の姿を探していた。

 コチラに気付き見上げる顔には、闘志が漲り、不敵な笑みさえ浮かべていた。

 戦闘ジャンキーめ、俺に戦いを挑みそうな有様だ。残念ながらアイツは長生き出来そうに無い。

 ま、精々俺の目の前で死なないでくれよ。

 

 見渡せば戦況は最悪だ。圧倒的な物量に押し込まれている。

 

「プランBと行くか!」

 

 俺はオイルが染みた布を巻き付けた矢を取り出し、火を付けてギリギリと引いた。

 火矢だ! 狙うのは村をぐるりと囲む柵!

 

 ――シュッ!

 

 放たれた矢は柵に命中。木で出来た柵とは言え、通常はすぐに燃え上がらない。

 だからココには一工夫。

 

 ――ゴォォォ

 

 燃えた! 何故か? あらかじめ柵にも油を塗ってあるからだ。

 本来村を守る柵に対して火を放つ暴挙。上手く着火したとして、ぐるりと火に取り囲まれるリスク。

 

 作戦を伝えれば、正気を疑われるハメになったがそれでも俺は強行した。

 時間稼ぎに最適だからだ。

 

 何故、時間稼ぎが必要かというと……

 

 俺は必死に北の空を見つめる。

 

「まだ? まだかよ!」

 

 俺は勝利の悪魔を神に願った。


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