死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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ヤッガランの懺悔2

 翌日、いや厳密には今日か? 俺達は早速ヤッガランさんに呼び出され、北門にある詰所まで事情聴取にやって来た。

 ヤッガランさんは、ライル少年の思い出を語る弱気な青年の面影を消し去り、どっしりとした大人の態度で迎えてくれた。

 

「済まない、我々が不甲斐ないばかりに君らに迷惑を掛けた様だ」

「で、結局アイツの狙いは何だ? 物取りか?」

「いいえ、恐らくは最近話題の人攫いの一味の様です。あいつらは身元がハッキリしない流浪人を狙って、攫った人間を奴隷として帝国に売り飛ばしている連中でしてね」

「おっかねぇな、この街は犯罪集団を野放しかよ、おちおち寝ちゃあ居られねぇ」

 

 田中はオーバーリアクションで相手の責任を問う、冒険者として活動する上での必須テクなんだろうが、癖になっては居ないか? そんなチンピラみたいな態度で、強引に譲歩を引き出す場面でも無いだろうに。

 だが、流石にただの人攫いに偶然狙われたってのは無理がある。俺はため息ひとつ、肩をすくめる。

 

「まさか森に棲む者(ザバ)改め、エルフの姫である私を攫って、見世物にでもしようとしたと?」

「本人はそう言っています」

「馬鹿な事を、人攫いにしたって宿屋に泊まる人間を襲うなどリスクが高過ぎます。誰かの依頼あっての事でしょう」

「でしょうな、ただ背後関係を洗う事は並大抵ではありません」

 

 この街は地代が高い故に宿屋だって安くはない。馬小屋や商店の軒下で雨風を凌いで居る人間は大勢いる。つまり人間なんて攫い放題なのだ。幾らエルフだからって、壁に張り付いてのアクロバティックまで披露して、わざわざ攫う必要は無い筈だ。

 

「ヤッガランさん、ライル少年の贖罪として、力になると約束してくれましたよね?」

「ええ、ですがあなた方が言う通り、帝国が人攫いに依頼して襲わせたとしても、証拠など出てこないでしょう」

「帝国じゃないとしたら?」

「……何か他に心当たりが?」

「元々、グプロス卿に無理を言われた時、力になると言う約束でしたよね?」

「……いや、まさかグプロス様との会談で何が有ったのですか?」

 

 そう言えば、会談の内容については誰にも話していなかった。

 かいつまんで内容を説明する。魔道具を吹っ飛ばし、裏から護衛が沸いて、部屋を派手に魔法で照らした。

 大暴れしたって訳じゃない、精々そんな所。

 

「いやいや、その場で切り殺されてもおかしく無いでしょう!」

「そうなったらそうなったで、覚悟の上です」

「そんな!」

 

 ヤッガランさんにそう言われても、大人しくしていれば穏当に事が運んだとも限らない。

 

「グプロス卿の私を見る目はまともな物ではありませんでした。有り体に言えば獲物を前にした狼のそれだと言えば伝わるでしょうか?」

「いやそんな、グプロス卿は確かに女癖が悪いと言われていますが。その、何と言ったら良いか……姫君の様な年端も行かない少女に熱を上げたと言う話は、聞いたことが有りません」

「性的な意味では無く、私に価値を見出したとしたら?」

 

 俺の言葉にヤッガランさんはハッとした様子で目を見張ったと思えば、思案顔で独り言ちる。

 

「……まさか? いや、アレはそう言う事だったのか?」

 

 聞こえる筈の無い、非常に小さな声、それでも俺には聞こえてしまう。

 

「アレとは何の事でしょう?」

「? いや、聞こえてましたか?」

 

 密かに使った集音の魔法、これひょっとして一番使ってる魔法かも知れない。

 

「実は、グプロス卿の使いから、姫がこの街を離れる様なら、どこに向かうのか聞いておけと言われているのです、それ自体はザバ、失礼エルフの姫君の動向を知りたいのだと疑問に思わなかったのですが」

「ですが?」

「それを伝えに来たのがズーラー様、グプロス卿の腹心なのが妙だなと思っていたのです」

 

 ズーラー? あー、ひょっとしてあの斬りかかって来た小ズルそうなオッサンか。

 

「ズーラーと言う男だと何が問題なのです?」

「ライル少年の事件を口止めしてきたのも、当時からグプロス様の片腕として暗躍していたズーラーなのです、汚れ仕事専門と言うのは言い過ぎですが……そんな人物ですから」

「やはりグプロス卿が私を攫おうとした可能性が有るのですね」

「…………」

 

 今度こそヤッガランさんは黙ってしまった。流石に領主が曲がりなりとも他国の姫を攫おうとしてるなど、考えたくも無いと言った所か?

 

「信じられないと思いますが、グプロス卿は帝国と繋がっている。私はそう考えます」

「それは……飛躍し過ぎでは?」

「この街には帝国の人間も多い、帝国とパイプが有っても不思議じゃないでしょう」

「それにしたって、グプロス様がお金に困ってると言う話は有りません、あなたを帝国に売って、王国中から後ろ指差されるリスクを負ってまで何を欲すると言うのです?」

 

 ……確かに。この街に俺が来たのは既に大勢の人の知る所、その後領主と会談した筈が、何時の間にやら帝国の捕虜になっていたとあれば、どんな噂が立つか解らない。

 いや、違うな。逆なんじゃ無いか?

 

「元々全てを帝国に売る気だったとしたらどうです?」

「どういう意味です?」

「少しでも帝国が恐ろしいなら、城をあんな風に改装しないでしょうし、騎士団だってまともな人数を維持するでしょう?」

「まさかこの街ごと帝国に明け渡すつもりだと?」

「ええ、帝国の脅威を誰よりも知っているからこそ、その可能性もあるかもと」

「それこそ有り得ないでしょう、そんな事をすれば王国はその威信を賭けてこの街を襲撃しますよ、軍備を整えていないのは事実ですが、だからこそ理屈に合わない」

 

 そうか、確かにそうだよな。勢いで適当に話し過ぎた。

 

「でもよ、だとすれば帝国がこの街を侵略しに来ないってのは知ってたって事じゃねーのか?」

 

 納得出来ない風に呟く田中の言葉は的を射ていた、帝国はザバの国へ侵攻は堂々と宣言し、幅広く布告したらしい。

 ザバは人類共通の敵で有り、それを討伐せんとする帝国は正義であると。

 

 なんともふざけた話だが、そんな事より国力に勝る帝国が軍事力を動かした、それにも関わらずこの街の平和ボケ様はなんだ?

 いや、俺には思い当たるところがある。

 

「グプロス卿は、帝国がまさかエルフに対し、勝利を収めるとは思っても居なかったのでは?」

「それは……そうでしょう、こう言っては失礼でしょうが。私もまさかと言う思いです」

 

 言い辛そうにヤッガランさんが唸る、やはり皆そう思っていたのだ。

 図書館を漁れば、帝国が大森林に侵攻し大敗北を喫した記録は幾つも見つかった。帝国の汚点なだけに王国では笑い話として良く語られる事でも有る様だ。

 

「だとすれば、まさかの勝利に焦って、今更帝国に媚びを売るべく攫いに来たって事か?」

「いやいや! 話がおかしいですよ。決めつけないで下さい、そもそもそこまでグプロス様がユマ様を攫おうとしたと言い切る根拠は何です? それこそグプロス様の様子に不穏な物を感じた、それだけでしょう?」

 

 田中の言葉にヤッガランさんも流石にムッとして答えるが、田中の思いは違う様だ。

 

「ソレを言うなら、今思えば執務室のあの布陣。ありゃあ用心の為の兵士ってよりは初めから姫様を攫う為だったとしか思えねぇな」

「そうなのですか?」

 

 布陣とか言われてもさっぱりで俺は首を傾げてしまう、初めから壁裏に隠れているのは解っていたし、窮屈そうだなと兵士には同情しか無かったのだが。

 

「呪文を唱える姫様に斬りかかったズーラーって奴、本当はアイツが姫様を攫って、焦った丸腰の俺を四人がかりで倒す。そういう算段に見えたぜ」

「なるほど……そう言われるとそうかも知れません」

「現場に居なかった私には解りませんが。本気で捕まえるつもりなら四人と言わず、城中の戦力を結集してでも、(のが)れられ無いようにするのでは?」

「外聞を気にして、関わる人数を減らしたかったのかも知れません、ライル少年の件と言い外聞を気にする人間なのでは?」

「…………」

 

 ヤッガランさんは黙ってしまった、何か思い当たるところでもあるのだろうか。

 一方で田中はペラペラと言い募る。

 

「なるほどな、宿屋で攫えるなら評判が落ちるのは宿屋で、領主じゃない。望み通り馬車を用意して、そのまま攫っちまえば面倒が無ぇじゃねーかと思っていたが、パレードまでして送り出し、護送中にまんまと攫われた間抜けと言われるのを避けたかった訳か」

「とすれば、街を出た私達の行き先を聞いた後は、当然襲撃してくるでしょうね」

 

 盛り上がる俺達を他所に、ヤッガランさんはいよいよ考え込んでしまった。

 

「いくらなんでも考えすぎな様にも思いますが……実は明日からゼスリード平原で衛兵達の演習を行うのです。身の危険を感じる様なら、我々と一緒に出発しますか?」

 

 悩めるヤッガランさんからの提案は野外訓練に同行しないかと言う物。面白い提案だけに、その内容は確認しなければならない。

 

「それはどんな日程で行われるのです?」

「明日出発して昼過ぎに到着、簡単な訓練を行い野営して一泊、翌日は平原で訓練をしてから、夜には帰るスケジュールになっています」

「その間、街の警備はどうなるのです?」

「もちろん全ての衛兵が参加する訳ではありません、全体の三分の一程、参加者は三十人前後になる予定です」

 

 なるほど……面白い。どうする? このまま街に居てもリスクばかりが大きい。だったらこの提案に乗ってしまうのも手か?

 そんな風に考えている俺の肩を、ちょんちょん突く者が居る。

 田中だ。

 

「オイ、こいつはそんなに信用できる奴なのか?」

 

 小声で聞いてくるのはヤッガランさんの事、確かに彼はこの街の衛兵、グプロス卿側の人間だ。だが俺にはライル少年の記憶がある。

 

「彼が我々を騙していると? その心配は無用です、ヤッガランさんは真面目過ぎる程真面目な人、ライル少年もそう言っています」

 

 俺は毅然と言い放つ、ヤッガランさんに聞こえる様にだ。

 

「そこまで言うなら良いけどよ」

 

 田中はそう言って引き下がるが、気になるのは当のヤッガランさんの様子、苦虫を噛み潰した様な表情で唸っている。

 

「……いえ、私もそのこの街の衛兵として三十年、ライル少年と過ごして来た日々とは違い、今では真面目なだけの人間ではありません」

「何か……有るのですか?」

「実は、グプロス卿からギデムッド商会と名乗る馬車はノーチェックで通す様に言われているのです」

「それこそ、我々に話して良い事では無いのでは?」

「ですが、その商会の馬車は荷馬車と言う割には音が軽い。それに王都に拠点を構える商会との事ですが、王国側から来たのならあぜ道を通るはず。雨の日には車体がもっと泥に汚れていなければおかしい」

「つまり、それが帝国の人間を乗せていると?」

「あくまでグプロス卿が帝国と共謀し、姫を攫おうとしていると仮定して考えた場合の話です。実は、その商会は今もこの町に居るハズです。いつもは三日程度で街から出て行くと言うのに、今回に限って十日以上もこの街に滞在している」

「決まりですね。グプロス卿は帝国と密約がある、私はそう判断します」

「……そうですか、それにしてもそこまで言うからには、帝国があなたに固執する。それだけの理由に心当たりが有るのですね?」

「ええ、勿論です」

「オイ? なんだそりゃ? 俺はそんな話聞いてないぜ!」

 

 田中が慌てるが当たり前、そんな理由はどこにも無い。あるのは俺の『偶然』が常に最低最悪を提供してくれると言う自信だけ。

 ここまで距離が離れれば連絡の齟齬などで、命令が行き違う事だってあるだろう。なぜか俺が財宝の隠し場所を知っているとか吹聴されていたり……そんな『偶然』だって考えられるのだ。

 だがヤッガランさんは、護衛にすら言えない秘密が俺にはあるのだと思っただろう。

 

「では私たちは、明日の朝一番に街を出て先行します。もし何かあった場合は来た道を戻りヤッガランさん達に合流を目指します」

「いや、危険だ! 我々と一緒に出発すべきです」

「それでは流石に人攫い達も襲ってくれないでしょう? 人攫い共を一掃するチャンスだと思って頂ければソチラにも利があるのでは?」

「馬鹿な! 危険過ぎる! たった二人、囲まれたらどうするつもりなのです? 妖獣殺しと言えども守り切れる物ではありません」

 

 そんなヤッガランさんの悲鳴に田中は獰猛な笑みを見せる。

 

「見くびって貰っちゃ困るな、俺は勿論このお姫様だって並じゃない。本気で走れば馬だって追いつけるか怪しいモンだぜ」

「ご冗談を! いや……本当なのですか?」

「エルフの魔法って奴だな、並じゃないぜ? とんでもない使い手だ」

 

 そう、田中の言う通り、俺もピルテ村での戦闘で大分自信が付いた。まともな人間相手なら十や二十は相手にならない自信がある。

 俺は笑みさえ浮かべ、凄んで見せる。

 

「我らを高々二人と侮るならば、数に勝る帝国を我々エルフが幾度も打ち破った原因を彼らは目の当たりにするでしょう」

「しかし! 帝国には新兵器があるのでしょう? 魔法を無効化すると言う」

「それを使ってくれると言うのなら願っても無い、その正体を見極めて見せます! その為の田中と、それにあなた方です」

「そこまでの覚悟がお有りか!」

 

 覚悟も何も、俺の『偶然』からは逃れる術は無い。あの霧は一体何なのか? その正体は早くに知って置きたい。

 

「そうと決まれば、後はよろしくお願いします。タナカ! 行きましょう、明日出発となれば忙しくなります」

 

 そう言い残し、俺と田中は詰所を後にする。

 扉を閉める際振り返れば、残されたヤッガランさんが頭を抱え突っ伏していた。

 

 「大丈夫、彼は信用できる」ライル少年が呟く様な声が頭の中で聞こえた気がした。

 

 しかし俺の心配はそこには無い、心配なのは、その優しい彼が俺の『偶然』で死んでしまう事。

 職務と倫理観の間で悩み、影が有るその姿にどうにも不安を感じずには居られなかった。


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