死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ 作:ぎむねま
柵に放った火は延焼こそしなかったが、燃え尽きた後はスグにまた進行が始まった。もう柵は無いし策も無い。
ウェーブ2の防衛は厳しい事になりそうだ。
村の家は木造。火を使うのは最後の手段と決めていたのだが、この期に及んでは仕方が無いと村人達も火を使い始めた。
松明を振り回し、へっぴり腰で逃げ回るザッカさんが見えた。役所の人間には荷が重い事態か。
田中は田中で
成体と違い、幼体には人を一瞬で殺す様な危険は無い。
それでも幼体が家々の屋根に登って、俺の足元まで来たら魔法が封じられゲームオーバー。
だから幼体退治は大事な仕事。村人が減ると俺の死期は確実に近づいている。
だが、思ったよりも被害は少ない。幼体でも
その秘密は
エルフの戦士達の垂涎の的である強固な皮、それを雑に使って作った防具は低級な魔獣の攻撃を十分に退けていた。
足元を守るブーツやズボンを補強するだけで、足を切り裂かれる事態を防げたようだ。
ザッカさんがブーツに食らいついた幼体に松明を押しつけている。
おおっ! 俺の教えを守っているぞ。
どうやら俺の知識は間違いがないと、ようやく皆が飲み込めた様だった。
「キェェェェ」
田中の猿叫に振り返ると、
スゲェな、後は任せても良いか? お手々が痛いの!
「ハァハァハァ」
駄目みたい……ぜぇぜぇと肩で息をしている様子が見て取れる。
このままでは押し込まれるのは時間の問題。
こうなれば決死のプランC発動だ!
俺は魔法を使い、村長宅の屋根から飛ぶ。屋根から屋根へ、魔法で飛び跳ね目的の建物まで到着!
獲物を見つけたと幼体が登ってくるより早く、ログハウスみたいな民家、その主柱を風の魔法で断ち切った。
――ガララララ!
屋根の丸太がゴロゴロと転がり落ちていく。丸太の雪崩に巻き込まれたのは、俺を目指して壁を伝って登っていた幼体達。
グチャリと挽きつぶし、更に村のメインストリートまで溢れ出す。そこにビッシリと詰めかけた幼体達も次々と巻き込んだ。
「オマケだ!」
さらに火矢を放って着火! 実は屋根にも油を撒いていた。
ギャアギャアと虫どもの悲鳴が上がるのが小気味良い!
……アレ? 虫じゃない悲鳴が? どうやらこの家の持ち主だった夫婦の声。
黙っててごめーん! 油まで染みさせて初めから燃やす気でした!
でも、教えたら止めたでしょ? だから不意打ちでござる。皆で死ぬより良いじゃん? 良いよね?
「アハハハハ」
俺の口からキチガイみたいな哄笑が溢れ出す。
いよいよ楽しくなってきた。命がけのギャンブル。だが、予想は全て当たっている。
何故か? 最悪を想像すれば、ソレが必ず正解だ!
笑うしか無いだろうこんなモノ!
よく見れば、村人達は畏怖を抱いた目で俺を見ていた。
無理も無い、我ながら完全にネジが外れちまっている! でもな、マトモじゃ決して生き残れないんだよ!
俺は追加でいくつかの家をバラすと、残らず火を付けて回った。
キレイに村への侵入ルートが潰れ、渦巻く煙を嫌がり虫たちの侵攻は再びの一服を見せた。
全ては計算の上。女子供は全員、既に村長宅に避難して貰っている。
こう言うチャンスにしっかり押し返すのが戦争での勝ち筋だが、村人にそんな余力は残されていなかった。
「よぉし押し返すぞ!」
いや、田中だけが一人気炎を上げていた。しかし、ラザルードさんを初め、他の面子が続かないようだ。
「ゲホッゲホッ! 馬鹿な事言ってんじゃねぇ! このままじゃみんな焼け死んじまう!」
「よく見ろ、延焼しない様、巧みに計算されている、火に囲まれることは無いぜ?」
あの戦いの中、ソコまで気が付いた田中は流石だ。だが、他の面子はお前程丈夫ではないと思うよ?
「だからってこうも煙くちゃ戦いどころじゃねぇ」
咳き込みながらラザルードさんが言い返す。
それもそのはず、虫が引くほどの煙では人間だって打って出ることは不可能なのだ。
だとしたら煙が引けばまた
皆その事に気が付いていた。それだけに追い払った喜びよりも訪れた空白の不安が大きい、奴等はまた来ると。
だが、俺の計算では追加の絶望が来る。
対処不能の絶望にはどうするか?
絶望には絶望をぶつけるのだ!
青い顔をして絶望を噛みしめる彼らの前、俺は颯爽と舞い降りた。
「被害は!?」
「ゴホッ、喘息患者が一名だ!」
ラザルードさんの愚痴は無視。元気あるじゃん?
「無事なようですね、何よりです」
死者は無し。望外の状況だ、一人か二人は死ぬかと思っていた。
なのに気にくわないと文句を付ける馬鹿な村人がいる。
「村ぁぶっ壊してどーするつもりだ!」
「死ぬよりはマシでしょう」
彼らもソレは解っている。解っていても希望が見えないから苛立っているのだ。
だったら俺が絶望を教えてやる。その先に希望があるのだから。
宣教師になったつもりで、俺は村人に祈りを請う。後は祈ることしか出来ないからだ。
「皆さん、後は我らの神が天から舞い降りるのを祈るだけです」
俺は一段高い所に立ち、両手を掲げて天を仰ぐ。両手を合わせて祈りを上げる。
神々しいまでに美しいだろう? 神様お墨付きの体だ! 泣けよ!
実際に、感極まって泣きじゃくる村人達。そんな中で田中だけはつまらなそうに舌打ちをした。
「オイオイここへ来て神頼みかよ!」
苛立ち混じりの罵声が飛んでくる。こっちは神に
お前だって神を見ただろうに、罰が当たるぜ? 俺もアイツを信じてないけどな!
俺の神は別に居る! 後は祈れば良いのさ。
「いけませんか? 神は平等です、誰の元へも訪れる。祈りの一つでその確率が上がると言うなら安い物です」
「チッ、どの神に祈ったってご利益はねぇと思うがな」
「我らが祈る神は、女神セイリンでも、ましてや森の妖精でも有りません」
では何に? そう呟く誰かの声は、他の誰かの悲鳴にかき消された。
俺が信じるのは神をも欺き死へと誘う『偶然』だ! それがいよいよおいでなすった!
急に日差しが陰り、辺りが暗くなったのだ。まだ日の入りには早い時間。
俺以外、皆、一斉に空を見上げた。見上げなくても、俺だけはそこにあるモノを知っている。
……空を蠢く無数の影!
「時が来ました」
俺は滔々と語る。神話の一節の様に。
もったいぶった動作で天を指差し、宣言する。
「あれこそが我らが神、
ああ! 絶望だけは俺を裏切らない!
笑顔が内側から溢れるのが解る。新たな絶望が村を襲う。ホラ! 笑えよ!
マヌケ面を曝す村人に、俺は笑いが止まらなかった。