死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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姫として生きる

 それから何日かして俺は再び目を覚ました。

 

 記憶を引っ張る限り、高橋敬一として覚醒して三日、その前もすでに三日も寝ていたらしい。

 実は覚醒する前に、乳母さんから水とか流動食を食べさせて貰っていたみたいでギリギリの所で生きてる感じだ。

 

 この記憶を引っ張ると言うのが何とも言えない感覚で、俺が与えられた唯一のチート能力と言って良い、自分の魂が送信したログに限定されたサーバーの参照権と言っていたか。

 

 自分の高橋敬一としての記憶を思い出すための手段だと認識していたので、大した物では無いと思い込んでいた、他人の心が読める訳でも無いので、説明を聞いた感じ自分の記憶を自由に検索したり出来る機能と言う認識だったのだが……

 

 例えば自分が0歳児の記憶がある人は居るだろうか?

 

 まず居ないハズだ。どんなに遅くても1週間でむくみも有る程度取れて、おめめがぱっちりしてくる。でもその目がどんな光景を映し出していたのかを覚えてる人は居ない。まだ人としての脳が未熟でその時の記憶を保持出来ないからであろう。

 

 でも、俺はハッキリとその光景を引っ張り出せる、思い出してるのでは無いのだ。

 記憶に無くても目はその光景を映してるのだから、魂はそのログを送信している。そのログを参照できるのだから、見たものは本人が完全に忘れていても引っ張り出せる。

 

 ただ、その膨大な情報を引っ張るにはキーとなるトリガーが必要で、感覚的には検索エンジンで調べ物をするのに近い。

 

 だから、これからは歴史上の偉人の名前なんて一切覚える必要は無さそうだ、ただしその人物が何をしたどこの人なのかも解らなければ、どうログを漁るべきかが解らない。

 

「不幸は本当の友人でない者を明らかにする」

 

 そんな名言がスルリと出てくる様なら、ログを一発参照でアリストテレスだ。

 

 この思考法は現代人の俺には慣れたもの、鼻歌で出てきたメロディーで、曲名が解らずとも楽ちん一発検索な辺り、グーグル先生を超えてるとも言える。

 

 ただし、見たこともない物はログを参照してもどうしようもない辺りを考えると、やはりグーグル先生は偉大だ。

 

 ……話を戻そう。

 

 俺は生まれた時見たことですら参照できる。コレはユマの生まれた時だけじゃなく、高橋敬一の生まれた時もだ。

 参照出来る最初の記憶を……と探ってみれば、見違えるほど若い前世の母親の姿が目の前に広がって、胸が締め付けられた。

 

 俺は前世の記憶をなるべく思い出さないように誓った。

 郷愁に駆られては一歩も動けなくなるような気がしたからだ。

 

 次に気になったのは、自分の娘がいきなり他人の息子に乗っ取られたらどう思うか?

 

 ユマの口から「高橋敬一」なんて言葉が飛び出した時の反応が知りたくて、参照してみるとやはり不信、どころかハッキリと怯えが見える。娘が突然に知らない人に成ったようなもんだ。

 

 やっぱり、俺は『ユマ』として生きていくべきだと思う。この世界では誰も『高橋敬一』なんて求めちゃ居ないんだ。

 

 俺がもっと大きくて強いなら、全てを振り切って生きて行く事も出来ただろう、でも三歳の幼女で病弱虚弱不健康児だ。せめて健康優良不良少女にならないと、家出なんて夢のまた夢であろう。

 

 ああ、油断すると名作漫画のログを参照しそうになる。

 見た映像をそのまま再生できるので、普通に漫画を見てる感覚と一緒だから気を抜くとあっと言う間に時間が飛ぶ。

 

 ユマになりきるにはどうするか? ユマのログを漁るしかない、最初から要点を絞って早回しで脳みそに叩き込むんだ! なんせゆっくり見ていたら、まんま三年掛かっちまう。

 

 どれどれっと……ああそうかよ畜生ッ!

 

 

「うぁぁぁぁ」

 

 思わず漏れた微かな呻き声、でもそれで十分だったのか王女パルメが駆け込んできた。

 

「ユマちゃん? 起きたの? ユマちゃん?」

 

 本当に心配していたのだろう、顔色が冴えない、ぐっすり三日も寝てたこっちと違ってろくに寝れていないのかもしれない。

 

 ああ、本当に愛されてる。ここは一つ元気な所を見せて愛嬌を振りまくべきだ。

 

 でも、でも、目を合わせる事が出来ない。

 自分の中の『ユマ』の部分が悲鳴を上げる。

 

『パルメは俺の本当の母親じゃない』

 

 それが解ってしまった。

 

「なんで?」「どうして?」そんな感情が渦巻いて胸を焦がす。

 

 

 ああ、俺はやっぱり『高橋敬一』じゃない、かと言って断じて『ユマ』じゃ有り得ない。

 でも、母親に甘える幼児に勝てる存在など在りはしないのだ。だから母親の前で『高橋敬一』は『ユマ』に吹き飛ばされてしまう。

 

「ママ! ママァ!」

「あらあら、どうしたの? 怖い夢でも見た?」

 

 パルメの胸に飛び込み涙を流す俺を、パルメは慈愛に満ちた目で見つめる。

 

「ママ! ママはママなの?」

「ええ、ママはママよ」

 

 落ち着くように背中をポンポンと叩いてくれる、気持ちが落ち着いてくる、でも止めろ! それを言うな言うんじゃない!!

 

「ねぇ……ママはホントのママだよね?」

 

 ピシリと空気が凍り付いた気がした。背中を優しく叩く手が止まり、ガッと両肩を掴まれた。

 

「誰!? 誰にそんな事言われたの?」

 

 パルメは目線を俺に合わせて必死に問いかける。

 

「答えて!」

 

 答えられる訳がない、誰に聞いたでも無いのだ、そんな俺をパルメはギュッと抱きしめた。

 

「ママだからっ! 私が、本当の、お母さんだから!」

 

 震える声、パルメは泣いている。ああ、『ユマ』お前はママに愛されてるぞ、俺が保証する。

 

「ママ! ママぁぁ!」

 

 泣きじゃくる『ユマ』はパルメの胸に縋りつく。

 ああ、糞、涙が止まらない。母親の匂いが胸をいっぱいにしてしまう。

 パルメを、ママをこれ以上悲しませてはいけないと心が叫ぶ。

 

「ママは! ママはユマのママだよね!」

「そうよ、ママは……ユマちゃん? ユマちゃんの名前教えてくれる?」

 

 そうだよな、そうだよ。それが良い、それで良いんだ。

 

「なまえ?」

「そうよ、お名前、あなたの名前はなんですかー?」

「わたしのなまえはねー」

「名前はー?」

「ユマ! 私の名前はユマ」

 

 俺と、俺の中の『ユマ』の部分が元気に答える。

 そうだよ、『ユマ』だけじゃない『高橋敬一』だってこの時を以て死んだんだ。

 

 俺はエルフのお姫様として生きて行く、例えどんな不幸に巻き込まれたとしても。


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