死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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スフィールを散策2

「着いたみたいだな」

「流石に綺麗なお店ですね」

 

 西側の大通りに面したその魔道具店は流石に高級店らしく、白壁に彫金が施された扉、加えて窓にはなんとガラスまで嵌まっている。

 

 人間の街でガラス窓など殆ど見ないだけに、貴重な品なのは間違い無いだろう。潤沢に資産が有る事をアピールしている。

 ちなみにエルフの街ではガラスなど普通にあるし、透明度も高い。なにせ魔法があるからね。

 ただ地球の物に比べると割れやすい所為か、あまり活用されて居なかった。

 

「邪魔するぜ」

 

 田中が豪華な扉を開けると、カランコロンとドアベルが鳴る。店内は落ち着いた内装で、そんな所も含めて前世のちょっと良い喫茶店に入ったような気持ちにさせられた。

 

「これはこれは、どのような御用件で?」

 

 俺達は黒尽くめの大男と年端も行かない少女の組み合わせ。これ以上ない位に怪しい二人組にも関わらず、入店と同時に店員からの丁寧な応対。

 前世では当たり前だったが、この世界では中々無かった事だ。

 

「魔石の買取だ」

「拝見させて頂いても?」

「ああ、小さく見えても純度が高い、気を付けてくれ、数も有る」

 

 あっちは田中に任せて良いだろう、俺は商品を見て回る。

 ランプ系はココでも主力の様だ、使う魔石もサイズを見れば同レベル。ただし数を増やして出力を稼ぐ方法が採られている様だ、それに用途は貴族の邸宅向け、装飾が贅沢に施されている。

 他には風を起こす魔道具や、部屋を暖める魔道具も揃っているのは、一般人ではコストが合わなくても貴族なら別と言う所か。

 豪華でも目新しい魔道具は無さそうだ、ただ大型の物も有るので出力が高い魔石の需要はありそうだ。

 そうこうしている内に、魔石を売り終わった田中と、店員に声を掛けられる。

 

「おい、売れたぜ」

「こちらの方がその、森に棲む者(ザバ)の姫君なのですか?」

 

 俺としては特に隠すつもりも無い。ショールを外して自己紹介だ。

 

「私はエルフの姫、ユマ・ガーシェント・エンディアンと言います、お見知り置きを」

 

 手を胸に、スカート摘まんでご挨拶。なかなか可憐に振る舞えているのでは無いだろうか?

 

「これはこれは……あの拝見させて頂いた魔石ですが、どれも非常に質が良く。これは……エルフと言いましたかな、その技術に依るもので?」

「はい、その通りです。しかし残念ながらその技術は今や帝国の物かと思われます」

「それは! やはり噂は本当でしたか……」

 

 今回、魔石を売却するにあたって、偶然手に入った上物などと騙し売りする様な真似はしない。

 帝国がザバの国を落としたと噂が広まっている以上、すぐにその正体は割れる。そうして評判を落とすよりも、上流階級の人間が通うこの店で顔を売り、ついでに帝国脅威論を振りまきたい。

 

「帝国は大量の精製された魔石と、強力な魔道具を手に入れました。この街も早く脅威に備えるべきでしょう」

「確かにこれほどの純度が有れば、強力な魔道具が作られるかも知れませんな、……我々も前線の街として魔道具を兵器として活用したいと考えていたのですが。どうにも芳しく無く」

 

 そうして見せて貰ったのは地面に叩き付けると空気を圧縮、そして爆発させる空気爆弾とか、火の玉や炎の矢を作る兵器だった。

 

「あーー」

 

 思わず声が出る。

 

「やっぱりダメですか……」

 

 自分で使う送風とか過熱は兎も角、敵に使う場合、相手の健康値でガッツリ減衰されてしまう。結局魔力は直接攻撃に向かないのだ。

 

「直接攻撃する事よりも、堀や土壁を作れる魔道具の方が戦争に役立つと思いますが」

「売り込むには、いささか地味と言われてしまい……」

「あー……」

 

 確かにグプロス卿の趣味では無さそうだ。陣地の整形は戦場でとんでもない効果を発揮すると思うのだが、運用するには道具も魔石も一斉に揃える必要がある。何より優れた戦術家が必須だ。上の説得が出来なければ絵に描いた餅だろう。

 

 他には……と言われても困る。研究中らしい空気銃も見せて貰ったが、圧縮した空気が自分の健康値と干渉して暴発してしまい、実用化に行き詰まっているとのこと。

 実は、エルフでもソコは全く同じ。魔力と風の関係は、電気と磁力の関係に近く親和性が高い。よって空気の圧縮などはお手のもの、だけど魔道具では圧縮した空気の扱いが難しい。

 

 魔法で矢の加速とかしてるのに、同じ事を魔道具でやるのは大分難しいのが現実だった。

 

「出力を上げても、戦争で使える物にはならないと思いますよ」

「そうですか……」

「ただ、戦争時に一瞬で壁や堀が出来たら恐ろしい事になりますから、帝国の脅威を過小評価しないで欲しい物です」

 

 そうこう話してる間も田中はガラクタみたいな魔道具をおもちゃ箱みたいに漁っていた。

 俺は他にエルフでも戦争で使っている、声を大きくする魔道具や大きな音を出す魔道具を提案したが、これらも地味だと言われてしまった。

 いや? こう言うの滅茶苦茶重要だよ? 平和ボケ凄くない?

 

 まぁ魔石はそこそこの値段で売れた様だし、お(いとま)するか。

 

「タナカ、行きますよ?」

「ん? ああ」

 

 未だにおもちゃ箱を漁る田中を無視して店を出る。

 

「次は武器ですね」

「武器屋なら馴染みの店がある」

 

 流石に冒険者と言えるだろう、ココは田中にお任せだ。

 

 そうして辿り着いた先は、正にゲームに出て来るファンタジーの定番感溢れる武器屋。「よう! マスター」とか話し掛けたくなるハゲのオッサンも標準装備だ。

 

「よう! マスター」

 

 まぁ言うよなっ! 田中は言うよなっ! それは良いよ? でも、なんでこっち見てドヤ顔するんだよ! 悔しいだろ!

 

 で、剣を研ぎと手入れに出して、代わりの剣を借りたっぽい。一方俺の弓は……やっぱり引けるのが無かった。

 でも、どうにかしてみせる! とハゲのオッサンも約束してくれたので期待しよう。矢は結構良いのが揃ってるので買っておいた。

 

 その後は街をブラブラと散策し、着替えや日用品をポツポツと揃えて行く。

 俺のドレスはストックがあるし、下着とかはサイズに困らないが、田中みたいな大男は居ないので着替えは全てオーダーとなる。逆に売る場合はサイズが大きい分だけ詰めて修復しやすいと高く売れるらしい。

 

 そんな雑談をしていたら、通りの真ん中でポツリと呟く田中。

 

「付けられてるな」

「そうですか……」

「冷静だな」

「領主とアッサリ約束が取れ過ぎました。この三日、偵察に人を寄越す可能性が高いとは考えていました」

「だと良いがな。最近、人攫いが頻発してるって言うぜ?」

「それが?」

「大っぴらに帝国軍や関係者を動かすよりも、そう言う奴らに握らせた方が楽に事が運ぶ。そう考えたっておかしくない」

「なるほど、そうですね」

 

 どんな思惑にしろ、とにかく気を付けなくてはならない。いきなり昏倒させられたり、完全に口を塞がれたりしてしまうと魔法も使えないからな。

 

「で、どうするよ?」

「やる事は変わりません、他の村と同様に酒場などで帝国の脅威を語って聞かせましょう」

 

 つまりドサ回りだ。

 

「良いのか? この街だったら領主以外も、貴族とかだって居るだろう?」

「領主に会う前に他の貴族へ挨拶へ行くと、問題に成りませんか?」

「あーそう言うのがあるか、チッめんどくせぇな」

 

 いったん荷物を宿屋で降ろすと、俺達は酒場に繰り出した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「そうして私は、打倒帝国の為に王都を目指し旅を続けているのです」

 

 オオー

 

 やんややんやと盛り上がる。酒場での独演会も慣れたもの。口下手な前世と打って変わってこれは一体誰の能力だろうか?

 

「大変だったなー」

「エルフの魔法! もっと見せてくれよ!」

「帝国のやつら許せねぇな!」

 

 盛り上がってくれた様で何よりだ、俺は笑顔で手を振って見せる。

 そこにテーブル席に腰かけた、柔和な物腰の男からの声。

 

「ユマ姫様、少し良いかな」

「良いですよ、なにかご質問が?」

 

 俺が男の向かいに腰掛けると、田中は俺の後ろに自然に立って睨みを利かせる。

 

「幾つか聞きたい事が有るんだ」

 

 男がそうして尋ねて来たのは、帝国の新兵器についてや、エルフの魔法や魔道具がどの程度の脅威になるのか、どうしてたった二人で前線のスフィールに来たのかなど。

 男は身なりこそ普通の町民の様だが、口調も物腰も柔らかで、貴族に使える従者だろう事は一目で解る。

 

「馬車での移動をしていたのですが、魔獣に襲われて馬車が壊れてしまったのです。誰か馬車を提供して頂ければ良いのですが……」

 

 だから、逆におねだりしてしまおう。

 

「なるほど、わざわざありがとう御座いました、貴方の旅路に幸あらんことを」

 

 その男は最後まで上品に祈りをかわして去って行った。

 

「どうだ?」

「間違いなく貴族の従者でしょう」

 

 田中と共に、男の背中を目で追う、やっと大都市で俺達の戦いが始まった気がしていた。


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