死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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スフィールを出発

「忙しくなりますよ!」

 

 詰所を出た俺は、奮然と声を上げる。田中に呼びかけると言うより、不規則な睡眠時間で寝ぼけ気味な自分に活を入れた格好だ。

 

「全くだ! 急に明日出発とはな、弓と剣。まだ出来てるか解らねぇぞ」

「あ!」

「忘れてたのかよ!」

 

 忘れてた、田中の剣と俺でも引ける弓。武器屋にお任せしたままだった。約束の日にちは明日だが、朝一で出発するなら今日中に貰わないとマズい。

 俺達は駆け足で武器屋に直行すると、田中が大声でマスターを呼びつける。

 

「オイ! 親父居るか!」

「うるせぇな聞こえてるよ! 何の用だ」

「急に明日、朝一で出る事になっちまった、剣の研ぎ、上がってるか?」

「ああ、出来てるぜ。それに嬢ちゃんの弓も良いのが有った。貴婦人の娯楽用として作られたって骨董品だが丁度良いだろ? 豪華な装飾が有るから多少値は張っちまうが勘弁してくれ」

 

 そうして出されたのは、白木に緻密な彫刻がなされた実用性とは無縁そうな弓だった。しかし作りはしっかりしているし、よく見ればグリップ部分に細かく掘られた城壁の彫刻が滑り止めの役割を持つなど、実際には使う事も考えられているように見える。

 

「試して良いですか?」

「勿論だ」

 

 矢を一本借りて番えて見れば、なかなか良い感じ。お姫様として王宮で使っていた物よりかは劣るだろうが、ピルテ村で貰った練習用の弓とは雲泥の差。

 

「気に入りました、これなら問題有りません」

「解った、親父! 幾らだ?」

「金貨五枚だ!」

「高けぇなオイ!」

「だから言っただろ」

 

 取り敢えず交渉は田中に任せてしまおう、金貨一枚十万チョイぐらいの感覚なのかな?

 だが、魔石が金貨一枚で売れたって話だから予算は潤沢だ。さっさとして欲しい。

 

 あ! ……そう言えば魔道具屋! 貴族と約束を取り付けるよう、頼んでしまっている。

 

「クソッ! ぼったくりやがって!」

「そんな事より、魔道具屋に明日発つ事を伝えないと! 貴族との約束を違えると要らない恨みを買ってしまいます」

「ハァ、めんどくせぇなぁ」

 

 数日前の楽しいショッピング気分が懐かしい。武器屋を後にすると、今度は足早に魔道具屋に滑り込む。

 すると魔道具屋の店員が、俺達を見るなり深々と頭を下げて来る。

 

「申し訳ありません、姫君に会いたいと言っていた方々ですが、話を通してみると皆様どうにも芳しく無く」

 

 昨日の今日でキャンセルの連絡に、こちらが謝るつもりが先に相手に謝られてしまう。

 

「断られてしまったと?」

「左様でございます、失礼ですが領主のグプロス様のご機嫌を損ねる様な真似をしてしまったのでは?」

「…………」

 

 これはこれは! 一介の商売人にしては随分と踏み込んで来るものだ!

 いや、これは確かに誰がどう考えても、そこまで言いたくなる程の事態。これでいよいよ俺達がこの街に留まる理由は無くなった。

 

 これはかなり強引なやり口だ。いっそ俺達を街から追い出したがっている様にも感じる。

 実は好かれている所か、めちゃめちゃ嫌われているんじゃないか?

 

 そもそも、あの人攫いだってグプロス卿の手の者とは限らない。それこそ全てプリルラ先生の妄想なのでは? 俺は今一度プリルラ先生になったつもりでグプロス卿の心理を分析する。

 

 だが、逆にプリルラ先生の判断は確信を深めていた。間違いなくグプロス卿は俺を狙っていると断言してくる。

 

 それ程、アレは俺に執着する目だったと、彼女の知識は訴えるのだ。

 他の貴族の目に触れさせたくないと思うほど。

 

 いやーモテモテで困るね。

 

 先生曰く、自分の元に確保したいからこそ、非合法な手段に頼らざるを得ないらしい。誰にも知られず、人目の無い街の外で俺の身柄を抑える為にこの街を追い出すつもりなのだと。

 帝国に寝返っているかはともかく、グプロス卿は俺を帝国に引き渡す為に狙っているわけじゃないと警鐘を鳴らす。

 

 いよいよ、一つ間違えばあの脂ぎった腹の下で余生を過ごす事になりそうだ。

 

「オイ? どうした? 急に黙っちまって」

 

 田中が心配そうに声を掛けてくるが、結局考えたってやる事は変わらない。店員さんには明日発つ事を伝えておこう、それも丁寧に。

 

「何分、文化も違うものですから、失礼をしてご機嫌を損ねてしまったかも知れません。急ですが明日、この街を発とうと思います」

「それは残念です」

 

 店員は慇懃に言ってみせるが、領主のご機嫌を損ねた危険物にはとっとと出て行って欲しいと顔に書いて有る。

 

「私達は明日も早いので、失礼させて頂きます。お世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ、またスフィールに寄る事がありましたらお訪ね下さい」

 

 などと言っているがこの会話も全部領主に筒抜けと思って良い。外に出るや田中からは疑問の声が掛かる。

 

「どういう事だ? 領主は何を考えている?」

「恐らく、この街から追い出した後、人目のつかない所で私を確保したいのでしょう。それも何をしてでもです」

「オイ、マジでとっととココから逃げちまう方が良いんじゃ無いか?」

 

 確かに安全だけを考えるなら、とっとと隣の領主が治める地域まで逃げるべき。

 逃げられるか逃げられ無いかだったら、多分領主の追っ手は撒ける。田中が言った通り俺の魔法と田中の健脚を考えれば下手な馬では追いつけない速度を出せる。

 だが領主から逃げられたとしても、俺の『偶然』から逃げる事など出来るのだろうか?

 

 結局、巡り巡ってどこかであの領主が敵に回るなら、ココで一緒に踊って死んで欲しい。

 

「いえ、グプロス卿が帝国に下ると言うなら見過ごせません。我が身一つで釣り出せるなら最高の獲物と言えるでしょう」

「そーかよ、まっ、頑張りますか」

 

 田中はそう気楽に言うが、事態は碌な方向に向かっていないのだけは間違いない。しかし、こうなるとコイツの協力は必要不可欠だ。

 そう言えば、もとはと言えば田中とはスフィールで別れる予定だったのだ。いよいよ俺の『偶然』が、コイツを巻き込み殺す為に動き始めたのだろうか?

 

「んだよ? 色男だからってジロジロ見るなよ、恥ずかしいだろ」

「ハァ?……」

 

 猛烈に苛立つが、文句を言える立場では無い気がして何とも言えないのが悔しい。

 その後、街で一通り保存食やら頼んでいた洗濯物やらを回収し、旅の準備を整えると早々に宿屋に引き返す。

 明日朝一で発つ事を、ナーシャお婆さんと女将さんに伝えると非常に残念がられた。

 

「明日発つのかい? 随分急じゃ無いか、もっとこの街に居る訳にはいかんかね?」

「もう、お婆ちゃん! お客様にそんな事言っちゃ駄目よ。でも物盗りが出た事を気にしてるなら、窓の閂だけじゃなく、扉の鍵だって変えたわよ?」

「いえいえ、急用が出来てしまったのです」

 

 ナーシャお婆ちゃんはライル少年の思い出を俺ともっと話したいし、女将のルッカさんは物盗りに入られた事を気にしていた。

 最後にエルフの国の話などしてくれないかと言われたが、それも断る。

 

 今の俺にはそんな事よりも重要な話が有る。

 

「タナカ、少し話が有るのですがあなたの部屋で良いですか?」

「俺の? 別に良いが?」

 

 俺も年頃の女の子の範疇だ、一回り以上歳が離れているとは言え、男と部屋で二人っきりってのは問題かも知れないが、今はそんな場合でも無い。

 田中の部屋に入り込み、机の上に腰かける。一人部屋だから椅子は一脚しか無いし、ベッドに座るのは気が引けたのだ。

 机に腰かけて、やっと椅子に座る田中と目線が合う。

 

「明日スフィールを発つのですが、あなたとの護衛契約の件についてです」

「あ? ああ、元々スフィールまでだったな」

「ええ、ですがグプロス卿の説得に失敗してしまいました」

「気にすんなよ、こんな所で姫様をほっぽり出せる訳無いだろ? それに報酬も魔石を売った分が有る」

「ありがとうございます」

 

 今更だが、こう言うのはちゃんとして置いた方が良い。俺だけ友達気分で頼ってしまって良い事なんて何もないのだ。

 

「それだけか?」

「いえ、明日この街を出ますが、恐らくグプロス卿の手の者と戦闘になります」

「それこそ今更だろ?」

 

 田中は何でも無い様に言って見せるが、今度もまた危険な事になる。

 

「ハーフエルフのピルテ村以上の惨劇が起こるかも知れません」

「アレだって姫様の頑張りで誰も死んでねぇだろ? それどころか大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の魔石でウハウハじゃねーか」

「そう上手く行くとは限らないでしょう」

 

 少なくとも俺の『偶然』で誰か死ぬ、それが大岩蟷螂(ザルディネフェロ)だったか俺達だったかの違いだけだ。

 

「上手く行くかもしれねーだろ? それとも俺が居ちゃマズいのか?」

「いえ、むしろ居ないと困ります」

「だったら甘えてろよ、お前は今一応十二歳なんだろ? 俺が危ないからって十二の女の子を見捨てて逃げる男に見えるか?」

「……いえ」

 

 確かにこの状況で見捨てる奴とは思っていないが、一応十二歳って何だよ? そりゃ確かに人間離れしたところを見せ過ぎたかも知れないが。

 なにか言ってやろうかと思えば、田中は何か言いたそうな顔で口ごもる。

 

「それに……」

「それに?」

「いや、なんでもねぇよ」

 

 なんでもねぇって何だよオイ!

 

 その後も、色々打ち合わせを行う。何せ命が掛かってる。とは言っても基本戦略はヤバくなったらすぐ逃げる、コレだけ。

 帝国の兵器で魔法が使えない状況になったら、田中が俺を抱えて逃走。

 そうで無いなら、逃げるのにも余裕が有る筈なので、はぐれない程度に注意しつつ様子を見る。それでも人数が二十人以上なら逃走、それ以下なら返り討ち。

 

 セレナの秘宝には再び回復魔法を仕込んで置いて、俺が気絶した場合に対応する。

 

「で、目的は何なんだ? 俺には狙いがサッパリ解らねぇんだが?」

「それは勿論、帝国軍、もしくは私を狙う帝国軍とおぼしき部隊とヤッガランさん達衛兵が小競り合いになる事です」

「それで衛兵達に程よく死者でも出れば、一気に反帝国の機運が高まるって寸法か。恐ろしい事考えやがる」

 

 田中が冷たい眼でこちらを見るが、幾らなんでもそこまで言って無いだろう。

 

「わざと死者を出すような真似はしません、帝国の脅威を認識して貰えれば十分です」

「解った、流石に何人か死ぬまで手を出すなって言われても頷けない所だった」

 

 こいつ、俺の事を試してやがるのか?

 

「優しいのですね」

「甘いとも言えるな」

 

 だよな、でも俺はお前のその甘さが羨ましいよ。

 

「でよ、結局襲って来るのは帝国なのか? 領主軍なのか? それとも人攫い共チンピラなのか?」

「解りません、ですが何かしら襲って来るのは間違い無いでしょう」

「それはエルフの秘術か、それとも前言ってた霊とか何かか?」

「いえ、ただの勘です」

「勘かよ!」

 

 田中は呆れたような顔をして、ボリボリと頭を搔いた。

 

「しっかし、その勘は当たりそうだ」

 

 そう、俺の勘はハーフエルフの村で予言めいた冴えを見せた。常に最悪を想定すれば俺の『偶然』はそれに答えてくれた訳だ。いい迷惑だがな!

 

「ですが今回は私にも何が起こるか解りません、注意して下さい」

 

 しかし今回は陰謀渦巻く大都市で、何が起こるかなどサッパリ解らない。最悪だけを考えれば、街を出た瞬間に帝国軍が何千も攻めて来たって不思議じゃない。

 俺達に見えない伏せられたカードが多過ぎて、何があり得て、何があり得ないか、想像すらつかないのが現状なのだ。

 

 ただ、何かが起こるのだけは間違いない! それだけは信用出来るのだ、残念ながら。

 

「とにかく明日も早いですから、もう寝ましょう」

「そうだな」

 

 俺は自室に帰り、例の悪意に反応する魔法を使って床に就いた。

 流石に緊張して寝付けないかと思いきや、すぐに眠気がやって来て俺は結局ぐっすり眠ってしまうのであった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「ふぁぁぁぁーーうにゅ、まだちょっと眠いですね」

 

 結局、その日の夜は襲撃も無く、俺はベッドの上で目をこすりながら上体を起こす。

 街に着いてからと言うもの、朝が遅い事も少なく無い不規則な生活が多かった所為か、まだまだ眠い。しかし今日は寝坊する訳にも行かないだろう。

 まずは日課の健康値チェック。

 

 健康値:39

 魔力値:364

 

 おっ! ここに来てこの街に着いてからの最高値だ! 不規則な生活の所為かどうにも20台後半が多かった健康値が、いきなり10も上がっている。

 強行軍を続けて減った健康値がすっかり回復出来てから、次の旅に踏み出せると言うのは何とも幸先が良い。

 

 朝から女将さんやナーシャ婆ちゃんにお別れをして宿をチェックアウト。

 

 宿を出て朝日に照らされる街を見る、今生では始めて見る中世ファンタジーの城塞都市だっただけに、見納めと思うと感慨深いものがある。

 

 農村の朝一と言えば本当に日の出と同時だが、都市部ではそうでもなく、普通に歩ける程度に明るい。朝日の下では見慣れた様に思っていた中央の噴水も違った物に見えた。

 

 中央を抜け北門へ、目指すゼスリード平原は北西なので入って来た北門から再び出る事になる。

 北門でヤッガランさんに挨拶して行こうかと思ったが、よく考えればどうせ向こうで会うのだからその必要も無い。

 もし誰かが監視してると言うなら、却って変に勘ぐられてしまうだけ。

 あくびをしている門番に会釈してさっさと通り抜けようとすれば、その門番が慌てて引き留めて来る。

 

「あの、ユマ姫とお見受けいたします! えーと、どちらまで行かれるのでしょう?」

 

 どうも、そう聞くことを命令された雰囲気がアリアリだ、そう言えばヤッガランさんもそんな事を言っていたしそう言う事なのだろう。

 だがそんな時の対応も事前にしっかり決めてある。

 

「ゼスリード平原の先、ゼス村に一度帰ろうと思っています」

 

 無論、大嘘だ、目的地はゼスリード平原そのものだし。ゼス村なんぞ行ったことは無い。

 俺達はゼスリード平原の東の街道から来たのだから、西の国境ギリギリに存在するゼス村は図書館で地図を見て初めて知った村だった。

 

「ゼス村? なんであんな田舎に?」

「実は、その辺りで馬車が故障してしまい……グプロス様に馬車をお借り出来なかったので、なんとか修理出来ないかと思いまして」

「そうでしたか、いや、引き留めてスイマセン、良い旅を」

「わざわざありがとうございます、それではごきげんよう」

 

 俺はにこやかに手を振って別れを告げる。

 申し訳無さそうに頭を下げる衛兵だが、この報告はすぐにグプロス卿やその配下に知れ渡るだろう。

 だがコッチだって故障した馬車が有るなどと大嘘なのでお互い様だ。

 

 俺達は一路ゼスリード平原を目指す、その時の俺は軽い気持ちでついた嘘が、どんな結末をもたらすかなど、一切考えては居なかった。


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